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今わたしたち大人に必要なものは何か

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Academic year: 2021

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(1)生徒指導研究第9号1998. 【巻頭言】. 今わたしたち大人に必要なものは何か 渡逮満 今子どもたちが大変な状況にある。平成9年12月に発表された文部省『生徒指導上の諸問題』調査 によると、平成8年度における校内暴力は、過去最高の10,575件(公立中・高校)に達し、いじめは やや減少したものの51,544件(小・申・高校)にも及び、不登校は94,351人(小・中)と過去最高を 更新した。また、警察庁のまとめ(同年6月3日)では、千人当たり刑法犯少年数は、 4年連続で増 加し、特に非行の凶悪・粗暴化、薬物乱用、性的逸脱といった問題傾向が顕著なものとなっている。 このような子どもたちの諸問題の背景には、経済的発展の産物としての社会の物質的豊かさとそれ に,よる個々人の思考や行動の私事化傾向と享楽主義的傾向の蔓延があるといわれるO社会的連帯の喪 失と孤立化や風俗産業の拡大、ゲームセンタ-等の子どもたちのたまり場の増加、性や暴力に関する 情報の氾濫等、子どもたちを取り巻く環境の悪化は、決定的なものとなってきている。さらには家庭 や地域の教育力の低下は子どもたちの逸脱に対する抑止的機能を失い、子どもたちの基礎的な自然体 験や仲間関係を含む多様な人間関係を習得する社会体験の不足は、子どもたちの健全な自己形成を田 難なものとしている。 このように考えてくると、子どもたちが大変な状況に陥るのは、あたり前のことのように思えてく る。そして人々は社会の変化によって悪化した環境への対抗措置を求めることとなる。社会環境の整 備や規制の載化、そして少年犯罪への厳しい処罰などが対策として提案される。一方では、時代の変 化によって失われたものをもう一度取り戻そうと試みるOその典型が「父性の復権」論であり、 「親 は壁になれ」論ではないだろうか。 「父性の復権」論は、子どもたちを誘惑する社会にあって、 「毅 然として」子どもたちに立ち向かい、善悪の区別と社会のルールを教え、子どもたちを誘惑から身を もって守ることこそ父親の最低限の務めだというのである。親子関係の対等化、父親の権威の失墜等々 の現実を見ると、 -一層説得力を持つように恩える。 だが、果たしてそれで良いのであろうか。確かに、社会の一般的状況は子どもたちの問題状況に対 応しているように見える。しかし、だからといって、社会の変化に即家庭のあり方を対応させようと することは、分かりやすくはあるが、それだけに単純であり、むしろ危険さえ含むように思われる。 そのような単純な思考は、親子の問での生々しい病理を助長し、結局子どもの健全な育成にとって家 庭が持つ独自性をかえって見失うことになるのではないか。これまで家庭における権威主義的な親子 関係は何の問題も引き起こさなかったわけではない。わが国では社会と家庭は、権威主義的な構造を 共有し、両者の単純な直結がさまざまな歪みを双方に生み出してきていた。そのような状況がやっと 変わってきたのである。問題なのはこの新たに生じてきたポスト権威主義的関係を新たな質を持った 関係に仕上げていくことこそ課題なのではないのか。子どもたちの諸問題は、一見すると、家庭にお ける親子関係が対等化したから生じるかのように見えるが、実のところはそうではなく、情緒的なも のをいっまでも引きずっていることから生じるのであり、必要なのは、対等化を前提にした新たな、 それこそ理にかなった親子関係を築くことなのではないだろうか。 「親は壁になれ」論も同様である。そのような議論の背景には、人間に対する現実的と称する見方 -1-.

(2) が存在している。人間の心の背後には理性ではどうすることもできないドロドロとしたものが隠れて おり、それこそ子どもたちを不合理な行動へかきたてるものであり、一生っいて回るものなのだとい わんばかりに。このような言説は先の権威の復権論につながり、その説得力を増しさえしてしまう。 これはやはり行き過ぎである。ある時は克服すべき問題行動の原因とされ、あるときは人間であるこ との不可避の本質とされる。あるときは否定され、あるときは人間であることの証明として、また人 間の豊かな内面の根拠として肯定されるのである。そうなってしまうのは、心の背後にあるもの、あ るいは無意識と呼ばれるものが、実は、実体概念なのではなく、現象を合理的に説明するための機能 概念であることに由来しているのであって、それをまるで実体のごとく考えてしまうことこそ問題な のではないか。現実に存在しているのは、親と子、夫婦、兄弟姉妹、友人、さらに複雑な社会的諸関 係でしかない。それぞれは固有の場を起源として持ち、わたしたちの人格の複層化を生み出している。 しかし、それらは必ずしも透明で、合理的なものばかりではない。そのために、わたしたちは不透明 で不合理なものに傷つくことから自らを守るシステ'ムを作り、歴史の中でそれを作り変えてきたので ある。そのことを忘れて、そこで生じた諸問題を人間の実体的本質論に転嫁することは、問題を解決 するのではなく、より複雑化することでしかないのではなかろうか。 親子関係に必要なのは、情緒的なものの過剰なのではなく、情緒的幹を理にかなった秤へ発展させ、 それ以後の複雑な関係を豊かに作り上げていくための基盤を育むことである。そのためには親と子は 向き合うことと同時にいっしょにこの複雑な世界に対することが必要なのではなかろうか。 「父性の 復権」論や「薫別ま壁になれ」論では、親は子どもの方しか向いていないo規が否定的な思いだけを持っ て子どもに対面すれば、そこに病理が生じるのはむしろ自然なことである。実際は親も社会の政に翻 弄されているのであり、親が向くべきは社会の方であり、子どもと共にこの厳しい、変化の激しい社 会に立ち向かう子どもとの連帯こそ子どもたちの健全な成長にとって何より大切なのではなかろうか。 そして学校の先生方もこの親と同じ課題に、今直面しているように筆者には思われる。. -2-.

(3)

参照

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