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<書評論文>ソーシャルメディアにおける能動性の再考 : 理由なき利用者像から考える

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(1)

考 : 理由なき利用者像から考える

著者

北川 茉里奈

雑誌名

KG社会学批評

8

ページ

39-50

発行年

2019-03-24

URL

http://hdl.handle.net/10236/00028021

(2)

(1.書評論文)

1-4.ソーシャルメディアにおける能動性の再考

──理由なき利用者像から考える──

北村智・佐々木裕一・河井大介『ツイッターの心理学』 (誠信書房、2016 年)

北川 茉里奈

1 はじめに 本書はツイッターの利用者による調査データから、その利用実態・動機を多角的に検討した ものである。またそれらの分析を通じて、オンラインコミュニケーションを考察し、ウェブの 現在と将来を論じることがテーマであるとされている(本書:13)。 本書が出版されて 2 年が経過しているが、移り変わりの多いインターネット上のコンテンツ の中でツイッターは今なお利用者を増やし続けている。2015 年時点で日本国内の月間アクテ ィブユーザー数1)が 3500 万人であったのに対し、同ユーザー数について 2016 年時点では 4000 万人、2017 年 10 月には 4500 万人を超えたことをツイッター社が発表している。また総務省 の情報行動に関する調査によると、調査が開始された 2012 年時点でのツイッター・フェイス ブック・ミクシィの利用率はいずれも 16% 前後で差が無かった。その後ツイッターの利用率 は増加し続ける一方で、フェイスブックの利用率は 2015 年から低下気味の横ばいになってお り、ミクシィの利用率もまた減少の一途を辿っている。いずれもコミュニケーション活動のた めのソーシャルメディアでありながら、利用者の目的や動機、その利用方法は異なっているの であろう。本書は仔細な分析から、ツイッター上の情報環境や利用者の実態に迫っている。 本稿の目的は、オンラインデータを対象とした分析のなかで心理学的なパースペクティブの 必要性を確認することにある。これはデータとして表出される人々の行動のみを切り取るので はなく、そこに至る心的過程を含めた観点である。そうした過程が盲点となってしまっている 例として本稿では「受動的な利用者」を見落としているという問題を指摘し、現代においてオ ンライン上での人々の行動を捉える際にどのような視座で臨むべきかを考察する。 本稿の構成としては、2 章で本書の内容を紹介し、続く 3 章で分野を超えた統合的な議論と 多様なアプローチという点から本書の評価を行う。最後に 4 章において、オンライン上の声を 分析の俎上にのせる際に見落とされる傾向がありながらも看過できない「受動的」な利用者の 存在を提起し、彼らを組み込む分析のあり方を検討する。 ─────────────── 1)1 か月にツイッターにログインしたユーザーの数を表す。

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2 内容の紹介 2.1 インターネットメディアについての議論 序章の中で筆者らはまずインターネットの「カスタマイズ可能性」と「発信可能性」という 特徴に注目し、情報環境の変容について述べている。カスタマイズ可能性とは利用者の需要や ニーズに応じた情報環境の選択可能性を指す。利用者はコミュニケーション様式やサービスを いかようにでも設計できるようになった一方で(本書:3)、自身についての情報を発信したい という人は多くなかった。これは発信可能性が発揮されていないことを表している。ところが 2000年代半ばの「Web 2.0」と呼ばれる一種の思想運動の中で、企業や個人がネット上でコン テンツを生成・表現するという流れが生じた。それを実現するためのサービスにおいては、多 くの場合アカウントが必要となる。この点について著者らは「個人化の進行」を指摘している。 サービスの中で情報量が増加するとすべてを受け取るのが困難になるため、アカウントを通 じた管理が有効になる。筆者らは利用者ごとに提示される内容を変化させることを個人化と呼 んでいる。なかでも近年多く利用されている個人化は「永続的個人化」であり、利用者の登録 情報や利用履歴、データに基づいて提示内容が変化する。たとえば、ツイッターでは誰をフォ ローしてどの情報を受け取るかという選択は利用者の意思決定にゆだねられている。しかしそ の選択は高負荷な情報処理を強いることになるため、現在は「おすすめユーザー」といった機 械処理による推薦システムが導入されている。当然のことながら「おすすめ」されるユーザー は利用者ごとに異なっており、彼らをフォローすれば、ユーザーごとに異なる投稿が表示され ることとなる。 インターネットメディアについて論じるにあたって、対人コミュニケーションメディアとマ スメディアを統合的に扱う必要があると筆者らは述べている。さまざまなメディアを通じて人 と人が繋がることができるようになった今、一方向性と双方向性という区分はもはや不明瞭で ある。そこで筆者らは「人中心型」ともいえる構造でメディアを捉えようとしている。具体的 には、社会学的なコミュニティ概念の議論を援用し、オンラインでのコミュニティを捉えよう とする。都市化に伴う第一次的紐帯・地域的連帯について、ワースや生態学的決定論に見られ る喪失論と、ガンズや社会構成論に見られる存続論の議論の中で、「コミュニティ解放論」に 注目している。地域の重要性が低下し人々が地理的制約から解放されたという議論から、オン ラインコミュニティは「解放」されており、個人の利用の仕方やネットワーク形成に着目する ことが重要であると述べている。この観点からも、利用者の実践状況に加え、彼らのネットワ ークに目を向けるという視座はインターネット上でのコミュニケーションを捉えるにあたって 非常に重要であろう。 2.2 ツイッター利用動機とネットワーク 本書の第 1 章から第 6 章までは実際の調査データを用いて、その分析結果から現代における

