キー ワー ド モ ンゴル仏教、 無量壽佛濯頂 (Ayusi Borqan nu abhi§eka)、 瑞慮寺
嘉木揚
凱
朝
モ ン ゴル仏教にお ける無量壽佛濯頂の研究
一 八 四 本研究は、 主に中国遼寧省阜新蒙古族 自治県佛寺鎮 にある瑞慮寺 (モ ン ゴル語ガイ カ ム シガ ジ ョ キラ ゴル ッチ スメ Gaiqamsigjokiragulugci stim-e、 チ ベ ッ ト語 dGab ldan dar rgyas grub gli血、 通称 : 佛寺) の僧侶が、 実際に一般のモ ン ゴル仏教徒の 自宅へ出向いて執 り行 なっ ている無量壽佛濯頂 (Ayusi Borqan nu abhi§eka) の実例 を調査研究 し た も ので ある。 一般のモ ンゴル人は、 ど う し て こ の無量壽佛濯頂の儀式を執 り行な う のか。 何処で、 ど のよ う に執 り行な う のか。 これ らを具体的に明らかに し て行 き たい と考えて い る。 儀式を 行な う僧侶は何人な のか、 どのよ う な経典を用い てい る のか、 なぜ寺院で はな く 、 自宅で 執 り行な っ てい るのか、 また、 その動機 な どについて 明 らかに し たい と考えて い る。 まず、 瑞慮寺の歴史を簡単に紹介す る。 チベ ッ ト は中国で 「西蔵」 と呼ばれるのに対 し て、 瑞恵寺は、 「東蔵」 と呼ばれ る、 内モ ンゴル地域で最大の寺院で ある。その寺院は清朝の康煕八年(1669 年) に建立 が始 め られた。 瑞慮寺に関 して は、 昔か ら次のよ う な 口承が存在す る。 有名的喇雄三千六、 無名喇雄如牛毛。 有名な僧侶だ けで、 3,600 人がいる。 名 も知 られ ない僧侶は、 牛の毛のよ う に無数で あっ て数 え られない、 と い う ので あ る。 モ ンゴル語で記述 される寺誌 『瑞慮寺』 (1) によれば、 清朝後半期、 蒙古鎮 (現在の阜新 蒙古族 自治県) には、 国に登録 された仏教寺院 (ulus dii neretei sUm-e) と 、 県に登録 され た仏教寺院 (qosigun sam-e) と 、 村 に登録 された仏教寺院 (ai-l un siim-e) と で 、 約 300 寺 院あっ た とい う。 僧侶の数は 2 万人 にのぼ り 、 瑞慮寺だ けで僧侶の数は、 3 千人 にのぼる と記 し てい る。 康煕四十二年 ( 1703 年) 康煕皇帝は、 チベ ッ ト語 ・ モ ンゴル語 ・ 中国語 ・ 満州語で表記 し た 「瑞慮寺」 と い う 寺名 の勅額を贈っ た。は じ め に
《発願者 の無量壽佛濯頂 の申請》
瑞慮寺第一世の活仏チ ャ ガ ン デ ィ ヤ ンチ ホ ト ク ト ・サ ンダ ン サ ンボ (Cagan diyanci Qutugtu Saflda丘bza丘bo) に。 Jegiinga
jar
un monggolun EbugenBorqan。 東土 にお けるモ ン ゴルの長老仏 とい う称号を贈 っ た。 瑞恵寺は、 180 年を費 して 完成 され たモ ン ゴル の仏教大寺院で あ る。 仏像 は一万体以上 が数 え られた 。 内モ ン ゴル東部地域の宗教、 医学、 文化な どの中心地で あっ た。 し か し、 1949 年 10 月の中国解放後、 特に文化大革命 (1966 心 1976) な どの影響やそ の打撃か ら、 宗教活動はすべて禁止 され、 建物で残 っ た のは 「大雄宝殿」 だ けで あっ た。 大雄宝殿が残 る こ とがで き たのは、 食糧機関の倉庫 と して使用 されたか らで ある。 文化大革命の時、 何 千人 も の料理 を同時に調理す る こ と がで き る銅製の鍋 を鋳っ ぶ して 、 阜新市の中心地 に毛 沢東 の像 を造 っ た。 今 日も残 っ て い る。 活仏居住の寺院は佛寺鎮の役所 に転用 さ れ、 西側 の建物 は佛寺蒙古中学校 に転用 さ れ、 東側 の建物は郵便局 に転用 さ れた。 哲学修学の学問 寺は佛寺小学校に転用 さ れ、 モ ン ゴル仏教の護法神で ある 関羽廟は佛寺病院に転用 さ れ、 医学修学の寺院は電力会社に転用 された。こ のよ う に瑞恵寺は役所や他の機関に転用 された。 一 八 三 2002 年 9 月 10 日、 阜新蒙古族 自治県佛寺鎮ホイ ト ウホ ロガ村 (goitugoroga、 北河欄) の ナム レ イ 老人の 自宅で 、 無量壽佛潅頂 の儀式が執 り行 なわれた。 無量壽佛濯頂を受けたの は、 ナ ム レ イ老人、 73 歳のモ ン ゴル人で あっ た。 発願者は、 ナ ムレ イ老人の甥の呉宝龍氏 で あ っ た。 モ ン ゴルで は、 古く か ら阿弥陀仏 (無量壽仏) が信仰 されて きた。 モ ンゴル人が阿弥陀 仏 を信仰 し供養す るのは、 モ ン ゴル人 に と っ て 阿弥陀仏は、 人間の寿命 を延ばす こ と がで き る仏で ある と強 く 信 じ られて い るか らで ある。 昔か ら毎年、 僧侶 を 自宅に招き 、 父母の 延命長寿 を祈願 し て、 阿弥陀仏を讃嘆す る経典によ る法要を依頼ナ る習慣が、 今 日で も広 く 行 われ て い る ゜)。 今回は、 瑞息寺の僧侶が、 無量壽佛濯頂の儀式を執 り行な っ た。 今回の無量壽佛濯頂の 儀式 を行 な う こ と にな っ たのは、 ナム レ イ老人が、 2002 年で丁度 73歳 の 日本の干支でい う本暦の年にあた っ た た めで あっ た。 本暦の年には、 自分の父母や年上 の親戚に長 く 生き て欲 しい と願 って 、 寺院の僧侶 を 自宅 に招いて 、 無量壽佛濯頂の儀式を執 り行 う のが普通 で あ る。 ナ ム レイ老人は、 呉宝龍氏の母の兄で ある。 呉宝龍氏は、 村人 に親孝行で ある と 誉め られてい る。 呉宝龍氏は、 自分の父母だけではな く 、 日本の言葉で いえば、 積極的に
