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!999年12月小樽商科大学商学部商学科

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No57

長期的取引関係における資源蓄積と展開     一日本型企業行動の特質一

近藤公彦 坂川裕司

  !999年12月

小樽商科大学商学部商学科

(2)

長期的取引関係における資源蓄積と展開

一日本型企業行動の特質一

小樽商科大学 近藤 公彦        坂川 裕司

1、はじめに

 経営戦略論の主要パラダイムの1つである資源ベース理論によれば、企業の競争優位は、

自己にとって統制可能な経営資源によって決まる。この競争優位の源泉となる経営資源(以 下、競争優位資源という)は、企業内部で完結する部門内・部門問での諸活動を通じてだけ でなく、さまざまな市場取引を通じて企業間でも形成される。すなわち、競争優位資源は企 業を取り巻く取引ネットワークのなかでも形成・蓄積されるのである。

 一方、多くの研究者が、長期的な企業間取引関係(以下、長期的取引関係という)を日本 企業の経営スタイルを特徴づける要素の1つとして指摘してきた㌔資源ベース理論の視点か

らこの指摘を検討すれば、目本企業の行動について次のことがいえるだろう。すなわち、長 期的取引関係を通じて形成される経営資源が、少なくとも一方の取引当事者の競争優位を規 定しているならば、この資源は同時に取引当事者の行動を制約する要因ともなりうるという 点である。

 現代企業の多くは、原材料から完成品にいたる垂直的な分業体制を前提として特定の経済、

活動に従事し、規模の経済や経験の経済といった専門化のメリットを追求している。その一一 方で彼らは、原材料や組立部品などの供給面と完成品の販売諭で、他の企業と取引を行うこ とになる。また岡時にこのことは、円滑な生産活動を継続させるために、垂直的な取引関係 をマネジメントする重要性を高めることになる。長期的取引関係は、このような取引関係の マネジメントのもたらす帰結の1つともいえよう。

 この論文では、日本的な取引様式とされる企業間の長期的取引関係に注目し、それを制約 条件とする企業行動の特質を資源ベース理論の視角から考察する。以下ではまず、長期的取 引閾係の構築条件を検討し、次に長期的取引関係のもとで形成・蓄積される関係特定的資源 の性質について論じる。最後に、長期的取引関係をもつ企業の成長行動において経営資源が 関係特定的に展開される可能性を考察する。なお、この論文で展開する長期的取引関係にお ける資源蓄積・展開の分析枠組みは、図1に要約されるとおりである。

1長期的取引関係は自動車産業や電器・電子産業といった基幹産業のメーカー・サプライヤー関係に おいて典型的に見られる様式であり、田本企業の国際的な競争優位源泉の1つとして理解されてきた。

たとえば、畏期的取引関係を通じて企業間の協調や情報の共有が促進される結果、生産システムの連

携による効率性の改善、新製島開発スピードの加速化、あるいはインクリメンタルなイノベーション

が可能となるといった点が指摘されている(伊藤,1989;三輪,玉989;Nishiguchi,1994)。

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図1 環期的取引関係における資源蓄積・展開の分析枠組み

    長期的敢引関係の構築条件

・新規叡引先開拓にともなう取引コストの節約

・革新による利益の獲得

    閲係特定的資源の形成

・メリヅト

ー調整活動における機会損失の抑剃 一長期的投資に対する知覚リスクの劇減 一取引法係継続の強化

・デメリツト

ー関係特定的資源の埋没性  ・経済的埋没コスト  ・認知的埋没コスト

ー埋没姓の規定因

 ・関係特定的埋没コスト発生機会の   大きさ

 。関係特定的資源の戦略的顧餓の大   きさ

取引ネットワークによる外部強制力 関係特定的資源の転嗣苺能性

関係特定的資源展麗  関連型多角化

2.長期的取引関係の構築条件

 取引という機能的な行為が取引関係という構造的な側面をもつのは、そこに安定した取引 当事者間関係が存:在するからである。ここでは「ある財の取引において、その取引嶺事者に 変更が生じない」という意味で安定した企業間取引関係を長期的取引関係とし、その構築条 件を検討する。ただし以下の議論では、取引当事者として売手企業と買手企業を想定し、ダ

