DP
RIETI Discussion Paper Series 06-J-044
急増する M&A をいかに理解するか:
その歴史的展開と経済的役割
宮島 英昭
RIETI デ ィ ス カ ッ シ ョ ン ・ ペ ー パ ー は 、 専 門 論 文 の 形 式 で ま と め ら れ た 研 究 成 果 を 公 開 し 、 活 発 な 議 論 を 喚 起 す る こ と を 目 的 と し て い ま す 。 論 文 に 述 べ ら れ て い る 見 解 は 執 筆 者 個 人
RIETI Discussion Paper Series 06-J-044
急増する M&A をいかに理解するか:
その歴史的展開と経済的役割
宮 島 英 昭 (早 稲 田 大 学 ・ RIETI) 2006 年 6 月 要 約 戦 後 日 本 経 済 の 発 展 の な か で 、こ れ ま で 国 内 企 業 の 合 併 ・買 収 が 活 発 化 す る と い う 事 態 は 見 ら れ な か っ た 。し か し 、1990 年 代 後 半 か ら 、日 本 に お け る M&A が 急 増 し 、戦 後 は じ め て の ブ ー ム を 迎 え て い る 。 件 数 ベ ー ス で み る と 、 2004 年 に は M&A は 2000 件 を 超 え 、 10 年 前 に 比 べ て 約 4 倍 に 増 加 し た 。 で は 、 な ぜ 1990 年 代 半 ば 以 降 、 国 内 企 業 間 の M&A を 中 心 に M&A は 急 速 に 増 加 し た の か 、 こ う し た M&A の 増 加 は 、 こ れ ま で の わ が 国 の M&A の 展 開 や 、 国 際 的 な M&A の 動 向 か ら 見 て ど の よ う な 特 徴 を も つ の か 、 そ し て 、 近 年 の 増 加 す る M&A は い か な る 経 済 的 役 割 を 演 じ て い る の か 。 本 稿 の 課 題 は 上 記 の 一 連 の 問 い に 一 次 的 な 解 答 を 与 え る 点 に あ る 。 そ の た め に 本 稿 で は 、 ま ず M&A の 経 済 的 役 割 に つ い て 、 そ の 二 面 性 に 注 目 し た 理 論 的 整 理 を 試 み る 。次 に そ の 視 角 か ら 20 世 紀 の 日 本 企 業 の 成 長 過 程 に お け る M&A の 展 開 を 概 観 し 、 戦 前 に は M&A が 企 業 の 成 長 戦 略 と し て も 、 事 業 再 組 織 化 の 手 段 と し て も 重 要 な 役 割 を 演 じ た こ と 、 他 方 、 高 度 成 長 期 に M&A が 制 度 的 要 因 の た め に 低 迷 し た こ と を 示 す 。 最 後 に 、 1999 年 以 降 の M& A の 急 増 の 局 面 を 扱 い 、 そ の 発 生 要 因 、 特 徴 、 経 済 的 役 割 に つ い て 検 討 し て 、M&A が 90 年 代 末 か ら の 創 造 的 破 壊 を と も な う 構 造 調 整 の 過 程 に お い て 極 め て 重 要 な 機 能 を 果 た し て い る と い う 見 方 を 提 示 す る 。 本 稿 は 、RIETI コ ー ポ レ ー ト・ガ バ ナ ン ス・プ ロ ジ ェ ク ト の 一 環 と し て 作 成 さ れ た 。本 稿 作 成 あ た っ て は 、蟻 川 靖 浩 、齋 藤 卓 爾 、藤 田 勉 、吉 岡 念 人 、渡 辺 泰 宏 、Kee Hong Bae、Vikas Mehrotra, Yishay Yafeh 氏 の 協 力 を 得 た 。 記 し て 感 謝 申 し 上 げ る 。1 . 課 題 戦 後 日 本 経 済 の 発 展 の な か で 、 こ れ ま で 国 内 企 業 間 の 合 併 ・ 買 収 (Merger and Acquisition, 以下 M&A)が活発化するという事態は見られなかった。必ずしも充分 に 顧 み ら れ て い な い が 、戦 前 日 本 で はM&A は、企業の重要な成長戦略であり、また、 事 業 再 組 織 化 の 手 段 と し て も 積 極 的 に 利 用 さ れ て い た 。 第 2 次 企 業 勃 興 直 後 の 20 世 紀 初 頭 に は 紡 績 業 、 製 糖 、 電 力 な ど を 中 心 に 合 併 が 進 展 し 、 昭 和 恐 慌 後 の 1930 年代 に は 製 鉄 業 や 製 紙 業 で 大 型 合 併 が 実 現 し た 。 と こ ろ が 、 第 2 次 大 戦 後 は 、1950 年代 財 閥 解 体 に よ っ て 分 割 化 さ れ た 旧 財 閥 系 企 業 の 再 結 集 や 、1960 年代の資本および貿 易 の 自 由 化 を 背 景 と し た 同 業 種 企 業 同 士 の M&A を例外とすれば、M&A が活発化す る と い う 事 態 は 見 ら れ な か っ た 。 し か し 、1990 年代後半から日本における M&A が急増し、戦後はじめてのブームを 迎 え て い る 。 集 計 さ れ た 件 数 ベ ー ス で み る と 、M&A は、まず海外企業の買収を中心 に 1980 年代後半に増加して、1990 年の 754 件でピークをつけた後、いったん低迷 し た 。そ の 後 1999 年以降、国内企業間の M&A を中心に再び大幅に増加し、2004 年 に は 2,211 件に達した。10 年前に比べて約4倍の増加である(図1)。また、こうし たM&A の増加は、表 1 の上場企業数の推移にも反映している。毎年平均 5 社程度で あ っ た 上 場 廃 止 企 業 は 、1997 年から増加し、2004 年までの累計で 330 社にのぼる。 こ の う ち に は 、 会 社 更 生 、 合 併 、 完 全 子 会 社 が 含 ま れ る 。 法 的 整 理 に よ る 事 業 再 生 が 進 む 一 方 、 統 合 や グ ル ー プ の 再 編 が 急 速 に 進 展 し て い る 。 し か も 、 観 察 さ れ る の は た ん に 波 動 の み で は な い 。 後 に 簡 単 な 分 析 を 加 え る よ う に 、1990 年代の国内企業間の M&A の波は幾つかの産業への集中をともなっていたのである。 = = 図 1 ・ 表 1 about here === で は 、 な ぜ 1990 年代半ば以降、国内企業間を中心に M&A は急速に増加したので あ ろ う か 。そ の 増 加 の 背 後 に は ど の よ う な 要 因 が あ る の か 。こ う し たM&A の増加は、 こ れ ま で の わ が 国 に お け る M&A の展開や、国際的な M&A の動向に対比してどのよ う な 特 徴 を も つ の か 。 そ し て 、 最 後 に 、 増 加 す る M&A はいかなる経済的役割を演じ て い る の だ ろ う か 。本 稿 の 課 題 は 上 記 の 一 連 の 問 い に 一 次 的 な 解 答 を 与 え る 点 に あ る 。 こ の 点 に 接 近 す る た め に 本 稿 で は 、 ま ず 、M&A の経済的役割の理論的理解に関す
る 整 理 を 試 み る 。M&A の急増に注目が集まりつつあるが、M&A が企業価値を引き上 げ る 経 路 に 関 す る 認 識 は 必 ず し も 共 有 さ れ て い る と は い え な い 。 そ の た め 、M&A の 役 割 を 高 く 評 価 す る 議 論 が 提 唱 さ れ る 一 方 で 、 敵 対 的 買 収 に 対 す る 反 発 も 強 く 、 議 論 に あ る 種 の 混 乱 が 見 ら れ る 。こ こ で は 、M&A が経済的意味を持ちうるとすれば、M&A が 組 織 的 効 率 を 引 き 上 げ る か 、 資 源 配 分 効 率 を 引 き 上 げ る か の 点 の い ず れ か で あ る こ と を 強 調 す る 。 そ の 上 で 、M&A が常に企業価値を引き上げるとは限らない点を重視 し 、 そ の 可 能 性 を 近 年 の 理 論 的 成 果 に 従 っ て 整 理 す る 。 こ のM&A の二面性に視点を定めた上で、次に 20 世紀の日本企業の成長過程で M&A が 果 た し た 役 割 に 関 し て 概 観 す る 。 こ れ ま で 、 ほ と ん ど シ ス テ マ テ ッ ク な 分 析 を 欠 い て い た20 世紀前半の日本企業の M&A に関して、いまだ不十分であるが独自のデータ ベ ー ス を 作 成 し 、 そ れ に よ る M&A 波動の確認と記述資料の検討から、M&A の経済 的 役 割 に 関 し て 仮 説 的 な 見 方 を 提 示 す る 。 戦 前 に 関 し て 強 調 さ れ る の は 、 次 の 点 で あ る 。 第1 に、戦前日本では M&A が頻繁に見られたこと、特にサプライショックに直 面 し た1920 年代、株価が急上昇した 1930 年代には、M&A が急増したこと。第 2 に、 そ の 機 能 は 、 組 織 効 率 の 面 で も 、 資 源 配 分 効 率 の 面 で も 積 極 的 な も の と 認 め ら れ る こ と 。他 方 、第 3 に 、市 場 あ る い は 市 場 外 の 買 占 め や 、敵 対 的 買 収 も ま れ で な く 、M&A は 事 業 統 合 ・ 経 営 の 規 律 の 点 で 積 極 的 な 役 割 を 演 じ た こ と で あ る 。 他 方 、戦 後 改 革 期 か ら 1980 年代半ばまでは、M&A の停滞期と特徴付けられる。こ の 時 期 に 関 し て は 、 な ぜ 、 約 半 世 紀 の な が き に 渡 っ て 国 内 企 業 間 の M&A が低調であ っ た の か に つ い て の 若 干 の 考 察 を 加 え る 。 強 調 さ れ る の は 、 持 続 的 成 長 と い う マ ク ロ 的 条 件 に 加 え て 、戦 後 に 形 成 さ れ た 制 度 的 枠 組 み(相互持合いとメインバンク)が M&A の 経 済 的 役 割 を 代 替 し て い た こ と で あ る 。 さ ら に 、 こ れ ま で 必 ず し も 注 目 さ れ て こ な か っ た が 、1980 年代後半に海外企業の買収を中心とした波動が観察されることを強調 し 、 こ の M&A 波動が国内の資金緩慢に促進された過剰な M&A の可能性が高いとい う 見 方 が 提 示 さ れ る 。 最 後 に 、 本 稿 で は 、1999 年以降の M&A の急増の局面を扱い、その発生要因、特 徴 、 経 済 的 役 割 に つ い て 概 観 す る 。1999 年からの M&A の増加は、特定産業で M&A で 集 中 的 に 発 生 し た と い う 意 味 で 波 動 と 呼 び う る こ と 、 日 本 で 形 成 さ れ つ つ あ る
