第36巻第1号
取締役責任の信託的構成(1)
70
ー 7り ∧−・
崎 稜
現代株式会社法構造の状況的理解に.よせる覚書…株式会社
支配の法理論(2)−−−r
目 次
史 的 序 説 (33巻3一写う 喫‖部1アメリカ法
第1章 取締役会の法と現実(34巻3号)
第2章 取締役責任の信託的構成
序 説(1)本章の意図 (2)取締役の受託者性 第1節 英国における取締役の受託者性(本号所収分)
序 説
(1)本章の意図
1)本稿では,経営者責任の法的本質を追求する伏線という意味もこ・めてア メリカ法における取締役の責任を扱う。その理解の便宜上,英国において取締 役が受託者(trustee)であるとの法観念がどのように受けとられてきたか,を 歴史的に.特長づける一蘭を冒頭に.おく。これは後掲のイギ.リス法の部で本格的 に検計すべきものであり,破格な構成でほあるが,精密にみたばあい株式会社 法憩の信託的構成が英国とアメリかで若干重点を異に・することを認識するた
\l) め,この破格さも許されよう。粗放な仮説的私見によれば,判例史の機能的分
(1)この放論が綿密な判例史の機能的分析濫よって論証されねばならないことは,かん じんの英米の論者にさような区別を明示した例が見当らない点からも明白である。しか しこの点は,COrPOIate?ppOrtunityと取締役の「注意・手腕」基準,および≒$peCial facts doctrine≒ これら諸点ないし支配株主の受信義務K.関する両国の判例史検証によ
って証明できる,というのが筆者目下の推測である。Cf\C、A Cooke,後掲番。Gower,
Some Contrasts between B工itish and AmericanCorporation Law,69Harv。LR.
8(1956),p一・1369,pp・1383‖
取締役責イ壬のイ言託的構成(1) ー アズ ーー 71
析としてみれほ,英法は取締役の受託者的地位を会社事業全体に関連し■て.理解 し,米法ほ.それを会社財産に.関連して漫解す−る。この違いほ,具体的効果に・おい て両国異らない「取締役の法意義務」の取扱をめぐって.,ややはっきりする。
この差を歴史的に.追究してこいくと,取締役の地位に関するアングロ・サクソン 法史の裡で,代理人(agent)構成に傾いた普通法的把握と受託者構成に・傾いた 衡平法的把握とが,両国の株式企業制発展の相異に㌧応じて二,比重異なる融合を
とげたことに起因しよう。本稿の構成にこの視角を貫徹する余裕のないのは遺
(2) 憾であるが,この認識,および代理人構成が代理効果発生を説明するためのも
のにすぎないことの憩解が,英米会社法理の信託的構成を分析する一つの鍵と なろう。
それに.次いで,アメリカ法に.おける取締役の責任の全′容を説明する。
本稿所収分は当研究全体に樽別な意味をもつ。というのは,当研究の最終部 の一・章で,わが商法解釈論として:の「取締役責任め体系化」が試みられるけれ ども,私は.その点次のような見通しを抱いている。その際の論証としてアメリ カ法についての検討が有用となるからである。
(3) 2′)周知のように,わが通説の理解によれば,取締役の一・般的忠実義務を宣
言する商法254粂ノ2ほしょせん民法644条(商254】Ⅱ)にいう善管義務のタク トロギィ忙すぎない。それに対し,少数説ほ,昭和25年商法が米法継受に・よっ て新設した商法254粂ノ2の独自的意義を,強調する。ただ,取締役の受託者 的地位に.基く受信義務(ノ岩ゐc£α7・プd〝オブβ5)の存在をせっかく指摘しながら,
これら少数説の大半ほ.,徒らに取締役職務の公器性ないし社会性を強調するだ けに終るか,市民法上の等質的・抽象的善管義務を企業法上の差等的・具体的 内容に修正したものと解するにすぎない。故に,問題の前記南条の関係を具体 的に展開する上で,通説も少数説も異るところなく,論争の実益が存しない0 前記両条の関係なり取締役葺任の体系や,取締役の受託者性について,最も
(2)今後の機会に,この見地から本格的な英国株式会社法発展史を独立して扱おう。
(3)わが学説の詳しい呈示は、わが商法解釈論の箇所で行う。その点の概観としてここ
では,中村一彦「経営者支配の法的研究」(昭35)第6章169頁以下,参照。
解36巻 第1号
→ 72 仙 72
精密な分析を行いかつそ・の成果を具体的展開に.生かしえているのは.,また従
(4)
ってその意味で少数説として−奥に.有意なのは,大阪谷教授のみといえる。特 に.,取締役の善管義務(民644)の内容をbusiness judgement ruleそのもの
(5)
と把握して.,それを受信義務・一・般(商254ノ2一)から識別された分析ほ,高く 評価されねぼならない。他の大半のわが学説は,取締役責任の個別規定の解釈 に当り,取締役責任構造の無体系な理解ぶりを示さざるをえない(例えば,商 社266条各号解釈に.おける無過失責任論の濫用。さらに.,商法266条を離れた商 法254条ノ2の具体的あてほめをめざす構成努力が全く欠けている点)。
5)私は取締役責任の信託的構成に民法644条も含める点で,大阪谷説と異 なる。要するに.,民法644条と商法254条ノ2を取締役責任体系のこ主柱とする
ことは変らないけれども,先の頼放な私見の区別に思えば,大阪谷説の焼成が 米法的であるに射し,私のような考えかたは英法的構成といえる。信託理論に
(¢)
よる株式会社法愚の財産法的構成を志向する私としては,取締役会・会社の全 開係を信託的に.構成しなければならない。
信託−・般の共通標識は信託目的に応じて信託則産を元本保全可能な範囲でな るべく有利に∴運用することであるに対し,株式会社財産礎元本リスクを渚した 最大利潤追求を本質目的とし,その保全は手段確保という副次的な要論軋すぎ
