研究ノート
短作文指導再考
―大西道雄・佐藤貞年・実践作文の会を中心に―
創価大学大学院 教職研究科教職専攻
沼 田 拓 弥
要約
短作文を用いた作文指導は,藤原与一(1955)によって提唱され,その教育的効果 や成果が報告されてきた。筆者は,これまでの研究において短作文を用いることによっ て,主に学習者の学習意欲や論理的思考力に影響を与えることが可能になることを明 らかにしてきた。
今回の研究では,藤原の短作文教育論の後,学校現場においてどのように短作文指 導が行われていたのかを考察した。1980 年代の短作文指導の研究者としては,大西 道雄・佐藤貞年・実践作文の会が挙げられる。短作文の定義や量的範囲の拡大,評価 と処理の課題等,これらがどのような変遷を辿り,内容が変化してきたのかを考察し,
主に 1980年代の短作文指導について明らかにした。
Ⅰ 問題の所在と研究の目的
短作文指導の変遷と内容についての検討を行うにあたり,筆者はこれまで,短作文 教育論のさきがけである藤原与一の理論を中心に 1975 年までの著作を取り上げ,検 討を行っている1。
藤原の短作文教育論を検討する中で,筆者は,学習者のもつ作文に対する嫌悪感を 打開する効果的なアプローチとして短作文が提唱され,更に学習意欲だけでなく,現 代においても注目されている論理的思考力の育成にも多くの影響を与える学習理論と して価値付けることができることを明らかにした。加えて,今後の課題として,藤原
(1955 ~ 1975)以降,短作文教育・短作文指導がどのような変遷を辿り,学校現場 における実践に生かされていったのかを明らかにすることが残されていた。
藤原与一研究に取り組む岡利道 (1985) は,藤原以降の作文教育について以下のよう キーワード:藤原与一の短作文教育論,1980年代の短作文指導
に述べている(p.12)。
藤原与一博士が,いち早く短作文教育の重要性を提唱されたことは,周知のとお りである。藤原与一博士に続いて,短作文教育を本格的に論じた研究者(研究団体)
は,そう多くはいない。わずかに大西道雄氏,佐藤貞年氏,実践作文の会のみである。
岡は,1980年代の短作文指導の研究者としてこの三者に言及するものの,それぞれ が論じた短作文の理論,実践についての考察は行っていない。藤原の提唱した短作文 教育論がどのようにして学校現場へと展開され,学習者の実態に合った実践へと理論 が構築されていったのかを明らかにすることが課題として残されてきた。
当時の授業実践記録を見ると,「短作文」を用いた指導は,学習者の「書くこと」
の力を育む上で,これまで多くの教育者によって実践され,成果が残されてきたこと を窺うことができる。上記の 1980 年代を代表する三者においても,大西は広島県立 高等学校教諭として,佐藤は北海道虻田中学校教諭として実践を行っていた。また,
実践作文の会も 1959 年の発足以来,東京都の教員を中心に「実践の中から学び,実 践に即した研究を進めていくことをねらいとして」2多くの成果を残している。
本稿では,藤原に続いて 1980 年代に短作文指導についての研究を行ってきた上記 の三者を取り挙げ,その変遷と内容について考察を行うことを目的とする。なお,大 西については 1980年に発刊された『短作文指導の方法―作文の基礎力の完成』を中 心に考察を行うため,1990年以降,短作文指導についての著書を数多く発刊している が,今回は考察の対象とはしない。
Ⅱ 短作文の定義
1 ねらいと位置付け
藤原与一 (1965) は,短作文教育の重要性について以下のように述べている(p.107)。
従来の作文教育では,なんとなく,作文はかなり長いものを書くべきもの,書 かせるもの,との通念があった。そのためにも,作文作業は,特別な,負担感の 大きい作業だったのである。長作文の不用意な慣行のために,教師も児童生徒た ちも,「作文」をあじきなく思うようになった。書くことの自然性はおのずから 失われたのである。こうなった作文教育を,本道にもどすために,今は,短作文 教育を重視したいと考えるのである。