M&A 市場が、arm’s length な関係によって特徴付けられる英米と異なり、独・仏と 共 通 に coordination を基礎とする関係によって特徴づけられることが強調点である。 ま た 、 そ の 経 済 的 役 割 に 関 し て は 、 厳 密 な 検 討 は 今 後 の 課 題 で あ る が 、1999 年以降、 増 加 す る M&A は、グリーンフィールド投資の代替としての M&A と、事業再組織化 の 手 段 と し て 2 側面からなり、それらは、組織効率の引き上げと、資源配分効率の引 き 上 げ に 対 し て ポ ジ テ ィ ブ な 効 果 を も ち 、単 な る 富 の 移 転 、信 頼 の 破 壊 と い っ た M&A の と も な う コ ス ト は 顕 在 化 し て い な い と い う 見 方 を 提 示 す る 。つ ま り 、M&A は、1990 年 後 半 か ら の 創 造 的 破 壊 を と も な う 構 造 調 整 過 程 を ミ ク ロ 面 か ら 支 え た と い う の が 本 稿 の 提 示 す る 暫 定 的 な 見 方 で あ る 。 以 下 、 本 稿 は 次 の よ う に 構 成 さ れ る 。 続 く 2 節では、M&A の発生要因と機能に接 近 す る 際 の 基 本 的 視 角 を 整 理 す る 。 ま ず 、M&A が企業価値を引き上げる場合の経路 と し て 、 シ ナ ジ ー と 経 営 の 規 律 の 2 点を強調し、その上で M&A が負の経済的機能を 果 た す 可 能 性 と 経 路 を 考 察 す る 。3 節は、その角度から 20 世紀の日本における M&A の 展 開 と そ の 役 割 を 簡 単 に 回 顧 す る 。4 節は、1990 年代末から M&A ブームの発生要 因 、特 徴 を 整 理 す る 。5 節は、累積異常収益率 CAR などの暫定的な推計結果を利用し て M&A のその経済的役割に関する仮説的な見方を提示する。最終節は今後の展望に あ て ら れ る 。 2 .M&A と企業価値 2-1 組織効率と資源配分効率の向上 シ ナ ジ ー M&A が企業価値の創出を通じて経済厚生の上昇に寄与するのはいかなる場合であ ろ う か 。M&A は、動機、形態、取引手段(株式交換、現金)に即して様々な区分が 可 能 で あ り 、そ の 効 果 も 多 様 で あ る 。こ こ で は 、Morck, Shleifer and Vishney (1990) に な ら っ て 、 シ ナ ジ ー を と も な う M&A と、経営の規律付け M&A とに区分するのが 便 宜 で あ る 。 表 2 には、この経路が要約されている。
== 表 2 about here==
出 は 多 様 な 源 泉 が 考 え ら れ る 。 例 え ば 、 合 併 に よ る 市 場 支 配 力 の 向 上 が 、 買 い 手 と の 間 の 交 渉 力 を 引 き 上 げ る 。 ま た 、 合 併 に よ る 節 税 効 果 も 企 業 収 益 の 上 昇 に は 重 要 な 意 味 を も つ1。も っ と も 、以 上 の ケ ー ス は 、M&A の動機として重要な要因であるとして、 経 済 的 厚 生 を 引 き 上 げ た か 否 か は 明 確 で は な い 。 よ り 企 業 価 値 の 創 出 の 点 で 重 要 な の は 、 管 理 部 門 の 経 費 の 共 有 化 に よ る コ ス ト の 節 約 、 設 計 、 研 究 開 発 部 門 の 共 通 化 、 重 複 部 門 の 廃 止 に よ っ て 生 み 出 さ れ る 統 合 効 果 で あ る 。 規 模 拡 大 に よ る 信 用 リ ス ク の 低 下 や 取 引 ロ ッ ト の 増 大 に よ る コ ス ト 削 減 も 期 待 で き る 。さ ら に 、双 方 が 技 術 ・経 営 面 で 補 完 的 機 能 を 持 つ 場 合 も 企 業 価 値 の 向 上 が 期 待 で き よ う 。 こ う し た 統 合 効 果 は M&A の 初 期 か ら 観 察 さ れ る 古 典 的 な シ ナ ジ ー で あ り 、 近 年 で も 鉄 鋼 、 エ ネ ル ギ ー 、 金 融 、 自 動 車 部 門 な ど で は 、 以 上 の 効 果 が 重 要 なM&A の動機となると見ることができる。 ま た 、 電 力 、 ガ ス 、 通 信 な ど の ネ ッ ト ワ ー ク 産 業 で は 、 シ ナ ジ ー の 源 泉 と し て 、 ネ ッ ト ワ ー ク の 外 部 性 が 重 要 で あ る 。 こ う し た ネ ッ ト ワ ー ク 産 業 で は 、M&A は固定的 な 設 備 の 利 用 の 拡 大 や 整 備 を 通 じ て 企 業 価 値 の 向 上 に 寄 与 す る 。例 え ば 、電 力 業 で は 、 ネ ッ ト ワ ー ク の 形 成 は 、 需 給 調 整 ( 発 生 電 力 、 負 荷 の 過 不 足 に 応 じ た 発 電 所 の 選 択 的 運 転 ) を 通 じ て 経 済 効 率 の 上 昇 を 期 待 す る こ と が で き よ う 。 以 上 の 経 路 は 、 水 平 的 な 合 併 の 場 合 期 待 さ れ る 経 路 で あ る が 、 い ま ひ と つ の 経 路 と し て は 、 垂 直 的 合 併 に よ る 取 引 コ ス ト の 引 き 下 げ が あ る 。Coase(1937)以来、広く受 け 入 れ ら れ て い る 通 り 、 企 業 に と っ て 市 場 に よ る 取 引 は 、 情 報 コ ス ト 、 交 渉 コ ス ト 、 取 引 の 維 持 コ ス ト な ど を と も な い 、 そ の た め 、 企 業 は M&A によってこのコストを節 約 す る こ と が で き る2。 し た が っ て 、 外 部 環 境 が 変 わ っ て 、 取 引 コ ス ト が 増 加 す れ ば 、 売 り 手 、 ま た は 買 い 手 を 合 併 す る こ と の 合 理 性 が 高 ま る 。 戦 略 的M&A: コアコンピテンスの強化 M&A の企業価値創出の第 2 の経路は、ターゲット企業からの、①ノウハウの移転、 1 企 業 A,B が 単 独 に 営 業 を 営 み 、 A が 正 の 利 益 、 B が 欠 損 を 生 じ る 場 合 、 M&A に よ り 損 益 通 算 が 可 能 と な れ ば 、 A の 利 益 は 、 B の 欠 損 と 相 殺 さ れ 、 節 税 効 果 が 発 生 す る 。 2 よ く 知 ら れ て い る よ う に 逆 に 企 業 を 利 用 す れ ば 、 レ ン ト シ ー キ ン グ や エ イ ジ ェ ン シ -コ ス ト が 存 在 す る 。
新 た な 経 営 手 法 の 導 入 、 ② 新 た な 製 品 ラ イ ン の 導 入 、 生 産 技 術 の 移 転 、 ③ 販 売 網 の 利 用 、④ あ ら た な 資 金 調 達 先 の 確 保 が 、ビ ッ デ ィ ン グ 企 業 側 の コ ア コ ン ピ タ ン ス(中核的 競 争 能 力)の育成を可能とし、それが企業価値の上昇につながるケースである。これは、 ビ ッ デ ィ ン グ 企 業 か ら 見 れ ば 、 新 規 投 資 (greenfield 投資)の代替として展開され、 戦 略 的M&A と呼ばれる。 一 般 に 、 グ ロ ー バ ル 化 が 進 展 と と も に 、 事 業 遂 行 に 必 要 な 資 源 ・ 技 術 ・ ア イ デ ア の 全 て を 企 業 内 だ け で 開 発 ・ 育 成 す る 必 要 性 が 低 下 し 、 市 場 志 向 的 な イ ノ ベ ー シ ョ ン シ ス テ ム を 通 じ て 調 達 す る こ と が 有 効 と な る 。 と く に 近 年 、 技 術 開 発 能 力 な ど の 確 保 が 企 業 価 値 の 上 昇 に 大 き な 意 味 を 持 ち 始 め た 。 し か し 反 面 、 こ の コ ア コ ン ピ テ ン ス に 関 連 す る 資 源 を 市 場 で 調 達 す る こ と は 、 特 許 、 契 約 の 問 題 か ら 不 確 実 を 免 れ な い 。 そ の た め 、 各 企 業 に と っ て 、 他 社 と の 提 携 、 資 本 参 加 、 あ る い は 、 既 存 企 業 の 直 接 的 な 買 収 を 通 じ て 、 自 社 に と っ て 不 可 欠 な 技 術 を 持 つ 企 業 を 自 社 内 に 抱 え こ み 、 自 社 の コ ア コ ン ピ テ ン ス を 強 化 す る こ と が 合 理 的 な 選 択 と な る (Holstorm and Kaplan 2001)。
