論文審査の結果の要旨
氏名:江 藤 忠 洋
専攻分野の名称:博士(薬学)
論文題名:天然物からの抗炎症物質およびがん薬剤耐性克服物質の探索 審査委員:(主 査) 教授 安 川 憲
(副 査) 教授 飯 島 洋 教授 北 中 進 教授 鈴 木 孝
本研究は,NO 産生抑制を指標とした抗炎症物質の探索とその作用機序の解明および薬剤耐性がん細胞 に対する耐性克服効果を有する化合物の探索を目的として行われている。以下にその概要を述べる。
〈NO産生抑制を指標とした抗炎症物質の探索研究〉
自然免疫に必須とされるtoll-like receptor (TLR)は病原体に特異的な構成成分を認識し,炎症に関わる遺 伝子発現を誘導する。TLRを介する免疫応答は,種々の免疫疾患(慢性炎症性腸疾患,全身性エリテマト ーデス等)の発症にも深く関与していると考えられており,このような免疫系疾患を克服するためにはTLR シグナルの制御が重要である。本研究では,その産生にTLRの刺激によるnuclear factor-κB (NF-κB)経 路のシグナル伝達による一酸化窒素(NO)に着目し,マウスマクロファージ様細胞を用い,微生物および 植物の二次代謝産物から lipopolysaccharide(LPS)刺激によるNO産生抑制を指標とした新たな抗炎症 物質の探索を行った。
1. 微生物二次代謝産物からのNO産生抑制物質の探索
スクリーニング系においては,マウスマクロファージ様細胞株であるRAW264.7細胞を用いた。糸状菌 培養画分存在下で3 時間前処理し,LPSを添加して20時間の培養後,培養液中のNO濃度はGriess法を 用いて測定した。糸状菌の 205培養画分でスクリーニングを行った結果,Penicillium 属であるIMU-0035 に最も強い NO産生の抑制を見出した。本菌株を25 日間静置培養し,酢酸エチルで抽出後,得られた抽 出画分をシリカゲルカラムクロマトグラフィー,ODS分取 HPLC により 3 つの活性成分berkeleyacetal A,B,Cを単離同定した。
2. Berkeleyacetal C(BAC)の作用メカニズム解析
活性の強かったberkeleyacetal C (BAC) について,RAW264.7細胞を用いLPSおよびpeptidoglycan (PGN) 刺激に対するBACのNO,prostaglandin (PG)-E2およびtumor necrosis factor (TNF)-α産生,
inducible NO synthase (iNOS)およびcyclooxygenase (COX)-2発現に対する効果を検討した。NO産生に おいてはGriess法,PGE2,TNF-α産生においてはELISA法,iNOS,COX-2発現に関してはWestern blot 法を用いて行った結果,BAC はこれらすべての因子を濃度依存的に抑制した。この結果は,BAC の作用 標的分子が TLR シグナル伝達経路に存在することを示唆している。また,TLR シグナル伝達における MyD88依存的経路に存在するシグナル伝達物質へのBACの効果をWestern blot法を用いて検討した。そ の結果,1. 転写因子であるNF-κBの核移行の抑制,2. IκB-αのdegradationおよびIkk-α/β,TAK1のリ ン酸化およびAkt,JNK,p38MAPK,p44/42MAPKのリン酸化の抑制,3. シグナル伝達の上流に存在す るIRAK-1のdegradationの抑制が認められた。さらに,BACは濃度依存的にIRAK-4のkinase activity を抑制していていたことから,BACの作用標的分子はIRAK-4であることが示唆された。一方,LPSによ るTLR刺激におけるシグナル伝達においてIRAK-4を必要としない経路であるMyD88非依存的経路に存 在する核転写因子であるIRF-3の核移行に対して効果は認められなかった。即ち,BACの抗炎症作用にお ける標的分子はIRAK-4であることが明らかとなった。BACは新たな作用機序を持つ抗炎症薬のリード化 合物となる可能性があるものと考えられる。
3. Erythralineの作用メカニズムの解析
植物抽出サンプルにおけるスクリーニングにおいて関節リウマチや肝炎治療に用いられるブラジル産生 薬であるErythrina crista-galliより得られたerythraline,erythrinine,hypaphorineの3種の化合物が NO産生抑制効果を示した。そのIC50はそれぞれ8.8, 3.4,および11.2 μg/mLであった。そこでerythraline
を用いて作用メカニズムの解析を行った。その結果,1. erythralineはLPS刺激によるiNOS発現とNO 産生を濃度依存的に抑制,2. TLRシグナル伝達においてLPS刺激によるNF-κBの核移行の阻害,3. IκB-α のdegradationおよびIkk-α/βのリン酸化の抑制が認められた。一方,シグナル伝達経路上でそれら分子の 上流に存在するTAK1のリン酸化およびIRAK-1のdegradationについては抑制作用を示さなかった。こ れに対し, TAK1から下流に存在しIκB-αやIkk-α/βとは異なる経路に存在するJNKおよびp38MAPK のリン酸化についても抑制されていることが示された。これらの結果は,PGN(TLR2)刺激によるシグ ナル伝達においても同様の結果であった。以上の結果からerythralineの標的分子はTAK1であることが 示唆された。
〈天然物からのがん薬剤耐性克服物質の探索〉
がんの治療には抗腫瘍薬が広く適用されており,これによりがん細胞の耐性化が問題となっている。様々 な薬物に対する耐性は,P-糖タンパク質の薬物排出が原因の一つとされている。このP-糖タンパク質に抗 腫瘍薬の代わりに結合し,抗腫瘍薬の耐性がん細胞からの排除を妨げることは薬剤耐性のがんに対して有 用な克服手段であると考えられる。そこで本研究では天然物からのがん薬剤耐性克服作用を持つ化合物の 探索を目的とした。
スクリーニング系にはビンクリスチン(VCR)感受性扁平上皮がん細胞株であるKB/S細胞およびVCR 耐性がん細胞株であるKB/VJ300細胞を用いた。KB/S細胞およびKB/VJ300細胞を播種後,サンプルを 添加して72時間培養し,細胞毒性の有無を確認した。加えてKB/VJ300に関してはサンプルと共にVCR を添加し,その際の細胞生存率を測定した。単独での作用において細胞毒性を示さず,VCRとの併用にお いて細胞毒性がみられたサンプルを薬剤耐性克服物質として評価した。
この方法を用いて天然物よりがん薬剤耐性克服物質の探索を行ったところ,マレーシア産植物成分から 数種のindole alkaloidに効果が認められた。これら化合物は抗がん剤感受性株であるKB/S細胞において,
25 μg/mL添加の条件においても細胞毒性を示さないことが確認された。また,単独での作用においては耐
性株であるKB/VJ300細胞に対しても細胞毒性を示さない事が確認された。その条件下でこれら化合物は VCRとの併用において細胞毒性を示した。単離した化合物のVCR耐性克服におけるIC50は,alstolucine A, B, F, leuconicine A, B, C (0.59, 0.64, 2.61, 2.57, 1.98, 3.86 µg/mL)であった。これら化合物は,薬剤耐性が ん細胞に対する耐性克服作用を持つ薬剤のリード化合物となりうることが示唆された。
本論文は,生理活性天然物研究において優れたものであり,博士(薬学)の学位を授与するに値すると 認められる。
以 上 平成25年5月16日