大学生の時間的展望の時代的変遷
―若者は未来を描けなくなったのか?―
奥田 雄一郎
キーワード 大学生 時間的展望 時代的変遷 時間的展望体験尺度 サークル・テスト 要旨 本研究は1970 年代から 2010 年代における,我が国の大学生の時間的展望の時代的変遷 を検討したものである.我が国の大学生の時間的展望の時代的変遷を検討するため,CiNii (http://www.cinii.ac.jp)においてタイトルに「時間的展望」という用語を含む論文を検索 し245 論文を抽出した.それらの 245 論文の中から,時間的展望測定の方法として最も多 く使用されている時間的展望体験尺度(白井,1994),次いで多く使用されているサークル・ テスト(Cottle,1976)を用いた論文を抽出し,1980 年代から 1990 年代,2000 年代,そし て2010 年代の得点の時代的変遷を検討した. その結果,時間的展望体験尺度においては,1990 年代前半・後半,2000 年代前半・後半, そして2010 年代と時代が変遷するに従って,各因子得点間のばらつきが無くなり,目標指 向性,希望,現在の充実感,過去の受容の各因子得点が接近するというパターンが見られ た.サークル・テストについてはTemporal Dominance において,1980 年代,1990 年代, 2000 年代においては比較的安定していたが,2000 年代では Future Dominance が減少し, Temporal Relatedness においては 1990 年代後半から 2010 年代になるに従って,Temporal Continuity が減少し,Temporal Atomicity が増加していく,というパターンが見られた. 1.問題と目的 Lewin(1951)によれば時間的展望は「ある一定時点における個人の心理学的過去,および 未来についての見解の総体」と定義されている.これまで我が国の時間的展望研究におい ては幼児(奥田,2005),小・中学生(都筑,2002,2003,2004),高校生(仮屋園,1988;渕 上,1990;大家,1996),高齢者(山口,1996)などの様々な発達段階の対象,あるいは統合 失調症(旧精神分裂病)患者(勝俣,1974),筋ジストロフィー症患者(甲村ら,1980),視覚障 害者(間々田・伊藤,1989),非行少年(河野,1998)といった様々な対象に対し,質問紙,イ ンタビュー,実験などの研究法を用いた研究が行われてきた. そうした時間的展望研究の中でも特に,これまで青年期に対する研究が精力的に行われ てきた.その理由としては第一に,時間的展望発達の中でも特に,青年期が時間的展望の拡がりが見られる時期であること(都筑・白井,2007),第二に,青年期は社会的にも進路選 択や就職といったように,生涯発達の中でも特に個人にとっての過去や未来といった時間 的展望が大きな問題として立ち現れることが挙げられる(奥田,2004).こうした青年期にお ける個人の過去,現在,未来といった時間的展望の様相は,いかなる時代においても同じ ものなのだろうか.あるいは,その時代の社会文化的な文脈によって異なるものなのだろ うか.当然ながら,時間的展望はどの時代においても変わらないといった静的なものでは なく,都筑(2009)が指摘するように時代と共にその様相が変遷していくことが予想される. 現代社会は「ポストモダン」(Lyotard, 1979)や「リスク社会」 (Beck,1986,2002; 三上,2010)と呼ばれ,以前の社会に比べて未来の見通しの描きにくい時代であることが多 くの論者によって指摘されている.1990 年代以降,我が国においても若年失業率の上昇(内 閣府,2012),フリーター問題に代表される正規の職員・従業員以外の雇用者や,ニートと 呼ばれる若年無業者が問題化し,様々な著者らにより「若者の未来展望の描き難さ」が指 摘されてきた(千石,1991;柏尾,1998;山田,2004,2009;浅野,2006;古市,2011; 宇野・濱野,2012) . 先行研究においては,例えば高橋(2008)のように時間的展望の時代的変遷を検討課題とし ている研究もみられる.しかしながら,高橋(2008)においては,時代的変遷を問題とし ているにもかかわらず,結果としては多時点のデータを比較するのではなく,1 時点のデー タによる考察にとどまってしまっている.そのため本研究においては,我が国のこれまで の諸研究におけるデータを抽出し,それらの多時点のデータを比較することによって大学 生の時間的展望の時代的変遷を検討する. 3.方法 我が国における大学生の時間的展望の時代的変遷を検討するために,データベース CiNii(学協会刊行物・大学研究紀要・国立国会図書館の雑誌記事索引データベース:2012 年11 月 3 日)において,論文タイトルに「時間的展望」という検索語を含む論文を検索した. その結果,勝俣(1972)にはじまり 2012 年までに 245 本の論文が見られた.そのうち, 入手可能であった236 本の論文を本研究の対象とした.また,2012 年現在における大学生 の時間的展望の様相を捉えるために首都圏の3 大学の大学生 303 名(男性 122 名,女性 180 名,不明1 名:1 年生 47 名,2 年生 101 名,3 年生 119 名,4 年生 36 名)に対して,時間 的展望体験尺度,サークル・テストから構成された質問紙調査を行った. 1)時間的展望体験尺度(白井,1994) 18 項目:5 段階評定であり,白井(1994)によって, 将来の目標があるかといった【目標指向性】因子,自分の将来に希望が持てるかといっ た【希望】因子,現在の生活が充実しているかといった【現在の充実感】因子,過去を 受け入れることができるといった【過去受容】因子の4 つの下位因子が確認され,その 信頼性と妥当性が確認されている.
