競争優位の源泉と戦略的提携
―ソニーとの戦略的提携を中心に―
1金 基 烈
* 1.はじめに 三星電子(以下,三星)は1991年に後発ランナーとしてTFT-LCD産業(以下,LCD産業) への戦略的参入を試み,後発性利益の追求を軸とするキャッチアップを通じて発展してきた。 そして現在(2008年基準)は世界でマーケット・シェアトップの地位を誇っている。さらに, 近年LCD産業を牽引する戦略製品として注目される薄型液晶ディスプレイ・テレビ(以下, LCDTV)の分野は,2005年までにシャープが世界のマーケット・シェア約48%という圧倒的 に強い市場地位を築いていたが,2007年からは三星がシャープを抜いて第1位となり,韓国企 業として始めてトップの座についた(図1)。 こうした事例から直面する大きな疑問は,競合他社と比較して経営資源が脆弱であると指摘 されてきた三星が,どのような戦略を駆使して,急速な発展を成し遂げたのかである。そこで, 同社がLCDTV産業で発展できた鍵の1つを,ソニーとの戦略的提携に求めることができる, というのが本稿の仮説である。というのも,図1で示しているように,三星における一連の市 場成果がソニーとの提携によって設立されたS-LCDの本格的な稼動と共に顕著に現れている からである。本稿は,この躍進を齎した競争優位が,提携によってどのように構築されて効果 を上げたのかについて考察する。 他方,三星がLCD業界で圧倒的な競争優位を誇っていた日本企業を抜いて世界最大のシェ アを占めるに至った要因について,いくつかの研究が報告されている2)。だが,戦略的提携の 観点からの議論は軽視されていたといってもよい。さらに完成品であるLCDTVそのものに対 *本学経営学研究科博士後期課程4 -する議論も今のところでは皆無であるといっても良い。 LCDTV市場は世界規模で急激に拡大しており,2006年度の5150万台から,2010年までには 1億台の市場が形成されるといわれていている(図2)。これは金額的に換算するとLCDモニ ターの3.5倍に相当するものであり3),企業において高い収益を齎す基盤産業として定着しつ つある。換言すると,後述するソニーの事例からもわかるように,LCDTV産業での出遅れは, 企業にとって致命的なハンディ・キャップとなりうるのである。 以上を踏まえて,三星のLCDTV事業における発展の諸条件を提携の観点から解明すること は,研究課題として意義あるものだと考えられる。なお,本稿では,戦略的提携を競争優位構 築に必要な経営資源を獲得する手段としての側面から捉えることにする。なぜ我々が企業の経 営資源に注目するかというと,後述のように,LCDTV産業で競争優位を構築するためには,「効 率な生産か可能な設備」,「画質向上技術」といった経営資源の役割が極めて重要であるからで ある。 (図1)LCDTVにおける三星とシャープのマーケット・シェア変動比較(単位:%) 出所: ファイナンシャル・ニュース,(http://www.fnnews.com/view)2009.2.15,ソニー株式会社〔2007〕『Annual Report 2007』28頁,日本経済新聞社編『市場占有率』各年版を参考にして筆者作成(いずれも原資料は Display search)。
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LCDTV産業における三星電子の競争優位の源泉と戦略的提携 2.LCDTV産業における戦略的提携の意義 (1)競争優位を構築する手段としての提携―資源獲得と競争優位の関連性 企業の競争優位について議論する際に,まず「競争優位とは何か」を解明しなければならな い。これは,経営戦略研究の基本的且つ核となるテーマである。しかし,競争優位という概念 に関しては,必ずしも共通の理解が得られているわけではない。ここでその概念を明確にして おくことは,自論を展開していくことにあたって有益であろう。 ポーターは競争優位を,「同等な品質と性能の製品やサービスを競争他社より安価で提供す るか,高い価格でも買い手の購買欲求を引き出せるようなユニークな製品を提供できること, すなわち,買い手に新しい価値を与えられる能力」4)と定義している。バーニーは,「現在ま た潜在的な競争他社によって同時に実行されない価値創造戦略を実行するとき,その企業は競 争優位を持っている」5)という。ゲマワットによれば,「長期間にわたって産業内(あるいは 戦略グループ内)で優れた収益性を確保してきた企業には,競合他社に対して競争優位があ る」 6)という。ベンサコは,「企業(あるいは多角化企業内の事業単位)が同一市場の平均よ りも高い経済利益率を得ているとき,その企業は当該市場において競争優位がある」7)と主張 している。 以上のように,競争優位の概念は,各論者各様の捉え方がなされている。しかし,共通して (図2)年度別LCDTVの市場規模推移(単位:万台) 出所: 金ソンファン〔2005〕,28頁,李相浣〔2005〕,124頁,ソニー株式会社『Annual Report2007』28頁を参 考にして筆者作成。
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言えるのは,競争優位とは,競合他社には真似することのできない「高付加価値」を創造する 能力であり,それが企業において高い利益を齎すのであれば,その企業は競争上の優位に立っ ていると言えるのである。つまり,「競合他社より高い利益を齎す製品を生み出せる能力」を 持つ企業は競争優位がある。例えば,IT産業(半導体,LCDTVなど)では,技術高度化と共に, 低価格化が進んでいる。これは競合他社より,高付加価値の製品をしかも低価格で顧客に提供 することが競争優位の源泉になっていることを意味するに他ならない。そのためには,生産性 で低コストを実現すると共に,高付加価値の創出へとつながる核心技術が必要である。 加えて,経営資源アプローチでは,企業を経営資源(有形・無形)の集合体として捉えた上 で,競争優位を企業外部の市場環境ではなく,企業内部の資源に求めている。すなわち企業が 保有する資源が,価値があり,希少で,競合他社に簡単に模倣されず,代替的なものも存在し ないという特徴を持つ資源は,企業に能率と有効性を高める戦略の実施を可能にさせ,競争優 位の源泉になりうると主張する8)。そして,ここで指摘する資源とは,主にブランド名,技術 的知識,人材スキル,取引関係,資本設備などを指す9)。さらにワーナーフェルトは,企業が 成長戦略を策定するには,既存の資源利用と新しい資源開発のバランスを維持することが必要 であると主張している10)。いずれにせよ,企業の内部資源に主眼が置かれている。 しかしながら,こうした経営資源アプローチには検討すべき問題がある。その問題は,同ア プローチでは,競争優位性と企業内部の優れた諸資源との関連性は強調されているものの11), 経営資源の貧しい企業がいかにして外部の経営資源を導入して優位性を獲得していくのかとい う動態的な過程が説明できない,といった批判が生じている12)。 なぜこのような批判を受けるかというと,たとえば,本稿の中心である三星の立場からいう と,1980年代後半以降,同社が日本企業や欧米企業との提携を通じて様々な経営資源を取り入 れて自社に蓄積していくことで高度成長を成し遂げた事例を,既存の経営資源アプローチの枠 組みでは十分に説明することができないことからも裏付けられる。