このように,藤原はこれまでの作文教育に対して警鐘を鳴らし,「短作文」を①気 がるに習練の機会を多くもつことができる,②評価・処理においても負担感が少ない,
という大きな利点をもつ作文指導方法として提唱したのである。また,作文教育を学 習者のみならず,指導・支援する教師にとってもより身近なものにしようと試みたと 考えられる。
そして,藤原(1955)は,作文教育という広い視野で考え,短作文と長作文の関連
(結び付き)について,以下のように述べている(p.104)。
短作文作業ののちごとに,教師にとってだいじなことは,「今のこのしごとを,
長作文教育にどうむすびつけるか。」ということである。
短作文教育の作業のそれぞれについて,それを長作文教育へむすびつけるむす びつけかたが考えられるはずである。中で,一ばんだいじなむすびつけどころは,
短作文でねらい(主題)のはっきりとした文を実現することができたら,その力 を長作文の中心統合力に高めさせるということである。
短作文で主題のはっきりとした文を実現し,その力を長作文へと高めていくことを 強調していたのである。
このような藤原の考えを基に,大西(1980a)は以下のように述べ,「短作文」を作 文指導の基礎的段階として位置付け,更に発展させることで学習者が長作文に取り組 むことができるようになるという考えへと導いている。
短作文は,この,文章を書く技能や方法の指導コースの中で,基礎技能の習得 課程に位置づけられるものである。短作文は,それ自体が,短い文章としてのジャ ンルを形成しているものの学習指導の方法としても,その存立の基盤を認めるこ とができる。しかし,一般的には,長作文への発展の,基礎段階の指導方法とし て受け入れられている。(pp.11 ~ 12)
短作文指導の主たる目的は,作文の基礎力の養成と,目的と必要と場に応じた 短い文章を書く力の育成にある。また,短作文指導は,作文の効率的な評価と処理,
気軽な作文学習,書く機会と場の多様な設定,といった作文指導の効率化を目ざ している。(p.48)
また,佐藤(1981)は,「短作文(一定の制限によるドリル的作文)」と位置付けて いる(p.20)。
このように,二氏の述べている「短作文」は作文の基礎的・基本的技能を身に付け るための手段であるとの要素が強く,いずれは長作文を書くことを視野に入れた上の 指導であったことが窺える。
一方,実践作文の会(1983b)は「短作文」の条件を以下のように定めている(pp.19
~ 20)。
短作文というと,一般的には練習作文や読解指導の中に取り入れられた一文な いし二文による作文が考えられがちであるが,本会でねらいとする短作文は,書 き手の主体を織りこんだ比較的短い作文を意味しており,したがって前二者(「練 習作文」「読解指導の中に取り入れられた一文ないし二文による作文」―引用者 注)のような課題は含まれていない。それならば,なぜあえて短作文と呼称する のか。短作文を規定する場合,普通,時間と分量と主題がその尺度となる。比較 的短時間(一~二時間)に必要なことだけを簡潔に述べ(大体四百字前後位)主 題を一つにしぼって書かせるわけである。
つまり,主題と分量と時間で規定し,一つにしぼられた主題,少ない字数,短 時間の指導を考えているのである。
このように,実践作文の会(1983)は「短作文」とは単なる技術指導ではなく,書 き手の意思を尊重し,思考や心情が生かされたものであると強く主張している。しか し,技能の向上に関して以下のようにも述べ,技術向上の必要性も指摘している。
短作文の指導は,単なる技能主義ではないが,技能の向上を目ざさない作文指 導は,作文力の向上につながらない。(1983e/p.26)
短作文の指導は,目的と必要に応じた文章がどの子にもひと通り書けるように なることを目標として開発され工夫された指導法である。別の言葉で言えば,短 い文章を的確に書かせる指導を通して,すべての児童に,基礎的,基本的作文能 力を身につけさせるのが短作文指導のねらいといえよう。(1983d/p.17)
