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〈論文〉任璟宰『簡易商業簿記學』の研究

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任 宰『簡易商業簿記學』の研究

要約 本研究は,1910年1月20日に大韓帝国において再版発行された任 宰『簡易商業簿記 學』の特徴を明らかにすることを目的とする。同書の初版は,1908年年2月20日に発行され ている。同書は韓国において西洋簿記の導入と普及に貢献した最初の文献と評されている。 任 宰は,『簡易商業簿記學』の序において韓国の「商業界が進歩することをあえて望むこ とから文明國の先覚の様式を模範とした。」と述べている。しかし,文明国とはどの国か, 先覚とは誰かについて一切触れられていない。本研究は,明治期の吉田良三の著作『最新商 業簿記』(同文舘,1907)および『最新商業簿記學』(同文舘,1904)との比較において,任 宰が明かさなかった不明の点を解明しようとするものである。

Abstract The purpose of this study is to figure out features of the reprinted Consice

Commercial Bookkeeping written by Im Gyeongjae published on the 20th of January 1910 in Korea. The book has been appreciated as the first literature which contributed to introducting and diffusing the Western Bookkeeping System within Korea. In the preface to the book, Im wrote that“Becasue I am eager to make the progress of commercial practices, I referred to the work by pioneers in civilized country as good examplar”. However, he did not mentioned exactly the nation and the pioneers at all in the book. Therefore, this study tries to unveil the name of the pioneer and the nation in comparing The Newest Bookkeeping and The Newest Study of Bookkeeping both which were written by Ryozo Yoshida in Meiji Era.

キーワード 複式簿記,任 宰,吉田良三,取引要素結合関係,西洋簿記 原稿受理日 2018年10月30日

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Ⅰ.は じ め に

本研究は,1910(隆熙4,明治43)年1月20日に大韓帝国(以下,韓国と表記する)に おいて再版発行された任 宰『簡易商業簿記學』 の特徴を明らかにすることを目的とする ものである。同書の初版は,1908年(隆熙2,明治41)年2月20日に発行されている。任 宰『簡易商業簿記學』は韓国において西洋簿記の導入と普及に貢献した最初の文献と評 されており,その内容に関する先行研究には,尹(1972),尹(1984),李(1989),高 (1993),杉本(2007)等がある。 任 宰は,『簡易商業簿記學』の序において韓国の「商業界が進歩することをあえて望 むことから文明國の先覚の様式を模範とした。」(任1910,序1頁)と記されている。しか し,文明国とはどの国か,先覚とは誰かについて一切触れられていない。この点について, 尹は,1986(明治29)年の日本との通商条約(日朝修好条規)から1910年の韓国併合まで の歴史的経緯から,「彼の簿記書が日本の影響を受けたことは当然のことで,任 宰は自 身が日語を専攻したので日本語の簿記書を多く参考にしたものであろう」(尹1972,202頁) と述べている。 その後の研究では,李相國の博士学位論文において『簡易商業簿記學』は吉田良三『最 新商業簿記學』(吉田1904)を参考にしたのではないかと述べられている(李1988,47頁)。 また,杉本は,『簡易商業簿記學』において取引要素説が説明されていること,および目 次の体系の類似性から吉田良三『簡易商業簿記教科書』(1907年,明治40年)を抄訳ない し要約のうえ翻訳したものと指摘している(杉本2007,241246頁)。 そこで,以下においては,それらの先行研究では取り上げられていない吉田良三『最新 商業簿記』(吉田1907)に焦点をあて,任 宰『簡易商業簿記學』と吉田良三の『最新商  『簡易商業簿記學』(1910)は,その奥付によると編述兼発行者が任 宰( ,imgyeongjae, イム・ギョンジェ)であり,校閲者が兪承 ( ,yuseung-gyeom ,ユ・スンギョム)と なっている。また,印刷所および発売所は,徽文舘である。任 宰は,『簡易商業簿記學』の初 版(1908年2月20日,隆熙2年,明治41年)に先立ち,1908年(隆熙2年,明治41年)2月5日 に『新編銀行簿記學』を上梓している。本研究では後者を対象としていない。尹は,「任 宰に よる2冊の簿記書は,当時,西洋簿記の導入と普及に大きく貢献したものであり,今のところ知 られている限りでは我が国において最初に印刷された簿記書であるということができる。」(尹 1972,198頁)と述べている。なお,校閲者の兪承 は,旧韓末の代表的経済学者であり,1895 年5月に慶應義塾普通科に入学し日本語および一般教養科目を学び,1897年5年に専修学校理財 科に入学して経済学を学び,卒業後は大蔵省事務見習いを経て1902年3月に帰国し,1905年4月 に普成専門学校(現,高麗大学校)経済担当講師に任ぜられている(李1986,256278頁)。兪承 の代表的著作の1つに『最新經濟教科書』(兪1910)がある。

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業簿記』および『最新商業簿記學』との比較を通じて任 宰『簡易商業簿記學』における 複式簿記教授法の特徴を検討するものである。 なお,尹によれば,任 宰の略歴が次のように紹介されている(尹1972,198頁)。任 宰は1876年丙子11月3日(陰暦)京畿道抱川郡郡内面左儀里の任岐鎬の独子として出生し た。1893年(明治26年)の18才の時に,ソウルの李司馬宅の家庭教師として上京し,1895 年(明治28年)に官立外國語學校が設立され,その日語科に入学し同科を卒業した。1906 年(光武10年,明治39年)に徽文中高等學校の前身である廣成義塾が設立され,次の年の 1907年(隆熙元年,明治40年)にその學校の講師となった。1908年(隆熙2年,明治41年) には専任講師となり,1909年(隆熙3年,明治42年)には徽文義塾と改称され,彼は同校 の學監となった。1916年(大正5年)に第2代徽文義塾長に就任し,1918年(大正7年) に徽文高等學校と校名を変更し,その校長となった。1922年(大正11年)には財団理事を 兼任し,1924年(大正13年)に退職した。

Ⅱ.任 宰『簡易商業簿記學』の体系と吉田良三の著作との比較

ここでは,任 宰と吉田良三による以下の3つの文献の比較を行う。 任 宰『簡易商業簿記學』(全111頁)徽文舘,1910年 吉田良三『最新商業簿記』(全249頁)同文舘,1907年 吉田良三『最新商業簿記學』(全227頁)同文舘,1904年 それらの著作の目次を比較したものが「表1」である。任 宰が文明国の先覚の様式を 模範としたという点については,「表1」を比較すれば吉田良三の『最新商業簿記』と『最 新商業簿記學』を模範としたことが理解できる。なお,日本語の簿記の用語をそのまま引 用したのではなく,当時の韓国の状況を踏まえた訳語となっている。任 宰が独自の用語 を用いた主なものは次の通りである。 取引  ⇒ 去來 仕訳  ⇒ 區分(現在,分介) 勘定  ⇒ 計算(現在,計定) 棚卸表 ⇒ 庫在表 手続  ⇒ 節次 詰算  ⇒ 決算 借方  ⇒ 借邊 貸方  ⇒ 貸邊 口座  ⇒ 座次(現在,計座) 当座預金 ⇒ 不定期任金(現在,當座預金) 売掛金 ⇒ 外上賣價(現在,外山賣出金) 買掛金 ⇒ 外山買價(現在,外上買入金) 貸付金 ⇒ 貸與金 借入金 ⇒ 借用金(現在,借入金)