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人々のツイッター利用状況について解釈を行っており、以下に各章で明らかになった知見を紹 介する。 まず第 1 章ではツイッターの仕組みや利用状況についての記述的な説明に加え、利用動機に ついての検討を行っている。ツイッターのメディアとしての在り方について、ニュースメディ ア的な側面とソーシャルメディア的な側面の両方を持ち得るという指摘を行っている。前者の ような一方向の情報伝達がおよそ 8 割を占めているものの、残る 2 割の双方向的なユーザー間 関係も利用目的の一つとして無視できるものではないと筆者らは述べている(本書:27)。 Facebookといった個人情報の開示度の高い SNS に対し、ツイッターはその程度が低い「弱い つながりの SNS」と捉えられている。次に実際の利用者の実態に迫るため、調査を通じたツ イッターの利用動機の検討が続く。「オンライン人気獲得」動機、「娯楽」動機、「既存社交」 動機、「情報獲得」動機の 4 つの因子が得られている。また各動機の強さを該当項目の平均得 点によって比較すると、情報獲得、娯楽、既存社交、オンライン人気獲得の順に低水準となっ ていた。これは「弱いつながりの SNS」という視点にも整合的であるといえる。 第 2 章では以上の動機が利用に際するカスタマイズにどう影響するか、利用者のネットワー クに着目して論じている。筆者らはネットワークを測定する変数として、二者がお互いにフォ ローし合っている状態を指す相互フォロー率と、エゴセントリックなネットワークの「密度」 を表す指標であるクラスタリング係数を用いている。また第 1 章で分類した 4 つの動機につい て、娯楽・情報獲得動機を「情報ニーズ的利用動機」、オンライン人気獲得・既存社交動機を 「対人交流ニーズ的利用動機」とし、それぞれの利用動機とネットワーク形成について検討し ている。前者の情報ニーズ的利用動機については、情報の取得が手段である「道具性の情報ニ ーズ」と情報の取得が目的の達成と直結する「コンサマトリー性の情報ニーズ」という分類を 提示している。また後者の対人交流ニーズ的利用動機についてはクラウトら(Kraut et al., 1998)のインターネットパラドクスをはじめ、社会的拡張仮説と社会的補償仮説という二つの 観点を提示し、バーチャルな関係と現実の関係に着目している。総合的な結論としては、利用 者は自分の欲求(動機)を満たすようにツイッター上のネットワークを構成していると述べら れている(本書:63)。 2.3 ツイート・リツイートの動機 ここまでは主に利用動機に注目し、それらが利用時のネットワーク形成にどのような影響を 及ぼすかについて検討されてきた。続く第 3 章で、筆者らは実際のツイート内容に着目し、ア ンケートデータ、ログデータ、自由記述データを用いてツイートする理由・意図に踏み込んで いる。オンラインでの情報発信動機についてはこれまでも議論の対象になってきたが、それら の多くが古く、カスタマイズ化が進んだツイッターのような場の「解体された」サービスにつ いては新たに検討を加える必要性があるからだ。 ツイートする動機についての回答の上位には「その内容が面白いと思った」「他の利用者と コミュニケーションを取りたいから」「自分自身のメモや記録のため」といった項目が並んだ。