また,大西(1980a)も「作文の基礎力の育成」に光を当てながらも,以下のよう に短作文指導のもう一つの目的に着目している(p.48)。
短作文の指導は,作文の基礎力の指導であると同時に,目的と必要に応じた短 い文章を書く力の指導でもある。前者が,作文の基礎力の習得課程であるとする ならば,後者は,作文の応用力の演習課程であると言うことができよう。しかも,
この二つの課程は,それぞれに独立性をもちながら,実際の指導の場では,関連 的に,融合的につながりあうものである。
このように,当時の短作文指導のねらいと位置付けは,基礎と応用のバランスを考 えながらも,「短作文の指導」なのか「短作文による指導」なのかのどちらに比重を おいているかによって,指導の重点が異なったと考えられる。
2 量的範囲の拡大
藤原(1965)は短作文の種別について以下の七点を提唱している(pp.107 ~ 122)。
a. 一語作文(一語づくり)
b. 一文作文 c. 二文作文 d. 三文作文 e. 四文作文 f.「一章」作文 g. 二百字限定作文
上記の内容から分かるように,藤原は短作文の量的範囲を一語~二百字前後と捉え ている。
大西 (1980b) は,短作文の量的範囲について,「短作文は,量的な面からは,ふつう には,二百字程度までの文章をさしていると言ってよい。」(p.83)と述べ,藤原の考 えと同じように範囲を示している。
また,佐藤(1981)は,「その具体的内容は,短くは一行文,二行文,三行文か ら,長くは六〇〇字に至る意見文・地の文・会話文等の表現指導を行うものである。」
(p.48)としている。
一方,実践作文の会は,個人ではなく研究会としての考えをまとめたものであるた め,各学年によって述べていることが若干異なるが,およそ「二百字から八百字程度 の文章」を視野に入れており,藤原や大西の考えと比較すると短作文の量的範囲を広 く考えていたことが分かる。
このように,藤原の考えと三者の量的範囲を比較してみると,約3 ~ 4倍にまで拡 大していることが分かる。藤原の述べていた「気がるに習練の機会を多くもつこと」「評 価・処理においても負担感が少ない」という視点から考えると六百字~八百字の作文 というものは果たして,「短作文」の範囲としてよいものなのか,考察が必要である。
この点に関して,近年のデータを参照すると,平成 25 年度全国学力・学習状況調査 における質問用紙においては,6 ~ 7 割の児童が 400 字詰め原稿用紙二~三枚の感想 文や説明文を書くことに抵抗をもっていることが報告されている3。藤原の述べた「気 がるに習練の機会を多くもつこと」という短作文の利点を考えれば,六百字~八百字 を短作文の範囲として捉えるには学習者にとって納得のいくものとはならないであろ う。一概には言えないが,文字数が増えることで「短作文」であっても,負担感の多 いものとして学習者に捉えられ,作文嫌いの要因となりかねないことを教師は頭の中 に入れておかなければならない。
Ⅲ 短作文指導のカリキュラム
藤原は,短作文の種別として挙げた七点の指導カリキュラムとして,上記の a から g へと進んでいくのではなく,七種類を様々に取り合わせていくと主張している。つ まり,学年発展的にこれらの種別を考えるのではなく,「超学年的」に考えることを 強調しているのである。
大西(1980a)は,小学校・中学校・高等学校にわたり基本的指導事項を,〈言語要素系〉
〈コンポジション系〉〈レトリック・一般意味論系〉〈場に応じて書くことの技能系〉
の四系と,〈語のレベル〉〈文のレベル〉〈文章(段落)のレベル〉の三つのレベルによっ て構成し,学年ごとに身に付けるべき力を螺旋的に配置している(pp.55 ~ 78)。こ の点は,藤原と比較すると,段階性をもって指導することによって,身に付けなけれ ばならない力を確実に身に付け,次の段階へと発展させていくという考えが強いこと がわかる。
