『 三 國志 』魏 書 の典 擦 につ いて(巻 一 〜巻十)(237)
『 三 國 志 』 魏 書 の 典 檬 に つ い て 倦 一〜巻+)
満 田 剛
は じめ に
『 三 國志 』 の主 な典 擦 は,内 藤 湖 南 『 支 那 史學 史』 に
陳 寿 の三 国 志 も殆 ど も との材 料 をそ の ま ま使 用 して居 り,そ の 三 国 志 に な る時 に削 り残 され た鮎 す ら明 か に見 えて ゐ る。 例 へ ば三 国 志 に は魚 察魏 略 を最 も多 く採 用 して ゐ るが,そ の 中 に 『 今 云 々』 とあ る の は魚 秦 の魏 略 の 今 で あ っ て,陳 寿 の三 国 志 の今 で ない こ とが あ る。
(『 内藤湖南全集』第11巻151‑一 一152頁) と述 べ られ て以 來,魚 察 『 魏 略』 で あ る と考 え られ て きた。 ま た,榎0雄 は, いず れ に して も,明 帝 の 本紀 とそ れ以 前 の本 紀 とに対 す る斐 松 之 注 に引 か れ て い るお び た だ しい 王 沈 の 『 魏 書 』 と,陳 寿 の本 文 とを比 べ て み る と, そ れ は 『 魏 書』 に陳 寿 を補 うに足 る記 事 の多 か った こ と,す な わ ち,む し ろ陳 寿 が 『 魏 書』 に依 振 しなか った場 合 が 多 か った こ と を示 す もの で はあ
る まい か。(「 『 魏志』 「 倭 人伝」 とその周辺(3)」榎一雄全集第八巻267頁) と述 べ,陳 壽 『 三 國 志』 と斐松 之注 所 引 『 魏 書 』 の武 帝 紀 〜明 帝 紀 とを比 較 し た うえで 斐 注 所 引 『 魏 書』 の 数 の 多 さ を考 慮 し,陳 壽 が 『 魏 書』 に依 擦 して い な か っ た場 合 が 多 か っ た と指摘 して い る。
筆 者 は,こ の黒占につ いて 考 え る際 に 『 魏 略 』 とと もに重 要 な王 沈 の 『 魏 書』
に つ い て そ れ まで基礎 的研 究 が な され て い なか った こ とか ら,こ れ を取 り上 げ
て侠 文 収 集 ・整 理 を行 って そ の性 格 を分 析 し,少 な くと も陳 壽 『 三 國 志』 魏 書
(以下,r魏 志』 と略す)本 紀 で は基 本 的 に魚 秦 『 魏 略 』 よ り 『 魏 書 』 の ほ うを典 嫁 と して い た と結 論 した1。
以 上 の こ と を踏 ま え,本 論 文 で は陳壽 が参 照 した史 籍 を何 よ りも含 んで い る と考 え られ る斐 松 之 注 に引 用 され た240種 以 上 の史 籍 ・典 籍 の 中 か ら 『 魏 志 』 の典 擦 とな っ た史籍 をで きる限 り特 定 しよ う と考 え て い る。 ここで は紙 幅 の 關 係 か ら 『 三 國志 』 巻 一一 巻 十 まで を取 り上 げ る こ と と したい 。
まず,『 魏 志 』(巻 一 〜巻十)に つ い て,斐 松 之 注 の す べ て の 文 章 を引 用 され た史 籍 ご とに集 め,斐 松 之 注 に引用 され たす べ て の史 籍 と 『 魏 志』 本 文 とを比 較検 討 した 。 そ の上 で,斐 松 之 に よ って引 用 され た史 籍 か ら陳 壽 が 典 擦 と し得 た もの をで きる限 り特 定 し,さ ら に斐 松 之 に よる各 史 籍 か らの 引用 の特 徴 や, 陳 壽 が見 て い た 可 能性 が あ る史籍 につ い て 『 三 國志』 本 文 と比 較 した上 で 陳壽 の 編纂 に關 す る特 色 を明 らか に して い くこ と も課題 と してい る。
『 魏 志』(巻 一 〜 巻 十)本 文 と斐松 之 注 との比 較検 討
具髄 的 に は,〔 表1〕 「『 魏 志 』(巻 一〜巻十)に お け る装 松 之 注 所 引 史籍 につ い て」 に あ る 「 魏 志 』 斐 松 之 注(以 下,斐 注)に 引 用 され た史 籍 とそ の條 敷 ・文 字X・ 實 際 に陳壽 が 参 照 した と考 え うる條 藪 の 記 載 を踏 ま え なが ら述 べ て い き
たい 。
武 帝 紀 に お い て 直 接 的 な 典 擦 と さ れ た 斐 注 所 引 の 文 章 は,『 魏 書 』17 條2・ 『 曹p傳 』2條3・ 『 魏 武 故 事 』2條4・ 『 獄 帝 傳』1條5・ 魚 察 『 魏 略』
1條6・ 「褒 賞令 」 載 曹公 祀 文1條7と 考 え られ る。 また,典 擦 と した可 能 性 が あ る もの と して 『 九 州 春 秋』1條8を 基 げ る こ とが で き る。
文 帝 紀 に お い て 直 接 的 な 典 擦 と さ れ た 斐 注 所 引 の 文 章 は 『 魏 書 』10 條9・ 『 典 論』1條 ユoと 見 られ る。
明 帝紀 で は魚 察 『 魏 略 』2條1!・ 『 魏 書』3條12が 典 線 とされ た と考 え られ る。
齊王 紀 ・高 貴 郷 公 紀 につ い て は典 撮 と され た史籍 が 一 つ もな く,陳 留 王 紀 に
『三 國 志 』 魏 書 の 典 擦 に つ い て(巻 一 〜 巻 十)(239)
つ い て は陳壽 が参 照 した可 能性 の あ る史籍 そ の ものが 存 在 しない 。
上 記 の 史籍 の 中で 『 曹 購傳 』・『 魏 武 故 事 』・『 典 論』・『 献 帝傳 』・「 褒 賞令 」 に つ い て は王 沈 『 魏 書 』,も し くは魚 察 『 魏 略 』 に同様 の 記 事 が あ っ た可 能性 が 高 く,装 注所 引 史籍 の 中で 本紀,特 に武 帝 紀 ・文 帝 紀 ・明 帝紀 の 主 た る典 嫁 と な っ た史 書 は王 沈 『 魏 書 』・魚 秦 『 魏 略』 の二 種 と考 え て も差 し支 え な い で あ ろ う。
先 に引 用 した内 藤 湖 南 『 支 那 史學 史』 以 來,『 三 國 志』 の主 た る典 擦 は魚 秦
『 魏 略 』 で あ る と考 え られ て きたが,〔 表1〕 か ら見 る と,少 な くと も本 紀 斐 注 にお い て 魚秦 『 魏 略』 を最 も多 く引用 して い た わ け で は な く,内 容 を比 較 して もそ れ ほ ど典 擦 とされ て い る よ うに は見 え な い。 斐 注所 引秩 文 や 〔 表1〕 か ら 見 る 限 り(少 な くとも)本 紀 に 關 して は魚 察 『 魏 略』 よ り も 『 魏 書 』 を典 糠 と
してい た よ うに思 わ れ る。
た とえば,『 魏 志』 武 帝 紀 斐注 所 引王 沈 『 魏 書 』 を見 る と,
魏 書 日:長 吏受 取 貧 饗,依 衙 貴 勢,歴 前 相 不 見 墨;聞 太祖 至,威 皆基 免, 小 大 震 怖,姦 完 遁逃,窟 入他 郡 。 政 教 大 行,̲̲̲.郡 清 平 。初,城 陽景 王劉 章 以 有 功 於 漢,故 其 國爲 立 祠,青 州 諸 郡 輻 相倣 敷,濟 南 尤盛,至 六 百 鯨 祠 。 買 人或 假 二千 石 輿 服 導 從 作 侶 樂,奢 修 日甚,民 坐 貧 窮,歴 世 長 吏無 敢 禁絶 者 。太 祖 到,皆 殿 壊 祠 屋,止 絶 官 吏 民 不 得祠 祀 。 及 至乗 政,遂 除姦 邪 鬼 紳 之 事,世 之 淫 祀 由此 遂 絶 。
(中華書局 『 三國志』 〔 以下 『 三國志』 〕4頁 巻一武帝紀,『 三國志集解』13b〜14a) とあ るが,こ れ は 『 魏 志 』 武 帝 紀 の
遷 爲 濟 南 相,國 有 十 鯨 縣,長 吏 多 阿 附貴 戚,賊 汚狼 籍,於 是 奏 免 其 八;禁 断 淫祀,姦 完 逃 窒,郡 界 粛 然 。
(『 三國志』3〜4頁 巻一武帝紀,『 三國志集解』13a〜b) に付 屡 して い る もの で あ る。 この 『 魏 書』 の 文 章 は陳壽 の もの と比 較 して も内 容 が類 似 して お り,陳 壽 の この文 章 は主 と して王 沈 『 魏 書 』 を典 擦 に して書 か れ た と思 わ れ る。
