英米の弱体者年金について
青 山 麻 理
■アブストラクト
先進諸国では要介護者の増加が見込まれているが,保険会社が特に高齢期 の要介護状態を保障するような商品を提供しようとすると,価格が高くなっ てしまうという問題に行き当たる。
そうした課題について,米国では,個人年金と長期介護保障特約を組み合 わせて終身年金と介護保険の逆選択効果の相殺を利用することで,より魅力 的な価格で商品提供を行っている例がある。また,そうした組み合わせ商品 を含む介護商品への優遇税制措置も検討されている。
一方,英国では一般的に重大疾病保険が要介護状態を保障しており,保険 会社は重大疾病保険と死亡保障保険を組み合わせる(アクセレレーション)
ことでより安い価格で商品提供を行っている。
■キーワード
弱体者年金,介護年金,ディサビリティ
1.はじめに
先進諸国では,要介護状態に陥った高齢者が,そうした状態で生活する期 間も長期化している。要介護状態になった場合は,光熱水費や食費など通常 の生活費に加えて,医療費,介護施設利用料,ヘルパー派遣代,住宅改装費 等出費がかさむが,特に高齢期の介護に対して年金給付を行うような保険商
*平成18年9月26日の日本保険学会関東部会報告による。
/平成18年11月8日原稿受領。
品を保険会社が提供しようとすると,後期高齢者では介護発生率が急上昇す ることもあって保険料が高くなってしまう 。このような問題に対して,英 米の保険会社が行っている工夫を紹介したい。
なお,タイトルの 弱体者年金 という用語であるが,英米では,特に健 康に不安のある高齢者がより安い保険料で終身年金を購入することができる
(同じ保険料で健康に不安のある高齢者は健康な高齢者よりも多くの年金年 額を受け取ることができる)商品を 弱体者年金 (英:Impaired Annu-
ityもしくは Enhanced Annuity
,米:Substandard Annuity)と呼ぶこと も多い。しかし,筆者はこれを 狭義の弱体者年金 と捉え, (現時点で要 介護状態である場合のみならず,将来的に要介護状態になった場合も含めて,また,若年老年を問わず)要介護状態になった場合に給付を行う年金 のこ とを広く弱体者年金と捉えて考えたい。
2.わが国における要介護者に対する公的保障の動向と民間保険の 課題
⑴ 要介護者に対する公的保障制度の動向
わが国の公的介護保険制度は,65歳以上で要介護状態の場合に給付が行わ れる。65歳未満の場合は,老化に起因する16疾病に罹患して要介護状態にな った場合にのみ公的介護保険の給付対象となる。
平成17年10月までは,同じ要介護状態の場合でも,施設入所の場合と在宅 の場合では被保険者の費用負担が大きく異なっていたが,平成17年の公的介 護保険制度の改正により,介護保険の保険給付の範囲は介護に要する 費 用 に重点化され,居住(光熱水費)や食事等の 生活資金 は保険給付の 対象外とされるようになった (図表1参照)。
1) わが国の要介護発生率については,岩本修一[2006]参照。
2) ①介護保険施設(特別養護老人ホーム,老人保健施設,介護療養型医療施 設)における 居住費 及び 食費 ,②ショートステイ(短期入所生活介護,
短期入所療養介護)における 滞在費 及び 食費 ,③デイサービス(通所
また,平成18年10月からは,療養病床に入院する70歳以上の高齢者の食費 の負担額が増加し,居住費(光熱水費)の負担も追加された。
さらに,現在38万床ある療養病床(医療保険適用の25万床,介護保険適用 の13万床)は,平成24年3月までに医療保険適用病床15万床のみとし,23万
介護),デイケア(通所リハビリテーション)における 食費 は保険給付の 対象から外れることになった。厚生労働省の調査では,介護保険3施設の食費 と居住費が利用者の自己負担となった2005年10月から2006年9月までに 負担 増 (厚労省の試算では標準ケースで1人当たり月約25,000円負担増)を理由 に退所者した人の数は1,267人(調査 し た 施 設 の 入 所 定 員 に 占 め る 割 合 は 0.4
%)。
図表1:在宅介護と施設介護の自己負担比較
(注)厚生労働省の試算では,要介護度5の単身高齢者の場合,在宅介護の場合は 約29.1万円,施設介護(特養)の場合は約36.5万円の経費が1ヶ月間に必要とさ れている。うち,自己負担は,在宅介護の場合は10.4万円,施設介護の場合は5.6 万円で,不公平感があった。これは,在宅の場合は家賃,光熱水費,食費等を本 人が負担していたのに対し,施設に入所している場合は,これらの費用は公的介 護保険から給付されていた(食材料費を除く)ためである。しかし,制度改正に より,施設介護の食費,居住費用は自己負担となった。