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原價  ⇒ 元價(現在,原價) 受取手形 ⇒ 領収手形(現在,受於音) 複記式簿記 ⇒ 複式簿記 表1 『簡易商業簿記學』・『最新商業簿記』・『最新商業簿記學』の体系の比較 吉田良三 『最新商業簿記學』 吉田良三 『最新商業簿記』 任 宰 『簡易商業簿記學』 目次 第壹章 総論 第貳章 取引 第參章 取引構成要素 第四章 取引要素結合法則 第五章 貸借 第六章 仕譯 第七章 勘定科目 第八章 勘定科目ノ分類  第壹節 有価物ニ属スル勘定  第貳節 金銭貸借ニ属スル勘定  第參節 損益ニ属スル勘定 第九章 仕譯練習問題 第拾章 會計帳簿 第拾壹章 詰算  第壹節 試算及棚卸   第壹款 試算表   第貳款 棚卸表   第參款 棚卸評價法  第貳節 資産負債勘定ト損益勘定  第參節 詰算ノ種類手續  第四節 詰算報告表 第拾貳2章 手形  第壹節 爲替手形  第貳節 約束手形  第參節 小切手  第四節 手形取引仕譯練習問題 第拾參章 積送品委託品及組合商品  第壹節 積送品  第貳節 荷爲替  第參節 委託品   第壹款 委託販売品   第貳款 委託買付品  第四節 組合商品 第拾四章 帳簿ノ組織 英文記帳 目次 緒論  第一編複記式簿記 第一章 複式原理  第一節 財産  第二節 取引  第三節 取引構成要素  第四節 取引要素結合関係  第五節 貸借  第六節 仕譯及勘定科目 第二章 勘定科目ノ分類  第一節 有価物ニ属スル勘定  第二節 金銭貸借ニ属スル勘定  第三節 損益ニ属スル勘定  第四節 取引仕譯練習問題 第三章 帳簿及記入法  第一節 帳簿   第一款 主要簿   第二款 補助簿  第二節 帳簿記入法 第四章 結算  第一節 試算表及棚卸表   第一款 試算表  第二款 棚卸表   第三款 棚卸評價法 第二節 資産負債勘定ト損益勘定  第三節 結算ノ種類及手續  第四節 結算報告表 第五章 小切手及手形  第一節 小切手   第一款 小切手ノ意義及種類   第二款 當座預金ニ関スル取引仕譯法 第二節 手形  第一款 手形行為及用途   第二款 手形ニ関スル取引仕訳法   第三款 満期日計算法及手形記入帳 第六章 勘定科目ノ説明  第一節 未着商品,積送品及委託品   第一款 未着商品   第二款 積送品   第三款 荷爲替   第四款 委託品  第二節 組合商品  第三節 諸向貸借及未決算   第一款 諸向貸借   第二款 未決算 第四節 會社資本金  第五節 營業損益金處分法 第七章 帳簿組織  第二編 單記式簿記 第一章 單記式記帳法 第二章 單記式結算 第三章 單複兩記入式ノ差異及變更手續   單記式簿記ト複記式簿記トノ差異   單複變更ノ手續 目次 総論 第一章 複式簿記  第一節 去来  第二節 去来構成の要素  第三節 去来要素の結合法則  第四節 貸借  第五節 區分及計算科目 第二章 計算科目の説明  第一節 有価物に属する計算科目  第二節 金銭貸借に属する計算科目  第三節 損益に属する計算科目  第四節 去来區分複習例題   第三章 帳簿及記入法  第一節 帳簿  第二節 帳簿記入法   第四章 決算  第一節 試算表及庫在表  第二節 資産負債計算及損益計算  第三節 決算の種類及節次  第四節 決算報告表   第五章 小切手及手形  第一節 小切手      第二節 手形 第六章 帳簿組織及記入復習例題  第一節 帳簿組織  第二節 復習例題 第七章 單式簿記 第八章 單複式變更節次 出所:上記の比較表の目次の引用は次の通りである。『簡易商業簿記學』の目次(任1910,1 3頁),『最新商業簿 記』の目次(吉田1907,1 5頁),『最新商業簿記學』の目次(吉田1904,1 3頁)。なお,以下において,去来は 取引と表記している。また,本研究では任 宰『簡易商業簿記學』の第4章までを検討の対象としており,同書の 説明と『最新商業簿記』および『最新商業簿記學』の説明の三者の比較表を別に作成している。

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Ⅲ.任 宰『簡易商業簿記學』における簿記の意義と用語の定義

任 宰は,『簡易商業簿記學』の総論において簿記の意義を次のように説いている。 「おおよそ商人は一種の財産として資本を作り営業を開始する時,その財産は営業の活 動と共に間断なく増減変化する。営業の成績は,この財産変動の結果であり,その良否を 確知し,尚且つ,将来の営業方針を任意に推定できるがゆえに,それを計算処理すること は極めて必要なことである。しかしながら,これまで,我が国商人が慣用としている簿記 は,その記録方法が粗雑で不完全であり,また,錯誤が多いため,平素の財産の状況を一 目瞭然にすることはできない。現在,泰西諸国で使用されている簿記は,その法則が整然 とされており,帳簿が簡便で会計整理が極めて正確明瞭である。したがって,我が国で商 業の進行を計画するならば,不可欠であるこの簿記法を急速に採用しなければならない。」 (任1910,2 3頁;吉田1907,2 3頁)。さらに,任 宰は,吉田良三『最新商業簿記』 の説明(吉田1907,4 9頁)に依拠しながら「表2」のように基本用語の定義を行って いる(任1910,1 6頁)。 表2 簿記の用語の定義 定義 用語 商人の毎日の商事上の取引によって生じる財産の増減変化を明確に記録し,営業の損益と 現財産の状態を計算処理する法則である。 商業簿記 財産を概括して区分すれば資産と負債の2種類である。 財産の区分 所有者自ら自由に処分できる物および権利をいい,金銭,物品,土地,家屋,倉庫,船舶, 公債証書,株券,債権をいう。 資産 他人に対して一定の金額を支払う義務,即ち債務である。 負債 財産中に資産と負債が兼有されている時は,資産総額から負債総額を計減した差が財産額 となり,財産額は簿記のいわゆる資本金に相当する。 財産額 財産には有形無形の諸種があり,総てその価格を貨幣で打算し,金額で顕し出す。そのた め,簿記計算は,その金額を用いて行う。 財産の記録* (貨幣的評価)* 財産の増減とは,財産額が増加するか,或いは,減少することをいい,家屋賃や雇人給料 等の支払は,皆,財産額の減少を惹起し,利子と手数料の支払を受け,商品を買値より高 値で売却すれば,それらは皆,財産額の増加を惹起する。 財産の増減変化 (損益取引)* 財産の変化とは,財産がその形体を変化させることで,例えば,現金で商品を買入たり, 銀行に貯金をすること等,皆,財産に変化を惹起する。 財産の変化 (財産交替取引)* ①簿記の取引というのは,単に,その結果が財産上の増減変化を惹起する事件を総称した もの ②天災,地変,盗賊等の不慮に由来する所有財産の滅失,或いは,毀損が生じる境遇も, その結果は財産の減少となるため取引である ③地段,家屋,物品等の賃借は,所有権の移転がないため取引でない 取引 出所:商業簿記から財産の変化までの用語は,『簡易商業簿記學』の総論(任1910,1 3頁)からの引用である。 また,取引は第1章複式簿記の第1節取引からの引用である(任1910,4 6頁)。なお,*の用語は,原典では使 用されていないが,その内容から見出しを付したものである。財産交替取引とは,資本等式の左辺の変動で右辺の 資本(純財産)に影響を与えない取引をいう(武田2008,24頁)。