同社は1986年から現在(2006 年基準)に至るまで,約129件の提携を行ってきたと言われている13)。言い換えれば,保有資 源が劣位であった三星にとって,提携は資源を獲得するための重要な手段であったはずであ る 14)。したがって,企業の競争優位を論ずる際に,経営資源の範疇は自社資源に限られたもの ではないことに留意する必要がある。 これと関連して,市場のグローバル化と相まって,技術の高度化・複雑化などによって経営 環境が不連続に変化している。その上,製品サイクルの短縮に従って,新技術を背景にした各 企業間の製品開発競争が熾烈化している。それゆえ,グローバル競争に生き残るためには,膨 大な研究開発投資費と設備投資費が常に求められる。つまり,今日のような苛酷な競争環境の 下では,自社資源のみ依存して競争優位の戦略を展開していくのは不可能である。従って,企 業の有する優れた内部資源は競争優位を決定すると主張する経営資源アプローチでは今日にお
ける競争優位の源泉を十分に捉えることができない。そこで,経営資源のアプローチでは説明 できない外部資源を提携により獲得し,ライバル企業よりも優位に経営展開を進めていく戦略 的視座が,必要になっているのである15)。 特にLCDTVの場合,「開発初期段階の技術的障壁」以外に,他の障害要因はほとんど存在 しないといわれている16)。それは,初期段階において,いかに経営資源を戦略的に配分・集中 させることができるかが企業経営の中心課題になっていることを意味するにほかならない。た だし,厳しい競争環境のもとで,企業が必要とする資源を獲得する方法は,提携に限られるわ けではない。一般的に企業が資源を獲得するためには,大別すると4つの方法が考えられる。 それは,①市場取引,②内部開発,③M&A,④戦略的提携である。これらの内,④の提携に よる方法は, 通常,それ以外の方法と比して相対的にリスクが少なく,しかも迅速に経営資源 を獲得することが可能になり,ライバル企業よりも優位に経営展開を進めていくことができる 点で,特に有効的である17)。 なお,提携は経営資源やリスクの共有,新製品の開発や市場参入の期間短縮,デファクトス タンダードのリードなどを目的に行われるものであり,本稿では,「競争関係にある企業同士 が対等性を維持しながら,競争優位の獲得(生存的価値)という明確な戦略的意図のもとで, 共通の目的を達成するために協力すること」と定義する。ここで指摘する目的とは,「それぞ れの自社の中核となる資源を融合させ,新たな価値創造を実現すること」を意味する18)。 (2)LCDTV産業における戦略的提携の意義 上でも若干触れたように,LCDTV市場はまだまだ拡大していく市場であり, DVDレコーダ, デジタルカメラと共にデジタル家電の「三種の神器」と呼ばれ,企業成長の推進力となってい る。しかしその一方では,メーカー間の技術革新競争が白熱している。現状で満足していては, 事業を行う上で一歩も二歩も後退を余儀なくされる。 図3は2007年の時点での大型TV向けLCDパネル産業における戦略的提携の現況を示したも のである。それぞれの企業の特徴をみてみると,これらはいずれも巨大エレクトロニクス・メ ーカーであると共に,上位メーカーである。これはLCDTV産業で,いかに巨大企業であろう とも,もはや自社の経営資源のみで事業を展開していく時代は終わりを告げ,自社の内部資源 はともかく,外部資源を積極的に活用しながら,事業展開や製品開発を展開するという提携の 視点が必要になったことを意味するにほかならない。すなわち安田が指摘するように,「提携 が重要な選択肢となるだけでなく,提携の流れに取り残されることが致命的なハンディ・キャ ップとさえなりつつある19)」ということである。 ところで,競争優位の源泉となるのが,経営資源だとすれば,全ての資源が競争優位の構築 に貢献するとは限らないので,戦略に不可欠な資源を識別しておく必要がある20)。上述のよう
に資源の戦略的価値を規定する要因として模倣困難性あるいは代替困難性を重視する研究者が 多い。対象となる経営資源が移転しやすい,模倣しやすい,代替しやすい,ものであると市場 取引などを通じて,資源の入手が可能になるので,提携の意味がなくなる。企業が必要とする 経営資源が移転しにくい,模倣しにくい,代替しにくいという性質をもつほど,提携の誘因が 大きくなると言える21)。 そして,本稿の後半で詳しく述べるが,LCDTV産業にとって,競争優位の源泉になりうる 資源を,ここで識別すると,①模倣しにくい資源としては,つまり伊丹のいう「見えざる資産」 であろう。こうした資源は,カネを出しても買えないことが多く,また作るのに時間のかかる タイプの資源ではあるが,一旦出来上がると様々な形で多重利用が可能になり安いために,競 争相手との差別化の源泉になりうる22)。そして,LCDTV分野では顧客ニーズに応えるべく高 画質・高精細に映す画質向上技術であり,②代替が困難なものとしては,膨大な資金が要求さ れる大型LCDパネルの生産ラインの設備,であるといえよう。 シャープ 東 芝 LG電子 プィリップス 三星電子 ソニー 出所:各社のプレス・リリース及び各種新聞報道より作成。 (表1)世代別投資費(推定) 稼動時期 世代 パネルサイズ(mm)総投資額(百万ドル) 2001年 第5世代 1000×1200 1,356 2004年 第6世代 1470×1770 1,360 2005年 第7世代 1870×2200 2,447 2007年 第8世代 2200×2500 3,264 出所: 『液晶・PDP・ELメーカー計画総覧2008年度版』産業タイムズ社,11頁,李キ ョンスク〔2006〕,86頁(原資料はDisplay search)を参考に作成。 (図3)大型TV向けLCDパネルを巡る主な戦略的提携(2007年基準) キャノン 日 立 松下電器
特に,LCDパネル生産ラインの保有はLCDTV産業で生き残る必須条件となっている。とい うのも,LCDパネルは,製造原価の7割を占める他,高画質・高精細化など技術的な役割が 果たすウェイトも大きく,LCDTVのキーパーツの役割を果たしているからである23)。 このLCDパネルの重要性について,ソニーの村上製品リーダーは,「LCDTVの場合,パネ ルこそが基本性能を決めるキーデバイスです。それだけにLCDパネルの技術革新には多大な 労力を費やさなければなりませんでした」24)として,LCDパネルが競争優位を構築していく上 で,いかに重要であるかを強調している。すなわち,パネルラインの確保は企業にとって至上 問題となっているのである。 従って,企業はセットメーカーであると同時にパネルメーカーを追求する場合が多い。そう することによって,技術やコストの面で優位に立つことができるのである。ここで,資金的制 約や需要規模などの理由で中途半端な設備投資をしても,効率の悪い工場となってしまう。過 去において日本企業が得意とし,圧倒的に強い競争優位を誇っていた半導体とLCD分野で, 韓国企業に逆転されてしまった要因として,日本企業の消極的な投資姿勢を指摘する論者も少 なくない25)。