(出典)第17回社会保障審議会(平成17年9月21日開催)資料 介護保険法等の一部を改正する法律案(概要)
床を削減することが決定されている 。療養病床の削減は,好むと好まざる にかかわらず,在宅医療・介護への移行を促すものであり,こうした動きは 家計の負担増につながることが予想されている。
⑵ 民間保険の課題
わが国の公的保障は要介護状態になった場合に,在宅医療,在宅介護での 自助努力を求める方向に向かいつつあるが,一方で,民間の保険市場は必ず しもそれを補完するような準備ができていないように思われる。
例えば,生命保険文化センター 平成15年度 生命保険に関する全国実態 調査 平成15年12月 によれば,世帯主または配偶者が,現在準備している もののうち,要介護状態となった場合に期待できる主な準備手段は, 預貯 金・貸付信託・金銭信託 が37.1
%,次いで 生命保険(介護保険や介護特
約 以 外) 19.8%, 不 動 産 13.0 %, 個 人 年 金 保 険 7.8 %, 生 命 保 険
(介護保険や介護特約) 7.6
%, 損害保険(介護費用保険) 5.9 %となって
おり,介護保険に対する期待は高くはない。実際,民保加入世帯における介 護保険・介護特約の世帯加入率は16.4%と低い 。
また,民保の疾病入院保険は,入院した場合に給付金が支払われるが,入 院給付日数に上限があり,一般的には超長期入院を保障の対象にしていない。
したがって,今後,退院後に在宅で療養生活を送るケースが増加することを 考えると,給付金が支払われないケースの増加も予想される。
3) こうした改革は,英国をはじめとする先進諸国でも行われており,英国では 2003年 4 月 8 日,The Community Care(
Delayed Discharge etc.
)Act
2003が成立した。これはスウェーデンの エーデル改革 に倣ったもので,地 方自治体と連携して適切な退院を促すための法律である。4) 介護保険・介護特約の世帯加入率を世帯主年齢別にみると, 30〜34歳 で 23.4
%と 最 も 高 く,次 い で 29歳 未 満 20.5 %, 40〜44歳 20.1 %の 順 と
なっている。このように,わが国では,若年層の加入率が高いのが特徴である が,これは,壮年期の要介護状態を保障する商品に加入しているためと思われ る。反対に,米国では高齢層の加入率が高い。3.米国の公的介護保障制度
米国では,わが国のような公的介護保険制度はない。一定の条件をクリア した場合のみ,メディケア(65歳以上を対象とした公的医療保険制度)から の給付や,メディケイド(貧困層を対象とした公的医療保険制度)からの給 付を受けることができる。
ただし,メディケアは主に急性疾患の費用をカバーする制度であり,ナー シング・ホーム であっても,在宅ケアであっても,医的なスキルが必要と 判断された場合のみが給付の対象となり,短期給付が基本である。したがっ て,通常のナーシング・ホームの費用(米国の場合は,一時金の必要のない 月額利用料方式が多い)や在宅ケアの費用はカバーされない 。
一方,メディケイドでは資力テストをクリアした場合のみ給付が行われる。
通常は,要介護状態になった時点ではガイドラインに合致しなくても,介護 費用を払い続けるうちに保有資産が払底して要件を満たすことになり,メデ ィケイドから給付を受けることになる 。
5)
NAIC “A Shopperʼ s Guide to Long-Term Care Insurance”
6) 米国には,介護を要しない高齢者のための老人ホーム(食事サービスがつい た健康な高齢者向けの賃貸アパート),ナーシング・ホーム(要介護状態で自立 度が低い人を対象とした施設),アシステッド・リビング(軽い介護状態で自立 度が高い人を対象とした施設)が存在する。どれも月額利用料方式で,入居に あたって多額の一時金を要しない場合が多い。
7)
skilled nursing facilityと呼ばれる給付制度では,少なくとも3日以上入
院して,退院後も認定されたナーシング・ホームでの医的措置(skilled care) が必要と判断された場合のみ給付が行われる。認定ナーシング・ホームにおけ るskilled careのコストについて,1日〜20日までは全額給付(自己負担ゼ
