小学校算数のコンピュータ使用型調査におけるモー
ドエフェクトに関する研究
著者
銀島 文
学位授与機関
Tohoku University
学位授与番号
11301甲第19388号
URL
http://hdl.handle.net/10097/00128196
博⼠学位論⽂ 要約
⼩学校算数のコンピュータ使⽤型調査における
モードエフェクトに関する研究
東北⼤学⼤学院
教育情報学教育部
銀島 ⽂
1 【研究の⽬的】 本研究の⽬的は,⼩学校算数のコンピュータ使⽤型調査におけるモードエフェクトについ て検討することである。ここでの「モードエフェクト」とは,調査の実施⽅式による解答へ の影響を意味する。分析及び考察の観点として,調査で使⽤するデバイスの種類とキーボー ドのキー配列,コンピュータを使⽤した児童の⽂字⼊⼒スキルを設定し,国際学⼒調査の算 数の問題を使⽤して実施された調査のデータを⽤いて考察を⾏った。 国内外で実施される学習評価において,従来の紙筆型調査(Paper-based Assessment, 以 下 PBA と略記)から,PC 端末やタブレット端末を使⽤するコンピュータ使⽤型調査 (Computer-based Assessment, 以下 CBA と略記)に,調査モードが移⾏しつつある。この ような状況において,学習評価で本来測定されるべき,かつ,PBA で測定されていたもの が,果たして,評価ツールの変化に阻害されること無く,これまで同様,妥当性を保って, CBA でも測定できるのか,注意深く検討していくことが求められる。なお,先⾏研究では, PBT(Paper-based Testing)や CBT(Computer-based Testing)という⽤語が⽤いられる こともあるが,本研究では,分析対象とするデータが収集された国際学⼒調査の⽂脈で⽤い られている⽤語 Assessment を⽤いることとし,したがって,PBA と CBA の⽤語を⽤いる。 【研究課題】 本研究で取り組む研究課題について,次のように整理する。 研究課題1:⼩学4年⽣のコンピュータを⽤いた⽂字⼊⼒スキルを明らかにする。 研究課題2:⼩学4年⽣の PBA と CBA における算数の得点の差を明らかにする。 研究課題3:⼩学4年⽣の CBA の算数得点と⽂字⼊⼒スキルとの関係について考察する。 【本論⽂の構成】 第1章では,本論⽂の⽬的,問題の所在および関連する内容について述べた。国内外の教 育評価の新しい潮流と先⾏研究を概観するとともに,本研究で取り組む研究課題を整理し, 本研究の構成を⽰した。
2 第2章では,本研究で扱うデータの構成について述べた。調査プロジェクト全体のうち, 分析対象とする部分について説明するとともに,要因について述べた。さらに,調査対象校 と倫理的配慮についても触れた。 第3章では,研究課題1に関連して,タブレット端末を⽤いた⼩学4年⽣の⽇本語⽂字⼊ ⼒スキルの分析を⾏った。 第4章では,研究課題1に関連して,タブレット端末と PC 端末を⽤いた⼩学⽣と中学⽣ の⽂字⼊⼒スキルの⽐較分析を⾏った。 第5章では,研究課題2に関連して,⼩学校段階の CBA と PBA における算数の得点に 関して分析した。 第6章では,研究課題3に関連して,第4章で⽤いたデータと第5章で⽤いたデータを関 連させて,⼩学校段階のCBA における算数の得点と⽂字⼊⼒スキルの関係について分析し, 考察した。 第7章では,本研究の限界や残された課題について触れるとともに,本研究の成果と得ら れた⽰唆を整理した。 各章の関係は,図1の通りである。
3 第1章 序論 第2章 研究の⽅法 第3章 タブレット端末を⽤いた ⼩学⽣の⽇本語⽂字⼊⼒ スキルの分析 第4章 タブレット端末と PC 端末 を⽤いた⼩学⽣と中学⽣の ⽂字⼊⼒スキルに関する⽐較 第5章 ⼩学校段階の CBA と PBA における算数の得点に関する 分析 第7章 結論 第6章 ⼩学校段階の CBA における算数の得点と ⽂字⼊⼒スキルの関係に関する考察 図 1 本研究の構成
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以下は,各章の概要についてまとめたものである。 【第 1 章】