ない。資本活動循環過程の痙で,取締役の本質義務ほ,会社の物的・人的手段 動員に.よる最大利潤追求のため企業リスクを賭することであり(戌644仙普 管義務), そのための手段・機会および追求成果を確保することが,副次義務 である(二商2朗ノ2−一息実義務)。元本リスクを冒さねばならないか逆紅それ を冒してこほならないか,取締役と−・般の受託者とでは正反対である。だからと て,取締役の本質義務をそのための手段的義務から切断することは,忠実義務
(4)大阪谷・株式会社法講座3巻1115頁以下。
(5)特に,同・1119頁以下註6。
(6)株式会社組合契約説に基く社員地位説によりつつ信託法理の活用によりできるだけ
財産法的構成を行う株式会社法理の体系的再構成が,上部構造論,実用法学両次元の社
会科学性・効用性を確保できる途だと信じる。この体系によってのみ,株式企業制の社
会経済的機能解明と裁判規範としての会社法理探究を両立できる。
取締役着任の信託的構成(1)
73 一一・73 −
の手段性を見失うことになり,ひいて−は株式会社法の信託構成の目的性が忘失 されさるであろう。
委任は信託より広い概念であるが,委任の本質ほ「事務処理」を目的とする ことに・あり,「一事務処理」観念には自由裁量ないし目的的行動が内在するか
(7)
ら,会社経営という事務処理はそれに応じた合目的な自由裁鼠を内包する。故 に,business judgement ruleは民法644条の内容として成立できるし,また 取締役の善管義務内容ほそれしかありえない。
4)取締役の対第三者責任(商266ノ8,旧266Ⅱ,前177Ⅱ)をめぐる学説
(8) の混乱は,最近学説史的整理が進み,問題の所在もかなりはっきりしてきた。
しかしこの間題の本質も,歴史的・比較法的爽雑物を整序しきれほ,結局は取 締役資任の体系的把握が不十分だった会社法理論史の−・反映に他ならないので はなかろうか。こ・の問題に・対する私の本格的構成ほなお将来軋留保しなければ ならないが,商法266条ノ3第1項1文も取締役の善管義務内容を間接に.保障 したものと解す−る。その意味で、「悪意叉ノ、重大ナル過失」を対会社関係で要 求しかつ間接損害に限る伝統的多数説の結論ほ是認できる。従来の同条をめぐ る論議が同条の外見的効能(責任追及)に.主眼をおいていたのは,究局的紅は問
(9) 題の根本を逸らすものであり,その点,同条の免責カを強調した不法行為説ほ
正しい契機をひきずりだしたという意味で学説.史的意義があったといえる。旧
(10)
法下の多数説が単なる善管義務を排除したこと,多数説の解釈軋従った同条の
(11)
存在意義が疑問視されること。これらは,同条の本質が取締役の business judgementruleに・基く免責を対第三者関係セも保障したものにすぎない,と いう私見の立場による学説史的再評価を行う場合,よい手がかりとなるであろ
(7)於保「財産管理権論序説」(昭29),211貢以下,参照。
(8)佐藤腐「取締役の第三者紅対する責任」政治経済論叢8巻3号242乱 4号343乱 10巻1号68頁以下。同「いわゆる直接損害紅ついて」同11巻1号97頁以下。龍田節・判 例研免法学論叢66巻3号93京以下。松田「株式会社法の理論」(昭37)第3葦280貢
以下,参照。
(9)松田・前掲285頁以下参照。
(10)松本・続私法論文集459貰。
(11)上柳・民商42巻1号100貰以下。龍田・前掲99貢以下。
第36巻 第1骨 74 一 角仁一
う。要するに,取締役の処置がbusiness judgementとして成立するかぎり,
商法266条の3第l項1文に.よる責任追及が第三者の救済として役立ぬこ.と は,本来当然のことであって∴責任追及でぎるという見地から同条を評価する ことほ本質論としてこほ本末てこん倒であり,歴史的に不法行為論未発達なまた多 数決支配の専横に.抗らう法的手段のなかった段階の,政策論的努力として.評価 できるにすぎない。
(2)取締役の受託者性
1.)社会法ないし団体法と個人法,団体意思と株主権,こうしたドイツ形態 論的概念ほアングロ・サクソン会社法に腰少くとも体系として:存在しない。判 例上で既得権(vested rights)や不可奪の組合契約上の権利が論じられると きでも,取締役会や支配株主の権能を個別的に制約する目的から軋すぎない。
抽象的な価値判断基準やいわタる固有梅論軋相当する理論ほ問題とならない。
おなじみの能力外(ultra vires)論も団体法的な意味をもたず,定款所定目 的で会社(また従って−経営陣)の権利・行為能力が限定されるという観念ほ.,国 家が法人紅制限由特権として■の棒利能力を付与するのだというconcession theoIyに直接還元される。この理.論の効果は,会社機関の会社法的拘束に限
られず,第一・次的に.ほ近代団体−・般の処分権能の問題に他ならない。この理論 ほ,学説史の選論的不十分さもさりながら,今日における実用的無力さが著し
(2)
い。
最後に.,ドイツ法やその系譜を引くわが会社法学と逆に,アメリカ法は管理 機関の権限を対外関係で限定するのでなく,業務執行で限定する。会社が社員 地位上の権利に介入することになる場合,この権利も,定款に別段の規定なき かぎり,取締役会によって行使される。アメリカ法は株主と会社・管理との関 係を,核心において社員地位痙的にでなく財産法的に把握する。株式会社に結
(1)この間題につき米国の文献で最も要を得た説明ほ,E R・Latty,IntrodlItO Bu−
siness Associations,1951New York,pp.99−109.英法についてほ,小町谷,64頁
以下,Gower.pp」78;CSchlink,Die Ultra−Vires−Lehreizz)engiischenprivaト
recht,Beitr.zum auslu.intern.PR.H.10,1935,S。57ff.