それに対して韓国企業は,集中的に巨額の設備投資を行うことで日本企業から覇 権を奪い返した。こうした事例から,「投資を制するものは世界を制す」26)という指摘さえある。 ところが,LCDパネルラインを一つ設けるのに平均的に2000億円がかかるとされている。 そして次世代へ移行する度に投資額が倍々で増大する。表1で示しているように,現世代のパ ネルから次世代パネルに移行するまで約2年の年月を要するが,それまでに巨額の投資を継続 的に行わなければならない。より具体的に説明すると,LCDパネル生産ラインへの投資決断 を行うと,投資資金を自社の利益または外部から調達して,新しいLCD生産ラインを建設する。 この建設には,工場や空調設備の建設や,製造装置調達・設置等に約1年以上が必要である。 また,装置を最初に動かせてから全装置が稼動し目標の生産能力が得られるまでの「立ち上げ 期間」が,最短でも約6ヶ月が必要である。つまり,投資決断から目標とする生産能力を確保 できるまでに,最短でも約1年半を要することになる27)。従って企業は,第1世代が発売され ると同時に,次世代パネルの開発をスタートさせなければならないのである。言い換えれば, 2年以内に更なる巨額の投資を行うことができなければ, グローバル競争からの落伍は必至で ある。 さらに,近年では地上デジタル放送の対象地域拡大の影響もあり,高画質・高精細など機能 性の向上に向けた激しい技術競争が展開されている。従って企業は,LCDTV産業において, 継続的且つ,巨額の投資に耐えられる豊富な資金力に加えて,加速化する技術進歩に遅れない だけの迅速な技術開発力の保持ができなければ,競争に勝つことはできない。 このような状況に直面して,LCDTV産業では,コストを削減し,リスクを分散させ,そし てグローバル市場でのシェア確保と得意分野へと専門化を図るために様々な形態の提携が試み
られているのである。三星のようにパネル製造技術を得意分野とする企業もあれば,ソニーの ように画質向上技術を得意分野とする企業もあるので,これらの企業が互いに協力関係を構築 することによって,シナジー効果が創出でき,それが競争優位の獲得へと繋がるのである。 以上の考察から,LCDTV産業では,自社の経営資源のみに依存していたのでは,もはや研 究開発と膨大な設備投資を並行して行っていくことは困難であることがわかった。しかも熾烈 な競争が展開されている同産業の中で,必ずしも成功するとは限らないので,失敗に帰した時 のリスクは企業にとって致命的なものとなる。従って,企業は自社が保有する資源の優位性を いかしながら,足りない部分は提携を通じて補完し,有効に活用する視点が必要になっている のである。すなわち,LCDTV産業において提携は,競争優位へと繋がる資源を獲得するため の有効的な手段として認識することができるのである28)。 3.ソニーとの提携―S-LCDの誕生 ここまでの考察から,LCDTV産業にとり提携は,競争優位を構築していく上で,必要不可 欠な戦略的手段であることが明らかにされた。以下では,三星がソニーとの提携にあたり,ど のような意図をもち,そしてどのような過程を辿って成立されたのかを考察する。さらに LCDTV事業を展開していく上で三星が抱えている課題と戦略的意図を関連付けて検討する。 (1)ソニーの戦略転換と戦略的提携の成立 S-LCDは,三星の要請からというよりは,ソニーの戦略転換と密接に関係する形で誕生した。 周知のように,同社はブラウン管TV分野で,トリニトロンという独創的技術を背景に圧倒的 な強い競争優位を築いていた。しかし2003年度第1四半期営業利益は41.4%減の98億円から第 3四半期決算の営業利益494億円へと前年に比べて150億円(−23.3%)の赤字を計上した。さ らに2005年第2四半期純利益は−46%,第3四半期連結決算では主力であるエレトロニクス事 業の営業利益が−343億円となり,2年連続不振に喘いでいた。他事業(ゲーム,ビデオカメラ, 映画,金融,ブラウン管TV)の売上は好調であったが,LCDTV事業のコスト削減と商品開 発能力の強化が他社に出遅れていることが原因で,経営不振が業績の足を引っ張る結果となっ たのである29)。 それでは,ソニーがこうした経営難に陥った具体的な要因は何であろうか。これについて, ソニーの井出伸之会長(当時)は次のように述べている。 「液晶やプラズマディスプレイに出遅れたのは,私自身に時間軸の読み違いがあった。ブラ ウン管の後継技術は自発光する有機EL(エレクトロ・ルミネッセンス)かFED(電界放出型) だと信じ,この2つに賭けていたんです。FEDや有機ELは現時点でも超えなければならない
山が2つ3つあって,液晶やプラズマは予想を超えて進歩した。技術のスピードを見誤ったの は確かでしょう30)。」 すなわち,ソニーは後述のように,独自的な画質向上技術は保有していたものの,自社ブラ ンド力に対する強い自信と技術流れの見誤りなどから,LCDTVのキーパーツであるパネル部 門への投資を蔑ろにしてきた31)。その結果,パネルの全量を外部調達に依存せざるを得ない状 況に陥り,必要な時に必要な量を確保できない状況であった32)。しかも,国内はもとより世界 的なLCDTV市場の急成長が見込まれ,需要の拡大が進む中,ソニーとしては,LCDパネルの 安定した供給先の確保が急務となった。 しかし,LCDパネルの製造技術を持たない同社が,しかも赤字経営が続く状況で,新たに パネル工場を建設するには,時間の制約と財務的な限界という現状問題に直面する。それゆえ, ソニーは自社開発を進めるよりは,強力的なパートナーと組んでLCDパネル製造技術を蓄積 するという戦略的意図があった。そしてソニーは日韓企業の複数のパネルメーカーと合弁交渉 を行った末,最終的に三星と合弁会社S-LCDを設立した。以上を踏まえて,ソニーが抱く戦 略的意図とは,①LCDパネルの安定した調達,②パネル生産ノウハウの蓄積,③研究開発・ 製造費負担の軽減,などが考えられる33)。 S-LCDは,三星とソニーが,大型TV向けTFT-LCDパネル(第7世代,1870×2200mm) の共同開発・製造することに合意して,2004年4月に両社折半投資によって設立した合弁企業 (資本金2100億円)である。企業運営にあたっては,三星50%+1株,ソニー50%−1株の出 資比率で,三星側が1株多く所有しているが,支配−被支配という従属的関係はなく,代表取 締役社長には三星LCD総括ディスプレイセンター張元基副社長が,代表取締役CFOにはソニ ーの人見昌利役員が就任した。さらに,両社それぞれ3名の取締役が就任するなど,経営幹部 のポストに関しても均等に分配された。生産規模は,第7世代が月9万枚,第8世代が月5万 (表2)S-LCD株式会社の概要 会社名称 S-LCD Corporation 会社設立 2004年4月26日 資本金 約2100億円 社 員 代表取締役CEO:張元基 代表取締役CFO:人見昌利 役員:三星とソニーの両社がそれぞれ3名派遣 所在地 韓国忠清南道牙山市湯井面 生産品目 アモルファスTFT-LCDディスプレイパネル 出所: ソ ニ ー 株 式 会 社,プ レ ス・ リ リ ー ス,(http://www.sony.co.jp/SonyInfo/Jobs/ main/work/makes_0103.html)2009.04.30.
