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真宗研究6号 005近藤真因「還相回向を現実界に見る親鸞の敎義」

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Academic year: 2021

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還相廻向を現実界に見る親驚の教義

藤 真

この還相廻向の教義のその源は、論及び論註である。その論、論註の所明を見れば、論註下五丁に、還相者生二彼 土一己得一一春摩他見婆舎那方便力成就一廻 4 入 生 死 樹 林 一 教 4 化一切衆生一共向一一傍道一とあり浄土論十丁には菩 リ テ ニ ノ ン 玉 へ リ シ ル ハ テ ニ ノ シ 王 ヘ リ シ ル ハ ク ノ シ テ ノ ヲ シ テ 二 五 ヘ ル ガ 薩入一一四種門一自利行成就応レ知菩薩出二五門一廻向利益他行成 l 就応レ知菩薩如レ是修一一五念門行一自利利他速得レ 成 4 就阿樽多羅三窺三一菩提一故とあるが如く、五念自利の行成就して浄土に往生し奪摩他、毘婆舎那方便力を得、還 来機国度人天の利他の行成就し、自利利他円満して成僻することになって居ることは論を倹たない、又証巻及び文類家 妙 の 五 了 に 一 百 三 一 還 相 廻 向 一 者 則 是 利 他 教 化 益 也 則 是 出 レ 於 ニ 必 至 補 処 之 願 一 亦 名 二 生 補 処 之 願 一 亦 可 レ 名 一 一 還 相 廻 向 之 願 一 也 とありてその二十二願の必至補処之願及びその成就の文を見れば、 浄土に往生すれば一生補処を究寛し横田に 還来して度生することを誓われて居る。これを高祖の曇驚和讃に、還相廻向トトクコトハ利他教化ノ果ヲエシメスナ ハチ諸有−一廻入シテ普賢ノ徳ヲ修スルナリと一不めされて居る。之れに因って古来より今日の学匠は、浄土に往生する までを往相とし、往生の後、積国に還来して度生する在還相と断定して居る。故に信後相続上に於いて相発五念の廻 向を認めながらそれそ往相として居る。之れは一応当然のことであるが、陶酔しつ L ある現実界、殺裁たるとの社会 還相廻向を現実界に見る親驚の教義 二 九

(2)

還 相 廼 向 を 現 実 界 に 見 る 親 鷺 の 教 義

に於いて還相廻向を遠い来世のみに語ってよいものであろうか、 こ t A に於いて高視の教義を再見して見ると、還相廻 向を往生後のみに止めずして、信後相続の現実界に見出すことが出来たのである。 これを倹討して見るに、論註の所明は善男善女の修相に掛けて顕して居るが、他利利他の深義、震求本釈、二一願的 証によって、法蔵の五念二利の修行にして、本願力廻向であることを窺い知ることが出来るが、 五念行、往生、還相 と時間的次第のある他力廻向であって往生即成備は、はっきり知り難い。ところが高祖は二門偏及び大経和讃に、念 悌成悌是真宗と示めされ、証巻には必至一一滅土一即是常楽常楽即是畢寛寂滅寂威即是無上浬紫無上担架即是無為法身 無為法身即是実相実相即是法性法性即是真如真如即是一如と十一願の減士即成併であると往生即成僻を知らしめて 居 る 。 ζ れに着眼して見るに往生即成僻は自利利他円満でなければならぬものであるから利他の還相は往生即成併の 前にあるべき筈である。 之れに依って後念相続の現実界に還相廻向を談ずるものである。還相廻向を斯くの如く談ずるについて約伸と約生 の還相廻向説を立てたのである。その約併の二廻向は、 五念行、往生、還相、成悌の次第があるが、約生の二廻向は法 蔵永劫所修の五念二利を悉く一句の尊号に成就して、初起一念に廻施し給い、後念に相発するものであるから無次第 である。然らば初起一念に法蔵所修の五念二利を与えられることの相承を何によりて知ることが出来るかと云うに、 ν 玉 ヘ リ ア 中 略 ノ シ ノ ヲ テ 1 4 ヲ 高祖は二門偏に、不可思議兆載劫漸次成一一就五種門一無醗光悌困地時発ニ斯弘誓一建二此願一と示めされ、叉、一 心専念速満↓一足真実功徳大宝海一と顕し、論註所明の五念二利は法蔵の修行であって、開信一念に廻施されるもの であると示めされ又、二門備に如実修行相応の信心と説かれ、高祖の曇驚和讃にも、如実修行相応ハ信心ヒトツニサ ダメタリと、他力の信心には法蔵五念二利の修行が具足して居ると知らしめて目的る。 叉信巻本二十七丁右に、論註の往還二廻向の釈を御引用あらせられたことは、 一応、欲生釈中にあるので、欲生は廻