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任 宰は,上記の用語の定義を踏まえ,簿記の種類について次のように言及している。 「洋式簿記には二種の区別があり,単式と複式である。単式簿記はその記入方法が極め て簡易であり小売商やその他の小規模営業に適宜する。取引が複雑である大規模営業にお ていは,その会計を完全に整理することができないために,この方法は実際上適用範囲が 狭小である。これに対して,複式簿記は記入方法が多少困難であるが,その法則は巧妙で あり,如何なる大規模営業の複雑な会計であっても整理が容易であり,会社組織や個人営 業は勿論のこと一般にも採用できる。その適用範囲は極めて広く,商人にも当然適用でき るものである。その複式簿記を研究することは極めて必要である。」(任1910,3 4頁;吉 田1907,3 頁)

Ⅳ.取引構成の要素と取引要素の結合法則

1 取引の意義 任 宰によれば,簿記の取引とは,単に,その結果が財産上の増減変化を惹起する事件 を総称するものとされる(任1910,4 頁;吉田1907,7 頁)。さらに「恒言の取引とは全 くのところ他人と金銭の与受の関係があるこというが,ここでいう取引とは,その意義は 広大で偶然に発生することや人為的に発生することは勿論のこと,財産額に増減変化を生 じさせるすべての事件をいう。」と言及する(任1910,4 頁;吉田1907,7 頁)。そのうち, 財産に増減を生じさせる事件とは,財産額の増加または減少となる事件であり,財産に変 化が生じる事件とは,単に,財産の形体を変化させる事件のことをいう(任1910,4 頁; 吉田1907,7 頁)。 財産増減事件とは損益取引のことであり,貸与金の利子の受取,給料の支払いが事例と してあげられている。財産変化事件とは財産交替取引(武田2008,2425頁)のことであ り,例えば,他人への現金の貸付は,財産額に変化がなく金銭という有形財産が同額の無 形資産(債権)に変化すると説明されている。さらに,商品の仕入も財産変化事件に該当 する事例として指摘され,商品を販売したときには財産変化(商品払出・代金受領)と財 産増加(販売益)が生じると述べられている(任1910,4 5頁)。 上述の事件は営業行為に由来して生じるものであるが,天災,地変,盗賊等の不慮に由 来する所有財産の滅失,或いは,毀損が生じる境遇も,その結果は財産の減少となるがゆ えに,これらは,皆,取引となる。このように,簿記上の取引は財産の増減変化が生じる 事件の総称であるため,地段,家屋,物品等の賃借は,取引とは言えず,賃借主の間で所

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有権の移転がなく,財産の増減変化が生じないからである(任1910,5 頁;吉田1907,8  9頁)。 2 取引構成の要素 任 宰によれば,取引は,その実質に基づいて分解すれば,有価物,金銭貸借(債 権債務),損益の3個の要素に大別される(任1910,6 頁;吉田1907,10頁)。  有価物 有価物は,有形有価のものを言い,物品,金銭,土地,家屋,船舶等の有形財産である。 この有価物をさらに区別するならば,次のように自己財産に入る境遇と自己財産から出る 境遇の2個の境遇がある(任1910,6 7頁;吉田1907,1011頁)。 ① 有価物を受ける境遇(商品の買入および金銭の借入) ② 有価物を与える境遇(商品の売却および金銭の貸与) 「受ける」とは所有権を得ることであり,我が財産に入ることである。「与える」とは所 有権を失うことであり,我が財産から出ることをいう(任1910,7 頁;吉田1907,11頁)。  金銭貸借 金銭貸借は,債権債務の関係を総称し,それを区別すれば次の4つがある(任1910,7  頁;吉田1907,1112頁)。 ① 貸与金を生ずる境遇(債権発生) ② 貸与金を取返す(原典,還受する)境遇(債権消滅) ③ 借用金を生ずる境遇(債務発生) ④ 借用金を返済する(原典,還報する)境遇(債務消滅) おおよそ,貸与金,借用金の両語は,世の中の人に金銭そのものとであると混同される ことが多い。これは誤解であり,貸与金とは後日他人から一定の金額の支払いを受ける無 形の権利であり,借用金とは後日他人に一定の金額を支払う無形の義務をいう。すなわち, 貸与や借用による金銭は有価物であり,これによって生じる権利と義務が,いわゆる貸与 金と借用金となる(任1910,7 8頁;吉田1907,1112頁)。  損益 損益とは,損失と利益の総称であり,それを区別すれば次の2つがある(任1910,8 頁; 吉田1907,12頁)。 ① 損失を生ずる境遇(財産の減少) ② 利益を生ずる境遇(財産の増加)

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それらは,貸借金の境遇のように,損失と利益は損益によって増減する財産をいうもの ではなく,財産増減の原因(即ち無形の事実)をいうのである。例えば,利息として現金 10円を支払えば,現金は有価物であり,利息は我が財産を減少させる無形の原因,即ち損 失である。これと相反して,他人から利息として現金10円を受け入れるならば,これは利 息という我が財産を増加させる無形の原因,即ち利益である(任1910,8 頁;吉田1907,12 頁)。 任 宰は,以上の説明に基づいて取引を構成する要素として次の8個を列挙している (任1910,8 9頁;吉田1907,13頁)。 ① 有価物を受ける  ② 有価物を与える ③ 貸与金を生ずる  ④ 貸与金を取返す ⑤ 借用金を返す   ⑥ 借用金を生ずる ⑦ 損失を生ずる   ⑧ 利益を生ずる 如何なる取引もその実質を分析すれば,上記の8要素のうち2個以上の要素がが結合す ることになる。例えば,金百円で商品を買い入れ,100円の金銭を与えることは,100円の 商品を受けることであり,これが取引となる。すなわち,「有価物を与える」ことと「有 価物を受ける」ことは,2 要素が結合したことになるものである。また,この商品を110 円で売却することは,100円の商品を与えることと10円の利益を得て,110円の金銭を受け ることになり,これが取引となる。すなわち,「有価物を与える」ことと「有価物を受け る」ことで「利益を生ずる」という3要素が結合したことになるものである。 さらに,甲某が金百円を借り入れ,100円の現金を受け,後日100円を返済する義務を負 担するという取引は,すなわち,「有価物を受ける」ことと「借用金を生ずる」という2 要素が結合することになるものである。その後,借用金の利子5円を加えて支払うという ことは105円の金銭を与えることであり,100円の借用金を返済することと5円の損失が生 ずることになる。この取引は,「有価物を与える」こと「借用金を返済する」こと「損失 を生ずる」ことの3要素が結合することになるものである。 したがって,如何なる取引であっても,前記の8要素中数個が結合するということが成 り立つのである(任1910,9 10頁;吉田1907,1314頁)。 3 取引要素の結合法則 任 宰は,上述の8要素の結合関係 を「図1」の通り提示している。本研究で比較の  任 宰は,取引の8要素の結びつきを「結合法則」または「結合関係」という2つの表現を用