し た が っ て 、 こ の ケ ー ス は 、 必 ず し も 合 併 を と も な う 必 要 は な い 。 む し ろ 、 組 織 の 融 合 に と も な う コ ス ト を 回 避 し 被 買 収 企 業 の 構 成 員 の イ ン セ ン テ ィ ブ を 維 持 す る た め に は 被 買 収 企 業 に 独 立 性 を 与 え る 方 が 合 理 性 が 高 い 。 し か し 被 買 収 企 業 か ら の ノ ウ ハ ウ の 確 実 な 移 転 な ど が 買 収 の 主 た る 動 機 で あ る 場 合 に は 、 提 携 で は 不 十 分 で あ り 、 少 な く と も 安 定 的 な 支 配 権 、 つ ま り 50%以上の株式保有が重要な条件となる。 事 業 再 組 織 化 : コ ア 事 業 へ の 経 営 資 源 の 集 中 他 方 、 上 記 の M&A の進展は、被買収企業側から見れば、第 1 に、優秀な技術を持 ち な が ら 経 営 者 の 低 い 努 力 水 準 、 曖 昧 な 利 益 責 任 体 制 と 不 明 確 な 経 営 ビ ジ ョ ン の た め に 業 績 を 低 迷 さ せ た 不 振 企 業 の 再 生 を 可 能 と す る 。そ し て 第 2 に、被買収側が、多角 的 事 業 体 で あ る 場 合 は 、 収 益 性 の 低 い 事 業 か ら の 速 や か な 撤 退 を 可 能 と す る 。 こ の 非 関 連 部 門 の 分 離 に よ る 価 値 創 出 効 果 は 、1960 年代にコングロマリット化が進んでいた 米 国 の 場 合 、1980 年代の M&A の価値創出効果のうちの大半を占めるさえと言われる (Mitchell and Mulherin 1996)。専業度が高く、多角化した場合でも関連多角化を中 心 と す る と い う の が 、 事 業 ポ ー ト フ ォ リ オ 面 の 特 徴 と 見 ら れ て い た 日 本 の 場 合 で も 、
1980 年代後半、本業の成熟化とともに非関連多角化を進め、バブルの崩壊とともにそ う し た 多 角 化 部 門 の 低 収 益 が 目 立 っ て い た か ら(宮島・稲垣 2003)、M&A に期待さ れ る 「選 択 と 集 中 」の 効 果 は 大 き い ( 表2、中段)。 さ ら に 、 第 3 に、M&A は、先の買収企業と同様に被買収企業に対しても、買収企 業 か ら ノ ウ ハ ウ,組織能力が移転し、それが被買収企業の既存の経営資源と相互作用を 起 こ し て 高 度 化 し 、 コ ア コ ン ピ テ ン ス を 強 化 し 、 価 値 創 造 に つ な が る 経 路 が 想 定 さ れ る 。 こ う し た 経 路 は 、 特 に 自 国 内 の 企 業 に 欠 け て い る 。 ノ ウ ハ ウ ・ 技 術 が 移 転 す る と い う 意 味 で ク ロ ス ボ ー ダ ー の M&A に期待される機能である(表 2、上段)。 経 営 の 規 律 M&A が、企業価値を生み出すもう一つの経路は、経営の規律付けの強化を通じて タ ー ゲ ッ ト 企 業 の 組 織 効 率 を 引 き 上 げ る 経 路 で あ る 。 タ ー ゲ ッ ト の コ ー ポ レ ー ト ・ ガ バ ナ ン ス に 問 題 が あ り 、 経 営 者 の 浪 費 が 著 し い 、 収 益 の 上 昇 が 望 め な い 事 業 へ の 進 出 を 含 む 過 剰 投 資 に 陥 る か 、 逆 に 事 業 の 撤 退 ( 再 組 織 化 ) が 遅 れ る 、 あ る い は 、 ビ ジ ネ ス チ ャ ン ス が 存 在 す る に も か か わ ら ず 負 債 の 調 達 を 回 避 し て 保 守 的 な 経 営 を 持 続 す る 、 さ ら に ま た 、 現 預 金 を 大 量 に 保 有 す る な ど の 非 効 率 な 財 務 政 策 の 選 択 に 陥 っ て い る 場 合 な ど で あ る 。 敵 対 的 買 収 者 は こ の 株 式 価 値 の 最 大 化 に 反 す る 経 営 を 矯 正 す る こ と に よ っ て 企 業 価 値 を 創 出 す る 。 例 え ば 、 買 収 側 は 、 経 営 陣 を 、 外 部 取 締 役 を 含 む 適 切 な 構 成 と 規 模 に 再 編 成 し 、 そ の 経 営 執 行 力 を 高 め る こ と に よ っ て 企 業 価 値 の 上 昇 が 実 現 で き る 。 内 部 者 に よ っ て 構 成 さ れ る 取 締 役 会 は 、 意 思 決 定 が 遅 れ 、 ま た 必 要 な 改 革 が 遅 滞 す る 可 能 性 が 高 い ば か り で な く 、 外 部 の 投 資 家 に 対 す る 意 識 が 低 い 。 こ う し た 企 業 に 対 す る M&A の実行は、経営の執行と監督とを分離した執行役員制の導入、利益 責 任 を 明 確 と し 分 権 的 組 織 の 導 入 な ど 一 連 の 一 貫 し た 組 織 革 新 を 実 現 す る こ と に よ っ て 、 被 買 収 企 業 の コ ー ポ レ ー ト ・ ガ バ ナ ン ス の 抱 え る 問 題 を 解 決 し 企 業 価 値 を 引 き 上 げ る 。 こ の 場 合 、 買 収 、 合 併 が 本 質 的 な 要 素 で は な く 、 経 営 に 影 響 を 与 え る に 充 分 な 株 式 が 保 有 さ れ れ ば よ い 。 た だ 、 現 経 営 陣 の 経 営 政 策 を 転 換 さ せ る た め に は 、 過 半 数 以 上 の 保 有 が 必 要 と な る た め 敵 対 的 買 収 の 形 を と る 可 能 性 が 高 い(Morck et al. 1988)。
Value line Investment Survey 所収の大企業のほぼ半数が敵対的買収提案に直面し、 実 際 に 23%が敵対的買収を経験したと試算されている。また、Morck et al.(1988) に よ れ ば 、敵 対 的 買 収 の タ ー ゲ ッ ト と な る 企 業 は 、ト ー ビ ン のQ が低く、設立年が古 い 傾 向 が あ る 。 こ の 経 営 の 規 律 を 動 機 と し た M&A の効果は、米国・英国の研究では 比 較 的 ポ ジ テ ィ ブ な 効 果 が 得 ら れ て い る 。例 え ば 、Jensen(1993)は、この経営の規 律 機 能 を 高 く 評 価 し て い る 。 ま た 、 英 国 を 対 象 と し た Franks and Mayer(1996)も 同 様 の 結 果 を 得 て い る 。 2−2 M&A の二面性 冨 の 移 転 もっとも、M&Aは必ずしも企業価値を上げるとは限らない。しばしば、M&Aは両 刃 の 剣 double-edge swardと例えられるように、ステークホルダー間のたんなる冨の 移 転 の み に 終 わ る か 、場 合 に よ っ て は 、双 方 の 企 業 価 値 の 毀 損 に 繋 が る 可 能 性 も あ る 。 実 際 、M&A 発表時および発表前後における株価のパフォーマンスをイベント・スタ デ ィ の 方 法 を 用 い て 分 析 し た こ れ ま で の 研 究 に よ れ ば3、M&A の公表によって、ター
ゲ ッ ト 企 業 に は20%から30%の正の累積異常収益率(Cumulative Abnormal Return、 以 下CAR)が観察されるの対しての、ビッディング企業の株主に対してはほとんど影 響 が な い か 、わ ず か な 損 失 を も た ら し て い る 。例 え ば 、Kaplan and Weisbach(1992) は 、 ビ ッ デ ィ ン グ 企 業 のCARが−1.49%と報告している4。
同 様 に 、 財 務 的 パ フ ォ ー マ ン ス に よ る 分 析 で も 、Mueller( 1980) は、 1962 年 か ら1972年のM&A 案件を調査し、買収後におけるビッディング企業のROA やROE は、 同 業 他 社 に 比 べ て そ の 差 は 有 意 で な い も の の 、 若 干 悪 化 す る こ と を 報 告 し て い る 。 Ravenscraft and Scherer(1987)においては、事業セグメントのデータを使用し、
3 イ ベ ン ト ・ ス タ デ ィ は 、 M&A の 発 表 日 を イ ベ ン ト 日 ( t=0) と し 、 そ の 前 後 の 期 間 中 に
お い て 当 該 企 業 の 株 価 に 生 じ た CAR( 累 積 異 常 収 益 率 )を マ ー ケ ッ ト モ デ ル の 推 計 を 通 じ て 算 出 す る 手 法 で あ る 。
4 他 方 、 Bradley, Desai and Kim( 1988) な ど で は 、 取 引 が 成 功 し た 案 件 と 不 成 功 で あ
っ た 案 件 に 分 け 、M&A が 成 功 し た も の に 限 っ て 、有 意 な 正 の 超 過 収 益 が 発 生 す る と 報 告 し て い る 。
買 収 後 に お け る 被 買 収 部 門 のROAが低下していることを示している。また、Clark and Ofek(1994)では、業績悪化企業をターゲット企業とする買収においては、買収後に 業 績 が 改 善 す る と は 言 え な い こ と を 示 し た5。 こ の よ う に ビ ッ デ ィ ン グ 企 業 の CAR が必ずしもプラスでないこと、また長期的 な パ フ ォ ー マ ン ス に 関 す る 結 論 も 一 致 し て い な い こ と は 、M&A がターゲット企業の 株 主 に 対 し て は と も か く 、 ビ ッ デ ィ ン グ 企 業 の 株 主 に ポ ジ テ ィ ブ な 効 果 を も た ず 、 た ん な る 冨 の 移 転 が 発 生 し て い る 可 能 性 を 示 唆 す る 。 こ の ビ ッ デ ィ ン グ 企 業 の 株 主 か ら タ ー ゲ ッ ト 企 業 の 株 主 へ の 冨 の 移 転 の 発 生 は 、 タ ー ゲ ッ ト 企 業 の 評 価 Valuation が不 当 に 高 い か ら で あ る が 、 そ れ に は 幾 つ か の 経 路 が 考 え ら れ る 。 い ま 、 複 数 企 業 の 競 合 に よ る 買 収 価 格 の 上 昇 や 、 対 等 合 併 に 対 す る 固 執 な ど の 要 因 を 置 く と 、 重 要 な の は 次 の2 つの可能性である。 第 1 は、買収提案が経営者の自信過剰に基づき実際には経営改善効果をもたない場 合 で あ り 、Managerial hubris とも呼ばれる(Roll 1986)6。 企 業 パ フ ォ ー マ ン ス が