取締役責任の信託的構成(1)
75 一−7さ−−
合された財産ほ,管理博がそれを処分するのだが,「衡平法上」(inequity)株 主紅帰属する。ドイツでは,その業績の量的ばう大の放に.却って標語的に単純 化されて,ドイツ団体法理・ゲルマン法ヨ墾の指導的イデカ■ログとしてのみ有名 な,カーット呵フォン・ギ−ルケも実は質的にほ進歩性・反動隆二方向への豊か
($)
な理論的禰芽を包んでいたが,その彼が株式会社に.おける「社団的個人法」≫
k6rperschaftlichesIndividualrecht≪の優れた財産法的性質を認識しそして 縄「財産共同体」>>VermtigenSgenOSSenSChaft<宅たる株式会社の特殊性をし
(4)
ばしば強調していた。だがギー ルケ団体法におけるこの前進的可能性の含意ほ 十分に扱みとられず,ドイツ法は株式会社を社団(VeI・ein)としてまた株主の 権利を社員地位泊勺権利(Mitgliedschaftsrechte)とし{:扱いこなそうと企て:
る。これに反しアメリカ法では,社団的・社員地位権的拘束を犠牲軋するこ.と なく,株主の権利の所有権的実質を分離して把捉することが,可能であった。
この合成の成就を助けたものは,衡平法裁判所が15世紀来不断に発展させた法 制度,その比類ない弾力性において株式会社法理形成が必要となった頃すっか
トラス† (5)
り仕上っていた制度,信託制皮であった。
トラス†
(6)2)「信託」にほ.2ケの区別すべき要素が合一・している。まず,信頼と忠実 紅基く信託設定者(ぷβ抽ダウ対受託者(わ′鎚∫才β♂)の人的関係がある。この信頼 関係(ノ去d〝Cよ■αγ・.γγβJα才去β狸5二)から生じる特殊な義務を衡平法裁判所は.道徳的 義務から法拘束的義務紅高めている。この義務が信託の歴史的基礎を成す。吹
いで信託設定者の信託財産に.対する物的諸権利が後にこれに加わった。この対 第三者効を具えた信託設定者の諸権利が,受託者が信託財産に対して有する
「普通法上の梅原」(Jβg−α/才よ才Jβ:)から区別さるべき「衡平法上の所有権」
(2)Gower,ppり84.小町谷,72頁以下。
(3)わが国において:これを指摘したのは,喜多川卜法協70巻251頁二以下参照。
(4)殊に,0.v。Gierke,・GenossenschaftstheoIje,1887Berlin,S.,240
(5)CfりF.W‖Maitland,TrustandCorporation,in:CollectedPipers,1911,VOl 皿,pp‖ 321〜404,蓮井「信託と法人に関するメ−トランドの見解」広大政経論叢5巻
3・4号303−45貢参照。
(6)以下は,Cf・AustinW。Scott,The Law of T工uStS,5 voIs。2,ed.,Boston
1956,§170,1−25;Restatementofthe Lawof Trusts,§170
帯36金 策1号 76
・一 穴;−−
(7)
(βす〟£ヂα∂Jβ0紺乃♂γ.Sゐ£♪)にまで発展したのだった。受信義務と信託所有はい ずれも独立の意義を有し,かつ合一・しても分離しても出現できる。会社法では 受信義務(.′去ゐcよαrγゐ〜虚β∫)が特に.重要である。
受託者の最高義務ほ信託設定者に対する全き誠実という義務である。信託拘 束的立場で滴動する者ほ.,この立場から何ら個人的利益をひきだしてはならな い。受託者ほ信託財産を自己自身に.譲渡して.ほならず,・−・般にいかなる態様に.
おいても自己契約して」はならない。この禁止に.遼反して締結された契約ほ衡平 法裁判所が信託設定老の申立により顛効とし,その際契約内容が公正/であるか 香かは審査しない。受託者に.自己契約が許可されている場合なら,該契約の内 容が公正でないかもしくほ受託者が信託設定者に.契約締結にとって 重要な一切 の事情を開示していなかった時だけ,喪約が取消されうる。この原則は,受託 者が直接に自己契約するのでなく,契約当事者との彼の個人的関係に・因って該 契約軋利害関係ある場合にも,同様に.妥当する。受託者ほ信託財産を自己の利 得紅用いてほならない。受託者ほ第三者から信託財産に対する諸権利を取得し てはならず,かつそのこ.とにより自己の利害と信託設定者の利害とを衝突させ てはならない。信託設定老と競業しかつそのことに.より信託設定者の利害を害 するこ.とは,受託者に.許されない。
衡平裁判所が信託逝反行状に・対して与える救済手段は,受託者が信託財産紅 よってノ利得しではならないとの原則にかなう。信託近反の契約が締結された ら,信託設走者ほ,契約を取消すか,それとも,契約を存続せしめて受串者の それ(例えば転売)に.よる−‥切の利得を引渡請求するか,どちらでも選択でき る。′受託者が信託財産をなお保有しておれば,信託設定者ほ公正な価格と受託 者の支払った価格との差額も要求できる。すなわち,あらゆる市場変動は義務 逆反受託者の負担紅帰する。受託者が信託遊反行状に・よって収めた利得は当然 に確かめられないから,信託設定者は計算報告請求権を有する。信託財産を手 段としてもしくほその他の不実から獲得された代物ほ,衡平法上「法定信託」
(7)逆井,同上,319良参照。
取締役責任の信託的構成(1) ・− 77−
77
(constructive trust)として理論構成される。すなわち,信託設定者にほ其 代物につき信託財産自体に対すると同一−・の権利が帰属する。信託設定者が自己 の権利を取戻すのにこれらの法的救済では十分でなけれほ,裁判所ほその他に 衡平を満足させるに必要な処置を命令できる。
5)戟上が大ざっばに.みた信託設定老・受託者間に成立する「■信頼関係」
tラスI
(fiduciary relations)の内容である。しかしこの法原則は技術的意味での信託 トラスト
にのみ妥当するのではなく,信託は最重要な事例にすぎずそして他の諸「信頼
(8) 関係」のための歴史的基礎たる配すぎない。「信頼関係」と総称される諸の特
殊な信任関係全部に通用するのは,法学的含蓄と撃麗な用語の得難い達人カル ドーゾが次のように要約した基準である。
「−・生懸命に行動する人々に英世間で許容される多くの行状形式が信頼のきずな把縛ら れた人々にほ腰じられる(Manyforms ofconduct peImissiblein awoIkaday world for thoseactingaiarm s hmgthare forbiddento thosebound by fiduciaIyties.)。
受託人ほ市場倫理よりも厳格なるものを固守させられる。正直だけでなく最も過敏な貸人 の聞苦しさ(punctilio)もがその際の行動基準である。これについてこほ不授かつ根深い伝統 が発達している。容赦ない厳格さこそ,特別の除外条項という≫風化硬蝕≪によって全き 忠実なる原則(Ⅰuleo董undividedloyalty)を覆えすよう請われた時の衡平法裁判所の態 としてきたところである。こ.うしてのみ行状水準が群集の踏み慣れた(trodden by the