枚と合わせて14万枚に達しており,両社それぞれ月7万枚と均等に配分している(表2,3)。 そして,両社による対等かつ共同の運営を行い,それぞれが必要とするLCDパネルの効率 的な生産を目指す一方で,効率的な共同研究開発のために両社の双方の技術陣による「エンジ ニアリングミーティング」を定期的に開催し,優れたLCDパネルの共同開発を行っていた(表 2,3)。そのミーティングの方法としては,非常に濃密なコミュニケーションが必要であった。 そのために,ソニー側は韓国語ができる社員を積極的に活用した。 この両社の提携は,かつてのTVの帝王と称されていたソニーが後発企業である三星電子と 対等な関係で提携を結んだことや,ソニーの中核的技術が三星側に流出してしまうという懸念 から,S-LCD誕生に際し日本政府を含めて,各方面から注目され,「日本のプライドを全く無 視した愚かな行為である」34)と厳しい批判を浴びるほどであった。 (2)三星電子の戦略的意図 三星にとっての戦略的狙いの一つは,LCDTVの高画質化にかかわる技術的資源をソニーか ら取り入れることで,自社製品の差別化を狙うことである。上述のように,LCDTV産業では, パネル分野で競争優位を構築しているか否かによって,市場地位が決まるといっても過言では ない。そして三星の場合,1995年からパネル産業でトップの地位についている企業であり,実 際にLCDTV産業でも比較的に高い市場地位を築いていた。 ただし,同社はパネルの生産工程に大型投資を継続的に行い成長してきたことに注意してお く必要がある。付言すると,同社は,生産技術が標準化された製品市場で,大規模な設備投資 を実施して,生産技術やノウハウのかなりの程度が組み込まれている最新の製造装置をいち早 く導入し,競争企業よりもコスト優位に立つことでシェアを拡大するという戦略を探ってきた。 つまり,三星の成長は,高い技術力をあまり必要としない製品作りを軸にコスト力を活かして 売上を高めてきたことに起因するものである35) というのも,これまでのLCDTVの競争構図は,「ガラス基板の大型化」36)と「投資のタイミ ング」が競争優位を決定する構造になっていたために,豊富な資金力と経営者の迅速な意思決 定能力など財閥の強みが有効的に発揮されたのである。これは一つの強みとして位置付けるこ (表3)S-LCDへの投資総額 量産開始 ガラス基盤サイズ 月産能力 投資額 05年4月 1870×2200(第7世代) 6万枚 約20億$ 06年7月 1.5万枚 約100億円 07年1月 1.5万枚 約280億円 07年8月 2200×2500(第8世代) 5万枚 19億$ 合 計 三星電子・ソニーS-LCD 総投資額:約4000億円総投資額:約380億円 出所:『液晶・PDP・ELメーカー計画総覧2008年度版』産業タイムズ社,52頁。
ともできるが,他企業との差別化を図り難い。すなわち三星の競争優位は製造技術に偏ってい て,核心技術分野では相対的な劣位を免れていないのが現状である37) つまり,三星が保有する経営資源は,バーニーが指摘する競争優位の源泉となりうる経営資 源,すなわち模倣困難性の基準を満たしておらず,後発企業にキャッチアップされるリスクを 常に抱えている。実際に三星のLCDTV製造技術は,中国企業を中心に後発企業による模倣が 深刻な問題として浮きぼりになっている38)。三星単独でこれらの問題に対処していくには,非 常に時間がかかりすぎる上に,経営資源も不足しており,リスクも大きい。従って,このよう な技術的課題の早期解決は三星にとって急務であった。 さらに,近年における顧客ニーズの多様化によって,単にパネルの大きさを追求するだけで は,意味をなさなくなった。LCDTVは,地上デジタル放送の対象地域拡大が追い風となり, ハイビジョン放送に最も高精細に映すフルハイビジョン(フルHD)LCDが中核となってきて いる。サイズの大型化と共に高画質・高精細など機能性の向上に向けた技術競争が繰り広げら れていて,これはパネル作りにおいて,技術的向上による差別化が競争優位の鍵となっている ことを意味するに他ならない39)。従って,LCDTV産業において競争優位の源泉となるのは, 高画質・高精細化を実現するための技術力と巨額な投資に耐えられる資金力の2つにまとめる ことができよう。 特に,LCDTVの高画質化を実現するためには,狭い視野角の問題や小さいコントラスト比, 遅い応答速度を改善する必要があり40),いずれも韓国企業が最も脆弱な技術分野として指摘さ れてきたものである41)。しかし,三星単独でこれらの問題に対処していくには,時間がかかり すぎる上に,経営資源も不足しており,リスクも大きい。従って,このような技術的課題の早 期解決は三星電子にとって急務であった。 すなわち,今後は,三星電子において製品でのより高いレベルでの価値創造が求められる。 何度も指摘しているように,LCDTV事業の場合,コスト・リーダシップか差別化か,といっ た二者択一的な戦略で乗り切ることは困難であるからである42)。LCDTV産業のようなハイテ ク分野では,画期的な製品であっても,すぐに競合他社が模倣製品を市場投入してくるため, その製品サイクルは確実に短くなっている。従って自社の資源が,特殊なものでなければ,競 争企業に模倣されやすく,競争優位を構築するにあたって,相当の困難性を伴う43)。 こうした実情から,三星としてはこれまでソニーの保持していた独自の画質向上技術を取り 入れ,製品の差別化を狙う。ソニーは,デジタル映像家電において産業最高とも言える技術水 準を保有しており,これは競合他社と競争を展開していく上で,大きな差別化の要因になりう るのである44)。 第2に,ソニーとの提携によって開発投資費や設備投資費を軽減が期待されていた。再三述 べるように,LCDパネルラインを一つ設けるには膨大な資金を必要とする。これを三星単独