王 沈 は お そ ら くこの文 章 に 關 して は ほ ぼ(彼 が参考 に した)史 料 どお りの 内容
を採 録 した の で は な い か と思 わ れ る。 また,斐 松 之 は,お そ ら く陳 壽 の本 文 の 典 振 を示 し,不 足 を補 うため に引用 したの で あ ろ う。
また,『 魏 志 』 文 帝 紀 斐 注 所 引 王 沈 『 魏 書』 に は
魏 書 日:設 伎 樂 百戯,令 日:「 先 王 皆 樂 其 所 生,禮 不 忘 基 本 。q,覇 王 之 邦,眞 人 本 出,其 復a租 税 二 年 。」 三 老 吏民 上 壽,日 夕 而 罷 。 丙 申,親 祠 p,陵 。(『 三國志』61頁 巻二文帝紀,『 三國志集解』11a) とあ る。 これ は 『 魏 志』 文 帝紀 の
甲午,軍 次 於u,大 饗六 軍 及誰 父老 百 姓 於 邑東 。
(『 三國志』61頁 巻二文帝紀,『 三國志集解』10a) に付 屡 して い る もの で あ る。王 沈 『 魏 書 』 の この部 分 は誰 にお け る曹 の行 動 につ い て記 した もの で あ ろ う。斐 松 之 は 陳壽 が省 い た た め に わ か りづ ら くな っ た誰 にお け る曹 の行 動 を補 足 しよ う と した と思 わ れ る。
陳 壽 は王 沈 『 魏 書』 の この部 分 を直 接 的 に は取 り上 げ て い ない 。 こ の場 合, u,,.に お け る曹 の行 動 が本 紀 で述 べ るべ き内容 に直接 關 係 の ない こ とで あ る と 陳 壽 が 判 断 したた め だ った と考 え られ る。
た だ,王 沈 『 魏 書 』 の この部 分 の前 に斐 注 のつ い た 『 三 國 志』 本 文乃 至 そ れ に類 似 した 文 章 が あ った と思 わ れ,陳 壽 が王 沈 『 魏 書』 を蓼 考 史料 の(少 な く とも)一 つ に して この部 分 を書 い た こ と も確 か で あ ろ う。 この王 沈 『 魏 書 』 の 文 章 はお そ ら く公 文 書 乃 至 そ れ に準 ず る もの を蓼 考 に した と思 われ る。
『i魏 志』 明帝 紀 斐 注所 引 王 沈 『 魏 書』 には
魏 書 載 詔 日:「 昔 先 王 之 禮,於 功 臣存 則 顯 其 爵緑,没 則 祭 於 大 蒸,故 漢 氏 功 臣,祀 於 廟 庭 。 大 魏 元 功 之 臣 功 勲 優 著,終 始 休 明 者,其 皆 依 禮 祀 之 。」
於 是 以」1享 等 配饗 。(r三 國志』99頁 巻三明帝紀,r三 國志集解』21a〜b) とあ る。 『 魏 志』 明 帝 紀 の
夏 五 月壬 申,詔 祀 故 大 將 軍 夏 侯 惇 、 大 司 馬 曹仁 、 車騎 將 軍程 呈於 太 祖 廟 庭 。
(『 三國志』99頁 巻三明帝紀,『 三國志集解』21a)
に付 屠 して い る斐 注 所 引 の王 沈 『 魏 書』 であ る。 斐松 之 は陳 壽 が省 い たi魏の功
臣 を祭 った 際 の詔 勅 を重 要 で あ る と判 断 し補 足 した ので あ ろ う。 陳 壽 が省 い た
『 三 國志』 魏書 の典 擦 につ い て(巻 一 〜巻十)(241) の は,魏 の功 臣 を祭 る こ とに 關す る詔 勅 が 本紀 で述 べ るべ き内容 で は な い と判 断 した た め と思 わ れ るが,こ の文 章 を本文 の 典 擦 と した こ とは まず 間違 い ない で あ ろ う。
この 王沈 『 魏 書 』 の文 章 は 内容 か ら見 て公 文 書 また は そ れ に準 ず る もの を蓼 考 に した と思 わ れ,信 頼 性 が 高 い と考 え られ る。
以 上 の よ う に見 る と,『 魏 志 』 本 紀(武 帝紀〜明帝紀)に は斐 注 所 引王 沈 『 魏 書 』 を典 擦 と して い た部 分 が 存在 して い た こ とが わ か る。
巻 四 三少 帝 紀 の うち,齊 王 紀 ・高貴 郷 公 紀 につ い て は 『 魏 書 』 や 『 魏 略』 を 典 擦 と して い た と考 え て まず 間違 い ない で あ ろ う。 しか し,高 貴 郷 公(特 に彼 の死 に關わる部分)に つ い て は,陳 壽 の 記述 が齊 王 紀 まで とは異 な りを見 せ てい る。 本 田濟 は 『 三 國 志』 の特 徴 と して 「劇 的 ・小 説 的描 爲 が 少 い」13と述 べ て お り,齊 王 紀 まで は確 か にそ の 通 りなの だ が,高 貴 郷 公 紀 は逆 に劇 的 ・小 説 的 描,,,.・;が 中心 とな っ てお り,簡 潔 な記 述 と は な って い な い。 おそ ら くは王 沈 『 魏 書 』 に依 りなが ら も他 の書 籍 に依 撮 した部 分 が多 い た め と思 わ れ るが,『 魏 志 』 高 貴 郷 公 紀 本 文 が 『 魏 書』 とほ ぼ同 じで あ る可 能 性 も考 え られ る。 た だ し,そ れ以 上 は装 注 が 少 な い こ と もあ って判 然 と しない。
陳留 王 紀 につ い て も典 擦 は 『 魏 書 』 で は ない か と思 わ れ るが,本 文 自体 が短 い こ とや王 沈 『 魏 書』 の完 成 年代 と近 い こ とか ら,他 の書 籍,も し くは公 文書
を典 擦 と した可 能 性 も充 分考 え られ る。
巻 五 后 妃 傳 につ い てで あ るが,† 皇后 傳 で典 擦 と考 え られ る史 籍 は魚 察 『 魏 略』1條14,弧 皇后 傳 につ い て は魚 秦 『 魏 略』1條15・ 王 沈 『 魏 書 』1條isで あ る。 文 徳 郭 皇 后 傳 ・明 元 郭 皇后 傳 につ い て は0つ もな く,毛 皇 后傳 につ い て は 陳壽 が 蓼 照 した可 能性 の あ る史籍 そ の もの が存 在 しな い。
† 皇 后 傳 ・甑 皇后 傳 につ い て は,こ の二 つ の傳 にお い て引用 され た 王 沈 『 魏 書』 の 内容 と 『 三 國志 』 本 文 の そ れ とが異 な っ て い る部分 が 多 い 。
た とえ ば,
魏 書 日:有 司 奏 建 長 秋 宮,帝 璽 書 迎 后,詣 行 在 所,后 上 表 日:「 妾 聞先 代 之 興,所 以饗 國久 長,垂 酢 後 嗣,無 不 由后 妃 焉 。 故 必 審選 其 人,以 興 内教 。 今 践 昨之 初,誠 宜 登 進 賢 淑,統 理 六 宮 。 妾 自省 愚 晒,不 任 棄 盛 之事,加 以 寝 疾,敢 守 微 志 。」 璽 書 三 至 而 后 三譲,言 甚 懇 切 。 時 盛 暑,帝 欲 須 秋 涼 乃 更迎 后 。 會后 疾 遂 篤,夏 六 月丁 卯,崩 ・ 干響 。 帝 哀 痛 杏 嵯,策 贈 皇后 璽 綬 。
(『 三國志』161頁 巻五甑皇后傳,『 三國志集解』12b) で あ るが,こ れ は 『 魏 志 』 甑 皇 后 傳 の
践 昨之 後,山 陽公 奉 二 女 以 嬢 干 魏,郭 后 、 李 、 陰 貴 人並 愛 幸,后 愈失 意, 有 怨 言 。 帝大 怒,二 年 六 月,遣 使 賜死,葬 干警 。
(『 三國志』160頁 巻五瓢皇后傳,『 三國志集解』12a〜b) に付rし て い る装 注 所 引 の王 沈 『 魏 書 』 で あ る。 比 較 す る と,王 沈 『 魏 書 』 は
『 魏 志』 とは異 な っ た甑 皇后 が亡 くな った 際 の経 緯 を記 録 して い る。
装 松 之 は 陳壽 の採 録 しな か っ た 内容 に 關す る諸 説 を補 足 しよ う と した の で あ ろ うが,彼 は王 沈 『 魏 書 』 の この部 分 につ い て