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このように、ツイートを生み出す動機はサービスのカスタマイズ性だけで説明できるものでは なく、扱うテーマや利用者の要因によって多様なものとなると推測されている(本書:71)。 次にツイートの内容について、筆者らは「オリジナルツイート」「メンション」「公式リツイー ト」に大別して検討を行っている。さらにオリジナルツイートについては、年齢層・性別ごと に内容分析を行うことによって、どのような語がどのような文脈で用いられているかが詳細に 分析されている。どの年代においても「今日」「人」「自分」といった自身のことについてのグ ループが大きく、これはアンケートデータにおける自身の出来事についてのツイート頻度が高 いという回答とも整合的である。また「楽しい」「嬉しい」という肯定的な感情がツイートを 生み出すのに対し、「怖い」「憎らしい」といった感情はツイートの頻度とネガティブな関係に あることが示されている。しかし多くのツイートは「ツイートすること自体が楽しい」という ポジティブな感情によるもので、コンサマトリー性の動機に基づいているといえる。最後にツ イートする意図・動機についての自由記述形式の回答の分析を行っている。その結果による と、さまざまな内容のツイートに共通して「知って欲しい」「共感して欲しい」という回答が 多く見られた。また同時に「特にない」「なんとなく」といった特定の目的を持たないツイー トの存在も言及されている。 筆者らはツイート内容に関する以上の分析を通じて、「他者への期待」という視点から統合 的な考察を行っている。ツイートは一見空間に投げ出された発言であり、一般に相手を想定し ておらず、また反応しないことが適切なふるまいであると考えられている。しかし調査結果に 見られるように、利用者は「∼して欲しい」という他者への期待を抱いているのである。 続く第 4 章では公式リツイートを行う理由・意図が対象となる。オリジナルツイートとは異 なり、リツイートは他者のコンテンツを自身のフォロワーに転送するという機能である。リツ イートに関する先行研究は見られるが、個人やネットワーク構造が影響を及ぼすかという議論 には決着がついていない(本書:114)。 リツイートの内容や動機、想定する読み手を問う調査を通じて得られた結果は以下の二点に 集約される。第一に、リツイートは全般的にコンサマトリー性の動機を満たすものであるとい う点である。オリジナルツイートと同様に肯定的な感情がリツイートを生み出しやすいが、そ れは特に「面白い」という感情において顕著であったという。この点については山下・三浦 (2018)においても、有用な情報を伝達しようという意図からではなく、ただ面白いからとい う理由からのリツイートが「コンサマトリー的な会話」であると表現されており、一貫性が見 られる。第二に、リツイートする際はオリジナルツイートよりも読み手に対して意識的で、特 定のフォロワーの一部を想定して転送される場合が多いという点である。特に 10 代において は、フォロワーの誰かではあるが強く具体化されないような他者を想定しているという特殊性 が見られる。 以上の議論を踏まえ、筆者らは第 3 章で示された「他者への期待」が充足され得るのかにつ いて検討を行っている。アンケートデータからも「知人・友人の日常的行動」がリツイートさ れる頻度は高く、また見知らぬ他者であっても偶有的関心によってリツイートが促進されるた