ロ),21日〜100日の場合は114ドルを超過した分につき給付(自己負担1日に つき114ドル),101日以上の場合は給付ゼロ(全額自己負担)となる。8) ただし,州によっては パートナーシップ・プログラム と呼ばれる制度が あり,各州が認定した民間の長期介護(保障)保険を購入すると,その給付を 受けた後に資産を保有したままでメディケイドの対象となることも可能である。
2006年2月の 2005年赤字削減法−DRA の成立により,パートナーシッ
The M etLife M arket Survey
2004 (Nursing Home & Home Care Costs, Assisted Living Costs
)によれば,ナーシング・ホーム(個室)の平均ケアコストは年間70,080ドル(約820万円),日額192ドル(約22,000円)もか かり,入居後に貧困者に該当し,メディケイドからの給付を受けることも少 なくない。ナーシング・ホーム入居にかかる長期介護費用の約半分はメディ ケイドより支給されている(図表2参照)。
4.米国の介護年金について
⑴ 介護年金登場の背景
米国では1950年代より単体の長期介護保険 が販売されていたが,保険料
プ・プログラムは全米各州で拡大する兆しがある。(
“National Underwriter May
29, 2006”
)9) 長期介護保険には定額給付型と実損塡補型があり,通常,施設介護も在宅介 護もカバーしている。加入年齢上限は通常80歳程度までである。適格介護保険 の場合,施設利用料(介護費用,生活資金)として直接ナーシング・ホームに 支払われる。給付期間は1年,2年,3年,6年,10年等からの選択であるが,
実際には,給付期間は短期である場合が多い。免責期間は20日,60日,180日,
365日等から選択するのが一般的である。保険料払い込み免除特約,インフレ 図表2:長期介護費用の調達先の内訳
介護費用調達財源 ナーシング・ホーム 在宅ケア 自前
民間保険 その他民間 メディケア メディケイド その他公的保障
31.10
%
4.90 1.90 12.30 47.60 2.3021.67
%
11.46 12.07 39.63 14.55 0.31(出典)Warshawsky, Spillman and M urtaugh “Integrating Life Annuities
and Long-Term Care Insurance:Theory, Evidence, Practice, and Policy”
(
Mitchell
,Bodie
,Hammond and Zeldes
[2002])が掛け捨てであること(解約返戻金がないこと),約款で料率変更権が認め られているため,疾病率や介護費用の変動等に伴い保険料が契約後に上昇す る可能性があること等 の理由から消費者になかなか受け入れられなかった。
また,後述するように介護保険は解約返戻金のない
lapse-supported
商品で あり,実際の解約率が予定解約率よりも低い場合は収益性が悪化する設計と なっているが,プライシングに織り込んだ予定解約率よりも実際の解約率が 低く,収益性が悪化したという問題もあった。したがって,ここ15年間ほど,保険会社各社は,長期介護保険単体ばかり ではなく,単体よりも様々な利点のある組み合わせ商品(例えば 死亡保 険+長期介護保障アクセレレーション特約 所得補償保険+長期介護保 障特約 )の販売を模索してきた。長期介護保障アクセレレーション特約付 き死亡(定期)保険は,死亡か要介護のどちらか先に起きた事象に対して保 険金を支払う商品であり,両者を別々に購入する場合よりも価格が割安とな る。
ヘッジ特約,不没収特約(保険料の支払いを停止し,払済保険,もしくは延長 保険への移行を認める特約)の他に,夫婦加入保険料割引や健康優良体保険料 割引などがある。(米国の介護保険について詳しくは,長岡正人,榎戸頼子
[2002]参照)
不没収特約は,契約締結から数年後に解約失効した場合,保険料を払い込ま なくても一定程度の給付を受ける権利を有する。その場合,給付金額が減額さ れる
reduced paid-up benefits
と,日本の延長保険に相当するextended term benefits
が あ る。(Conning Research & Consulting, Inc. “Long-
Term Care Insurance Opportunity Knocking‑ Again?
