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アメリカ合衆国における国際課税制度の創設:SeligmanとAdamsによる論争

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(1)アメリカ合衆国における国際課税制度の創設. 研究ノート. アメリカ合衆国における国際課税制度の創設: Seligman と Adams による論争 北川 博英 目 次 はじめに 第一章 合衆国の国際課税制度の創設 第 1 節 国際課税 第 2 節 合衆国における国際課税の創設 第 3 節 合衆国と GATT/WTO との 30 年論争 第 4 節 合衆国における国際課税改革論議 第二章 Seligman と Adams による対立軸 第 1 節 国際的二重課税の排除を目的とする租税条約の検討 第 2 節 事業課税の根拠 第 3 節 源泉地課税と居住地国課税 第 4 節 経済的所属 第 5 節 国際的二重課税の排除方式 第三章 モデル租税条約に合衆国の国際課税制度を埋め込む 第 1 節 1923 年経済学者委員会報告書 第 2 節 1925 年財政専門家委員会報告書 第 3 節 ‌1927 年拡大財政専門家委員会によるモデル租税条約予備草案を付 175.

(2) 横浜法学第 22 巻第 2 号(2013 年 12 月). した報告書 第 4 節 1928 年拡大財政専門家委員会によるモデル租税条約草案 第四章 結論 おわりに. はじめに 筆者は、アメリカ合衆国(以下合衆国という。 )の国際課税制度を研究対象 としてきた。なかでも、内国国際販売会社(DISC)準則に端を発した合衆国 と GAT/WTO との 30 年論争に合衆国が負け続けたことがターニングポイン トとなり、1990 年頃に始まり、オバマ政権の下でなお行われている国際課税 制度の改革論議の経過について研究してきた 1)。今後当該論議の行方を考察す る上において、合衆国の現行国際課税制度の枠組みが創設された 1910-1920 年 代当時における、国際課税政策の元々の意図を理解しておくことが必要であ ると考えていたところ、Graetz/O’ Hear による一つの論文に接する機会を得 た 2)。Graetz は本論文において、世界で初めて創設された合衆国国際課税制 度の形成に中心的役割を果たしたのは、我が国でも良く知られている Edwin R.A. Seligman ではなく、我が国ではそれほど知られていないと考えられる Thomas Sewall Adams による貢献であったという。それを確認すべく研究し た結果を本稿で報告する。 Seligman と Adams との間で活発に行われた論争を考察しながら、1910-1920 年代に世界で初めて合衆国が立法した外国税額控除制度を伴う全世界所得制度 (worldwide system)へと導き、さらに現在の OECD モデル租税条約の処方箋 となった国際連盟によるモデル租税条約の草案作成に至る過程で、合衆国の国 際課税制度が、誰の主導の下でどのように形成されたかを明らかにする。 この研究を始めた当初は、1910-1920 年代という当時の資料がどこまで入 手できるかの懸念があったが、Yale 大学の図書館に ” T.S.Adams Papers ” と 176.

(3) アメリカ合衆国における国際課税制度の創設. い う 名前 で、出版 さ れ て い な い 手書 の 文書若 し く は 原稿(manuscript and archive)までもが所蔵されていることを知り、数々の未発表の貴重な文献の 写しまでも入手することができた。 Seligman と Adams との間の理論上の対立は租税法全般に亘って行われてい たと考えられるが、本稿では、特に断りの無い限り事業所得に対する国際課税 の文脈で述べる。また本稿においては、合衆国の「内国歳入法」及び「連邦財 務省規則」を引用するときに、それぞれ「歳入法」及び「財務省規則」によっ て表記する。. 第一章 合衆国の国際課税制度の創設 第 1 節 国際課税 国際的経済活動 3)に対する課税を国際課税(international taxation)4)といい、 国際課税 5)を規律する法を国際租税法 6) (international tax law)という。しか し、実際に国際租税法という制定法が存在するわけではなく、我が国をはじめ 各国が制定する国内租税法と我が国と他国との間で締結している二国間(とき には多国間)の租税条約 7)をあわせて国際租税法という 8)。. 第 2 節 合衆国における国際課税の創設 合衆国では、1913 年 2 月に合衆国憲法の第 16 修正 9)が承認されたことによ り、合衆国連邦議会は、同年 10 月に合衆国の者(個人及び法人並びにパート ナーシップ)が稼得する純所得に対して、その源泉に関わらず(income from whatever source derived )課税する連邦所得税法を立法した 10)。当該 1913 年 の立法で用いられている「すべての源泉より発生した全部の純所得 11)」とい う表現を国際課税の文脈で解釈すると、合衆国の者に対する全世界所得課税 12) を意図する立法である。 1913 年における当該立法時から、合衆国はその全ての市民並びに居住者及 177.

(4) 横浜法学第 22 巻第 2 号(2013 年 12 月). び法人並びにパートナーシップに全世界所得課税を課しているが、1913 年当 時、適用される税率は 1% とまだ低く 13)その結果の二重課税の問題も比較的 小さかった。しかし第一次世界大戦中に世界中の税率が上昇し、国際的二重課 税の問題が、外国で事業を行う又は外国に投資を行うアメリカ人にとっても深 刻な問題となった 14)。 そこで、合衆国連邦議会は 1913 年歳入法の立法により個人及び法人の純 所得額をベースとする全世界所得に対する課税を承認してから、5 年後の 1918 年歳入法 15)に よ り、世界 で 初 め て 間接外国税額控除(indirect credit or deemed paid credit)を 含 む 外国税額控除制度(foreign tax credit system、以 下 FTC 又は FTC 制度という。 )を導入した。次いで 1921 年歳入法 16)では、 これも世界で初めて FTC の控除限度額制度を確立した。 合衆国の全世界所得課税制度と FTC 制度による現行国際課税制度の枠組み は、前述の 1910-20 年代における立法時の基本的枠組みが今でも踏襲されてい る。. 第 3 節 合衆国と GATT/WTO との 30 年論争 1972 年 2 月、 当 時 の 欧州共同体(European Communities: EC) は、 合 衆国 が 1971 年 に 立法 し た 内国国際販売会社(domestic international sales corporations、以下 DISC という。 )準則 17)が、当時の GATT の下で違法な補 助金に該当するのではないかという疑義をもち、合衆国に対して協議を申し入 れた。しかし、EC および合衆国は当該協議によって合意に達することができ ず DISC 準則の合法性について GATT に提訴したことをうけて、同年 7 月 30 日、GATT は小委員会(Panels)を設置した 18)。1976 年にこの GATT Panel は、 DISC 準則が GATT 規定の下で違法な補助金であると認定し、これが合衆国 と GATT/WTO との 30 年論争の出発点となった。. 178.

(5) アメリカ合衆国における国際課税制度の創設. 第 4 節 合衆国における国際課税改革論議 合衆国が前述の GATT/WTO との 30 年論争に敗北を続けた 19)ことが、こ れまで全世界所得課税制度を堅持してきた合衆国にとってのターニングポイン トとなり、数多くのヨーロッパ諸国が採用する国外所得免税法 20) (exemption system21)、以下 exemption 制度という。 )への移行を提唱する論者 22)とあくま で も 全世界所得課税制度(worldwide taxation system、以下 worldwide 制度 という。 )の堅持を主張する論者とが、対立する国際課税改革論議が 1990 年代 に始まりオバマ政権下の現在においてもなお続いている 23)。 筆者は、合衆国におけるこのような国際課税改革論議について研究してきた が、当該改革論議の行方を考察する上において、1910-1920 年代の合衆国にお ける国際課税制度創設時における、国際課税政策の元々の意図をも理解して おく必要があると考えていたところ、Graetz/O’ Hear による一つの論文 24)に 接する機会を得た。本論文に接して分かったことは、次章で考察するように、 世界で初めて創設された合衆国国際課税制度の形成に中心的役割を果たした のは、我が国でも良く知られた Edwin R.A. Seligman25)ではなく、我が国では それほど知られていないと考えられる Thomas Sewall Adams26)による貢献で あったということである。. 第二章 Seligman と Adams による対立軸 第 1 節 国際的二重課税の排除を目的とする租税条約の検討 国際的二重課税の排除を主な目的とする租税税条約の立案は、当初「国際 商業会議所(The International Chamber of Commerce、以下会議所という。 ) 」 によって始められた 27)。会議所は、第一次世界大戦が 1918 年末に終了して間 もなく 1920 年に、合衆国を含む多くの諸国を結びつける包括的組織(umbrella organization)として新しく組織された。重要な国際的外交議題を二重課税 問題と位置づけ、二重課税問題に対して大きな影響を与える初期的対応を形 179.