臣松 之 以 爲 春 秋 之 義,内 大 悪 詳,小 悪 不 書 。 文 帝 之 不立 瓢 氏,及 加 殺 害, 事 有 明審 。魏 史 若 以 爲 大 悪 邪,則 宜 隠 而不 言,若 謂爲 小 悪 邪,則 不 鷹 假 爲 之 僻,而 崇 飾 虚 文 乃 至 於 是,異 乎 所 聞於 菖 史 。推 此 而 言,其 稽 一 ド、瓢 諸 后 言 行 之 善,皆 難 以 實 論 。 陳氏 捌 落,良 有 以 也 。
(『 三國志』161頁 巻五后妃傳,『 三國志集解』12b〜13a) と述 べ て お り,信 愚性 につ い て疑 って い た よ うで あ る。
『 史 通』 巻 七 ・曲筆 第 二 十五 に は
若 王 沈 魏 録 濫 述既 瓢 之 詔,陸 機 晋 史虚 張拒 葛 之鋒,班 固受 金 而 始 書,陳 壽 借 米 而 方 傳,此 又 記 言 之妊 賊 、載 筆 之 凶 人,rUi諸 市 朝 投 界 射 虎 可 也 。
(『 史通通繹』17巻 七8b)
とあ り,『 魏 書 』 は甑 皇 后 を財 め る詔 勅 を記 載 して い る と述 べ て い る。 これ に
つ い て今 鷹 眞 氏 は 「罪 の ない りっ ぱ な皇后 を殺 した とす る た め に皇 后 をほ め あ
げ た とな る と,ず いぶ ん手 の こ んだ 細 工 とい わ ね ば な らない 。」18と述 べ てお ら
れ る が,そ の とお りで あ ろ う。
『 三 國志』 魏書 の典 撮 につ い て(巻 一 〜巻十)(243) 以上 の よ う に見 る と,陳 壽 は王 沈 『 魏 書』 に採 録 され て い る上 奏 文 や死 の経 緯 を眞實 とは受 け取 っ て い なか っ た と考 え られ る。 そ して,瓢 皇 后 の立 后 と死 の経 緯 をは っ き りと記 そ う と した よ うに思 われ る。
后 妃 傳 で は主 と して魚 察 『 魏 略』 を典 擦 と した と考 え られ,王 沈 『 魏 書 』 は 典 擦 の一 つ で は あ っ て も主 た る典 擦 とは され て い ない 。 ただ,明 元 郭 皇 后 傳 に つ い て は,亡 くな っ た の が 景 元 四年(263年),埋 葬 は景 元 五 年(264年)で あ り,こ の 頃 に はす で に 『 魏 略 』 が完 成 して い た と考 え られ る19こ とか ら,典 振 と して は 『 魏 略 』 の ほ か に 『 魏 書』 や公 文 書 を推 定 す る必 要 が あ ろ う。
巻 六 董 二 衰 劉 傳 に つ い て で あ る が,董 卓 傳 で は,『 獣 帝 起 居 注 』3條20・ 『 献 帝 紀 』2條21・ 『 英 雄 記 』3條22・ 『 典 略 』1條23・ 『 魏 書 』3條24・ 『 露 帝 紀 』1 條25が 典 擦 で あ っ た と判 断 で き,ま た 典 擦 で あ っ た 可 能 性 の 高 い も の と し て
『 九 州 春 秋 』1條26を 墨 げ る こ とが で き る 。
衰 紹 傳 に つ い て は,『 英 雄 記 』1條27・ 『 典 論 』1條28を 典 擦 と見 る こ とが で き,典 檬 で あ っ た 可 能 性 が あ る も の と し て,謝 承 『 後 漢 書 』1條29・ 『 獄 帝 春 秋 』1條30・ 『 九 州 春 秋 』1條31を 基 げ る こ とが で き る 。
衰 術 傳 に つ い て は,『 呉 書 』1條=32・ 『 献 帝 春 秋 』1條33を 典 擦 と見 る こ と が で き る 。 ま た,典 擦 で あ っ た 可 能 性 が あ る も の と して,『 典 略 』1條34を 墨 げ る こ と が で き る 。
劉 表 傳 に つ い て は,『 戦 略 』1條35・ 『 英 雄 記 』1條36・ 『 傅 子 』2條37・ 『 零 陵 先 賢 傳 』1條38が 典 擦 で あ っ た と見 る こ とが で き,典 擦 で あ っ た 可 能 性 が あ る
もの と して 『 先 賢 行 状 』1條39を 墾 げ る こ と が で き る。
巻 六 に つ い て は 各 傳 に お け る 典 擦 と思 わ れ る 史 籍 が 比 較 的 多 く,特 に董 卓 に 關 して は 非 常 に多 い 。 装 注 と比 較 す る と よ く わ か る が,そ れ だ け 陳 壽 が 事 實 を 簡 潔 に ま とめ あ げ た と い う こ とで あ り,ま た後 漢 時 代 に 關 して は 先 行 史 籍 が 豊 富 で あ っ た こ と を示 して い る 。
た だ,〔 表1〕 を 見 て も わ か る と お り,『 三 國 志 』 巻 六 装 注 所 引 史 籍 と し て
『 魏 略 』 が 全 く登 場 し な い こ とや 『 魏 略 』 が 曹 魏 時 代 を扱 っ た 断 代 史 と考 え ら
れ る40こ とか らす る と,巻 六 で は 『 魏 略』 は典 擦 と な っ てい な か っ た可 能 性 が あ る。
巻 六 に 關 す る上 記 の 史 籍 の う ち,『 献 帝 起 居 注 』・『 獣 帝 紀』・『 英 雄 記 』・『露 帝 紀』 が 王 沈 『 魏 書』,も し くは魚 察 『 典 略』 に と って も先 行 史 籍 で あ る こ と か ら,『 魏 書』・『 典 略 』 に同様 の記 事 が あ っ た可 能性 が 高 く,や は り王 沈 『 魏 書』 ・魚秦 『 典 略 』 が主 な典 擦 とな っ た と思 わ れ る。
以 上 の よう な こ とか ら,巻 六 の典 擦 とな っ た史 籍 は 『 三 國 志』 の他 の傳 と比 して 多 い とい う こ と,そ の 中 で も主 な典 擦 と な っ た の は 王 沈 『 魏 書』・魚 秦
『 典 略』 と考 え られ る こ とが指 摘 で きる。
巻 七 呂布 城 洪 傳 につ い て,呂 布 傳 で は 『 英 雄 記 』3條41・ 『 典 略』1條42が 典 擦 で あ った と見 る こ とが で き,典 擦 で あ っ た可 能性 が あ る もの と して 『 先 賢 行 状 』1條43・ 『 九 州春 秋 』1條44を 墾 げ る こ とが で きる。
減 洪 傳 につ い て は,.典 擦 で あ った可 能 性 が あ る もの と して謝承 『 後 漢書 』1 條45・ 『 九 州春 秋 』1條46が 墨 げ られ る。
〔 表1〕 を見 る と,巻 七 につ い て も巻 六 同様,各 傳 にお け る典 擦 と思 わ れ る 史 籍 が 比 較 的 多 い こ とが わ か る。 また,こ れ も巻 六 同様,『 三 國志 』 巻 七 装 注 所 引 史籍 と して 『 魏 略 』 が 全 く登 場 しな い こ とな どか ら,巻 七 で も 『 魏 略 』 は 典 擦 とな っで い な か っ た可 能 性 が 考 え られ る。
巻 七 に 關す る上 記 の 史 籍 の うち,『 英 雄 記』 は王 沈 『 魏 書』,も し くは 魚 察
『 典 略』 に とって も先 行 史籍 で あ る こ とか ら,『 魏 書 』・『 典略 』 に同様 の記 事 が あ った可 能 性 が 高 い。
『 三 國志 』 巻 七 装 注 で は王 沈 『 魏 書 』 も全 く引 用 され て い ない 。 しか し,王 沈 『 魏 書 』 侠 文 か ら判 断 す る と董 卓 傳 や衰 紹 傳 ・劉 虞 傳 が あ っ た と考 え られ る47こ と を踏 ま え る と,『 魏 書』 に呂 布 傳 や 減 洪 傳 が 無 か っ た こ とが 考 え に く
く,ま た本 紀 で の そ の重 要 性 を も考慮 す る と,や は り王 沈 『 魏 書 』 が 主 な典 擦 とな った と思 わ れ る。
以 上 の よ う な こ とか ら考 え る と,巻 七 の 主 な典 擦 と して は王 沈 『 魏 書 』・魚
『 三 國志』 魏書 の典 振 につ い て(巻 一 〜巻十)(245) 秦 『 典 略 』 が基 げ られ る。