2005”
) 10)National Underwriter December
22,
2005.
11) アクセレレーション特約とは,死亡保険金等を生前給付する特約のことであ る。 死亡保険+長期介護保障アクセレレーション特約 は,死亡もしくは要 介護のどちらか先に起こった事象に対して保険金が支払われ,契約は消滅する。
一方, 死亡保険+長期介護保障特約 も存在し,こちらは,どちらの事象が 起こっても保険金が支払われる。 死亡保険+長期介護保障特約 は,死亡保 険と長期介護保険をそれぞれ単体で購入する場合に比べて,販売手数料の分,
保険料が安くなる。
こうした組み合わせ商品に加えて,低金利下で変額年金と比較して苦戦し ていた個人定額年金 (図表3参照)と長期介護保障特約を組み合わせた商 品(介護年金)の販売が試み始められた 。
12) 高金利であった20年ほど前の個人定額年金の広告は,利回りや救済レート
(bail out:適用付与利率が所定の基準利率を下回った場合に契約者は解約控 除なしで解約可)を訴求するものばかりであったが,最近は,長生きリスクに 対応して 終身受け取り (
lifetime income等)に重きを置いているように
感じられる。13) 即時払年金+長期介護保障特約 の場合,契約者の年齢層は75歳〜90歳,
保有流動資産額は250,000ドル以上,購入動機は,長期介護費用資金の枯渇を 阻止するため,のようである。 一時払い据え置き年金+長期介護保障特約 の場合,契約者の年齢層は70歳〜85歳,保有流動資産額は300,000ドル以上,
購入動機は,IRA(個人退職勘定)資金で生活に必要な資金以外(余資)の活 用のため,のようである。 死亡保険+長期介護保障特約 の場合,契約者の 年齢層は60歳〜75歳,保有流動資産額は250,000ドル以上,購入動機は,長期 介護保障のみならず,蓄財,死亡保障,税制メリット,遺産プラン等のメリッ トを享受する目的,のようである。基本契約が死亡保険契約の方が,基本契約 が年金契約である場合に比べ契約者の年齢層が若いようである。(
Society of Actuaries
2005Annual Meeting-
61TS, LTC Combination Products
)(出典)
LIMRA “The
2003Individual Annuity Market”
図表3:個人年金の販売額(収入保険料)の推移
NAIC LTCI Supplement
データによれば,死亡保険や個人年金などに 長期介護保障特約を組み合わせた商品の収入保険料(特約部分のみ)は2003 年で1,790万ドル(約21億円),2004年で2,000万ドル(約23億円)である。(単体介護保険の収入保険料は2003年で58億ドル(約7,000億円),2004年で 67億ドル(約7,800億円))
そして,組み合わせ商品の約40%は死亡保険を主契約としており,50%強 が傷害,重大疾病や所得補償を主契約としたものであり,残り10%弱が個人 年金を主契約としたもののようである 。
こうしたデータを見ると,現在は,個人年金と長期介護保障を組み合わせ た商品の市場規模は決して大きくはないが,これらの商品に対して取り扱い が不明瞭な現行税制について,税優遇法案が議論されていることから,今後 の成長性が注目されている。
⑵ 介護年金の具体例
長期介護保障特約付き個人定額年金(介護年金)の代表例としては,据え 置き期間中に要介護状態になった場合に,長期介護保障特約による給付が行 われ,年金のキャッシュ・バリューが増額される(=年金原資が増える)と いう商品がある。年金払い出し開始後に要介護状態になった場合には年金額 が増額される(ある試算では,一時払い終身年金と長期介護保障特約を組み 合わせた場合,3〜5%価格が安くなるという結果あり 。ジョンハンコッ ク社をはじめとする保険会社数社がこうした商品を販売している(図表4参 照)。
また,もうひとつのタイプとしては,要介護状態になった場合,一定期間
(通常2年程度),個人年金のキャッシュ・バリュー部分(annuity cash val-
14)
Conning “Long-Term Care Insurance
:Opportunity Knocking-Again?2005
”
15) メジャーなタイプの類型は
National Underwriter Life & Health, Febru- ary
6,
2006参照。16)
Brenda C. Spillman, Christopher M. Murtaugh, Mark J. Warshawsky.