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対象としている吉田良三の『最新商業簿記』(吉田1907)および『最新商業簿記學』(吉田 1904)では,取引要素の結合関係について詳細な検討がなされているが(吉田1907,15 18頁;吉田1904,1417頁),任 宰は前節2の取引構成の要素の説明の後で,吉田学説の 解説の引用なしに結論としての結合関係を提示しているにすぎない。任 宰は,「図1」 の取引要素の結合法則を何を目的として吉田学説から引用したのかは,『簡易商業簿記學』 の説明からは読み取れないが,「八要素が貸借両辺に区分され,借方にある要素と貸方に ある要素の数個が結合して取引を成立させる。借方の数要素のみ結合する取引,貸方の数 要素のみ結合する取引は決して無い。」(任1910,10頁;吉田1907,19頁)と指摘する。な お,取引要素の結合関係は,吉田良三『最新商業簿記』では8要素が線で結ばれおらず (吉田1907年,19頁),8 要素が線で結ばれているという点において「図1」は吉田良三 『最新商業簿記學』(吉田1904,17頁)からの引用であると考えられる。 任 宰は,「図1」の取引要素の結合関係が取引の仕訳に結びつく点を明らかにするため に次の6つの取引例を挙げている(任1910,1112頁)。 一,大韓天一銀行から現金一千圓を借り入れる。 現金すなわち有価物を受ける W1,000― 天一銀行から借用金を生ずる W1,000― 二,大韓天一銀行に借用金利子十圓を現金で支払う。 利子すなわち損失を生ずる W10― 現金すなわち有価物を与える W10― 三,甲某から商品を買い入れ,この対価五百圓の内三百圓を現金で支払い,残額を掛けと した。 出所:任 宰『簡易商業簿記學』(任1910,10頁)の取引要素の結合関係の図を翻訳し 転載したものである。原著では,図の左側を借邊,右側を貸邊としているが,ここでは 借方,貸方とそれぞれ表記している。 図1 取引要素の結合関係 いて代替的に説明する。「表1」の『簡易商業簿記學』の目次から知られるように,その第1章 複式簿記の第3節の見出しは取引要素の結合法則と表記されており,これは吉田良三『最新商業 簿記學』(吉田1904,「第四章 取引要素結合法則」,14頁)からの引用であると考えられる。取引 要素結合法則は,吉田良三『最新商業簿記』では,「第四節 取引要素結合関係」(吉田1907,15 頁)と言い換えられている。

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商品すなわち有価物を受ける W500― 現金すなわち有価物を与える W300― 甲某に借用金を生ずる W200― 四,乙某に現金一千圓を貸与した。 乙某に貸与金を生ずる W1,000― 現金すなわち有価物を与える W1,000― 五,乙某から貸与金の期限に到り,元金一千圓および利子五十圓を現金で受け入れた。 現金すなわち有価物を受ける W1,050― 乙某から貸与金を取返す W1,000― 利子すなわち利益を生ず W50― 六,丙某から掛け売価三百圓を現金で受け入れた。 現金すなわち有価物を受ける W300― 丙某から貸与金を取返す W300― 任 宰は,以上の取引例から,借方と貸方の何個かの要素が結合して取引が成立するこ と,また,その借方と貸方の各金額は,その和が相等しくなるものであり,ここに複式簿 記の特性があると述べている(任1910,12頁;吉田1907,21頁) ところで,周知のように,取引要素結合表は日本の簿記教育における貸借記入原則の特 徴的な導入法であると指摘されている(沼田1972,14頁)。沼田は,英米の簿記書におい て取引要素結合表が利用されない理由について,日本の簿記法が英米に逆輸入されないこ と,取引8要素の結合関係表があまりにも完全な表であるため,その説明が困難であり導 入法として適合しない点があると指摘している(沼田1972,15頁)。また,結合表によっ て要素の結合を理論的に精密かつ完全に把握せずとも,日常一般の取引について貸借記入 を理解すれば十分であり,簿記教育の導入過程でほとんど発生しない取引まで説明する必 要はないという意味で導入法としての欠点があると述べられている(沼田1972,15頁)。 いずれにせよ,取引要素の結合関係を一覧できる形で纏めた取引要素結合表は,沼田に よれば日本に固有の簿記教育導入法であるとされる。沼田の論説から遡ること64年前の韓 国開化期において,後に取引要素結合表として華開くことになる吉田学説が西洋簿記導入 の一環として韓国に紹介された点は極めて興味深いところである。 問題は,吉田学説を基にした西洋簿記法としての商業簿記が,実際に韓国の商業界およ び教育界においてどのように普及したのかという実態が不明であるという点である。その 問題についての解明は本研究では限界があるため,手許にある会計書の事例を提示するこ とに留めたい。また,この事例が,韓国における簿記教授法として取引要素結合表が一般 に活用されていることを証明するものではないことに留意されたい。

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4 韓国の会計書にみる取引の8要素の教授法 ここで取り上げる文献は次の2書である。 ①  ・ ・ ・ ・ ・ ,『 (大学生のための生活の中の会計)』,2  1 (2版1刷), (中 央大学校出版部),2012 . ②  (未来と経営研究所),『 (簿記と経理 会計の知識構築』,( ) (未来と経営),2017 .1 『大学生のための生活の中の会計』 前者①の『大学生のための生活の中の会計』は,ソウル特別市に所在する中央大学校の 全大学(日本の大学の学部に相当)の教養必修科目「会計と社会( )」の教科 書である。当該科目は2012年度から2016年度までの科目名で,2017年度にはカリキュラム の改定が行われ「アントレプレナーシップ時代の会計( )」と いう科目が必修となっている。なお,『大学生のための生活の中の会計』の意義や体系に ついての検討を拙稿(浦崎2018)で行っているので参照されたい。 取引の8要素に関する説明は,『大学生のための生活の中の会計』の第1部「財務諸表 の理解」の第2講「財務諸表は企業活動を照らす鏡である」第4節「財務諸表の作成過程 と作成原則」において行われている( et al. 2012, pp.3645)。同節では,まず,企 業が財務諸表を作成するための一連の過程は,継続的に繰り返されることから,財務諸表 の作成過程を会計循環過程と呼ばれると指摘され,会計循環過程は「①取引の識別,②仕 訳帳に仕訳,③元帳に転記,④修正前試算表の作成,⑤決算と修正仕訳,⑥修正後試算表 の作成,⑦財務諸表の作成」の7つで構成されることが明らかにされている( et al. 2012, p.36)。 会計循環過程の取引の識別を行うためには,財務諸表の構成要素である資産・負債・資 本・収益・費用についての理解が不可欠であり,取引を識別するとき「①資産の増加,② 資産の減少,③負債の増加,④負債の減少,⑤資本の増加,⑥資本の減少,⑦収益の発生, ⑧費用の発生」のいずれが生じているかを認識することが必要となる。それらを取引の8 要素と呼ぶ。したがって,会計取引とは取引の8要素に影響を与える経済的事実というこ とになる。取引の8要素をまとめたものが「表3」である。会計取引として識別されると, 仕訳と転記,決算というステップを踏んで,最終的に財務諸表に収容される( et al. 2012, p.37)。

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会計循環過程では生起した取引を識別した後,仕訳帳に記録することになるが,ここで 必要となるのが仕訳帳に記録する方法,すなわち仕訳の原則である。取引の8要素のうち, ①資産の増加,④負債の減少,⑥資本の減少,⑧費用の発生は,仕訳帳の左側の借方に記 録し,②資産の減少,③負債の増加,⑤資本の増加,⑦収益の発生は,仕訳帳の右側の貸 方に記録する( et al. 2012, p.37)。この関係をまとめたものが「表4」である。 仕訳の原則としてもう1つ重要な原則が,1 つの取引は常に同じ金額を借方と貸方に記 録することであり,これを取引の二重性と呼び,このような記録形式を複式簿記という。 つまり,複式簿記とは,単一の取引が発生すると帳簿の借方と貸方に各1回ずつ,合計2 回記録する制度である。この点が,単に現金の収入と支出を記録する単式簿記と異なると ころである( et al. 2012, p.38)。「表4」から『大学生のための生活の中の会計』で は取引の8要素の結合関係を線で結んだ解説はなされていないことがわかる。 42 『簿記と経理会計の知識構築』 本書は,学術的色彩の強い会計入門の実務書である。著者はソウル特別市に所在する未 表4 仕訳の原則 貸方(右側) ( ) 借方(左側) ( ) 資産の減少 資産の増加 負債の増加 負債の減少 資本の増加 資本の減少 収益の発生 費用の発生 出所:『大学生のための生活の中の会計』38頁の図表27 仕訳の原則を翻訳 転載したものである。 表3 取引の8要素 取引要素 構成要素 財務諸表の種類 ①資産の増加 ②資産の減少 資産 貸借対照表 ③負債の増加 ④負債の減少 負債 ⑤資本の増加 ⑥資本の減少 資本 ⑦収益の発生 ⑧費用の発生 収益 費用 損益計算書 出所:『大学生のための生活の中の会計』37頁の図表26 取引の8要素の表 示形式を一部修正して翻訳転載したものである。

