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糖代謝研究からシグナル伝達研究へ ―ATP, スフィンゴシン1-リン酸, そしてプロトン―

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糖代謝研究からシグナル伝達研究へ

ATP, スフィンゴシン 1-リン酸, そしてプロトン

岡島

1 青森県青森市幸畑2-3-1 青森大学薬学部 2 群馬県前橋市昭和町3-39-15 群馬大学名誉教授 要 旨 本 説では私の 40年間におよぶ研究をまとめた. 私は 1973年に北海道大学薬学部の大学院生として研究活動を開始し, 2年間の米国でのポスドクを経て, 1981年から 1986年まで助手 (助教) として研究を行った. その間の最も重要な発見はア デニル酸シクラーゼ系に連関した受容体系と同様に Ca 動員性受容体系にも GTP結合タンパク質が介在しているという ものである.その後,群馬大学に赴任し,助教授 (准教授),教授として細胞外シグナルリガンドとしての ATP,スフィンゴシ ン 1-リン酸 (S1P),そして,プロトンの研究を行った.受容体リガンドとしてのプロトンは必ずしも最初の発見とはいえない が, ATPや S1Pが細胞外シグナル 子であるということは当時としては新しい発想であった. これらの研究の中で, S1Pが 高密度リポタンパク質 (HDL) 中に濃縮して, HDL の抗動脈 化性の様々な作用を仲介しているという発見は国際的にも 広く認められている. 一方, プロトン研究は比較的新しく多くの課題が残されたままである.

はじめに

私は北海道大学薬学部の宇井理生教授の下で修士, 博士 課程の学生として, 1973年から 1978年の 5年間, また, そ の後, ポスドクを経て 1987年までの間, 再び宇井教授の下 で助手 (助教) として研究に従事した. この間, トレーサー キネティクスを用いた血糖代謝回転の研究, 肝細胞の初代 培養系を用いた研究, 甲状腺機能変化によるアドレナリン のインスリン 泌制御の研究を行った. さらに, これらの 研究を発展させて, 当時, メカニズムが不明であった α受 容体のような Ca 動員性受容体系にも GTP結合タンパ ク質が介在していることを明らかにできた. 1987年から群 馬大学生体調節研究所の前身である内 泌研究所の近藤洋 一教授の下で助教授として研究に従事した. この助教授時 代はエネルギー運搬体である ATPが細胞外シグナル 子 として細胞膜受容体を介して甲状腺細胞などの機能調節に かかわっていることなどを明らかにした. 1997年に群馬大 学生体調節研究所シグナル伝達 野の教授を拝命してから は, リゾスフィンゴ脂質であるスフィンゴシン 1-リン酸 (S1P) 受容体の研究を始め, S1Pが血漿中では高密度リポ タンパク質 (HDL)中に濃縮していること,S1Pが HDL の 抗動脈 化性作用において中心的な役割を発揮しているこ となどを発見した. さらに, 細胞外シグナル 子としての 水素イオン (プロトン)の役割についても解析した.本 説 では私のほぼ 40年間にわたる糖代謝研究からシグナル 子研究について概説したい. 文献情報 キーワード: 糖代謝, ATP, スフィンゴシン 1-リン酸, プロトン 投稿履歴: 受付 平成29年1月25日 採択 平成29年3月9日 論文別刷請求先: 岡島 和 〒030-0943 青森県青森市幸畑2-3-1 青森大学薬学部 電話:017-738-2001 E-mail:fokajima@aomori-u.ac.jp