(6) 横浜法学第 22 巻第 2 号(2013 年 12 月). 成した 28)。同会議所の二重課税問題委員会のアメリカ部門の責任者であった Adams は、一貫して国際連盟との緊密な連携を維持しながら、1928 年に国際 連盟が発表するモデル租税条約への序章の過程となるべき同会議所の功績 29) に重要な役割を果たした。しかし、その後会議所は、英国(時代によってその 呼称が British Empire、Great Britain 及び United Kingdom と変遷するが、本 稿では以下英国という。 ) 、合衆国及びヨーロッパ大陸の各国間の意見相違を調 整できないという困難な状況が続いていた 30)。そこで、国際連盟は、指名し た 4 名の経済学者に二重課税問題を研究させることとしたのが経済学者委員会 である 31)。1923 年に同委員会が国際連盟に提出した経済学者報告書 32) (以下、 1923 年報告書という)は、後に国際連盟の財政専門家委員会 33)に引き継がれ た。1925 年の財政専門家委員会報告書 34) (以下、1925 年報告書という)にお いて、同委員会の参加国を拡大すること及び同委員会によるモデル租税条約草 案の策定を勧告した 35)。モデル租税条約草案策定を求める勧告は国際連盟の 財政委員会及び理事会により承認され、13 ヶ国からの代表者によって構成さ れる拡大財政専門家委員会を編成した 36)が、同委員会に派遣した合衆国代表 者が Adams であった 37)。拡大財政専門家委員会は、1928 年にモデル租税条約 草案 38) (以下、1928 年草案という)をまとめ、それから 20 年の経過後の 1948 年に創設された CECD の下での 1963 年 OECD モデル租税条約草案として結 実し 39)、今日の国際課税原則の基礎を確立した。 これまで合衆国では、今日の国際課税原則の処方箋となったのは、経済学書 による 1923 年報告書であり、したがって今日合衆国の国際課税制度の枠組み の形成は、当該報告書の主筆を務めた Seligman よるものであると考えられて きた 40)。筆者が知り得た当時の我が国における文献や先行研究を見る限りで は、 我が国でも概ねそのように理解されてきたと考える 41)。しかし、Graetz は、 このような評価は間違っており、今日の国際課税原則の処方箋となったのは、 財政専門家による 1925 年報告書であり、合衆国の現行国際課税制度の創設に 対する貢献の第一人者は Adams であったという。 180.

(7) アメリカ合衆国における国際課税制度の創設. Seligman と Adams に よ る 論争 を 考察 す る と、学究派 で 理論的 で あ る Seligman と実務的であり既に定着している(又は定着しつつある)国際的 慣習を尊重することにより、長期にわたる安定性及び持続可能性を重視する Adams とは、両極に対峙する存在のように観察される 42)。両者を対比させる 一つの事例を示すと、Seligman がニューヨーク州の所得税法の草案作成者で ありながら、州際取引に関係する各州に事業所得を配分する困難さを理由に、 彼は州所得税の創設に賛成しなかった 43)。対して Adams は、そのような理由 で州税による課税を思い止まるべきではないと主張した。彼は、例え理論的に 不十分であっても、各州が合理的であり公正な所得配分の公式を使うことによ り、実際に解決できるとした 44)。次節で見るように、両者の間には、特に事 業所得課税及び国際課税の分野で激しい意見の対立があったが、当時の合衆国 議会は、Adams の意見を採用し国際課税に関わる制定法を立法したと考えら れる。. 第 2 節 事業所得課税の根拠 Seligman と Adams との間の意見対立は、事業所得に対する課税根拠の違い に端を発している。Seligman は個人所得課税だけではなく事業所得課税につ いてもその課税根拠を担税力説に求め、他方 Adams は個人所得税についての 担税力説には肯定的であるが、事業所得課税の課税根拠を利益説に依拠してい る。 1.Seligman の主張 1923 年報告書の主執筆者といわれる Seligman は、当時の多くの経済学者と 同様に、課税の根拠を担税力説に依拠し 45)、法人のような中間物に課税する のではなく、株主の手元で課税すべきであるという考えの下で、事業所得課税 に対して激しい批判 46)を加えた。 Seligman を含む経済学を背景とする財政学者を中心とする論者による事業 181.

(8) 横浜法学第 22 巻第 2 号(2013 年 12 月). 課税所得に対する批判は、当時の学説では利益説は既に担税力説(又は能力説) によって取って代わられているという主張の他、次のようなものであった。 ・‌事業体に対する所得税は、非論理的である。 ・‌租税の基本的な帰着(incidence)及び負担は、株主に対するものである べきである。 ・‌力の弱い法人では株主の力は相対的に強く、力の強い法人では株主の力は 弱くなるものである。 ・‌したがって、可能な限り法人等という中間物(中間者を)に対する課税を 避けて、担税力が見出せる個人の手元で課税すべきである 47)。 2.Adams の主張 (1)利益説. これに対する Adams の反論は、批判者の論旨は、納税者を単に洋服を着て 自らの肉体に食物を与えるものとして観察し、そのような消費者に対する租税 の影響によって租税の適用を評価しようとする担税力の原則の基準に依拠して いるが、それは極めて担税力に対する偏狭な解釈である、と反論した 48)。担 税力の原則の正当な根拠には多様性があり、とりわけ、国家や社会がすべての 企業に対するサイレント・パートナーたる存在であることを真実であるとして 尊重し、納税者たる事業単位を現実のものとして認識し、利益の生産者として の能力に注目するとする考え方であり、利益説と能力説とを調和させた Adam Smith を引用した 49)。 Adams は、利益説を妥当根拠として事業所得課税の有効性と必要性につい て曰く、 「政府のコストの大きな部分は、適切な事業環境を維持することが不 可欠であることに辿ることができる。歴史的にも、このような機能を満足させ るために市が出現したという論者もある。事業は、裁判所、警察、消防署及 び陸海軍が専念する仕事の多くに対して(そこで生じる財政負担を分担する: 筆者加筆)責任がある。新しい企業は新たな役割を生じさせ更なる公的支出 182.

(9) アメリカ合衆国における国際課税制度の創設. を生じさせる。 ・・・私的事業と政府のコストとはルーズな関係にあるとはい え、 ・・・それは現実の関係であり、長期的には企業が増えれば政府が支払う 一定の基本コストは増加するのである。 ・・・市場を維持するためにはコスト がかかるであり、そのコストは、何らかの方法で当該市場による受益者全員に 配分されるべきである 50)。 」 、とした。 (2)事業のパートナーとしての国家の位置づけ. 事業所得に対する租税は、公的支出・投資によって維持される事業環境が私 的事業の利益の一部を作り出していることに対する国家の持分(share51))で ある、という。また、国家の役割を資産税と事業所得税とを対比させて、資産 税の場合には国家は情け容赦のない「債権者」であるのに対して、事業の純所 得に対する課税の場合には物分かりの良い「パートナー」であり、事業環境を 整備し、研究開発を促進し、新規の事業を育成している 52)、という。 (3)事業に対する純所得課税の意義. 次に、事業の純所得に課税する意義について、新しい産業を勇気づけ、不毛 の時代にはすべての産業に対する課税を大目に見ながら、産業が行う研究開発 を助成している 53)、という。 (4)効率性. 租税の賦課・徴収の効率について、事業に対する課税それ自体が極めて大き な財政上の価値を有している。事業所得課税は、比較的コストをかけないで徴 収でき、かつ、生産性が相対的に高い。事業単位に課せられる租税の所与の税 率は、通常、当該税率を事業の各々の個人所有者に課するよりも、はるかに多 額の税収を生みだすのである 54)。 主に財政学者らによる事業所得課税に対する批判に対して、Adams は、後 に当時の事業所得課税は、税率も低く連邦政府の歳入額に占める割合は低い 55) が、長期的には事業所得課税は個人所得課税以上の税収をもたらす、と確信し ていた。. 183.