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めに、期待が込められたツイートは相応の反応という報酬を得ていると結論づけられている。 2.4 ツイートの受け手と情報過多 第 3 章と第 4 章を通じて、情報発信行動についての分析が行われてきた。以下ではツイート の受信側の利用に着目した検討が行われる。ツイッターは取得する情報の選択可能性の高いメ ディアである。この選択性の高い環境は、自身の意見に整合的かどうかだけでなく、そもそも 選好に基づく内容レベルの選択的接触を生じさせるという議論がインターネット研究において なされてきた。まず第 5 章では 3 万件に及ぶツイートのログデータの分析を行い、受信するツ イートを「個人的ツイート」「趣味情報系ツイート」「ネット情報系ツイート」の 3 つに分類し た上で、利用者の特性と受信ツイートの関連を検討していた。結果として、ツイッターを通じ た情報受信は利用動機やマスメディアの接触量におおむね対応することが示されている。 ところが情報を受信するために多くのアカウントをフォローすることで情報過多を生じさせ ることは想像に難くない。利用者がそのような状況にどのように対応しているのか、第 6 章を 通じて議論される。 タイムラインに表示されることを受信とすれば、実際に利用者が見たり読んだりすることは 処理であるといえる。処理しきれない情報を受信すると人は「情報過多」状態に陥る。このと き処理時間に要する時間だけでなく、処理時のストレスも「情報過多感」として感じられるこ とがある。選択したアカウントのみのツイートを閲覧できるリスト機能や、機械処理によるツ イートのおすすめなど、技術面からの情報過多に対するマネジメントは存在する。しかしその ような機能は広く使われていないことが調査から示されている。 一般に利用の継続に伴いフォロー数は増加するが、定期的に投稿の多い人のフォローを外し たりすることで受信ツイート数を増加させないという傾向が見出される。タイムラインのツイ ートをすべて自分の目で見るという利用者は 6 割を超えているが、残る利用者の多くは新しい ツイートのみを見たり読んだりするなど、「処理しないツイート」を増加させるという方法を 取っていた。つまり情報を伝達する際は、目にされないツイートが決して少なくないという点 に留意しなければいけないと述べられている。 2.5 オンライン世界の今後の展望 最後に本書の分析の統合的な考察を通じて、オンライン世界の今後についての展望が描かれ ている。 まず、調査を通じて得られたツイッターの実態が述べられている。自身の出来事や感情につ いてのツイートが最も多い一方で、マスメディアの扱うような情報を「知って欲しい」とリツ イートする人も少なくない。前者はソーシャルメディア的であるのに対し、後者はニュースメ ディア的な利用法であるといえる。すなわち、ツイッターをソーシャルメディアかニュースメ ディアかという枠組みで捉えることは困難なのである。またツイッターはダイレクトメッセー ジ機能なども存在するものの、全体としては不特定多数の他者に閲覧されやすい「パブリック

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性」の高いメディアである。ツイッターは両方の性質を内包しており、筆者らはこの性質につ いて、利用者のオンライン世界とオフライン世界との重複に注目している。 最後に社会的課題について論じられている。インターネット上のコンテンツが利益を生み出 すためには、情報をより多くの消費者に伝達し関心を集めることが必要となる。この知見を踏 まえるならばコンテンツが面白さを追求するのは当然の帰結であり、それによって公共的な情 報への接触機会が奪われていく危険性も筆者らは指摘している。またオンライン環境における 「持つ者」と「持たざる者」というデジタルデバイドに関する 2000 年ごろの議論に対し、大多 数が「持つ者」になった現代では「持つ者」の間の特性やスキルによる格差が生じるという。 さらにこれらの娯楽化や格差は、序章部分で述べられた「永続的個人化」によってより促進さ れる可能性がある。つまりシステムの機械処理によって、娯楽を求める人がより娯楽的な情報 に、知識を持つ人がより知識を得られる情報に接触しやすくなるといった「ネットワーク化さ れた個人主義」が進行するのである。 3 本書の評価 ソーシャルメディアは我々にとって身近で理解しやすいものであり、その利用をテーマとす る研究も決して少なくない。しかし筆者らが「『ソーシャルメディアとは何か?』という問い は存外厄介である(本書:23)」と述べているように、その定義は非常に曖昧なものである。 筆者らはこの点について、改めて先行研究における知見を整理している。 まず、「多面性と多機能性が、ツイッターをウェブにおける人びとの情報行動を考える上で の格好の題材であると筆者らに考えさせている」(本書:27)と述べられているように、筆者 らは、ツイッターに注目することで、それ以外のツールを含むウェブ上での人々の行動の特徴 を捉えることができると考えている。ここでの主要な情報行動としては情報獲得および対人交 流が挙げられるわけだが、この両者を統合的に議論している点に本書の新規性が存在すると評 者は考える。 情報獲得にあたる「ニュースメディアとしての側面」や「情報ニーズに基づく利用動機」と いうのは、主にメディア・コミュニケーション研究の文脈で語られてきた。マスメディアから 情報を得るだけでなく、インターネットを通じて情報接触をすることが人々にどのような影響 を与えるのかという点が議論の対象になる。たとえばインターネットを通じた、積極的なモチ ベーションが無くとも政治的な情報に接触し得るという副産物的政治学習の可能性などが検討 されているが、これもあくまで情報への接触のみに焦点が当てられている。 一方で対人交流にあたる、「ソーシャルメディアとしての側面」や「対人交流ニーズに基づ く利用動機」というのは主に対人的コミュニケーションやネットワーク研究の延長として語ら れてきた。本書で取り上げられているインターネット・パラドクスや社会的拡張・補償仮説の ように、ここでは人々の既存のコミュニケーションにメディアがどのような影響を及ぼすか、 ということが関心の対象であるといえる。