2017;67:97∼107

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血糖値の変化だけからではみえない糖代謝の動的変化

の解析∼決して浪費ではない 浪費サイクル

宇井研究室ではアドレナリンの糖代謝調節機構を中心に 解析していたが, そのアプローチはユニークであった. ア ドレナリンの糖代謝調節を大きく変動させる外的な要因を 探し, その機序を解析することで, アドレナリンによる糖 代謝調節の隠れた機構を探し当てる研究が行われていた. 私に与えられたテーマは外的要因の一つとしての甲状腺ホ ルモンであった. 甲状腺機能亢進, 低下状態のラットを作 成し, 絶食状態で, C-グルコース, H-グルコースの代謝 速度を利用したトレーサーキネティクスの手法を用いて, アドレナリンによる血糖値変化と血糖代謝回転速度の関係 を解析した.血糖値は恒常性 (ホメオスターシス)がよく維 持されているが, この恒常性の意義は中枢神経系がグル コースをもっぱらエネルギー源としているためと言われて いる. 従って, 血糖値を測定しただけでは, 実際の血中グル コース代謝速度 (代謝回転) はわからない. また, 甲状腺ホ ルモンは熱産生にもかかわっていることが知られており, 浪費サイクル (futile cycle) の測定もおこなった. 絶食状態 では肝臓において糖新生系が解糖系よりも優位であるが, その際にグルコースが G6Pへ, F6Pが FDPへ代謝される と ATPが一見 無駄 に消費されてしまうことからグル コース⇄ G6P, F6P⇄ FDPサイクルは浪費サイクルと呼 ばれている (図 1).甲状腺機能亢進状態,低下状態では血糖 値の変化よりはるかに大きな代謝活性の変化がともなって いた. また, 浪費サイクルも甲状腺機能亢進状態で明らか に促進していた. 肝臓の浪費サイクルが甲状腺の機能亢進 で増加することは, 甲状腺ホルモンが熱産生にかかわって いることから予想されたことではあるが, この浪費サイク ルは実際に熱産生のためだけの意味しかないのか? この浪 費サイクルの生理的な意義に関して, 英国の Newsholme らは, 既に 1967年に代謝活性の増幅機構や代謝方向の切 り替えとして重要な役割を果たしている可能性を示唆して いた (図 1). 糖新生, 解糖系が同時に作動すると実質的な 基質の変化がなくとも ATPが消費されてしまうため, 一 見, 無駄なサイクルのように思えるが, 生体が瞬時に代謝 活性を調節するための巧妙なメカニズムであったわけであ る. このような応答の切り替えに関して, 実は, 1948年,Ahl-quistは血圧反転という薬理学の 野では有名な現象を報 告していた. アドレナリンは通常血圧を上昇させるが, 麦 角アルカロイドを投与しておくと血圧が低下する場合があ る. Ahlquistはアドレナリンには α (麦角アルカロイドは α遮断作用を示す) と βという相半する受容体があると仮 定すると, この血圧反転の現象が明快に説明されることを 示した. 私の糖代謝研究でも, アドレナリンが甲状腺機能 状態で応答が全く逆転する現象を観察出来た. 糖負荷した 正常ラットではアドレナリンはインスリン 泌を抑制する が, 甲状腺機能亢進状態でのアドレナリンの投与はインス リン 泌を著明に亢進し, 一方, 機能低下状態ではアドレ ナリンはグルコース負荷時のインスリン 泌を完全に抑制 図1 代謝の増幅機構としての浪費サイクル F6P から FDPへ (解糖系 : PFK),FDPから F6Pへ (糖新生系 : FDPase)の代謝の流れ が同時におこると, 代謝物の実質的な変化がなくても ATPが消費される. 今, 解糖系が 10の活性で糖新生系が 12の活性があるとすると, 実質的には糖新生系が 2の活性にな る (①). しかし, PFK 活性が変化しないで, FDPase活性が 12から 18へ 1.5倍増加する と仮定すると,糖新生活性は実質 8になる (②).このように,1.5倍の酵素活性の変化が実 に 4倍もの代謝の流れの増幅をもたらしている.図では説明していないが,もし,FDPが 12から 8に低下したら, 代謝の流れは糖新生系から解糖系に傾くことになる. このよう に, 代謝の切り替え機構としての意義もある.

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した (図 2). この結果は甲状腺機能亢進ではアドレナリン の β作用が増強し, 一方, 機能低下では α作用が増強する ことで説明された. このように, 浪費サイクル, 血圧反転, 甲状腺機能状態変化によるアドレナリン作用の反転など生 体の様々なシステムには促進系, 抑制系が備わっているが, これらの存在意義は単に促進, 抑制のためだけではなく, 生体が環境変化に迅速に対応するための情報の切り替えや 増幅の巧妙な仕組みであることを示唆している.

