看護におけるスピリチュアリティ感覚の形成
著者名(日) 菱刈 美和子
雑誌名 共立女子短期大学看護学科紀要
巻 5
ページ 27‑31
発行年 2010‑02
URL http://id.nii.ac.jp/1087/00002621/
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共立女子短期大学看護学科紀要 第 5号 (2010)
看護におけるスピリチュアリティ感覚の形成
菱刈美和子
Nurturing S p i r i t u a l i t y i n Nurse Miwako HISHIKARI
T h i s a r t i c l e a i m s t o c l a r i f y t h a t some f e a t u r e s o f n u r t u r i n g s p i r i t u a l i t y i n t h e p r o c e s s o f n u r s i n g . S p i r i t u a l i t y i s n o t a s p e c i f i c power o f s o m e o n e .
Iti s a n i n n a t e p o t e n t i a l i n e v e r y p e r s o n . We must t h i s p o t e n t i a l r e a c t i v a t e i n e d u c a t i o n .
はじめに
これまで,ナイチンゲールの看護思想および 理論,その現代への応用等について考察を重ね てきたl)。このなかで,ナイチンゲールの思想 の基盤には一言でスピリチュアリテイ,つまり 人間や世界,さらに宇宙全体に対するある種の 感覚があることが明らかとなった。それが現代 ではどう捉えられているかについては.次節で 整理する。が.注意しなければならないことは,
この感覚つまりセンスが,決して特殊な,いわ ば超能力ではない. とナイチンゲールが強調す る点である。前稿でも指摘した通り,ナイチン ゲールにおいて感情と知性とは不可分のものと して作動するが,むしろ,あくまでも知性に基 づく観察と訓練が重視されていることを看過し ではならない。彼女は,
r
看護覚え書』でこう 述べている。少し長くなるが,引用しておこう。本当にすばらしい看護師が,他の看護師で はまったくできなかったことを.患者がよ ろこんでするように仕向けているのを見ると,
人々はこれを「天賦の才能
J
とか,またはロ ンドンで数年前によく興業された生物学的なトリックの一種ではないかと思う。
だが看護には「神秘」などまったくない。
よい看護とは,どの病人にも共通するものと,
個々の患者によって異なる特徴をよく観察す ることにつきる。
動物に対して不思議なパワーを持つ人もい る。森で烏を呼び寄せたりできる。これはか つては魔法と考えられてきたが,現在では計 算少年と同じように,何か特有の能力である と思われている。つまり烏の習慣と本能をよ く観察した結果にほかならない。
そこで,ある看護師には「特殊な力
J
があ り,また別な看護師は患者に対する力をもた ないことの違いだが,前者が患者に影響を与 えるものをよく観察していたのに対して,後 者にはこの観察力がなかった,ということな のであるヘナイチンゲールの主張は常に,わたしたち は「分かっていてもできない
J
ではなく,本当 は「分かっていないからできない」という主知 主義の立場から語られている。注意深く観察し 本当に分かっていれば,すばらしい看護ができ るはずである。きて,スピリチュアリティというとすぐに何 か「神秘的
J
なものを連想しがちであるが.決 してそうではないことをナイチンゲールにおい て再確認してみた。彼女にとっては,知性をフ ルに活用した観察は,むろん感情とともに作動 するものであり,その基底には,まずは自己を共立女子短期大学看護学科紀要 第5号 (2010) 含めて他者, とくに患者や世界全体からさまざ
まな情報を注意深く聞き取る,という感覚があ る。それが,ここで強調される観察の前提とさ れるスピリチュアリティ感覚であることを本稿 では明らかにしたい。ついで.その形成あるい は漏養についても言及したい。ナイチンゲール の時代でも同様であるが,現代では自己を含め,
とくに他者の声にならない声に耳を傾けるとい うことが,はるかに困難になってきているよう に思われる。この傾聴の態度こそが,看護の原 点であることを再認識したい。