(10) 横浜法学第 22 巻第 2 号(2013 年 12 月). 第 3 節 源泉地国課税と居住地国課税 1.Seligman の主張 1923 年報告書の主執筆者といわれる Seligman は、既に述べたように、課税 根拠を担税力説に依拠していることもあり、源泉地国課税よりも居住地ベース 課税を優先させた 56)。Seligman の居住地国課税を優先させ源泉地国は課税を 差し控えることによって二重課税を発生させないとする論理は、後に述べる当 時の英国の主張と一致している。事業所得については、課税根拠を利益説に依 拠すべきであり源泉地ベース国課税を優先させるべきであるとする Adams の 主張 57)に対して、Seligman は、 (事業所得を含む)所得課税は、担税力の原 則と累進課税の原則によるものでなければならないと主張し、 「課税における 古い利益説に取って代わった担税力説ほど確固として確立されたものなどな い。今 Adams 教授がいうようにすれば、担税力説と利益説の区別を曖昧にす る結果、混乱というパラドックスの箱をもう一度開くことになる 58)。 」と激し く反論した。特に事業所得に対する課税が担税力の原則に違反しているという。 2.Adams の主張 Seligman が主張する担税力説に依拠する居住地国優先説に対して、Adams は、前述の利益説を根拠に反論した上で、居住地国の原則に対して源泉地国の 原則を優越させる考えをはっきり述べた 59)。しかし、Adams は、必ずしも居 住地ベース課税を否定したのではなく、源泉地ベース課税の補強(backstop) として居住地ベース課税を位置付け、その結果生じる二重非課税を防止する方 法として、FTC 制度を提案した。この点について、Adams 曰く、 「脱税を防 止するために、控除又は税額控除(deduction or credit)を通じた FTC 制度に よる救済が与えられるのである。居住地国は、最初にあたかもその所得が国内 源泉から生じたかのごとく自国の租税の額を計算することになるが、そこでは 少なくとも一回は外国税が課されていることを確認する。もし納税者が外国で の課税を逃れているときは、当該納税者はその本国で捕捉される。さらにいえ 184.

(11) アメリカ合衆国における国際課税制度の創設. ば、FTC 制度では、外国税が納付された又は納付されることを示す確信でき る書類の提出があって初めて認められるのである 60)。 」つまり、Adams は、二 重課税と同じ重要性をもつ脱税若しくは二重非課税(double no-taxation)に対 する懸念からも、源泉地ベース課税の補強としての居住ベース課税が必要であ ると考えていた 61)。 3.合衆国と英国との間の論争 居住地国課税と源泉地国課税のいずれに優先的課税権を与えるべきかとい う議論の対立は、Adams と Seligman との対立という面のほかに、財政専門家 委員会における合衆国と居住地国課税の優先を主張する当時の英国との対立 があった。当時の英国を代表する Hill は、当時の英国が採用している居住地国 課税だけに限るべきであり、これと源泉地国課税とを組み合わせれば、その結 果生じる二重課税の救済が必要となるが、そのようなことが国際的に成功す るはずがないと主張し、外国人および外国法人に源泉地ベース課税を課して もどの国家にも利益をもたらさないと主張した 62)。合衆国の Adams の代わり に出席した Robinson は、英国の意見に真っ向から反対し、源泉地ベース課税 の原則を優先させながら合衆国流の救済方法が実施可能であると主張した 63)。 Adams は、特に事業所得に対する居住地原則だけに基づいた課税は、実務的 でもなく政策的現実性が無いという 64)。Adams は、Seligman を含む彼の同僚 らが累進税率構造を根拠に居住地ベース課税の必要性を主張しているが、彼ら は累進税率の重要性を誇張しすぎていると考えていた 65)。Adams は所得課税 における累進税率構造を肯定しているが、社会的政策を実現するために過度の 累進税率を適用すれば、所得の分割の蔓延等から、所得課税制度そのものまで 駄目にしてしまうことを示唆していたと考える。 4.小括 第一次世界大戦後、合衆国は債権国の立場にあったが、それでも Adams の 185.

(12) 横浜法学第 22 巻第 2 号(2013 年 12 月). 指導の結果、居住地国が所得課税に対する最初の優先権を有するべきであると いう主張を合衆国は決して行わなかった。Seligman は、このような合衆国の 考え方に対して、 自身の主張する純粋居住地ベース課税とは「正反対(extreme converse)66)」 、と表現した。 このように観察すると、Seligman と Adams との間の課税権の優先について の論争は、事業所得に対する課税根拠の違いに端を発している、と理解できる。. 第 4 節 経済的所属 1.Seligman の主張 経済的所属 67 という概念は、シャンツによる 1892 年に発表された「納税義 務の問題について」と題する論文が嚆矢とされている 68)。 (1)Seligman による経済的所属概念の適用. これまでの国際課税原則の創設にあたっての Seligman の功績を強調する一 つの概念として、ある意味では 1923 年報告書の中核となっている「経済的所 属の原則(economic allegiance)69)」がある 70)。1923 年報告書は、当時の学説 の出発点は「経済的所属の原則(doctrine of economic allegiance) 」でなけれ ばならないと結論づけた。そこで、特定の類型の所得を源泉地国及び居住地国 にどの割合で配分するかを判定するための連結点 71)として、経済的所属とい う客観的テストを提案した。 旧来の国家と国民との「政治的所属」に対して、当時すでに芽生えていた国 際経済社会の下で、国家と納税者の受益関係を経済的所属とする概念は、シャ ンツの考えとも一致するものであったとはいえる。しかし、1923 年報告書で は、経済的帰属の各要素のウエイト付けを行うことによりある種類の所得に対 して、場合によっては複数となる源泉地国と単一の居住地国それぞれに配分 しようとする当初の目的は事実上放棄された 72)、と筆者は考える 73)。その結 果、ある種類の所得の全額を源泉地国又は居住地国のいずれか一方に割り当て た結果は、債権国にとって有利な結論に導くことになったとも考えられる 74)。 186.

(13) アメリカ合衆国における国際課税制度の創設. Graetz は、財政専門家委員会の会議議事録の上で中心となったのは課税権の 配分であったにも関わらず、 「経済的所属の原則」について討議された形跡は 全くないという 75)。 2.Adams の主張 (1)Adams は、国際的二重課税との奮闘の中で学説又は理論の適用を明確 に拒否し、Seligman が提唱した経済的所属の理論に対してきわめて否定的で あった 76)。Adams は経済的所属について曰く、 「複雑な租税上の迷路を通り抜 けるための理論的な指針(guide)として、事業界及び学問の世界で名声を博 している経済学の権威者達が、経済的所属(economic allegiance)という理論 を提唱した。しかし遺憾ながら、不幸にも当該理論は、当該理論の考案者が一 定の者又は取引に課税するために役立つ場所に到達するための・・・一般化さ れたラベルにすぎない 77)。 」 。 (2)国際運輸の文脈でも、Adams は、Seligman が提唱した経済的所属 78)の 適用を事実上否定している。まず国際運輸所得についての課税権の配分の困難 さ 79)について述べた上で、国際運輸所得の課税権の配分は , 世界の主導的租 税の専門家の大多数が妥当と認識する課税権配分の原則によるものであって、 決して基本的な理論による帰結ではないばかりでなく、むしろそれとは衝突 する考え方である 80)、とした。Adams は、後に自らの 1932 年の論文で、1928 年の国際連盟からの委託で自らもその一員であった財政専門家委員会が提案し たモデル租税条約草案が、国際運輸所得をその他の事業会社に適用する一般 ルールの例外としたことが、極めて重要であったという 81)。 3.小括 Seligman が提唱した経済的所属概念については、その後の財政専門家委員 会では何ら参照されることはなかった。また、Seligman は、複数の国家に跨 る源泉地国を観察しながら、複数の源泉地国への課税権の配分を事実上放棄し 187.

