認 識 と 解 釈
‑ 『殉教者行伝』の解釈 を中心 に‑
持 田 行 雄
Cognition and Interpretation
Chiefly Concernedwith"Acta Martyrum"
YUKI O M ocHI DA
A
bstractTh]spaperisan attemptto considerwhattheunderstandlng OfhlStOrlCal materlalsIS ontheassumptlOnthatethlCSISaSClenCebasedupondocuments.
"Actamartyrum",reportingthemartyrdomslnthepersecutlOn ages,hasonlyallttlehlS‑ torlCalcredlblllty.Henceanew waytounderstandthedocumentsmustbesoughtfor.A clue tosolvetheproblem mustbefoundbythemethodoftheexistentialinterpretatlOnOfthemodern protestanttheology.ItwlllbeafuturetaskforChristlanethlCStOreCOnSlder "Actamartyrumn lntermsOrtheexIStentlallnterprepatlOn;forsofar"Actamartyrum"ashistorlCalmaterlals
hasbeensomuchneglected.
は じ め に
「実験科学」 (experimentalscience)とい う言葉があ る。 この語の意味 は, 実験 の科学 または 実験 についての科学 とい うことで はな くて,実験 による科学 または実験 に基づ く科学 とい うこと で あろ う。丁度,心理学 などがそ うであ るよ うに,人為的条件が設定可能 な実験 の方法 によって, 仮説 (あ るいは仮説的理論) を検証 しよ うとす る科学 とい うことであろ う。
もちろん倫理学 は,その よ うな意味 における実験科学 に属 してはいない。倫理学 は,善,価値, 義務,道徳律 な どを, その主な学問的内容 と して もつが, しか し, それ らは決 して実験 によって 検証 され るべ き仮説ではない。む しろ,人間が努力 によって到達すべ き目標であ り理想で ある。
しか し,倫理学が実験科学でないな らば,それはどのような科学 なのであろ うか。確かに,倫理 学の 目的は,人間の行為が達成すべ き目標 や理想 などを解 明 してい くことにある。しか し,倫理学 がそのために採 る方法 ・手段 は,主 と して,人間の生(Leben)の客観化 ・歴史イどとしての文献 に頼 るとい うことよ りはかにないであろ う。 そ うで あるな らば,倫理学 は,実験科学 に対 して 「文献
( 2 )
科学
」
であ るとい って よいであろ う。 もちろん,文献 によ る科学 または文献 に基づ く科学 とい う 意味 においてであ る。事実,倫理学の場合 には,主 と して過去 の文献 に依拠 しなが ら, 自己の理 論を論証 しよ うとす る方法 を用 いるのが最 も一般的なのであ る'o3'この よ うな意味 において倫理学が 「文献科学」であるな らば,何 よ りもまず, その文献 の理解 や解釈 とい うことそれ 自体 を 自 らの解 明の基本的な課題 に しなければな らないであろ う。それは,
‑ 1 7‑
倫理学 自身 の基礎 を確立 しよ うとす ることで もあ る。文献 を理解す るとは何か とい う基本問題が 解 明 されて,倫理学 は初めて文献科学 であ り得 るので あ る。従 って, このいわば「倫理学基礎鼠 」
ともい うべ き問題 は,今後 ます ます,考察の対象 と して取 り上 げ られて こなければな らないであ ろ う。 いま,倫理学が文献科学であ り続 けよ うとす るな らば,「理解す るとは何か」への充 分な反 省が要求 されて こなければな らないで あろ う。
これ は,確かに倫理学の基礎 について問 う問題で ある。 しか し,仮 にその倫理学的基礎 を科学 的 ・客観的 に定義 し得 た と して も,その こと自体 にあま り大 きな意味 はないであろ う。学問の基 礎 づ け とか定義づ けなどとい うものは, 自由な思考 によ って常 に乗 り越 え られて きた し, また, 今後 も思考 には常 に乗 り越え る自由が保証 されていなければな らないか らで あ る。従 って, この よ うな問いにおいて最 も大切 な ことは,発間者が 自 らに課 した問いに対 して,「何を答えることが で きるか」 とい うことで はな くて,「どのよ うに答 えて い くのか」 とい うことであろ う。答えの内 容 その ものが問題で あるよ りも,む しろ答 え る者 が答 えてい くその生 き方 の ほ うが問題 なのであ る。 このよ うな問いは,回答者の主体 的関与があ って初 めて生 き生 きと躍動す るよ うにな る。 そ うで なければ問いか けその ものが無意味な ものにな って しま うであろ う。
事実,思考 と行為 との問の関係を考究す る問題 は,倫理学が取 り扱 って きた根本問題の
1
つで あ る。人間が世界 について思考 す る場合,その思考がその世界 にかかわ る行為 を どのよ うに決定 す るか。 また,その反対の場合 はど うか。思考 と行為 との統合 ・一致 を問 うこの問題 は, もちろ ん,単 にそれ 自体 のみで形式的 に論理化す ることはで きないであろ う。 この よ うな問題の場合 に は,決 して客観的 ・普遍的な (歴史 的制約 も地域的制 限 もない)真理が問われて いるわ けで はな い。 この よ うな問題 は,む しろ問 う者の主体的な参画が決定的な意味 を もつよ うな異体的な内香 を もって考察 されなければな らないのであ る。ところで 当面の問題 は,倫理学の基礎 と しての文献理解 とい う点 にあ る。従 って,思考 と行為 との問の関係 を問 う試みは, この文献理解 とい う問題 とのかかわ りにおいて考察 されなければな らない。 もちろんその場合 の思考 と行為 との統一 は,①文献が何 を我 々に語 りかけて いるかを把 握 し,④ その語 りか けに対 して どの よ うに答 え得 る自分であるかを理解 し,③ その 自己理解 に基 づ いて どのよ うな 自己を新 しく形成 してい くかを決断で きるとい う可能性 の うちにあ る。 このよ うな理解 の構造の全体が,思考 と行為 との統一の実現可能性の具体的な内容であ る。そ して この 場合,④ 自己理解 と④ 自己形成 とは一連の思考的行為であ り行為的思考 で もあろ うか ら,一般的 に言 え ば , 理 解 す るとは語 りか けへの決断的応答であ ると定式化す ることがで きよ う。 この語 りか けへの応答 とい う理解の基本構造 において,思考 と行為 との統一 の可能性が示 され るのであ る
( . 4
)キ リス ト教倫理思想史の中を探索 す る者 は, その探索 の途上で,そのよ うな語 りか けの言葉を 耳 にす ることがで きるで あろ う。 そ して, とりわ け豊 か に聞 くことがで きるのは,恐 らく迫害時 代 の殉教 を伝 え る一連の文書群 にお いてであろ う。 それ らの殉教録 は,後の教会 によって ほとん ど原型 を とどめないまで に作 り変 え られは したけれ ど も,殉教 とい う英雄的行為 を記念 して,今 日まで大切 に保存 されて きた。 もちろんそれ らは,神学 の形成 とい う視点か ら見れば,決 して第 一級の史料で はない。ニカイア総会議 (
3 2 5
年)に集束 されて くるよ うに,迫害時代の神学 の中 心 テーマは,「イエスとは誰であ るか」,「キ リス トとは何であるか」 と問 う問題で あ った。あの煩 雑な三位一体論教義の形成過程は,キ リス ト論が常 に神学 の中心問題で あ った ことを端的 に物語 っ てい る。 当時の弁証家や護教家などの著作 は, このキ リス ト論を中核 に した神学 の展開を伝 え る 格好の史料である.彼等 の弁明書,論駁書,書簡類 な ど, いわゆ る第一級の史料 は, ほとん どす べての ものが,人 は何を正 しく知 るべ きかを相手側 に訴 えて いる。彼等 の関心 は,一般 に 「人間‑ 1 8‑