1節 スピリチュアリティとは あらためて現代において.スピリチュアリテ イはどう定義されるであろうか。以下.ホワイ トを手がかりに整理しておきたい3)。
スピリチュアリテイの基となるスピリット
( s p i r i t )
とは,簡単にいえば生き物を生き物た らしめている原理であり,古来西洋では,それ はプシュケーつまり.プネウマ(息)と見なさ れてきた。わたしたちは呼吸をしている限り,生きている。外界とわたしたちの内界とは.常 に息を通じた交換によって生きている。わたし たちが死ぬとき,息を引き取る。この息は,世 界の宇宙の息と共通のものと見られていたへ 要するに,生きとし生けるものを生き生きとさ せている何かを指して,スピリットという。た とえば.看護においてもスピリットがない看護 仰の場合.それは見せかけの看護側ということ になる。いわば気の抜けたビールやシャンパン と同じである。ナイチンゲールは.自らもスピ リットをもって看護に当たり,さらにスピリッ トをもった看護師を養成しようとしたのである。
引き続色現代における定義をいくつか掲げて おこう5)。
人々の生活(l
i v e s )
を 生 き 生 き と さ せ( a n i m a t e )
,彼らを感覚を超えた現実( s u p e r ‑ s e n s i b l e r e a l i t i e s )
に至らせるのを助けるような態度
( a t t i t u d e s )
,信念( b e l i e f s )
,そして実践
( p r a c t i c e s )
。事物
( t h i n g s )
は単に物理的( p h y s i c a
l) な も の で も 金 銭 的 (t i n a n c i a
l)なものでも ないと気づかせるような,わたしたちの内 にある本質( e s s e n c e )
。人間として機能す る( f u n c t i o na s a human b e i n g )
ように助 け.わたしたちに意味( m e a n i n g )
と目的( p u r p o s e )
とを与える何か。人の生命のなかにある力
( p o w e r )
であり.意味と日的と満足
( f u l t i l l m e n t )
を与えてく れるもの。生きることへの意志( t h ew i l l t o l i v e )
,自己および他者.さらに自己を超え た力に対する信念であり.神( G o d )
へと至 るもの。いずれも.わたしたちの人生に意味と目的 とを与え.生き生きとさせてくれる「何か」
(i
t )
を指して.スピリチュアリティと呼んで いる。これは実体概念ではなく,あくまでも機 能概念であり,働きを示している点に注意しな ければならない。見えないものは存在しないの ではなく,まさに息や空気や音と同様.見えな くとも動きとして存在するものは多々あること を,とりわけ現代人は忘れがちである。これ は個々の宗教といった枠組みも超えて.わたし たちに生きる意味や目的や充実感などを感じさ せてくれる気づき,あるいはインスピレーシヨ ンともいえよう。大切なのは,こうした感覚が,すべての人々に本来は内在しているはずである,
という点である。ホワイトは.こう簡潔にまと めているヘ
スピリチュアリティとは…
‑すべての人々のなかにある生まれっきの 潜 在 能 力
( a ni n n a t e p o t e n t i a l i n e v e r y p e r s o n )
‑それぞれ個人にとって同有のもの
( u n i q u e
t o e a c h i n d i v i d u a
l)看護におけるスピリチュアリティ感覚の形成
‑人間らしくあることの本質
( t h ee s s e n c e o f b e i n g human)
‑身体と精神とを分離するものではなく統合 するもの
( i n t e g r a t e dn o t s e p a r a t e d f r o m body and m i n d )
‑日常の経験から超絶したものでも孤立した ものでもないもの
( t r a n s c e n d e n tb u t n o t i s o l a t e d e v e r y d a y e x p e r i e n c e s )
. i
函養されるべきもの( t ob e n u r t u r e d )