(14) 横浜法学第 22 巻第 2 号(2013 年 12 月). たが、この点については、1925 年の財政専門家委員会報告書において、後に 恒久的施設に導く概念が提案された。. 第 5 節 国際的二重課税の排除方式 1.Seligman の主張 Seligman は、1923 年報告書で四つの二重課税排除の方式を提案した。 ①外国税額控除方式 82) (method of deduction for income abroad) ②源泉地国免税方式 83) (method of exemption for income going abroad) ③税額分割方式 84) (method of division of the tax) ④‌源泉分類・割 り 当 て 方式 85) (method of classification and assignment of sources) そして Seligman は、当時既に合衆国が採用していた FTC 制度に相当する、 ①外国税額控除方式を次のような理由から否定した。 「この方式は、債務国に おいて増加する課税額の負担を債権国に負担させる方式であり・・・外国に 利害関係を有する債権国である合衆国、及びオランダがその国庫を、まった くあずかりしらない外国政府の課税額の増大のなすがままにしておくことを永 続的に同意するかは疑わしい 86)。 」 。また Seligman が主唱した経済的所属の原 則の下では、④源泉分類・割り当て方式が最も適切であり、最も健全である (soundest)87)といいながらも、最終結果を導くための所得の量的(つまり金 額的:筆者加筆)割り当てについては、そのパイに手を付けることを主張する 全ての国家の当局の間に直接割り当てることは、経済学の理論ではほとんど不 可能であり、仮にそれをやろうとすれば恣意的にならざるを得ない、と結論付 けてしまった 88)。 当時合衆国は、1918 年に FTC 制度を創設し、追って 1921 年には既に FTC の限度額を規定する立法もされていることを考えると、筆者は、①外国税額控 除方式について、上記のような理由以外ほとんど検討もされた形跡もなく選択 肢から除外されていることへの疑問を禁じ得ない。 188.

(15) アメリカ合衆国における国際課税制度の創設. 2.Adams の主張 (1)不当な差別である二重課税. Adams は、二重課税の問題を納税者に対する「不当な差別」の問題として として捉えている 89)。さらに Adams は、二重課税を引き起こす源は、居住地 国であって源泉地国ではないという 90)。 「国家が非人税への課税(いい換える と源泉地国課税:筆者加筆)に固執しながら同時に人税に対する課税(いい換 えると居住地国課税)の結果生じる:筆者加筆)二重課税の排除を望むのであ れば、何らかの方法で、自らの居住者が国外源泉から得る所得に対する外国税 を(FTC を通じて:筆者加筆)免税にすべきなのである。つまり、二重課税 の排除のためには、外国政府からの妥協を引き出すのではなく、国外に投資す る納税者の母国による自己否定的処置(self denying ordinance)が必要なので ある 91)。 」 。 (2)コロラリーとしての FTC 制度. 結局 Adams は、源泉地国が私的企業に提供する便益により正当化される源泉 地ベース課税という考え方に加えて、経済的自己の利益(self interest)の力 と、実行可能で長期的に安定させ得る解決策に対する強い信念に対する配慮 から、居住地国課税に対する源泉地国課税の優越性を主張しながら、「あらゆ る国家は、その国家の領域内の源泉から所得を得る非居住者である外国人に対 する課税を強く主張しており、それは正しいし少なくとも不可避である 92)。 」。 したがって、居住地国が片務的に二重課税を排除するための措置を講ずるべき であるとした 93)。源泉地国課税に優越を与えながらその補強として居住地国 課税を採用すれば、国際的二重課税は不可避であり、そのコロラリーとして、 FTC 制度を置くべきである、という 94)。 3.小括 Adams が FTC 制度を提案した第一次世界大戦中の当時、当該 FTC 制度の 導入は戦費調達のための歳入を減少させる可能性があった。それにもかかわら 189.

(16) 横浜法学第 22 巻第 2 号(2013 年 12 月). ず、合衆国議会ではほとんど反対意見が表明されることもなく 1919 年 95)に法 律が制定されたことは、Adams 自身にとっても驚きであったという 96)。かく して、世界で初めて FTC 制度が創設されたが、当時 Adams の補佐役を務め たとされる Carroll は、自国民が外国で事業を行うことを促進しようとしてい る合衆国にとって、FTC 制度は理想的な制度であると評した 97)。Adams は、 追って 1921 年に FTC に対する控除限度額を創設するように議会に提案し承 認されたが、当該控除限度額制度は、国別限度額方式ではなく、現在では一括 限度額方式(overall limitation)と呼ばれる方式であった 98)。かくして、合衆 国連邦財務省のスポークスマンたる Adams の指導により、現在の合衆国の国 際課税制度の枠組みである全世界所得課税及び(控除限度額付きの)FTC 制 度は、創設された。 Adams のもう一つの役割は、当時各国家間でそれぞれの租税制度が大きく 異なっており、かつ、合衆国の国際課税制度は世界でも実施例がない中で、二 重課税を排除するためのモデル租税条約に合衆国の制度を埋め込むことであっ た。次章で、国際連盟から委任された財政専門家により作成されたモデル租税 条約草案に合衆国の制度がどのように埋め込まれたかを観察する。. 第三章 モデル租税条約に合衆国の国際課税制度を埋め込む 前述のように、国際的二重課税の排除を主目的とする租税条約の検討は、当 初、1920 年に包括的組織である会議所によって始められたが、当該会議所の アメリカ部門の責任者は Adams であった。Adams は、一貫して国際連盟と の連携を図りながら、拡大財政専門家委員会により策定された 1928 年モデル 租税条約草案に至るまで何らかの貢献をしながら、合衆国で既に立法されてい る当時の世界では他国に例のない 99)合衆国の国際課税制度をモデル租税条約 に埋め込むよう尽力した、と筆者は考えている。. 190.

(17) アメリカ合衆国における国際課税制度の創設. 第1節 1923 年経済学者委員会報告書 1.担税力の原則 1923 年経済学者委員会報告書(以下、1923 年本報告書という)では、その 第Ⅰ部にて、経済学的観点から国際的二重課税による経済的影響を分析した上 で、その第Ⅱ部の始めに、当時における課税の正当根拠についての考え方を示 している。課税の正当根拠については、 コスト説(cost theory)と利益説(benefit theory)からなる交換説により説明されてきたが、 当該交換説は、 当時すでに 「能 力説又は担税力説(faculty theory or theory of ability to pay) 」 (以下担税力説 という。 )によって取って代わられたという。 「担税力説」は「交換説(コスト 説及び利益説を包含する。 ) 」よりもさらに包括的な概念である。なぜなら、富 の取得に関係する便益が個人の能力(faculty)を高める以上、便益は無視でき ない要素を構成するからである。個人の消費能力についても同じことがいえ、 消費を可能にするか又は迷うことなく消費に同意できる適切な環境を提供する 国家の政府にとってのコストまでも配慮するからである(ここまで 1923 年本 報告書 18 頁)100)。Seligman は、事業所得についても株主の手元で担税力説に 依拠し累進税率が適用されるべきであるとして、事業所得課税を批判したこと はすでに述べた。 2.課税の連結点と経済的所属 課税の連結点の分析を通じて、最終的には、 (1)最初に、どこで富の産出が 物理的に又は経済的に生み出だされたか (源泉地(Acquisition or Origin) ) 、 (2) どこで富の産出の完成工程が見出されるか (財産の所在(situs) 、 (3)どこで (1) 及び (2) の結果の権利が譲渡 (handing-over) できるか (執行可能地 (enforceability or legal status) (4)どこで富が費消、 消費又は処分されるか(居所(domicile) 、 と四つを挙げた上で、 「場所(situation) 」として最も重要な要素は、 (1)の富 の源泉地 101)及び(4)消費する富の所有者の居住地又は居所 102)である。 」 、と し、 「その他の二つの要素は、ときには重要であることがあるが、多くの場合 191.