また,上記のような系統性を述べた上で,「短作文」においては,以下のような指 導の柔軟性についても大西は論じている(p.55)。
短作文指導の場合,抜きさしならぬ系統的組織化よりも,指導すべき機会と場 に応じて指導することの目安となるものであることが,大切である。
これは,藤原の述べる「気がるに習練の機会を多くもつこと」につながる点であり,
「超学年的指導」とも共通する考えと捉えることができる。
中学校教諭であった佐藤(1981)は,小学校と高等学校をつなぐ立場として,中学 校教育における「特設作文(取り立て)学年指導内容」を〈単元名〉〈時数〉〈指導目 標〉〈指導内容〉の四項目を立て,まとめている(pp.39 ~ 46)。佐藤も大西と同じよ うに系統性をもたせた短作文指導に取り組むという立場である。
また,実践作文の会は,小学校における各学年の「つまずきの例と指導のポイント」
「題材一覧表」「年間指導計画例」を示し,八つの項目(表記・文字・取材・構想・語句・
文・文章・推敲)で「学年別能力一覧表」を示している。
以上のように,基本的には学年ごとの指導内容を細かく示し,カリキュラムに位置 付けている。しかし,「気軽に扱えるという短作文の利点を生かした柔軟な指導の良 さが失われないように注意すべき」という点において,「システム的な指導」と「柔 軟性のある指導」のどちらに重きを置くべきかについてはより検討が必要な部分であ る。
Ⅳ 短作文の授業のあり方
短作文指導のカリキュラムを踏まえた上で,具体的な授業像として指導をする際の 重点を三者は以下のように示している。
まず,大西(1980b)は,短作文の指導原理として以下の三点を述べている(p.86)。
(1)単純化の原理
(2)凝縮化(全体化)の原理 (3)省力化の原理
これら三つの原理にもとづいて作文指導の抱えている課題に迫っていく方法を生み 出さなければならないと述べ,更に短作文指導を取り入れるためには,作文指導をシ ステム化することが必要であると主張している。
また,大西(1980a)は,短作文とは基本的には「条件作文」であることを述べ,
条件による方法としては,「指導の場の設定の仕方によるもの」と,「書くことの条件 設定によるもの」があると説明している。そして,短作文の指導の場の在り方としては,
概ね,「独立指導(取り立て指導)型」「関連指導型」「融合指導型」の 3 つの場合に 整理でき,これらは指導の効果を上げるうえで重要な意味をもつと述べている(p.82)。
各指導の詳細については以下の通りである。
(1)独立指導(取り立て指導)型
国語科の作文学習の時間であり,週に 1時間程度の特設時間を設けたり,短作文指 導のための特別な時間を何時間かまとめて取ったりする場合をいう。
(2)関連指導型
主として,国語科の他領域や他教科の学習との関連で短作文の指導の場を設定する 場合をいう。読むこと・聞くこと・話すことなどの指導の過程に,それらの学習を深 めるための活動として,あるいは,それを契機として発展的活動として短作文を取り 入れる場合を指導の対象としている。
(3)融合指導型
独立指導や関連指導の中で習得させた知識や技能を,学習生活の実際の場で演練し ようという意図をもっている。学習形態としては,関連指導とほとんど同じである。
学習技術としての短作文スキルを駆使して,学習の目標を達成することに主眼が置 かれており,その過程で技能の熟達を期するものである。
また,短作文は条件作文であるとの考えに立ち,大西(1980a)は条件のあり方に ついて,以下のように指摘している(p.88)。
自由選題と言い,課題と言っても,書くことの条件の提示が,顕在化しているか,
潜在化しているかのちがいだけである。したがって,短作文に限らず,作文指導 は,この,条件の顕在化から潜在化の方向に向かって,すなわち,条件にしたがっ
て書くことから,条件を発見して書くことへと進められる必要がある。
大西が指摘するように学習者の主体性を引き出しながら,作文に取り組ませるよう に設計することが,いずれ学習意欲の向上にもつながるのであろう。