良 好 な 企 業 の 経 営 者 が 、 こ の 高 い パ フ ォ ー マ ン ス が 良 好 な 外 部 環 境 に 基 づ く に も か か わ ら ず 、 自 ら の 経 営 能 力 の 結 果 と 誤 解 し て 、M&A を仕掛けるケースである。より一 般 的 な ケ ー ス は 、 ビ ッ デ ィ ン グ 企 業 の コ ー ポ レ ー ト ・ ガ バ ナ ン ス に 問 題 が あ り 、 経 営 者 の 帝 国 形 成 の 一 環 と し て M&A が試みられるケースである。いずれの場合もビッデ ィ ン グ 企 業 の 買 収 資 金 の 調 達 を 容 易 と す る 金 融 環 境 ( 株 式 市 場 の ブ ー ム 、 低 金 利 に よ る 資 金 制 約 の 低 下 )が こ う し たperverse なインセンティブに基づく M&A を促進する。 第 2 に、以上のケースは、合理的な市場を仮定し、その下で非合理な経営者が、タ ー ゲ ッ ト 企 業 に 対 し て そ の フ ァ ン デ ィ メ ン タ ル 価 値 よ り 高 価 格 で 買 収 す る 場 合 で あ る が 、逆 に 経 営 者 が 合 理 的 で あ っ て も( 株 主 価 値 最 大 化 に し た が っ た と し て )、企 業 価 値
5 Healy, Palepu and Ruback( 1992) は 、 ROA や ROE と い っ た パ フ ォ ー マ ン ス 指 標 は 会 計
方 針 の 影 響 を 受 け や す い こ と を 指 摘 し 、営 業 キ ャ ッ シ ュ フ ロ ー に 基 づ い た 収 益 性 指 標 を 用 い て い る 。そ し て 、合 併 を 行 っ た 企 業 が 、産 業 標 準 と 比 較 し て 資 産 の 生 産 性 を 大 幅 に 改 善 し 、よ り 多 く の 営 業 キ ャ ッ シ ュ フ ロ ー を 生 み 出 し て い る こ と 、営 業 キ ャ ッ シ ュ フ ロ ー の 改 善 が M&A 発 表 時 点 の 超 過 収 益 と 正 の 関 係 に あ る こ と を 報 告 し て い る 。 ま た 、 Parrino and Harris( 1999)は 、ビ ッ デ ィ ン グ 企 業 と タ ー ゲ ッ ト 企 業 が 同 業 種 で あ る 場 合 、買 収 後 に キ ャ ッ シ ュ フ ロ ー に 基 づ く パ フ ォ ー マ ン ス 指 標 の 改 善 が 大 き い こ と を 指 摘 し て い る 。
の 上 昇 に つ な が ら な い M&A がシステマテックに発生する可能性がありうる。市場が ビ ッ デ ィ ン グ 企 業 の 株 価 を フ ァ ン デ ィ メ ン タ ル バ リ ュ ー に 比 し て 過 大 評 価 す る と 、 経 営 者 は こ の 過 大 評 価 さ れ た 株 式 を 買 収 対 価 と し て 利 用 し て 、M&A を実行する強いイ ン セ ン テ ィ ブ を 持 つ か ら で あ る7。 信 頼 の 破 壊 Breach of Trust M&A が、株主以外のステークホルダー間の富の再配分のみにとどまり、ネットの 企 業 価 値 を 生 ま な い 、 あ る い は 、 企 業 価 値 を 毀 損 す る 場 合 も 想 定 で き る 。 第1の古典的なケースは、水平型M&A が、その業界に対して直接的かつ反競争的な 効 果 を も ち 、 経 済 的 厚 生 を 引 き 下 げ る 独 占 の ケ ー ス で あ る 。 し か し 、 か つ て 独 占 禁 止 政 策 を 支 え た こ う し た ナ イ ー ブ な 見 方 は1980年 代 に 進 展 し た 実 証 研 究 で は 支 持 さ れ て い な い 。Stillman(1983)やEckbo(1983)による実証研究は、増大した市場支配 力 が 経 済 的 厚 生 を 引 き 下 げ た と い う 見 方 に 否 定 的 で あ る 。 ま た 、 近 年 のServaes and Tamay (2004)は、M&Aのアナウンスが予想に反して、ライバルの株価にマイナスの 影 響 を 与 え ず 、む し ろ ラ イ バ ル の 累 積 異 常 収 益 率CARの上昇(平均0.55%)をもたらし、 こ れ を エ イ ジ ェ ン シ ー コ ス ト の 削 減 の 観 点 か ら 解 釈 し た 。 ま たFee and Thomas (2005), Shahrur(2005)は、M&Aのアナウンスが、部品・材料供給者、および購買者 のCARを引き下げていないとの実証結果を示している。
M&A がたんに冨の再配分に陥り、企業価値の上昇に繋がらない第 2 のケースとし て し ば し ば 指 摘 さ れ る の が 、 信 頼 の 破 壊 Breach of trust で あ る (Shleifer and Summers 1988)。いま、企業がステークホルダー(従業員・部品供給者)との間に長 期 的 関 係 の 形 成 し 、そ の 維 持 の た め に レ ン ト(高年齢期の高賃金や退職金、事実上の雇 用 保 障 、納 入 保 証)を提供しているとしよう。ビッディング企業は、この暗黙の契約の 破 棄 、 例 え ば 、 長 期 雇 用 の 慣 行 に 反 す る 雇 用 削 減 や 、 長 期 取 引 の 停 止 な ど を 通 じ て 短 期 的 に 企 業 収 益 を 引 き 上 げ る こ と が で き る 。 こ の 場 合 、 被 買 収 企 業 の 株 価 の 上 昇 は も 7 こ の 見 方 ( 行 動 仮 説 、 Market driven 仮 説 ) は 、 1990 年 代 の 米 国 の 株 式 交 換 が 盛 ん に 利
用 さ れ た M&A の 波 動 を 念 頭 に お い て 、 Shleifer and Vishney( 2003) に よ っ て は じ め て 提 唱 さ れ 、 Rhodes-Kropf and Viswanathan (2004)に よ っ て 拡 張 さ れ て い る 。
っ ぱ ら 他 の ス テ ー ク ホ ル ダ ー( 従 業 員・部 品 供 給 者 )か ら の 冨 の 移 転 に 基 づ く 。ま た 、 こ の 暗 黙 の 契 約 の 破 棄 に よ っ て 、 長 期 的 に み れ ば 、 企 業 な い し 職 務 特 殊 的 な 熟 練 の 形 成 に 対 す る イ ン セ ン テ ィ ブ の 提 供 と い っ た 社 会 的 価 値 を も つ 暗 黙 の 契 約 自 体 の 持 続 可 能 性 を 大 き く 減 ず る こ と と な る 。 た だ し 、 実 証 的 に は 、 こ の 信 頼 の 破 壊 を 直 接 観 察 す る こ と は 難 し く 、 そ の た め 、 こ れ ま で こ の 点 に 関 す る 実 証 研 究 は 充 分 に 進 ん で い な い 。ま た 、数 少 な い 実 証 研 究 で も 、 米 国 に 関 す る Rosett (1990)、英国に関する Beckman and Forbes(2004)はともに、こ の M&A による信頼の破壊の作用については懐疑的であり、M&A による経営効率の 改 善 効 果 の ほ う が よ り 大 き い と 評 価 し て い る 。 以 上 の よ う に M&A の経済的機能は二面的である。1990 年代末から増加した M&A が 、 い か な る 動 機 に 支 え ら れ 、 ど の よ う な 経 済 的 機 能 を 果 た し た か に つ い て は 、 4 節 以 下 で 検 討 す る 。 そ こ で 、 ま ず 、 以 上 の 二 面 性 に 注 目 す る 視 角 か ら 、 わ が 国 に お け る M&A の展開をやや長い歴史的視角から回顧しておこう。 3 . 日 本 の M&A 小史 3-1 戦前 M&A は、戦後の日本企業の発展プロセスでは必ずしも目立った役割を演じてこな か っ た 。 し か し 、M&A をさらに長い日本企業の発展の文脈で見れば、そうした特徴 が 戦 前 ま で 遡 及 で き る わ け で は な い 。 む し ろ 、 戦 前 日 本 で は 、M&A は企業の重要な 成 長 戦 略 で あ り 、 事 業 再 組 織 化 の 有 力 な ト ー ル で あ っ た 。 以 下 M&A の動向を、上記 の M&A の機能に注目した視角から簡単に追跡しておこう。表3には、いまだ暫定的 な 評 価 に と ど ま る が 、 各 局 面 の M&A の動向、主要な事例、M&A の増加の要因、経 済 的 役 割 が 要 約 さ れ て い る 。ま た 、図 2 には、戦前の大企業から集計された合併件数 の 長 期 動 向 が 、 表 4 に は M&A の産業分布が整理されている。戦前日本の M&A は、 1900-1914 年の小さな波、1920 年代前半の波、1930 年代半ばの波に分けることがで き る 。 ==図2・表4 about here== 1 ) 我 が 国 の 工 業 化 と M & A
わ が 国 の 工 業 化 は 、1890 年前後からスタートし、その担い手は、財閥と後に呼ばれ る 非 公 開 の 同 族 企 業 群 と 、 当 初 か ら 株 式 会 社 を 利 用 し 、 株 式 の 分 散 し た 企 業 群 か ら 構 成 さ れ て い た(宮島 2004: 第 4 章、Franks, Mayer and Miyajima 2006)。