(18) 横浜法学第 22 巻第 2 号(2013 年 12 月). に、源泉地又は居住地についての主張を補強するときだけ意味を有するだけで ある。 」 、とした 103)。 Seligman は、所得の種類毎に、四つの連結点との関係を分析し、源泉地国 及び居住地国へのウエイト付けを行おうとした。しかし一つの種類の所得を源 泉地国及び居住地国への配分を事実上放棄した 104)ことは、既に述べた。その 結果、所得の種類毎に、源泉地国又は居住地国のいずれか一方にだけ配分した 105). 。この点が、後の財政専門家委員会が「経済的所属」の概念を全く参照も. しなかった一つの理由ではないかと考えられる。 . 第 2 節 1925 年財政専門家委員会報告書 1923 年の経済学者家委員会報告書が完成する前に、既に国際連盟の財政委 員会は、国際的二重課税の緩和策に対する実務的な観点からの助言を作成す ることを目的とし、ヨーロッパ諸国中 7 カ国の代表者から構成される財政専 門家委員会に付託をしていた 106)。1925 年に、当該財政専門家委員会は、国際 的二重課税問題及び国際的脱税問題に関する決議を付した報告書(以下 1925 年報告書という。 ) 、を提出した 107)。1925 年報告書は、前述の経済学者委員会 による理論的検討、国際法学会による助言、国際商業会議所による助言及び 既存の各国法令及び租税条約に基づいて議論された結果を報告書に纏めたも のである 108)。1925 年報告書は、経済学者委員会報告書との役割の違いについ て、次のように述べている 109)。経済学者委員会の報告書は、 「理論的及び科学 的観点」から調査されたのに対して、財政専門家委員会に求められているのは、 「執行面及び技術的」観点である。そこで 1925 年報告書は、経済学者委員会報 告書を基礎におきながらも、二重課税問題を解決するために行われている各国 の状況を過去二十年間に締結された租税条約 110)及び各国の制定法を調査した 結果をも考慮に入れた報告書である 111)。その後のモデル租税条約へと導いた 処方箋が、本報告書であったことは明らかである。. 192.

(19) アメリカ合衆国における国際課税制度の創設. 1.租税制度の違い まず、財政専門家委員を悩ましたのは、各国の租税制度に違いがある点であ る 112)。当時は、①人税(又は総合所得税) 、②物税(又は分類所得税)及び③ 合衆国・ドイツがすでに採用している純所得税(pure income tax)という三 つの制度が併存していた。本委員会が出した結論は、すべての形態の課税制 度に適用可能な単一の制度を提案するのではなく、世界には異なる制度があ り、純所得税であることの他に、源泉地の観点を最も重要とする「物税(又は 分類所得税) 」と居住地の観点を最も重要とする人税「 (又は総合所得税) 」の うち、いずれかを採用する結果、国家間で生じる二重課税問題の解決を可能に するモデル租税条約の草案を検討することとした 113)。そして、二重課税の問 題を解決する方法として、合衆国(及びオランダ)が採用する控除限度額付き の外国税額控除方式と国外所得免税方式のいずれかを選択することとした 114)。 Adams が、国際連盟の財政専門家委員会という表舞台に登場する前に、当時 合衆国が採用していた控除限度額付きの FTC 制度が既に埋め込まれていたこ とになる。 2. 「恒久的施設(permanent establishment) 」に繋がる概念の確立 企業が、ある国家に本店(head office)を有し、別の国家に支店(branch) 、 代理店(agency) 、 事業所(establishment) 、 常設 の 商・ 工業組織(stable commercial or industrial organization ) 又 は 恒 久 的 外 交 員( permanent representative)を有する場合には、各締約国はそれぞれの純所得のうち自国 内で生じた部分に対して課税することとした 115)。1925 年の財政専門家委員会 報告書で「恒久的施設(permanent establishment) 」という用語が初めて使わ れた。 3.国際運輸所得の取扱 経済学者による 1923 年報告書では、Seligman は、国際運輸所得の課税上の 193.

(20) 横浜法学第 22 巻第 2 号(2013 年 12 月). 源泉地国を、船舶の登録地国とするか、海運会社が所有する専用ドックの所在 国とするか、それとも船舶の運用管理を行う事務所の所在国とするかを決めか ねていた 116)。 1925 年報告書では、国際運輸等所得であっても、原則として関係する国家 間に所得を配分すべきであるが、海運業については、その活動の著しい特殊性 及び特に多数の国で事業を行う場合の利得配分の困難さに鑑みて、前記原則の 例外として、相互主義に基づき管理・支配の真の中心が所在する国家だけが課 税することを認めた 117)。追って、1928 年の国際連盟モデル条約草案では、 「真 の管理の中心(real centre of management ) 」が所在する国家だけが課税する ことを認めた。この取り扱いは正に Adams の考え方と一致している 118)。 4.小括 財政専門家委員会は、1925 年報告書において、同委員会の参加国を拡大す ること及び同委員会がモデル租税条約草案を策定すべきであると勧告した 119)。 本モデル租税条約草案策定を求める勧告は、国際連盟の財政委員会及び理事 会により承認され、我が国を含む 13 ヶ国からの代表者によって構成される拡 大財政専門家委員会を編成した 120)。合衆国は、これまで財政専門家委員会に 代表者を派遣していなかったが、委員会を拡大する結果、債務国からの代表者 が圧倒的多数となる委員会でモデル租税条約草案が策定されることに懸念を持 ち、初めて合衆国の代表者を派遣することを決定した。そのときに派遣された のが、Thomas S. Adams であった。Graetz は、国際連盟における 1927 年及び 1928 年の一連の活動で、合衆国が派遣する Adams が、極めて重要な主導的役 割を果たした、という 121)。. 第 3 節 ‌1927 年拡大財政専門家委員会によるモデル租税条約予備草 案を付した報告書 拡 大 財 政 専 門 家 委員会(Enlarged Committee of Technical Experts) は、 194.

(21) アメリカ合衆国における国際課税制度の創設. 1927 年にはモデル条約予備草案を付した報告書 122)を提出した。1925 年の財 政専門家委員会による決議を基本的枠組みとしながら、物税と人税の区別を残 し、事業所得に対する物税の賦課に関連して「恒久的施設」という用語を初め て使用し、二重課税の排除方式を控除限度額を伴う FTC 方式とし 123)、さらに いくつかの修正を加えた。 しかし、財政専門家の頭を悩ませ続けたのは、当時の世界に異なる租税制度 が存在する中で、物税と人税との区別の曖昧さであった 124)。. 第 4 節 ‌1928 年拡大財政専門家委員会 に よ る 1928 年 モ デ ル 租税 条約草案 1.物税・人税の区別の廃止 Adams が拡大財政専門家委員会に登場したときに彼が最も重要な目標とし たのは、物税・人税の区別を取り巻くあいまいさを強調しながら、物税・人税 の区分を無くすことであった。そして次の目標は、合衆国の国際課税制度を埋 め込み、合衆国の非居住者(外国人及び外国企業)が稼得する合衆国国内源泉 所得に課税できることを確かなものにすることであったと考えられる。Adams は、 「最近の拡大財政専門家委員会の議論では、 『物税』を適用する所得及び 『人 税』を適用する所得の区別が不明確であることが明らかである 125)。 」 、という。 そして、Adams は、人税・物税の区別を取り払い、その代わりとして、 「源泉 地国課税(origin taxes) 」と「居住地国課税(residence taxes) 」に分類するこ とを提案した 126)。ここで、租税条約の上で、源泉地国課税を優先させながら 片務的に居住地国課税を位置付ける形が確立された。 2.三つのモデル租税条約草案 拡大財政専門家委員会による 1928 年モデル租税条約草案は、基本的な枠組 は 1927 年モデル予備草案を踏襲しながらも、当時の世界における租税制度の 違いを考慮して、次の三つの草案を一括して報告した。 195.