第 1 章では,まず,教育評価における国内外の動向を概観し,調査モードの変更が進みつ つあること,すなわち,従来の PBA に代わって,CBA が導⼊されつつある現状について説 明した。国際⽐較調査においては PISA が 2015 年調査から全⾯的に CBA に移⾏し,TIMSS も 2019 年調査から CBA に移⾏中であり,モードエフェクト調査や予備調査が実施されて いる。我が国の国内調査においても,2019(令和元)年に中学3年⽣を対象として実施され た全国学⼒・学習状況調査の英語「話すこと」において,PC 端末等を使⽤した⾳声録⾳⽅ 式が採⽤された。CBA の活⽤が加速化しており,CBA に対する期待も増⼤傾向と⾔わざる を得ない。 社会における情報化の急速な進展に伴い,教育の分野においても情報化社会にどのように 対応するのか議論が重ねられて今⽇に⾄っている。また,⾼等教育においても,コンピュー タを学習や研究のツールとして使いこなすことが必須となっている。しかしながら,⼤学教 育の現状からは,⼤学⽣のコンピュータリテラシーの不⼗分さが露⾒している。また,⼤学 ⽣のパソコンの所有率の減少や,タッチタイピングの苦⼿な⼤学⽣の増加という現象も報告 されている。 そして,⼩学校段階や中学校段階においても,コンピュータを⽤いた⽂字⼊⼒の課題の存 在が報告されている。近年の学習指導要領の改訂の動きと対応させて検討した結果,今後, より意識的に,コンピュータを⽤いた⽂字⼊⼒についての学習活動が計画される⾒通しも⽰ された。⼀⽅で,課題の克服に時間を要する可能性も指摘された。 近年,情報機器の発達と普及が⽬覚ましく,様々な機能を搭載した機器が安価になり,機 器使⽤者の若年齢化が進んでいる。スマートフォンの普及・浸透も⼤変な勢いであり,パソ コン離れという現象にもつながっている可能性がある。ノートパソコンやデスクトップパソ コンのハードウェアキーボードのキー配列は,QWERTY 配列が事実上の標準・デファクト スタンダードとなっており,QWERTY 配列を⽤いたローマ字⼊⼒の場合は,⽇本語のロー マ字表記に関する知識が必要である。⼀⽅,スマートフォンでは画⾯サイズが⼩さいことか
5 ら,ソフトウェアキーボードのキー配列のデフォルトがケータイ配列になっていることが多 く,フリック⼊⼒が多⽤されている。ケータイ配列を⽤いる場合は,⽇本語のローマ字表記 に関する知識が不要であるが,⽇本語特有の平仮名表記に特化した配列であるため⾔語やデ バイスを超えた汎⽤性がない。このような現状から,⽇本語の特性に関連した独⾃の事情が 存在していると⾔える。そうした背景のもとで,児童⽣徒のコンピュータを⽤いた⽂字⼊⼒ の課題が,調査における解答に影響を及ぼすのであろうか。本研究は定量的にその影響の有 無を明らかにすることを⽬的とする。 【第 2 章】 第 2 章では,本研究で分析対象としたデータに関連して,調査の位置づけや調査設計につ いて述べた。本研究で分析対象としたデータは,国⽴教育政策研究所 TIMSS プロジェクト として位置づけられて実施された 2 つの調査から得られたものの⼀部である。第3章以降 で扱ったデータと調査との対応について説明した。 本研究の以降の章で分析対象とした重要な従属変数は⼊⼒⽂字数と算数の得点である。本 研究で利⽤した算数の問題は 11 問。ほとんどが選択式ないしは数値を⼊⼒するなどの短答 式の問題であり,そのうち,記述を要する設問は 1 問のみである。説明変数はデバイス,キ ーボードのキー配列,⼊⼒ツール,学年である。 【第 3 章】 第3章では,タブレット端末を⽤いた⼩学4年⽣の⽇本語⽂字⼊⼒スキルについて分析を ⾏った。 タブレット端末のソフトウェアキーボードのキー配列と⼊⼒ツールによる2要因分散分 析を⾏って,⼊⼒⽂字数への影響を検討した。タブレット端末のソフトウェアキーボードの キー配列は,QWERTY 配列とケータイ配列の 2 ⽔準,⼊⼒ツールは,タッチペンと指の 2 ⽔準であった。 分析結果からは,タブレット端末のソフトウェアキーボードのキー配列の主効果が有意で あった。⼊⼒ツールの主効果,キー配列と⼊⼒ツールの交互作⽤効果は,いずれも有意でな
