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書評 : 佐々木芽生著『おクジラさま:ふたつの正義の物語』集英社、2017年

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書評 : 佐々木芽生著『おクジラさま:ふたつの正

義の物語』集英社、2017年

著者

石井 敦

雑誌名

東北アジア研究

22

ページ

111-112

発行年

2018-02-28

URL

http://hdl.handle.net/10097/00122381

(2)

111

 本書は同題名の映画との相互補完的な位置づけで書かれている。そのため、本書評は本書だけ でなく、映画の内容も評論の対象とする。  同映画は、主に太地町におけるイルカ漁師と、イルカ漁を妨害しようとするシー・シェパード との対立を対象としたドキュメンタリー映画である。筆者は実際に鑑賞したが、そもそも何を主 張したいのかがよく分からなかったというのが正直な感想である。それをあえて推し量るとすれ ば、副題にある「二つの正義」が共存する道を探るべきだ、ということになろうが、そもそもそ の「二つの正義」がなにを意味するのか、映画の中では説明されていない。本書では、それがい わゆる「動物福祉」対「日本の伝統文化」という二項対立の図式に則って説明されているが、動 物福祉と結び付けられているピーター・シンガーは「動物の権利」思想を主張している哲学者で あり、動物福祉との関係は希薄である。また、映画の中ではその動物福祉の正義をシーシェパー ド(SS)に代弁させているが、そもそも SS は動物福祉、動物の権利を体現する団体ではまった くなく、それには目をつぶるとしても、日本人に対して SS になにかを代弁させたところで、そ のメッセージが誤解されるだけに終わってしまうだろう。したがって、そうしたねじれが相まっ て、映画の主張である二つの正義の共存という理想が日本人に誤解なく伝わることはあまり期待 できないだろう。  もう一方の正義である、日本の伝統文化として、本書著者はイルカ漁が太地町のアイデンティ ティとなっていることを主張している。しかし、イルカ漁に関わっていない太地町民たちはほと んど登場しないため、正確には「太地町でイルカ漁に関わっている人たちのアイデンティティ」 ということになってしまう。そうした人々の数は、多く見積もっても太地町の全人口の1割にも *東北大学東北アジア研究センター准教授

《書評》



佐々木芽生著

『おクジラさま:ふたつの正義の物語』

集英社、2017 年

石井 敦*

MEGUMI Sasaki, A Whale of a Tale, Shueisha, 2017

(3)

112

石井 敦:佐々木芽生著『おクジラさま:ふたつの正義の物語』 満たない。せっかくのドキュメンタリー映画であるにもかかわらず、太地町と関わりのない市井 の人たちが本当にイルカ漁を支持しているのか、支持しているのであればなぜなのか、という点 はぜひ明らかにしてほしかったところである。当たり前だが、太地町長が登場したところで、彼 が太地町民を代表する意見を述べているとはかぎらない。  イルカ漁・アイデンティティの根拠としては、いつもの 400 年の伝統文化+鯨に感謝+鯨祭+ 余すところなく消費、の4点が示されているが、それらは、公海を泳ぎ、世界中の人々が共有し ているイルカを、なぜ太地町が他の共有者になんの相談もなく捕っていいのか、という問いに答 えてはいない。まさに映画の中でシー・シェパードのスコット・ウエスト氏が語っていた「伝統 だからといって、それがいいことであるとは限らない」のであり、だからこそ日本で廃れていっ た伝統文化は数知れないのだろう。イルカ漁をめぐる対立が激化しているなかで、アイデンティ ティが確かに存在していることを、説得力をもって示そうとするなら、社会学などで行われてい るアイデンティティ調査を第三者に実施してもらい、その研究結果に基づかなければならない。  本書著者の佐々木芽生氏や、本書と映画に登場するジェイ・アラバスター氏は、日本の情報戦 略の欠如を指摘している。反イルカ漁団体に対抗するためには、一般の日本人、外国人にも支持 されうる、ストーリーを発信しなければならないわけだが、現時点では、映画でも指摘されてい たように、イルカ漁の捕獲枠算出の科学的根拠も乏しく、イルカ生体の国際貿易で けているが ために、共通感情を生み出せる説得力のあるストーリーはなさそうである。つまり、情報戦略が まずいのではなく、戦略的に打ち出せる情報がないから、情報戦略がそもそも存在していないの だと見たほうが良いのではないだろうか。  ドキュメンタリー映画を撮るためには、当然のことながら被写体――イルカ漁を営む太地漁協 も含めて――の協力が必要不可欠である。しかし、それは映画を撮る側と撮られる側との間の健 全な緊張関係が成り立ち続けなければ、その映画が、登場人物の主張を喧伝するだけに終わって しまう危険性をつねに孕んでいる。残念ながら、『おクジラさま』は、太地町のイルカ漁関係者 の主張を喧伝するだけに終わっている場合が非常に多く、「二つの正義」をバランス良く映し出 しているとは言えない。それもそのはずで、本書では、映画監督の佐々木芽生氏が、太地漁協の 漁師から「佐々木さん、俺たちを裏切らないでよ」という言葉をかけられたことが記されている。 また、この映画のために、クラウドファンディングで資金集めを行っていたが、資金が集まり始 め、目標額を達成できたのは、佐々木芽生氏が SS のポール・ワトソン代表から批判されたこと が明るみになってからのことであった。つまり、クラウドファンディングの資金提供者たちは、 SS に批判的な人々だったことが分かる。こうした状況の中で、「二つの正義」の共存を考えるド キュメンタリーを撮ることは至難の業だったのだろう。

参照

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