巻 八 二 公 孫 陶 四 張 傳 に つ い て,公 孫 遭 傳 で は 『 典 略』2條48・ 『 英 雄 記 』4 條49が 典 擦 と見 る こ とが で き,典 擦 で あ っ た可 能 性 が あ る もの と して 『 九 州 春 秋 』2條50・ 『 呉 書 』1條51・ 『 魏 書 』1條52・ 『 獣 帝 春 秋 』1條53が 墾 げ られ る。
陶 謙傳 につ い て は典 擦 で あ っ た可 能 性 が あ る もの と して 『 呉 書 』2條54・ 謝 承 『 後 漢書 』1條55を 墨 げ る こ とが で きる。
張 楊 傳 につ い て は典 撮 で あ っ た可 能 性 が あ る もの と して 『 鑑 帝 紀 』1條56が 墨 げ られ る。
公 孫 度 傳(公 孫 康 傳 ・公 孫 恭 傳 ・公 孫 晃 傳 ・公 孫 淵傳)に つ い て は 『 魏 略 』 3條57が 典 擦 で あ っ た と見 る こ とが で き,典 線 で あ った 可 能性 が あ る もの と し て 『 魏書 』1條58・ 『 呉 書』1條=59が 墨 げ られ る。
張 燕 傳 につ い て は 典 振 で あ っ た可 能 性 が あ る もの と して 『 九 州 春 秋 』1條60 を基 げ る こ とが で きる。
張 魯 傳 につ い て は典 擦 で あ った可 能性 が あ る もの と して 『 典 略』1條61を 墾 げ る こ とが で きる。
張繍 傳 につ い て斐 注 か らは典 檬 と判 断 で きる もの は存 在 しない 。 しか し,典 擦 と な った 史 書 と して王 沈 『 魏 書 』 や魚 秦 『 魏 略』62を 考 え る のが 自然 で は な いか と思 われ る。
〔 表1〕 を見 る と,巻 八 の公 孫 贋 傳 ・公 孫 度(公 孫 康 ・公 孫 恭 ・公 孫 晃 ・公 孫 淵)傳 につ い て は典 擦 と思 われ る史籍 が比 較 的多 い こ とが わ か る。 巻 八 に關 す る上 記 の 史 籍 の う ち,『 英 雄 記』・『 餓 帝 紀 』 は王 沈 『 魏 書 』,も し くは魚 秦
『 典 略 』・『 魏 略』 に と っ て も先 行 史 籍 で あ る こ とか ら,『 魏 書 』・『 典 略』・『 魏 略 』 に同様 の記 事 が あ っ た可 能性 が 高 い 。
以 上 の よ うな こ とか ら考 え る と,巻 八 の 中 心 的 な典 撮 と して は や は り王 沈
『 魏 書 』・魚 秦 『 典 略』 が 基 げ られ,公 孫 度 傳 ・公 孫 康 傳 ・公 孫 恭 傳 ・公 孫 晃
傳 ・公 孫 淵 傳 ・張 繍 傳 につ い て は 『 典 略』 で は な く 『 魏 略』,陶 謙 傳 に つ い て
は 『 呉 書』63が 基 げ られ る。
巻 九 諸 夏 侯 曹傳 につ い て,夏 侯 惇 傳 で は 『 魏 書』1條64が 典 擦 で あ っ た と見 る こ とが で き,典 擦 で あ っ た可 能性 が あ る もの と して 『 魏 略』2條65を 基 げ る
こ とが で きる。
夏 侯 淵 傳 に つ い て は典 擦 で あ っ た可 能性 が あ る もの と して 『 魏 略』1條66を 基 げ る こ とが で きる。
曹仁 傳 につ い て は,曹 純 傳 にあ た る部 分 で典 振 で あ っ た可 能 性 が あ る もの と して 『 英 雄 記』1條67を 墨 げ る こ とが で きる。
曹 洪傳 ・曹休 傳 につ い て は斐 注 か ら典 擦 と判 断 で きる もの は存 在 しな い。 し か し,注 に引用 され た 文章 と注 が つ い た本 文 との前 後 關係 か ら王 沈 『 魏 書』 の 可 能性 が 高 い と思 わ れ る。
曹 眞 傳(曹 爽傳 ・何嬰傳)に つ い て は 『 魏 書 』1條68が 典 擦 で あ った と見 る こ とが で き,典 糠 で あ った 可 能性 が あ る もの と して曹 爽 傳 にお け る 『 魏 末 傳』1 條69を 墨 げ る こ とが で きる。
夏 侯 尚傳 につ い て は,夏 侯 玄 傳 にあ た る部 分 で典 擦 で あ った可 能 性 が あ る も の と して 『 魏 書』1條70・ 『 魏 略』1條71を 墨 げ る こ とが で きる。
〔 表1〕 を見 る と,『 三 國志 』 巻 九 斐 注 所 引 史 籍 と して 『 典 略』 が 全 く登 場 し ない こ とな どか ら,巻 九 で は 『 典 略 』 は典 擦 とな っ て い なか っ た可 能 性 が あ る。
上 記 の 内容 や 〔 表1〕 を見 る と,巻 九 に つ い て は典 擦 と思 わ れ る史 籍 が 少 な くな って お り,王 沈 『 魏 書 』・魚 秦 『 魏 略』 が 主 た る典 擦 で あ る こ とは一 見 し た だ けで わか る。巻 九 に關 す る上 記 の史 籍 の うち,『 英 雄 記 』 は王 沈 『 魏 書 』,
も し くは魚 秦 『 魏 略 』 に とっ て も先 行 史 籍 で あ る こ とか ら,『 魏 書 』・『 魏 略』
に同様 の記 事 が あ った可 能性 が高 い。
以 上 の よ う な こ とか ら考 え る と,巻 九 の 主 た る典 擦 と して は王 沈 『 魏 書』・
魚 祭 『 魏 略』 が墨 げ られ る。
‑¥十 筍 或 筍 仮 頁 詞 傳 に つ い て
,筍 或 傳(筍 憧 傳 ・筍 戯 傳 ・筍 翼 傳)で は,
『 筍 或 別 傳 』2條72・ 『 典 略 』1條73が 典 擦 で あ っ た と考 え る こ とが で き,典 擦
『 三 國志』魏 書 の典 擦 につ い て(巻 一 〜巻 十)(247) で あ っ た 可 能 性 が あ る も の と し て 『 三 輔 決 録 』 注1條74・ 『 曹 瞳 傳 』1條75を 墨
げ る こ とが で き る 。
筍 仮 傳 に つ い て は,『 魏 書 』1條76・ 『 漢 末 名 士 録 』1條77が 典 擦 で あ っ た と 考 え る こ とが で き る。
頁 調 傳 に つ い て は 『 獣 帝 紀 』2條78・ 『 魏 書 』1條79が 典 撮 で あ っ た と考 え る こ とが で き,典 擦 で あ っ た 可 能 性 が あ る も の と して 『 典 略 』1條80を 墨 げ る こ とが で き る 。
上 記 の 内 容 や 〔 表1〕 を 見 る と,巻 十 に つ い て は 巻 九 と 同 様,典 擦 と思 わ れ る 史 籍 が 少 な く な っ て い る 。 巻 十 に 關 す る 上 記 の 史 籍 の う ち,『 献 帝 紀 』 ・『H 或 別 傳 』 は 王 沈 『 魏 書 』,も し くは 魚 秦 『 典 略 』 ・『 魏 略 』 に と っ て も先 行 史 籍 で あ っ た と考 え ら れ る こ とか ら,『 魏 書 』 ・『 典 略 』 ・『 魏 略 』 に 同 様 の 記 事 が あ
っ た 可 能 性 が 高 い 。
以 上 の よ う な こ とか ら考 え る と,巻 十 の 主 た る典 撮 と して は や は り王 沈 『 魏 書 』 ・魚 祭 『 典 略 』 ・『 魏 略 』 が 墾 げ られ る 。
お わ りに
以 上 の 内 容 を ま とめ る と,次 の よ う に な る 。
◎斐松之注所引史籍侠 文 か ら推測可能 な陳壽 『 三國志』 の典擦
(書名は裟注所引のもの)
『三 國志』 巻 一 武 帝 紀
『三 國志 』 巻 二 文 帝 紀
『三 國志 』 巻 三 明 帝 紀
『 三 國志 』..四 齊 王 紀 高貴 郷 公 紀
… … 『 魏 書 』 ・『 魏 略 』 ・『 曹9繭 傳 』 ・『i魏 武 故 事 』・『 獣 帝 傳 』・「褒 賞 令 」
… … 『 魏 書 』 ・ 『典 論 』
・ … ・ ・ 『i魏 書 』 ・ 『i魏略 』
… … 『 魏 書 』 ・ 『魏 略 』
… … 『 魏 書 』 ・ 『魏 略 』
・『 魏 略 』?