(22) 横浜法学第 22 巻第 2 号(2013 年 12 月). (Ia)草案は、物税と人税の区別をまだ残した案で、物税については源泉地 国に、人税については居住地国に課税権を配分した。二重課税排除方式は、不 動産所得と事業所得についてのみ FTC を認めるものであったため、債務者主 義が採用されている利子や配当について生じる二重課税は救済されないことに なる。本草案は当時の国内法で物税と人税に区分しているフランスやドイツ等 による提案であると考えられる。 (Ib)草案は、物税と人税の区別の代わりに源泉地国課税と居住地国課税に 区別しながら、二重課税排除方式については、居住地国がその納税者に対して 源泉地国で納付した租税について FTC を認めるものである。なおその控除限 度額は、源泉地国で課された租税の額とその対象となる所得に居住地国の税率 を適用した場合の税額とのうち、いずれか少ない額に限ることとした。つまり 合衆国の制度が確実に本草案に埋め込まれた。本草案は債権国である合衆国や 英国による提案であると考えられている 127)。 (Ic)草案は、異なる租税制度を有する国家間での適用を想定したもので、 二重課税排除方式については国外所得免税方式を認めるものである 128。 1928 年租税条約の三つの草案では、次の原則が共通して確認された。 (1) 外国で稼得する事業所得については、恒久的施設(permanent establishment) を通じて稼得される所得に限り、当該恒久的施設を有する国家が当該事業所得 の源泉地ベースの課税権を有することとした。 (2)独立した地位を有する真正 の代理人(broker, commission agent 等)は恒久的施設を構成しないとした。 (3)1925 年租税条約予備草案では恒久的施設に関連会社・子会社を含めてい たが、1928 年租税条約草案では恒久的施設には含めず、別個の実体として取 扱うこととした。 (4)法人の所在地を、真の事業管理の中心(real centre of management)により決定することとした。 3.小括 1939 年に始まった第二次世界大戦中にも続けられていた国際連盟財政委員 196.

(23) アメリカ合衆国における国際課税制度の創設. 会の研究成果は、1943 年メキシコ・モデル租税条約 129 及び 1946 年ロンドン・ モデル租税条約として結実した。さらにこれらの問題は、その後 1948 年に創 設された OEEC(Organization for European Economic Corporation)及び 1961 年に OEEC から改組された OECD( Organization for Economic Co-operation and Development)に引き継がれた。1963 年には最初の OECD モデル条約草 案が採択され、今日の国際課税原則の基礎が確立した。 二重課税を防止するためのモデル条約の策定における、1923 年の経済学者 委員会による功績とその後の財政専門家委員会による功績を評価すると、将来 の検討のための処方箋となりえたのは、Adams の参加を得て策定された拡大 財政専門家委員会策定による 1928 年のモデル条約草案であり、そこに至る過 程のいくつかで Adams の足跡が確認され、合衆国の国際課税制度をモデル条 約の草案に埋め込んでいたことが明らかになった 130)。. 第四章 結論 本稿で注目した Adams は、ウイスコンシン大学の教授の任にあった 19111915 年には、当該州の租税長官(tax commissioner)の任にもあって、合衆国 で最初にウイスコンシン州所得税の制度を創設し 131)、以降当該州の所得税制 度が合衆国各州の所得税制度のモデルとなった。1916 年から他界する 1933 年 までは、イエール大学教授の任にあって、連邦財務省のアドバイザーとして租 税政策立案と執行の両面で指導的立場にあった。連邦租税法令の立法時には、 連邦議会下院歳入委員会(House Ways and Means Committee)及び同議会上 院財政委員会(Senate Finance Committee)を前にして、連邦財務省のスポー クスマンの役割をはたした。さらに Adams は、アメリカ租税協会(National Tax Association)及びアメリカ経済学協会(American Economic Association) の会長を務めたこともある。 1.Seligman と Adams との間の対立軸は、事業所得に対する課税根拠に始ま 197.

(24) 横浜法学第 22 巻第 2 号(2013 年 12 月). る。当時、ヨーロッパと同様に、合衆国の租税制度は、物税を中心とする制度 の下で納税者の人的能力に着目した人税をもって補完するために、課税根拠と しての担税力説が普及しつつあったと考えられる。そこで、Seligman を含む 当時の財政学者らは、所得課税の根拠を担税力説に求めていた。Seligman が 主筆を務めた 1923 年経済学者委員会報告書において、当時は既に(旧来のコ スト説と利益説を包含する)交換説は、さらに包括的概念としての「能力説又 は 担税力説(faculty theory or theory of ability to pay) 」に よって 取って 代 わ られていたという。個人納税者に対して担税力説の下に累進税率構造を適用す る点についても、普及しつつあったと考えられる。そこで Seligman を含む当 時の財政学者らは、 事業所得に対する課税は、 個人納税者である株主が負担(又 は株主に帰着)すべきであり、法人のような中間物に対して課税すれば、パン ドラの箱を開けて所得課税制度は大混乱に陥れることになる、と非難していた。 Adams は、担税力説の下での個人納税者に対する課税を否定してはいない。 しかし、事業については、課税の根拠を利益説に求め、国家を当該事業のパー トナーとして位置づけ、国家は公的支出や公的投資を行い、その事業が安全・ 効率的で且つ他国の事業に対する競争力を発揮できるように、インフラや法体 系を整備している。事業に携わる実体を単なる消費者ではなく所得の生産者と して捉え、その所得を生みだす能力に着目した。そして、企業は、国家が行っ た公的支出や公的投資を応分に負担する財政上の義務がある、という。さらに Adams は事業の総所得に対する課税ではなく純所得に対する課税を提案し、 それによって新しい産業や起業を勇気づけ、ある産業にとっての不毛の時代で 利益を計上できなければ、当該産業は法人税を納付する義務はなく、産業が行 う研究開発投資を助成しているという。 また Adams は、事業の株主の手元で課税すべきであるとする Seligman ら による主張に対して、個人所得課税との比較で、事業所得課税のもつ効率性を 強調し、長期的には事業所得課税が個人所得課税以上の税収を連邦政府にもた らす可能性に言及していた。 198.