そして,書くことの条件設定による方法に関して,具体的に(1)場の条件による 方法(2)書く内容について,条件を設定する方法(3)文章に記述するについての 条件を提示する方法の三つを提案している(pp.89 ~ 113)。それぞれの方法について,
大西は具体的な実践内容を紹介しながら,その効果について説明している。
佐藤(1981)の短作文指導の授業の特徴は,教室を出ることでより効力を発揮でき るとしている点にある(p.59)。
短作文指導は,教室授業のみに固執してその目標を達成させようとしても,そ れは容易に可能ならしめることはできない。授業者が真剣に短作文指導に取り組 めば,当然生徒の感動の質や直接事象に接し得る活動作業のプロセスを経ること によって,創造的開発を促すことができる。つまり,より授業の効果を高めるた めの場として,大きく教室から出て短作文を綴るということが必要と考えられる。
この点は大西の述べる関連指導型・融合指導型と通じる部分である。
また,授業形態については「観察授業」「取材授業」「一斉教室授業」の三つに分類し,
各授業の重点について説明をしている。
短作文指導のねらいとしては,
・徹底した事実認識を強化する取材指導 ・事実表現の効果性を高めるための表現指導
・表現の豊かさを客体の中で十分確認していくための鑑賞指導
の三点を柱に長作文指導を見据えた視点で実践を行っていたことが窺い知れる。そ して,佐藤(1980)は,短作文指導の領域設定を「教科書教材における短作文指導」「取 り立てによる(特設)短作文指導」としての実践事例を挙げており,取り立て指導を 行うという点で大西の考えと共通する部分が見られる(p.81)。
実践作文の会(1983b)は,具体的な授業実践例を取り挙げながら,短作文の題材 選びに関して以下の五点を重視するとしている (pp.21 ~ 22)。
一 基礎技能を育てることをねらいとした指導 二 自己表現を主とした指導
三 目的や必要に応じた題材
四 作文単元との関連による短作文の指導 五 理解領域との関連による短作文の指導
このように,基礎技能を育むための指導を取り入れ,その効果を発揮する場として
関連指導を行うことで豊かな表現力を培っていたと考えることができる。更に,研究 会として授業づくりの共通の視点はもちながらも,決まった指導法に縛られることな く,それぞれが工夫を凝らした実践に取り組んでいたことが窺い知れる。
Ⅴ 短作文の評価と処理
作文指導における,「評価と処理」の問題はこれまでも長年,課題とされてきた。
1980年代も同じように,「評価と処理」の困難さが叫ばれていた。
実践作文の会(1983a)は,「短作文」のルーツと「評価と処理」とが大きくかかわっ ていると,以下のように述べている(p.18)。
ところで,この「短作文」という考え方は,中学校や高校のように教科担任制で,
一人の国語教師が数百人の生徒に作文を書かせ,それを評価し処理するのに負担 が大きいというところから始まったようである。
このように,藤原の提唱した「短作文」が教育現場において取り入れられた理由と して,時間と労力がかかる作文指導に悪戦苦闘する学校現場の声を反映する指導法と して「短作文」が注目されたことがわかる。
「評価」についてそれぞれの立場を比較してみると,これまでの研究から藤原は相対 評価の立場は全面的に否定しており,また,点数化を嫌っていたことが窺えた。更に,
短作文においては全文批評に価値を見出していた。
一方,大西 (1980a) は,以下のように,基本的には短作文の目標と照らし合わせた 上で,その対象を絞って評価を行うことを推奨している(p.114)。
短作文の評価は,作品としての評価をするのではなく,文章,あるいは文,語 表現を対象とする。極めて限られた場合に,作品としての評価が考えられる。た とえば,文章の短さが,作品の特質となっていて,短作文の範囲に入れることが できる場合である。
そして,大西(1986)は評価がもたらす子どもたちの学習意欲の喚起について,形 成的評価に価値を見出している(pp.142 ~ 143)。