で負担するには,財務的な負担が大きくなる一方で,リスクも大きい。それがソニーと提携関 係を構築することによって,投資費を半減させることができるし,さらにソニーという大口外 販先を確保でき,リスクが軽減されるというメリットもある。 4.戦略的提携による競争優位の構築 これまで,LCDTV産業で競争優位を鍵となるのは,高画質・高精細など機能性向上に必要 な技術的知識と資金調達能力の2つであると述べてきた。そして,三星はソニーとの提携によ って,この2つの資源を手に入れることができた。そしてその資源が競争優位を構築していく 上で決定的な役割を果たしたと我々は考えている。以下では,三星がソニーとの提携を通じて, どのような成果を享受したかを詳細に検討する。 (1)製品における技術的差別化の実現 2005年度第2四半期には,S-LCDの本格的な稼動と共に三星(ソニー)パネルの量産が開 始された。このLCDパネルの技術的特長は45),①これまでLCDTVの弱点とも言われていた狭 い視野角をほぼ真横から見ても,画面の色を保つ画素構造を導入し,産業最高水準とも言える 上下左右178度の広視野角を実現した。②これまでLCDパネルは,暗部の階調表現が弱いこと が指摘されてきた。そのため各社とも,様々な工夫を凝らして改善に取り組んできており,昨 今では暗部階調もTV選びの1つのキーワードになっている。そして,S-LCDで生産されてい るパネルは暗部階調の再現力が大幅に改善された1300:1の高コントラストを実現している。 ③さらにもう1つのLCDの弱点として早くから指摘されてきたのが,応答速度である。こ れは液晶分子が縦になったり横になったりする物理現象であるため,速くしようと思っても自 ずから限界があった。これまでは各社とも,そのあたりを,視覚特性を利用した映像処理やパ ネルドライバの工夫で乗り切ってきたが,S-LCD製のパネルは,パネルの駆動のタイミング 制御部分で応答速度を速めることができた。すなわち,液晶特有の残像を最小限に抑え,スポ ーツ中継など動きの速いシーンをクッキリと描写する8msec(ミリ秒)高速のパネル応答速 度を実現している。 そして,④従来のTVでは再現の難しかった「真紅」と「深緑」の高い色再現性が大幅に向 上された。NTSC比では約91%,sRGB46)比で約130%の広色域を実現している。特に赤と緑の 再現性を高めており,ソニー側は,「鮮やかな深紅のバラ,木々が折り重なる森の多彩な緑な どを本物に近い色で再現可能」になったと説明している。 以上のように,S-LCDで生産されるパネルは,LCDTVの高画質化に向けての最先端技術が 盛り込まれている。そして,このようなパネルの開発を可能にしたのは,以下のような技術が
採用された結果であった47)。 ① については,液晶の1ドットに特性の異なる2つのサブピクセルを,“く”の字状に配列 させ,それぞれ独立のトランジスターで制御させる技術を確立したこと。 ② については,コントラスト差が大きいな場面などで,A/Bの2つのサブピクセルに輝度差 を設けるなどの処理を行ない,視野角低減を図った。さらに,サブピクセル構造のために ドライバICなどの周辺回路を開発し採用したこと。 ③ ついては,予め画素に傾きを与えて追従性能を高める「プリチルト」という新技術,すな わち現在表示中の次のフィールドを先に読んで,素子を動かし始める準備をさせる技術を 採用したこと。 ④ については,ソニーが開発した広色域バックライトシステム「ライブカラークリエーショ ン」を採用したこと。バックライトは,従来のCCFL(低陰極管)方式でありながら,新 開発の蛍光体や独自の色域(デバイスの特性によって決まる再現可能な特定の色の範囲) 制御技術を採用している48)。 こうした一連の技術成果は,ソニーの独自的な画質向上技術を取り入れた結果であった。こ れについて,村上製品リーダーは,「S-LCDで製造されているとはいえ,「ソニーパネル」と 銘打っているように,ソニーのオリジナルパネルです。ソニーの要求仕様に合ったパネルが納 品されるために,非常に濃密なコミュニケーションをとっています。例えば,テレビ会議や電 話会議は定例のものも入れると毎週何回も行っています。もちろんS-LCDとミーティングす る前には,ソニー内でのミーティングも必要になります。世界の各市場向けパネル設計の担当 者をはじめ,相当な人数を取りまとめていることになりますね」と述べている。実際,仕様決 めから基本設計,試作の解析・評価などはすべてソニーで行っている。また,セット(最終商 品)として組み上げたときに,パネルだけでは検知できない影響も出てくるため,それもソニ ーが精査している49)。こうした一連のパネル開発の取りまとめを全てソニーが担っているので ある。そして,このパネルは全量S-LCDで製造され50),両社折半で納品されていることを考慮 すれば,三星製のLCDTV(PAVV)にも適用されていることは想像に難しくない。 従って,三星はソニーの中核的な資源を,提携を通じて自社内に取り込むことができ,三星 単独では不可能であった同社製品の技術的差別化を実現することができた。そしてそれが,三 星の競争優位の源泉になった。さらに,画質向上技術は日本企業が得意とする分野であるだけ にその意味は大きい。 では,これらの技術的特長は,競合他と比して,どのような性能上の優位を持つのであろう か。LCDTVの代表的な存在であったシャープの同時期(2005年)に発売された製品の場合, 応答速度や色再現性については性能的に大きな差は見られなかったものの,視野角(170度) 51) とコントラスト比(800:1)52)ではS-LCDで製造されるパネルの方が明らかに性能上で優位
であった。特にコントラスト比が高ければ高いほど明暗の輝度差がはっきりしているため LCDTVの高画質を決める重要なポイントとなっているが,これについて,シャープの水嶋繁 光取締役ディスプレイ技術開発本部長は,「TVの基本は「黒」と「白」であり,画をきれいに 出す原理である」53)と述べ,高コントラストの実現がLCDTVでの競争優位の構築においてい かに重要であるかを強調している。 ただし,この両社の提携は,ソニーだけが貢献しているわけではないことに注意しなくては ならない。LCDTV産業のように最先端分野で行われる提携の場合,しかも共同研究開発を目 的とする場合には,参加する各企業がそれぞれ強みを発揮できる中核的な資源をもち,しかも それぞれが相互に補完性をもつことが重要である54)。 そして,この提携は三星とソニーが,それぞれ自社の中核となる資源を相互に融合させるこ とで,成功に結びついた。まず三星は,LCDパネルにおいて世界トップの市場地位を築き上 げていた。