〔2003〕
ue
)から介護給付金が支払われ,キャッシュ・バリューが枯渇した場合は,長期介護保障特約からそれまでと同レベルの給付が(通常2〜4年,もしく は終身)行われるという商品がある。こうした商品は,ギャランティー・イ ンカム・ライフ社等が販売している。
さらに,一時払い即時年金+長期介護保障特約という組み合わせ商品もあ り,このような商品は,要介護状態になった場合に年金年額や年金原資が増 額される。米国ではゴールデン・ルール社等の保険会社が販売している(例 えば,要介護状態になった場合に,一時払い即時年金の年金額が50
%増額さ
れたりする。上記3つの商品はすべて連生オプションが付与されている 。
なお,長期介護保障特約部分であるが,壮年で要介護状態になる確率が上
17) なお,50歳以上の購入者が多くを占める一般の一時払い据え置き型年金には,
被保険者もしくはその配偶者が要介護状態(例えば6つの
ADL
(日常生活動 作,脚注29参照)のうち2つ以上不能,もしくは認知障害)になり,ナーシン グ・ホームなどへ移行することになった場合や,重大疾病と診断された場合の 解約には解約控除を支払わなくてもよいという条項(医的救済事項:medicalbailout)が付帯されている場合も少なくない。
図表4:ジョンハンコック社の長期介護保障特約付き個人定額据置年金のス キーム図
(出典)ジョンハンコック社商品パンフレット,
CARE Solutions Plus Rider Policy
/Contract Form
等より筆者作成昇していることから,米国の最近の長期介護保険は壮年層を販売ターゲット にしており,様々な新サービスの開発が進んでいるようである。例えば,65 歳以前に事故等で要介護状態になった場合は給付日額を倍額にする商品,65 歳までに死亡した場合には既払い込み保険料を返還する商品等である 。
5.米国の介護年金のプライシングとリスク管理
⑴ 第3分野商品のリスク管理の考え方
保険会社にとって,第3分野商品のリスクは,発生率の不明確・不安定に 加え,死亡リスク,解約失効リスク(加入後の逆選択リスクを含む)等があ る。そして,こうしたリスク管理の手段としては,基礎率の設定(予定発生 率,予定死亡率,予定解約率,予定利率,マージン等),加入後逆選択への 対応,主契約との関係,保険料払い込み方法,基礎率変更権,配当方式,再 保険,モニタリング等が存在する。
第3分野商品の場合は,発生率や加入後逆選択等の事前における見通しが 非常に難しく,基礎率変更権,配当方式,モニタリング等の事後的な対応が 重視される傾向にあるが, 商品を組み合わせる ことで,個々の商品が抱 えるリスク(発生率のブレ)を事前に減殺して,価格を安くするという手法 に注目したい。ただし,これは,先に紹介した長期介護保障アクセレレーシ ョン特約付き死亡(定期)保険のように,死亡か要介護のどちらか先に起き た事象に対して保険金を支払うことで,価格を安くする方法とは異なること に注意されたい。
⑵ 個人年金と長期介護保障を組み合わせた商品のリスク管理
個人年金と長期介護保障特約を組み合わせた場合は,(ⅰ)死亡率,介護発 生率等に関する相殺効果,(ⅱ)解約率に関する相殺効果,の2つの効果から 保険会社にとってはリスク管理が容易になり,消費者にとってはより魅力的 な価格での商品購入が可能となる。
18)
“A younger crowd”, Bestʼ s Review July
2006.