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来と経営研究所である。同研究所は,2017年12月20日に業務活用知識手引第1号として本 書を出版している。同書の対象は,会計の初学者,企業の最高経営責任者や中間管理職, 財務諸表の理解と経営分析に関心がある大学生や一般の人びとである( 2017,Prologue)。同書は次の3部で構成されている。 第1部 帳簿作成のための会計の基礎知識 第2部 経理業務の基本は帳簿の作成 第3部 主要な取引別会計処理と帳簿の作成 同書は経理を財務管理と捉え,実務において財務管理業務を行うためには複式簿記に関 する理解と帳簿記録の技能をまずはじめに習得することが重要であると主張する( 2017,Prologue)。その第1部の構成は次の通りである。取引の8要素は,④ の一定の法則に従う取引の記録において説明されている。 ① 簿記は帳簿に記録すること ② 会計の記録方法である複式簿記 ③ 帳簿には取引履歴を記録する ④ 一定の法則に従う取引の記録 ⑤ 資産負債資本とは ⑥ 資金の使用と調達を示す貸借対照表 ⑦ 収益と費用そして利益 ⑧ 一定期間の経営成果を示す損益計算書 ⑨ 勘定と勘定科目 『簿記と経理会計の知識構築』では,取引の8要素と取引の分類として「図2」および 「表5」が掲げられている。そこでは,取引の8要素の組み合わせの種類は,理論的に16 種類の形に分けることができるとされている( 2017,43頁)。 出所:『簿記と経理会計の知識構築』( 2017)43頁の図を翻訳転載した ものである。 図2 取引の8要素

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『簿記と経理会計の知識構築』では「表5」に示すように理論上の16種類の結合関係を 示すための簡単な取引例が説明されている。沼田が指摘するように日常の取引ではほとん ど発生することのないような奇異な取引(例えば,⑩~⑫,⑮)まで説明しているなど初 学者に対する導入法としては欠点があることが理解できる。なお,日本ではその結合関係 が解消されている「費用の発生-収益の発生」については,受け取るべき広告料で建物賃 借料を支払うという例が示されている。すなわち,自社の債権者に自社の債務額を支払わ せたという取引である。上記の奇異な取引例と比較すると,これはあり得る話である。ま た,「図2」の左側の項目が勘定の借方へ記入することになり,右側の項目が勘定の貸方 へ記入することになるという貸借記入の原則が触れられているのは指摘するまでもない。 ここで関心をもたれるのは,このような取引の8要素の結合関係を利用した貸借記入原則 の説明が,任 宰『簡易商業簿記學』以降,韓国においてどのように受け継がれてきたの かという点である。これは将来の課題としたい。 表5 取引の8要素の結合関係と取引例 取引の内容 取引の8要素の結合関係 ① 商品を仕入れ現金を支払った。 資産の減少 資産の増加 負債の増加 ② 商品を仕入れ代金決済を掛けとした。 ③ 現金を出資し事業を開始した。 資本の増加 ④ 貸出利子を現金で受領した。 収益の発生 ⑤ 掛代金を現金で支払った。 資産の減少 負債の減少 負債の増加 ⑥ 掛代金を約束手形で支払った。 ⑦ 株式を発行して交換に社債償還を行った。 資本の増加 ⑧ 借入金の返済が免除された。 収益の発生 ⑨ 出資者が出資金の一部を現金で回収した。 資産の減少 資本の減少 負債の増加 ⑩ 出資者の借入金を事業上の借入金として移し替えた。 ⑪ 出資者Aの出資金を出資者Bの出資金として移し替えた。 資本の増加 ⑫ 出資者の出資金の一部を会社に寄付した。 収益の発生 ⑬ 従業員の給料を現金で支払った。 資産の減少 費用の発生 負債の増加 ⑭ 借入金利息を支払期日に支払わなかった。 ⑮ 従業員の給料を出資金に移した。 資本の増加 ⑯ 広告料代金で建物賃借料を支払った。 収益の発生 出所:『簿記と経理会計の知識構築』( 2017)43頁の表を翻訳転載したものである。

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Ⅴ.仕訳の意義と勘定科目の体系

1 貸借と仕訳 任 宰は,取引要素の結合法則に関する説明を行った後に,勘定科目の体系に関する解 説に移っていく。前述の8個の要素の取引上の結合関係を左辺と右辺に各四要素に分けて, 貸借という両語を応用して,左辺の四要素は借方(借邊)といい,右辺の四要素は貸方 (貸邊)という。「恒言の貸借は,他人と金銭を与受するときに使用する語であり,両辺 (相対辺)は専ら有形もので人に限られている。しかし,簿記では,それを応用してその 範囲が広大となっている。貸借は,金銭,物品等の有価物と財産増減の原因である手数料, 利子,営業費等のように無形の事実にも用いられる。それらを人と看做し,自己に対して 両辺を仮定し貸借の両語を応用している。」(任1910,1213頁;吉田1907,22頁) また,「恒言の貸借とは,営業者すなわち自己が主体となって,両辺は,すなわち他人 に与える時は貸すと言い,受ける時は借りという。簿記では,これと相反して,他人が自 己に与える時は貸しといい,受ける時は借りという。それ故に,八要素中の左辺の四要素 は借方(すなわち借り主)といい,右辺の四要素は貸方(すなわち貸し主)という。」(任 1910,13頁;吉田1907,2223頁)前述のように,「各取引の左辺(すなわち借方)の金額 と右辺(すなわち貸方)の金額は恒常的に相均しく,如何なる取引はもちろんのこと,幾 十,幾百の取引があるときも,その総ての取引は,借方金額の合計と貸方金額の合計は恒 常的に相均しくなるが故に,これを貸借平均という。」(任1910,13頁;吉田1907,28頁) 次に,任 宰は,仕訳について次のように説明する。「仕訳とは,取引が起きた時に, 借方と貸方の各要素を分別して,相当する勘定科目を付すことである。その貸借の区分は, 第三節(本稿の図1)で表示した原理によって行われる。勘定科目とは,取引の要素を区 分する時に定める名称であり,各要素の取引を貸し主,借り主,または,種類と性質も分 類して総括した名称である。一科目式分定 は,営業の種類と規模の大小と業務の繁閑等 を参酌して変更することができ,一定のままである必要は無い。」(任1910,14頁;吉田 1907,2829頁)なお,任 宰は,仕訳を區分,勘定科目を計算科目と表現しているが, ここでは日本の用語法に倣うことにする。  任 宰が用いた一科目式分定という用語は直訳できなかったため原語のままであるが,取引を 仕訳する時には,取引の8要素を考慮して1つの勘定科目を選定し当該勘定に記録を行うという 意味ではないかと推察される。吉田によれば「一勘定科目の下に総括する」という説明が見られ る(吉田1907,2930頁)。

