今わたしたち大人に必要なものは何か
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(2) が存在している。人間の心の背後には理性ではどうすることもできないドロドロとしたものが隠れて おり、それこそ子どもたちを不合理な行動へかきたてるものであり、一生っいて回るものなのだとい わんばかりに。このような言説は先の権威の復権論につながり、その説得力を増しさえしてしまう。 これはやはり行き過ぎである。ある時は克服すべき問題行動の原因とされ、あるときは人間であるこ との不可避の本質とされる。あるときは否定され、あるときは人間であることの証明として、また人 間の豊かな内面の根拠として肯定されるのである。そうなってしまうのは、心の背後にあるもの、あ るいは無意識と呼ばれるものが、実は、実体概念なのではなく、現象を合理的に説明するための機能 概念であることに由来しているのであって、それをまるで実体のごとく考えてしまうことこそ問題な のではないか。現実に存在しているのは、親と子、夫婦、兄弟姉妹、友人、さらに複雑な社会的諸関 係でしかない。それぞれは固有の場を起源として持ち、わたしたちの人格の複層化を生み出している。 しかし、それらは必ずしも透明で、合理的なものばかりではない。そのために、わたしたちは不透明 で不合理なものに傷つくことから自らを守るシステ'ムを作り、歴史の中でそれを作り変えてきたので ある。そのことを忘れて、そこで生じた諸問題を人間の実体的本質論に転嫁することは、問題を解決 するのではなく、より複雑化することでしかないのではなかろうか。 親子関係に必要なのは、情緒的なものの過剰なのではなく、情緒的幹を理にかなった秤へ発展させ、 それ以後の複雑な関係を豊かに作り上げていくための基盤を育むことである。そのためには親と子は 向き合うことと同時にいっしょにこの複雑な世界に対することが必要なのではなかろうか。 「父性の 復権」論や「薫別ま壁になれ」論では、親は子どもの方しか向いていないo規が否定的な思いだけを持っ て子どもに対面すれば、そこに病理が生じるのはむしろ自然なことである。実際は親も社会の政に翻 弄されているのであり、親が向くべきは社会の方であり、子どもと共にこの厳しい、変化の激しい社 会に立ち向かう子どもとの連帯こそ子どもたちの健全な成長にとって何より大切なのではなかろうか。 そして学校の先生方もこの親と同じ課題に、今直面しているように筆者には思われる。. -2-.
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