19) 明田 裕[2006](ⅰ)死亡率,介護発生率等に関する相殺効果
米国の個人終身年金市場は小さいようであるが,終身年金には, 加入時 の逆選択リスク(死亡率) がある。一般的に,健康に自信のある人が加入 しやすいと分析されており,年金の契約者群団は一般的な人々の群団に比べ て死亡率が低い(65歳男性の場合,一般的な人々の生存率を使用すれば一時 払い終身年金保険料1ドルに対して年金支給額は82〜86セントである一方,
年金の契約者群団においては一時払い終身年金保険料1ドルに対して年金支 給額は93〜97セントというデータがある 。
一方,長期介護保険については, 加入時の逆選択リスク(介護発生率) がある。長期介護保険は健康に自信のない人が加入しやすく,介護保険の契 約者群団は一般的な人々の群団に比べて介護発生率や死亡率が高い。
組み合わせ商品の契約者群団の死亡率は,個人年金単体の契約者群団の死 亡率よりも高くなる(生存率は低くなる)。また,組み合わせ商品の契約者 群団の介護発生率は,長期介護保険単体の契約者群団の介護発生率よりも低 くなる(図表5参照)。
20) 年金の
“Moneyʼ s worth”と呼ばれるスケールで,年金保険料の価格(分
母)に対する支払い年金額の現在価値を示すもの。(注)標準的な発生率を100とした場合。数値はイメージであり,実際のレベルを表 すものではない
図表5:死亡率,発生率等に関する相殺効果
(ⅱ)解約率に関する相殺効果
個人年金は
persistency supported product
と呼ばれるように,特に 解約控除期間終了後,継続率が向上すればするほど保険会社にとっての収益 が増加する。米国の一時払い据置定額年金は,契約発効直後から10年程度ま では解約控除があるが,それ以降は解約控除がなくなるため, 解約控除期 間終了後の解約リスク がある 。一方,長期介護保険は解約返戻金がなく,
lapse supported product
と 呼ばれるように,予定解約率よりも実際の解約率が高い場合に保険会社の収 益は改善する。したがって,両商品を組み合わせた場合は,実際の解約率の 水準如何にかかわらず,収益が安定するという効果が期待される。6.英国の公的介護保障制度
英国では,公的年金の所得比例部分を個人年金で適用除外できる制度(条 件を満たした個人年金に加入することで公的年金への加入が免除される制 度)があり,退職時までに年金原資を積み上げる個人年金商品は パーソナ ル・ペンション (
Personal Pension
)と呼ばれている。パーソナル・ペンシ ョンは,退職時に一時金として年金原資の25%までは非課税で受け取ること
ができるが,残りは75歳までに一時払い終身年金(アニュイティー,Annu-ity
)を購入しなければならない 。Jeffrey R. Brown, Olivia S. Mitchell, and James M. Poterba “Mortal- ity Risk, Inflation Risk, and Annuity Products”( Mitchell, Bodie, Ham- mond and Zeldes
[2002])21) 1992年〜1996年では,一時払い定額年金(利率保証期間が1年以下の場合)
で,解約控除期間終了後の1年間で20
%近い解約が生じた。( LIMRA Mar- ket Trends
2005)22) 2002年時点で生保新契約収入保険料652億ポンド(約13兆円)のうち,一時 払い終身年金の新契約収入保険料は72億ポンド(約1.4兆円)にのぼる。この 市 場 は2012年 に は181億 ポ ン ド(約3.6兆 円)に な る と い う 見 通 し も あ る。
(Watson Wyattと
ABI
に よ る 推 定。ABI, “The Future of the PensionAnnuity Market”September
2003)英国では,こうした,長生きリスクに備えた貯蓄に加え,わが国の介護保 険とは異なる形ではあるが,公的介護保障が存在する。英国の介護施策は,
若年でも高齢者でも,原則,共通のサービス提供体制が採られている 。65 歳以前に要介護状態になった人に費用の補塡として支給されるディサビリテ ィ・リビング・アロウワンス(Disability living allowance) や,国民保険を 拠出し,4日以上就労不能状態になった人の生活費を保障するためのインキ ャパシティ・ベネフィット(Incapacity benefits) が存在する。さらに,16 歳〜64歳で,疾病や事故等の理由で28週以上にわたり就労不能状態であるが,
国民保険の拠出が不十分でインキャパシティ・ベネフィットを受給できない 人に支給されるシビア・ディスエイブルメント・アロウワンス(Severe
disablement allowance