こ の う ち 財 閥 の 成 長 は 一 面 で は 買 収 の 歴 史 で あ っ た 。 三 井 、 三 菱 の 財 閥 が 、 官 業 払 下 げ を 通 じ て 財 を 成 し た こ と は よ く 知 ら れ て い る 。 こ れ ま で の 経 済 史 で は 、 官 業 払 下 げ は 、 特 権 的 な 財 閥 に 官 有 事 業 を 低 下 価 格 で 売 却 し た 側 面 を 強 調 し て き た が 、 実 は 官 業 払 下 げ は 、 三 井 ・三 菱 ・浅 野 な ど の 財 閥 に よ る 官 営 事 業 の 買 収 で あ り 、 買 収 以 前 に 巨 額 の 赤 字 を 計 上 し て い た こ れ ら の 事 業 は 、 当 時 の 新 興 企 業 家 の も つ 経 営 ノ ウ ハ ウ の 移 転 に よ っ て 再 生 す る こ と と な っ た 。 他 方 、 こ の 払 下 げ に よ っ て 岩 崎 ( 三 菱 ) は 後 の 三 菱 造 船 、三 菱 重 工 に 繋 が る 造 船 所 を 、ま た 三 井 は 三 井 鉱 山 に つ な が る 炭 鉱 事 業 を 得 て 、 い ず れ も こ れ ま で の 金 融 、 運 輸 業 に 並 ぶ 、 新 た な 事 業 基 盤 を 確 保 し た の で あ る 。 そ の 後 の 財 閥 の 成 長 過 程 で も 、M&A は主要な成長戦略の一つであった。例えば、別子銅 山 を 事 業 基 盤 と し た 住 友 財 閥 は 、下 流 の 産 業(同精練・同加工)、関連産業(金属)への多 角 化 を 既 存 企 業 の 買 収 を 通 じ て 進 め た(作道 1982)。 他 方 、 日 本 の 工 業 化 を 他 方 の 極 で 担 っ た 、 共 同 投 資 会 社 か ら 出 発 し た 企 業 も ま た M&A を成長戦略として利用した。わが国の企業勃興は、松方デフレ収束後の 1885∼ 89 年第 1 次、日清戦争前後(1890 年半ば)の第 2 次と続くが、この企業勃興のあと の 不 況 期 に は 小 さ な 合 併 の 波 動 が 現 れ 、 そ の 中 心 は 繊 維 、 食 品 、 紙 ・ パ ル プ な ど の 産 業 で あ っ た ( 表 4 )。 例 え ば 、 鐘 紡 な ど の 大 紡 績 企 業 は 、 不 況 期 に 買 収 を 重 ね る こ と に よ っ て 企 業 規 模 を 拡 大 し た8。綿 紡 績 業 の 場 合 、プ ラ ン ト レ ベ ル の 最 小 最 適 規 模 は 比 較 的 小 さ く 、 稼 働 率 調 整 も 工 場 レ ベ ル で 可 能 で あ っ た か ら 、 合 併 の 経 済 効 果 は 、 主 要 な 原 料 で あ る 綿 花 取 引 の ロ ッ ト の 拡 大 や 、 共 通 経 費 の 縮 小 に あ っ た 。 し か も 、 工 業 化 初 期 か ら 始 ま っ た M&A は、古典的なシナジーを動機とする友好的 買 収 ば か り で は な い 。 戦 前 日 本 で は 、 工 業 化 の 初 期 か ら 株 式 は 広 く 分 散 さ れ て い た か ら 、 現 経 営 陣 と 対 抗 関 係 に あ る 同 業 他 社 に よ る 敵 対 的 買 収 や 、 経 営 権 を め ぐ る 議 決 権 8 1939 年 ま で の 集 計 で 、合 併 件 数 が も っ と も 多 い の は 、鐘 淵 鐘 紡 20 件( 観 察 年 47 年 )で あ り 、 富 士 瓦 斯 紡 績 14 件 ( 観 察 年 45 年 )、 王 子 製 紙 13 件 ( 観 察 年 47 年 )、 東 洋 紡 績 13 件 ( 観 察 年 44 年 ) と 続 い た 。
合 戦 −proxy fight がしばしば見られた。例えば、1918 年から、東京板紙は、大川平 三 郎(樺太工業)と穴水要七(富士製紙)の買占めを受け、発行株数の少ない同社は、20 年 に は 富 士 製 紙 に 合 併 さ れ た ( 小 林 1995:115)。 2 ) 経 済 シ ョ ッ ク と M&A 第 1 次大戦期、及び戦後のブームは、1920 年に終息し、 以 降 昭 和 恐 慌 に 至 る ま で デ フ レ 的 環 境 で 推 移 す る こ と と な っ た 。こ の 間 、M&A は 1920 年 代 前 半 に 小 さ な 山 を 描 き な が ら 持 続 的 に 進 展 し た 。1920 年代の M&A は 3 つのタイ プ か ら な る 。 一 つ は 、 戦 前 最 大 の 産 業 で あ っ た 電 力 業 に お け る 合 併 で あ る 。 反 動 恐 慌 後 、金 融 逼 迫 に と も な う 資 金 調 達 難 な ど を 背 景 に 合 併 が 進 展 し 、こ の 電 力 業 の 合 併 は 、 発 電 設 備 の 拡 大 と 電 力 系 統 の 整 備 を 促 し 、発 電 費 用 の 削 減 を も た ら し た 。合 併 方 法 は 、 大 型 の 合 併 ・ 買 収 の 場 合 に は 、 株 式 交 換 の 合 併 が 多 く 、 小 型 の 買 収 で は 、 社 債 の 発 行 に よ る 現 金 買 収 が 中 心 で あ っ た 。 買 収 を 円 滑 に 進 め る た め に 、 被 買 収 企 業 の 資 産 を 過 大 に 評 価 し て 多 額 の プ レ ミ ア ム を 払 う 事 例 も あ っ た が 、 総 括 的 に は 、 電 力 、 送 電 連 携 に よ る ネ ッ ト ワ ー ク 外 部 性 の 創 出 に 寄 与 し 、 卸 売(工場向け電力価格)の傾向的低下を も た ら し た 。例 え ば 、東 京 電 燈 は 、14 件の合併を通じて水利権を含む発電設備を確保 し 、 こ れ ら の 設 備 を 、 新 規 投 資 を 通 じ て 結 び つ け 効 率 的 な 電 力 ネ ッ ト ワ ー ク を 形 成 し た (橋本 2004 年:第 2 章、加藤 2005)。 第 2 は、参入障壁が低く、そのため「過当競争」に繋がる傾向の高い産業(セメン ト 、 人 造 肥 料 な ど ) の 価 格 安 定 を 動 機 と し た M&A である。これらの産業ではしばし ば 「濫 売 戦 」が 繰 り 広 げ ら れ 、 そ の た め 価 格 カ ル テ ル が 形 成 さ れ た 。 リ ー ダ ー と な る 上 位 企 業 は 販 売 割 当 て な ど で 譲 歩 し な が ら 、 競 争 制 限 を 図 っ た が 、 カ ル テ ル の 拘 束 力 は 低 か っ た 。 そ の た め 上 位 企 業 は 非 協 調 的 な 企 業 を 買 収 、 ま た は そ こ に 資 本 参 加 す る 戦 略 を と っ た の で あ る 。 同 質 財 に お け る 独 占 形 成 の 教 科 書 的 ケ ー ス で あ る 。 た だ 、 こ の M&A は必ずしも独占レントの抽出に帰結したわけではない。参入障壁の低いこれら の 産 業 で は 高 価 格 の 人 為 的 な 維 持 は 、新 規 参 入 も 招 く た め 不 可 能 で あ っ た か ら で あ る 。 こ れ ら の 部 門 に お け る M&A は、価格の安定を通じて、投資を促進したと見ることが で き る ( 橋 本 ・武 田 1985、宮島 2004:第 1 章) 第 3 は、第 1 次大戦ブームの崩壊というサプライショックのために過剰設備・過剰 債 務 の 顕 在 化 し た 企 業 の 事 業 再 組 織 化 を 動 機 と し たM&A である。その典型的事例は、
大 戦 期 に 急 拡 大 し た 鈴 木 商 店 の 破 綻 と そ の 傘 下 企 業 の 再 組 織 化 で あ る 。 金 融 恐 慌 で 破 綻 し た 鈴 木 商 店 の 傘 下 企 業 は 財 閥 系 企 業 に よ っ て 買 収 さ れ た 。 日 本 製 粉 は 三 井 物 産 の 子 会 社 と な り 、 物 産 か ら の ノ ウ ハ ウ の 注 入 に よ っ て 再 生 が 進 展 し た 。 ま た 、 先 進 的 な 窒 素 肥 料 プ ロ ジ ェ ク ト ( ク ロ ー ド 窒 素 ) は 三 井 鉱 山 に 買 収 さ れ る こ と に よ っ て 再 生 し た 。 こ の よ う に M&A は、反動恐慌(サプライショック)により業績を悪化させた企業 の 再 組 織 化 に 寄 与 し た の で あ る 。 3)ブーム期の M&A 1930 年代は、戦前の日本における M&A のピークでもあった。 こ の 時 期 の M&A を特徴付けるのは、第 1 に、統合による規模の経済性の実現を目的 と す る 大 型 合 併 で あ る 。1934 年の官営八幡製鉄所と 6 民間企業が合併して日本製鉄 が 設 立 さ れ た 。 合 併 評 価 額 の 合 計 が 、3 億 6 千万円(八幡 2 億 8 千万円、民間 6 社計 8 千万円)に達する大規模な合併であり、被合併民間企業には新設の新日本製鉄の株 式 が 交 付 さ れ た 。ま た 、製 紙( 王 子 製 紙・富 士 製 紙・樺 太 製 紙 )、ビ ー ル( 大 日 本 麦 酒 と 日 本 麦 酒 鉱 泉 )で も 大 合 同 が 実 現 さ れ た 。武 田(1987)の分析によれば、いずれの ケ ー ス も 合 併 に あ た っ て 資 産 の 過 大 評 価 が 回 避 さ れ 、 合 併 後 、 原 単 位 の 低 下 な ど 生 産 性 の 上 昇 が 着 実 に 進 展 し た か ら 、 こ れ ら の M&A は組織効率を引き上げたと評価する こ と が で き よ う 。 第 2 に 、1930 年代は、財閥傘下企業の再編が進展した.1934 年には、三菱造船と 三 菱 航 空 機 が 合 併 し て 、 三 菱 重 工 が 成 立 し 、 同 年 、 住 友 鋳 鋼 所 と 住 友 伸 銅 の 合 併 に よ り 住 友 金 属 の 設 立 を 見 た 。 同 時 に 両 者 は 、 こ の 機 会 に 株 式 を 公 開 し 、 資 金 調 達 の 選 択 枝 を 広 げ る こ と と な っ た 。 第 3 に、この時期には株式ブームを背景に、ビッディング企業が自社、または傘下 企 業 の 高 株 価 を 利 用 し て M&A が進展した時期でもあった。著名な事例は、日産コン ツ ェ ル ン の 形 成 で あ る 。1928 年、久原鉱業を、公開持株会社日本産業(以下日産)と日 本 鉱 業(鉱業部門の現業会社で日産の 100%子会社)に再編成した日本産業は、日本鉱業 の 高 収 益 を 背 景 に 同 社 の 株 価 が 上 昇 し た 1934 年以降、傘下企業(日本鉱業・日立製作 所)の株式公開と組み合わせた積極的な M&A 戦略をとった。その特徴は、①事業戦略 の 面 で は 、 リ ス ク の 分 散 を 明 確 な 目 的 と し て 、 水 産 業 、 石 炭 化 学 、 金 融 な ど の 分 野 へ の コ ン グ ロ マ リ ッ ト 戦 略 を と っ た 点 に あ る 。 鮎 川 義 介 は こ れ を 持 株 会 社 に よ る 「 利 潤