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2 勘定科目の体系 任 宰は,『簡易商業簿記學』の「第2章 計算科目の説明」において有価物に属する勘 定,金銭貸借に属する勘定科目,損益に属する勘定の3つに分けて勘定科目の体系を説明 している。 21 有価物に属する勘定科目 任 宰による有価物に属する勘定科目の説明をまとめたものが「表6」である。それら の勘定科目に限定しているのは,吉田良三『最新商業簿記』(吉田1907,3137頁)におけ る説明に基づくものである。なお,勘定科目のうち,現金勘定および不動産勘定の名称に ついては吉田良三『最新商業簿記學』(吉田1904,31頁)からの引用となっている。それ ら2勘定は,『最新商業簿記』では,金銀勘定と地所家屋勘定である(吉田1910,31・34 頁)。また,当時の商品勘定における記録は,総記法によっており,売上高は商品勘定の 貸方に記入され,期末の実地棚卸により売上原価を算定して,貸記された売上高から売上 原価を差し引くことで販売益が計算されるという仕組みになっている。 22 金銭貸借に属する勘定 任 宰は,金銭貸借に属する勘定については,貸与金勘定,借用金勘定,人名勘定,資 本金勘定の4つを取り上げその意義を説明している。それらをまとめたものが「表7」で ある。当時の簿記教育において特徴をなす点は,資本金が負債と仮定されていることであ 表6 有価物に属する勘定科目の一覧 意  義 勘定科目  これは,有価物の中で通貨に属する勘定科目である。通貨は,貨幣と紙幣等をいう。且つ, 他人から受け入れた銀行小切手と支払確実な請求払いの手形等も便宜上(現金と)取り為し て通貨として処理する。 現金勘定  これは,販売を目的として買い入れた物品の総称で,次の要件を有するものである。  ① 金銭以外の自由に転動する有形物であって,土地,家屋等は商品とはいわない。  ② 更に,他人に売却して利得をうる目的で買い入れた物品であって,消費を目的に買い 入れたものは商品とはいわない。  ③ 自己の営業上に相関する物品であって,布畠商が一時的な営利を目的に米穀を買い入 れた時は商品とはいわない。 商品勘定  これは,営業上に使用する器具を総括する勘定であって,金庫,時計,電話,火爐,椅子, 自転車,その他各種の器具等がこれに属するものである。 什器勘定  これは,土地と家屋等を総括する勘定である。 不動産勘定  これは,公債証書と株券(または股金票)を総括する勘定である。公債証書は,国家及び 自治体が一般公衆に対して募集する借金に対して発行される一種の借用証書である。株券は 株式会社或いは株式合資会社が出資者すなわち株主に対して交付する証書である。 公債及株券勘定 出所:任 宰『簡易商業簿記學』の「第二章 計算科目の説明」「第一節 有價物に属する計算科目」(任1910,1417 頁;吉田1907,3137頁)における説明を一覧形式でまとめたものである。

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る。また,現物出資についても触れられており,「恒言の資本というのは金銭をいうので あるが,如何なる種類の財産であっても金銭としてその価額を見積り,それを資本額とし て計算することができる。」(任1910,22頁;吉田1907,41頁)として土地・家屋および公 債証書を元入する設例が示されている。 23 損益に属する勘定 任 宰は,損益に属する勘定について「表8」に示すように6つの勘定を取り上げてい る。 表7 金銭貸借に属する勘定科目の一覧 意  義 勘定科目  これは,他人に「貸与金を生ずる」ことと他人から「貸与金を取返す」という2要素に関 する取引を処理する勘定である。 貸与金勘定  これは,他人から「借用金が生ず」ることと「借用金を返す」という2要素に関する取引 を処理する勘定である。 借用金勘定  これは,普通の貸借とは異なり,別に借用証書の与受なく,単に,同業者間の営業上の取 引によって生ずる帳簿上の貸借,すなわち信用で行う一切の掛け売買および暫時の前払(先 下)の金額を処理する勘定である。 人名勘定  これは,営業時の元金を処理する勘定であり,自己の財産を営業の元金として使用するも, 会計整理上の便宜のため,(資本金を)負債と仮定して資本主と営業者間の貸借を処理する 勘定である。 資本金勘定 出所:任 宰『簡易商業簿記學』の「第二章 計算科目の説明」「第二節 金銭貸借に属する計算科目」(任1910,18 22頁;吉田1907,3744頁)における説明を一覧形式でまとめたものである。 表8 損益に属する勘定科目の一覧 意  義 勘定科目  これは,営業上に必要な諸入費を処理する勘定である。もし営業の規模が浩大である時 は,その一部分を細別してそれぞれ独立計算して処理することを妨げない。 営業費の明細:修繕費,薪炭油費,紙筆墨費,広告料,給料,家屋賃,諸税金,旅費,郵 便切手葉書代,収入印紙代,通信費,店員賄費(差人供饋費),乗車賃等 営業費勘定  これは,他人に対して一切の貸借関係で生ずる金銭の使用の報酬,すなわち利子の受入 および支払を処理する勘定である。 利子勘定  これは,他人に委託をするか,或いは,他人から委託を受けた時に,その勤労に対して 授受される報酬,すなわち手数料を処理する勘定である。 手数料勘定  これは,商品の運輸に対して支払う金額を処理する勘定である。 運賃勘定  これは,一切の保険料および倉庫料の支払いに対して処理する勘定である。保険料は商 人が商品,家屋,船舶,金銀等の許多の財貨について,消失,破損,沈没等の不慮の損害 を避けるために保険を付す時に支払った金額である。倉庫料は商品の保管に対する倉庫業 者への報酬の金額である。また,営業の種類と規模に随って分合することができる。 保険及倉庫料勘定  これは,以上の損益に属する諸般の独立勘定外のもので,営業に直接関係がないことを 原因として生ずる損益を処理する総括勘定である。 損益勘定 出所:任 宰『簡易商業簿記學』の「第二章 計算科目の説明」「第三節 損益に属する計算科目」(任1910,2228頁; 吉田1907,4449頁;吉田1904,53頁)における説明を一覧形式でまとめたものである。

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「表8」の損益に属する勘定の体系から読み取れる特徴は次の通りである。 ① 収益に属する勘定が独立していないこと。 有価物に属する勘定のうち商品勘定で指摘したように,商品勘定は総記法となって おり,売上高は商品勘定の貸方に記録する。利子勘定では,支払利子を借方に,受取 利子を貸方に記入する。手数料勘定では,支払手数料を借方に,受取手数料を貸方に 記録する。 ② 特別損益を記録する損益勘定があること。 ここでいう損益勘定は,「営業に直接関係がないことを原因として生ずる損益を処 理する総括勘定」(任1910,2728頁;吉田1904,53頁)である。 ③ 倉敷料は倉庫料とされていること。 吉田良三の『最新商業簿記』(吉田1907,49頁)および『最新商業簿記學』(吉田 1904,53頁)では倉敷料が用いられているが,任 宰は倉庫料(任1910,26頁)と言 い換えている。 以上の有價物・金銭貸借・損益に属する勘定の体系から次の内容が推論できる。吉田良 三の商業簿記学説は商品の売買について商品勘定を用いた総記法によっており,任 宰も その学説を踏襲し,3 分法の説明がみられない。日本では,どの時代に,3 分法の説明が 確立したのか。つまり,売上高という収益の概念が独立しておらず,資産,負債,資本, 費用の4要素で取引の把握が行われている点は,任 宰『簡易商業簿記學』にも共通して いる。 上記の点は,当時の日本と韓国の商業簿記における簿記教授法(あるいは記帳実務)は, 勘定を用いた記録計算は行われているものの,その背後にある理論構造として資本等式を 活用した階梯式計算法(武田2008,19頁)であり,損益法への過渡期と解釈して良いので はないか。その解釈が是であるとすれば,「財産法的記帳実務」に費用概念を独立させて 処理を行ったという意味で「脱財産法的記帳実務」であると呼称できる。つまり,資本金 勘定の借方に直接費用勘定の金額を記入せず,また,収益勘定は独立していないがそれを 資本金勘定の貸方に直接記入しないという意味で,収益と費用は資本金勘定から独立して 記帳されるが,売上高については独立の勘定が設けられていないため,「亜損益法」,「准 損益法」の段階ではないかと解釈できる。