一 八 二 モ ンゴル仏教にお ける無量壽佛濯頂の研究 村の老人た ちに対す るボラ ンテ ィ ア活動 を続 けて いる。 無量壽佛濯頂 の儀式 を行な う にあた っ て、 儀式の対象 とな る老人本人の許可 を得な けれ ばな らない。 こ の無量壽佛濯頂の儀式は、 老人のために執 り行 う儀式で あ り、 若い人向け に執 り行な われ る こ と はない。 また、 寺院の住職 あるい は総務長の許可 を得な ければな ら ない。 僧侶 に布施す る経費や、 村の人々に馳走す るた めの費用 も必要 と な る。 日本 円で 5 万円程度あれば、 十分儀式 を行な う こ と がで き る。 こ のよ う な儀式は、 毎年行な っ ている わけで はな いか ら、 普通の家庭で も で き る。 発願者の呉宝龍氏が寺院の許可を得た後は、 い ろい ろな 準備 を整 えな ければな らない。 儀式は寺院で はな く 、 民間の 自宅に 4 名以上の 僧侶を招い て、 無量壽佛濯頂の儀式は執 り行 なわれる。 ナム レイ 老人の自宅は、 寺院か ら 1 キ ロ離れた村にある。 僧侶は、 呉宝龍氏が用意 した 馬車で 迎え られ た。 迎え られた僧侶 は、 80 歳 のサ ッ ゲ ラ ジ ャ ブ長老 を導師 と し 、 も う 1 人の 80 歳 の長老 と 、 3 名の若僧 と で 、 合計 5 人の僧侶で無量壽佛濯頂 の儀式が執 り行な われた。 ナ ムレ イ老人の自宅に村人がた く さ ん集 まっ て きた。 こ の儀式に参加 し 、 隨喜濯 頂を受 ける こ と がで き る人はすべて老人で あ り、 一般 的に若い人は参加 し な い。 5 人の僧 侶がナ ムレ イ老人宅に到着 し 、 簡単なお茶の招待 を受 けてか ら儀式が始 ま っ た。 導師が中 央に坐 り、 左右 に 4 人の僧侶が坐っ た。 供養 され る物 には、 灯明 ・線香 ・ ビ ラ ン (gtorma 醇油花) に加え て、 果物、 菓子な どを含 めた供物 があっ た。 用い る什器 には、 金剛杵 (rdo
lje) ・ 金剛鈴 (drilbu) ・ ダマル ・ 神鼓 (mchodrfla) ・ 法螺 (d㎡1chos) ・ 曼荼羅 ・ 宝瓶 ・ 五方
仏宝冠な どがあ っ た。ナム レ イ老人 と妻、そ の他の参加者は、5 人の僧侶の方 に向いて坐っ た 。
濯頂に用いた聖典 『潅頂文』 は tShe
mchog 恥hi med
bdodlλjo dbafl gi rgyalpogsol bdebs smoniisda的 cas pa shes bya pa bshugsso (勝壽であ り無死であ り衆生を満足 させ る濯頂の王 と敬請 と祈願 と 吉祥 と名付 ける [文D で あっ た (3)。 モ ン ゴル仏教では、 ほとん どの聖典は、 文殊菩薩に対す る 「namo
guru
ma司ughokaya」 (上師文殊菩薩に帰依 し奉 る) とい う 「偶文」 で始まる。 それか ら本文に入 る [ 1頁] 。 こ の 『濯頂文』 は、 チベ ッ ト仏教 ゲル ク 派の活仏バ ンチ ェ ン ・ ラ マ 四世で あ る ロサ ン チ ョ ジ ゲルツ ェ ン (bLo bzafl
choskyirgyalmtshan羅桑却吉堅讃 1567-1662) が、 作成 した
も の と さ れ る (4)。
無量壽佛潅頂の儀式の順序は、 以下の順序で執 り行 なわれ る。 (1) 敬請誦 (gsol bdebs)
(1)
敬請誦 (gsol
bdebs)
こ の儀式 は密教によ る も ので あ る。まず敬請す る のは、金剛持仏文殊菩薩か ら始 ま り ツ ォ ンカ パ に至 る祖師 と無量壽仏な ど九尊 を数 え る。 敬請は、 私は、 菩提を得るまで仏 ・ 法 ・僧に帰依す る。 濯頂の対象 と な るナム レイ老人 の私 と 、 一切の他の衆生 と の幸せ を成就す るた めに、 まず私が慈 ・ 悲 ・ 喜 ・ 捨の菩提心を 生 じな ければな らない。 十方清浄 の浄土にま し ます仏 ・ 菩薩よ、 聞き届 けて 下さ い。 私が 慈 ・ 悲 ・ 喜 ・ 捨の菩提心を 円満す るた めに、 いま菩提心を起 さ な ければな らない。 こ の よ う に三度敬請誦 を読誦 し て、 三帰依 と菩提心 を発 こす [7 頁] 。 (2) 我生 (bdag bskyed、 私 が仏 と な る) (3) 成就宝瓶 (bum pa grulb、 瓶 も仏 と な る) (4) 対生 (mdun bskyed、 仏が現前す る) (5) 潅頂 (dbali bskul pa = abhi§eka) (6) 吉祥誦 (bkra gis rtagscad) 以下の文章の [ ] 内の頁数は、 『濯頂文』 の頁を示す。 ( ) 内の漢訳の偶は、 筆者が チベ ッ ト語か ら翻訳 し た も ので あ る。 一 八 一(2)
我生 (bdag
bSkyed、 私が仏 と な る)
敬請 に続いて 、 次のよ う に 「我生」 が始ま る。 私 (行者) は、 こ の瞬間の刹那 (skarcig) に世尊無量壽仏 (bcom ldan bdas tShe dpagmed)となる。生き生きした「心月」 という意味をもつ胸にある赤い苓h
rib という字の光から、
そ し て極楽浄土 (bde pa can) か ら、 上師 と世尊無量壽仏 と の九尊がま し ますマ ンダ ラ (壇城)、すなわち修行道場の前の虚空に、諸仏・諸菩薩が現われた。食 hrib という字の光
が私の心底 に溶 け込み私は仏 と な る。 誰の恩に よ っ て、 大いな る楽にい る のか。 誰が刹那のこ の瞬間に現われて い るのか。 私 に と っ て上師は宝のよ う で あ り、 金剛尊の足許に頂礼 し奉 る。 bJi rten bdren pabi gtsobo dshedpag me//dus mintlchibamalusIλjomspabidpa1//
mgon
medsdug
bsflal
gyur
pa
mamskyiskyabs//
saas
rgas
tshe dpag medla phyagbdshallo [8 頁] // (世間引導無量尊。 非時死因盗消除 ; 無依苦悩之衆生、 頂破護祐無量壽。) 世間を導 く 主尊無量壽仏は。 非業の死因をすべて 消滅す る。 帰依す る よ るべがな く て 苦 しむ人々の、 依 り どこ ろ で ある無量壽仏に礼拝 し奉 る。 このよ う にネL拝 してか ら、 無量壽仏 と諸菩薩に真言で八供養 (飲料 ・沫浴水 ・花 ・薫香 ・ 灯 ・ 塗香 ・ 食物 ・ 音楽) をす る。 八供養の真言は、 梵語で唱え、 一切の如来 と無量壽仏 と
Ma
lus
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mgon
gyurc111/ybdud
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bjomsmdsadlhayydlios
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bshinmkhyengyurp吻i//bcomldanbkhorbcas
gnas