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以上のような情報行動は、いずれも以前からある現実社会における人々の行動に、インター ネットが登場することで生じた変化を扱っていながら、それぞれの分野で別個に描かれてき た。筆者らはこれらを統合することで「境界」を見出し、また両者の観点を踏まえてその溶解 を論じている。すなわち、そもそも「ソーシャルメディアか、ニュースメディアか」という問 い自体が、学際的な視座を含むものであるといえる。またそれが単なる印象論に留まるもので はなく、利用者の回答データに基づいて議論されているという点も、本書の主張を強固なもの にしている。 また全体を通じて、ツイッター利用についてこれほどまでに詳細な分析は類を見ないだろ う。それらの結果が体系的にまとめられた本書は、これまでアグリゲートレベルでしか捉えら れてこなかった利用状況を詳細に検討している。さらに本書で使用されているデータは 4 回に わたる調査から得られたものであり、アンケートデータ・ログデータ・自由記述データという 様々な形式のデータが用いられている点にも注目したい。 アンケートデータは調査票によって回答を求める形式が一般的であり、回答者の負担を極力 軽減しながら多くの質問を設けることができる。そして得られた結果を数値的・統計的に解釈 することができるため、仮説の検証を行うには適している。ところがアンケートでは設問につ いて項目を設けるため、調査者の考え得る範囲での回答しか得ることができない。一方で自由 記述データは回答が個々の回答者に委ねられているため、調査者の想定していない回答が得ら れる可能性がある。ゆえに調査者が明確に仮説を設定しにくいような探索的な調査である場合 にも有用であるといえる。 しかしアンケートや自由記述による回答は内省の課題を内包している。たとえば実際にどの ようなツイートを目にしたか、調査によって尋ねることも可能ではあるが、そこから得られた データは自身の考えについての考え、つまりメタ認知によるものである。このような自己報告 による回答の信頼性については様々な研究から危険性が指摘されている(Prior, 2009)。ログ データの強みはそのような内省の課題に対処できることである。実際の利用状況を人の意思を 通さずに捉えるログデータは、現実社会を最も客観的に表したデータであるといえる。しかし 構造化されていないそれらのデータから規則性を見出したり解釈を行ったりする際には、調査 者による恣意性が介入する。またツイッターの分析においては非公開アカウントの情報が得ら れない、同一人物が複数のアカウントを使用している場合にそれを紐づけることができないと いった問題も生じるだろう。 以上のようにそれぞれの手法には利点と欠点が存在するが、本書では検討の目的に沿ってこ れらを選択的に適用することで、解釈をより妥当なものにしている。 4 本書の課題 本章では本書の課題と限界を指摘しつつ、ツイッター利用、ひいてはオンライン上の人々を 捉える分析の発展可能性を示したい。まずツイッター利用者像について、その普及過程や世代