6 かった。つまり,⼊⼒ツールがタッチペンか指かによらず,タブレット端末のソフトウェア キーボードのキー配列が QWERTY 配列に設定されている場合よりも,ケータイ配列に設 定されている場合の⽅が,児童の⼊⼒⽂字数が有意に多かった。 第 1 章で述べたとおり,過去に児童⽣徒を対象として実施された調査から,コンピュータ を⽤いたローマ字⼊⼒に関する課題が明らかになっている。本章の分析においても,タブレ ット端末を⽤いた場合も同様に⽂字⼊⼒の課題が認められた。さらに,タブレット端末のソ フトウェアキーボードのキー配列の種類によって,⽂字⼊⼒に与える影響が異なる可能性が ⽰された。その原因として,⽂字配列に関する馴染みと⼊⼒時の⽇本語表記要因が考えられ る。さらに,情報機器の操作スキルの未熟さが,学習成果の評価の解釈に悪影響を与えてい ることが懸念される。 【第 4 章】 第4章では,タブレット端末と PC 端末を⽤いた⼩学⽣と中学⽣の⽂字⼊⼒スキルの⽐較 分析を⾏った。 ⽂字⼊⼒⽅式と学年による2要因分散分析を⾏って,⼊⼒⽂字数への影響を検討した。こ こで,⽂字⼊⼒⽅式は,デバイスの種類とキーボードのキー配列の組合せによる3⽔準であ り,PC−QWERTY 配列,タブレット−QWERTY 配列,タブレット−ケータイ配列であ る。 分析結果からは,⼩学4年⽣と中学2年⽣の両⽅で,⼀定時間内の⼊⼒⽂字数の多い順に, タブレット−ケータイ配列,PC−QWERTY 配列,タブレット−QWERTY 配列となって おり,いずれも有意差が認められた。また,⽂字⼊⼒⽅式の3種類すべてにおいて,⼀定時 間内の⼊⼒⽂字数は,中学2年⽣の⽅が⼩学4年⽣よりも有意に多い結果であった。 ⼩学校段階よりも中学校段階のほうが⼊⼒⽂字数が多い傾向は,他の調査結果とも⼀致し ている。さらには,⼊⼒に⽤いるデバイスがハードウェアキーボードかソフトウェアキーボ ードかということではなく,キーボードのキー配列の種類によって⽂字⼊⼒に与える影響が 異なっていることが明らかになった。 ローマ字⼊⼒に対する困難さは,中学校段階においても依然として解消されておらず,こ
7 のことは,学校教育に対して⼤きな課題を提起するものである。さらには,⽂字⼊⼒スキル が不⼗分であるという実態は,情報機器を⽤いて思い通りに⽂字を⼊⼒できず,⾃らの思考 を表現することに不⾃由さを有する児童⽣徒の存在をうかがわせる。学習評価においては, 被評価者には⾃⾝の知識や思考過程を他者に分かる形で表出させることが求められる。⽂字 ⼊⼒スキルが不⼗分な児童⽣徒にとって,調査モードが CBA の場合に,コンピュータを⽤ いた⽂字⼊⼒が⼤きな障壁として作⽤する可能性が⽰された。 【第 5 章】 第5章で独⽴変数とした要因は「調査モード」と「⽂字⼊⼒⽅式」の組合せである。解答 者は,PBA 群,CBA/PC−QWERTY 配列群,CBA/タブレット−QWERTY 配列群, CBA/タブレット−ケータイ配列群の 4 群に分類された。 まず,算数得点に関連して,問題 11 問を対象とした信頼性の検討の項⽬分析を⾏った。 CBA 群では,いずれの⽂字⼊⼒⽅式の場合も,PBA 群よりもα係数が低い値であり,その 中でも特に,PC−QWERTY 配列群のα係数が低い値であった。このことから,調査アプ リケーションの操作性に由来する影響に加えて,PC の QWERTY 配列ハードウェアキーボ ードを⽤いて⼊⼒する⾏為が児童の解答に影響した可能性が⽰唆された。 次に,調査モード及び⽂字⼊⼒⽅式の組合せを要因として,得点の分散分析を⾏った。 PBA 群の平均得点は,CBA/PC−QWERTY 配列群の平均得点より有意に⾼く,また, CBA/タブレット−QWERTY 配列群の平均得点より有意に⾼かった。PBA 群と CBA/タ ブレット−ケータイ配列群との平均得点の差は有意でなかった。これにより,我が国では CBA のモードエフェクトが⼀様でなく,CBA で使⽤するキーボードのキー配列の種類によ って,モードエフェクトに違いが⽣じていることが明らかになった。これは,我が国特有の 現象と⾔える。⽇本語のローマ字表記を⽤いたローマ字⼊⼒が解答に影響を与えるという解 釈を⽀持する結果であった。 また,I-T 相関の分析,正答率⽐較や連関分析を⾏った結果,全設問に関する⼀貫した明 らかな傾向を⾒いだすことはできなかった。今後,分析対象の問題数を増やしたり,個別の 問題について児童の解答や解答過程を質的に詳細分析したりすることで,新たな知⾒を得ら