) も 存 在 す る。ア テ ン ダ ン ス・ア ロ ウ ワ ン ス(Attendance allowance)は,65歳以上で,過去6ヶ月以上日常生活の介護 を必要とした人に支給される。こうした諸手当に加え,英国では,介護人に 対しても,ケアラーズ・アロウワンス(Carerʼ
s allowance
)が支給され る 。そのうえ,介護者に休息を与えるために短期間,要介護者をナーシン グ・ホームで預かったり,地方自治体が介護者を派遣する介助者支援制度 (Help for carers
)もある。しかし,これらの諸手当では実際の介護費用を賄うことができないという 指摘があり,また,英国では80歳以上の人の数が今後30年間で2倍になると
23) 植村英晴・柳田正明[2006]
24) 状態に応じて給付される。介護関係については週16.50ポンド〜62.25ポンド,
移動関係については週16.50ポンド〜43.45ポンド。
25) 支給金額は,就労不能期間により異なる(さらに,年齢により加算)。
26) 基本レートは週47.45ポンド。年齢に応じて加算。
27) ディサビリティ・リビング・アロウワンス(重度,中度),もしくはアテンダ ンス・アロウワンスを受給している人の面倒を1週間に35時間以上見ており,
16歳〜64歳の人で,週給が84ポンド以下の人に支給される(週46.95ポンド。
重度の障害がある人を介護する場合には加算があるが,週84ポンドを超えては いけない)。1世帯1人とは限らず,夫婦で互いに面倒を見合っている場合は 夫婦2人に支給。
いう予測もあるなか,公的負担削減を危惧する声もあり,民間の自助努力が 奨励されている。
英国では,わが国や米国で販売されているような長期介護保険(将来,高 齢で要介護状態になった場合に給付が行われる商品)が以前は一般的であっ たが,潜在的なニーズを喚起するのにコストがかかりすぎることや,収支見 通しの悪化等から,保険会社が次々と撤退し,現在はあまり販売されていな い。また,一時払い長期介護ボンド(Single long term care bond)は,
一時払い保険料が株式等に投資され運用される一方,アカウント・バリュー から毎月介護保険料が引き落とされ,将来の介護発生に向けて備える商品で ある。要介護状態になった場合は,給付金が提供され,死亡時にはそのとき のアカウント・バリューが遺族に返金される。一時払い長期介護ボンドは運 用環境の悪化に伴い,現在ではほとんど販売されていない。
そうしたなか,介護保障の充実のために, 公的保障と民間保険の連携
(public‑
private partnership
)を視野に入れた様々な政策が提案されてい る 。例えば,要介護状態になった場合に,公的介護保障財源を切りつめる ために,最初の104週間は民間の保険からのみ給付(ただし上限有り)が行 われるが,104週間後から主に公的な保障でカバーされるという案である。ただし,この案に対しては, 保険会社は料率改定権を有しているため,将 来にわたって完全な保障提供を約束する公的保障と民間保険の連携には馴染 まない といった声や, 民間保険は引き受けリスクに応じた保険料を課す のが原則であるため,強制加入でなければ全員に画一的な保険料を課すのは 難しい といった課題が指摘されている。
また,別の政策案は,パーソナル・ペンションの積み上がった年金原資で 一時払い終身年金を購入する際に,要介護状態になった場合に年金年額が割 り増しされるような一時払い終身年金を購入するという案である。これは要 介護状態になった場合に割り増し年金を受け取る代わりに,要介護状態にな
28)
Sanday Johnstone
〔2005〕参照。るまでは(平準的な年金年額よりも)低い年金年額しか受け取ることができ ないことになる。したがって, 英国民が準備している年金原資の平均額は 少なく,人々は要介護状態になるまで少ない年金年額で満足するであろう か といった意見も聞かれる 。また,前述のように,パーソナル・ペンシ ョンは,退職時に一時金として年金原資の25
%までは無条件で非課税受け取
りが可能であるが, 一時金受け取りの際に一定率を長期介護保険購入に充 てなければならない といった条件を付与するという案も出されているよう である。ただし,どれも決定打というわけではなく,わが国のような公的介護保険 制度の創設も含む様々な案が検討されているようである。
7.英国の重大疾病保険について
⑴ 重大疾病保険に関する組み合わせ商品について
英国では,上述のように,民間介護保険の普及が進まないなかで, 公的 保障と民間保険の連携 について議論されているが,英国では重大疾病保険