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論から、明確な理由を持たず、自ら情報を発信しない「受動的」な利用者という存在の可能性 を提起する。彼らは表出するデータには含まれず、今後広がりを見せるであろうオンライン上 の声を世間一般の人々の声として扱うという向きの中で、その対象からこぼれ落ちてしまう。 しかし一方で、発信だけでなく情報閲覧等のオンライン上での人々の行動をすべて記録すると いうビッグデータの隆盛も見られる。一見これは上記の問題をクリアするように思われるが、 同時に心理学的なパースペクティブを捨象した非常に行動主義的なアプローチとなってしま う。両者は相補的な強みがあり、オンライン世界とオフライン世界の境界線が溶解している現 代において人々を捉える際には、両手法の連携が必要になると評者は考える。 4.1 明確な動機なき利用 まず本書の中でも述べられているように、ツイートの理由や意図についての自由記述式の質 問の中で、「特にない」「なんとなく」という回答が多く出現していた。またツイート内容や出 現率についての分析では、そのような「明確な理由を持たずにツイートをする人」の割合はお よそ 6 人に 1 人であるという結果が示されている(本書:96)。ここに明確な利用動機を持た ない利用者が反映されているのではないかと評者は考える。 ここで本書の第 1 章のツイッター利用動機についての分析に立ち返る。筆者らは因子分析を 行い、利用動機について「オンライン人気獲得」「娯楽」「既存社交」「情報獲得」という 4 つ の因子への解釈を行っている(表 1)。ここでは「オンライン人気獲得」因子に注目したい。 まず問題として提起したいのは、その因子名の妥当性である。因子に含まれる「悩みを忘れ るため」「日常生活上の悩みや問題を解決する助けになるから」という項目は悩みを解決した いという目的に沿うものである。また「刺激を得るため」という項目も、人気獲得を通じて刺 激を得られる可能性はあるが、これらが「オンライン人気獲得動機」に該当するとは言い難い のではないか。加えて他の項目には「自分の存在を知ってもらうため」「自分の考えを広く他 人に知ってもらうため」という自己表現のような動機と、「新しい異性との出会いを見つける ため」「新しい友人・知人を作るため」という新規社交とでもいうべき動機の二つの軸が見て 取れる。これらの項目を総合的に考慮するならば、「人気獲得」というよりも、現実社会で得 られないものをツイッターに求めているという解釈がより妥当なのではないかと考えられる。 すなわち、現実世界では悩みや問題が多く刺激が少ないが、オンライン上には自己表現の場や 新たな交流の可能性が開かれているということである。 そして「現実補償」とでも呼ぶべきこの因子についてより注目すべきは、その該当者の少な さである。単純集計(表 1)を参照すると、「オンライン人気獲得動機」と解釈された因子は、 採用された項目の中で「あてはまる」または「ややあてはまる」と回答した割合が全体の中で 低い項目が分類されていた。つまり、評者の解釈も含めるならば、ツイッターに現実世界で得 られない何かを求めようとする利用者は、他の動機に基づく利用者に比べて決して多くないこ とが考えられる。「現実補償」因子の項目に当てはまると回答した人の割合が少ないという点 を踏まえると、現実を補う何かを求めるために積極的にツイッターにアクセスするような利用

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者は少ないということが推測される。 本節の冒頭で述べたように、明確な利用動機を持たない一群の利用者が存在する。また情報 獲得や娯楽といった動機に関する項目に当てはまると回答した人の割合は多いが、これらは 「タイムラインから何か情報が得られるだろう」というようなある種受動的な利用であるとい える2)。娯楽動機による利用も、因子に含まれる項目の内実を見ると、単なる時間つぶしや習 慣が含まれている。また、既存社交動機についてはオフラインでの交流に大きく準拠すると考 えられる。すなわち「現実補償」動機のみがオンライン上の、とりわけツイッター利用に特有 の能動性を表していると考えられるが、前述の通りそのような動機を持つ者は少数である。 ─────────────── 2)なお本書の第 6 章において、このような「情報獲得」動機がツイッターの継続利用に正の効果を持つ という研究が示されている。一方でそれが行き過ぎて情報過多状態となれば利用を断念することが想 定され、筆者らの調査によるとツイッター利用者のうち 27.1% が「ほとんど毎日」情報過多を感じ ているという結果が見られたという(本書:173)。 表 1 ツイッター利用動機項目の単純集計