2)サークル・テスト(Cottle,1976)によるものであり,以下の 3 点によって評価される.
第一は,書かれた3 つの円のうち,どれが最も大きいかという,Temporal Dominance
である.これは,Past Dominance,Present Dominance,Future Dominance に分類さ れる.第二は,Temporal Development である.3 つの円の大きさを比較して,過去が
最も小さく描かれ,現在,未来となるに連れて大きくなるのを Future Development,
過去が最も大きく描かれ,現在,未来となるに連れて小さくなるのをPast Development,
それ以外は,一括してOthers に分類される.第三は,Temporal Relatedness である.
2 つの円の位置関係について,完全に離れている場合は 0 点,1 箇所で接している場合
は2 点,部分的に重なっている場合は 4 点,一方が他方の内部に含まれている場合は 6
点とする.過去と現在,過去と未来,現在と未来の3 つの組み合わせについて得点化し,
その結果について次の3 つに分類する.Temporal Atomicity(0 点),Temporal Continuity (2~6 点),Temporal Integration(8~18 点)に分類される. 4.結果 4-1.時間的展望研究の年代別論文数とその対象 CiNii(http://www.cinii.ac.jp)において,タイトルに「時間的展望」を含む 1972 年から 2012 年までの 245 本の論文のうち,入手可能であった 236 本の論文の年代別論文数をプロ ットしたものがFigure1 である.
Figure1 年代別時間的展望研究数(CiNii) Figure2 時間的展望研究の対象
Figure1 によると,1970 年代にはじまった我が国における時間的展望研究は,1980 年代, 1990 年代,2000 年代を経て,2010 年代を迎えた現在においても徐々に増加していること が伺える. また,236 本の論文における対象をカウントしたものが Figure2 である.Figure2 による と,これまでの我が国の時間的展望研究においては,圧倒的に青年期,特に大学生を対象 とした研究が行われてきたことがわかる. 1 3 10 01 102 2 2 2 2012 5 5 5 43 3 9 8 14 5 8 10 7 12 8 1112 1 8 12 1818 20 10 6 0 5 10 15 20 25 90 9 7 22 18 7 7 4 3 3 2 2 2 2 13 0 10 20 30 40 50 60 70 80 90 100 ( 本 ) ( 本 )
4-2.時間的展望体験尺度の時代的得点推移 236 本の論文において最も多く使用されていた時間的展望体験尺度(白井,1994)の目標指 向性,希望,現在の充実感,過去受容の4 因子の時代的変遷を検討した.Table1 に示した のは,1994 年から 2012 年までの大学生を対象に(専門学校生を含むものもあり)時間的 展望体験尺度を用いた論文と,それぞれの論文における各因子得点の一覧である. Table1 時間的展望体験尺度各因子得点推移 抽出された20 論文の目標指向性,希望,現在の充実感,過去の受容の各因子得点を抽出 しプロットしたものがFigure3 である.その結果,以下に示した 2 つの特徴が見られた. Figure3 時間的展望体験尺度各因子得点推移 著者 年 対象 目標指向性 希望 現在充実感 過去受容 備考 白井利明 1994 大学生・専門学校生460名 3.34 3.87 3.06 3.73 杉山成 , 神田信彦 1996 大学生165名 3.65 4.60 3.88 データなし 谷冬彦 1998 大学生407名 2.96 2.25 3.08 2.63 白井利明 1999 大学生20名 3.70 4.30 3.80 データなし グラフから目盛を元に換算 赤松利恵 , 島井哲志 2001 女子大学生988名 2.76 3.66 2.98 3.60 尾関友佳子 2001 大学生90名 2.55 2.70 3.71 3.45 白井利明 2003 大学生52名 3.60 4.00 3.70 4.10 グラフから目盛を元に換算 神田信彦 , 林潔 2006 大学生579名 3.05 3.62 3.25 3.55 杉本英晴 2007 大学生84名 3.16 3.20 3.25 3.60 日潟淳子 2008 大学生155名 3.13 3.19 3.16 3.59 上村有平 2008 大学生685名 3.12 3.67 3.38 3.59 吉江昭子 , 河村茂雄 2009 大学生74名 3.67 2.64 3.32 4.55 奥田雄一郎 2009 大学生366名 3.26 3.04 3.06 3.15 奥田雄一郎 2009 大学生9名 3.21 3.33 3.29 3.57 田中道弘 2009 大学生279名 