(g)
cIOWd)水準より高い水準で保持されてきたのである。」
「群集の踏みなれた水準」に.別してほならず,法によって最高の薗苦しい正 直を義務として了課せられる人々,これにほ,取締役員も入る。取締役員ほ株式 会社とその株主の受信者(fiduciaries)である。しかしながら,前述のように 資本制企業の特質により,前記の諸原則を無修正で株式会社の経営者に適用す ることはできない。その特殊な法律関係の特性と社団的財産拘束の必然性が考 慮されねばならない。英米会社法における「株主の権利と経営者の義務」を認 識・するには,後述のように,判例が株式会社の要請に信託法を漸次順応させて
いく過程,これに注目しなければならない。
(さ)La比y,Op.Cit・,CIl・19,pp・381
(9)MeinbaI・d v・Salmon,249N.Y,458;164N・E545(1928)・
第36巻 第1号 78 ー アβ・−
第1節 英国における取締役の受託者牲
1)株式会社の取締役を受託者とみなせるか否かもしくほそうみなせる程度
(1)
ほ,英国でも自明のこ.ととされず興味ある問題とされているが,その主な理由 は次の三点につきる。(1)この論点こそ商慣習が衡平法慣習に影響し,かつ 普通法・衡平法両法域が主要問題に対して大巾に異った見方をする,
ある。(2)取締役を受託者と観念する考え方ほ近代の発生にかかり,主とし て:19世紀中葉の最初の−・連のCompanies Act制定以来発達してきたもゐであ
(2)
る。(3)取締役の地位に思す−る普通法裁判所と大法宮裁判所の見解差異が 1873−−75年裁判所法(JudicatureAct)による普通法・衡平法の運用の合一せ
(3)
もたらした−・理由であった。
たぶん第1の理由に因り,通常の受託人諸義務が取締役に対して通用する度 合がかなり不碑定なことになるのであろうし,また英国判例の態度も1世紀の 間に相当な変動をみせる結果となる。
古いラoint stock companyは,制定法・王特許状いずれに.よって創設され
(4) (S)
たものであれ,18世紀中に大きく発展した。1884年TradingCompaniesAct
(6)
および37年 ChaItered Companies Act 両法により,王権ほ適当な場合に,
法人格なき営利会社の社員の賓任でも1株当りの一一・定最高限度に限定する権能 を与えられた。こうした特権を事けられるのは,資本を特定の株式に分割した 登録ずみdeed of partnership(組合契約証書)が存在する場合に限られた。
(1)Cf。G.WKeeton,SocialChangeinthe Law of T工uStS,1958 London,Ch.
ⅤⅠ,pp.61N79;A..B.Levy,Private Corporationsand Their Control,VOl.Ⅱ,
London1950,pp.697ets.;L.C。B.Gower,The Pr.of Modern Company Law,
2‖ ed。LoIidon1957,Ch.23,pp。471w74.;Palmer s Company Law,19.ed.by A.,F.Topham,1949.pp.159.小町谷・イギリス会社法概説(昭37)267〜70頁。
(2)CA.Cooke,Corporation,Trust&Company,1951Cambridge,pp・69,95,
111(同書紹介ほ・蓮井・広大政経論叢 6巻2号137−56頁);Keeton,p・61
(3)Holdsworth,AHistory of English Law,7led・,1956,VOl Ⅰ,P‖ 638・
(4)CfnB.C‖Hunt,The Development of the Business CorporationinEngland
1800−1867,Camb王idge,1936,Ch、Ⅰ,ppハ3・P・13;C.A.Cooke,Corporation,Op cit。,Ch.ⅤⅠ,pp・80−94。;LCい Gower,OP.Citu,pp27−38.
(5)Cf Hunt,pP・57−8・
(6)Cf,ibid・,ppい 82−4,
取締役責任の信託的構成(1) −−・79 − 79
組合契約証書登録の必要がRegister ofJoint Stock Companies の始まりと
(7)
なり,かつこ.の点から近代的有限責任会社への移行が継続しだす。
1844年と45年のグラブドストン立法により,各種の会社を扱った6ケの制定
(8)
法が生まれ,基本定款・附属定款(Memorandum and Articles of Associa−
(9)
tion)を具えた有限責任会社が始めてこ発生する。同じく,取締役の任命,通常
(川)
・特別株主総会,および年次貸借対照表の作成・監査を含めた,近代会社慣行 の最特質的な特長の多くも,ここに始まる。最後に,1855年Limited Liability
(11) (12)
Actと翌56年Joint Stock Companies Actが,(保険・銀行を除く)営業な いし商業を発とするすべてこの人集団ほ若干の所定要件を充すことにより有限責 任の法人格を取得できる,という準則主義の大原則を導入した。1862年軋最初
(13)
の統合会社法が成立した。
2)こ.うした−・連の会社法規定をみですぐ気づくとおり,立法者は有限責任 会社のような強力な工業発展手段の可能性を慎重に開発していきながら,他方 で,往時の50int stock company の主特長の若干を,変化した状況の中で可 能なかぎり,保持することに努めて.い牢。大法官裁判所も同様な立場だった。
例えば,1866年刊行のJohn WilliamSmith著、MeT CantjleLaw、第8版をみ
ると,其頓になっても未だこの著者ほ40貫余をjoint stockcompanyに割き,
そこで旧時のjoint stockcompany properと後年の制定法の創出になるそれ
●●●
との両方を検討している。スミスは明白に,前者を規制する諸原則が,必要な
==■●●●
細部的変更を加えて二(摘録fα芳志5・∽祝才α紹d£ざ),制定法上の会社にも適用可能とみ なして:いる。そういう訳で,joint stock company取締役の義務軋関する彼の 考察は特別把.興味深い。
(7)Cf.ibid,Ch,Ⅴ,pp.,90−・115
(8)Cf..E.Jenks,A ShoItHistoryofEnglishLaw,5‖ed・pl295;Cooke,
pp.135−・41
(9)Cf.Hunt,pp.94
(10)Cf.Hunt,pp..140,n。.14臥
(11)Cf。Cooke,p、152.