は何 を知 るべ きか」 と問 う問題 に集中 しているといえよ う。
しか し,殉教録 に神学 はない。 これ らの文書群 を残 した人 々は,決 してキ リス ト論 を展開 しな か った。 イエス といいキ リス トとい うも,彼等 にとってはすで に全 く自明の事柄であ ったか らで あろ う。従 って,彼等 は, この世 の中にキ リス ト者 と して, どの よ うに生 きるべ きか,あ るいは, どの よ うに死 ぬべ きか とい う問題 に関心 を集中す る。 こうして彼等 は, キ リス ト教思想史の中心 テーマを神学的課題か ら倫理学的課題へ と転換す る.一般的 に言 えば,人 々の関心 を人間 は 「何 を知 るべ きか」か ら 「何をなすべ きか」‑ と切 り換 えたので あ る(05)まさにその意味 において,狗 教録の理解 は,充分 にキ リス ト教倫理学 の研究課題 にな り得 る し, また,な らなければな らない であろ う。
1 『殉教者行伝』の史料的性格
キ リス ト教 の成立か ら ミラノ寛容令 (
31 3
年)によるその公認 までの約250
年間 は,ローマ帝国 か らの断続的な厳 しい迫害 によ って,各地 に多数のキ リス ト者達が殉教 した時代であ る。 この時 代 は,迫害 と殉教 とい う歴史 の壮大な ドラマの中で,あ くまで も自己の信仰 を守 り抜 いて死んで い った信仰の英雄達 を数多 く生み出 した。 そのため, キ リス ト教会 は この時代 を 「教会の英雄時 代」 ̀ 6 ' t呼ぶ。
帝国側 か らの迫害 に対 してキ リス ト者達が取 らざるを得 なか った道 紘,三つあ った。
その
1
つは 「離教者」 ( l aps us )
と しての道であ る。 た とえ この時代が英雄時代であ った と し て も,死への恐怖か ら自 らの信仰 を否認 した人 々 もまた多 くいた ことであろ う。もっとも彼等 は, そのまま教会 か ら見棄て られて しま ったわ けで はない。後 にな って教会 は,様 々な条件 を付 しはしたけれ ど も, とにか く離教者達 を再度受 け入れ る方向を採 って いる。 そ こか ら新 しい問題が発 生 した。迫害のために離教 した人 々を教会 はど う扱 うべ きか とい う問題であ る。 この離教者の問 題 をめ ぐる寛容 主義 と厳格主義 との対立 は,迫害を受 けたほ とん ど至 る処 の教会 内に見出せ る問 題であ った。
他の
1
つは 「告 白者」 ( c onf e s s or )
と しての道である。告 白者 (証聖者) とは,帝 国側の官憲 の前で敢然 と自己の信仰を告 白 したため に,厳 しい苦難を受 けは したけれ ど も, しか し,生命を 失 うまで には至 らなか った人 々の呼称であ る。平和回復後,再 び教会 に戻 ることを望 んだ離教者 達が,迫害中に も確固 と して耐えていた このよ うな告 白者達 や殉教者達の手紙 を,教会への推薦 状 として利用 したために,彼等 自身が教会 内で大 きな威信 を得 るよ うにな る。彼等の手紙 は,初 めは執成 しの手紙 と してのみ意図 されていたが,間 もな く教会 に対 して命令の力を も持 つよ うに な った。 カル タゴの司教であ ったCypr i anus
を初め と して,多 くの司教達が,司教職 の権威 を確保 す るため に, こうした告 白者達や殉教者達の威信の高ま りと戦 っている( . 7
)もう 1つは 「殉教者
」 ( mar t yr )
と しての道である。教会内で最 も大 き く尊敬 の念 を集 めたの は, もちろん この信仰 に生命 を捧 げた人 々であ る。事実,殉教者達 と彼等 の遺物 とは,すで に2
世紀の中頃か ら高 い尊敬 を受 け始 め, 3
世紀初頭 ともなると,彼等の命 日をむ しろ彼等が昇天 し た誕生 の 日( nat al i t i a)
と して,毎年 の祝祭 日にす るとい う慣習が一般化 して いる。 やがて公認 後の教会 は,信仰の情熱 が薄れて い く中で,迫害時代 を英雄時代 と して振 り返 り,以前 にはあま り高い評価 を与 えて いなか った殉教者達 にまで も特別 に献身 的な尊敬 を与 え るよ うにな る。 こう して4
世紀が終わ る以前 に,祈 りと礼拝 の うちで殉教者達の思 い出を長 い間是認 して きた一般民 衆の心情 は,殉教者達 こそ神‑の執成 しを して くれ る者,また,彼等 を尊敬す る人 々を守 り,癒 し, 助 けて くれ る者 と して祈 られ るべ き者で あるとい う感情へ と移行 していった。殉教者達 は,民衆‑ 1 9
の生活の中で,古 い神 々や英雄達 に取 って代 わり,都市を守護す る者,商業 を保護す る者,病人 を癒す者 などにな ったのであ る㌘)
こうした歴史的 ・社会的状況の中で,そ こに生 きた信者達 によって,殉教者達の死 に関す る数 多 くの記録文書 が,記述 され,受容 され,利用 され,伝承 されてきた。 それ らは,一括 して 『 殉 教者行伝 』 ( ac t amar t yr um)と呼ばれ る一連 の文書群 を形成す る。そ して, その中の多 くの文 書が今 E ]まで大切 に保存 されてきた( . 9 ) それぞれの時代 や社会 とそ こに生 きた信者達 のそれぞれに 異 な る生 き方や考え方 とが,それぞれの殉教録 を現在 あ る様式 にまで形成 して きた現実的な生活 基盤で あ る。従 って,すべての殉教録 の 1 つ 1 つがその成立の時 と事情 とを異 に し, その 1 つ 1 つが個性 を もってい る。そのため,それ らを一括 して論 じることは,事莱上,不可能 に近 い。現 存す る殉教録 には,恐 らく史実 に近 い裁判記録 に基づ いて構成 された ものか ら,殉教者が人 々の 間で過 こ、 、 した最後の数時間を感動的 に叙述 した ものまで,極 めて幅の広 い様式 の変型が見出せ る か らで あ る。従 って,初期 キ リス ト教 の殉教録 に関連 して,何か統一的な様式 を確定的に語 るこ
とはほ とん ど不可能 なのであ る。
しか し
,『 殉教者行伝』全体 を一群の記録文書 と して見た場合,そ こに他 の文献 とは明 らかに異 な るい くつかの特徴 を見て取 ることはで きよ う。 もちろんそれ らの特徴 は,すべて推定の域 を出 ず,従 って,全 く暫定的な作業仮説であ る。 しか し , 『 殉教者行伝』の全般的な性格 を知 るには, 恐 らく充分 に有効で あろ うと考え られ るので,以下 に少 しそれ らの特徴 をまとめてみよ う。
①
大抵 の殉教録 が,序節 ・本節 ・終節の三部構成 を とる。 しか も , 2つまたは 3つ以上の独 立 した別個の資料 を結合 させた とい う構成 を とる場合 が多 い。 もちろん各資料 の間 は,長 い,あ
るいは短 かい編集句 によ って埋 め られている( 0 1 0 )
現在, それ らの編集句 は,厳密 な文献批判 ・資料批判 によ って丁寧 に取 り除かれている。 しか し,教会 の信仰 は, それ らの編集句 の側 にかえ ってよ く現 われている場合 もあ る。各節の内容 そ の もの も,編集 の際 に,教会 の信仰 ( 構成の原理) に基づ いてかな り任意 に取捨選別 が行 なわれ た らしく, 内容的にほとん ど信頼で きかね るもの さえあ る。 また,全 く新 しく付加 された と しか 考 え られない部分 も見出せ る。史実の正確な記録 とはおのずか らその構成 の原理を異 に していた のであろ う。
②
多 くの殉教録が 1 つまたはそれ以上の異本 ( r e c e ns l O)を もつ。 そ れ らの版 の間の相違は, 特 に序節 の部分 によく現われる。そこでは,殉教 の場所 や殉教者の出身地 な どが全 く異 な って いる 場合 さえあ る̀ o l l k らく教会側 は,読 む者や聞 く者 にな じみの薄 い地名な どを避 けて,彼等 によ く 知 られた場所 などに書 き変 えて,殉教録 その ものを一層身近 な ものに しよ うと したので あろ う。
そのよ うな教会側 の意図 に,かえ ってその殉教録の特徴的 な性格 を見て とることもで きるのであ る。