(Critical Illness Insurance)の市場が大きく,わが国とは異なり,一般的 に同保険が(特に壮年で)要介護状態になった場合もカバーしている。例え ば,BUPA(医療保険分野英第1位) の定期保険特約付き重大疾病保険は がん,心臓発作,脳卒中等の重大疾病を含む35の条件 のいずれかに該当し た場合に給付が行われる。給付条件に 要介護状態(Loss of Independent
29) (公的な基礎年金以外に)英国民が準備している平均年金原資額は2001年で 24,000ポンド(480万円)で,これは年金年額2,500ポンド(50万円)に相当す る。ただし,英国の公的年金(基礎年金額)は先進諸国に比べ非常に薄い。
30)
ABI
ラ ン キ ン グ(UK net written premiumベース,Health Insurers),2004年
31)
AIDS
感染,アルツハイマー病,大動脈移植手術,再生不良性貧血,細菌性 髄膜炎,良性脳腫瘍,視力喪失,大動脈手術,狂牛病,聴力障害,心臓発作,代謝障害,腎臓障害,肝臓障害,要介護状態,主要臓器移植,パーキンソン病,
脳卒中等
Existence
) が含まれており,5〜7の日常生活動作(ADL:Activitiesof Daily Living
のうち2〜3が欠如した場合等に給付が行われる。英国における重大疾病保険の給付は,税制上の理由から一般的に一時金払いが多 いが,年金払いのオプションを提示している会社もある。
英国の個人重大疾病保険の市場規模は,2004年新契約収入保険料ベースで,
347百万ポンド(日本円で約700億円,うち単体33百万ポンド,定期保険等の 特約314百万ポンド) であり,平準払い個人保障性保険の約30%にあたる 。
重大疾病保険と死亡保険(定期,終身)を組み合わせて提供(重大疾病保 険の給付事象と死亡のどちらか先に起こった方に保険金を支払う,いわゆる アクセレレーション特約)している場合が多い が,そうした商品は,重大 疾病保険と死亡保険を別々に提供する場合よりも安く提供できる。さらに,
連生オプションを付与することでより安く提供することを可能としている。
8.おわりに
今後,日本では,在宅で療養生活や介護生活を送る人が増加することが予 想され,その際の保障に対する需要は増加すると思われる。
米国では,要介護状態になった場合の保障として,優遇税制支援の影響も あり,個人年金と長期介護保障特約を組み合わせた介護年金商品が注目され ている。このような商品は,消費者にとって魅力的な価格での提供が可能で あると同時に,保険会社にとってもリスク管理が容易となる。現在は介護一
32)
washing(入 浴),dressing(着 脱 衣),feeding(食 事),continence
(排 泄 自制能力),moving(移動),transferring(整容,寝起き)。33) 主契約部分の保険料を含む。(
ABI
統計 2004年)34) 重大疾病保険の保障性商品に占める占率は一見低いように見えるが,英国の 統計では,保障性商品といっても,1%程度のわずかな死亡保障がついた一時 払い投資商品(single premium life assurance)も含まれ,こうした商品は 保障性商品の新契約収入保険料の95
%を占めている。
35) 1998年の新契約収入保険料ベースでは86
%がアクセレレーションである。
(”A Critical Review”Report of the Critical Illness Healthcare Study
Group, The Staple Inn Actuarial Society
)時金支払いの多い日本で,介護年金を販売するためには,(後期)高齢者に 関するデータ蓄積や,日進月歩の世界である医療サイドのバックアップ,税 制の検討等が必要となってこよう。
一方,英国でも,公的負担削減が予想され,自助努力が叫ばれるなか,民 間介護保険の普及が進まないため, 公的保障と民間保険の連携 (パート ナーシップ)が議論されている。この議論の行方は今後注目されるところで あるが,一方で,主に壮年期の要介護状態や障害状態をカバーすることを視 野に入れた重大疾病保険が販売されており,そうした保険と死亡保険を組み 合わせることで価格を安くしている。わが国でも,重大疾病保険市場は着実 に拡大しているが,幅広く要介護状態や障害状態をカバーし,長期間生活資 金を提供する(年金払い)商品はほとんどない。
いずれにせよ,日本においても,より多くの人に,老年,若年を問わず,
要介護状態になるディサビリティ・リスクを広く認知してもらうと同時に,
そうなった場合により安い価格で生活資金の提供を行うような商品開発や,
そのためのインフラ整備が求められよう。
(以上は筆者の個人的な見解であり,所属する組織を代表する意見ではない)
(筆者は,ニッセイ基礎研究所保険研究部門勤務)
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