bdirがegssugsol [19 頁] // (無余有情依恬主、 無壷魔軍能擢壊 ; 一切真賞悉正知、 佛興答属乞降臨。) 全ての有情は拠るべき主を求む、 いかな る魔軍を も打ち破 る ものに して。 一切の真実を こ と ご と く 正知す る も の、 仏 とそ の答属が降臨 されんこ と を請い求む。 こ の一偶によっ て諸仏 ・ 諸菩薩 を請来 し、 供養す るので ある。 無量壽仏 と修行者 と 不二にな り、 再び心底の hrib の字か ら光を放ち 、 宝冠五仏 と容 属を迎請す る。 こ う し て一切の如来か ら濯頂を受ける こ と を願 う ので ある。 モ ン ゴル仏教における無量壽佛潅頂の研究 その答属 と に、 水な ど八供養を供養す る。 続いて 、 慈 ・ 悲 ・ 喜 ・ 捨で ある 「四無量心」 の掲文 を読誦 し 、 敬請 された諸仏 ・ 諸菩薩 は、 それぞれの浄土で ある資糧 田 ( ソ ク シ ン ・ tshogs shi丘) に送 り帰えす [8頁下] 。 続いて私は、 世尊その方の寿命 と智慧 とは無量であっ て、 九仏のマ ンダラ を一切円満す るのは、 中央に毘盧遮那無量壽仏 (rNam sn㎡l tshe dpag med)、 東 に金剛無量壽仏 (rDo励 tshe dpagmed)、 南に宝無量壽仏 (Rinchentshe
dpag
med)、 西に蓮華無量壽仏 (Padmatshe
dpag
med)、 北に業無量壽仏 (Lastshedpag
med)、 東北に遍照無量壽仏 (Kungzigs
tshe
dpag
med)、 東南に功徳無量壽仏、 (Yon
tan
tshedpagmed)、 西南に智慧無量壽仏 (Ye§estshedpag med)、 西北に不動無量壽仏 (Mi gyo tshe dpag med) がそれぞれま し ま して 、 こ れ らの諸尊 の身の色は、すべて珊瑚で で き た須賀山が千の太陽に照 ら されて い る よ う な 、赤い光を放っ てい る。 九仏は微笑の姿を示 し 、 一面二手で、 等持印に坐 し 、 そ の手の上に長壽の甘露に 満ち た宝瓶がある。 宝瓶は、 求める も のすべて を如意樹のよ う に与え る。 ( 中略) 九仏 は、 いろ いろ な荘厳で飾 られた 円満の受用身で ある。 願望を満たす力 を具 えた天衣 を羽織 り、
絹の美しい衣服をまとい、金剛珈映坐にある。 九仏すべての頭頂に白色のあ o㎡ の字、
咽喉に赤色の9 a の字、胸の月座に赤色の§
4h
rit1 の字を青色のVh
u
b㎡ 字で飾って
い る 。 om ・ a・hub㎡ の三字か ら光 を放っ て い る。 極楽世界 な どや修行者 のマ ンダ ラ な どが現われ、 現われた極楽世界 と修行者 との眼の前に、 上師 (本尊) 、 諸仏、 諸菩薩、 世尊 無量壽仏が、 oril ・ ii ・ hub㎡ の三宇か ら姿を現わす [ 13頁下] 。JiltarbltamspatsangyisnWlharnamskisnikhusgsoHtaly7
1hayichunidagpayisがdebshinbcomldanskukhrusgs01 [21 頁] が (雲何如来降誕時、 一切天衆献沫浴 ;
今以清浄妙天水、 我亦如是作濯沫。)
一
八
(3)
成就宝瓶 (bUm
pa
grUb、 瓶 も仏 と な る)
我生に続い て、 次のよ う に成就宝瓶 が始 ま る。 宝瓶 は空性 にな る。 空性 にな っ た宝瓶 か ら o㎡ の字 の大 き な 宝器 の中に、 o㎡ の字 の光に溶 けて 出る飲料 ・ 沫浴水 ・ 花 ・ 薫香 ・ 灯 ・ 塗香 ・ 食物 ・ 音楽の八供養 は、 生 き生き と し て透 明で 無碍 であ り、 虚空の よ う で あ る。 こ のよ う に、 梵語で 八供養 して加持 し 、 続いて長壽仏の真言を読誦す る。 それか ら仏の 智慧 を深 く 広 く 極 める 「深明不二 (zab gsal 蔀issu medpa)」 で あ る本尊 と不二 と な る修行 をすべ き で あ る と され る。 修行の間に罪があっ た と して も、 罪がある衆生が心底の心月に ある hrih の字の真言に集 ま っ て 、 hl・狗 の字が輝き 、 清浄で ない有情 を浄め、 衆生を 利益す る た めに、 行者 の身 ・ 語 ・ 意を加持す る。 続いて不死の真言を読誦す る [ 15頁下] 。 こ の真言 を 1万 回唱 え るか、 あ るい は 10 万回唱 える必要があ る と され る。 行者の意根 に五明無量壽仏 (Rigs lfla dshedpag med) がま し ま し 、 頭頂に智慧無量壽仏が ま し ます。 私 の心底の光か ら、 無量壽仏の春属で あ る仏、 菩薩、 空行母、 護法神や、 天 と 人 と の諸持明者の寿命 と智慧、 加持寿命の甘露光な どが現前 に現われ る。 これ らの一切が 頭頂の智慧無量壽仏に溶 け、 長壽 の甘露に溶け、 頭頂か ら意根の五明無量壽仏に溶 け、 そ の五明無量壽仏は再び不死長寿の甘露 に溶 け、 潅頂者の頭頂か ら足底 まで長壽の甘露で満 ち溢 れ る。 こ う し て 、 不死の長寿 を成就 (dflos grub) し 、 身 ・ 口 ・ 意の三門は、 無量寿仏にな る と され る [ 17 頁] 。 法要を盛大 に執 り行 う場合は、 九宝瓶 と事業宝瓶 を用いる。 小規模な場合は、 長寿宝瓶 と事業宝瓶 と を用いる。 その他、 用い る什器 と して 、 白布 ・ 法螺貝 ・ 金剛杵 (rdo lje) ・金 剛鈴 (drilbu) な どを準備 し、 銅鏡 ・琵琶 ・法螺貝の中の香水 ・果物 ・ 白綾の五妙欲 (11dod yon l仙) を も っ て加持す る。 銅鏡 ・ 琵琶 ・ 海螺 の中の香水 ・ 果物 ・ 白綾は、 色 ・ 声 ・ 香 ・ 味 ・ 触 を意味す る。 如来 が降生 さ れ し 時、 一切の天の衆生は沫浴を献ず 我 も い ま清 ら かな天 の水 を も っ て 、 如来 に沫浴 を献 じ る こ と か く のご と し こ の一価文 によ って 請来 し た諸仏 ・ 諸菩薩に沫浴 を献ず る こ と によ っ て 、 濯頂を受ける 修行者が濯頂 を受 ける こ と にな る。 全身は、 沫浴に満ち溢れ、 すべて の汚れ を浄める。 な お、 沫浴の聖な る水は、 無量光仏の姿で は宝冠の飾 りで ある と考 え られて い る [14 頁] 。(4)
対生 (md皿 bskyed、 仏が現前する)
成就宝瓶 に続いて、 次のよ う に 「対生」 が始 まる。 一 七 九モ ン ゴル仏教における無量壽佛潅頂の研究 儀式 を行な っ て い る僧侶が宝瓶 を持ち 、 Oli! na mobhagavate a pari mita… で始 ま る 阿弥 陀仏の真言で対生のマ ンダ ラ を成就す る [24 頁] 。 モ ン ゴル仏教、 特に瑞慮寺の 『濯頂文』 に記載 して い る九尊無量寿仏のそれぞれの働き は以下の通 り で あ る。 ① Chos kyi tlkhor lo