アドレナリン作用の「α→ β転換」から Ca 動員性受

容体に介在する G タンパク質の発見

肝細胞の初代培養系を用いて, アドレナリンによるグリ コーゲン 解やその律速酵素であるホスホリラーゼ活性を 調べたところ, 培養前後で大きな変化は観察されなかった. しかし, 単離直後の肝細胞ではアドレナリン作用は α受容 体を介しているのに対し, 初代培養後では α受容体よりむ しろ β受容体の関与のほうが大きいことがわかった (図 図2 アドレナリンによるインスリン 泌に対する甲状腺機能変化の影響 甲状腺機能の異なるラットにグルコースあるいはグルコースとアドレナリンを投与し, 血漿中のインスリンを測定した. 正常ラットではアドレナリンは α受容体を介してイン スリン 泌を抑制する.甲状腺機能変化はこのアドレナリン作用を劇的に変化させる.詳 細は本文を参照. 図3 肝細胞の初代培養による「α→ β転換」 アドレナリンによるグリコーゲンホスホリラーゼ活性に対する α遮断薬と β遮断薬の 効果. 調製直後では主に α遮断薬で抑制されるが, 初代培養とともに α遮断薬の効果は 減弱し, β遮断薬の効果が強くなる.

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3). 私達はこの現象を「α→ β転換」と呼んだ.類似の現 象は胆管を閉塞したラットや甲状腺機能低下ラット, 肝癌 を誘導するアミノアセチルフルオレイン投与ラットの調製 直後の肝細胞でも観察された. このメカニズムを解析した ところ, これらのラットの調製直後の肝細胞や初代培養肝 細胞では α受容体数が減弱し, β受容体数が増加していた が, さらに受容体と G タンパク質のカップリング (共役) 効率も変化していることが判明した. 当時, アデニル酸シクラーゼ系を調節するホルモンや神 経伝達物質には促進系, 抑制系があり, それぞれ, G , G を 介して調節されていることが精製タンパク質の再構成実験 などで明らかにされつつあった. 一方, Ca 動員性ホルモ ンによる調節系にはホスホリパーゼ C (PLC) が重要な役 割を果たしていることはわかっていたが, ホルモンなどが どのような機構で PLC 活性を調節しているかは不明で あった. そこで, 私達は G の発見につながった百日咳毒素 を Ca 動員性ホルモン作用の解析に用いた. モルモット 好中球では化学走化性因子である fMLPによって PLC 活 性化, Ca 動員, ホスホリパーゼ A 活性化を反映したア ラキドン酸放出, スーパーオキシド (O ) 産生などがおこ る. 細胞をあらかじめ百日咳毒素で処理しておくと, これ らの応答は 41kD の ADPリボシル化を伴って, いずれの 応答もほぼ完全に消失した. G タンパク質の再構成実験な どから fMLP受容体と G タンパク質が実際にカップリン グすることが証明された.このように,PLC/Ca 動員系に も G タンパク質が介在していることがはじめて示され た. その後, 世界中で PLC 系の調節機構が解析され, 現 在では, PLC にはサブタイプが存在し, G (実際には G の βγサブユニット) は PLC-β2, -β3の活性を調節し, 百日 咳毒素に非感受性の G タイプの αサブユニットがPLC-β1, -β3, -β4の活性を調節することがわかっている. この 研究成果が評価され, 私は 1988年度日本生化学会奨励賞 Ca 動員性受容体の情報伝達系と GTP結合蛋白質 を 受賞できた.