(12)Cf.Cooke,p.158;Hunt,pl134ets.
(13)Gowerp,49.
滞36巻 第1替 80
一朗トー
「会社の経営ほ会社設立証苔(deed of settlement)によって:取締役とその代理人に託 され(COnfided),また大半の株主は必然に受動的なままでいねばならないので,衡平法 裁判所ほ非常に厳格にこれら職員に委ねられた信託の正当な履行を強制する。1840年Wa ・
(14) 11woIth対Holt事件において,joint stock銀行の事業が非常K・災厄な状態に落ちこんだの
で,大法官は,他の株主に代って∴株主の中から提出された,資産勘定と、それを負債へ正当 に充当することを求める,役員・取締役および受託人相手の訴状を歓待した。こ・の判決の 権威ほ承認されており,そして同判決の定めた原則ほ最近の数判決に影響しているが,そ の若干においてこの救済を会社解散判決へ拡張しようと試みられたが,裁判所ほ,全社員 を訴訟当事者としないかぎり,かような目的の訴状の歓待を拒んでいる。企画された会社 が現実の開業に入らずじまいだった場合,該企菓の完成を信じて.金銭を前貸した人々はそ
の取戻訴訟を維持できる。そして衡平法ほ,企画が詐欺を仕組んだ全くの泡沫だと判明す るはあい,有効な救済を与えるであろう」(JohnWilliamSmith,Mercantile Law,3l ed.,1866,pp.131−2)。
この抜琴において,スミスの考察の基礎ほ,deed ofsettlement(会社設立 番)によって形成された会社でほ取締役が完全な意味に.おける受託者であり,
(1り
そして企業財産がその資格の取締役に.帰属した,という事実にあった。当初,
制定法上の会社の取締役は同様な地位にあると想定された。
5)不幸に.も,こうした初期の判決の大前提は成就されず,故ジ‡ンクス教 授「英法小史」咋ニ19世紀衡平法が新たな濫弊を救済でもなかった点に次の説明 を加えて:いる。
「その第2例ほ会社発起人・取締役の濫弊であり,彼らほ,かの純法的単位,会社とい う擬制的保護の背後に隠れて,彼らの本当の受益者,株主,に対する賃任を免れる。衡平 法諸原則を合理的に適用していれば≫会社の取締役は個々の株主の受託者でない≪という 怪物めいた理論は採用されずにすんだであろ・う。そして内密に自社資産の有利な売却を交 渉中の取締役ほ自社株主の損失で利得する意図で株式買入に着手することを許されないで
(1り
あろう」。大法官裁判所のKeech対SandfoId判決ほこのような要求をあっさり片づけてし
(14)4Myl.&CI.619
(15)Keeton,ibid・,pい63
(16)2Eq.Cas。Abr.741 (1726)
取締役責任の信託的構成(1)
81 一 ざ!▲一
(い、
まうことになった。
(18)
この考察が当時ほ著者軋印象生々しい有名な1902年Percival対Wright事件 に.合せて書かれたこと明白である。この事件の事案ほはぼジエソクス教授が上 記引用中で要約したとおりであり,控訴裁判所(Court of Appeal)ほ,株主 の若干名の持株を買入れた会社会長を手厚く保護した。Swinfen Eady判事 は,取締役が個々の株主の受託人だとみなされうるとの主張をすげなく拒け,
そしてかなり苦労しつつ,取締役が成否未定の交渉の開示を強制されるとすれ ばどんな困難が生じるか,を説示した。いざこざを避ける山方策は,取締役が,
会社に有利な契約を締結する前夜に.,株主.の持株を買入れるのを差控えること だったろうと考えられよう。彼らが株主逮把持株をもう暫らく持ちこたえるよ
I
う示唆してもよかったかもしれなかろう。かような方法に同判事が気づいてい た様子ほなく,次の判示に安んじた。
「株主は会社定款によって取締役に付与された権能を知って−おかねほならず,かつその 認識を項実に具えている,というのが健全な原則であるらしい。そして,取締役が売却権 能をもつ場合,彼らが財産売却を交渉中でない,と株主が想定することは,取締役がその 旨表明せずとも会社定款によって取締役に付与されたその他の権能を行使中でないと想定 することに劣らず,正しくない」。
「取締役」の語を「受託者」に.代えかつ「株主」を「受益者」(cestuique tI・uSt)の語に代えてみれば,その対照ぶりは艦目すべきものがある。明らか に取締役の場合にほ,受託者紅適用ある見解と異った社会的見解が通用してい る。しかし,取締役の責任に関する初期の主判例の一L,1854年 Aberdeen
(19)
Railway Company対Blaikie Brothers事件では,Granworth大判官卿が次 のように判示して:いる。
「法人(COIpOIate body)は代理人によって行動するしかない。そしてもちろんこれら
(17).†enks,Op,Cit.