rga
chenbskor//semscansdugbs面 lmalus pa// skad cig fiid la sel
mdadpa//sall s
rgyastshedpagmedphyagbtshal [30 頁] // (韓動廣大法輪故、 有情一切之煩悩 ; 刹那之間悉消除、 頂磋世尊無量壽。) 法輪を広大に転 じ て、 有情のすべて の苦 しみを、 刹那に消滅す る こ と がで き る、 無量寿仏 に礼拝 し奉 る。 ② rDlo巾 sems dp海 1asbyuり hin//¦励s pahi dri
makulnhjomaspa//
rdo巾bi
lus
canrdo
吻 can//rdo
lje
tshedpagmedphyagbtshal//
(従金剛勇識而生、 罪汚一切能擢壊 ; 金剛身興金剛者、 頂破金剛無量壽。) 金剛勇識か ら生まれて、 罪の汚れをすべて打ち破 る。 金剛の身体で ある金剛者、 金剛無量寿仏 に礼拝 し奉 る。 ③ Sam pabi di os kunskad cig gis// rd tldodbshindu tshimmdsad dpal//mchog gis bdag po chenpo ste//
rinchentshemedphyagbtshal//
(一切須求之意楽、 各 己刹那成満足 ; 殊勝大主之面前、 頂破大宝無量壽。) 心に思 うすべて を刹那に、 その人の望み通 り に満足す る こ と がで き る。 大勝主で ある 面前の、 大宝無寿仏に礼拝 し奉 る。 ④ i
ltarfionmoflsdrimayis//kunnas
gos
parmibgyurshiが/ thugs巾schags
tshul
ston
par
mdsad// padmatshedpag
medphyagbtsha1//
(煩悩汚垢壷如何、 一切傅染豊能成 ; 講説形成之状況、 頂破蓮華無量壽。) いかな る煩悩 に汚れて いて も 、 ど こ か ら も侵入す る こ と がで き な い。 慈悲のあ り様 を講説 し てい る導師、 蓮華無量寿仏に礼拝 し奉 る。 ⑤ bs万amskunl節helbyed dplalgl
bsamshi血¦がlaslkyli
tsk dp昭 md lphyagbtshall// tlDod pabi las mamsmalus pa// skad cig fiid la rdsogs mdsaddpal// (所求事業衣無余、 刹那之間圓成尊 ; 意楽増加如意樹、 頂鐙事業無量壽。) 求めてい る事業な どすべて を、 刹那に円満で き る吉祥者、 求めてい るすべて を如意宝のよ う に増加 で き る、 事業無量寿仏に礼拝 し奉 る。 一 七 八
⑥ 良les
pa
kunlas
mamgrlalnas//snatshogsyontanmamskylisbrgyan//
bkhor pabi skyabs mdsaddpatl bo ste//
kungzigstshedpagmedphyagbtsha1//
(一切罪悪壷解脱、 各種功徳作荘銀 ; 輪廻能護之英雄、 頂趨遍観無量壽。) 一切 の罪か ら解脱 し 、 い ろい ろ な功徳が飾 る。 輪廻 し て も よ く 護 られた英雄、 遍観無量寿仏に礼拝 し奉る。 ⑦ sn )bs chen mamskyis rab brgyan te//
malusmimthunphyogsIλjomspa//
ston pa srid medbu yi stobs// yon tantshe dpag
medphyagbtshal//
(一切威力妙荘報、 所有逆縁能擢壊 ; 如同導師無子力、 頂疆功徳無量壽。) 大い な るすべて の力で よ く 飾 り、 あ らゆる逆縁 を打ち破 る こ と がで き る。 導師がいな い私 に力 と な る、 功徳無量寿仏に礼拝 し奉 る。 ⑧ M e 10111 mfilamfiid la
sogs/pl曲i//yej lesma丘lpoblimdsodbldsinpa// rtog
pa
malus
khyodkyissp訟 s//ye
ges
tshedpagmedphyagbtsha1//
(猶如鏡子平等性、 種種智慧持有者 ; 一切疑惑擢壊尊、 頂疆智慧無量壽。)
鏡のよ う な平等性な どの、 多 く の智慧ある者で ある。
すべて の迷いを打ち破 っ た尊者、 智慧無量寿仏 に礼拝 し奉 る。 ⑨ rNamrtogrl㎡llgiskhyodmigyo//mlthablbra1仙 bldsinレshipastelが
bdud
dafl
mustigs
lλjomsmdsadpa//
migyo
tshedpag
medphyagbtsha1//
(分別狂風尊不動、 離退入定寂静者 ; 魔興外道擢壊尊、 頂鐙不動無量壽。) あ らゆる迷いの風にも不動で あ り、 二辺を離れた禅定寂静にある。 魔 と外教 を打ち破 られた尊者、 不動無量寿仏に礼拝 し奉 る。 bKhor pabi semscan malus pa//
khyodkyimtshantsam tldsin
pa la// tshe dali ye
ges
sbyinmdsadpabi// tshedpagmedlaphyagbtshallo// (輪廻一切有情衆、 査聞尊者之名号 ; 賜興長壽和智慧、 無量壽前恭頂疆。) 輪廻 にあ るすべて の有情は、 尊者の名 を聞 く だ けで、 長寿 と智慧 と が与え られ る、 無寿仏に礼拝 し奉 る [32 頁下] 。 こ のよ う に、 無量寿仏の讃頌の掲文を読誦 し、 O血vajrasado samaya… で始ま る 「百字明」 の真言を読誦す る。 ダ続 いて 護法神 に食べ物 を供養す る儀式が執 り行われ [33 頁下] 、 四天王に食べ物 を供 養す る儀式が執 り行なわれ る [34 頁] 。 龍 に食べ物 を供養す る儀式は、 龍 と龍の春属 と を 一 七 七
モ ンゴル仏教 にお ける無量壽佛潅頂の研究 請来 し 、 龍 に対す る特別 な真言 を三度唱え る [35 頁] 。 行者はマ ンダ ラ を供養 し、 礼拝 し て 、 一切の有情にも ろ も ろ の成就 の恩恵 を賜 る よ う に 祈る。 大菩薩の姿で安住 して い る大いな る本尊 (無量壽仏) を礼拝 し奉 る。 誓願本性 を私 に与えて下 さい。 菩提心 も私 に与えて 下さ い。 仏 ・法・僧 で ある三宝を私 に与 えて 下さ い。 大解脱者の集ま っ て い るマ ンダ ラ に、私 を安住 させて下 さ い。 とE 度 こ の偶文 を読誦す る。 続いて前 に述べた阿弥陀仏の真言 を読誦す る [39 頁] 。 そ のあ と次の三帰依文 と発菩提 心文 を読誦す る。 dK on mchog