シグナル

子としての ATP の研究からシグナル系の

切り替え機構の解析

イノシトールリン脂質代謝が Ca 代謝と密接に関係し ていることを提唱した Michellから ATPが肝細胞のグリ コーゲンを 解することを伺った. 実際, ATPは著明にグ リコーゲン 解やホスホリラーゼ活性化を引き起こすこと を確認した. ATP以外のヌクレオチドにも類似の作用があ り, ATPが加水 解される必要はないことなどを確認でき た. 従って, エネルギー供給という本来の ATP作用とは異 なった新規のメカニズムで作用を発揮していることが推定 された. ATPも細胞膜受容体を介して作用している? こ れが私の次のテーマになった. 1987年に群馬大学内 泌研究所 (現在の生体調節研究 所) の助教授に採用されたので, 内 泌に関わる研究とい うことで, 細胞を甲状腺細胞に変えて, ATPを最初の研究 テーマとした. 甲状腺細胞でも, ATPは PLC/Ca 系の活 性化を伴ってヨードイオンの放出, 形態変化, アラキドン 酸放出の促進, 一方で, G を介した cAMP産生の抑制応答 などが観察された. 当時, ATPがシグナル 子として作用 す る と い う こ と は な か な か 信 じ て も ら え な かった が FRTL-5甲状腺細胞膜標品において,ATPはグアニンヌク レオ チ ド 依 存 的 に PLC を 活 性 化 す る こ と も 証 明 さ れ, ATPも G タンパク質共役受容体であることが実験的に確 認された. 現在では ATPはプリナージック神経の神 経伝達物質, また, 血管内皮細胞からは機械刺激で放出さ れること, 少なくともネクローシスなどの細胞死では ATP が細胞からでて 危険 シグナルとして機能していること などがわかっている. ATP研究から, ATPの 解産物であるアデノシンの研 究にもかかわるようになった. 甲状腺細胞の主役は甲状腺 刺激ホルモン (TSH) であり, 甲状腺細胞を用いて TSH 作 用を解析しなければ話にならない. 甲状腺細胞は TSH 刺 激で cAMP産生がおこることはすでに知られていた. 甲状 腺ホルモンは前駆物質であるサイログロブリンが濾胞内で ヨード化され, 必要時に甲状腺細胞に取り込まれて, サイ ロキシンとして切り出されて血中に放出される. 従って, 甲状腺細胞に流入したヨードイオンは濾胞内に放出され, 過酸化水素によってペルオキシダーゼを介して活性化され る必要がある. 甲状腺細胞のヨードイオンの流入 (ヨード トランスポーター発現), サイログロブリン発現, ペルオキ シダーゼ発現などは TSH/cAMP系によって活性化される が, ヨードイオンの放出, 過酸化水素の合成に対して cAMPは無効であり, Ca 系の活性化が必要である. 従っ て, このような Ca 系の活性化には ATPのような Ca 動 員性のアゴニストが関与していることが えられたが, 私 達はある条件下では TSH にも Ca 系を活性化する 能 力 があることを見いだした. アデノシンは単独では, cAMP系, Ca 系いずれの活性も変化させず, 見かけ上何 も作用を発揮しない.ところが,TSH と共存させると,TSH による cAMP産生と cAMPを介した作用を抑制する一方 で, TSH の極めて弱い Ca 動員作用を著明に促進し, ヨー ドイオンの放出, 過酸化水素産生など Ca 系を介した応答 を著明に促進することがわかった. アデノシンの作用はい ずれも百日咳毒素処理で解除されたことから, G タンパク 質を介していることが示唆された. このように, アデノシ ンは TSH 作用を cAMP系から Ca 系に切り替えること ができ, TSH にも Ca 系を十 に活性化できる潜在能力 があることを示すことができた (図 4). これらの研究で, 1994年日本内 泌学会奨励賞 TSH 情報伝達系とアデノ シン情報伝達系のクロストーク を受賞することができ た. このような G を介した G 系の増強作用はアデノシ ンと TSH の組み合わせに限らず, 普遍的な制御機構であ

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り, 例えば,NG108-15神経系の細胞で G 共役型の受容体 刺激 (エンケファリンなど) が G 共役型 (ブラジキニンや ATP) の受容体刺激応答を増強する. オピオイドは通常 G を介して鎮痛などの抑制的な応答を仲介するが, ある状 況下でオピオイドが興奮性の応答を発揮することが知られ ている. 従って, 私達が観察した現象はオピオイドの 逆 説的 作用を一部説明するのではと えている.