の 平 衡 性 」の 実 現 と 呼 ん だ( 和 田1937:85)。また、手法としては、日産株の高い評価 を 背 景 に 、 株 式 交 換 を 通 じ て い っ た ん 対 象 企 業 を 合 併 し 、 財 務 ・ 実 物 面 で 事 業 を 整 理 の う え 、 当 該 事 業 を 分 離 独 立 し て 、 収 益 が 安 定 す る と 公 開 す る と い う プ ロ セ ス を 繰 り 返 し た 。 最 初 の 事 例 は 、1934 年の大日本製氷であり、当時株価 125 円程度を示して い た 日 産 は 、 株 価 が 25 円程度に低迷していた資本金 3000 万円の大日本製氷を 1:4 の 交 換 比 率 、つ ま り 、25%程度のプレミウムを提供していったん合併し、その後、同 製 氷 部 門 を 分 割 し 、 傘 下 の 日 本 食 料 工 業 と 合 併 さ せ た9。 そ の 上 で 、 日 産 は 翌 35 年に 同 社 保 有 の 日 本 食 料 株 を 公 開 し 、多 額 の 売 却 益 を 得 た 。こ う し た 操 作 を 日 産 の 鮎 川 は 、 「企 業 浄 化 」と 呼 ん だ が 、 そ れ を 通 じ て 、 日 産 に よ る 積 極 的 な M&A は、昭和恐慌によ っ て 過 剰 債 務 ・ 過 剰 設 備 に 直 面 し た 企 業 の 財 務 ・ 事 業 面 の 再 組 織 化 に 寄 与 し た と 見 る こ と が で き る 。 3-2 戦時・戦後改革期 日 中 戦 争 の 開 始 か ら 第 2 次大戦、そして、GHQ の指令下に一連の改革が試みられ た 占 領 期 に は 、M&A、またその逆である会社分割に関する企業の意思決定は大きく制 約 さ れ た 。 も っ と も 、 戦 時 期 に も 、 そ こ に 特 有 の 環 境 の な か で M&A は進展した。紡 績 業 な ど の 民 需 向 け 産 業 で は 、 原 料 供 給 の 制 約 の た め 、 合 併 が 促 進 さ れ 戦 前 60 数社 あ っ た 企 業 は 最 終 的 に 10 社に集約された。銀行業では、一県一行主義に基づいて集 約 化 が 進 め ら れ 、1931 年に 683 行あった普通銀行は 45 年には 61 行まで減少した。 ま た 財 閥 系 企 業 あ る い は 各 部 門 の 上 位 企 業 は 、 買 収 を 積 極 的 に 展 開 し た 。 そ の 主 要 な モ チ ー フ は 、 必 要 な 技 術 、 あ る い は 原 料 制 約 の 確 保 で あ り 、 戦 争 運 営 の た め に 高 い 経 営 能 力 を 持 つ 財 閥 が 垂 直 的 な 統 合 を 試 み た 。 こ の 結 果 、3 大財閥の規模は急拡大し、 そ の 一 般 集 中 ( 払 込 資 本 金 / 全 国 払 込 資 本 金 合 計 ) は 、1937 年の 12%から敗戦時に は 25%まで上昇した。また上位 30 社の一般集中は、1937 年の 26.8%から敗戦時に は37.6%に達した(宮島 2004:第 6 章)。 し か し 、 こ の 極 限 ま で 集 中 し た 産 業 組 織 は 、 戦 後 改 革 の 対 象 と な っ た 。 過 度 経 済 力 9 和 田 ( 1937)、 宇 田 川 ( 1982)、 株 価 は 、 東 洋 経 済 『 株 価 20 年 』 よ る 。
集 中 排 除 政 策 は 、当 初 の 計 画 か ら は 後 退 し た と は い え 、既 述 の 日 本 製 鉄 ・大 日 本 麦 酒 ・ 王 子 製 紙 な ど 18 社に対して分割を指令し、並行して進められた企業再建整備によっ て 50 社以上の企業において大規模な分割、営業譲渡が実施された。一転して企業組 織 は 分 割 の 時 代 を 迎 え た の で あ る(宮島 2004:8 章)。 こ う し た GHQ の政策によって創出された高度な競争的な産業組織のもとで、戦後 の 日 本 企 業 は 出 発 し た 。1949 年から物価の安定とともに経済統制が解除され、M&A を 含 む 経 営 決 定 の 自 由 を 回 復 し た 日 本 企 業 の 経 営 者 が 、 最 初 に 直 面 し た の は 敵 対 的 買 収 の 危 機 で あ っ た 。 財 閥 解 体 ・ 企 業 再 建 整 備 措 置 に よ る 徹 底 的 な 株 式 所 有 の 再 配 分 の 結 果 、 日 本 企 業 の 所 有 構 造 は 高 度 に 分 散 し 、 し か も 、 企 業 再 建 整 備 の た め 企 業 の 資 本 構 成 は 過 小 資 本 化 し て い た 。 他 方 、 復 興 過 程 に あ る 企 業 の 収 益 は 不 安 定 で 、 戦 後 の 不 確 実 性 の 支 配 す る 状 況 の 下 で 、 株 価 は ボ ラ タ イ ル な 動 き を 示 す 一 方 、 著 し く 過 小 評 価 さ れ て い た 。1950-54 年の上場企業 126 社の平均 PBR(株価純資産倍率=企業価値/ 純 資 産(総資産時価−負債))は、固定資産を時価評価しても 0.5 を上回る程度であっ た 。そ の 結 果 、買 収 に よ る 裁 定 機 会 は 増 加 し 、実 際 、三 井 不 動 産(旧三井本社の不動産 部 門) 、 開 東 不 動 産 ( 旧 三 菱 本 社 の 不 動 産 部 門 ) が 買 占 め を 受 け た の で あ る ( 宮 島 2000:8 章)。 も っ と も 、 敵 対 的 買 収 と い っ て も 、 反 独 占 、 経 済 力 集 中 排 除 、 銀 行 に よ る 産 業 支 配 の 排 除 の 方 向 に 政 策 が 傾 斜 し た 戦 後 改 革 直 後 の こ の 時 期 に は 、 事 業 法 人 ・ 金 融 機 関 に よ る 他 の 企 業 の 買 収 は 困 難 で あ り 、 そ の 中 心 は 反 社 会 的 勢 力 を 含 む 個 人 で あ っ た 。 こ う し た 背 景 の 下 で 、 企 業 が 安 定 化 株 主 化 を 進 め 、 政 府 の こ の 安 定 化 政 策 を 支 援 し た こ と は よ く 知 ら れ て い る(宮島 2004: 9 章)。 3-3 高度成長期: なぜ M&A は低調であったか 1950 年代半ばにはじまる高度成長期から第 2 次石油ショック後の 1980 年代まで M&A は日本企業の間では低調であった。もちろん、M&A が皆無であったというわけ で は な い 。1950 年代には占領期に分割された企業の再合併が進展した。例えば、1958 年 に は 北 海 道 酪 農 と ク ロ ー バ ー 乳 業 が 合 併 し て 雪 印 乳 業 が 設 立 さ れ た 。 ま た 1964 年 に は 、 戦 後 改 革 期 に 地 域 分 割 さ れ た 三 菱 3 重工の再統合が実現した。さらに 1960 年
代 後 半 に は 、 資 本 自 由 化 に よ る 海 外 企 業 の 買 収 の 危 険 か ら 、 日 産 と プ リ ン ス の 合 併 、 ト ヨ タ と 日 野 の 提 携 な ど の 再 編 成 が 進 む 一 方 、1969 年には新日本製鉄が成立した。他 方 ダ イ エ ー 、ジ ャ ス コ(2001 年にイオンに社名変更)に代表されるように流通業などを 中 心 に 小 規 模 な 買 収 を 繰 り 返 し て 成 長 を 実 現 す る 企 業 も 見 ら れ た 。 し か し 上 場 企 業 間 の 合 併 は 、年 平 均 件 数 で み て1956-64 年に 4.2 件、65-73 年で 5.2 件 に と ど ま っ た( 表 5 )。ま た 、70 年代に入ると、上場企業数の増加にもかかわらず、 か え っ て 減 少 し 、74-82 年では 1.8 件、83-91 年では 2.3 件であった。90 年後半に至 る ま で 、 国 内 企 業 間 の M&A は非常にまれであった。では、M&A はなぜ非常に少な か っ た の か 。 = = 表5 about here== 1 ) 持 続 的 な 成 長 過 程 に あ っ た 戦 後 に は 、M&A の契機の一つであるサプライショッ ク に 直 面 す る こ と が 少 な か っ た 。実 質 売 上 成 長 率 が 年 率 10%を越える水準で成長する 中 で 、 石 炭 業 な ど 一 部 産 業 を 例 外 と す れ ば 、 過 剰 設 備 が 構 造 的 に 発 生 す る と い う 事 態 は ま れ で あ っ た 。 確 か に 、1973 年、日本経済は石油ショックに見舞われるが、翌 74 年 の マ イ ナ ス 成 長 を 記 録 し た 後 、75 年以降 4-5%の成長率を維持していた。M&A 市 場 に お け る 買 収 対 象 企 業 の 供 給 を も た ら す 経 済 シ ョ ッ ク の 規 模 は 小 さ か っ た と 見 て よ か ろ う 。 ま た 、 こ の 潜 在 的 な タ ー ゲ ッ ト の 供 給 が 少 な か っ た 点 に 関 し て 、 戦 後 形 成 さ れ た メ イ ン バ ン ク の 救 済 が 重 要 な 役 割 を 演 じ た 。 通 常 、 財 務 危 機 に 陥 り 経 営 が 悪 化 し た 企 業 は 買 収 の 対 象 と な り や す い が 、 戦 後 日 本 で は 、 メ イ ン バ ン ク の 経 営 再 建 へ の 関 与 に よ っ て 、 「自 主 再 建 」を と る ケ ー ス が 多 か っ た 。 メ イ ン バ ン ク は 債 務 の 切 捨 て 、 金 利 の 減 免 な ど の 救 済 措 置 を 与 え る 一 方 、 い っ た ん 顧 客 企 業 の 取 締 役 会 を 事 実 上 乗 っ 取 っ て 、 再 建 の イ ニ シ ア テ ィ ブ を と り 、 業 績 が 回 復 す る と 経 営 権 が 内 部 者 に 移 転 し た10。 つ ま り 、 買 収 に よ る 事 業 再 建 に 代 替 す る メ カ ニ ズ ム が 存 在 し た 。 こ の 結 果 、 買 収 の 対 象 と な る 企 業 の 供 給 が 僅 少 で あ っ た と み ら れ よ う 。 2 ) も っ と も 、 米 国 の 経 験 に 照 ら せ ば 、 ま た 、 日 本 の 1930 年代の経験から見ても、 10 も ち ろ ん 、自 主 再 建 ば か り で は な い 。メ イ ン バ ン ク が 介 入 し 、同 業 、関 連 企 業 に 再 建 へ の 協 力 を 依 頼 す る 場 合 も あ る 。