陳 留 王 紀 … … 『 魏 書 』?
『 三 國 志 』 巻 五 武 宣1̀皇 后 傳 … … 『i魏 略 』 ・『 魏 書 』 文 昭 甑 皇 后 傳 … … 『 魏 略 』 ・『 魏 書 』 文 徳 郭 皇 后 傳 … … 『 魏 略 』?・ 『 魏 書 』?
明 悼 毛 皇 后 傳 … … 『 魏 略 』?・ 『 魏 書 』?
明 元 郭 皇 后 傳 … … 『 魏 書 』?
『三 國 志 』 巻 六 董 卓(李 催 ・郭氾)傳
… … 『 獣 帝 起 居 注 』・『 獣 帝 紀 』 ・『 英 雄 記 』 ・
『 典 略 』・『 魏 書 』・『 露 帝 紀 』・『 九 州 春 秋 』?
衰 紹(衰 謳 ・衰 尚)傳
… … 『 英 雄 記 』・ 『 典 論 』 ・謝 承 『 後 漢 書 』 ・
『 献 帝 春 秋 』 ・『 九 州 春 秋 』?・ 『 魏 書 』?・
『 典 略 』?
衰 術 傳 … … 『 呉 書 』・『 献 帝 春 秋 』・『 魏 書 』?・ 『 典 略 』?
劉 表 傳 … … 『 戦 略 』・『 英 雄 記 』・『 傅 子 』・『 零 陵 先 賢 傳 』・『 先 賢 行 状 』?・ 『 魏 書 』?・ 『 典 略 』?
『 三 國 志 』 巻 七 呂 布(張 遡 ・陳登)傳
… … 『 英 雄 記 』 ・『 典 略 』 ・『 先 賢 行 状 』?・ 『 九 州 春 秋 』?・ 『 魏 書 』?
減洪傳
『 三 國志 』..八 公 孫 贋傳
陶謙傳 張楊傳
… … 謝 承 『 後 漢 書 』?・ 『 九 州 春 秋 』?・ 『 魏 書 』?・ 『 典 略 』?
… … 『 典 略 』 ・『 英 雄 記 』・『 九 州 春 秋 』?・ 『 呉 書 』?・ 『 魏 書 』?・ 『 獣 帝 春 秋 』?
… … 『 呉 書 』・謝 承 『 後 漢 書 』 ・『 魏 書 』?・
『 典 略 』?
・ ・ … ・ 『 露 帝 紀 』・『 魏 書 』?・ 『 典 略 』?
公 孫 度(公 孫康 ・公 孫恭 ・公 孫晃 ・公 孫淵)傳
張燕傳 張繍傳
… … 『 魏 略 』 ・ 『 魏 書 』?・ 『呉 書 』?
… … 『九 州 春 秋 』 ・ 『魏 書 』?・ 『
,典略 』?・ 『 魏 略 』?
… … 『 魏 書 』?・ 『魏 略 』?
『 三 國志』 魏 書 の典擦 につ い て(巻 一 〜巻十)(249) 張 魯 傳 … … 『 典 略 』 ・『 魏 書 』?
『 三 國 志 』 巻 九 夏 侯 惇(韓 浩 ・史漢)傳
… … 『 魏 書 』 ・『i魏 略 』?
夏 侯 淵 傳 … … 『 魏 略 』 ・『 魏 書 』?
曹 仁(曹 純)傳 … … 『 英 雄 記 』 ・『 魏 書 』?・ 『 魏 略 』?
曹 洪 傳 … … 『 魏 書 』?・ 『 魏 略 』?
曹 休(曹 肇)傳 … … 『 魏 書 』?・ 『 魏 略 』?
曹 眞(曹 爽 ・何曇)傳
… … 『 魏 書 』 ・『 魏 末 傳 』?・ 『 魏 略 』?
夏 侯 尚(夏 侯 玄)傳
・ ・ … ・ 『 魏 書 』 ・『 魏 略 』
『三 國 志 』 巻 十 筍 或(葡 庫 ・筍戯 ・筍 翼)傳
… … 『 筍 或 別 傳 』・『 典 略 』・『 三 輔 決 録 』注?・
『 曹 哺 傳 』?・ 『 魏 書 』?・ 『 魏 略 』?
荷 仮 傳 … … 『 魏 書 』・『 漢 末 名 士 録 』・『 典 略 』?・ 『 魏 略 』?
p7'」 傳 … … 『 獣 帝 紀 』・『 魏 書 』・『 典 略 』?・ 『 魏 略 』?
以 上 の よ う な こ と か ら,『 魏 志 』 武 帝 紀 ・文 帝 紀 ・明 帝 紀 に つ い て は王 沈
『 魏 書』・魚 秦 『 魏 略 』 に依 擦 して い た こ とや,斐 注 所 引 の文 章 の 中 で実 際 に典 擦 と され た もの は 王 沈 『 魏 書』 の ほ うが 多 い こ と を指 摘 す る こ とが で きる。
『 曹p傳 』・『 魏武 故 事 』・『 典 論 』・『 献 帝 傳 』・「褒 賞 令 」 につ い て は王 沈 『 魏 書 』, も し くは 『 魏 略』 に 同様 の記 事 が あ っ た可 能性 が 高 く,斐 注 所 引史 籍 の 中 で本 紀 の主 な典 擦 とな っ た もの と して は王 沈 『 魏 書』・『 魏 略 』 の二 冊 と特 定 して考
え られ る。
巻 四三 少 帝 紀 の うち,齊 王 紀 ・高 貴郷 公 紀 につ い て は 『 魏 書 』 や 『 魏 略』 を
典 擦 と して い た と考 え られ る。 しか し,高 貴郷 公 紀 につ い て は,齊 王 紀 まで と
は異 な り劇 的 ・小 説 的 描 爲 が 多 く,簡 潔 な記 述 とは言 えな い。 王 沈 『 魏 書』 だ
け で な く他 の書 籍 に依 擦 した部 分 が 多 い た め と思 わ れ るが,陳 壽 『 三 國志 』 高
貴郷 公 紀 本 文 が 『 魏 書 』 とほ ぼ 同 じで あ る可 能 性 も考 え られ る。 陳留 王紀 につ い て も主 な典 擦 は 『 魏 書 』 と思 わ れ るが,陳 壽 の 本 文 自体 が 短 く,ま た 王 沈
『 魏 書 』 の完 成 年 代 と近 い こ とか ら,他 の 書 籍 や公 文 書 を典 擦 と した可 能 性 も 充 分 考 え られ る。
巻 五 后 妃 傳 につ い て もお そ ら く王 沈 『 魏 書』・魚 秦 『 魏 略』 に依 擦 して い た と推 測 され る が,内 容 を比 較 す る と,特 に† 皇后 傳 ・瓢 皇后 傳 につ い て は,引 用 され た王 沈 『 魏 書 』 の内 容 と 『 魏 志 』 本文 とが か な り異 な って い る こ とか ら,
こ こは主 と して魚 察 『 魏 略』 を典 擦 と したの で は ない か と考 え られ る。 た だ し, 明元 郭 皇 后 傳 の 『 魏 略』 完 成 後 の 年代 の 記事 につ い て は 『 魏 書 』 や公 文 書 に依 擦 した部 分 が あ る と思 わ れ る。
巻 六 につ い て は典 擦 と思 われ る史籍 が比 較 的 多 く,特 に董 卓傳 に關 して は非 常 に多 い。 陳 壽 が事 實 を簡 潔 に ま とめ あ げ た とい うこ と,ま た後 漢時 代 に 關 し て は先 行 史 籍 が 豊 富 で あ っ た こ とを示 して い る。 た だ,『 三 國志』 巻 六 斐 注 所 引 史 籍 と して 『 魏 略』 が 全 く登場 せ ず,ま た 『 魏 略』 が曹 魏 時代 を扱 っ た断代 史 と考 え られ る こ とか ら,巻 六 で は 『 魏 略』 は典 擦 とな って い なか っ た可 能 性 が あ る。i六 斐 注 所 引 史 籍 の うち,『 献 帝 起 居 注』・『 献 帝 紀 』・『 英 雄 記』・『 露 帝 紀 』 が 王 沈 『 魏 書 』,も し くは魚 秦 『 典 略 』 に とっ て も先 行 史 籍 で あ る こ と か ら,『 魏 書』・『 典 略 』 に 同様 の 記事 が あ った 可 能 性 が 高 く,や は り王 沈 『 魏 書』・魚 秦 『 典 略』 が主 な典 檬 とな った と思 わ れ る。
巻 七 で も典 嫁 と思 わ れ る史 籍 が 比 較 的多 い こ とが わ か る。 ま た,『 三 國 志』