新しいシグナル 子としてのリゾ脂質の研究

1990年代になると, ホスホイノシタイド (PI) を基質と した PLC や細胞増殖因子などによる PI3-キナーゼなどシ グナル伝達系における PI に関連した研究は爆発的に進ん でおり, 細胞内シグナル 子としての役割は確立していた. 一方, グリセロリン脂質とは異なるスフィンゴ脂質も細胞 内で何らかの機能を発揮していることを示すデータが発表 されつつあったが, その詳細なメカニズムやその意義など は不明であった. 私はスフィンゴシン 1-リン酸 (S1P), ス フィンゴシルホスホリルコリン (SPC), サイコシンといっ たリゾスフィンゴ脂質の Ca 動員作用を調べてみた. 当時 は S1Pは市販されておらず SPC から酵素処理によって S1Pを合成して実験にのぞんだ. HL-60細胞に SPC や S1Pを作用させると, 一過性の Ca 動員作用が観察され た. 様々なホルモンや細胞外シグナル 子の Ca 動員 作用をみてきた経験から, この応答は細胞膜受容体を介し た作用であると直感した. 実際に, 細胞外 Ca を除いても 一過性の Ca 動員作用が観察され, また, PLC 阻害薬や百 日咳毒素で著明に抑制された. 従って, G 共役型の G タン パク質共役受容体 (GPCR) であると予想された.私達の初 期の研究で S1P作用は甲状腺細胞, 肝 細 胞, C6グ リ オーマ細胞 などの細胞でも観察されるが, これらの応答 が細胞内に蓄積した S1Pによるという可能性は否定的で り, 受容体の存在を確信するに至った. このように, スフィ ンゴ脂質がセコンドメッセンジャーとしてだけではなく, ファーストメッセンジャー, 即ち, 細胞外シグナル 子と して受容体を介して機能する可能性があることに私は興奮 した. S1P受容体は現在, 5つのサブタイプが知られているが, キリンビールと共同で S1P4(当時は Edg-6とよばれた)の 同定にかかわった. それらの受容体を発現させ, 応答の違 いなどを調べたところ, 受容体がそれぞれ特徴的なシグナ ル系に連関していることがわかってきた. S1P受容体は 様々の細胞に発現しているが, 1つの細胞に複数の受容体 サブタイプが発現していることも珍しくなく, 発現レベル と種類の違いが細胞の S1Pに対する応答に個性を与えて いるものと思われる. 私達は血管内皮細胞, 血管平滑筋細 胞とさらに細胞種を変えて S1P作用を解析したが, 細胞種 を変えて応答を解析するだけでは, オリジナリティーの高 い研究はできないと え, 独自に S1Pの測定法の開発に取 りかかった. S1Pは脂質性でありいい抗体は手に入らな かった. 今では HPLC や TOF-MSの用いた方法で測定さ れているが, 私たちにはそのような装置もない状況下で, 定量法としては非常に 泥くさい が,S1P受容体を高発現 した CHO細胞を用い H-S1Pの結合に対する検体中 S1P による阻害活性に基づいた方法 (radio-receptor assay)を採 用した. まがりなりにも S1P測定法が確立されたので, そ の応用をめざした. 血漿中には予想通り S1Pは存在してい たが,S1Pは脂溶性であり,血漿タンパク質に結合している 図4 アデノシンによる TSH 応答の cAMP系から Ca 系の切り替え TSH 受容体は通常 cAMP系に連関しており, Ca 系の応答は極めて弱い. しかし, アデ ノシンなどが存在すると A 受容体/G を介して G /cAMP系を抑制し, 一方で G /Ca 系を促進する.