現在 の歴史的 ・批判的研究 は, 2つ以上の版が存在す る場合,その うちどれが最 も信頼で きる ものであ るかを決定す ることがで きる。 しか し, どのよ うな版 も,史実 に一層近 いだ ろ うとい う だ けの ものであ って,決 して史実 その ものの正確 な記録であ るわけではない。異本 の存在 はかえ
って正確 なテキス トの復元 を困難 に しているとさえ言え るのである。
④
法廷記録か らの引用 と して本節部分 に対話形式を とる殉教録 も多 い。 これ らの作品 は,敬 会 が何 らかの方法 によって私的に入手 し得 た公式記録 に基づ いて, とい うよ りもむ しろ,奉件 を 見聞 した人 々の個人的な記録 に基づいて,文学的 ・創作的 に構成 された もので あろ う。多分,後 には若干の ノー ト類 によ って補強 された もの と思われ る。 もちろんその構成の際に,手本 とな っ た基本的 な作品 もい くつかは存在 した ことであろ う( 0 1 2 )
中間部分 に対話形式を採 るのは,法廷記録か らの引用で あ るよ うに見せて,表現 に信頼性 を も
一 2 0‑
たせ よ うとい う教会側 の意図が働 いたためであろ う。教会 は審 問 に関す る記述 を一種 の公式記録 の形で与 え ることによ って,殉教録 その ものに対す る信頼性の印象を強 めよ うと した。 しか し, 話 はほとん どかみ合わないまま進行す る。対話 にす らな って いない場合 も多 く,編集 の際にか な
り強 く教会側 の創作的意図が働 いていた ことを推測 させ るのに充分であ る。
現代 の精密 な文献学 的研究 は, これ らの作品の中か ら実際の裁判記録 に近 い部分を摘 出 しては いる。 しか し,史実 の構成 に充分 なほど多 くの ものが残 されてい るわ けで はない。
④ 取調べを行 な うローマ官憲側 の,被告 に対す る態度 は驚 くほど好意的で あ る。 これはほと ん どすべての殉教録 に共通 して 目立つ特徴 であ る。彼等 は,殉教者達 に, 自白を否認す るな らば 釈放す ると語 り,反省 の時間を持 つよ うに勧 め,処刑 を延期す る用意があ ると告 げ,時 には,狗 教者達 に自分の若 さについて考え るよ うに求め る。更 に,審問を行 な う裁判官 をキ リス ト教 の教 義 に関心 を抱 く者 と して描写す る作品や,逆 に彼等を改宗 させ るとい う希望を語 る作品す ら存在 す る。 ロ‑マの司直達が被告か ら聞 き出そ うと努めているのは,決 して 自白などで はな くて,む しろ否認 なので あ る。彼等が被告 に対 して行な う説得や脅迫 は,すべてただ被告か ら罪状 の否認 を得 よ うとす る努力 にす ぎない。 この ことは我 々に次の ことを推測 させ る。すなわ ち,確かに殉 教 その ものは迫害時代 に行なわれたが, しか し,現存 の殉教録 が教会 において実際 に編集 され使 用 され るよ うにな ったのは公認以後 ( すで に教会が ローマ帝国 と友好的な関係 に入 った後)の こ とで あろ うとい うことであ る。恐 らく,官憲側 を一方的 に悪者 に仕 立て上 げ るのは難 しい とい う 歴史的制約が働 いた もの と思 われ る。 もっとも,キ リス ト教 は,成立の頭初か ら,例 えば多 くの
『 弁証論』などに見 られ るよ うに,大抵の場合,帝国 に対 して平和 的 ・友好的であ ったか ら, こ の推測 はかな り割 引いて考 え る必要があ る( 0 1 3 )
⑨
裁判記録か らの収録 とい う形式を踏 まない殉教録 も多 い。 それ らの中には,往 々に して幻 影物語や奇跡物語 にまで発展す る もの さえあ る
'.
14' ィェスと思われ る人物が現われた り,死後の殉 教者 の幻影 や幽霊が登場 した りす る。聞 く者や読 む者 を信仰の行為 へ と駆 り立て ることを 目的 と して取 り入れ られた ものであろう。神話論的表現を手段 と して しか表現 し得 ないよ うな何かが実 際 に起 こったのか,それ とも,記録者や編集者 などの幻想的な作 り事であ るにす ぎないのか, そ の ことを確定す るのは もはや不可能であ る。 どち らに して も,殉教録 は,教会 の平和後,特 に西 方 にお いて,私的及 び公的な典礼集会の教化的 ・護教的な 目的 に役立つよ うに構成 されたが, し か し,後代の編集者の うちのあ る人 々には,殉教者の英雄的抵抗 とい う奇跡 さえ も充分 に満足で きる もので はな く,そ こで彼等 は,原初の説明を更 に象徴的な奇跡物語や亡霊物語 によ って飾 り 立て ることまで も行 な った もの と思 われ る。教化 を求 め る人 々の要求が,最初期 の単純 なタイプ ( 様式) に満足 してい られたのは, ほんのわずかな期間 にす ぎなか ったのである。 しか し, その ために史実が ますます遠 くにかすんで しま ったのは,やむを得 な い ことであ った。
⑥
終節の部分 に, 事件後の簡単 な説明や教会側の信仰告 白な どが付 いた もの もあ る
35
)どの場 合 に も,編集者が 自己の信仰 に基づ いて後か ら付加 した もの とい う感が強 い。 その殉教録が朗読 され る所 と時 と目的 とに応 じて,任意 に添削 されてきた ものであ ろ う0時 と して非常 に細かい場 面描写 な どが展開す るのは,内容 に信頼性を もたせ よ うとす る編集者の作意の現 われで もあろ う か。
さて, もはや これ以上の検討 を行な うまで もな く,現存す る殉教録 に関す る限 り,次 のよ うに 推定 して よいだ ろ う
。『 殉教者行伝 』中の大部分の殉教録が,教会 内で使用 され,特 に, キ リス ト教公認後の教会 に おいて朗読 されたO公認後 に信仰 の情熱 が薄れてきた中で,我等 の祖先 は これ ほど勇敢 な信仰 を 保持 した とい うことを信者達 に向か って訴えか ける,呼 びか ける, あるいは同意 を求 め るとい う
‑ 21‑
形で朗読 された。従 ってそれ らは,部分的にはその内部 に史実 に近 い記録 を保持 して きた と して ち,全般的 には決 して正確 な記録であ ることを 目的 と してはいなか った もので ある。 そ こか ら,
『 殉教者行伝』 を読んで何が分か るか といえば,殉教の事実 その もので はな くて, これ らを編集 した人 々または教会側 の信仰 と思想 とが知 られ るとい うことになる。史実上の信頼性 は極 めて薄 い といえ るのであ る。事実,教会 は殉教 の正確 な記録 を後代 に残 そ うなどと意図 していたわけで はない。原初の史料で さえ初 めか らその ような ことには関心 を持 たなか った。従 って,殉教録は, 歴史 を知 るための史料 と しては, 1つの特殊 な性格を もつ。 それ らは,過去の出来事の正確 な記 録であ るとい うよ りも,む しろ記録者 や編集者 が殉教 に対 して抱 いていた信仰や思想 その ものの 記録で あ る。我 々が殉教録 を読 んで知 り得 るものは,過去の殉教の出来事や殉教者 の人格 ・生涯 な どで はな くて,それ らの文書 を伝 え残 して きた人 々の歴史的 ・社会的 に条件づ け られた思考 と 行為 その もの なのであ る。従 って,現存 す る 『 殉教者行伝』を用 いて迫害時代 の殉教の史実 を客 観的 に確定 しよ うとす る試みは, もはや断念 されなければな らないであろ う( . 1 6 )
2 新 しい 「 理解 への道
」殉教録 を歴史学上の文献 としてみ る限 り, ここまでの道 は, いわば 「 破壊‑の道」で あ った。
しか し,歴史を知 るための史料 と しては価値 がないとい うそれだ けの理 由によ って, これ らの文 献 を捨 て去 って しま うことはで きないで あろ う。 もし捨て去 って しま うな らば,殉教録が今 日ま で千数百年 もの間,生 き残 って人 々の心 に働 き続 けて きたその理 由が少 しも理解 されない ことに な る。殉教録 その ものが史実の正確 な記録であることとは全 く異 なった意図をもって成 り立 っている 以上, その事柄 に即 して, これ らを理解 してい くとい う方 向 も考え られて よいのであ る。従 って,