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Ⅵ.帳 簿 組 織

任 宰は,吉田学説に拠りながら帳簿組織について『簡易商業簿記學』の「第三章 帳簿 及記入法」において次のように説明する。 帳簿とは,取引を記録計算するものであり,主要簿および補助簿の2種に大別される。  主要簿 主要簿は,営業の損益および現財産の状態を算出するものであり,財産の全体を計算す る帳簿の総称である。普通に使用される主要簿は次の通りである(任1910,33頁;吉田 1907,55頁)。 ① 日記帳 ② 区分帳(仕訳帳) ③ 区分日記帳(仕訳日記帳) ④ 元帳 その中で,財産の増減変化を計算するものは元帳であり,その他の主要簿は元帳に転記 する経路に過ぎない(任1910,33頁;吉田1907,55頁)。ただし,任 宰は,吉田学説の 総勘定元帳を元帳と簡略化して引用している。 ① 日記帳 日記帳は,毎日起きる取引を巨網のように漏らすこと無く,月日の順序に随って記 入する。日記帳は,商人の営業日誌であり,かつ,他の帳簿の根本であるが故に,他 の帳簿を見失うことがあっても,この帳簿を保存しておけば,更に調製することがで きる。また,法廷における有力な証拠物であるが故に,誤字,落書きが無いように注 意しなければならない(任1910,33頁;吉田1907,56頁)。 ② 区分帳(仕訳帳) 区分帳は,日記帳に記入した取引をその日の順序で区分(仕訳)し,貸借両辺に計 算(勘定)科目とその金額を記入するものである。すなわち,日記帳から元帳へ転記 する材料となる(任1910,33頁;吉田1907,56頁)。 ③ 区分日記帳(仕訳日記帳) 区分日記帳は,前記の日記帳と区分帳を合併した一帳簿となり,日記と区分(仕訳) を別録する不便を避けるものである(任1910,34頁;吉田1907,5657頁)。

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④ 元帳 元帳は,会計全体の結果を算出するものである。区分帳からそれぞれの計算(勘定) の借方貸方の金額を一々転記した後で,決算の手続を行い全財産に生じる増減変化の 結果を明確にする(任1910,34頁;吉田1907,57頁)。  補助簿 補助簿は,主要簿の記録の顛末が不完全であるところを補完するものである。全体の取 引の中で特別に計算するか,或いは,特殊事項の顛末を主要簿に詳細に記録する時に別に 設ける帳簿の総称である。商業簿記で普通に使用するもので,次の4つの補助簿がある (任1910,34頁;吉田1907,58頁)。 ① 現金出納帳 ② 商品買入帳(吉田学説では商品仕入帳) ③ 商品売却帳(吉田学説では商品賣上帳) ④ 手形記入帳 任 宰は,帳簿組織の説明に続いて,取引例を掲げそれらの帳簿への記帳の実例を示し ている。「表9」は帳簿記入法を習得するための例題(任1910,3537頁)であり,それら の取引についての仕訳日記帳(區分日記帳)を続けて転載している(任1910,4448頁)。

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表9 帳簿記入法を習得するための例題  隆熙三年十月一日、現金四千圓を資本として米穀卸売(都賣)商を開始した 二日、開業に関する諸入費六圓五十銭を現金で支払った 四日、李有桓から左の如く現金で買い入れた    利川米二百石(四斗三升入り)升毎に二十銭式 同日、孫永順に左の如く掛けで売り与えた。    利川米一百石(四斗三升入り)升毎に二十二銭式 五日、李有桓から左の如く買い入れ,この代価は当店振出(出次)の約束手形第一号 を差し出し(書出),期限は日付後一個月なり    大麦三十石 石毎に三圓式 六日、崔春先から左の如く現金で買い入れた    椅子,机,その他器具 十五圓 七日、金永必に左の如く現金で売り与えた    利川米一百石(四斗三升入り)升毎に二十一銭式 八日、權東信から左の如く現金で買い入れ,この運賃五圓もまた現金で支払った    通津米三百石(四斗入り)升毎に十九銭式 十日、金永必に左の如く現金で売り与えた    通津米一百石(四斗入り)升毎に二十一銭式 十二日、孫永順に左の如く掛けで売り与えた     大麦三十石 石毎に三圓三十銭式 十六日、林有相から左の如く掛けで買い入れた     赤豆十石(六斗五升入り)升毎に十三銭式 二十一日、孫永順への掛け売価(売掛金,外上賣價)を現金で受け入れた 二十三日、林有相に掛け買値(買掛金,外上買價)のうち,五十圓を現金で支払った 二十七日、金永必に左の如く売り与え,この代価は同人差し出し(書出)の約束手形 を受け入れ,期限は十一月十五日      通津米一百五十石(四斗入り)升毎に二十一銭式 二十九日、林有相に掛け買價(買掛金,外上買價)の残額を現金で支払った 三十一日、左の如く現金で支払った      一、本月分家屋賃 十圓      一、同 店員(差人)二名の給料 三十圓      一、同 店用諸入費 二十圓 同日、元帳の平常決算を行い、在庫品(庫在品)は左の如くであった    商品    一、通津米五十石(四斗入り)升毎に十九銭式    一、赤豆十石(六斗五升入り)升毎に十三銭式    営業什器    一、椅子、机、その他諸器具 十五圓

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(25)

Ⅶ.決     算

任 宰は,決算手続についても吉田学説を引用して以下のように説明を展開する。 決算とは,一定の会計期間(会計期限)の間の営業取引により生ずる財産上の増減変化 を帳簿で計算し,営業の損益と資産負債の現状を明確にする手続である。しかしながら, この決算は専ら元帳に対して行われることに外ならず,主要簿及び補助簿は形式として最 後に合計を算出するだけである(任1910,58頁;吉田1907,78頁)。 会計期間の長短は営業者が随意に定めるが,最長でも一年に一回は決算を行わなければ ならず,その手続は次の通りである(任1910,58頁;吉田1907,7879頁)。  試算表および庫在表(棚卸表)  資産負債および損益計算(勘定)  決算の種類および手続  決算報告表  試算表および庫在表 試算表は,仕訳帳(區分帳)から元帳への転記が畢った後に,その正確さの有無(與否) を検査するものである。仕訳帳にある借方金額はすべて元帳の該当する勘定口座(計算座 次)の借方に転記し,貸方金額は貸方に転記するものであるが故に,その転記に錯誤漏落 が無ければ,元帳の総ての勘定口座の各借方合計と貸方合計は,それぞれ符合する。それ 故,これを一表に列挙して正否を検査するのである(任1910,5859頁;吉田1907,7980 頁)。