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ことが予想された.血漿を VLDL,LDL,HDL,アルブミン (リポタンパク質以外の血漿タンパクを含む) 画 に 画 し,各 画の S1Pを測定すると,S1Pは HDL 画 に最も多 い事が判明した. アルブミンはリポタンパク質と比較す るとタンパク質含量は 10倍以上あり, タンパク質で補正 すると S1Pは HDL 中にアルブミン画 の 20∼30倍に濃 縮していることになる. 私達の血管内皮細胞, 血管平滑筋細胞を用いた解析では, 血管内皮細胞では, nM オーダーの比較的低濃度で細胞生 存, 細胞遊走, NOS活性化, VCAM-1などの細胞接着 子 発現抑制など, 一方, 血管平滑筋細胞では細胞遊走抑制な ど の結果を得ていた. これらの作用は抗動脈 化性の 作用である. 上述した HDL が抗動脈 化性のリポタンパ ク質であることはよく知られている. この HDL 作用は末 梢組織で過剰のコレステロールを HDL が吸収して肝臓ま で運搬して胆汁酸として排泄する, いわゆる コレステ ロール逆輸送 がその主要なメカニズムであると えられ ている. 私達は HDL の抗動脈 化性作用にはさらに S1P を介する新規のメカニズムがあるのではと えた. 実際, 生理的な HDL 濃度で内皮細胞の生存, NOSの活性化, 細 胞接着 子発現抑制作用が観察され, これらの効果は S1P 受容体のノックダウンや特異的阻害薬で抑制されることが 判明した. HDL 中の S1Pが HDL の抗動脈 化性作用 を仲介しているという私達の研究は国際的にも広く認めら れている (図 5). 例えば, 私達が中心となって発表した S1P関連の論文で一流論文の基準となる引用数が 100を超 えるものは 7論文ある. S1P研究と並行して, LPA に関する研究もおこなった. S1Pに構造の類似したグリセロリン脂質というだけではな く, キリンビールの開発した LPA 阻害作用を示す化合物 である Ki16425の特異性などを調べる共同研究をしたこ とが, LPA 研究にも手をそめるきっかけであった. LPA はがん患者の腹水中に蓄積していること, がん細胞の遊走 や増殖を促進する作用などが知られており, LPA 阻害薬の 開発は抗がん薬としての可能性を秘めていた. この LPA 阻害薬は膵臓がん細胞をはじめとする様々ながん細胞の遊 走やそれに関わるシグナル伝達系を著明に抑制した. また, 腹膜播種をおこして治療が困難になる膵臓がんに標 準をあて研究をすすめた結果, この LPA 阻害薬はヒト膵 臓がん細胞を移植したヌードマウスの肺転移, 肝転移を有 意に抑制した. 2003年に発表した Ki16425に関する論 文 のサイテーションは 250を超えている. 私達のオリジ ナル論文を引用しないでこの化合物を 用している例を多 数みていることから, 実際にはより多くの論文でこの化合 物がインビボ, インビトロを問わず役にたったと思ってい る. 私達はこの阻害薬を用いて, 悪性腹水のがん細胞遊走 促進作用, 悪玉 コレステロールである LDL が酸化さ れ た 酸 化 LDL の 血 管 平 滑 筋 細 胞 の 遊 走 促 進 作 用 は LPA を介したものであることも証明した.

脂質受容体研究からプロトン受容体研究へ

私達は HL-60を好中球に 化させると SPC や S1Pの Ca 応答が減弱することを観察していた. この情報を用い て,未 化, 化細胞の mRNA の発現の違いのある GPCR を調べた. 当初, 予想していた 化で減少する候補 GPCR 遺伝子は見つけ出すことは出来なかったが, 化後に著明 に増加する GPCR として, TDAG8が浮上した. 当時はま だ,リガンドが報告されていなかったので,TDAG8のリガ ンド探索に焦点をあてた. 当然, リゾ脂質の効果も調べた し,また,TDAG8は GPCR の系統樹では ATP受容体の近 くにあったこともあり, ATPの作用についても調べた. Ca 動員活性では特に際立った効果が観察されなかった が, cAMP産生を指標にした場合, S1Pや LPA による変化 は観察されなかったが, SPC やサイコシンでは抑制, ATP では明らかな促進応答が観察された. しかし, ATPによる 応答には mM オーダーの濃度が必要であった. 発表を躊躇 していたのが 2000年の 9 月ごろである. そのような状況 下, 2001年になって TDAG8はサイコシンの受容体とし て, また, TDAG8とファミリーを形成している OGR1, GPR4, G2A が SPC やリゾホスファチジルコリン (LPC) の受容体として続々と名乗りをあげた. と こ ろ が, 2003年 に ノ バ ル ティス の グ ループ か ら OGR1, GPR4が細胞外 pH を感知して,Ca 動員や cAMP 産生を促進する GPCR であることが報告された. 当然, そのファミリーGPCR の TDAG8も細胞外 pH を感知す ることが予想された.早速,TDAG8過剰発現細胞で細胞外 pH 効果を調べたところ, 細胞外 pH の酸性化で著明な 図5 S1Pは HDL の抗動脈 化性の作用を仲介している. S1Pは高密度リポタンパク質 (HDL) のアポタンパク質 M (apoM) に結合している. この S1Pが S1P受容体を刺 激し, 抗動脈 化性作用を発揮していると えられる.