gsum
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bdagskyabsmchuがsdigpa
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so
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chubspyod
mchogyidboぬspyodpar
bgyi//tlgrola phanphyir s姐 srgyas bgrub par
gog
[39 頁下] // (我今帰依勝三宝、 一切罪業皆懺悔、 隨喜衆生諸善事、 至心受持佛菩提、 正覚妙法聖僧伽、 乃至菩提我帰依、 成就 白利他利故、 発起求証菩提心、 既発最勝菩提心、 接引有情如大賓。 楽行最勝菩提行、 為利衆生願成佛。) 私は今三宝 に帰依 し 、 一切の罪業 をすべて懺悔す る。 衆生の善事に隨喜 し、 仏菩提を心底か ら受持す る。 正覚の仏 と妙な る法 と聖な る僧 に、 私が菩提 を得 る まで帰依す る。 自利 と他利 を成就す るために、 悟 り を求めて菩提心を起 こ し、 最勝の菩提心を起 し て か ら、 私 はすべて の有情を親友同様に受け入れ る。 最勝の菩提行を求め行い、 衆生の利益のた めに成仏す る。 (三度を唱え る)
(5)
漕頂 (dban
bskul pa
= abhi! eka)
対生 に続いて 、 次のよ う に僧 によ っ て濯頂が始ま る。 行者 あな たは何のた めに喜ぶのか。 私は大い な る楽にい る幸運 を喜ぶ。 そ の子 (衆生) の た めに何をする のか。 仏の勝誓願に礼拝す る。 一切の有情を利益す る た めに仏 と成ろ う と い う願 いの心に こ そ世俗諦があ る。 その私の心底にある心月のマ ンダ ラ が、 円満の形にな る。 私 の心は一切法 を包摂 し無 自性 の空性にある。 菩提の心月の上に、 五角の白い金剛杵 一 七 六(rdo
rje
dkarportse hiapa) の形にな っ て い るか ら勝義諦で ある と さ れる [40 頁] 。 今、 行者 あなた は一切の如来に加持 され、 あなたは一切如来のす ぐれ た秘密のマ ンダ ラ に安住 し て い る。 マ ンダ ラ に安住 して いない人にはい う こ と がで き ない。 無信仰者 にも い う こ と がで き ない。 こ のよ う に考 えな が ら真言を唱え、 マ ンダ ラ に安住す る。 こ う し て 、 行者 は一切の如来 よ 、 私 を加持 し て 下 さ い。 不死の長寿を成就 させて 下さ い と三度繰 り返 して祈祷す る。 潅頂 を受 けた行者 は本尊の無量壽仏にな り 、 上師 と本尊は、 不二の心底 の hrib の字か ら光 を放 っ て 、 仏や菩薩や聖な る声聞弟子や独覚者や持明者だ ちか ら加持 さ れ、 世間と 出 世間のあ らゆる栄耀や威畏や功徳 を与 え られ、 本尊無量壽仏や他の仏た ちが、 虚空に充満 して現われ る。 こ う し て全身に大雨のよ う に濯頂を受 け、 不死の長壽を成就す る。 こ う し て梵語で Oril v疸aabega a a a ( とい う濯頂の真言を多 く 唱え、 楽器 を用い る必 要も あ る と さ れて い る [42 頁] 。 続いて 宝瓶 を持 ちな が ら、 以下の掲文を読誦す る。 Lus la
mamsna丘tshedb面 bskur//bu
khyodbchi bdag las grol te// bskal pa sto血du tshe bphelnas//
srog
gcod sdigpa dag gyurcig [44 頁] / (身已毘盧佛潅頂、 愛子解脱死主故 ; 壽命千劫時増加、 殺生罪悪成清浄。) 行者 よ、 あなたの身体に毘盧遮那仏が濯頂 してい る。 死王を脱 し、 千劫 にわた る寿命 を得た。 殺生の罪が清浄 と な る よ う を祈念す る。 続いて 毘盧遮那仏の真言を唱え る。 sByin pabi stobs kyis salI s rgyasyafl dag bphags//miyi se佃esbyin pabi stogs rtogs nas// sfiifl lje
cangyigroflkhyerlλjugpanaノ/sbyinpatlistobskyi
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pargyur//sbyinpamthaf phyin tsheyali bphel par goが (布施之力佛真聖、 人獅布施力通達 ; 趣入慈悲之都城、 布施之力名称揚 ; 布施彼岸増長壽。) 布施 の力 を も つ仏は真実聖で あ り、 人獅子は布施 の力 に通達 し てい る。 慈悲のマ ンダ ラ に入 っ て 、 布施の力の名声で知 られて い る。 布施 の彼岸の長壽 も増え る こ と を祈念す る。 こ のよ う に六波羅蜜で ある戒律 (tshulkhnms) ・ 忍耐 (bzod pa) ・ 精進 (brtson bgrus) ・ 禅 定 (bsamgtan) ・智慧 (iesrab) も 同 じ く 唱え、 続いて三呪 (s面gsgsum丿 をそれぞれ唱え る。 ①
Lus
la
mamsnalitshe
dbafl bskur//bu khyodbchi bdag las gr01 te// bskal pa st011 du
tshebphelnas//
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gcod sdigpa dag gyurcig/ (身已毘盧佛濯頂、 愛子解脱死主故 ; 一 七 五
モ ンゴル仏教における無量壽佛潅頂の研究 壽命千劫時増加、 殺生罪悪成清浄。) 行者よ、 あなたの身体に毘盧遮那仏は濯頂 し てい る。 死王か ら脱 し、 千劫にわた る寿命 を得た。 殺生の罪が清浄 と な る よ う を祈念す る。 続いて、 毘盧遮那仏の真言 を唱え る。 以上のよ う に濯頂 されたので、行者の全身は不死の甘露で満ち溢れ る。壽命は無碍にな っ たか ら、 こ れまで に積み重ねて き た悪障 と、 無明から生起す る煩悩、 故に殺生を犯 し、 故 に殺生の無碍にな っ た寿命が短 く な る悪障が浄め られ、 毘盧遮那仏の慈悲 よ り加持 し て下 さい と祈念ナ る [45 頁] 。 ② Lus la rdo