M&A は、むしろ経済のブーム期に発生するから(Shleifer and Vishney 1992, Andrade 2004)、高成長のみでは低調な M&A を説明できない。シナジーを期待して、あるい は グ リ ー ン フ ィ ー ル ド 投 資 に 代 替 す る も の と し て 潜 在 的 に M&A が利用される可能性 が あ る 。 で は 、 な ぜ 低 調 で あ っ た か 、 こ の 点 に つ い て は 、 戦 後 改 革 期 か ら 高 度 成 長 期 初 期 に 形 成 さ れ た 制 度 的 要 因 が 重 要 で あ ろ う 。第1 に、独占禁止法が比較的厳格に運 用 さ れ 、 水 平 的 合 併 を 抑 制 し て い た 。 新 日 鉄 の 設 立 は 、 独 占 禁 止 法 上 、 大 き な 争 点 と な っ た し 、王 子 製 紙 を 中 心 と し た 再 合 併 計 画 は 独 禁 法 を 考 慮 し て 中 止 さ れ た 。第2 に、 戦 後 の 日 本 企 業 が 、 長 期 雇 用 シ ス テ ム を 基 盤 に 企 業 特 殊 的 熟 練 を 蓄 積 し な が ら 成 長 を 実 現 し て 来 た た め に 、雇 用 慣 行 、よ り 広 く い え ば 、企 業 文 化 の 異 な る 2 社の合併には 大 き な コ ス ト が と も な っ た 。 第 3 に、系列毎のワンセット主義(宮崎 1985)と言われ た 仕 組 み が 、 系 列 を 超 え た 水 平 的 な 合 併 を 抑 制 し て い た 。 成 長 部 門 を 担 っ た 企 業 は 、 い ず れ も 6 大 銀 行 と 密 接 な 関 係 を も ち 、 そ の 銀 行 が 中 核 と な っ て 形 成 さ れ る 企 業 集 団 の い ず れ か に 属 し た 。そ の 結 果 、た と え ば 規 模 の 経 済 性 が 期 待 さ れ て も 、あ る 企 業 が 、 系 列 を 超 え て 別 の 企 業 の 合 併 や 買 収 を 試 み る こ と は 後 者 ( タ ー ゲ ッ ト 企 業 ) の メ イ ン バ ン ク の 同 意 が 容 易 に 得 ら れ な い た め に 困 難 で あ っ た 。 ま た 、 こ の 6 大 企 業 集 団 が 、 銀 行 を 中 心 に 株 式 相 互 持 合 い の ネ ッ ト ワ ー ク を 形 成 し て い た こ と は 、 市 場 に お け る 株 式 取 得 に よ る 合 併 ・ 買 収 を 困 難 に し た 。 こ う し て グ リ ー ン フ ィ ー ル ド 投 資 の 代 替 と し て の M&A 戦略のコストは、実際には禁止的に高まった。 3-4 海外企業買収の波 必 ず し も こ れ ま で 充 分 に 注 目 さ れ て こ な か っ た が 、1990 年代後半から始まる国内企 業 間 のM&A に先行して 1980 年代後半には、日本企業による海外企業の M&A のラッ シ ュ が 始 ま っ た 。 件 数 ベ ー ス で み る と 日 本 企 業 に よ る 海 外 企 業 の 買 収 は 、1985 年の 100 件前後から増加し、1990 年には 500 件を超えてピークに達した(レコフ資料)。こ の な か に は 、 表 6 に要約した大型案件も含まれる。松下の MCA の買収 7800 億円、 ソ ニ ー の コ ロ ン ビ ア ピ ク チ ャ ー ズ の 6400 億円などの大型買収が、特に 89、90 年に集 中 し た 。 産 業 は 、 繊 維 、 食 品 、 化 学 、 薬 品 、 電 気 機 械 、 小 売 、 卸 売 、 不 動 産 に 集 中 し て い た 。
= = 表 6 about here == こ の 海 外 企 業 に 対 す る 買 収 の 波 に つ い て は 、 し ば し ば 円 高 の 影 響 が 指 摘 さ れ る 。 円 高 に よ っ て 買 収 価 格 が 実 質 的 に 低 下 す る 中 で 、 企 業 は 成 長 戦 略 と し て M&A を利用し 始 め た の で あ る 。し か し 、同 様 に 円 高 が 急 進 展 し た 1978 年、あるいは、1993-5 年に は 、海 外 企 業 に 対 す る M&A が波動を描いて増加したことはなかったから、1980 年代 後 半 に 固 有 の 要 因 が 求 め ら れ よ う 。 そ の 要 因 と し て は 、 基 本 的 に 日 本 企 業 が 資 金 制 約 か ら 緩 和 さ れ た 点 が 重 要 で あ ろ う 。 最 初 の 円 高 の 時 期 に は 、 ま だ 日 本 企 業 の 資 本 構 成 は 負 債(借入れ依存度)が高く、しか も 、1980 年以前は、外国為替管理法の規制があったため、海外企業の買収は困難であ っ た 。そ れ に 対 し て 、1980 年代後半の日本企業は、資金制約を大幅に緩和されていた。 企 業 の 内 部 資 金 は 潤 沢 に な り 、 し か も 、 株 価 の 急 騰 の 結 果 、 エ ク ィ テ ィ 関 連 債 の 発 行 を 通 じ て 、 容 易 に 資 金 調 達 が 可 能 で あ っ た 。 ま た 、 社 債 発 行 市 場 の 規 制 緩 和 の 結 果 、 優 良 顧 客 が 社 債 に シ フ ト し 、 多 額 の 遊 資 の 発 生 し た 銀 行 は 、 顧 客 企 業 の 海 外 進 出 の 一 環 と し て の 買 収 た め に 、資 金 を 供 給 し た の で あ る(Klein, Peek and Rosengren 2002)。
と こ ろ で 、1980 年代後半に多数行われた日本企業の海外企業買収は、その後、資 産 の 売 却 や 撤 退 を 余 儀 な く さ れ る こ と に な り 、 結 果 的 に 失 敗 し た ケ ー ス が 多 く 見 受 け ら れ る 。例 え ば 、1989 年にロックフェラー・センターを買収した三菱地所は、1995 年 に 傘 下 の ロ ッ ク フ ェ ラ ー ・ グ ル ー プ の 不 動 産 管 理 会 社 2 社 の 再 建 案 を 発 表 し 、 千 億 円 余 り の 固 定 資 産 除 去 損 を 残 す 形 で 、 事 実 上 の 撤 退 と な っ た 。 ま た 、1990 年にエンタ ー テ イ メ ン ト 大 手 の MCA を買収した松下電器産業は、わずか5年後の 1995 年に全 株 式 の80%を売却する結果となっている。このように、バブル期に海外で実施された M&A では、大きな損失を生んでいるケースが多い。厳密な評価は今後の実証を待た ね ば な ら な い が 、こ の 意 味 で 、80 年代末の海外企業の買収は、国内の金融市場の特殊 な 条 件 に 支 え ら れ た 過 大 な 進 出 の 側 面 が あ っ た 。 4 1990 年代後半からの M&A の波動 4-1 戦後初の M&A 波動:その発生要因 戦 後 改 革 期 以 来 、 低 調 に 推 移 し て い た 国 内 企 業 間 のM&Aは、1990年代末から 急 速
な 増 加 を 示 す こ と と な っ た(前傾図1)。表7は、合併と2億以上のM&Aのデータから、 Harford(2005)の手法に習って、シミュレーションを通じて、各産業ごとのM&A波動 を 特 定 化 し た も の で あ る 。産 業 分 類 は レ コ フ デ ー タ の33分類を一部統合して29部門に 集 約 し 、 金 額 の 判 明 す る 2 億 円 以 上 のM&Aを 対 象 と し た 。 基 本 的 な 手 法 は 、 ま ず Michell and Mullerin(1996)に従い、M&Aの波動の特定化を目安として24ヶ月の M&A件数の合計値に注目し、同一産業の期間中(1995−2004年、120ヶ月)に公表さ れ たM&A件数の合計が、毎月120分の1の確率でランダムに発生した場合の24ヶ月の M&Aの合計値を1000回シュミレ−トする。 つ ぎ に 、 実 際 の24ヶ月合計のM&A件数と、この1000回の分布を比較し、もし実際 のM&A件数が、シュミレ−トされたM&Aの発生分布の95%の範囲を超えていれば、 M&A波 動 と 特 定 す る 。 例 え ば 、 小 売 業 の 総 数 158件 の M&Aの う ち 38%、 つ ま り 、 84 回 が2001年2月から始まっている。他方、M&A総件数について、1000回のシュミレ− ト さ れ た 分 布 に お け る95%の範囲を超える24ヶ月のM&Aの最大値累積値は57回、総 数 の36%である。したがって、小売業では、M&A波動が2001年2月から始まったと見 る こ と が で き る11。 推 計 結 果 を 要 約 し た 表 7 によれば、1990 年代後半について、13 産業において M&A の 波 動 を 特 定 で き る 。よ り 詳 し く 見 れ ば 、国 内 企 業 間 の M&A は、まず、1998 年に石 油 、紙・パ ル プ 、非 鉄 金 属 な ど の 伝 統 的 産 業 か ら 始 ま り 、1999 年には銀行・保険部門 の M&A が続いた。さらに 2001 年から小売、電機機械産業の M&A が急増し、2003 年 に は 情 報 通 信 産 業 な ど 技 術 革 新 の 急 速 なIT 産業の M&A が活発化した。 ==表 7 about here== 1997 年から戦後はじめて M&A 波動が発生した主要な要因は、おおよそ以下のよう に 理 解 で き よ う ( 蟻 川 ・ 宮 島 2006)。 ① 長 期 不 況 に よ る 設 備 ・ 負 債 ・ 雇 用 の 過 剰 が 古 典 的 な シ ナ ジ ー 、 事 業 再 組 織 化 を 動 機 と す る M&A の条件となった。とくに、1998 年から製紙・窯業・鉄鋼、さらに金 融 部 門 に お け る 再 編 成 の 進 展 は 、 こ の 過 剰 設 備 に よ っ て 説 明 で き る 。