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cAMP産生が観察された. 細胞膜レベルでのアデニル酸シ ク ラーゼ 活 性, GTP結 合 活 性, G αの siRNA 実 験, TDAG8のヒスチジン残基の変異の効果など, 詳細な実験 を行い, TDAG8もプロトン感知性 GPCR であることを発 表した. これまでの私が抱いていたもやもやが一気に解 消した. これまでにも細胞外プロトン (pH) を感知する受 容体では痛みなどを感知するチャネルが知られていたが, これらの受容体は pH が 4∼ 6という低 pH を感知するの に対して, プロトン感知性 GPCR は pKaが 6.5であるヒ スチジンの水素結合がかかわっていることが示唆された. 従って,細胞外 pH 6∼ 8という生理的な pH 変化を感知す ることが えられ, 幅広い生命現象にかかわっている事が 予想される (図 6). これまでの ATP研究, TSH とアデノシンのクロストー ク,SPC と S1Pによる Ca 動員作用,リポタンパクと S1P, LPA アンタゴニストの研究は, それぞれの 野で全く新し いとは言えなくとも, オリジナリティの高い研究であった と思っている. それに対して, プロトン感知性受容体の研 究は二番 じであるということは否めない. それにもかか わらず, プロトン GPCR 研究を続けようと思ったのは, ノ バルティスのグループの研究がそれだけ私にはショッキン グな事であったからである. 私自身が試薬を調製し, 試験 管をふって, ATPが再現よく cAMP産生をおこすことを 何度も経験していた. しかし, 私が購入した ATPは 2ナト リウム塩であり, 水に溶かすと酸性である. そのことは 知っていたが, 緩衝液と違い, 比較的少量のストック試薬 の pH の調整は pH 試験紙で合わせる程度であった. pH に 応答する GPCR があるという発想は全くなかったため, pH を適当に調整し, あとは緩衝液で何とかなるだろうと えていたのである. その事がショックであり, 当時, 私の 研究歴は 30年にも達しており, かれらの発表論文を見た 時には完全に負けたと実感した. このように, 二番 じで あることを認識しながらプロトン感知性受容体の研究を継 続しようとした理由の一つはかれらに敬意を示す意味であ り, ユニークなプロトン研究を発展させようと思ったから である. それからほぼ 10年たったが, 「OGR1 or TDAG8 or GPR4 or GPR65 or GPR68 (GPR65は TDAG8の別名, GPR68は OGR1の別名)」のキーワードで PubMed 検索す ると, 2003年にノバルティスのグループの発表から 2017 年現在私達のグループの 24論文を含めて約 140論文であ る. S1Pや SPC の 時 は 私 が 研 究 を は じ め て か ら 10年 (2005年) でほぼ 1,200論文 (ちなみに 2017年現在で約 5,000論文) がでていたのと比較すると, 関心の程度はイマ イチの状況である. 競争相手が少ないという意味では安心 して研究ができるという点ではいいが, まわりの研究者に あまりインパクトがないということでもあり, 非常に複雑 な心境である. このように, あまり注目されないうちに, 定 年退職の年をむかえてしまった. この 10年間のプロトン 受容体研究ではまず, 野生型のプロトン受容体や変異受容 体を発現した細胞を用いたプロトン感知機能の解析 やシ グナル伝達系の解析実験, また, これらの受容体を生来発 現している様々の細胞, たとえば, 胸腺細胞, マクロファー ジ, 好中球,樹状細胞,ミクログリア,気道平滑筋細胞,血管 平滑筋細胞, 骨芽細胞,膵臓ラ氏島と β細胞,培養神経細胞 を用いた研究を行ってきた. その結果, プロトン感知性受 容体はそれぞれの細胞に特徴的な様々な細胞機能の調節に かかわっている事を明らかにしてきた. 詳細は私達の 説 図6 細胞外プロトンを感知する機構 TRPV1などのイオンチャネルは pH 4∼ 6と高濃度のプロトンを感知し痛みなどの感 覚細胞で機能していると えられているが, OGR1ファミリーGPCR は pH 6∼ 8とよ り生理的な pH を感知し, 様々な細胞に発現して多彩な作用を発揮していることがわ かってきた.