評価の結果が,学習者に確実に返され,その意欲と自信とをもたらすようにな されなければならない。意欲の持続をはかる方法としては,形成的評価が重要で ある。
評価には,よく知られているように,絶対評価と相対評価とがある。作文指導 における評価は,絶対評価でなければならない。指導目標が,到達度目標として
設定され,それへの接近の状況が,客観的に認定できるものであることが必要で ある。また,一人ひとりの作文学習のあゆみを把握して,その学習者個人を基準 として作文力の伸長度をはかることも大切である。つまり,個人内評価である。
いずれにしても,評価が学習者の努力を確実にとらえ,それを自信と意欲につな ぐように行われることが,何よりも肝要である。
また,大西(1980a)は,評価の主体について,学習者自身による自己評価や相互 評価の容易さを述べながらも,そこに甘んじることなく最終的には教師が責任をもつ べきであると述べている(p.116)。
一方,処理指導については,以下のように述べ,新たな学習活動への可能性につい ても期待していることが窺える(p.126)。
処理指導について,一つだけ,ことばを添えておきたいことがある。それは,
作文の処理を,作文指導の終末段階であるからといって,閉じられたものにして ほしくない,ということである。たとえば,書きあげた文章を,文集にまとめた ということで,処理指導を終わらないで,さらに,その文集を生かした新しい作 文指導の展開をはかる,といったことである。
佐藤(1981)は,独自に 3領域18項目から成る「短作文自己評価表」を作成し,最 終時間に活用することで,友人との相互批評を通して分析しながら,評価に取り組む ことを示している(p.70)。
実践作文の会(1983d)においては,短作文における評価のし易さに触れながらも,
迅速で効果的な評価を求めており,評価によって学習者の次への意欲を引き出してい くことの重要性を指摘している。また,大西と同様に次の学習につながる評価と処理 という観点で以下のように主張している(pp.21 ~ 22)。
児童が精いっぱい書いた作文といっても,書きっ放しに終わったのでは,書く 力は決して向上しない。読み返しや書き足したり,削除することによって力はつ いてくるのである。長文においては,この活動を徹底させるのはなかなか困難で ある。ところが,短作文では,主題はしぼられているし,短時間に少ない分量で ある特徴を持っている。そこで,自分で推敲する余裕もあるし,児童相互に評価 し合うことも可能である。また教師の評価も的確に行き届いてできるし,目的に 応じた処理もできる。こうして,児童が苦労して「生み出し作り出した」作文が 生命を持つようになるのである。それが書く意欲を育てる基礎となり作文力の向 上につながるのである。
このように,三者の考えを比較してみると「短作文」は評価する際に,指導者が容 易に行うことができるという利点があり,また,指導者だけでなく学習者自身も視点 を絞って作品と向き合うことで評価活動に取り組むことが可能となり,今後の学習意 欲にもつながることが期待される。
Ⅵ 具体的授業実践について
これまで述べてきた短作文に関する理論を各々が具体的授業実践として著書の中に おいて紹介している。
大西に関しては,小学校から高等学校に至るまで幅広い短作文指導の実践を。佐藤 は,自身の勤務校である中学校における実践を。実践作文の会は,学年ごとに実践の 目的を五つの観点から整理している。以下,順次紹介してみる。
1 大西道雄(1980a)【小学校 1年~高等学校3年 /21編】の場合
・指導型別に分類。
独立指導(取り立て指導)型…11編,関連指導型…8編,融合指導型…2編
・小学校中学年以上が基本的には二百字以内の作文実践である。(実践の中には「名 付け」「60字限定作文」「2文作文」を扱っているものもある。)
・小学校中学年以上においては,相互批正や相互評価を取り入れて,交流活動が設 定されている。また,教師の評価においては三段階評価を用いている実践が見ら れる。