(25) アメリカ合衆国における国際課税制度の創設. 2.Seligman は、担税力説に依拠することから、居住地国課税を優先させた。 しかし、居住地国課税を優先させ、二重課税を防止するためには源泉地国は課 税を放棄すべきであるとの主張は、同時の英国の主張でもあった。 Adams は、フランスに居住する者が、そのすべての所得を配当のような形 で合衆国から受取っているという例を挙げて、利益説を事業所得課税の妥当根 拠として観察すれば、合衆国である源泉地国が課税権を放棄するなどというこ とは考えられない。したがって、源泉地国課税が優先されるべきであり不可避 であると主張した。また、脱税及び二重非課税を防止するための源泉地国課税 への補強(backstop)として居住地国課税を位置づけた。 3.Seligman は、合衆国が採用した FTC 制度に対して、債権国である合衆国 の国庫を債務国(敗戦国及び発展途上国)による増税のなすがままになると批 判した。この批判は、FTC の限度額を立法した後でも変わってはいない。 Adams は、源泉地国課税を優先させた上で、居住地国が片務的に自国の居 住者に対して居住地国課税を課せば国際的二重課税は不可避であり、そのコロ ラリーとして自国の居住者を FTC 制度によって救済すべきであるという。 4.1917 年に創設された超過利潤税についても Seligman と Adams との間で意 見の対立があった。第一次世界大戦中の 1917 年 3 月に戦費増大による歳入不 足額を補うために、合衆国が戦争中に立法した戦時利得税に加えて、超過利潤 税を新設した 132)。超過利潤税を提案した Adams の意図は、戦時利得税は戦争 が終結するまでの課税であり「一時的」なものでしかないが、通常の収益率を 定義できそれを超える超常的収益率に課税することができれば、 「恒久的」な 歳入減となり得る 133)。Seligman は超過利潤税が事業所得を対象としているこ とから、超過利潤税を提案する Adams を激しく非難した 134)。しかし合衆国 連邦議会は、超過利潤税の立法を承認した 135)。 これまでの考察により、1910-1920 年代に世界で初めて創設された合衆国 の国際課税制度の形成に中心的役割をはたしたのは、我が国で良く知られた Seligman ではなく、合衆国同様に我が国でもほとんどといっていいほど知ら 199.

(26) 横浜法学第 22 巻第 2 号(2013 年 12 月). れていなかった Adams であったというべきである。Seligman と Adams との 間には激しい理論の闘争があったと考えられるが、合衆国の国際課税制度に係 る立法過程を観察すると、合衆国議会は Adams(及び当時の連邦財務省)に よる主張を採用したことがはっきりした。 国際連盟による二重課税排除のための財政委員会という表舞台に Adams が 初めて登場したのは、財政専門家委員会の提言によって組織された拡大財政専 門化委員会に合衆国の代表として派遣された 1927 年であったことが、合衆国 の論者の間でも Adams の存在及び貢献が過小評価されてきたと考えられる。 しかし実際には Adams は Carroll による補助を受けながら、一貫して国際商 業会議所のアメリカ本部(American Section)の代表者として、国際連盟の二 重課税排除及びモデル条約策定のための財政委員会に関与し、Adams の没後 は、その役割が Carroll によって引き継がれたものと考えている 136)。 Avi-Yonah が、その 2005 年の論文において、合衆国の国際課税制度の進化 を四つの期に分け、それぞれの期における合衆国政策の根底にある課税原則、 中心人物及び当該原則の解釈・適用について分析しているが、その第一期つま り創世記の中心人物たる Seligman だけではなく Adams が果たした役割につ いて言及したことは興味深い 137)。. おわりに 合衆国が前述の GATT/WTO との 30 年論争に敗北を続けたことが、これ まで全世界所得課税制度を堅持してきた合衆国にとってのターニングポイン トとなり、数多くのヨーロッパ諸国が採用する exemption 制度への移行を提 唱する論者とあくまでも worldwide 制度の堅持を主張する論者とが、相対立 する国際課税改革論議が 1990 年代に始まりオバマ政権下の現在においてもな お続いている。worldwide 制度を堅持する論者等が一番懸念する論点は、納税 者の所在地国から低(又はゼロ)税率国又は地域への所得移転(income shift) 200.

(27) アメリカ合衆国における国際課税制度の創設. による合衆国の課税ベース浸食(base erosion)とその結果生じる無国籍所得 (double non-taxation or stateless income)の存在である。 Adams は常々二重課税の防止と同時に二重非課税(double non-taxation)の防 止を念頭においていたが、当時、合衆国貿易商人(foreign trader)が稼得す る国外所得を免税にする法案を提案するときに、三つの要件を提起した。それ は、免税にする所得は、 (1)能動的所得だけに限定すること。 (2)免税とする 国外所得が、 「合衆国に匹敵する(comparative)外国課税」の対象となってい るものに限ること。 (3)統一的なソース・ルールが確立していること。Graetz は、ここでの Adams による洞察力が、合衆国で現在行われている国際課税改 革論議を分析する研究者にとって、現在でもなお貴重な情報であるという 138)。 近年各国の主要メディアが一斉に多国籍企業の実名を挙げて、 「強引なタッ クス・プラニング(aggressive tax planning) 」により各国の課税ベースが危機 に瀕していると報じた 139)。2013 年 2 月 16 日には、G20 に出席する英国・フ ランス・ドイツの財務省が、多国籍企業による課税逃れの防止にむけて協調 して取り組むことを表明し、そのための計画立案を OECD 租税委員会に命じ た。同年 2 月に OECD は、「課税ベースの浸食および所得の移転(Addressing Base Erosion and Profit Shifting) 」 という報告書を公開し 140)、各国及び関係す る利害関係者の協力の下で統一的準則を立案すべく、同年 7 月には、 「課税ベー スの浸食および所得の移転に対応するための行動計画」を公表した 141。ここ で合法的とされる多国籍企業による強引なタックス・プラニングを可能にする 国際租税法上(国内法例及び租税条約)の弱点とされている論点の多くは、前 述の三つの要件のいずれかを満たしていない。 グローバル経済はますます進化し、電子商取引の拡大といったグローバルな 事業活動が活発になり、多国籍企業の超過収益力の源である価値ある無形資産 の取扱いが問題にされる中で、かつての国際連盟が二重課税と脱税を排除する ことを目標に掲げた活動から大きな業績を残したように、OECD が中心となっ て国際課税における各国準則の調和化に向かって推進されることに対して注目 201.

(28) 横浜法学第 22 巻第 2 号(2013 年 12 月). していきたい。 1)‌合衆国における最近の国際課税改革に係る論議については、北川博英「米国経済再生大 統領諮問会議による国際課税改革報告書を読む」横浜国際経済法学第 20 巻第 1 号 59 頁 (2011 年 9 月) 。国際課税改革の選択肢において、懸念される低(又はゼロ)税率の課税 管轄への所得移転については、北川博英「アメリカ合衆国の多国籍企業による国外への 所得移転に係る事例研究と国際課税改革の方向」横浜国際経済法学第 21 巻第 1 号 59 頁 (2012 年 9 月) 。 2)‌Michael J. Graetz and Michael M. O’Hear, The Original Intent of U.S. International Taxation, 46 Duke Law Journal 1021(1997)[hereinafter cited as Graetz 1997]. 3)‌金子宏は『租税法(第 18 版) 』454 頁(弘文堂、2013 年)において、国際的経済活動(国 際取引)について二つの側面があり、その一つは、わが国の国民が国外に進出してきて、 投資その他各種の経済活動を行う場合である。他の一つは、外国の国民や企業が、我が 国に進出してきて、投資その他各種の経済活動を行う場合である。 」 、とした。 4)‌国際経済秩序と税制の関係については、神戸正雄『租税研究 第七巻』で、国際課税に ついての諸論をのべているのは 第四編 重複課税の本質、第五編 国際課税の主義論争、 第六編 国際営業 ノ 課税、第七編 国際課税 ニ 於 ケ ル 人及證券 の 所在(弘文堂書房、1926 年) 、田中勝次郎『所得税法精義』 (巌松堂書店、1930 年) 、田中勝次郎『改正法人税法 の 研究』 (白亜書房、1951 年) 、小松芳明「法人税法における国際課税の側面についてー問 題点の究明と若干の提言」西野嘉一朗・宇田川璋仁編『現代企業課税論―その機能と課題』 (東洋経済新報社、1977 年) 、小松芳明『租税条約の研究(新版) 』 (有斐閣、1982 年) 、小 松芳明「国際租税法の発展と動向」 (租税法研究第 10 号、1982 年) 、水野忠恒『国際課税 の 制度 と 理論―国際租税法 の 基礎的考察―』 (有斐閣、2000 年) 、黒田東彦「世界経済秩 序 と 国際課税 ルール」水野忠恒編『国際課税 の 理論 と 課題(2 訂版) 』367 頁(税務経理 協会、2005) 、赤松晃「国際課税 の 基本的 な 仕組 み」金子宏編『租税法 の 基本問題』593 頁(有斐閣、2007) ) 。国際課税については、村井正編『教材国際租税法Ⅰ・Ⅱ』 (信山社、 2001) 、中里実『国際取引と課税―課税権の配分と国際的租税回避』 (有斐閣、1994) 、赤 松晃『国際租税原則と日本の国際租税法―国際的事業活動と独立企業原則を中心に』 (有 斐閣、2001 年) 、 増井良啓・宮崎裕子『国際租税法(第 2 版) 』 (東京大学出版会、2011 年) 。 また、合衆国の法人税の構造についての先行研究として、水野忠恒『アメリカ法人税の 法的構造―法人取引の課税理論―』 (有斐閣、1998 年) 。See also, Graetz 2003, supra note 1 and Michael J. Graetz, Foundations of International Taxation,(Foundation Press, 2003). 5)国際的経済活動に対する課税をいう。金子宏、前掲 3)454 頁。. 202.