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4.2 なぜ情報を発信しないのか 前節で、明確な利用動機を持たない利用者像を示した。本節ではさらに利用者の世代的な観 点とツイッターの普及過程から、彼らが曖昧な動機のもとでツイッターを利用しているゆえん を検討する。またそれによって、自ら情報を発信しない「受動的な利用」が増加する可能性を 提起する。 まず従来語られてきたインターネット利用と、現代の若者のツイッター利用との乖離を考え る。橋元・奥・長尾・庄野(2010)はデジタル環境における人々について、生まれたときから インターネットやパソコンのある生活環境で育ち、生まれながらに IT に親しんでいる世代を 「デジタル・ネイティブ」世代と呼んでいる3)。また高橋・本田・寺島(2008)は 1995 年の Windows 95の登場を転機とし、その当時若い世代であったかどうかを「デジタル世代」の境 界としている。近年のツイッター利用者において、そのようなデジタル・ネイティブが占める 割合はますます増加しているだろう。ボイド(2014)はとりわけティーンにとって、ソーシャ ルメディアに参加してオンラインで友人と情報を共有することは、サブカルチャー的な行為で はなく、普通のこととなったと述べている。インターネット環境が当たり前である世代にとっ て、ツイッターもまた特別なものではない。 今日までツイッター利用者は増加の一途を辿ってきた一方で、ゼロ年代に見られたような、 「ツイッターは世界を変える!」といったような言説はもはや完全に鳴りを潜めている。この ような言説は普及当初に利用を始めた人々の行動を前提としたものであり、普及にしたがって 利用者の特徴が変化するのは必然である。イノベーション普及過程において、ロジャーズ (2007=2016)は社会システムの成員の半数が採用した後にイノベーションを採用する人々の ことを後期多数派と呼んでおり、その採用の理由として経済的な必要性や増大する周囲からの 圧力を例として挙げている。周囲が利用している一方でツイッターを取り入れなければ、自分 だけが情報を共有せずコミュニティに乗り遅れる可能性があるだろう。ツイッターもまたこの イノベーション普及過程にしたがうならば、周囲との兼ね合いで利用を開始したような後期多 数派の人々が、明確な利用動機を持ち合わせていないことは想像に難くない。そして彼らにと っては自ら情報を発信することにメリットは無く、ただ情報を獲得するだけの利用こそが、ロ ーリスク・ハイリターンで、適合的な選択なのである。結果として、情報獲得のためにツイッ ターを利用していながらも、自身から情報を発信するような能動性を持ち合わせていない利用 者が発現するというのは十分に考え得る。 4.3 受動的利用者に伴う課題 では、なぜ自ら情報を発信しない受動的利用者に着目する必要があるのか。本書の中でログ データを用いた分析を以てツイッター利用を議論しているように、ツイッターに関する研究で あれば、そこに表出された人々の声のみを対象とすることもまた妥当であるように思われる。 ─────────────── 3)さらに橋元ほか(2010)は、1996 年前後生まれで、様々なデバイスを駆使し情報行動を行う世代を 「ネオ・デジタルネイティブ」世代と分類している。

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しかし今日、そのようなウェブ上の声を社会全体の人々の声として扱おうとする向きがあり、 このとき受動的利用者の存在が問題となるのである。