rje
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bskur//bukhyodbchi
bdag las grolte// bskal pa stoli
dutshebphelnas//
srog
geod sdig pa dag gyurcig [46 頁] / (身已金剛壽濯頂、 愛子解脱死主故 ; 壽命千劫時増加、 殺生罪悪成清浄。) 行者 よ、 あなたの身体に金剛壽仏が濯頂 し て いる 。 あなた は死王を脱 し 、 千劫にわた る寿命を得た。 殺生の罪が清浄 と な る よ う を祈念す る。 以上にな らっ て、 煩悩暇 ・ 煩悩高慢 ・ 煩悩吝嗇 ・ 煩悩貪 ・ 煩悩嫉妬 を唱え る。 ③ Lus la rin chentshe dbafl bskur//bu
khyodbchibdaglas
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srog
gcod sdig padag gyurcig/ (身已大宝壽濯頂、 愛子解脱死主故 ; 壽命千劫時増加、 殺生罪悪成清浄。) 行者 よ、 あなたの身体に大宝無量壽仏が濯頂 して い る。 死主を脱 し、 千劫にわた る寿命 を得た。 殺生の罪が清浄 と な る よ う を祈念す る。 ④ L us la
padmatshedban
bskur//bukhyodllchi
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gcod sdig padag gyurcig/ (身已蓮華壽濯頂、 愛子解脱死主故 ; 壽命千劫時増加、 殺生罪悪成清浄。) 行者 よ、 あなたの身体に蓮華無量壽仏が濯頂 して い る。 死王を脱 し、 千劫にわた る寿命を得た。 殺生の罪は清浄 と な る よ う を祈念す る。 ⑤ L us la las
kyitshedbalibskur//bukhyodbchibdaglasgrolte// bskal pa stofl dutshe bphel nas//
srog
gcod sdig pa dag gyurcig/ (身已事業壽濯頂、 愛子解脱死主故 ; 壽命千劫時増加、 殺生罪悪成清浄。) 行者 よ、 あなたの身体に事業無量壽仏が濯頂 して い る。 死王 を脱 し、 千劫にわた る寿命 を得た。 殺生の罪は清浄 と な る よ う を祈念す る。 続いて行者 と宝冠の五仏 と を不二にす るた めの儀式が以下のよ う に執 り行われ る。 一 七 四
真言 を唱え。 続いて潅頂を受ける行者が宝冠 を持 ち 、 僧侶が以下の掲文を読誦す る。 雲何如来降生時、 一切天衆献沫浴、 今以清浄妙天水、 我亦如是作潅沫。 如来が降誕 された時、 一切の天の衆生は沫浴を献ず ; 我 も今清 らかな天の水を も っ て、 如来に沫浴を献 じ る こ とか く のご と し。 このよ う に潅頂 され る と、 潅頂を受ける行者の全身は甘露で満 ち溢れ、 大いな る喜びを 味わ う 。 すべて の汚れ を浄めた残 りの甘露は、 潅頂を受ける行者の頭頂に注がれ るか ら。 無量光仏を 中心 とする五仏の宝冠が潅頂を受ける行者の頭頂に飾 られる。 こ う し て あ らゆる罪悪や障碍 を消滅す る こ と がで き 、 従 っ て 408 種の病気、 1,080 種の 魔鬼、160種の損害 と。一切の不吉祥で ある障碍を消除す る よ う に祈祷す る こ と にな る [48 頁] 。 rGyal pa sras bcas
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mabyed cig [48頁] / 佛菩薩真賞加持、 本尊長壽佛慈悲 ; 由我護佑衆生故、 誰能侵害彼衆生。 仏 ・ 菩薩た ち が真の加持 を し た こ と と。 本尊無量壽仏の慈悲によ り ; 一切衆生 を行者私が守 っ て いる か ら、 一切衆生を害 う こ と がな い。 こ う して 、 行者 は、 自分が潅頂 を受けた こ と によ っ て 、 一切の衆生 と と も に成仏 し よ う とす る 考 え が生まれ る も の と 思われ る。 行者 はす で に潅頂を受 けた こ と によ っ て 、 九尊の無量壽仏が、 九方か ら現われ来て、 長 壽の甘露を行者の頭頂か ら入れる と、 心底の無量壽仏が宝冠の五仏に溶 け込み、 行者 も不 死長壽の甘露に満ち溢れ る。 百劫 にわた っ て も得 られない不死長壽の成就 を得た人は、 ま さ に幸運者で ある と思わなければな らない [49頁] 。
(6)
吉祥誦 (bkra
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そ こ で続いて、 次のよ う に吉祥誦が始 ま る。 七宝 (rin chen sna bdun) で ある金輪 ・ 神珠 ・ 玉女 ・ 主蔵臣 ・ 白象 ・ 紺馬 ・ 将軍 と、 八吉 祥物 (bkra gis rtagsbrgyad) で ある吉祥結 ・ 妙蓮 ・ 宝傘 ・ 右旋の法螺貝 ・ 金輪 ・勝利瞳 ・ 宝 瓶 ・ 金魚で供養す る。 こ の七宝 と 八吉祥物 を供養 し た こ と によ っ て、 母な る一切の有情の 寿命や福徳や善業が増長する力が具わる よ うに祈祷す る [50 頁] 。 昔、 密呪 と 明呪の主妙吉祥金剛手が、 世尊釈尊か ら聖な る 「草J yuflsdkarを手ずか ら授 かっ た よ う に、 今は、 私 たち僧 も行者 も 、 吉祥物で ある 草 y㎡ls dkar に よ っ て 吉祥 と な る よ う を祈念す る [50頁下] 。 本尊無量壽仏 と九尊中の智慧長壽仏 と は優れた許可を贈 っ た。マ ンダ ラ を供養 し称讃 し。 一 七 三おわ り に
モ ン ゴル仏教にお ける無量壽佛濯頂の研究 修行 し 、 読誦 し た こ と によ っ て成就 された善業に よっ て、 行者 と一切 の衆生は、 極楽浄土 に往生す る こ と を願い奉る [54 頁下] 。 dGe mtshanji
s-edmchisp油ibkraiisdes//khyed