3.17 2.43 3.71 3.27 葛西真記子 , 澁江裕子ら 2010 大学生160名 3.42 3.19 3.21 3.37 田中道弘 2011 大学生279名 3.17 3.03 3.01 3.21 岩瀧大樹 , 山崎洋史 2012 大学生172名 3.24 2.97 3.20 3.18 杉本英晴 2012 大学生339名 3.31 2.97 3.21 3.40 奥田雄一郎 2012 大学生303名 2.96 2.89 3.20 3.22 平均値を算出 平均値を算出 平均値を算出 平均値を算出 2.00 2.20 2.40 2.60 2.80 3.00 3.20 3.40 3.60 3.80 4.00 4.20 4.40 4.60 4.80 1994年 1996年 1998年 1999年 2001年 2003年 2006年 2007年 2008年 2009年 2010年 2011年 2012年 目標指向性 希望 現在充実感 過去受容 ( 得点 ) ※同年の論文については平均値を算出してプロットした
第一に,時代が変遷するに従って,1990 年代においては目標指向性,希望,現在の充実 感,過去の受容の各因子得点間にばらつきが見られるのに対して, 2010 年代においては各 因子得点間のばらつきが無くなり各因子得点が接近するというパターンが見られた.第二 に,谷(1998)を除いて 1990 年代においては概ね現在の充実感や過去の受容は低くとも目 標指向性や希望においては得点が高いといったようなパターンが見られたのに対して, 2000 年代においては希望においてはばらつきが見られるものの,目標指向性,現在の充実 感,過去の受容といった因子においては横ばいで推移するパターンが見られた. 4-3.サークル・テスト Temporal Dominance の各群割合推移
次に,サークル・テスト(Cottle,1976)の Temporal Dominance,Temporal Development, Temporal Relatedness の 3 つの中から Temporal Dominance,Temporal Relatedness の 2 つを分析の対象とした.Table2 に示したのは,1981 年から 2012 年までの大学生を対象に
(専門学校生を含む)サークル・テストを用いた11 論文の各 Dominance 人数の一覧である.
Table2 サークル・テスト Temporal Dominance 各群割合推移
Figure4 サークル・テスト Temporal Dominance 各群割合推移
著者 年 対象 Past Dominance Present Dominance Future Dominance 備考 百合草禎二 1981年 専門学校生31名 大学生25名 2 45 9 都筑学 1984年 短大生173名 13 32 128 白井利明 1989年 大学生300名 専門学校生100名 28 76 232 白井利明 1992年 大学生300名 専門学校生100名 103 289 295 都筑学 1993年 大学生285名 50 78 178 グラフから換算 渡邊惠子 赤嶺淳子 1996年 大学生437名 37 67 275 %表示を人数に変換 都筑学 1998年 大学生72名 8 12 52 篠原徹生 1999年 大学生207名 26 36 144 %表示を人数に変換 嶋野重行 菅原正和ら 2003年 大学生130名 専門学校生45名 25 33 82 日潟淳子 2008年 大学生155名 79 45 9 奥田雄一郎 2012年 大学生303名 41 154 86 13 28 103 50 37 8 26 25 79 41 32 76 289 78 67 12 36 33 45 154 128 232 295 178 275 52 144 82 9 86 0% 20% 40% 60% 80% 100% 1984年 1989年 1992年 1993年 1996年 1998年 1999年 2003年 2008年 2012年 Past Dominance Present Dominance Future Dominance
抽出された11 論文の Past,Present,Future Dominance の各人数を抽出し,プロット
したものが Figure4 である.その結果,80 年代,90 年代に比べて 2010 年代においては
Future Dominance の割合が減少し,Present Dominance の割合が増加している. 4-4.サークル・テスト Temporal Relatedness の各群割合推移
Table3 に示したのは,1984 年から 2012 年までの大学生を対象に(専門学校生を含む) サークル・テストを用いた 8 論文の各 Temporal Relatedness 群(Temporal Atomicity, Temporal Continuity,Temporal Integration)人数の一覧である.