(29) アメリカ合衆国における国際課税制度の創設. 6)‌国際課税に関する法を国際租税法(international tax law)という。金子宏、 前掲 3)454 頁。 水野忠恒『租税法(第 4 版) 』553 頁(有斐閣、2009 年) 。 7)‌国際的二重課税(international double taxation)をどのように排除するか、外国の国民 及び企業に対してどのように課税するか、それと関連して、各主権国家の課税権をど のように調整し制限するかの問題がある。さらに国際的経済活動は、主権国家の領域を こえて行われ、その調査権が及びにくいため、そこから生ずる所得につては、脱税(国 際的脱税)若しくは脱税のための国際取引が仮装されることも少なくない。また、国際 的経済活動においては、複数の国家の税制の相違を利用した租税回避(租税裁定、tax arbitrage)が行われることが多い。これらの問題を適切に対処するためには、国家間の 協力が不可欠である。そこで、各国は他の国々との間で、二国間の租税条約を締結して、 これらの問題の解決を図っている。この点については、金子宏、前掲 3)460-462 頁 ; 川端 康之「外国税額控除制度」水野忠恒編『国際課税 の 理論 と 課題(2 訂版) 』135 頁(税務 経理協会、1999 年) 。 8)金子宏、前掲 3)454 頁。 9)‌合衆国憲法の規定のうち、租税に関するものは次のとおりである。なお、合衆国憲法各 規定及び第 16 修正の邦訳については、 田中英夫『BASIC 英米法辞典』付録Ⅰ合衆国憲法: 対訳(2007 年)に従った。 第 1 篇第 8 節 1 項: 「連邦議会は、次の権限を有する。合衆国の債務の弁済、共同の防衛 および一般の福祉の目的のために、租税、関税、輸入税及び消費税を賦課徴収すること; ただし、すべての関税、輸入税および消費税は、合衆国を通じ均一でなければならない。 」 第 1 編第 9 節 4 項: 「人頭税その他の直接税は、上(第 1 篇 2 節 3 項)に規定した人口調 査又は算定に比例するものでなければ、賦課してはならない。 」 ;直接税の人口比例に関 しては、第 1 篇第 2 節 3 項:「下院議員及び直接税は、連邦に加入する各州の人口に比例 して各州の間に配分される(以下省略) 。また、歳入の賦課に関する法案の連邦議会に対 する提出手続きについては、第 1 篇第 7 節 1 項: 「歳入の賦課に関するすべての法案は、 先に下院に提出されなければならない;ただし上院は、他の法律案におけると同様、こ れに対し修正案を発議し、または、修正を付して同意することができる。 」 ;第 16 条修 正、 「連邦議会は、いかなる原因に基づく所得に対しても、各州に比例的にではなく、ま た人口調査もしくは算定に関係なく、所得税を賦課徴収する権限を有する。 」 ; See, Boris I. Bittker, Federal Income Taxation of Corporations and Shareholders Seventh Edition, Preface at 1-3 (2000) ;合衆国憲法第 16 条修正前後の法人税導入の経過については、畠山武道「アメリ カに於ける法人税の発達(一)-<法人ー株主>を中心にー」246 頁(北大法学論集、24 (2) :1-1-3、1973 年) 。 10)‌Revenue Act of 1913, H.R. 3321, Public No. 16, 63d Congress, 1st Session, ch. 16, 38 Stat. 114. ここで、所得課税には個人に対する所得課税及び法人所得に対する所得課税を含 203.

(30) 横浜法学第 22 巻第 2 号(2013 年 12 月). む。法人に対しては、合衆国憲法第 16 条修正に先立つ 4 年、1909 年の Payne-Aldrich 関税法(Payne-Aldrich Tariff Act of 1909)の立法の中で、法人税法を制定し連邦政府に よる課税が行われていたが、その根拠は法人という能力をもって事業を行うという特典 (privilege)の行使に対する憲法上規定されている消費税又は間接税であり、合衆国憲法 第 16 修正が連邦政府に課税を認めた所得課税とは性質を異にするものであった。1913 年の恒久的所得税法については、畠山武道、前掲 9)261 頁。 11)‌畠山武道、前掲 9)261 ページにおける邦訳によれば、 「合衆国のあらゆる市民に対し前 暦年度内に凡ての源泉より発生した(arising or accruing)全部の純所得に対して、これ らの所得に対する年間 1%の税が毎年賦課され、査定され、徴収され及び支払われるも のとする。 」 、とされていた。 12)‌全世界所得課税に係る国際法上の根拠とされているのは、Lotus Case France v. Turkey (1927) , P.C.I.J. Ser. A. No. 10。奥脇直也「国家管轄権の適用基準―ローチュス号事件」山 本草二ほか編『国際法判例百選』別冊ジュリスト(2001)42 ページ。この事件名の「ロー タス」は、この事件のもととなった商業船の名前「LOTUS 号」からつけられたもので あるが、当該船舶がフランス船籍であったことから、国際法の分野の文献では、フラン ス語の発音に基づいて「ローチュス号事件」とも翻訳されているが同一の事件である。 ‌田畑茂二郎他『判例国際法』 (東信堂, 2002) , 7 頁; 田畑茂二郎=太寿堂鼎『ケースブッ ク 国際法(新版) 』 (有信堂高文社,1987)164 頁; 杉原高嶺他『現代国際法講義』 (有 斐閣、2009)82-85 頁 ‌次に、合衆国最高裁判所による裁判例としては、Cook v. Tait, 265 U.S. 47, 56(1924)で ある。本事件は、原告である納税者が、生まれつき合衆国の市民であるが、メキシコ共 和国に住所を移した。被告である課税庁は、合衆国の所得税法に基づいて納税者の所得 に係る申告書の提出を命じた。しかし納税者は、その所得がメキシコ共和国に所在する 財産から生じたものであることを理由に出訴した。当事件に対して裁判所の判断は課税 権の根拠に係るものである。課税権の根拠を、政府が市民及びその所有する財産に対し て与えている利益に置き(いわゆる後に述べる利益説) 、市民と国家との結びつきが認 められ、政府から利益を得ているということが課税権つまり課税管轄権の基礎となるべ き市民としての地位を有することから、国外財産から生じる所得に対しても課税が正当 化される根拠を示した。 ‌ 「合衆国外にある合衆国市民(citizen)の財産は、合衆国からなんらの利益(benefit)も 得ていないという主張は却下する。そこで述べられた主張は、一国家としての合衆国の 主権(sovereign power の範囲と限界の問題と、合衆国の合衆国市民に対する関係及び 合衆国市民の合衆国に対する関係の問題について誤った考えによる混乱である。裁判所 の決定は、当該国家の権能(power)の範囲と限界については、合衆国政府がその政府 たる性質により、合衆国市民および合衆国市民の財産に対して、それらがどこに所在し 204.

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