(18)2Ch..421小 会社自身が秘密情報濫用に因って取締役の収めた利得を取戻せたであ ろうことはもちろんである。同判決の意義およびそれに対処する現行1948年法195条に ついては,小町谷,293頁参照。
(19)1Macq461(H.LりSc)Cfり Gower,pp=478
− ざご・− 第36巻 第1号 82 、
代理人の義務は扱が専業運営に当る法人の利益を最も良く助良するよう行動することであ る。かような代理人はその本人に対する信認的性質(董iduciarynature)の義務を履行しな けれぼならない。また普遍的適用ある原則として,かような義務を履行すべき者は,彼が 保護義務を負う老の利益と対立するまたほ対立しうべき個人的利益を有しまたは有しうべ き,契約の締結(enterinto engagements)を許されて:ほならない。この原則が非静に厳格 に固守されるから,締結された契約が公正か不公正かを問題とするこ.とほ許されない」。
4)この厳格な原潜ほ1750年The Earlof Chesterfield対Janssen事件(l Atk301)でHardwicke卿の打出した衡平法上の原則の直系卑属であるが,明
らかに19世紀末迄にほ,この原理ほヨリ狭い限界内に閉じこめられて:しまって
(20)
いる。この衡平法運用が歪んでいった理由について手短かく説明しておこう。
この原則の起源は.,(先例拘束の原理導入による衡平法体系化の功労者)Hardwicke 卿の1742年ChaIitable Corporation対Sutton(2Atk.BOl.)判決紅求められ
(21)
る。この判決において,会社基金を不正使用しかつ自社附属定款に逆反した特 許株式会社のCOmmitteemen(即ち,取締役達)ほ信託逝反のかどで受託者の
(20)Cfh Keeton,pp65l
(21)Cf.Cooke,pp 74・P7 The Charitable Corporationほ名目上だけ慈善団体で,
実体ほ抵当貸付を行うjoint stock company だった。その貸倒の山・部が若干の取締役 の詐欺および他の取締役の過怠に因って適正な担保なし紅行われた。取締役紅対して1是
起された「信託違反の弁済を求める」(to have satis董action for a breach of trust)訴 が容認された。ハードクイック卿の判呂によると,「COmmittee一皿enは至極当然紅,彼
らをこの信託において用い,また彼ら紅会社業務の指揮・管理を授権する人々の代痙人 である」。「この種の信託の受諾により,人ほその信託を忠実にかつ適当な,入念
さで執行することを義務づけられる。そして彼らが信託から利益を収めず,単なる名誉 職にすぎないということは言訳にならない。またそれ故に彼らは通常の受託人の事例に 該当する」。ノ、卿は取締役の活動から生じる二種の損失を区別した。まず政策の誤まり
(mistake of policy)がある。取締役は会社業務の経営にさいし彼らの権限内で活動を 行うけれども,その活動が誤まった政策に基く故に扱失が生じる。かような場合には,
取締役が該活動について:決定を行う時に該行為の結末が予見されたことが立証でき志の でないかぎり,信託違反が鐘じない。その政策が誠実に案出されかつ会社の利益になる
と信じられたのであれば,株主が取締役全員を任命する梅利を有する以上,株主が取締 役に劣らず非難さるべきである。しかし取締役がその義務を怠たりかつ会社の経営に誠 実と適当な入念さを注ぎこまないほあい,取締役らほ自分自身の信託違反紅ついて有式 であるだけでなく,その同僚の犯した信託違反紅も茸を負わされうる。本件事実認定に よれば,取締役の若干が,適当な碑保なしに貸付を認めたことによりイ言託違反を犯し,
また他の若干の取締役が,著しい取締役会合不出席(gross non−attendance)につき有
請だった故に,信託迂反を犯した。
取締役責任の信託的構成(1) ー ∂∂−⊥−
83
資格で有立とされた。同様なdeedofsettlementにもとずくCOmmitteemenほ 完全な恵時におけ芦受託者として.の彼らに・託された財産を所有することになっ た。同じく意義深いのほ,Aberdeen Ry.対Blaikie事件が貴族院に持ちこ・ま
れる前年,つまり1853年,York And North Midland Ry.対Hudson(22L J.Cb.529)事件においで,(功利主義による英刑法近代化の開拓者として名高い)
Romilly控訴院専任首席判事(Masterof theRolls)ほ,会社基金を不正使 用した取締役を受託人の資格で(on thefootingOftrustees)有責と判決し た。同判決の事案はとても興味深い。ハドソンほ鉄道会社の会長でかつ支配的 影響力をもっていた。主として.彼の努力のおかげで会社運行距離が伸張した。
拡張資金調達のため追加資本が必要になり,ハドソンは株主総会で株主に懇請 して大量の株式を「取締役の自由に」任せさせた。これほ事奏上該株式を彼自 身の自由に任せることに等しく,そして彼は,戒名義人の名義でそれら株式を 株主名籍に登録した後に,有利に転売した。ロミリイ判事にこれら株式の売得 金の清算報告(account)を命じて:,次の判示を行ったo
「取締役ほ株主の利益のため会社事兼を経営するよう選ばれた看たちである○それほ信 託職務(OfficeoftT・uSt)であり,それを彼らが引受けたかぎり,完全かつ全面的に達成 するのが彼らの義務である。だから,株式やその他の種類の財産を取締役の自由に任せる
との株主決議は,受託者の白由に任せるとの決議であり,いいかえれば,該財産を託され た者ほ彼らの受益者を利益させるに良好適な態様で彼らに委任された範囲内で該財産を処 分しなければならない′,との決議である。この決議の文言を,取締役の個人的利益のため
の取締役宛て贈与を意味するとか,もしくほ,取締役へ秘密・無式任の信託を授けたもの と解釈することは,私見紅よれば,それら文言がその旨の明確・分明な表現と−↓よでな いかぎ.り,不可能であろう。かような表現が何ら存在しないとき,信託受諾者にほ,受託