・学年が進んだことによって,基礎的な指導内容 ( 文の型,モデル文の提示等 ) が なくなっていくわけではない。
2 佐藤貞年(1981)【中学校1・2年生 /2編】の場合
・教室のみで取り組む短作文指導ではなく,教室から外に出ることで「観察」「取材」
を行い,情景(状態)描写文を中心に短作文を書かせていることが特徴的である。
「地域の交差点」「デパート」「スーパーマーケット」「学校の校庭の様子」「家の 様子」を題材として扱っている。また,「教科書における作文教材配当の時間」
と「取り立てによる(特設)指導」の時間を組み合わせた実践を行っている。
・字数は四百~六百字程度の実践である。
・「一斉教室授業」においては,お互いの短作文を共通の評価項目(短作文評価表)を 活用し,相互批評を行っている。評価は三つの観点から行われており,「A 記述 上の評価項目」「B 文表現上(文法)の評価項目」「C 描写内容上の評価項目」で 五段階となっている。この点からも佐藤は「観察」「取材」に指導の重点を置い ていたことが窺える。
また,生徒同士の指導・助言に対しても意見を出すことで鑑賞力の質の向上も 図っている。生徒は以下の評価用紙を基に短作文の添削(修正)を行い,自分の 作文の推敲に取り組んでいる(p.70)。
図 短作文学習自己評価表(佐藤1981 / p.70)
3 実践作文の会(1983a ~ e)【小学校1 ~ 6年生】の場合 ・実践例の構成は以下の通り。
<実践例1 >題材を生かした短作文の指導 1 基礎技能を育てる実践例
2 自己表現を主とした指導の実践例 3 目的や必要に応じた題材による実践例
< 実践例2>作文・理解単元との関連における短作文の指導 1 作文単元との関連における実践例
2 理解単元との関連における実践例
※小学校1年生のみ,「入門期における作文指導の実践例」を紹介している。
・当時の学習指導要領(昭和 52 年版)を意識して「表現」「理解」という視点を重 視した実践が構成されている。
・字数は二百~八百字程度の範囲である(三百~四百字程度の実践が多い)。
・それぞれの学年別に「基礎技能」を意識した単元構成や,練習作文の活用を行っ ているものが見られる。
・実践例の「指導計画」「本時の展開」には,「相互評価する」や「発表する」等の 評価や交流に関する記述が多く記されているが具体的な実践内容は記述されてい ないものが多い。また,具体的な評価基準も記されていない。
・児童の作品が紹介され,それに対する実践者の考察が記述されている。
4 藤原の短作文教育論との比較
三者の実践を 1970 年代までの藤原与一の理論と比較し考察すると,1980 年代にお ける短作文指導の特徴として以下のような変化が見られることがわかる。
・基礎技能を育てるための「取り立て指導」が設定され,教科書教材における作文指 導と組み合わせて実践が行われることが多い。基礎スキルを身に付けるために短作 文を用いている実践もあり,短作文そのものとしては主題をもたないものも見られ ることが多くなっている。また,学年の発達段階に合わせてカリキュラムが作成さ れ,身に付けるべき力を明確にした上で実践が行われるようになってきている。
・これまで指導者を中心に行われてきた評価は,指導者のみが行うのではなく,小学 校中学年以上では,対話やグループ交流を通して,児童・生徒同士で行う実践が見 られるようになってきている。作品を評価することで児童・生徒の作品を見る目を 養うことにもつながっている。短作文の分量であれば,作品を見る観点を絞ること で適切に評価をしていきやすいという利点が見られる。ただし,基本的に評価は学 習者が仕上げた作品を基にして行われている。学校現場において仕上げた作品を評 価することが,次の学びにどのように生かされていくのかを考えると評価のタイミ ングは今後も検討が必要な点である。
・短作文として扱われる量的範囲が指導者によって広がりを見せている。大西に関し ては,藤原と同様に二百字の範囲内での実践を基本としている。実践作文の会は,