巻 七 装 注 所 引 史 籍 と して 『 魏 略』 が 全 く登 場 しな い こ とな どか ら,..七 で も
『 魏 略』 は典 擦 とな っ て い なか っ た可 能 性 が あ る。 巻 七 斐 注 所 引 史籍 の うち,
『 英 雄記 』 は王沈 『 魏 書 』,も し くは魚 秦 『 典 略』 に と って も先 行 史 籍 で あ る こ とか ら,『 魏 書 』・『 典 略』 に同様 の記 事 が あ っ た可 能 性 が 高 い 。
『 三 國 志』 巻 七 斐 注 で は王 沈 『 魏 書』 も全 く引用 され て い な い が,王 沈 『 魏 書』 秩 文全 髄 か ら判 断 す る と 『 魏 書 』 に呂布 傳 や減 洪 傳 が 無 か っ た こ とが 考 え に く く,ま た 本 紀 で の そ の 重 要 性 を も考 慮 す る と,や は り王 沈 『 魏 書』・魚 秦
『 典 略』 が 主 な典 擦 とな った と思 わ れ る。
『 三 國志』 魏書 の典擦 につい て(巻 一 〜巻十)(251) 巻 八 の公 孫 贋 傳 ・公 孫 度(公 孫康 ・公孫恭 ・公孫晃 ・公孫淵)傳 につ い て は典 擦 と思 わ れ る史 籍 が比 較 的 多 い。 巻 入 斐 注所 引 史 籍 の うち,『 英 雄 記』・『 露 帝 紀 』 は王 沈 『 魏 書 』,も し くは魚 秦 『 典 略』・『i魏 略』 に と って も先 行 史 籍 で あ る こ とか ら,『 魏 書 』・『 典 略』・『 魏 略』 に 同様 の 記 事 が あ っ た可 能性 が 高 い。
以 上 の よ うな こ とか ら考 え る と,巻 八 の 中心 的 な典 擦 と して はや は り王 沈 『 魏 書 』・魚 秦 『 典 略』・『 魏 略 』 が墨 げ られ,陶 謙 傳 に つ い て は章 昭 『 呉 書』 も加
え る こ とが で きる。
巻 九 につ い て は典 抵 と思 わ れ る史 籍 が少 な くな っ て お り,王 沈 『 魏 書 』・魚 秦 『 魏 略 』 が 主 た る典 擦 で あ る こ とは0見 しただ けで わ か る 。 また,『 三 國志 』 巻 九 斐 注 所 引 史 籍 と して 『 典 略 』 が全 く登 場 しな い こ と な どか ら,巻 九 で は
『 典 略』 は典 擦 とな っ て い なか っ た可 能 性 が あ る。 巻 九 斐 注 所 引 史籍 の うち,
『 英 雄 記』 は王 沈 『 魏 書』,も し くは魚 秦 『 魏 略』 に とって も先 行 史 籍 で あ る こ とか ら,『 魏 書 』・『 魏 略』 に 同様 の記 事 が あ った 可 能 性 が 高 く,巻 九 の 主 た る 典 擦 と して は王 沈 『 魏 書』・魚 秦 『 魏 略 』 が 墨 げ られ る。
巻 十 につ い て は巻 九 と同様,典 擦 と思 わ れ る史籍 が少 な くな って い る。 巻 十 斐 注 所 引 史 籍 の うち,『 献 帝 紀』・『p・ 別 傳 』 は 王 沈 『 魏 書』,も し くは 魚 秦
『 典 略』・『 魏 略 』 に と っ て も先 行 史 籍 で あ っ た と考 え られ る こ とか ら,『 魏 書 』・『 典 略』・『 魏 略 』 に 同様 の記 事 が あ っ た可 能性 が高 く,巻 十 の主 た る典 擦
と して はや は り王 沈 『 魏 書』・魚 秦 『 典 略』・『 魏 略』 が墨 げ られ る。
この よ うに見 る と,『 三 國志 』 斐 注 所 引 史 籍 ・典 籍 の 中 で 主 な典 擦 と して は や は り王 沈 『 魏 書 』・魚 秦 『 典 略』・『 魏 略』 が 墨 げ られ,本 紀 で の重 要 性 か ら 考 え る と基 本 的 に は王 沈 『 魏 書』 を 中心 的典 擦 と した の で は な い か と思 わ れ る。
た だ し,内 容 や 年代 に よって は 『 魏 略』・『 典 略 』 の ほ うが 中心 とな っ て い る場 合 もあ る。
また,『 魏 志』 の 中 で も傳 に よ っ て典 擦 と思 わ れ る史 籍 が か な り異 な っ てお
り,特 に後 漢 時代 の 人物 につ い て は典 擦 で あ った可 能 性 の あ る史 籍 が 多 い。 お
そ ら くは この 時代 につ い て陳壽 が 著述 す る 頃 まで に多 くの史E3で 取 り上 げ られ
て い た ため,陳 壽 が 典 擦 とすべ き史籍 が多 か った もの と思 わ れ る。
た だ,『 典 略』・『 魏 略』 に 關 して は,後 漢 時代 末 に關 す る記 事 で は重 複 して い る部 分 もあ る と考 え られ る。 上 記 の ま とめ に お い て は大 まか に 考 え て 『 魏 略』・『 典 略』 どち らか一 つ を記 載 して い る場 合 が 多 いが,特 に巻 一,巻 二,巻 五 〜巻 十 につ い て は,細 か な部 分 で は どち ら も典 擦 とされ て い る可 能性 が あ る
こ とを付 記 して お く。
『 三 國志 』 蜀 書 の場 合 には,斐 注 所 引 侠 文 か らは典 擦 を特 定 す る こ とが 難 し か っ た81が,『 魏 志 』 巻 一 〜 巻 十 につ い て は そ の よ う な部 分 は少 な か っ た。 た だ し,巻 四 高 貴 郷 公 紀 ・陳 留 王 紀 や 巻 五 明 元 郭 皇 后 傳 につ い て は,王 沈 『 魏 書』 以外 の 史籍 を典 擦 と して想 定 す る こ とが 難 し く,公 文書 な どの原 史料 を参 考 と した の で は な い か と思 わ れ る。
今 回 は 『三 國志 』 斐 注 か ら 『 魏 志』 の典 擦 を特 定 し よ う と した わ け だが,紙 幅 の都 合 か ら巻 十 まで とな っ た。 巻 十〇 以 降 は稿 を改 め て述 べ る こ と と した い。
ま た,『 三 國 志』 斐 注 に引用 され た史 籍 の 斐 注 以 外 の侠 文,そ して斐 注 に 引用 され て い な い史 籍 の供 文 を類 書 等 か ら収 集 ・精査 す る こ とで 『 魏 志 』 の典 擦 を さ らに明 らか に して い くこ と を今 後 の課 題 と した い と考 えて い る。
‑⊥ウ自
9 σ 4 5 ρ U 7 σ 0 0
拙 稿 「王 沈 『 魏 書 』 研 究 」(『 創 価 大 學 大 學 院 紀 要 』 第 二 十 集1999年)
該 當 す る 『 魏 書 』 の 記 載 さ れ て い る 中 華 書 局 版 『 三 國 志 』(以 下 『 志 』)と 『 三 國 志 集 解 』(以 下 『集 解 』)の 頁 数 を 記 す(以 下,他 書 も 同 様)。
『 志 』4頁 ・ 『集 解 』13b〜14a,『 志 』4頁 ・ 『 集 解 』14a,『 志 』4〜5頁 ・ 『集 解 』15a〜b,『 志 』8頁 ・ 『 集 解 』23b,『 志 』8頁 ・ 『 集 解 』24a,『 志 』8 頁 ・ 『 集 解 』24b,『 志 』9頁 ・ 『 集 解 』25a‑一 一b,『 志 』12〜13頁 ・ 『三 國 志 集 解 』 32a‑一 一b,『 志 』14頁 ・ 『集 解 』36b〜37a,『 志 』15頁 ・ 『 集 解 』38a,『 志 』26 頁 ・ 『 集 解 』60a‑一 一b,『 志 』27頁 ・ 『 集 解 』61a,『 志 』29頁 ・『集 解 』65a〜b,