‑意味や希望や他者とのつながりと結びつ いているもの(l
i n k e dt o meaning
,h o p e
,c o n n e c t i o n w i t h o t h e r s )
‑宗教と同じではないが,これと関係しうる もの
( N o tt h e same a s r e l i g i o n
,a l t h o u g h i t m i g h t b e l i n k e d )
じつにスピリチユアリティとは,
r
人間らしくあること
J
にとって当たり前の機能であるが,これは同時に潜在能力でありつつも「謝養され るべきもの」とされている点に注目しなければ ならない。スピリチュアリテイは1常に日々の
f f E
験のなかにありつつも,それは
i
函養,あるいは 形成もしくは教育きれなければ.作動しえない 機能なのである。かつてノデイングズは,すでに教育学者と してもケアリングからの観点から,この重要 性をつとに指摘し続けてきた。「学校ではどう して,スピリチュアルな充足!惑を促進するこ とをあまりしないのかj1)。学校で宗教を教え ることと抵触せずに議論できるのに.と。さ らに,
r
日々のスピリチュアリテイは,幸せ( h a p p i n e s s )
に対して重要な貢献をする力を秘 めていますJ 8)
,と『幸せのための教育J
のな かで述べている。日の出や日没の瞬間,自然体 験のみならず.あらゆる芸術を含めた美的体験,あるいは人と人とのあいだのちょっとした優し いやりとりのなかで,わたしたちがいかに日常 的にスピリチュアリティを作動させ.そこにケ アリングの原点を見出しているか,ノデイング ズはこのなかで詳述している。しかしそれに
はやはり教育が必要である。次に,スピリチュ アリティ感覚の形成, もしくは
i
函養について見 てみよう。2
節 スピリチュアリティ感覚の形成 先にもホワイトは,スピリチュアリテイをし てr i
函養されるべきものJ ( t o b e n u r t u r e d )
と捉えていること示した。これは,r
すべての 人々のなかにある生まれっきの潜在能力J ( a n i n n a t e p o t e n t i a l i n e v e r y p e r s o n )
でありながらも.なおも
i
函養されなければ発動しえないも のである。つまり,積極的な形成もしくは教育 が必要なのである。ホワイトは,スピリチュアルな成長の本質に.
人生の意味,希望,つながりあるいは理解を 求めること
( s e a r c h i n g )
がある,という。究 極的には,人生の意味の探究が.スピリチュア リティという働きの本質にはある, という考え である。このための状況や経験は,L I
々多くの 人々がしているはずだ,とホワイトはノデイン グズと同様の見解を示す。とくに,スピリチュアリティを
i
函養するには,たとえば,忙しすぎる日常生活のなかで,自分 自身のためだけの,また他の人々にとっても同 じような,静かな場所が必要である。
あるいは.看護師にとっては,忠者が人生の 意味や希望やつながりについて語る.つまりス ピリチュアリテイの働きの結果について語るこ とに耳を傾けることが,まさにスピリチュアリ ティ感覚の形成に導くという。ここでの,共感 が自ずとスピリチュアリティを
i
両養する結果と なる。あるいは,自らの不健康, ときには病いは,
個々人に人生の意味や目的についての再考させ るきっかけともなる。すなわち,からだと心と が一体となって己れのウェルビーイングを求め ようとするとき,そこにスピリチュアリテイは 常に育まれているといえよう。それには,まず は,とりわけ人生の意味や目的や希望について 語ること
( t a l k i n ga b o u t i t )
が必要であり.ま共立女子短期大学看護学科紀要 第5号
( 2 0 1 0 )
たこれを傾聴することも必要なのであるりホワ
Frank
.l1 9 0 5 ‑ 1 9 9 7 )
が. ["意味への意志J (The
イトは.こうした関係を以下のように図式化しW i l l t o Meaning)
として. より多く語っていているへ る。「意味への意志は.多くの人々においては
こうしたスピリチュアリティの働きの交差点 に,わたしたちはいることになる。それはまた,
タマネギの比除でも語られる10)。