者義務履行の債務のみならず,必要な場合にその受益者へ彼らの義務履行について清算す る(accounting)もう・檜・つの債務もかかってくる」。
5)ノ、ドソン事件では取締役を訴追したのほ会社であり,会社に対して取締 役ほ受託者とみなされうるから,その資格に基く訴追ができる。こうして,
ノ、ドソシ事件は前掲Aberdeen事件紅おけるGranworth卿判示の原則の−・例で
一叫 β4− 第36巻 第1号 84
●●●
あるo同じ理由から,1888年Trustee Act成立前は,取締役ほ,受託者たる故
●●●●●●
に・,たとえ彼らが会社の代理人でもあるにせよ,出訴期間制限法(Statutes
(22)・●・●●●・・
●●・..● OfLimitation)の利便を主張できなかった。−取締役ほ会社に対する受託者で
あるという立場が有効なのほ,過怠な取締役を訴追する意思・能力を具えた取 締役や役員がいる場合に.限られる。そういう老が存在しないところでは,株主 を受益者という地位から排除したことに因る保護の狭降さほ歴然としてくる。
19世紀会社法の成立前は,joint stock company取締役はもっと広義に.受託 者とみなされていた。事実,1844−5年法の成立前ほ,joint stock companyが,
制定法や王特許状によってその特権を付与されないかぎり,法人格を取得し
なかった故に,こうした状況ほ必然のことだった(cf.Cooke,p.86)。従
●●●●●● って,「会社の受託者」(わ・■狛病紺./bγ fゐ♂CO∽♪α乃.γ)と「株主の受託者」
(わ′・%∫f♂♂ノbr〜毎♂∫ゐαタ■βゐ〃J♂♂グー∫)との厳しいアンチチノーゼは生じえなかった。
けれども,ふつうの意味における受託者と近代的有限責任会社の取締役との間 紅は重要な差異が1つ存する。受託者は信託財産の所有者であった。制定法上 の会社の取締役ほ,deed of settlement下のそ・の前身とちがい;自分に眉己され た会社働産の所有権を有しない。しかしこうした状況が信認義務(.ルゐ亮併.γ 8みJ戎gα如形∫)の存在を必ずしも否定しないことは,事務弁護士・依頼客などの 関係が示すとおりである。
この状況ほ,普通法裁判所の見地からすれば,取締役の地位が会社代理人の そ咋であったことを注目させることに・なり,そして代理人の責任は必ずしも受 託者のそれではない。歴史的にほ,これが取締役の諸芸任をだんだん軽減して いく近代的傾向の出発点であったように思える。大法官裁判所(CouI−t Of Ch−
anceIy)ほ取締役紅高度の基準を強要することで出発した。普通法裁判所の影 響の下に大法官裁判所ほその基準を緩め,かつ時として取締役の,少くとも対 橡主責任を免除する迄紅至った。こ・の点では,1875年施行JudicatureAct(裁 判所法)は後向きに作用したようである。衡平法の原則ほ普通法上のそれに謀
(22)Flitcroft′sCase(1882),21ChD・519
取締役選任の信託的構成(1)
85 ー∂∂−
(ごこ;)
歩した。
6)1860年・85年の間に/でた取締役の地位に.関する非常軋多数の判決を検討 すれば,こ.の両裁判所の態度の逝いは明白である。またこの喰近いを解決する ための努力も明白である。これらの点を大きく示すのは,1866年Fef嘗uSOn対
Wilson(L.R.2Ch.App.77)事件に.おけるCairns卿(当時控訴院普通裁判 官)の判決である。同判決の判示紅よれほ,株主.たちが会社資産悪用(misa−
pplication)のかどで取締役を訴えて:いるばあい,取締役ほ受託者の立場に.あ り,嘉立つこの資格で訴えられうる。これほくりかえし再確認されたが,特に重 要な再確認として:は,1878年尺eForest ofDeanCo.(10Ch.D.4已0)事件
(朗)
に.おける「英国で最も禿れた衡平法裁判官」Jessel控訴院首席裁判官のはか に.,かの英会社法の大権威Lindley卿がまだ控訴裁判所の一L員だった1894年 ReLands Allot甲entCo.(1Ch・616,C.A)で行った次の判示がある。
「取締役ほ正しくいえは受託者でないけれども,なお取締役ほ常に,彼らの手中に入る ないし現実に彼らの支配下紅ある金銭の,受託者であると考えられかつそう扱かわれて−い
る。そし{:joint stock companiesが創出されて.このかた取締役は,まるで彼らが受託者 であるのと同じ資格紅塞き,彼らが悪用した金銭の賠償責任を負わされている」。
こ.うして二,会社資産は信託基金とみなされ,かつその信託基金は,恐用され たばあい,その悪用を知りつつ取得した者の手中にまで追求されうる。
7)しかしながら,取締役が会社のために行為するかぎり,取締役ほ代理人 とみなされねぼならない(小町谷・前掲2鱒貫参照)。かかる場合,ケアンズ 郷がプァ㌻ガスン対ウィルソン事件で指摘したように,
「取締役は会社の代理人紅すぎない。生身をもたぬ会社そのものほ白身の肉体で行動で
きず,会社は取締役を通して.行動するしかない,そして本件ほ,取締役についてみれほ,
単に普通の本人・代理人関係事件にすぎない。けだし代理人が南京のばあいはこれら放縦 役も有責となろうからである。讃任が本人しかも本人のみにかかる場合なら,茸任は会社 の責任である」。
(23)Keeton,p 67
(24)Cf.GoweI,pph5Ol
節36巻 第1号 86 ーβ6 −−
けれとも,代理関係に.おいてこさえ,取締役・会社間に.ほ信認関係が存在しう る。衡平法は株主個人軋対するそれ以上の義務の排除を黙認してこいるに・すぎ ず,実のところこの状況は法人格取得という事実からの論壇的推断である。取 締役の会社に.対する責任の程度は,判決集に・連続して載った1916年の二判決,
(25)
Cooks対Deeks(85L。.丁.P.C.161)事件とJacobus Marles Estates対Marler
(id.,167n)において,明確化された。