これ らの文献 を どのよ うに解釈す るか とい う新 しい理解 の方法が求め られて こなければならない。
確か に,往路 の ここまでほ 「 破壊‑の道」であ った。 しか し,帰路の これか らは 「 理解‑の道 」 にな らなければな らないであろ う( . 1 7 )
一般 に , 「 理解す る」 とい うのは,ど うい うことであろ うか。 この問 いに答え るための手掛 りは 従来,文献 な どに関 して行 なわれて きた理解 の仕方 を反省す ることか ら得 ることがで きるだろう。
一般 には次の 2 つの場合が考え られ る。
第一 は,理解すべ き対象 を,その内面か ら理解 してい く場合であ る。 この文献 は, どのよ うな 内容 を もち, どのよ うな意味を語 って いるか,あ るいは語 っていないか。 また,何 を伝 えよ うと しているか,あ るいはどの よ うな意図や 目的を表現 しよ うと しているか。 そ して, それはどこま で成功 しているか。 このよ うな問題を,文献 の内容 に即 して,客観的 ・論理的 に解明 してい く。
これは,対象文献 をその内郡か ら見て い く理解で あ る
。(18)
従 って,例 えば, この理解 は,新約聖書 の中で 「 敵 を愛 し,迫害す る者 のために祈 れ」 とい う 言 葉 に 出会 った ときには,恐 ら く次 の よ うに問 うことで あろ う。 この 命 令 は, どの よ うな 倫理的内容 を表わ し,何を意味す るか。 また, イエスは, この命令 によって どのよ うな意図 また は 目的を表現 しよ うと したか。 そ して その表現 は, どこまで正確 にそれを伝 えてい るか。 このよ うに, この理解 は,客観的 ・論理的に対象の内面的な理解 を 目指 してい く
。第二 は,理解すべ き対象 を,その外面か ら理解 してい く場合であ る。 この文献 は, どこまで正 確 に史実 を伝 えてい るか, または伝えていないか。 また, どのよ うな歴史的 ・社会 的条件の下で 成立 したか。 あ るいはどの よ うな時代 的状況 によって制約 されたか。 この よ うな問題を,他の文 献 資料 との関連 などか ら科学的 ・客観 的に解 明 して い く。 これ は,対象文献 をその外部か ら見て い く理解で あ る
。‑ 22‑
従 って,例 えば, この理解 は,上記の イエスの言葉 に出会 った ときには,恐 らく次 のよ うに問 うことで あろ う。 イエスは本当に この よ うな言葉を語 ったか。 もし語 ったな らば,現在 の文献 は どこまで正確 にその言葉を伝 えているか。 また, イエスはどのよ うな者 と して, どのよ うな歴史 的 ・社会的条件の下で, この命令 を語 ったか。 この命令 には, イエス とその時代 とが どの よ うに 反映 されているか。 このよ うに, この理解 は,科学的 ・客観的 に対象 の外面的な理解 を 目指 して
い く。
しか し, 内面か らの理解 と外面か らの理解 とは, こうした相違 に もかかわ らず,両者共 にで き る限 り正確 な知識 を得 よ うと努め る。 そ して, その獲得 された客観的知識 が増大すればするほど, または深化すればす るほど, それだけ理解 の正確度 も増大す る。 または深化す ると考 え る。 その 限 り, ここでの理解 は 「 認識す ること」であ る。 その認識 は絶 えず増大 し深化す ることを求める。
従 って,獲得 され る知識 は常 に途上 にあ って未完のままであ り, その 「 完成」 は遠 く未来にある。
更 に, このよ うな理解 は,獲得 された知識が認識主体か ら客観 的に独立 しているほど正確で正 しい と考 え る。認識主体 は, あたか も大 きな器のよ うに,獲得 した知識 をで きる限 り多 く自己の 中に吸収 はす るけれ ど も,その ことによ って 自 らが変化 を受 けるとい うことはない。 この主体 は 認識対象 とのかかわ りにおいて常 に自己を彼岸 に立 たせ る。認識主体 が 「認識」 とい う行為か ら 何かの影響 を受 けて変化す るとい うことは決 してないのであ る。 む しろ主体 は影響 されないこと を積極的 に求 めて,認識 の主体性 を排除 しよ うと努め る。 そのため,獲得 された知識 は,主体 の 本質であ る時間性 ・歴史性 を免れ ることがで きる。古 くな って役 に立たないことが検証 された知 識が捨て られ るとい うことは起 こり得 ると して も,なお, このよ うな 「 認識す ること」を通 して 獲得 された知識 は, その都度,歴史的 ・社会的制約か ら客観的 に独立 した無時間的 に妥 当す る真 理であ ることを要求す ることがで きる し, また, その ことを誇 りにさえす るのであ る。
しか し, このよ うな理解 の方法 は,実際の ところ,殉教録 のよ うな文献 に関す る限 り, あま り 有効的で はない。 その ことはすで に前節で 6 つの点 にわた って確認 されてきた。従 って, ここか
らは,第三の新 しい理解‑の道が考え られなければな らないで あろ う
。この第三の道 は,読者が文献か らの言葉 を 自己の実存への 「語 りか け」 ( Anr e de ) と して受 け 取 る方 向か ら与 え られ るであろ う' . 1 9 ) この理解 は,理解対象の内容 を,実存理解 の可能性 を開示す るもの と して解釈 し,私 とい う人間 は この可能性 にどのよ うに応 えて い くことので きる者であ る かを見究 めてい くものであ る。従 って, ここでの理解 は
,「 認識す ること」で はな くて
,「 解釈す ること」で あ る。 このよ うな解釈 は主体の積極的な参画 によ って初めて成立す るか ら, この理解 は主体 的な理解 である。解釈学的理解 であ るともいえ る。
例えば,私 は,上 に引用 された イエスの命令 を,私 自身その よ うに生 きることので きる人間で あるか ど うか とこの私 に問いか ける言葉 と して受 けとめなければな らない。 この私 は,敵 を愛 し 迫害す る者 のために祈 ることので きる人間へ と現在の 自己を主体的 に超えてい くことので きる者 であ るか, それ とも, そのよ うな生 き方 は全 くで きないみ じめな人間であ るにす ぎないか。その ことが問われて いる。 そ して, その応答 が どち らになろ うとも, そ こには常 に新 しい人間的実存 理解 の可能性が開示 されてい るのであ る。 イエスの命令 は, その よ うな実存理解 の可能性 を開示 す る言葉 と して解釈 されなければな らない。 それが最 も事柄 に即 した ( s ac hl i c h)理 解 なのであ る。 この よ うに,主体的理解 の特徴 は,対象を理解す るその客観的側面 にあるので はな くて,問 う者が同時 に問われ る者で あ り, その ドラマの中で彼 自身が 自己を理解 してい くとい う丁度 その 点 にあ る。解釈学的理解 の中心 は, この 「自己理解」 ( Se l bs t ve r s t andni s )とい うことなのであ
る。
しか し, た とえ語 りか けが存在す ると して も,それに答えよ うとす る実存 的な関心が,語 りか
ー 23‑
け られ る者 の うちに,前以 って生 じていないな らば,呼 びか けと応答 とい うこの実存的 ドラマは 展開 されないであろ う。 自己理解が成立す るためには,理解すべ き対象の内容が, 自己の実存‑
の語 りか けと してあ らか じめ理解 されていなければな らないO何の関心 もないところで は,呼 び か けの言葉 も,呼 びか けと して聞 こえは しないのであ る。 このよ うに, 自己理解 が成立す る前提 紘, それが浬解すべ き対象の内容 に関す る一定の 「 前理解」 ( Vor ve r s t andni s )によ って導かれ てい るとい うことで なければな らない( fo )