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pader//miiis mtshan ma bg油 yaflmi bbyu血sh治//shiflgi bbyorpa phuldu byulipa yis//bde legsrgyun mi chad p油ibkra iis §og [57 頁] / (所有善事尽吉祥、 無論恕椚住何處 ; 不吉之兆豊出現、 大地豊富殊勝故、 善楽不断願吉祥。) すべて の善 き こ と は吉祥で ある。 あなた方行者ぱ何処にいて も、 吉祥で ない こ と が生 じ る こ と はあ り得ない。 すべて の大地は豊かで素晴 ら し いか ら、 善で あ り楽で あっ て、 永遠 に吉祥で ある こ と を願い奉る。 十 こ う して 、 ナ ムレ イ老人を 中心 とす る無量壽佛潅頂 の儀式が終 り、 五人の僧侶 に布施を 差 し上 げ、 参加者た ち を も含む食事 に招待す る。 食事 は肉と野菜な どを一緒 に煮込んだ も のと、 ご飯や饅頭な どで ある。 一 七 二 以上は、 阜新蒙古族 自治県佛寺鎮ホイ ト ウホ ロ村のナム レイ老人の 自宅で執 り行なわれ た、 無量壽佛濯頂の儀式を事例調査 して論述 した ものである。 こ のよ う な無量壽佛濯頂の 儀式は。 ほ とん どのモ ンゴル地域で執 り行なわれてい る。 しか し 、何処で 、何時、 誰によっ て こ の無量壽佛濯頂の儀式が始まっ たかについて は明ち かではない。 推定で き るのが、 こ の無量壽佛濯頂の聖典の末尾に、 チベ ッ ト仏教ゲル ク派の活仏バン チ ェ ン ・ ラ マ四世 ロサ ン チ ョ ジ ゲルツ ェ ンが作成 し た と記載 さ れて い る こ と で ある。 本 論の 57 頁 に述べた よ う に、 1645 年の時点で 、 モ ンゴルのグシ ・バー ン と活仏バ ンチ ェ ン ・ ラ マ 四世 ロサン チ ョ ジ ゲル ツ ェ ン が特別 な 関係 を も っ て いた。 従 っ て 、 1645 年以後、 す でにこ の無量壽佛濯頂の儀式がモ ン ゴルの地に伝 え られた と推測で き る。 またモ ン ゴル人の意識には、 自分が無量壽佛濯頂の儀式を受 け、 自分だ けが幸せな生活 や 「長生不老」 を送 る こ と がで きて も、 満足す る こ と はで き ない と い う信仰意識がある。 こ の無量壽佛濯頂の儀式を受ける民衆に と っ て、 最も大切な こ と は、 すべて の人々と と も に幸せで 「長生不老」 の生活 を送 り たい とい う、 仏教の 「慈 ・ 悲 ・ 喜 ・ 捨」 の菩提心の観 念が見 られ る と こ ろ で ある。 一般の民衆は、 折角得た人身を活か して永遠に家族や親類 と 一緒に生活 を送 りた い とい う 民衆仏教 (Popular Buddhism、 庶民仏教) (6) の思想 が、 モ ン ゴル仏教徒の 日常生活に生 きて い る。 一般の民衆に と っ て は、 教義仏教 (Doctrinal Buddhism) よ り民衆仏教の方が馴染み易い も ので ある。 言い換えれば、 民衆仏教は、 つ ま り信仰仏教 とい う こ と で あるか らで ある。 一般 の民衆に と っ て仏教の教義がどのよ う で あっ て も、 そ の教義 し関心を も ってい る と は限 らない。 民衆が、 関心を も っ てい るのは、 信仰の面で あ る。 民衆は、 仏教の教義 な どを深 く 理解 し よ う と は考 えて いない。 民衆 は、 仏教を信 じ る だ けで満足 している人が多い。 こ の よ う な人間の寿命 を延ばすた めの儀式は、 モ ン ゴル地域だ けで はな く 、 中国仏教で も 、 仏教寺院や仏教居士林な どで 「延生普仏」 と い う 法会 を執 り行 な っ て い る。 こ の 「延 生普仏」 に よ づて父母の延命長壽がで き る と い う 信仰 が残 っ てい る (7)。 モ ン ゴル仏教 も 中 国仏教 も いずれ も 阿弥陀仏信仰 と 関連 し てい る。 北京雍和宮 (モ ン ゴル語 Nairaltu nairamdaku siim-e. モ ン ゴル仏教寺院、 日本仏教 の本 山 に相 当) で も 、 2000年か ら毎月 8 日に、 無量壽佛濯頂 の法会を再開 し、 厳修 し てい る (8)。 詳細 の研究 は後 日に譲 り たい。 《注》 (1) 陶克通嘔等編 「瑞恵寺」 「lbgtonga, a 匈回7」破力9面7即/昭c心加-e) 中国内蒙古文化出版社、 1984 年 10 ~ 13 頁。 また項福生主編 『阜新蒙古族 自治県民族志』 ( 中国遼寧民族出版社、 1991年) 94 頁に よれば、 清朝の道光四年 (1824 年) 清朝の理藩院か ら満州語 ・ モ ンゴル語 ・ チベ ッ ト語で 彫っ た 「ttimedun」asagdalhamaCagandiyanciQutugtuintamaqu東土黙特札薩克達喇碓察第顔斉 呼図克図之印」 を贈っ た と記載 され てい る。 (2) モ ン ゴル仏教は、 無量壽仏 (時には長壽仏) と無量光仏 と大 日如来 と に分ける。 拙論 「モ ン ゴ ルにお け る阿弥陀仏の信仰」 (『印度学仏教学研究』 日本印度学仏教学会、 第 51巻第 1 号、 2002 年) 279 ~ 282 頁参照 (3) 瑞息寺の僧侶個人の所蔵で あっ たが、 筆者が贈与 された聖典に依る。 (4) 詳細 は、 拙論 「チベ ッ ト と モ ン ゴル仏教にお ける活仏の由来」 ( 『同朋大学佛教文化研究所紀要』 第 21号、 2001年) 19 ~ 49 頁参照、 また丹剋再納班雑 李徳成 『名刹双黄寺 清代達頼和班禅在 京駐錫地』 ( 中国宗教文化出版社、 1997 年) 42 ~ 43 頁参照 因みに 1645 年、 モ ン ゴル のグシ ・ バー ン (Gu si Han固始汗 1582-1654、 本名は Thor01 pavi hu 図魯邦琥) が、 チベ ッ ト全土を征服 した。 グシ ・ バー ンは、 当時のチベ ッ ト仏教のゲルク派 の代表者で あ り、 グシ ・ バー ンに協力を惜 し ま なかっ た ロサ ン チ ョ ジ ゲル ツ ェ ン ・ ラ マ (bLo bzafl chos kyi rgyal mtshan羅桑却吉堅讃 1567-1662) に、 「班禅博克多」 (Rlnchen bogda) の聖号 を贈 っ た。 「班禅」 は、 サン ス ク リ ッ ト語パ ンデ ィ タ (pa卵ita) に由来 し、 大学者 を意味す る。 「博克多」 は、 モ ンゴル語で、 勇気 と智慧がある英雄 を尊称す る言葉で ある。 だか ら、 サ ンス ク リ ッ ト語 と モ ンゴル語 と を合わせ る と、 中国語で 「智勇双全的大学者」 を意味す る。 これが、 パ ンチ ェ ン ・ ラ マの活仏制度の 「名称」 の発端で ある。 チベ ッ ト仏教のゲル ク派の教団か ら、 口 サ ン チ ョ ジ ゲル ツ ェ ン はバ ンチ ェ ン ・ ラ マ 四世 に認定 さ れた 。 そ し て ケ ド ゥ プ ・ ケ レ ク ・ パル サ ン (mKhas grub dge legs dpal bzafi 克主格雷貝桑 1385-1438) はバ ンチ ェ ン ・ ラ マ一世に追認 さ れ、 エ ン サ ・ ソナ ムチ ョ ク ラ ン (dBen sa