② 規 制 緩 和 、技 術 革 新 が 、も う 一 つ の M&A の増加の要因であった。01 年からの 流 通 、03 年からの通信の M&A のブームの一部はこれに基づくとみることができる。 ③ M&A の増加には、企業結合に関する法整備も重要であった。持株会社の解禁 は 、 既 存 企 業 の 上 に 新 た に 持 株 会 社 を 設 立 す る こ と を 可 能 と し 、 当 事 者 企 業 が 独 立 性 (企業文化)を維持しながら、統合の利益を実現することが可能となった。近年の製造 業 ・ 金 融 部 門 の 大 型 合 併 の 実 現 は こ の 制 度 変 更 な し に は 不 可 能 で あ っ た 。 ま た 99 年 の 株 式 交 換 の 導 入 は 買 収 の 急 増 の 条 件 と な っ た ( 表 8 )。 = = 表 8 about here== ④ M&A の拡大には、1999 年から進展した金融緩和も促進的な役割を演じた。こ れ が ビ ッ デ ィ ン グ 企 業 の 資 金 面 の 制 約 を 緩 和 し た 。 ⑤ さ ら に 、 制 度 的 に は 、 高 度 成 長 期 に M&A の発生を阻んでいたメインバンク関 係 が 後 退 し 、 株 式 相 互 持 合 い が 急 速 に 解 体 し た こ と も 重 要 で あ る 。 こ う し て M&A 市 場 に お け る 供 給 サ イ ド ・ 需 要 サ イ ド の 制 度 的 制 約 が 緩 和 さ れ た 。
⑥ 最 後 に 、M&A の増加が、内外の投資銀行の M&A 市場の参入を促し、M&A の 仲 介 、valuation などに関するインフラが整備されたことも重要な条件であった。 4-2 M&A ブームの特徴 以 上 の 要 因 で 発 生 し た 99 年からの M&A の波動には、次の特徴を見出すことができ る 。 第 1 に 、 形 態 的 に は 、 上 場 企 業 間 の 合 併 が 98 年以降急増して、99 年に 38 件と ピ ー ク を つ け た あ と 、 減 少 を 示 す の に 対 し て 、 買 収 は 一 貫 し て 増 加 し た 。 こ の 背 後 に は 、 株 式 の 買 収 対 価 と し て 可 能 と し た 既 述 の 制 度 改 革 が 重 要 な 意 味 を も っ た と 見 ら れ る 。 部 門 別 に は 、 合 併 は 伝 統 的 な 製 造 業 、 お よ び 金 融 部 門 に 多 く 、 株 式 交 換 を 伴 う 買 収 は IT 関連の新興産業に多い(表9)。 = = 表 9 about here== 第2に、M&Aは基本的に水平合併を中心としていた。同一産業同士のM&Aと定義さ れ る 水 平 型M&Aの割合は、ビッディング企業側から見た場合62.1%に達し、アメリカ
を 除 くOECD諸国 とほ ぼ同水 準で ある12。 水 平 型M&A が 多く見 られ る産業 は、 食 料 品 (62.7%)、パルプ・紙(79.4%)、化学(63.8%)、医薬(56.3%)、ガラス・ 土 石 製 品(57.5%)、電気機器(60.4%)、輸送用機器(56.2%)、情報・通信(62.4%)、 銀 行 (56.9%)、証券(73.9%)、保険(66.7%)である。伝統的産業と金融業にお い て は 、水 平 型M&A が多いことが分かる。また、M&Aの中心産業の一つであった情 報 通 信 部 門 で も 、 同 一 の 産 業 内 のM&Aが多かった。 第3 に、1990 年代後半に入って、新規投資の代替としての戦略的 M&A が増加した。 こ の こ と は 、2000 年以降の M&A の増加が主として、買収・営業譲渡に基づくという 既 述 の 観 察 と も 整 合 的 で あ る 。 近 年 の M&A を通じた成長の事例として著名な日本電 産 は 、「 動 く も の 、回 る も の 」と い う 自 ら 設 定 し た 事 業 ド メ イ ン 内 で 、自 社 に 不 足 し た 技 術 に 焦 点 を 合 わ せ て 中 ・小 型 の 企 業 のM&A(23 社に上る)を繰り広げて急速な成長と 競 争 力 の 向 上 を 実 現 し た 。 同 様 の パ タ ー ン は 、 流 通 に お け る イ オ ン 、 情 報 通 信 に お け る 楽 天 な ど に も 観 察 で き る 。 ま た 、 こ の 中 ・ 小 型 の 買 収 を 繰 り 返 す 戦 略 は 、 日 本 の 場 合 、 い ま だ M&A 戦略をとる企業が少ないため、買収プレミアムを払う必要がなく、 割 安 な 購 入 が 可 能 に な る 、 あ る い は 、 企 業 文 化 を 買 収 対 象 企 業 に 移 植 す る こ と が 相 対 的 に 容 易 で あ る と い っ た 要 因 に 支 え ら れ た と み る こ と が で き る 。 第 4 に、 外国企業 に よる買収 が 始めて増 加 したこと で ある。こ の 海外企業 に よる M&A は、電機、化学・医薬、輸送(自動車)、小売に集中している。ルノーによる日産 自 動 車 の 資 本 参 加 、 海 外 金 融 機 関 に よ る 日 本 企 業 の 買 収 、 資 本 参 加 が 大 型 の 案 件 で あ る 。こ う し た 外 資 系 企 業 の 日 本 企 業 の 買 収 ・資 本 参 加 は 、被 買 収 企 業 に 買 収 企 業 の ノ ウ ハ ウ 、 組 織 能 力 が 移 転 さ れ 、 価 値 創 造 に つ な が る こ と が 期 待 さ れ た 。 最 後 に 、 買 収 の 主 体 と し て あ ら た に 投 資 フ ァ ン ド が 出 現 し た こ と も 近 年 の 特 徴 で あ る 。 当 初 外 資 ( リ ッ プ ル ウ ッ ド 、 サ ー ベ イ ラ ン ス 、 コ ロ ニ ー キ ャ ピ タ ル ) を 中 心 に 、 そ の 後 国 内 金 融 機 関 の 参 入 に よ り 設 立 さ れ た 再 生 フ ァ ン ド は 、 銀 行 か ら 不 良 債 権 を 買
12 OECD レ ポ ー ト ( Competition Policy in OECD Countries) に よ る と 、 OECD 諸 国 大 多 数
の 国 で は 、水 平 型 M&A が 50∼ 70% を 占 め て い る 。な お 、ア メ リ カ に お い て 水 平 型 M&A の 数 値 が 低 い 理 由 と し て 、米 国 公 正 取 引 委 員 会 に よ る 強 力 な 規 制 策 が と ら れ て い る こ と が 指 摘 さ れ て い る 。
取 り 、 さ ら に そ の 債 権 と 株 式 の 交 換(デットエクィティスワップ)によって、過剰債務 企 業 の 株 式 を 保 有 し 、 そ の 再 生 に イ ニ シ ア テ ィ ブ を 取 っ た 。 こ の 企 業 再 生 フ ァ ン ド の 組 成 に 対 し て は 、 日 本 政 策 投 資 銀 行 の 出 資 が 重 要 な 役 割 を 演 じ た 。 他 方 、2000 年代に入るとアクティビスト、あるいはコーポレート・ガバナンス・フ ァ ン ド と 言 う べ き フ ァ ン ド が M&A 市場に参入した。近年スティール・パートナーズ や 村 上 フ ァ ン ド な ど に よ る 大 量 買 付 、公 開 買 付(TOB)が試みられ、現経営陣の経営 政 策 に 変 更 を 迫 っ た 。 こ う し た フ ァ ン ド は 事 業 チ ャ ン ス が 乏 し い も か か わ ら ず 社 内 に 過 大 な 資 金 を 留 保 し て い る か 、 大 き な 含 み 資 産 を 抱 え る な ど 裁 定 の 機 会 の 高 い 企 業 、 つ ま り PBR が1を大きく下回り、しかも資産の流動化が容易な企業を主たるターゲ ッ ト と し た 。 国 際 的 特 徴 他 方 、 近 年 の 急 増 し た わ が 国 の M&A は、国際的に見てもいくつかの際立った特徴 を も っ て い る 。 以 下 で は 、 こ の 点 を 要 約 し て お こ う 。 第 1 に 、 既 述 の と お り 、 敵 対 的 買 収 が 見 ら れ る よ う に な っ た も の の 、 そ の 件 数 は 圧 倒 的 に 少 な い 。表 10 の国際比較にも印象的なように、日本は韓国と並んで、1990-99 の 集 計 で は 敵 対 的 買 収 は ゼ ロ で あ る 。2000 年以降の買収でも、戦略的 M&A が敵対的 買 収 の 形 を 取 る ケ ー ス は 著 し く 限 ら れ て お り 、 多 く は 成 功 し て い な い13。 敵 対 的 買 収 の 圧 力 は 、 金 融 面 か ら 現 経 営 陣 に 強 い 規 律 を 加 え 、 経 営 者 に 資 本 コ ス ト の 意 識 を 強 め さ せ る 契 機 と な り つ つ あ る こ と は 疑 い が な い が 、 外 部 者 に 実 際 に 経 営 権 が 移 転 し 、 現 経 営 陣 を 排 除 し て 、 新 た な 経 営 方 針 を 採 用 す る と い っ た ケ ー ス は ほ と ん ど 観 察 さ れ な い 。 我 が 国 の 増 加 す るM&A は、友好的買収によって特徴づけられる。 = = 表 10 国際比較 == 第 2 に、国際的に見れば、TOB も多くない。TOB の件数は、1990 年以降の累計で も100 件強に留まる。また時期的には TOB は 1998 年以降増加し、通信、小売、ファ ン ド を 主 体 と す る M&A で TOB が利用されはじめたものの、その中には、ソニー、松 13 ラ イ ブ ド ア に よ る 日 本 放 送 、楽 天 に よ る フ ジ テ レ ビ の ケ ー ス が 注 目 さ れ た ケ ー ス で あ る 。