更 に, この前理解が可能 にな るためには,理解す る主体 と理解 され る対象 との間 に,問われて いる事柄 に関 して,同等 な 「 生連関」 ( Le be ns z us amme nhang)が存在 して いるとい うことが必 要で あ る。理解す る者の生 の世界の中で端的に意味を失 ってい るものにつ いては, どのよ うな理 解 も可能で はない。子供がカ ン ト哲学を理解で きないのは,彼があ らか じめ難 しい哲学用語 を理 解 していないか らばか りでな く,両者 の間 に この 「 生連関」が存在 して いないか らであ 6( 0 2 1 ) 語 ら れて いる事柄 を 自己の生 の中に翻訳で きる可能性が,すなわち,文献 と解釈者 との間 に共通す る 等 しい生連関の存在 し得 る可能性が,解釈学的理解 の前提 なのであ る。
自己理解 は,認識の主体が消去 されてい るよ うな抽象的理解で はな くて,主体 が決定的で あ る よ うな具体的理解で ある。抽象的理解 の場合 には,認識 の客観性 を確保す るために,認識主体 は 自己自身 を放棄 しなければな らない。 しか し,具体 的理解 の場合 には,理解過程 の中 に主体 自身 も組み込 まれているか ら,彼 はその理解 とい う行為 において 自己自身を放棄 で きず, また, 自己 自身 のままにとどまって いることもで きない。 このよ うに, 自己理解 においては主体 自身が決定 的な主役 であ る。 もちろん この よ うな理解 に対 しては,無時間的 に妥当す る客観 的真理の獲得 な どとい う任務 を望む ことはで きない。 自己理解 は主体 的な決断 と して常 に現在的で あ る。生連関 に基づ く前理解 を前提 と して開示 され る人間的実存理解 の可能性が,真の 自己理解 を導 くので あ る。従 って,む しろこの理解 の構造 その ものだ けが,人間的実存 に とって は,常 に無 時間的 に存 在す る真理で あるといって よいだろ う
。事実,人間 はまだ何 もので もな く,完成 されて もいない。人間は絶 えず今 ある自己を決断的に 超克 して新 しい自己を主体的 に形成 してい く。 しか も, その新 しく形成す る自己に対 しては,質 に 自己自身が全面的 に責任 を取 らなければな らない。人間 と して生 きよ うとす る限 り,人間 には その よ うに生 きること しか許 されていないのであ る。人間 は言 い訳 もな く 「いま ・ここ」 に実存 す る。 これが実存 の倫理であ る。 いま, このよ うな人間存在 の存在論的構造 を,文献理解 との関 連か ら人間存在の 「 実存論的構造」 ( e xi s t e nt i al eSt r ukt u r )と呼ぶな らば, これ まで考えてき た 「自己理解」は,丁度 この実存論的構造を示す もの といえよ う。 自己理解 とは,理解すべ き対 象か らの語 りかけに対す る応答 において開示 され る人間的実存理解 の可能性 に導かれた実存論的 理解 なのであ る㌘2 '
3 実存論的神学 における 「 理解」
自己理解,前理解,生連関などの解釈学的用語 を用 いて独 自な神学体系 を構築 した神学者 は, Rudol fBul t mann であ る。その解釈学的立場 を示す彼 自身の言葉を,次 に少 し
引いてみよ う。 ブ ル トマ ンは,文献の理解 について,次のよ うに語 って いる。
テキス トや記念物 は,史料 と しては全 く理解で きない ものであ って も, なお ど うにか摺解 され なければな らないであろ う。 テキス ト自体の意味 内容 に従 ってのみ, そのテキス トに史料 と して の等級を帰せ ることがで きるよ うなテキス トも実際 には存在 して いるのであ る。古典的なテキス トや記念物か らそれ らの ものを区別 す ることは, その限界 は定め られない と して も,やは り可能
‑ 2 4‑
であろ う。従 って,そのよ うな記録が史料 と して解釈 され る場合 には,常 にそれ らに固有 な意図 の意味 においてのみ理解 されなければな らなし'(喜3)
更 にまた,例 えば
,
「哲学上 のテキス ト」の解釈 の場合 も, それが真 に理解す るものであろ うと す るな らば, 自 ら真理への問 いによ って動か されていなければな らない。解釈 は,著者 とのデ ィ スカ ッシ ョンにおいてのみ行 なわれ得 るのであ る。 ただ プ ラ トンと共 に哲学す る者 だけが プ ラ ト ンを理解 す る禦)従 って
,
「最 も主観 的な」解釈が,ここで は 「最 も客観的な」解釈 であ る。すなわ ち, 自己の実 存の問 いによ って動か されている者 だけが, テキス トの要求 を聞 くことがで きるのであ る(.25)更 に
,
「自己理解」 ( s e l ト unde r s t andi ng)
については,彼 は次 のよ うに語 る。哲学的分析 は,実存 とは抽象的 に何 を意味す るかを示す。 これ に対 して,実存的 ・個人的 自己 理解 は,実存が抽象的 に何 を意味す るかを語 るので はな くて, いま ここにいる具体 的な人格 と し ての私の生 を指 し示すのであ る。 それ は,私の 自己その もの と,私 が組み込 まれている諸関係 と が,一緒 に理解 され るよ うな 1つの理解 の働 きである(0
2
6)2 0
世 紀の神学,特 に ドイツのプ ロテスタ ン ト神学 は, ここ数十年間 に急速 な展開 をみせ た。 そ の発展 の速 さは, 自然科学 を別 にすれば, ほ とん ど他 に類を見 ない ほどであ る(027)しか し, ブル ト マ ンの実存論的解釈 の方法 は,古 くな って棄 て られて しま ったわ けで はない。む しろその後の人 々によ く受 け継がれて,大 きな影響 を与 えて きた。事実,例 えば,Pos t‑Bul t manni ans
の 一 人 であ るHe r be r tBr aun
が,次 のよ うに語 るとき,そ こに はあ たか もブル トマ ンの言葉を聞 くかの よ うな感 さえあ る。 ブラウ ンは次のよ うに語 る。ただ哲学的 エ ロスを賦与 された者だ けが プ ラ トンを理解す る。 ただ音楽 に感応で さる者 だけが ベー トーヴェ ンを理解す る。 ただ新約聖書 に意志 されているもの に対 して開かれてあ り, しか も 自己を開 いて いる者 だけが新約聖書 を理解す る。すべての重要 な客体 に対 して と同様 に, この客 体 に対 して も,客観性の対位法 と して,認識者の人格的な最高の関与 を要求す ることが,章柄 に 即 した ことなのであ る。 ここで は人格的な参加のないどのよ うな認識 も存在 しない。 ここでは, いわゆ る単 な る客観性 はすべて, あ らゆ る重要 な客体 に対す る場合 と同様 に, どの よ うな仕事の 誠実 さ
( We r kt r e ue )
を も意味 しないよ うな概念の ガ ラガラ鳴 り( Be gr i f f s kl appe r e i
) に な る。ここで は,正 しい客観性 は最高 に主観的な ものでなければな らないであろ う(.28)
更 に, もう一人 の証言を引 くこともで きる。 ブラウンの同僚であ る
Manf r e dMe z ge r
の 言葉で あ る。彼 が次の よ うに語 るとき, そ こに,我 々はブル トマ ン ・ブ ラウ ン的解釈学か らの反響を容 易 に聞 きとることがで きるだろ う。 メツガ‑は次のよ うに語 る。どの よ うな レッテル も真理を保証す ることはない。む しろ真理が常 に レッテルを保証す る。す なわち,真理 が どのよ うな 「名前」を もっているか とい うことは, それが本当に真理であ るな ら は,私 には全 くど うで もよいことであ る。私 はそれが真理の書物 に書 いてあ るとい うその理 由に よ って,あ るいはその ことに基づ いて信 じるのではない。‑‑その言葉が私の中に信仰 と信頼 と を呼 び起 こ した とき,その とき私 はその書物 を 「真理の書物」 と呼ぶのである。私 はまた,一人 の人間が 「キ リス ト」 とい う名前 を もってい ることに基づいて, あ るいはその ことの甥 由によ っ て彼 を信 じるので はない。 キ リス トとい うのは,差 し当た り
1
つの言葉( Vokabe l