Table3 サークル・テスト Temporal Relatedness 各群割合推移
Figure5 サークル・テスト Temporal Relatedness 各群割合推移
また,抽出された 8 論文の Temporal Atomicity,Temporal Continuity,Temporal Integration の各人数を抽出し,プロットしたものが Figure5 である.
その結果,1990 年代前半まではばらつきがあるものの,1990 年代後半から 2010 年代に
なるに従って,統合的な時間構造である Temporal Integration に変化は見られないが,
Temporal Continuity の割合が減少し,分散的な時間構造である Temporal Atomicity の割 合が増加するというパターンが見られた.
著者 年 対象 Temporal Atomicity Temporal Continuity Temporal Integration 備考
都筑学 1984年 短大生173名 50 38 85 白井利明 1989年 大学生300名 専門学校生100名 79 62 259 都筑学 1993年 大学生285名 106 123 173 グラフから換算 渡邊惠子 赤嶺淳子 1996年 大学生437名 87 91 260 %表示を人数に変換 篠原徹生 1999年 大学生207名 42 46 119 %表示を人数に変換 嶋野重行 菅原正和ら 2003年 大学生130名 専門学校生45名 44 40 88 日潟淳子 2008年 大学生155名 40 20 83 奥田雄一郎 2012年 大学生303名 108 21 147 50 79 106 87 42 44 40 108 38 62 123 91 46 40 20 21 85 259 173 260 119 88 83 147 0% 20% 40% 60% 80% 100% 1984年 1989年 1993年 1996年 1999年 2003年 2008年 2012年 Temporal Atomicity Temporal Continuity Temporal Integration
1.考察 本研究においては,時間的展望体験尺度とサークル・テストを対象に,1970 年代から 2010 年代までの大学生の時間的展望の歴史的変遷を検討した.その結果,時間的展望体験尺度, サークル・テストのいずれにおいても1980 年代,1990 年代,2000 年代,2010 年代と, それぞれの時代で,大学生たちの時間的展望の様相が異なることが明らかにされた. 時間的展望体験尺度,サークル・テストのいずれの時代的変遷においても,これまで多 くの論者が指摘しているのと同様に,現代社会における大学生らの未来の描きにくさが伺 える.従来の社会においては,高橋(2008)も指摘するように,年齢規範や性別規範など の「常識」を頼りに,就職や結婚の必然性を自明視することができ,そうした規範を頼り に自らの未来展望を描くことができた.しかしながら,現代社会においてはそうした規範 を自らの時間的展望の生成に利用することは困難である.それぞれのライフスタイルが多 様化したことによって「普通の人生」といった大きな物語に寄り添ったかたちで自らの人 生を組み立てることは困難であり,奥田(2011)でも指摘したように現代の大学生にとっては 5 年後・10 年後もこれだけは確実に存在するものを想定することは難しい.大学生らにと って過去・現在・未来という時間は連続し,一貫した単一なものではなく,多様な過去・ 現在・未来の中のいくつかの可能性として立ち現れるという多元化の様子も Temporal
Relatedness における Temporal Atomicity の割合の増加といった時代的変遷から伺える. また,本研究の結果からは,古市(2011)が指摘するような「現状にそこそこ満足して しまっている」若者たち,という若者像とも異なる現代社会の若者たちの姿が伺える.時 間的展望体験尺度の時代的変遷からは,以前の社会においては過去や現状に対して満足で きなかったとしても希望を持つことが出来たのに対して,現代の大学生たちは目標指向性 や希望までもが低くなってしまっている.以上のように 1980 年代から 1990 年代,2000 年代を経て,2010 年代に入った現在,若者たちの時間的展望はこれまでにない様相を呈し ている.しかしながら,本研究の結果を単に未来を描くことができない現代の若者たち, とするのは早計である.時間的展望研究で得られた知見を他の概念との関係から考察し、 加えてリスク社会やポストモダンと呼ばれる時代を生きる若者たちの内在的な視点から, 社会文化的な視点を踏まえた分析が必要であろう. また,本研究においては我が国における時間的展望研究の客観的な縦断データを分析す ることよって記述統計レベルや印象による分析ではなく,心理学的な視点からより具体的 に大学生たちの過去・現在・未来といった時間的展望の様相を分析することが出来たが、 こうした実証的な研究を縦断的に積み重ねることによって,歴史・社会的存在としての大 学生たちを捉えていく重要性が示唆された 引用文献 浅野智彦編 2006 検証・若者の変貌―失われた 10 年の後に,勁草書房. 赤松利恵 島井哲志 2001 女子大学生のダイエット行動の段階と時間的展望の関連性,
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