上述のように,ソニーは「模倣しにくい資源」となる画質向上技術を保有していた のに対して,三星は「代替が困難な資源」として,パネルの効率的な生産が可能な世界最大級 のライン(資本設備)を保有していただけでなく,優れたパネル製造技術を保有していた。例 えば,同社は2001年8月に当時の技術では不可能とされていた40型LCDTV用のパネルを開発 し2002年には既に量産を開始している55)。それに対してシャープが40型クラスのパネルを量産 できる設備を整ったのは2004年のことであった56)。このように,三星がLCDパネル分野でシャ ープより優位に立つことができたのは,以下にまとめることができる57)。 ① DRAM事業により稼いだ資金をLCD事業に投資し,大規模な生産ラインを確保していた ことこと。 ② TFTアレイ工程がDRAM製造工程と類似していることから,DRAM事業部門のエンジニ アをLCD生産に移動させ積極的に活用したこと。 ③ DRAM事業における既存の販売チャネルをLCD製品の市場開拓に活かしたこと。 ④ DRAM生産により蓄積してきた歩留まり向上のノウハウがLCD生産に応用されたこと。 ⑤ DRAM事業部を通じて機械設備購買の交渉力を高め,サプライヤーとの共同研究開発の 経験を伝承したこと。 すなわち,三星は経験豊富の人材を確保していただけでなく,大規模なパネル生産ラインを 競合他社より先行して構築したことで,コスト優位性を獲得していた。上述のように,投資決 断から本格的な稼動までにかかる時間やリスクを考えると,三星における優れたパネル製造技 術は,正にここから起因するものである。従って,両社が得意とする技術分野が一本化される ことによるメリットが大きかったと言える58)。
(2)研究開発・設備投資費の軽減 近年,LCD市場で顕著に現れている特徴は,これまでパソコン中心であった同市場が,TV 市場中心にかわったということである。さらに,顧客のニーズが,大型画面から高画質へとシ フトしていたことから,技術力と量産体制の両立が企業の競争優位に源泉になっている。たが, 上述のように,これらを両立させるためには,大手企業の年間営業利益を上回る巨額の投資を 2年以内という短期間でしかも継続的に行わなければならない。すなわち,単独企業の場合, 年間約1兆円の売上げが達成できなければ,赤字に転落する。 一方,ソニーとの提携によるメリットの一つは,研究開発・設備投資費用を半減させたこと である。表3は,三星とソニーの提携によって設立された合弁会社S-LCDの総投資額を表し たものである。この表からは,同社が設立当初から,約2年が過ぎた2007年までの総投資額が 既に4000億円を越えていることがわかる。しかしソニーと折半投資により,三星は第7世代と 第8世代ラインの総投資額を約2000億円に抑えることができた。表1で示しているように,単 独企業で投資を断行した場合,5000億円を超える投資が必要となるが,三星はソニーとの提携 により,それぞれのノウハウを活かすことで,能率性が向上され,コストとリスクを半減させ ることができたのである。 5.おわりに 本稿では,三星の競争優位の源泉をソニーとの提携を通じて検討してきた。そしてS-LCD の事例をもとに,ソニーと締結する提携がいかなる成果を引き出すことができたのかを明らか にしてきた。 これまで新製品・新技術が登場する度に日本企業からの導入技術の改良,いわゆる「従属的」 な技術依存を通じて,高度成長を遂げてきた三星にとり,核心技術に当たる画質向上技術は最 も脆弱な分野であった。しかも,三星に対する技術的牽制が激しさを増す中で,核心技術の蓄 積が皆無であった同社がこれらの技術を手に入れるのは,ほぼ不可能に近いといっても過言で はない。 日本企業のこうした動きは三星の技術レベルが相当の水準まで到達していることを証明する ものではあるが,他面では技術蓄積を全て自社で行わなければならないということを意味し, 基盤技術が脆弱な三星にとっては非常に厳しい局面をむかえているともいえよう59)。 しかしながら,ソニーとの提携により三星は,巨額の設備投資費と研究開発費を半減させる だけでなく,ソニーの独自的な技術を取り入れることで,製品の技術的な差別化を図ることが できた。そういう意味で,ソニーとの提携により,画質向上技術を蓄積できたのは,三星にと って,最も大きな成果であると指摘できよう。さらに三星の優れたLCD生産技術を加えるこ
とで効率的な生産が可能になり,価格下落が懸念されていたLCD産業でのコスト優位を確保 することができた。これは,両社がそれぞれの中核的な資源を持ち寄ったことで成功に結び付 けることができたのである。 しかし,ソニーとの提携が成功に結びついたとはいえ,提携が万能な戦略ではない点に注意 する必要がある。提携が上手くいっているケースはごく一握りであり,数多くの提携の失敗例 が報告されている。確かに三星はグローバル化という過酷な競争環境で生き残るために,今後 も提携を積極的に活用していくはずである。ただし,提携は企業間の「相互補完」を含意する ので,三星がそれなりの相互補完的な能力を整えておかなければ,提携関係は自ずから不平等 なものへと発展し,提携の効果も消滅してしまう60)。なお,本稿では経営資源の獲得に焦点が 絞られており,さらにその先で当然検討されるべき提携能力に関しては紙面の都合上,殆ど触 れていない。これに関しては,稿を改めて検討されなければならない。 最後に,本稿の研究から得られるインプリケーションとして,LCDTV産業における三星の 成長要因をこれまでのように,随時な先行投資,大量生産体制の迅速な確立と開発,経営者の 強力なリーダーシップなどとしてのみ捉えるのではなく,外部企業との協力による成長として もみることによって,新しい分析の視角を提示できるのではないか指摘して,本稿を閉じるこ ととする。 1)本稿の骨子は,2009年9月12日アジア経営学会第16回大会で報告した。 2)代表的なものとして,吉岡秀美〔2003〕,「韓国TFT- 業界の発展と課題」座間紘一・藤原貞雄編『東アジ アの生産ネットワーク』ミネルヴァ書房がある。 3)李相浣〔2005〕「三星のLCD戦略」日本に根付くグローバル企業研究会&日経ビズテック編『サムスンの研 究』日経BP社,125頁。
4)Porter, M.E.〔1985〕, The free press, p.xvi.