bsodnamsphyogsgla食恩薩索朗却朗 1439-1504) がパ ン チ ェ ン ・ ラ マ ニ世に追認 され、 エ ンサ ・ ロサン ド ン ド ウブ (dBen
sa
blobza血dongrub恩薩羅桑
頓珠 1505-1566) がバ ンチ ェ ン ・ ラ マ 三世に追認 された。 北チベ ッ トす なわち後蔵のタ シル ンポ 寺 (bkra§is lhun bo
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pa 札什倫布寺) は、 歴代のバンチ ェ ン ・ ラ マ が居住す る寺院で ある。 康煕五十二年 (1713 年) 康煕皇帝は、 バ ンチ ェ ン・ラ マ五世 (1663-1737) に 「班禅額爾徳尼」 の 聖号 と 「敢封班禅額爾徳尼之印」 の金冊、 金印を贈 っ た。 「額爾徳尼」 は満洲語で あ り、 「宝貝」 -七-平成 15 年度、 文部省科学研究助成費に よ る研究成果の一部で ある。 所属 ・ 職 : 中国社会科学院世界宗教研究所、 日本学術振興会外国人特別研究員 (同朋大学仏教文化研究所) モ ンゴル仏教にお ける無量壽佛潅頂の研究 (erdeni) を意味す る。 これ が、 清朝政府か ら正式にバ ンチ ェ ン ・ ラ マ を冊封 し た始 ま りで あっ た。 モ ン ゴル 人 は、 バ ンチ ェ ン ・ ラ マ をバ ンチ ェ ン ・ ボ ク ダ (Rln chen Bogda班禅博克多) と呼 んで い る 。 チ ベ ッ ト人 は、 バ ンチ ェ ン ・ リ ン ポ チ (Rln chen rin po che 班禅仁布切) と 呼び、 中 国人は、 バ ンチ ェ ン ・ ダー シ (Ban chan da shi 班禅大師) と 呼んで い る。 (5) 行者の心を守 っ て く れ る働 きがある 明呪 ・ 総持呪 ・ 密呪をい う。 (6) 前 田恵學編著 「現代ス リ ラ ンカ の上座仏教」 ( 山喜房仏書林刊、 1986 年) 1 ~ 9 頁参照 (7) 死後の問題については、 中国で は人が亡 く な っ た後、 い ろ い ろ な形で 葬式 を行な っ てい る。 中 国人の宗教意識によっ て、 死者を憶念す るために、 法会な どを行な っ てい る。 北京仏教居士林 で も 、 死者の位牌を置く 位牌堂がある。 居士林で 「往生普仏」 とい う法会を死者のために行なっ てい る。 生 き て い る人のた めに 「延生普仏」 の法会 を行な う場合 も あ る。 これは、 自分の祖父 母や父母の長命 を祈念す る法会で で あ る。 寺院では 49 日の間に 「打普仏」 とい う法会を行な う のが普通で ある。 居士林は、 寺院 と違 っ て個人的に葬式を行な わない。 毎月 1 日と 15 日の 「蓮 池念仏会」 で 隨堂普仏 と い う 法会 を共同で行な う 。 詳細は、 本紀要記載の夏法聖 r現代中国の 居士仏教」 を参考 して下 さ い。 (8) 雍和宮で用い て いる 『濯頂文』 の作成者は、 バンチ ェ ン ・ ラ マ四世 ロサ ン チ ョ ジ ゲルツ ェ ン である。 雍和宮の 『濯頂文』 は木版で あ り、 瑞息寺の 「潅頂文」 は写本で あるから、 恐 ら く 同 じ も の と 考え られ る。 なお 、 北京雍和宮の詳細は、 拙論 「文化大革命後のモ ン ゴル仏教の様態 ‐ 北京市雍和宮 と承徳市普寧寺を 中心 と してー」 (パー リ学仏教文化学) 第 16 号、 平成 14 年、 82 ~ 95 頁 を参 照 されたい。 文化大革命以前の北京には、 モ ンゴル仏教寺院は、 38 カ 寺あっ た。 文化大革命の最中に、 38 カ寺の中の 37 カ 寺が破壊 され、 唯一残っ たのは、北京雍和宮だ けで あ る。 文化大革命の最中に、 中学生や高校生を 中心 と し た紅衛兵が、 雍和宮を壊 し に入 っ て き た。 こ の情報 を、 当時の住持 で あ る高全寿師が、 直接周恩来総理に電話で報告 し た。 周恩来総理は、 速やかに部下の韓念龍 秘書 を雍和宮 に派遣 し 、 紅衛兵 を説得 し た。 周恩来総理のお蔭で雍和宮は幸存す る こ と がで き た。 雍和宮だ けが残っ たのは、 こ う い う理 由からで ある。 雍和宮は、 北京市最大のモ ン ゴル仏 教寺院で ある 。 いわば、 モ ン ゴル仏教の総本 山と も い う べ き大寺院で ある。 清朝の乾隆皇帝の 勅願寺で あ り、 乾隆九年 (1744 年) に亡父 ・ 雍正帝の追善のために、 宮殿 を改修 し てで き た寺 院で あ る。 地上 18 メ ー トル ・ 地下 8 メ ー トルの弥勒仏は、 ダ ラ イ ・ ラ マ七世カ ルザンギ ャ ム ツォ (bsKalbzaargyabtsho格桑嘉措 1708-1757) の命によ り、 イ ン ドから運ばれた、 1本の白檀 の巨木 を彫 り上げた仏像で ある。 文化大革命の間は、 雍和宮で は、 法会 と修行生活の一切が禁 止 さ れた。 勿論、 中国全土で、 一切の宗教信仰が禁止 された。 文化大革命が終わっ て 、 1978 年 12 月の第 11 期第 3 回中央委員会全体会議で 、 新 しい 中国の宗教政策が発表 さ れた。 3 年後の 1981 年には、 雍和宮で法要を始 めと して仏教活動が再開された。 一 七 〇
九 同朋大学併教文化研究所紀要第二十三号 写真l 写真2 写真3 写真4 写真5 写真6 写真l 瑞層、寺の建立に際して康照皇帝が贈ったチベット語・ モンゴノレ語・中国語・満州諸で書いた「瑞 勝寺Jという寺名の勅額 写真2 文化大革命(1966~1976)で食糧機関の倉庫として残された瑞謄寺の大雄宝殿 写真3 無量長霧悌瀧頂の儀式を行なう導師 写真4 無量長欝偽濯頂の儀式で用いる什器 写真5 無量長寿悌濯頂の儀式を依頼する信者ナムレィ老人 写真6 写真7 7ンダラ供養の儀式
モンゴ、 /レ仏教における無量蕎悌滋頂の研究 写真7 写真8 写真9 写真10 写真11 写真8 僧侶から漉頂を受けるナムレィ老人 写真9 ・10 僧侶から滋頂を受けるナムレィ老人夫婦 写真11・12 法輪殿で法会を厳修している北京苑和宮の僧侶 写真12 六八