)以 上 の もの ではない。 =・しか し,彼の言葉が,私 には全 く逃れ ることので きないよ うな圧倒 的な真理 と し て私 に示 され るとき,私 は彼 を私の主 と呼ぶのであ る(029)もちろん,実存 論的神学 の中に, これ らに類す る証言 を,更 に多 く捜 し出す こともで きよ う。
しか し, そのよ うに証言 を追 いか けることたけが, それ らを理解す るとい うことで はない。む し ろそ うした態度 こそ,実存 論的理解 の本 旨か ら外れ る ものであ るともいえ るだろ う。思考 に新 し
‑ 25‑
さや客観 的な保証を求 め るあま り,多様 な見解の展開 に引きず られて,本来 の 自己自身 まで も見 失 うな らば, それは 「 認識」 と 「 解釈」 とを混同す るとい う過 ちを犯す ことに もな りかねないの であ る。
ところで,当面の課題 は,歴史学上の史料 と しては, ほとん ど何 の価値 も持 たないだ ろ うと推 定 され る 『 殉教者行伝』を, ど うした ら新 しく理解 し直す ことがで きるか とい う方法論上の問題 であ った。 そ して,そのために, ブル トマ ンや ブラウ ンな どの実存論的神学 の解釈学的方法が検 討 されて きたのであ る。従 って, ここで大切 な ことは,決 して彼等 の神学 を客観的に把握 しよ う
( 3 0 )
とすることではない。む しろ,もし殉教録を理解 し直すという今後の課題の解明にとって,実存 論的解釈 の方法が有効的であ るな らば, この方法を適用す る場合 に予測 され る問題 にはどの よ うな ものが あ るか とい う点 について吟味 してい くことでなければな らないであろ う。
4 方法 と しての実存論的解釈
『 殉教者行伝』の よ うな,歴史の史料 と しては 1 つの特殊 な性格を もつ過去の文献 に対 して, 上 のよ うな実存論的解釈 とい う方法を用 いる場合 には, その適用 に関 して, い くつかの限定が必 要 にな るだ ろ う。実存論的神学が提起 したよ うな方法論を, そのまま殉教録解釈 の方法 と して適 用で きるわけではないか らであ る。従 って,次 には,予想 され るい くつかの問題点 について考 え てみなければな らない。
(A
) まず,殉教録の よ うな文献 を実存論的に解釈す ることが実際 に可能であ るか とい う問題が 出て こよ う。 これは, この解釈 の方法 と しての有効性 を問 う問題であ る。 しか し, この よ うな問 い自体が,実存論的解釈の立場 か らみれば,すで に客観的 な問 いであ り,非実存論的な ものであ る。方法 と しての有効性 を問 うのは,主体抜 きに答 えが確定で きるか否かを問 う問題提起 と同様 であ って,問 う者がそ こに主体 的に参加 しているか否かを問 う問題提起で はない。 それは, あた か も方程式 の正解 を求 め るよ うに,彼岸 に立 って客観的な答 えを求 めている。従 って, そのよ う な問 いに対 しては,実際の結果 を経験 的に反省 してみ るほかはないと答え ることがで きるだ けで あ る。問題が存在す る以上,実際 に方程式を解 いて正解 を捜すほかはないのである。実存論的解釈 の道 を進む者 は, もはや立 ちどまることがで きない。 それ は,主体 的 ・決断的な行為‑の道 なの であ る。
なお, この よ うな問 いの場合 には,実存論的神学が思想史上 に実現 して きた学問的成果の大 き さについて考 えてみ ることもで きよ う。「 非神話化」, 「 終末論」
,「 史的 イエス」な ど,様 々な問 題が, ブル トマ ンや ブラウ ンな どの実存論的解釈 を通 して, とりわけ多 く解 明 されて きた。彼等 の新約聖書解釈 も驚 くほど多 くの成果 を上 げてい る
̀0
31' 従 って, たとえ一方 は新約聖書,他方 は殉 教録 とい うよ うに,問題の対象領域が異 な っていると して も,やは り実存論的解釈がそのよ うな 成果 をあげて きたその方法論 と しての有効性 まで もすべて無視 して しま うことはで きないので あ
る。
(ち)
1 つの研究領域 に もい くつかの研究方法の適用が考 え られ る。従 って, 1 つの方法論を特 定 し得 て も, それを採用す るか否かは各個人の決断 にかかわ る問題であ る。 その意味 において, 方法 論は常 に可能的な ものであ るともいえ る。 この点 は客観的科学 と根本的 に異 な るところであ る。 ここで は 「 実存論的」 ( e xi s t e nt i a l ) と 「 実存 的」 ( e xi s t e nt i e l l ) との 区別 ( 存 在 論 に い う ont ol ogi s c h とont i s c h との区別)が, このよ うな問題 に関す る理解 を助 けて くれ るだろ う。
例 えば , 「 人間はすべて死‑の存在で ある」 とい う命題 は,人間存在 の存在 論的構造 を示す。 そ して , 「 死への存在」 は,私 自身が引き受 けなければな らない実存 を理解す る可能性 を開示す るか
2 6‑
ら,それは同時 に実存論的な ものであ る。 しか し, この私が死病 にかか った とい う事態 は,存在 的な問題であ り, ただ私だ けが主体的 ・決断的にその死 を引き受 けざるを得 ない とい う意味 にお いて,それは実存的 な問題である。同様 に
,「 人間 は隣人を愛 さなければな らない」という命令は, 各個人 に実存理解 の可能性 を開示す るか ら,存在論的 ・実存論的 な命令であ る。 しか し, この私 か この隣人 を愛す るか憎むかは,私個人の主体 的決断行為 にかかわ る問題であ って, それ は存在 的 ・実存 的な問題であ る。前者 は常 に人間存在 の構造一般 を開示す るが,後者 は常 に各個人 に決 断を迫 る問題 と して現 われ るので ある。
従 って,上 に考 えてきた第三の理解‑の道,すなわち解釈学 的 自己理解‑の道 は,すで に見て きたよ うに,理解す る者 に実存理解 の可能性 を開示す るものであ るか ら,実存 論的な理解への道 である。 しか し, その実存論的理解の方法 を,殉教録解釈の方法 と して,現実 に適用 し, そこに 開示 され る自己の実存理解 の実存論的可能性 を具体的に実現 して い くことは,その人個人 の主体 的な決断妃 かかわ る実存的な問題 なのであ る。
(C)
確か に我 々は,殉教録のよ うな文献の理解 における実存 論的構造 を明 らかにす ることがで きる し, また,そのよ うな実存論的構造 の極 限には各個人 の主体 的 な決断 にかかわ る実存 的な問 題があ ることも指摘で きる。 しか し,我 々の解釈学 的倫理学 が ロゴス化 できる限界 は,多分 その 点 までであろ う。我々は実存論的な事柄にまでは進む ことがで きると して も,実存的な問題 の内部 にまで入 り込む ことはで きないのであ る。 この間題 に関 して,解釈学的倫理学 に可能 な こととい えば,せ いぜ いの ところ,一人一人の個人 に 「それ はあなた 自身の実存的な問題だ」 とい うこと を語 り得 るだ けの ことであろ う。 この点 に関 して もブル トマ ンの言葉が我 々の理解 を助 けて くれ
d 喜2)
彼 は次 のよ うに語 っている。
歴史家 は, どのよ うな護教諭 も行 な ってはな らない。 また, キ リス ト教 の真理 を証明 して もな らない。 キ リス ト教 を真理であ ると主張す ることは,他の何かの宗教 や世界観 の場合 と同様 に, 常 に個人的 な決断の事柄であ る。 そ して,歴史家はこの決断 に対す る責任 を誰か らも取 り去 るこ とはで きない。彼 はまた‑ 人が好んで言 うよ うに‑‑ 彼 が叙 述 す る歴 史 的現 象 を後 か ら更 に
「 評価」 して もな らない。 しか し, もちろん彼 は決断の問題 をそ うい うもの と して明 らか にす る ことはで きる。歴史家の課題 は,過去の歴史の現象を人間的実存理解 の可能性か ら解釈 し,その 解釈 によ って, この実存理解 の可能性を更 に現在 の実存理解 の可能性 と して意識 させ ることであ るか らであ る。彼 は過去の歴史 を生 き生 きとさせ ることによ って , 「それはあなた 自身の問題だ」