5)Barney, J.B.〔1991〕,Firm Resources and Sustained Competitive Advantage, , Vol.17, No,1, p.102.
6)ゲマワット,パンカジュ(大柳正子訳)〔2002〕『競争戦略論講義』東洋済新報社,78頁,
7)David Besanko, Dranove, Mark Shanley, and Scott Schaefer〔2004〕, , 3rded,
Wiley&Sons, p.360.
8)Wernerfelt, B.,〔1984〕,A Resource-Based View of the Firm, , Vol.5, p.101, pp.105-108. 9)Ibid., p.172. 10)Ibid., p.108. 11)今野喜文〔2007〕「組織能力と持続的競争優位」『北星学園大学経済学部北星論集』第46巻第2号,20頁。 12)薜國萍〔1998〕「エイサーの競争優位の源泉」『国際ビジネス研究学会年報』1998年号,242−243頁。 13)李偉範・権ヨンチョル〔2006〕「グローバル企業の動態的能力と提携―三星電子を中心に」『経営教育研究(韓
国経営学会)』第9巻第2号,65頁。 14)李章鎬〔1994〕「国際競争と革新−三星電子姜晋求会長に聞く」『西江大学ビジネスレビュー』Nov-Dec, 92 頁。 15)徳田昭雄〔2000〕『グローバル企業の戦略的提携』ミネルヴァ書房,38頁。 16)李キョンスク〔2007〕『次世代ディスプレイ及び機器産業の2020ビジョンと戦略』産業研究院,122頁。 17)松行彬子〔1999〕「戦略的提携による組織間学習と企業変革」『経営情報学会誌』Vol.8No.2,64頁。 18)戦略的提携の詳しい議論についてはHamel, G., Y.L.Doz., C.K, Prahalad.,〔1989〕, Collaborate with your
Competitors and Win, , Jan-Feb, 野中郁次郎〔1991〕「戦略提携序説」『ビジネス レビュー』Vol.38, No.4, 伊藤邦雄・鈴木智弘〔1991〕「戦略的提携によるグローバルリンケージの創造」『ビ ジネスレビュー』Vol.38, No.4, 山下達哉〔1994〕「戦略的提携による競争優位の構築」『富士論叢』第40巻 第1号,Yoshino, M.Y., Rangan, U.S.,〔1995〕, , Harvard Business School Press, 松行彬 子〔2000〕『国際戦略的提携』中央経済社,徳田昭雄〔2000〕『グローバル企業の戦略的提携』ミネルヴァ 書房を参照されたい。
19)安田洋史〔2006〕『競争環境における戦略的提携』NTT出版,7頁。
20)Grant, R.M.,〔1991〕, The Resource-Based Theory of Competitive Advantage Implications for Strategy Formulation, , spring, pp.118‐119. 21)【前掲19)34頁。】 22)伊丹敬之〔1984〕『新・経営戦略の理論』日本経済新聞社,50‐51頁。 23)田口敏行〔2006〕「ビジネスアーキテクチャーと統合的イノベーションモデルの検討」『静岡産業大学情報 学部研究紀要』Vol.9,23頁 24)さらにソニーは,ソニーパネルを「BRAVIAの心臓部」とまで表現している。ソニー株式会社・HP参考 (http://www.sony.co.jp/SonyInfo/Jobs/main/work/makes_0103.html)2009.04.30. 25)代表的なものとして,伊丹敬之〔2002〕「日本が逆転された日」『企業戦略白書・Ⅰ』東洋経済新報社,張 成源他〔2006〕『韓国半導体一等秘訣の解剖』三星経済研究所などがある。 26)泉谷渉〔2003〕『日本半導体起死回生の逆転』東洋経済新報社,160‐163頁。
27)中田行彦〔2007〕「LCD産業における日本の競争力」『RIETI DISCUSSION PAPER SERIES』経済産業研 究所,42頁。 28)しかし,LCDTV産業に属する全ての企業が他社資源の活用に前向きなわけではないことに留意しなければ ならない。自社の技術力にこだわり,他社の資源を活用することなどもってのほか,という経営哲学をも っている企業もある【前掲19)18頁】。たとえば,シャープは,最近まで自社の高い技術力をもとに自前主 義を標榜していた企業である。これについて,シャープの中川経営企画室長(当時)は,「我々がこれまで 提携を行わなかった理由は,我々の技術が相手企業に漏れることを恐れていたからです。シャープは, LCDパネル技術はともかく,LCDTVに関連した高度技術をも保有しています。従って,提携を行うのは逆 効果が出る可能性が高いですね。寧ろ,シャープの技術が外部に漏れないようにブラック・ボックス化さ せた方がより効果的であると考えています。さらに,LCDTV産業での提携は,競争企業間で締結されるこ とが多いのですが,こうした提携は必ず限界が生じます。・・・略・・・今後さらに競争が激化すると予想 されるLCDTV事業で,我々が今後も提携をしないとは言い切れませんし,競争優位を獲得するために提携 は必要かもしれません。ただし,これも慎重に考えなければなりません。」と述べ,その当時は提携が必ず しも有効的な戦略ではないという立場を示していた(筆者のインタービューによる。2005年6月)。すなわ
ち,競争企業間で行われる提携の場合,自社の利益だけを重視する傾向があり,パートナー間の葛藤も生 まれやすい。しかも,競争優位の源泉になりうる中核的資源の流出は避けられない。こうした戦略的提携 のリスクを考慮した場合,これまでブラック・ボックス化戦略を追及してきたシャープが戦略的提携を忌 避する動きをとっていたのは当然のことかも知れない。 しかし,同社は2007年12月に東芝と包括的な提携を結ぶことを発表した。同社の片山幹雄社長は,「LCDTV をはじめとするエレクトロニクス産業では,厳しいグローバル競争が展開されている。産業動向は1年ど ころか半年,3カ月先も予測できない状況。こうした環境下では,必要な技術をすべて自社だけでまかな うことは難しい。戦略的な事業提携が必要となる」と提携に踏み切った理由を説明した(株式会社シャープ, プレス・リリース(http://www.sharp.co.jp/corporate/news/071221)2009.03.10)。これらの発言や事例か ら,LCDTV産業で競争優位の構築に際して,いかに高度技術を保有している企業であろうとも,戦略的提 携が必要不可欠になっていることを読み取ることができる。