『 志 』36頁 ・ 『 集 解 』84a,『 志 』36頁 ・ 『集 解 』85a,『 志 』46頁 ・ 『 集 解 』112b,
『 志 』49頁 ・ 『集 解 』117b
『 志 』2頁 ・ 『 集 解 』9a,『 志 』21〜22頁 ・ 『集 解 』49b‑一 一50b
『志 』32〜34頁 ・ 『集 解 』78h〜81b,『 志 』50頁 ・ 『集 解 』120a
『 志 』48頁 ・ 『集 解 』115a〜116b
『 志 』41〜42頁 ・ 『 集 解 』99b‑‑100a
『 志 』23頁 ・ 『集 解 』53a‑一 一b
『 志 』4頁 ・ 『集 解 』14b〜15a
『 三 國志』 魏 書 の典 擦 につ い て(巻 一 〜巻十)(253) 9
01⊥n∠‑⊥コ←可⊥ りQ4﹁0盆U7σ0◎1111⊥‑←1⊥
Q ︾ 0
1⊥9自 ‑←9臼9々9ρ3 4 5 6 7 8 9 0 1 2 3 4 5 6 7 8 2 2 2 2 2 2 2 3 3 3 3 3 3 3 3 3
『 志 』58頁 ・ 『 集 解 』5a,『 志 』59頁 ・ 『集 解 』6a,『 志 』59頁 ・『集 解 』6a,
『 志 』59頁 ・ 『 集 解 』7a〜b,『 志 』59頁 ・『集 解 』7b〜8a,『 志 』61頁 ・ 『集 解 』11a,『 志 』77頁 ・ 『 集 解 』42b‑一 一43a,『 志 』78頁 ・ 『 集 解 』47a‑一 一b,『 志 』 82‑一一3頁 ・ 『 集 解 』57a‑一 一b,『 志 』83頁 ・ 『 集 解 』58b
『 志 』89〜90頁 ・『三 國 志 集 解 』71a〜74a
『 志 』93頁 ・ 『集 解 』6a〜7b,『 志 』94頁 ・ 『 集 解 』8a
『 志 』99頁 ・ 『集 解 』21a〜b,『 志 』108頁 ・ 『 集 解 』40b,『 志 』110頁 ・ 『 集 解 』 46b‑一 一47a
本 田 濟 「陳 壽 の 三 國 志 に つ い て 」(『 東 方 學 』231962年)
『 志 』156〜157頁 ・ 『 集 解 』4a〜b
『 志 』160頁 ・ 『 集 解 』11a
『 志 』162頁 ・ 『 集 解 』13b‑一 一14a
劉 知 機i〔 撰 〕 浦 起 龍 〔 繹 〕 『史 通 通 繹 』(四 部 備 要 版 台 湾 中 華 書 局1965年)
「解 説 一 斐 注 引 用 史 書 に つ い て 」 よ り
(今 鷹 眞 ・小 南 一 郎 〔 訳 〕 『正 史 三 国 志4』498〜499頁 筑 摩 書 房1993年) 津 田 資 久 「『 魏 略 』 の 基 礎 的 研 究 」(『 史 朋 』311998年)
『 志 』175頁 ・ 『 集 解 』8a〜9a,『 志 』183‑‑184頁 ・ 『集 解 』26b〜28a,『 志 』 184〜185頁 ・ 『 集 解 』28b‑一 一29b
『 志 』174‑一 一175頁 ・ 『 集 解 』7b〜8a,『 志 』186〜187頁 ・ 『 集 解 』32a
『 志 』175頁 ・ 『 集 解 』ga〜b,『 志 』178頁 ・ 『 集 解 』15a,『 志 』179‑一 一180頁 ・
『 集 解 』18b〜19a
『 志 』183頁 ・ 『 集 解 』26a‑一 一b
『 志 』178頁 ・ 『 集 解 』14b,『 志 』179頁 ・ 『 集 解 』17a,『 志 』187頁 ・『集 解 』33a
『 志 』172頁 ・ 『 集 解 』3b〜4a
『 志 』183頁 ・ 『 集 解 』25b‑一 一26a
『 志 』191頁 ・ 『 集 解 』40b
『 志 』203頁 ・ 『 集 解 』62a
『 志 』193頁 ・ 『 集 解 』43b‑一 一44b
『 志 』195頁 ・ 『 集 解 』49a
『 志 』195〜196頁 ・ 『 集 解 』51a‑一 一b
『 志 』208頁 ・ 『 集 解 』72b〜73a
『 志 』208〜209頁 『 集 解 』74b
『 志 』210頁 ・ 『 集 解 』76a
『 志 』211‑一 一212頁 ・ 『 集 解 』80b〜82a
『 志 』212頁 ・ 『 集 解 』83b〜84a
『 志 』213頁 ・ 『 集 解 』85a‑一 一b,『 志 』215頁 ・ 『 集 解 』8ga〜b
『 志 』216頁 ・ 『 集 解 』90a‑一 一b
0ゾ01⊥つσ4エ∠4
2 3 4 5 6 7 8 9 4 4 4 4 4 4 4 4 0 1 2 3 4 5 6 7 5 5 5 5 5 5 5 5
OOQゾAU‑←9臼戻﹂︻﹂ハ0だ0£U63
4占に︾67﹁n6Q︾0益Uρ0ハ0ρ0ρ0ρ07̀
「 志 』215頁 ・ 『 集 解 』89b 津 田 資 久 前 掲 論 文
『志 』221頁 ・ 『 集 解 』3b〜4a,『 志 』223頁 ・ 『集 解 』6b,『 志 』223〜224 頁 ・ 『集 解 』7a〜8a
『志 』229頁 ・ 『 集 解 』15a〜b
『 志 』230‑一 一231頁 ・ 『集 解 』16a〜18a
『 志 』226頁 ・ 『集 解 』10b‑一 一11b
『 志 』231頁 ・『集 解 』18b‑一 一19a
『志 』232頁 ・ 『 集 解 』21b 拙 稿 「王 沈 『 魏 書 』 研 究 」
『 志 』240頁 ・ 『集 解 』1b,『 志 』246〜247頁 ・ 『集 解 』15b
『 志 』244〜245頁 ・ 『集 解 』11a,『 志 』245頁 ・ 『 集 解 』12a‑一 一b,『 志 』245頁 ・
『 集 解 』12b,『 志 』247頁 ・ 『 集 解 』16a
『 志 』240頁 ・ 『集 解 』3a,『 志 』241頁 ・『集 解 』6a〜b
『 志 』241‑一 一242頁 ・ 『 集 解 』6a‑一 一b
『 志 』241頁 ・ 『集 解 』4a〜b
『志 』247頁 ・ 『 集 解 』15b
『志 』248‑一 一249頁 ・ 『集 解 』1ga〜b,『 志 』249〜50頁 ・『集 解 』21b‑一 一22b
『志 』249頁 ・ 『 集 解 』20b‑一 一21a
『 志 』251頁 ・ 『集 解 』24a
『 志 』255‑一 一256頁 ・ 『 集 解 』29a〜30a,『 志 』256‑一 一257頁 ・ 『 集 解 』30b‑一 一32a,
『 志 』261頁 ・ 『集 解 』38b
『 志 』258‑一 一260頁 ・ 『 集 解 』33b〜36b
『 志 』254‑一 一255頁 ・ 『 集 解 』28b〜29a
『 志 』261〜262頁 ・ 『集 解 』39b‑一 一40a
『 志 』264頁 ・ 『集 解 』44b‑一 一45a
津 田 資 久 前 掲 論 文 で は 『 魏 略 』 張 繍 傳 の 存 在 が 想 定 さ れ て お り,『 典 略 』 に は 記 載 が 少 な か っ た と 思 わ れ る 。
津 田 資 久 前 掲 論 文 で は 陶 謙 傳 が 『i魏 略 』 ・『典 略 』 と も に 想 定 さ れ て い な い こ と か ら,『 魏 書 』 以 外 の 主 た る 典 擦 と し て 『 呉 書 』 を 想 定 し て お く 。
『 志 』269‑一 一70頁 ・ 『集 解 』5a〜b
『 志 』268頁 ・ 『 集 解 』2b,『 志 』269頁 ・ 『集 解 』4a〜b