( t uar e sagi t ur )とい うことを意識 させ なければな らないので あ る̀ 0 3 3 )
(D)
最後 に,次の ことも忘れてはな らないで あろ う。 ブル トマ ンや ブラウンな どの実存論的神 学の研究対象 ( すなわち実存論的解釈 の適用領域)は,常 に新約聖書 その ものの世界であ った と い うことであ る。 この ことは,従来,特別 な書物 と して信仰の対象です らあ った聖書 を,神学 の 研究対象 と して,他 の文献 などと全 く同様 に取 り扱お うとす る ドイツ ・プ ロテスタ ン ト神学 の意 気込みを示 した もの といえよ う。事実, ブル トマ ン自身が , 「 聖書解釈 も,他のすべての文献 と異 な った理解 の条件 の下 に置かれて いるわ けで はない」 と語 ってい る( 0 3 4 ) これは,聖書 を何 か特殊 な 書物 とみ る考 え方 を否定 した言葉であ り,同時 に,He r r mannSamue lRe i mar us( 1694‑1768) 以来, ドイツ ・プ ロテスタ ン ト神学が約 200 年間にわた って展開 して きた聖書 に対する諸見解 の いわば ブル トマ ン的 「 総決算」を示 した言葉で もある。
もちろん ここで は,丁度 その反対の立場 を とる。 ここでは,すで に聖書 に適用 されて大 きな成 果をあげて きた方法論を,他の文献 の解釈 などに,例 えば 『 殉教者行伝』の解釈 などに,適用 し てほな らないとい う理 由はない と考え るのであ る。聖書 も殉教録 も全 く同 じよ うに取 り扱 ってよ い文献であ ると考 え るのであ る。上 の ブル トマ ンの言葉か ら, その逆 の意味において, そ う考え
‑ 2 7
てよいであろ う。一般 に,方法論 とい うものは, どのよ うな研究領域 に対 してであれ,常 に開か れてあ り, また自由でなければな らないか らであ る。
5 キ リス ト教倫理学 の一課題
いま問題 に している殉教録 は,新約聖書がまだ信仰の正典 ( c anon)と して成立 す る以前 に, あ るいはそれ と丁度 同 じ頃に,成立 した文書であ る。 事 実
,『ム ラ ト リ断 片 』 ( Mur at or i s c he s Fr agme nt ,現存す る新約聖書 の最古 の 目録表)は,その内容か らみて,お よそ 200 年頃
に ローマで作 られた もの と推定 されてい るが, しか し,現行新約聖書 の 2 7 書巻が正典 と して公認 されたの は, カル タゴ会議 ( 3 9 7 年)以来の ことである。他方,すでに見て きたよ うに
,『 殉教者行伝』中 のほ とん どすべての殉教録が,恐 らくキ リス ト教公認以後 に,現在 あ るよ うな形 を とった もの と 思 われ る。従 って,多 くの殉教録の中に,新約聖書が信仰的権威 を持 ち始 めた頃 と丁度 同 じ頃の キ リス ト者達の信仰的 自己理解が,彼等の生の客観化 と して表 白されて いるはずであ る。む しろ, それ らはまだ新約聖書 とい う絶対的権威 に提われて はいないために,かえ って彼等 の純粋 な信仰 的 自己理解 を現代 に伝 えているのではなか ろ うか。 も しそ うであ るな らば, その よ うな文献 との 実存 的な対話 は,我 々に何を開示す るだろ うか。
この問 いに答えよ うとす る者 は,次 のよ うな難問に突 き当た らさるを得 ないであろ う。聖書正 典成立以来の難問であ る。す なわち,聖書以外 に も神 の啓示 はあ り得 るか,聖書 のあか しがない と して も神 との関係 に入 り得 るか‑ とい う問題で あ る。これは,いわゆる「自然神学」( Nat ur l i c h e The ol ogi e )の問題であろ う。今世紀の 自然神学 は,Emi lBr unne r や PaulAl t haus らの努力に も かかわ らず,Kar lBar t h の "N
eln!"以来,あま り 多 く の関心を引いてはいなし , ( 0 3 5 ) しか し,聖書 のキ リス ト以外 に も神 の真理が啓示 されているか らこそ,聖書 のキ リス トにお ける神の啓示 を受 け入 れない場合 には,全 く弁 明の余地がな くな るともいえ るわ けであ って, キ リス トの出来事 に 決定的な意味を見出そ うとす るな らば, この 自然神学が提起 した問題の前 を素通 りす ることはで きないはずであ る。従 って,殉教録 との主体的な対話 は,我 々にどのよ うな実存理解 の可能性 を 開示す るか。『 殉教者行伝』 は,実存論的解釈 によって我 々に何 を語 りか けて くるか。その よ うな 問題 を明 らかに してい くことが,今後のキ リス ト教倫理学の重要な課題 の 1つ とな るので はなか ろ うか。
この課題 はまた,一般的にいえば,歴史を史料か らで きる限 り正確 に認識す ることが,学問的 客観性 を保証す ることであ り, その態度 こそ歴史研究者 の 「 仕事へ の誠実 さ」を示す ものである とす る考 え方 の正当性の有無 を問 う問題で もあ る。問 うものは倫理学であ り,問われ るもの は歴 史 の客観的認識 とそれの生 に対す る意味 とであ る。例 えば, イエスの態度 や振舞 いを, その当時 の歴史的条件 や社会的身分 などに条件づ け られて いた もの と して, それ と現代 の我 々の状況 との 質 的相違 を強調す ることが,果 た して イエスを真 に正 しく理解す ることにな るであろ うか。 もし 科学 的 ・客観的な歴史研究のみに とどまるな らば, その理解 はなお不充分であろ う。 イエスに関 す る記録 は, そのよ うな ことを少 しも求 めてはいないか らであ る。事実, イエスの時代 と我 々の 時代 との間の様 々な相違点が 「 科学的 ・客観的」 に確認 されれば され るほど, それだけイエス自 身 は我 々か ら遠 くな る( . 3 6 ' ィェス と我 々 との間の 「 生連関」が失 われ るか らで ある
(D
37)しか し, イエ ス研究 はすべて,終局的には,我 々自身の実存的な生 き方 にかかわる実存論的な研究によ って締 め くくられなければな らない。 そ して, キ リス ト教倫理学 の研究 もまたそ うでなければな らない。
その故 に こそ, ここで は 「認識」か ら 「 解釈」‑ の道 が考 え られてきたのであ るC こうして,狗 教録 の実存論的解釈 は,今後 キ リス ト教倫理学 が果 たすべ き宿題の 1 つ となるのであ る
O‑ 28
しか し, この道 を進 む ことは また,歴 史 を何 か特 定 の理念 に よ って構成 しよ うとす る試 み を断 念 す る ことで もあ る。過去 と現代 との間 の客観 的相違 の認識 にの み捉 われ て い る者 は,何 か特殊 な理念 , す なわ ち, 決 して歴 史 その ものか らは得 られず,常 に哲 学 や神 学 な どか ら借 用 して こざ るを得 な い よ うな無 時間 的 ・超歴 史 的 な理念 (歴 史哲学 の い う 「進 歩 」 や 「発展 」 な どの理念 , あ るい は神学 の い う 「終末 論」 や 「救 済 史 」 な どの理念 ) に頼 らな けれ ば, もはや歴 史 を
1
つの 流 れ と して把 握 で きな いで あ ろ う。 こ う して,歴 史学 的認識 には,常 に哲 学 的理念 や神 学 的理念 な どが前 提 され, その前 提 に よ って,「生 連関」に基づ く過去 と主 体 との結合 とい う実存 論 的解釈 は不可 能 に され て しま うので あ る。もち ろん,解 釈 学 的倫理学 の道 は, 丁度 その正反 対 の方 向 を進 む。 我 々の人 間 的実存 理解 の可 能性 は,哲 学 的,神学 的 な一切 の理 念 か ら解 放 され て, 自由 に歴 史 に問 い,歴 史 か ら問 いか け ら れ るとい う歴 史 との実存 的 な対話 に よ って のみ開示 され な けれ ば な らな いで あ ろ う。 実存 とは,
自己が歴 史 か ら現 在 を超 えて未 来 に生 きよ うと主体 的 に決 断 して い くこ とだか らで あ る。
( 1981.9.3.)