わたしたちは.まるでタマネギである。それ は多重の層をなしている。表面は,だれからも 見える層であり,公的な生活で演じているさま ざまな役割や性格である。看護
f l i l i
で、あるとか,親であるとか。では,その下にはどのような層 があるか。少ない人々にしかわからない.わた したち自身の本来の性質がある。つまり,仮面 の下にあるものO ここには,さまざまな情念が うごめいている。では,そのさらに奥には,あ らゆる外的な役割や能力を取り払った.その奥 には。これは求め続けられるべきものである。
大切なのは.これらすべてがわたしたちにと って本質的で、あり不可欠なものである, という ことである。タマネギのすべての皮が. ],討が. どれをとってもみなわたしというひとりの人間 なのである。こうしたことに気づかせることも また,スピリチュアリティ感覚の形成へとわた したちを導いてくれる。
さて,人生の意味を求めることについては,
ロゴセラピストのフランクル
( V i k t o rE m i l e
事実であって.決して信仰ではない
J
ll)とフラ ンクルは断子守する。それは,人生の価値への志 向性であるが. ["価値というものはしかし人 間を駆り立てるものではありません。価値は人 間を押し動かす ρ(u s h )
ものではなく.人間 を引き寄せる (ρ1Ill) ものなのです」ω。とい う。わたしたちは1'1
ずと内なる根源的な力によ って.人生の意味へと,そして価値へと引き寄 せられている。ゆえに.ロゴセラピー(ロゴスLogos
意味meaning=
セラピー)は教育でも宗 教的説教でも道徳的訓戒でも論理的証明でもな い,とフランクルはいう。が. ["意味への意志
J
およびロゴセラピーが スピリチュアリティ感覚の形成とどう関連して いるのか,その具体例については稿を改めて述 べることにしたいω。おわりに
今後は,忠者との
t a l k i n ga b o u t i t
によって.看護師および、看護日
i l i
を目指す学生自身が, どの ようなプロセスをキ王て,スピリチュアリティをi
函養するのかについて.明らかにしていきたい。患者のスピリチュアリテイに共感し共振する看 護者のスピリチュアリティは,どのようにして うまく発動しえるか, という問題である。今後 の課題としたい。
参考文献
1 )
["共立女子短J U J
大学看護学科紀要J 2 0 0 6 2 0 0 9
年,第1‑4
号所収の一連の拙稿を参 照されたい。2) V.スクレトコヴイツチ編『ナイチンゲー ル 看 護 覚 え 書 決 定 版
J
(助川尚子訳,医学書院.
1 9 9 8
年).2 0 5
頁。傍点は引用者 による。JJ;(文「看護婦」は「看護師j とし た。3 ) G i l l i a n W h i t e . T a l k i n g a b o u t S t i r i t u a l i t y
看護におけるスピリチュアリテイ感覚の形成
i n H e a l t h Care P 1 ' a c t i c e : A r e s o u 1 ' c e 1 0 1 '
t h e M u l t i ‑ ρ r o l e s s i o n a l H e a l t ! z Ca 1 ' e Team
,London & P h i l a d e l p h i a : J e s s i c a K i n g s l e y P u b l i s h e r s
,2 0 0 6 .
4 ) C .
トレモンタン『ヘブル思想の特質J
(酋 村俊昭訳.創文社,1 9 6 3
年),1 7 8
頁以降を 参照されたい。5 ) White
,o ρ. c i t .
,p . 8 5 . 6 ) I b i d .
,p . 8 6 .
7 ) N .
ノデイングズ『幸せのための教育j( 1 1 1
附洋子・菱刈晃夫監訳,知1
泉書館,2 0 0 8
年),2 1 4 頁 。
8 )
同前書,2 2 1 頁 。 9 ) I b i d .
,p . 9 2 . 1 0 ) I b i d .
,p . 9 0 .
1 1 ) V . E .
フランクル『意味による癒しーロゴ セラピ一入門.1 (山田邦男監訳,春秋社,2 0 0 4
年),4 9 頁 。 1 2 )
同前書,8 ‑ 9 頁 。
1 3 )
山田邦男編『フランクルを学ぶ人のため に.1 (世界思想社,2 0 0 2
年),1 1 1
頁 以 降「フランクルと看護」を差し当たり参照さ れたい。