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を参照願いたい. また, OGR1や GPR4の欠損マウス を作成し, TDAG8の欠損マウスは他のグループから供給 をうけ, 個体レベルの機能を解析してきた. その結果, イン スリン 泌と糖代謝調節 や喘息などの気道炎症 におけ る OGR1の役割を明らかにし, 急性肺傷害モデルを用い て, TDAG8が抗炎症性に作用することも証明できた. 現在, 中大脳動脈の虚血再灌流モデル動物を った研究を おこなっている. これまでに得た研究の成果をまとめると, TDAG8は抗炎症性に, 一方, GPR4, OGR1は炎症性に機 能していることが推定される. しかしながら,インスリ ン 泌, 腎臓における水素イオン放出など単純にはこのよ うな 類にそぐわない例もあり, 生理的な応答から炎症と いった病態生理との関連で生体では幅広い役割を果たして いる実体が徐々にではあるが見えてきた. 今後, この 野 のさらなる発展を期待している.

あとがきと謝辞

大学院に入った 1973年から群馬大学での定年をむかえ た 2015までの研究の歩みを振り返ってみた. 稿を終える にあたり, 若い人に訴えたいのは, 頭でじっくり えるこ とも重要であるが, 今ある技術でとにかく何かをやってみ ることにつきると思います. そこから, 必ず何か新しい発 見があると信じています. 私の研究は多くの研究者と大学 院生, 学生の支援があってはじめて可能でした. いちいち 名前をあげることはひかえますが, この場をかりて御礼を 申し上げます.

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From the Glucose M etabolism to the Signal Transduction Study

ATP, Sphingosine 1-phosphate, and Protons

Fumikazu Okajima

1 Faculty of Pharmaceutical Sciences, Aomori University, 2-3-1 Kobata, Aomori, Aomori 030-0943, Japan 2 Professor Emeritus, Gunma University, 3-39-15 Showa-machi, Maebashi, Gunma 371-8512, Japan

Abstract

This review article summarizes my work as a researcher over the past 40 years. I began my life as a researcher

at Hokkaido University as a graduate student, and remained there, first as a post-doctoral fellow and later as a

research associate, until 1987. My major discovery during this period was that the GTP binding protein was

involved in not only the adenylyl cyclase coupling receptor system,but also the Ca mobilizing hormone receptor

system. I later moved to Gunma University and investigated,first as an associate professor and later as a professor,

the role of ATP, sphingosine 1-phosphate (S1), and protons as extracellular signaling ligands of GTP binding

protein-coupled receptors. Although our group was not the first to discover that the proton is a signaling ligand,

ATP and S1P had not been recognized as signaling molecules at the time of my initial investigations. The discovery

that SIP mediates anti-atherogenic actions of high-density lipoprotein is internationally recognized. On the other

hand, research on the proton is still relatively new, and many topics remain unsolved.

Key words:

Glucose metabolism, ATP,

Sphingosine 1-phosphate, Protons

参照

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