たとえば O’Connor, B., Balasubramanyan, R., Routledge, B. & Smith, N.(2010)は、ツイッタ ーから収集されたテキストデータが人々の景況感(consumer confidence)と政治的意見(politi-cal opinion)を再現するという結果を示しており、SNS 上のテキストデータが時間や金銭的な コストのかかる投票行動を補い得ると述べている。現代においてツイッターのテキストデータ は研究者に留まらず容易にアクセス可能であり、それらを人々の意志として扱うことは技術的 には可能となった。しかし、対象となるデータはあくまで表出された人々の意見である。自ら 情報を発信しない利用者はそもそも分析の対象から除外されてしまうという点に留意しなけれ ばならない。 テキストデータの分析にはこのような問題が伴う一方で、別の方法で利用者にアプローチす る向きも見られる。東(2015)はルソーの論じる一般意志を援用し、現代社会においてはデー タの蓄積こそが一般意志であると捉え、それを「一般意志 2.0」と呼んだ。インターネットを 通じてコミュニケーションが行われる場が飛躍的に拡大した現代においては、ルソーの時代に 正統性の源泉として想定されていたような熟議は現実的に困難である。他方、今日オンライン 上での購買履歴や情報探索行動といったあらゆる行動は人々の無意識のもとでデータとして記 録されており、これを集合知として扱うことが可能ではないかと東は提起する。本書の内容に 敷衍するならば、たとえばどの程度の時間ツイッターを利用しているか、どのツイートがよく 見られているか、といったデータも集合知の一部となり得るだろう。すなわち、声が表出され ずとも利用者の行動をデータとして抽出することができるのである。ところがここではデータ へのアクセス可能性の問題が浮上する。上述したようないわゆるビッグデータを所有するのは 一部の企業や組織であり、データが十分に公開されていないのが現状である4)。またそのよう なデータを独占することには実利が伴うため、将来的に広く公開されるとは限らない。東の述 べるようにデータを集積・活用することの実現可能性については議論の余地がある。 現代の若い世代がオンラインへのアクセスを持つことからも、ウェブ上の声が現実社会を反 映していると捉えられる傾向は今後も強まっていくと考えられる。ところが少なくとも現段階 では、明確な利用動機を持たず自ら情報を発信しない受動的な利用者はデータからこぼれ落ち てしまう。たとえば現代、調査における RDD 法が固定電話を持たない世帯の増加によりその サンプルの代表性が問われているように、コンテンツへのアクセスを持たない人によって代表 性が損なわれる危険性を有しているのである。そのデータを以て社会現象を語るのは、外的妥 当性を著しく欠くと言わざるを得ない。ビッグデータだけによらず、利用者の動機を捉えよう とする本書の心理学的アプローチ自体は有効である。しかしその射程に受動的な利用者までを 捉えることが求められるのである。 ─────────────── 4)山田(2016)は東の議論に対して、データの集積と解析の過程の可視化を問題視しつつ、知識のある 一部の人間が「一般意志 2.0」の生成を操作し得るという危険性を指摘している。

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4.4 今後の展望 本書のように人々の投稿を収集して分析することは、利用者の“実態”に迫る上では最も有 効な手段であろう。SNS、とりわけツイッターに関して「人々がどのように利用しているの か」という議論の隆盛のなか、本書は「人々が何を思って利用しているのか」に目を向けてい る。先述したいわゆる「ビッグデータ」の台頭は、一見将来のツイッター研究や世論研究に斬 新で新たな手段を提供しているように思われる。しかしビッグデータが対象にできるのはあく までオンライン上での人々の行動であり、客観性を備える一方で非常に行動主義的であるとい える。技術的に可能であるからといって「ハンマーを手にしてすべてが釘に見えている」かの ごとくデータのみを先行させるのではなく、行動に至る心的過程、すなわち心理学的なパース ペクティブを持つことの重要性は意識され続けなければならない。このパースペクティブあっ てこそ、未だ(おそらくこれからも)完全に一致することはない現実世界とオンライン世界の 差異やその関連を見出せるのではないだろうか。本書の調査を通じて、同じツイッターの中で も多様な利用動機やそれに伴う感情が認められている。利用者への調査を通じた動機や心理に ついての分析の重要性は増しこそすれ、失われることはない。 受動的な利用者が存在するなか、本書のような調査とビッグデータの利用というアプローチ はそれぞれの強みを持つ。どちらか一方を以て議論を行うのではなく、人々とオンライン世界 の関わりを捉えるための両輪として共に発展させる必要があるだろう。 【参考文献】 東浩紀,2015,『一般意志 2.0──ルソー、フロイト、グーグル』講談社.

Boyd, Danah, 2014, It’s Complicated : The Social Lives of Networked Teens, New Haven, CT : Yale University Press.(=2014,野中モモ訳『つながりっぱなしの日常を生きる──ソーシャルメディアが若者にもた らしたもの』草思社.)

Rogers, Everett M., 2003, Diffusion Of Innovations, 5th edition, New York : Free Press.(=2016,三藤利雄訳 『イノベーションの普及』翔泳社.)

橋元良明・奥律哉・長尾嘉英・庄野徹,2010,『ネオ・デジタルネイティブの誕生──日本独自の進化を 遂げるネット世代』ダイヤモンド社.

O’Connor, Brendan, Ramnath Balasubramanyan, Bryan R. Routledge and Noah A. Smith, 2010,“From Tweets to Polls : Linking Text Sentiment to Public Opinion Time Series,”Proceedings of the International AAAI Con­

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参照

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