(26)
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前掲の合計試算表(任1910,60頁)および合計残高試算表(合計残額試算表)(任1910,61 頁)は,任 宰『簡易商業簿記學』のなかで,取引例の記録の検証を行うために提示され ているものである 次は,棚卸表(庫在表)である。棚卸表は,買い入れた商品の幾部分が残っている時に, その現品の数量と品質を調査した後で,その時の時価を評定して資産部分に(それを)添 付し,損益を正確にするものである。商品以外の什器,家屋,器械,公債証書等の価格変 動を生ずる所有物もまた相当の評価をして,棚卸表に添え入れる。その評価法は,完全に することは極めて難しく,決算時の市場時価が買入時価よりも下落しているならば,その 低歇した時価に換記し,もし騰貴があったとしても買入價を記さなければらない(任 1910,62頁;吉田1907,8788頁)。吉田良三『最新商業簿記』では価格騰貴時の処理につ いて次の説明がある。原則,価格騰貴があってもこれを利益として認識してならず,その 理由は一時的な高騰で将来下落の可能性があり永続することが保証されないからである。 ただし,その価格騰貴が永続するものであれば,価格騰貴分の市価に帳簿価格を書き換え ることは妥当であると指摘する。例えば,土地がそれに該当すると指摘している(吉田 1907,9292頁)。次の庫在表は,任 宰『簡易商業簿記學』のなかで,取引例のうち商品 と営業什器についての棚卸の結果を示したものである(任1910,63頁)。  資産負債および損益計算(勘定) 元帳の決算に対して諸般の勘定を,その性質上区別して,資産負債に属する勘定と損益

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に属する勘定の二者に区別する(任1910,64頁;吉田1907,92頁)。 ① 資産負債勘定とは,有価物および金銭貸借に属する諸勘定すなわち資産と負債を表 す勘定の総称であり,金銭,商品,什器,地段,家屋,公債証書等の勘定の残額と金 銭貸借の中で貸与金に属する諸勘定の残額を資産として,借用金に属する諸勘定の残 額を負債とする(任1910,64頁;吉田1907,93頁)。 ② 損益勘定とは,営業費,利子,手数料,運賃,保険料,倉庫料等の損益に属する勘 定,すなわち,諸般の勘定の中で損失と利益を表す勘定の総称である。これらの勘定 は,その貸借差額が借方に生じるものは損失であり,貸方に生じるものは利益である (任1910,64頁;吉田1907,93頁)。 しかしながら,商品勘定は,元来,損益勘定ではなく,(商品を)売却した時その売価 額を貸方に仕訳記入し,買入価と売買損益を仕訳しない。この勘定の貸方金額は売買損益 を包含しているが故に,資産負債および損益の両勘定に属する。これと同一の理由によっ て,公債証書,什器,地段,家屋等の計算もまた同じである(任1910,6465頁;吉田 1907,94頁)。  決算の種類および手続 元帳決算には,平常の決算と閉業の決算の2種がある(任1910,65頁;吉田1907,94 頁)。どの決算においても,下記の手続に従い,元帳に決算を行う。ただし,平常の決算 は,その元帳を継続して使用するために,資産負債に属する諸勘定の残額を翌月に繰越 (推越)ことを要する(任1910,6667頁;吉田1907,9596頁)。 ① 元帳に損益および資産負債の2勘定口座を設ける。 ② 棚卸表に記入した諸勘定の金額を各該当する勘定の貸方に朱書し,同時に資産負債 計算勘定の借方に他の勘定科目とその金額を 書する。 ③ 資本金勘定を除いた口座の順序に随い,各勘定の貸借差額を算出し,金額の少ない 方(便)に資産負債勘定に属するものは資産負債として朱書し,損益勘定に属するも のは損益として朱書し,同時に前者は資産負債勘定口座の反対邊に,後者は損益勘定 口座の反対邊に,その金額を他の勘定科目の如く墨書きする。 ④ 損益勘定口座の貸借差額を算出し,金額の少ない方に資本金として朱書し,同時に 資本金勘定口座の反対辺にその金額を損益として墨書する。 ⑤ 資本金勘定口座の貸借を比較し,その差額を金額の少ない方に資産負債として朱書 し,同時に資産負債勘定口座の反対辺に資本金として墨書する。

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⑥ 諸般の勘定の口座のそれぞれについて,その貸借が平均するようにする。 そのようにして,元帳諸般勘定口座の決算を畢える時には,その結果が損益および資産 負債の2勘定口座に現れる。すなわち,前者は営業の純損益額として知られ,後者は資産 負債の現状として知られる。しかしながら,平常の決算について,資産負債の残存額を翌 月に繰り越す要があるが故に,上記の手続の他に,金銭,商品,人名等の勘定口座に朱書 きされた差額を貸借反対辺に繰越記入しなければならない(任1910,67頁;吉田1907,100 頁)。

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(31)

 決算報告表 元帳の決算手続が終わった後で,損益に属する諸勘定の差額で損益表を調製し,営業上 の損益額とその理由を明らかにし,資産負債に属する諸勘定の繰越額(推越額)で貸借対 照表及び財産目録の二表を調製し,その資産負債の現状を明らかにする。これら三表を決 算報告表と総称する(任1910,74頁;吉田1907,108頁)。  損益表 損益表は,営業の結果として,財産の増減額とその増減の原因を明確にするものである。 つまり,元帳の損益勘定口座の明細を示したものであることに過ぎない(任1910,74頁; 吉田1907,108頁)。  貸借対照表(別名,資産負債表) 貸借対照表は,元帳決算の後で,財産の現状を一見明瞭とするために,資産負債に属す る諸勘定の繰越額で調製されるものである。その借方は資産を示し,貸方は負債を示し, おおよそ,営業の結果と現在の資産負債の状態如何を明らかにし,かつ前記の決算の貸借

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対照表と比較して当期間に生じた財産の変化及び増減額が知られる。したがって,資本金 勘定をこの表に記入する時に,元入資本と当期純益と現存資本を分録するが故に,これに よって営業損益もまた知りうることができる(任1910,7475頁;吉田1907,108109頁)。  財産目録 財産目録は,貸借対照表が各種の資産負債の現状を詳しく知ることができないために, その細目を確知するために調製されるものである(任1910,75頁;吉田1907,110頁)。  精算表 精算表は,以上の三表を合併して一表として調製されるものである(任1910,75頁;吉 田1904,119頁)。

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(34)

Ⅷ.任 宰『簡易商業簿記學』と吉田良三『最新商業簿記』における

簿記処理のフレームワーク

以上の説明に基づき任 宰『簡易商業簿記學』(任1910)および吉田良三『最新商業簿 記』(吉田1907)・『最新商業簿記學』(吉田1904)における利益計算の構造を評価すれば, それは収益勘定が独立するまでの過渡期の損益計算の仕組みになっていると考えられる。 すなわち,それらの簿記書では,形式面で判断すれば,資産(積極財産),負債(資本 含む消極財産),費用の勘定を用いた複式簿記に基づく財産法的利益計算が教授されてい ると理解できる。利子勘定および手数料勘定で受取利子と受取手数料の貸方記録がなされ るが,それは財産額(純財産)を増加させる損益つまり利益という解釈であり収益として の記録ではない  任 宰は,資本金について「これは,営業時の元金を処理する計算であり,自己の財産を営業 の元金として使用するも,会計整理上の便宜のため,(資本金を)負債と仮定して資本主と営業 者間の貸借を処理する者である」と説明する(任1910,21頁)。また,吉田良三によれば,「資本 金とは営業に元入せし財産高のことにして会社組織の営業にては会社が株主又は社員に対する負 債なるも自己財産を元入して商ひする個人商店の場合には実際は負債にあらず然れども尚ほ此場 合も会計整理上にては次の如き仮定の元に資本金は負債と見做し他の負債と区別して資本金なる 勘定を以て処理するなり」と説明されている(吉田1907,41頁)。  任 宰がいう損益に属する勘定という場合の損益は損失または利益であるが,営業費,利子, 手数料,運賃,保険及倉庫料等の支払に関する記録を費用の記録として議論を展開している。

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