(3)

向なればその廻向を一不めされたとも見えるが真意を再考して見ると、高祖の目的は三心即一そ一不めされた所であって 至心、信楽、欲生の三心は無疑信楽の一心に納まることを一不めされたことが主限であり、その無疑信楽の一心に納ま るべき欲生釈中に論註の往還二廻向釈を御引用あらせられたものであるから、初起一念に往還二廻向の納まることが 明白である。之れに困って蓮如聖人は、御勧章四帖目六通に、南無トイフハ帰命ナリ、即是帰命トイフハ、ワレラ如キ ノ無善造悪ノ凡夫ノ上ニオヒテ阿弥陀僻ヲタノミタテマツル心ナリト知ルベシ、ソノタノムココロトイフペ即チ是 レ、阿弥陀梯ノ衆生ヲ八万四千ノ大光明ノ中ニ摂取シテ往還二種ノ廻向ヲ衆生−一与ヘマシマスココロナリ。と初起一 念に往還三種の廻向を衆生に与え給うことを示されて居る。然れども、信後相続上に於いて還相廻向は僻辺に独立す るものであるから、信者に於ては還相度生の気持ちは徴鹿もなく、たピ報恩の行道のみである、然しその報思の行道に 梯辺独立の還相廻向が働き掛け現実界に活現することを名づけて約生の還相と云うのである。行巻の現生十種の益中 の常行大悲は之れである。故に信後報恩行の義別として還相廻向が存在するのである。叉聞書本七十二丁に、聖教ヨ ミノ梯法ヲ申シタテタルコトナク候、尼入道ノタグヒノ、タフトャ、アリガタヤト申サレ候ヲ、 キキテハ人ガ信ヲトル と 又 、 同 末 四 十 コ 一 丁 に タダ一文不知ノ身モ 信アル人ハ僻智ヲ加へラルル故悌力一一テ候間 人ガ信ヲトルナリ中時 タダ何知ラネドモ、信心定得ノ人ハ、悌ヨリイワセラルル問、人ガ信ヲトルトノ仰ニ候。 於いて、悌ヨリイワセラルル問。俳句百を加へラルル問、梯力ニテ候間 の文を見るに、信後相続に の僻辺独立の還相廻向が現実に活現されて居 ることを知るのである。此れを約生の還相と云う。故に還相廻向を現実界に語るべき高祖の教義であると信ずるので あ る 。 結 論 十全の救いと一五うことは、救う如来の全生命が救われる者の生命となってこそ、十全の救いと云うものである。即 還相廻向を現実界に見る親驚の教義

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還相廻向を現実界に見る親鷺の教義 ち如来の全生命である往還二種の廻向が初起一念に廻施されてこそ十全の救いである。往相廻向のみを廻施されたの では十全の救いとは云われない。 初起一念に約悌の完全なる、往還二種の廻向を与えられ、後念相続の三業にその妙用が活現され、法悦、感謝、報 恩、機憾の念悌生活その撞が、世に処する道が聞け、世法の務めに顕れ、その債が自然に度生して居る。 これ即ち弥 陀の還相廻向の発露活現であるから、信後相続の現実界に於いて還相廻向を語るべきである。 斯の如く現実界に還相を語ってこそ、現実界有意義の宗教であり、浄土真宗の発展である G

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