基本的な字数は「三百字程度」のように示し,書ける児童には更に書かせている実 践も見られた。あえて短作文として字数を制限させることで効果が生まれるような 実践にしていくことが必要である。このような字数が増えてしまうことの背景に は,小・中・高という発達段階を考慮し,学年が上がれば上がるほど,長作文も書 けるようになってほしいという教師側の視点(願い)に立った指導によって,長作 文重視の考えというものがあったと考えられる。
Ⅶ 研究の成果と今後の課題
大西道雄・佐藤貞年・実践作文の会の述べる「短作文」について,これまでの藤原 の短作文教育論とも比較し,1980年代の短作文指導の変遷と内容の考察を試みた。藤 原の提唱した「短作文」は時代のニーズに合わせて変化し,本来「短作文を書くこと」
が目的とされていたことが,「作文が書けるようになるために短作文を用いる」といっ た手段としての短作文に変わることが危惧される。この点については,大内(1996)
が述べるように 1990年代に入ると「短作文の実践」が「雨後の竹の子のごとく」行われ,
実践書も数多く出版されていることへとつながっている(p.182)。1990年以降の短作 文指導の変遷と内容に関しては今後,更に探究していきたい。
なお,本稿は,第127回全国大学国語教育学会筑波大会での自由研究発表「短作文 指導再考―その変遷と内容・1980年代を中心に―」を基に加筆・修正したものである。
注
1 藤原与一(1975)までを指す。藤原の短作文教育論についての詳細は,拙稿(2015)
を参照。
2 藤原宏・瀬川栄志・小川末吉(1977)p.256 に実践作文の会の成果についてまとめ ていることを基とした。
3 平成25年度全国学力・学習実態調査の質問紙調査結果報告によると「400字詰め原 稿用紙2 ~ 3枚の感想文や説明文を書くことは難しいと思いますか」という問いに 対して,「難しいと思う」と回答した児童は 36.7%,「どちらかといえば,難しいと 思う」と回答した児童は 28.7%であった。
引用・参考文献
・大内善一:作文授業づくりの到達点と課題,東京書籍,1996.
・大西道雄:短作文指導の方法~作文の基礎力の完成~,明治図書,1980a.
・大西道雄:短作文指導の実践的課題,教育科学国語教育,273,1980b,83-86.
・大西道雄:作文意欲の持続と評価・処理の方法,月刊国語教育,5(11),1986,
138-143.
・岡利道:短作文教育研究―藤原与一博士の短作文教育論について―,国語教育攷,
創刊号,1985,12-21.
・佐藤貞年:中二の特設的指導の計画化と展開―表現の豊かさを求める短作文指導の 実践を中心に―,教育科学国語教育,259,1979,74-79.
・佐藤貞年:取材活動を通した短作文指導例―短作文による効果的な練習学習のアイ
デア,教育科学国語教育,274,1980,81-83.
・佐藤貞年:短作文指導の授業形態,明治図書,1981.
・実践作文の会:書く技術を育てる作文指導,明治図書,1981.
・実践作文の会(藤原宏):書く機会を広げる短作文の指導 1・2 年,教育出版,
1983a.
・実践作文の会(藤原宏):書く機会を広げる短作文の指導 3年,教育出版,1983b.
・実践作文の会(藤原宏):書く機会を広げる短作文の指導 4年,教育出版,1983c.
・実践作文の会(藤原宏):書く機会を広げる短作文の指導 5年,教育出版,1983d.
・実践作文の会(藤原宏):書く機会を広げる短作文の指導 6年,教育出版,1983e.
・沼田拓弥 : 短作文指導再考 ―藤原与一の短作文教育論を中心に―, 国語教育探究,
28,2015,90-97.
・藤原宏・瀬川栄志・小川末吉:新しい国語科指導法の創造 ~基本類型と実践例~,
学習研究社,1977.
・藤原与一:毎日の国語教育,福村書店,1955.
・藤原与一:国語教育の技術と精神,新光閣書店,1965.
・藤原与一:ことばの生活のために,講談社,1967.
・藤原与一:小学校児童作文能力の発達,文化評論出版,1975.