クック対ヂpク事件で枢密院司法委員会(JudicialCommitteeofthePrivy Counciトー英本国外からのi訴事件担当裁判所)は,カナダの−・会社の取締役 に.,彼らが,会社のかつて締結していた契約を転用することに・よって,個人の 資格で結んだ契約の利益を会社へ返還するよう命じた。そして.さらに・同判決 ほ.,取締役が議決権過半を支配するかぎり,株主総会決議に.よる該契約の追認が なされていても,該取引が有効たりえない旨,確認した。これは,衡平法上代 理人は,重要事思を完全に,知りかつ代理人側からの不当威圧(undueinflu・
ence)なレ、ことを前提とした本人の同意ないかぎり,代理人の資格で締結した 取引に㌧基くいっさいの利得を,保持できない,という−・般原則の・一息現である。
8)それ故,会社資産を扱うさい,取締役は積極的患用の場合(たとえば,
基本定款に許容されてい ない目的で),受託者の資格に基き厳格虹背任を負わ されることは,明白であろう。会社事共に関連して取締役が締結した契約紅つ いてニ,取締役ほ会社に対してこ信認的地位に立つ代理人とみなされる。しかし,
英判例史上,取締役に.信託概念を適用されない場合ほ,次のこ点紅関してであ る。
(1)前掲1902年パ・−シヴァル対ライト事件判決で明らかなように.,個々の 株主に.対する責任に.ついて。(2)取締役の義務履行に.おいて取締役に湖待す べき注意・事業判断力(care and business prudence)の程度。
後に検討する若丁・の判例から明らかになるとおり,正†常な衡平法的基準を通 風できないことが最も明白なのほ,第2点であった。この著しい特長が生じる
(25)C土.Gower,pp51Oh 小叫谷,276良劉憤。
取締役嵐任の信託的構成(1)
87 −β7−
●……=◆■●●●●●
● 所以ほいろいろに.考えられおそらく,実業家の正常な努力を不当に阻止しない
●●●●●●●●●●●
ようにとの裁判所の配慮が,その原因といえよう(cf.Keeton,p。69)。原因 がどうであれ,その結果ほ驚くべきものがあった。もう…・つ検討すべき点は,
●●●●●●●●●●●
裁判所の判示した注意基準がどんなに低かろうとも,商慣習に.よって定まった
●●●●●●●●●●●●●●●●
● 基準ほそれよりもなおかなり低かった,ち.とである。法ほ少くとも会社取締役
に何らかの注意基準を規定した。実際の会社定款はしはしは取締役の行為責任 を完全に/免除しようとした。もちろんこれが裁判所の態度に.も若干影響した。
会社定款が正式に.取締役紅裁判所所定の基準から免れるこ.とを許しているの に.,裁判所が厳格な取締役義務基準を規定することほ,ほかげた,偽善的とさ えいえることだったであろう。
9)英裁判所の取締役観を換討するさいもう一つの事情が必然軋明らかとな る。判事らは明らかに.取締役職が非常なパート・タイム仕事であった事実に・印 象づけられた。突発家ほ語義どおり忙がしい人であり,彼が数社の取締役を兼 ねていれば,一・社の事業に.割ける時間数は必然紅.どく限られる。逆に・,取締役
….
(26)
が報酬目当てニ(g勿去乃♂α−♪云g)の輩であれほ,たとえ.ば広観閲の社交・ス針−ツ 活動に.熱心な有名蛮族である場合,そ・の取締役の事共闘心ほ低く,その才能も 知れて.いる。従って:これら取締役のいくらか気まぐれな重役室への顔出しの効 果が必ずしも幸いでない場合,彼ら取締役が犠牲に.なると.とほない。こうした 考え方もあった。またもこの取締役観と厳密な意味の受託者に対する衡平裁判 所の態度との対照ほ著しい。
いかんながら,1世紀以上にわたる英会社法の機能に関する全面的規模の杜
(27)
会学的研究は未着手である。しかし,いろんな論者が異った諸時点でこの大テ
・−マの特定面に.触れている。ここではH.B.Samuel,Shareholder畠 Money
(London1933)を利用する。
(26)この仙名の紀聞ほリBabbage,A Comparative View of the VariousInstitutions for the Assurance of Lives(1826),p52.それが現代迄続いている。「おとり」
(decoy)という語も使われる。なお同番はドイツ鐘保成立史上壷要な意味をもつ。
(2 7)もちろん,硝梅泡沫以前については,周知のWlR.Scottの大君があり,19世紀前 半ほHunt前掲古がある。1936年から15年間についてほ,PSargant Florence,Own・
ership,Controland Success of Large Companies,1961London,279ps がある。
一β8 − 第36巻 解1一写 88
有名な193時L。Ⅰ・dKylsa。t事後に書かれた同書ほ,会社取締役の責 任に関する有名判決の若干を取締役の社会的背景に照して:分析することに.相当 な力を注ぎ,そ・こから幾つかの興味深い事実が判明している。.たとえば,・1932 年版DictionaIyOfDirectorsの分析により,サミユエルは英国買族総数654 人が562の取締役職を確保してこいたことを見出した。おかしなことに,侯爵
(maIquise)総数25人が30ct〉取締役職を占めることから,侯爵把,もっとも人 気があったらしい。この数字ほ,同族企業の取締役職を世襲した貴族や実際に.
ロンドン旧商の金融街で働く貴族をいっさい除外していた。会社事業に疎い名 士を「おとり」(decoy)として取締役に.任命することはよく災厄な結果を招
いた。
10)株主が取締役を不良経営のかどで訴える訴訟ほふつう,取締役が詐欺
・過怠・失当行為(∽去■一5./■βα5α那β)のいずれかに有責である,との主張を含ん でいた。有名な1889年Derry対Peek(14App・Cas・337,H・L・)事件では,
(29)
詐欺(f工aud)が訴訟の本質的部分を形成して.いた。同事件に.おける貴族院判 決の結果,その不都合に.対する立法的救済として:,1890年 Directors Lia−
t?ility Act(53&54Vict.C.64)が成立し,会社目論見書の記載紅特別な法 定貴任を課した同法の規定ほその後の諸会社法紅編入され,現行1948年会社法
(ど0)