註
(11 周知のように, これはW.Dlltheyの概念であるO ここにこの概念を借用 したのは, それがすでに現 代人の共有財産になっていると考え られたか らである。 (デ ィルタイについては,茅野良男著 『歴史の みかた』,紀伊国屋新書, 1964年, 142‑ 144頁に簡潔な説明がある)o
L2) このような言葉がすでに一個の概念 として定着 しているわけではない。 しか し
,
「実験科学」との対比か らは, こう呼ぶよりほかはないであろう。
(31 「倫理」が最終的に問われるのは,今を生きる異体的な個人の行為のあるべき相 (すがた)において である。その 「倫理」を学問的な研究対象にする 「倫理学」が,自己の理論を構築するに当たっては, 専 ら過去の人間の生の客観化された文献資料に依存せさるを得ないというこの 「倫理」と 「倫理学」と の問の時間的 ・空間的な 「ズレ」を,どのように埋めていくか。その点に倫理学の抱える最大の難問の 1つがあると思われる。本小論は,いわばこのような問題について考えてみようとするものなのである。
(4,1 もちろん,このような問題をロゴス化できる限界はここまでであろう。すなわち 「倫坪学」の及び得 る領域はここまでであろう。思考 と行為 との統一の可能性を具体的に実現 していくのは,各個人の主体
のであって,決 してその 「現実性が示 される」わけではないのである。
(51拙稿 「殉教者の倫理」(日本倫理学会編 『倫理学年報』第21集,昭和46年)参照。
し61ここでは, このような呼称その ものが,すでに公認後のキ リス ト教世界に,殉教に見 られたような信 仰の情熱が急速に薄れていったことを物語 っている点に注意 しなければな らない。
(7i 拙稿 「キプ リアヌス神学の歴史的意義」(秋田大学教育学部研究紀要,第30集,昭和55年)参照。
し8) lVllliSton Walker;A HIStOryOftheChrlStlanChurch,New York,1970,P.155‑156.
(91 The Acts ofthe Christian Martyrs ;Texts and Translation by HerberLtMusur1110,
0Xford,1972.以下,本小論中の殉教録に関する言及は,すべて このMusurlllo版による。
1101 例えば
,
『聖キプ リアヌスについての地方総督行伝』(Acta Proconsularla Sancti Cyprlanl Musur1110,op.clt.,P.168‑ 175)などがそのような構成をとっている。 この殉教録については, Musurlllo,op.clt.,P.xxx〜 ⅩXX1をも参照。!111例えば
,
『マルケルス行伝』(ActaMarcelll,Musurlllo,op.clt.,P.250‑ 259)な とが そうであ るoM版によると,マルケルスはTlnglS市で殉教 したが, しか し,N版によると,彼はGallecla地方 のLeglOn(IJeOn)で受難 した。Musurlllo,op.clt.,P.xxxvll〜 XXXlXをも参照C(12) 例えば
,
『ユスティノスと彼の仲間達の殉教』仙IarturlOn ten HaglOn IoustlnOu,Charltanos, CharltOuS, EuelpIStOu, Hierakos, PalOnS, Llberianou, Kal t百s SunodlaS aut6n ; Musurlllo,op.clt.,P.42‑61)や 『スキリウムの聖者達の殉難』(PasslOSanctorum SclllltanOrum ; Musurlllo,op.clt.,P.86‑ 89)などがそのような手本になった作品であるよ うに思われ る。ー 29
Musurillo,op.clt.,P.xvil〜 ⅩX,XXll〜 XX11iを参照。なお,H.Lietzmann;TheFounding
。ftheChurchUniversal;Translated by B.L Woolf,London,1963,P.163‑ 165を も参 照。
(131こうした司直達の態度描写には,あのイエスを裁いたボ ンテオ ・ビラ トのイメ‑ジがoverlapして い たのであろうか。このローマの地方総督を描 く福音書の記述が,その後の殉教録が裁判官達の態度を描 くモデルまたは手本にな ったということは充分に考え られることである。見方を変えれば,福音書その ものが, イエスという人物の殉教録であるともいえるのである。
114) 例えば、『聖ベルペチュアとフェリキタスの殉難』(passlO Sanctorum PerpetuaeetFellCltatis;
Musurillo,op.°it.,P・106‑ 131) などにそのよ うな物語を見出す ことができる。 Musurlllo,op.
clt.,P.xxv〜 ⅩⅩvllを も参照。
(15) 例えば
,
『マクシ ミリアヌス行伝』 (ActaMaxlmlllanl;Musurlllo,op.clt.,P.244‑ 249)伝 どがそのような作品である。Musurlllo,op.clt.,P.xxxvllを も参照。(16) このような結論の背後には, もちろん歴史学的な努力を無視 しようとする意図があるわけではない。
む しろ,たとえ学問的研究か殉教や殉教録についての歴史的認識をどれほど正確 に しようとも,単にそ れだけでは,殉教録その ものが求めているような倫理的行為が呼び起 こされることは決 してないという 全 く単純な倫二哩学上の洞察が前提 されているにすぎないのである。
(17) どうして迫害が生 じたか と問えば,それは歴史学の問題である。 しか し,殉教録はどのような同意を 我々に求めているか と問えば,それは倫理学の問題なのである。倫理学の対象である 「倫理」 とは,盟 考 と行為 との一致を目指す人間的実存の原理的なほた らきだか らである。確かにあ らゆる倫理的行為に は,それに対応す る何 らかの認識が先行する。 しか し
,
「認識すること」と 「解釈す ること」 とは全 く別 の事柄である。前者は必ず しも結果 と して倫理的行為が誘発 されるかどうかを問 うわけではない。 しかし, もし後者か倫理的行為を結果 しないな らば,それはまた真の解釈ではないであろう。
(18) マタイ5:44。 これは,いわゆる
「Q
資料」に属する言葉である。 ここでは, この命令の内容が問わ れているわけではないDあ くまで もこのような一事例を用 いて,「理解すること」の諸形式を明 らかにす ることが 目指 されている。旺9) 以下の叙述にはいわゆる 「実存論的神学」(exIStentialeTheologie)の諸概念が借用 され たが, と りわけ次の作品が多 く参考 にされている。RudolfBultmann;Das Problem derHermeneutlk;
in・GlaubenundVerstehe
n
E,Tublngen,1968.捌 例えば,音楽 とは何か (その聴 く喜びではない)を理解するためには,あ らか じめ音楽独特の表現方 法が理解 されてあ り,同時に音楽に対す る関心の生 じていることが必要である。
C21) ある日本人が英語のよ く話せる子供 をつれて海外旅行 したが,旅行中,その子供の英会話はさっぱ り 役に立たなか ったという。子供 には 「ホテルを予約する」 とか 「円を ドルに換える」 とかいうことが一 体何 を意味するのか,その こと自体が理解できなか ったか らである。
(22) このような考え (とりわけその自己理解の解釈)には, ブル トマンの影響が指摘 されよ うo また, フ ル トマ ン思想の我流な焼 き直 しにすきないという非紫 もあろう。 しか し, ここで ブル トマ ンの影響が指 摘 されるな らば,む しろそれは, ブル トマ ン思想がすでに我々の共有財産 として 1つの常識です らある ことを示すにすぎない。 もちろん ここで大切な ことは, プル トマ ン神学をどのように理解するか という ことではない。それが語 りかけて くれ る言葉に対 して,我々がどのよ うに応えてい くか ということなの である。そ して,そこに 「認識すること」と 「解釈す ること」 との決定的な相違がある。
(23),C24),(25) RudolfBultmann ;DasProblem derHermeneutlk,S.223,222,230.
価) RudolfBultmann ;JesusChristandMythology,New York,1958,P.74.
(抑 HeinzZahrnt;DleSachemュtGott,DeutscherTaschenbuchVerlag,1972,S.10.
(28) HerbertBraun.,DleHellstatsachen lm NeuenTestament;in:ZeltSChrlftfillTheologle undKlrChe57Jahrgang,1960,S .46‑47・
(29) Manfred Mezger ; Dle geSChichtllChe Wahrhelt als Vollm acht der Predigt;1n ・. EvangellSCheTheologle,22Jahrgang,1949,S.8,
(30) 本小論が現代 ドイツ神学の理解を目的としていないのはこのためである。従 って,実存諭的神学の思 想を不当に誤解 しているというような