すなわち,LCDTV産業では,資本力か技術力 か,といった単一の競争力だけで乗り切ることは困難になったことを意味し,これはLCDTV産業において 提携が極めて重要な戦略的な手段になっていることを意味するにほかならない。 29)読売新聞,2005年9月23日付。さらに,ソニーの中鉢良治社長は,「テレビの復活なしでは,強いソニーの 復活は考えられない。」と述べている。ソニー株式会社〔2005〕『2005年度経営方針説明会』を参照。 30)日経BP社編〔2003〕「出井伸之会長の覚悟−技術の流れ見誤った公約末達なら辞める」『日経ビジネス』 2003年11月10日号,34頁。 31)ペスハン〔2006〕「ソニーのTV攻勢に注目せよ」『LG週刊経済』LG経済研究院,3月15日号,27頁。 32)ソニー株式会社『Annual Report 2006』,16頁。 33)渡辺晴治〔2003〕「ソニー・サムスン婚約の衝撃」『週刊東洋経済』11月1日号,17頁。 34)【前掲31)27頁。】 35)【前掲2)303頁。】,【前掲23)24頁,32頁。】 36)つまり,基板を大型すれば,①液晶パネルの大型化。②1枚から取れるパネル枚数(画取り数)が増加す るので,生産性が向上する。③不良品が発生した場合の歩溜まり率が向上する。④単位当たりの材料の使 用量を減らすことができ,コストダウンにつながるというメリットがあり,格段に優位に立つことができ るのである。【前掲27)38頁。】 37)三星電子の技術評価については,曺斗燮・尹鍾彦〔2005〕『三星の技術能力構築戦略−グローバル企業への 技術学習プロセス』有斐閣,41頁, 崔ジョンドク〔2006〕「ディスプレイ強国の地位が危うい」『LG週間経済』 4月19日号,LG経済研究院,26頁を参照されたい。さらに,韓国大使館の関係者は,「韓国企業は,日本 の核心技術がなければ,製品を生産すること自体が難しい」と述べており(ハンギョレ新聞,2004年12月 14日付け),実際にLCDTV核心技術において三星が保有している特許件数は1%未満である(オサンボン グ〔2006〕『韓国主力産業のグローバル競争力分析と政策課題』産業研究院,363頁)。 38)李キョンスク〔2007〕,『次世代ディスプレイ及び機器業界の2020ビジョンと戦略』産業研究院,116頁。 39)【前掲23)26頁。】 40)石原將市〔2007〕「液晶テレビ「アクオス」の最新表示技術」『シャープ技報』第96号,16‐19頁。 41)韓国企業におけるLCDTVの技術評価については【前掲17)60頁。】を参照されたい。 42)【前掲23)22頁。】 43)高井透〔1998〕「資源ベースによる競争優位性構築」『桜美林大学産業研究所年報』第15・16合併号,64頁。 44)ハンギョレ新聞,2004年12月14日付け。
45) ソ ニ ー 株 式 会 社「BRAVIA」(http://www.sony.jp/bravia/products/KDL-46F1/feature_1.html#L2 _120)2008.06.20,
ソニー株式会社報道資料(http://www.sony.jp/CorporateCruise/Press/200509/05-0914/)2008.06.20を参 照されたい。なお,これらの技術的特長は,2005年10月に発売された製品を基準としている。
46)sRGBは,IEC(International Electrotechnical Commission,国際電気標準会議)において,1998年10月に 国際標準として制定された(IEC61966-2-1)色空間の国際規格のことである。
47)株式会社 Impress Watch HPより(http://av.watch.impress.co.jp/docs/20050914/sony2.htm)2009.8.1. 48)ソニー株式会社報道資料(http://www.sony.jp/CorporateCruise/Press/200509/05-0914/)2009.8.1.なお,
CCFLとは,(Cold Cathode Fluorescent Lamp)の略字。日本語では「冷陰極蛍光管」と表記し,照明の 蛍光灯と同様の原理で発光し,低消費電力である。LCDTVのバックライトとして一般的に用いられている。 49) ソ ニ ー 株 式 会 社 HP に よ り(http://www.sony.co.jp/SonyInfo/Jobs/main/work/makes_0103.html) 2009.04.30. 50)【前掲32)16頁。】 51)松久浩一郎・山田智行〔2005〕「デジタルチューナユニット内臓型液晶テレビAD5シリーズ」『シャープ技 報』第92号,69頁。 52)シャープ株式会社HP(http://www.sharp.co.jp/products/iaquos/text/p1.html)2010.1.7. 53)株式会社BCN HPにより,(http://bcnranking.jp/news/0608/060807_5069.html#so)2010.1.7. 54)【前掲19)179頁(松行彬子〔2000〕)。】 55)王淑珍〔2007〕「台湾のLCD産業が持続的な進化から飛躍的な成長に転じた原動力」『Research digest』07 ‐J‐21,経済産業研究所,48頁。 56)シャープ株式会社HPより(http://www.sharp.co.jp/kameyama/feature/about/index.html)2010.1.7. 57)【前掲56)48頁。】 日本の特許庁は,三星がLCD産業においてビジネスリーダと成りえたことについて,大規模開発によるコ ストの低下だけでなく,投資タイミングの良さを指摘している。特許庁〔2006〕『特許出願技術動向調査報 告書−液晶表示装置の画質向上技術(要約版)』,44頁。 59)曺斗燮・尹鍾彦〔2005〕『三星の技術能力構築戦略−グローバル企業への技術学習プロセス』有斐閣,232頁。 60)中橋國蔵は,競争優位の源泉となるのは,「個々の資源よりも,それらを組み合わせ,調整し,統合する組 織能力である」と指摘した。提携によって価値のある資源を得たとしても,それを活用する組織能力がな ければ,その資源は無駄になってしまうのである。すなわち,単に資源を積み上げれば良いという問題で はなく,それを活用できる組織能力が必要になってくる。そしてそれが,新たな自社独自の資源の創出へ と繋がるのである。中橋國蔵〔1996〕「独自能力の形成過程」『商大論集(神戸商科大学)』第47巻第4号, 49頁。 (2010年11月2日受理)