8 れる可能性が⽰唆された。 【第 6 章】 第6章では,第4章と第 5 章の分析結果をもとに,研究課題3に取り組んだ。第5章まで は,各群の平均値や分散などの代表値をもとに考察を⾏ったが,第6章では,個々の児童の 算数の得点とコンピュータを⽤いた⽂字⼊⼒スキルとの関係を検討した。 ⽂字⼊⼒スキル調査では,デバイスの種類とキーボードのキー配列の組合せにより,調査 対象者は 3 群に分類された。すなわち,PC−QWERTY 配列群,タブレット−QWERTY 配 列群,タブレット−ケータイ配列群の3群である。さらに,それらの3群には,それぞれ, 算数に PBA で解答した群と CBA で解答した群が内包されていた。このようにして形成さ れた6群について分析を⾏った。 まず,これらの6群について,算数得点と⼊⼒⽂字数の分布の概略を確認した。6群の散 布図を作成したところ,⼊⼒⽂字数が多いと算数得点も⾼いという緩やかな右上がりの傾向 が認められた。⼊⼒⽂字数が算数得点に与える影響を検討するために相関分析を⾏った結 果,6群すべてで,算数得点と⼊⼒⽂字数に正の相関が⾒られた。 さらに,⽂字⼊⼒スキル調査での3群,PC−QWERTY 配列群,タブレット−QWERTY 配列群,タブレット−ケータイ配列群について,それぞれが内包する PBA 群と CBA 群で, 算数得点と⼊⼒⽂字数の相関の程度を⽐較した。その結果,PC−QWERTY 配列群とタブ レット−QWERTY 配列群の 2 群では,いずれも CBA 群の⽅が PBA 群よりも算数得点と ⼊⼒⽂字数の相関の程度が強かった。このことから,QWERTY 配列を⽤いた場合の⽇本語 ⽂字⼊⼒スキルが CBA の算数得点に影響するという仮説が形成された。⼀⽅,タブレット ーケータイ配列群では,先の2群とは異なる様相であり,PBA 群の⽅が CBA 群よりも算数 得点と⼊⼒⽂字数の相関の程度が強かった。このことから,PBA で測定された学業成績と ⼀般的な機器操作スキルが相関する可能性が提起された。ただし,今回の分析対象の問題数 は少なく,記述式問題も⼀問のみであったことから,今後,詳細を検討して明らかにする必 要が指摘された。
9 【第 7 章】 第 7 章では,本研究全体の成果について概観した。 第3章では,⼩学4年⽣の段階において QWERTY 配列を⽤いたローマ字⼊⼒がケータ イ配列を⽤いた⼊⼒よりも児童にとって扱いにくいことが⽰された。第4章では,総じて中 学2年⽣の⽅が⼩学4年⽣よりも⽂字⼊⼒スキルが向上しているものの,QWERTY 配列の キーボードによる⽂字⼊⼒の課題が解消されていないことが明らかになった。そして,第5 章では,⼩学4年⽣の PBA と CBA の算数得点を分析した結果,CBA でのローマ字⼊⼒が 得点に影響を与えており,学⼒調査における我が国特有のモードエフェクトの存在が⽰され た。第6章では,⼩学4年⽣のCBA の算数得点と⽂字⼊⼒スキルとの関係を検討した結果, キー配列の種類によって算数得点と⼊⼒⽂字数の相関の様相が異なっていることが明らか になった。以上の結果を総合すると,⽇本語のローマ字表記による⽂字⼊⼒が学⼒調査の得 点にマイナスの影響を与えることが強く⽰唆された。 本研究で⽤いた分析⼿法や得られた分析結果は,今後の研究の基盤を提供するものとして 有意義である。しかしながら,調査設計やサンプルの制約,分析対象の教科や問題数,問題 形式の限定も存在している。今後,より⼤きなサンプルで算数以外の教科や記述式の問題を より多く含む調査を⾏い,更なる検証を⾏うことが望ましい。また,本研究に関連して,CBA における解答者の取り組みの詳細を認知的側⾯から解明することも考えられる。調査中の解 答者の⾏動を時系列的に分析することで,解答者の解答活動を促進,あるいは,阻害する要 因の解明が期待される。情報機器リテラシーに関する個々の解答者の個別事情が成績に与え る影響の分析も必要であろう。 本研究により,我が国独⾃の⽂字⼊⼒⽅式が,我が国特有のモードエフェクトを作り出し ていることが明らかになった。各国の状況を⼗分に勘案したモードエフェクトの議論と検討 の重要性を強く提起するものである。現在,情報機器にかかわる技術開発が進展しつつある。 それが教育測定にも適⽤され,評価ツールは変⾰期にある。被評価者である児童⽣徒は測定 されるべき内容と同時に情報機器操作においても修得の途上にある。わが国の CBA におけ るモードエフェクトの解消に向けて学習者に視点を置く注意深い検討が重要であり,そのた めの実証的な研究成果の蓄積が求められる。