『志 』272〜273頁 ・ 『集 解 』10a〜b
『 志 』277頁 ・ 「 集 解 』16a
『 志 』281頁 ・ 「 集 解 』24a
『 志 』285〜286頁 ・ 『集 解 』32b‑一 一33b
『 志 』302頁 ・ 『 集 解 』59a
1 2 3 4 5 6 7 8 9 0 1 7 7 7 7 7 7 7 7 7 8 8
『 三 國志』 魏 書 の典擦 につい て(巻 一 〜巻十)(255)
『 志 』303頁 ・ 『 集 解 』60a〜61a
『 志 』315頁 ・ 『 集 解 』16a〜17a,『 志 』317‑一 一318頁 ・『集 解 』21a‑一 一b
『 志 』311頁 ・ 『 集 解 』8b
『 志 』312頁 ・ 『 集 解 』12b〜13a
『 志 』310頁 ・ 『 集 解 』7a
『 志 』324頁 ・ 『 集 解 』32a
『 志 』322頁 ・ 『 集 解 』28a‑一 一29a
『 志 』328頁 ・ 『 集 解 』36b,『 志 』328頁 ・ 『 集 解 』37a
『 志 』328頁 ・ 『 集 解 』36b
『 志 』311頁 ・ 『 集 解 』37b
拙 稿 「『三 國 志 』 蜀 書 の 典 擦 に つ い て 」
(『創 価 大 學 大 學 院 紀 要 』 第 二 十 三 集2002年)
〔 表1〕 『 魏 志』(巻 一 〜巻 十)に お け る斐松 之 注所 引 史籍 につ い て (凡例)
1文 字 藪 は 中華 書局 版 『 三 國志 』 の 文 章 か ら句 讃 鮎,「 ○ ○ 日」 な どの書 名 や 「臣松 之按(以 爲)」 な どをすべ て取 り去 った もの でXえ てい る。
2史 籍 の 配列 は斐 松 之注 にお け る文字Xの 多い順 番 と した。 同敷 の もの は條Xの 多 い ものの順 と して あ る。
3「 陳壽 参照 」 で は陳壽 が 『 三 國志』 を著す 際 に典 擦 と した と考 え られ る もの に 「※」
を附 してい る。
4「 陳壽 参 照條 藪」 は 「陳壽 参 照 」 で 「※」 が 附 され た史 籍 の 中 で 陳壽 が 『 三 國志』
を著 す際 に典 擦 と したで あ ろ う ものの條 歎 を示 してい る。
5異 な った書 名 で引 用 され て い るが 同一 史籍 で あ る場合 は,備 考欄 に別名 と條 藪 を附 し,條 藪 にはそ の敷 を加算 してあ る。
6斐 松 之 自注 に引 用 され てい る史 籍 につい て は,個 々の史 籍 の條敷 ・文字 敷 に加 算 し, 備 考欄 に斐松 之 自注所 引條 数 ・文字 敷 を示 してあ る。
書名1陳 壽参剰 條釧 文字i陳 壽典擦條釧 備考
巻一武帝紀
『 魏 書』 ※ 41 4394 17
『 曹購傳 』 ※ 16 1662 2
『 魏 武 故事』 ※ 3 1175 2
斐松之 『 三國志』注 16 773
『 獄 帝傳 』 ※ 1 ss1 1
『 魏 略』 ※ 4 572 1
『 魏 晋 世語』 13 514
『 献 帝起居 注』
,.5 45fi 0
『 績 漢書 』 5 438
『 九州 春秋 』 ※? 3 415 o(1>
『 英 雄記』(『 漢 末英雄 記』) X 5 290 0
『 三輔 決録 』 注 ※? 1 269 0
『 逸 士傳 』 z 256
『 漢魏 春秋 』 1 236
『 漢 紀』(張旙 『 後 漢紀』) 3 228
『 獣帝 春秋 』 ※? 5 203 0
『 異 同雑語 』 4 192 『 雑 記11條 『 異 同評 』2條
「 褒賞令」載曹公祀文 ※ 1 173 1
『 魏氏 春秋 』 4 161
『 四膿 書 勢』 序 2 153
『 山陽公 載記 』 ※? 2 149 0
孫盛 日〜 3 143
『 三 國志』 魏書 の典 擦 につ い て(巻 一 〜巻 十)(257)
『 傅子 』 ※? 3 130 0
『 博 物志 』 1 XO2
「 五 言 詩」 1 100
『 典 略』 ※ 1 98 0
『尚書』(鄭 玄 注) 5 81
『 先賢行 状』 ※? 1 79 0
『 江表傳 』 1 74
『 後 漢書 』(謝 承) ※? 1 54 0
『 呉書 』 ※ 1 48 0
『 張超 集』 ※ 1 44 0
『 漢奮 春秋』 1 44
『 春秋公羊傳』 1 29
『 春秋左氏傳』 1 22
『 國語』(章 昭 注) 1 21
『 典 論』 ※ 1 17 0
『 献 帝紀 』 ※ 1 6 0
『 璽帝紀 』 ※ 1 5 0
『 家誠 』(王 艇) ※ 1 4 0
『 三 蒼 』 1 3
巻二文帝紀
『 献 帝傳 』 ※ 2 8772 0
『i魏 書 』 ※ 25 2042 10
『 文帝諌 』 ※ 1 X225 0
『 典 論』 ※ 1 931. 1
『 魏 略』 ※ 7 857 0
孫盛 日〜 4 654
『 漢紀』(衰宏 『 後漢 紀』) 2 296
装松之 『 三國志』注 8 216
『 績漢 書』 1 139
『 捜聯記 』 1 124
『 管 子』 1 94
『 獄帝起居注』 ※ 1 43 0
『 魏氏 春秋 』 2 37
『 博 物志 』 1 27
『 呂氏 春秋』 1 2s
『 呉 歴』 ※? 1 23 0
『 漢書』 注 2 18
『 大墓賦 』 1 12
『百0詩 』 ※ 1 10 0
『 漢書』II117il 巻三明帝紀
『 魏略』 ※ 12 2961 2
『 献 帝傳』 ※ 2 1045 0
『 魏書』 ※ 11 9s4 3
『 漢 晋春 秋』 4 547
『 三國志』斐松之注 5 368
『 魏 氏春 秋』 4 337
『 魏 名 臣奏』 ※ 1 249 Q
「 捜 紳記』 1 195
孫盛 日 〜 3 179
『 三輔 決録』 注 ※? 1 173 0
『 晋紀』 2 145
『 魏晋世語1 4 ユ21
魚 秦 日〜 ※ 1 98 0
『 傅 子』 ※ 1 68 0
『 魏 末傳』 ※? 1 58 0
『 啓 蒙』注 1 54
『 博 物 志』 1 52
『 志記』 ※ 1 8 0
巻四齊王紀
『 魏 書』 X 2 1253 0
『 漢 晋春秋 』 4 899
『 魏 略』 ※ 2 579 0
『 三國志』斐松之注 6 448
『 晋紀』 1 211
『 漢魏 春 秋』 1 196
『 魏 氏春 秋』 3 174
『 捜繭 記』 1 154
習 一̀.r,日 〜
1 118
『 魏 暦世語 』 1 109
『 柿異 経』 1 84
『 異物 志』 ユ 73
『 傅 子』 ※ 1 sl 0
『 魏 世 譜 』 2 40
高貴郷公紀
『 魏 氏春秋 』 5 120s
『 漢晋 春秋 』 4 470
『 三國志』斐松之注 6 421
『 三國志 』魏 書 の典 擦 につい て(巻 一 〜巻 十)(259)
『 楚國先賢傳』 1 215
『 高貴郷公集』 ※? 1 201 0
『 魏名 臣奏 』 ※ 1 lgs 0
『 魏晋 世語 』 4 133
『 吾諸公 賛』 2 111
『 魏末 傳』 ※? 1 73 0
『 明堂 論』 1 39
『 吾 紀』 1 36
『 禮記』 注 2 27
陳留王紀
『 漢晋 春秋』 1 141
孫盛 日〜 1 21
『 魏 世譜 』 1 20
巻五†皇后傳
『 魏 略』 ※ 4 547 1
『 魏 書』 ※ 4 344 0
『 三國志』斐松之注 1 47
瓢皇后傳
『 魏 書』 ※ 4 1079 1
『 晋諸公 賛』 1 296
『 魏 略』 ※ 2 185 1
孫盛 日〜 1 99
『 三國志』斐松之注 1 97
『 魏吾 世語』 1 60
済