イアド関係における売手企業の行動に焦点を当てる。

 企業間の長期的な取引関係は、次のような取引当事者の動磯を背景に成立する。すなわち、

取引当事者が短期的な市場取引では達成できないメリットを優先させ、それを享受しようと いう動機である(高嶋,1998)。

 この長期的取引を動機づけるメリットは、次の2点である。

1.新規取引先開拓にともなう取引コストの節約

2,革紙による利益の獲得

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 第1のメリットは、新規取引先開拓にともなう取引コストの節約である。取引コストは取 引相手や取引条件を変更する際に発生するコストであり、取引ごとに相手を探索するコスト、

探索した取引相手を比較考写するコスト、取引相手と交渉するコスト、取引相手の行動を監 視するコスト、取引成果を評価するコストなどからなる。またこの取引コストは、取引条件 に特殊な内容が含まれるほど大きくなる。たとえば、特定の取引相手にしか通用しない特殊 な加工方法や配送スケジュールなどである。こうした特殊な条件で取引を行う取引当事者ほ ど、長期的取引関係を構築することにより、短期的な市場取引にともなう取引コストを削減 できることになる。

 第2のメリットは、革新による利益の獲得である。将来的な成果について不確実性の高い 革新は、短期的な利益を追求すると実現しにくい。こうした革新を取引活動において実現す

るためには、取引当事者の長期的な協力関係が必要となる2。また激しい企業問競争のなかで 革新をより早期に実現するためには、取引砂山畑島で頻繁にコミュニケーションを行い、発 生する問題を逐次的かつ即時的に解決することが要求される。このようなコミュニケーショ ンを効率的に行うためにも、少数の安定した取引当事者間で取引を行うことが必要となる。

また取引活動において革新による利益を追求する場合、その取引活動に必要な経営資源は、

関連する取引当事者にのみ利用可能であり、市場から調達できるものではない。なぜなら革 新は、創造的なアイディアのもとに新たな経営資源の組み合わせを創出することにほかなら ないからである。

 いずれのメリヅトを享受するにしても、取引南砂者である企業は、その取引関係を継続す るにしたがって、市場からは調達できない、取引関係に特定的な経営資源3(以下、関係特定 的資源という)を形成・蓄積していくことになる。なぜならこれらのメリヅトは、その取引 活動に特定的な経営資源を蓄積することによってのみ実現されるからであり、またそのメリ ヅトも増大しうるからである4。そこで次に、関係特定的資源のもつ特有の性質について考察

しよう。

3,長期的取引関係における関係特定的資源の性質

 前述のように長期的取引関係は、短期的に市場から調達することの難しい関係特定的資源 の形成と蓄積をともなう。このような関係特定的資源の存在により、取引当事者は取引関係 の継続によるメリットを享受できるのである。ここでは関係特定的資源に焦点を当て、その 性質について検討していこう。

2ここでは、革新によって生じる利益を追求するという点で含意した取引当事者を考える。革新にお ける取引関係の成立については、高嶋(1996)を参照せよ。

3ここでの取引特定的な資源とは、特定の取引当事者間での取引において最大の島回性を発揮する経 営資源を意味する。この意昧で、生産設備や物流施設などの有形資源であれ、技術や知識などの無形 資源であれ、取引関係特定的な資源である。

4高嶋(1998)によれば、このような経営資源の形成・蓄積は顧客適応という船引戦略において生じ

る。

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3−1.関係特定的資源の要素

 関係特定的資源には、物流設備や生産設備などの物的資源、特定取引先を専門に担当する 営業部隊などの人的資源、取引先の生産工程や発注ペースに関する知識・経験などの情報的 資源が含まれる。このように関係特定的資源には、有形・無形の経営資源がある。

 取引当事者が長期的な取引関係で結ばれているとき、製品開発や生産、さらに配送といっ た諸活動において共同作業を行うことがある(浅沼,1998;藤本,1998;高嶋,1998)。たと えば、製品の開発・生産局面では、それにかかわる物的設備を取引嶺事者間で共用すること で、取引当事者間のコミュニケーションが促進される結果、製品の共同開発や共岡設計が容 易となり、またJITやTQCにより市場の変化に柔軟な生産体制を構築し、品質改善やコス

ト翻減をはかることができる。配送局面では、POS情報を共同で活構することにより、受発 注リードタイムの短縮や効率的な多頻度小鷺配送が可能となる。

 これらの共同作業は、取引嘉事者間の緊密なコミュニケーションに支えられた情報共有の 生み出すメリットを利用している。情報共有は、次のようなメリットをもたらすと考えられ

る5。

1.調整活動における機会損失の抑制 2.長期的投資に対する知覚リスクの劇滅

3・1−1、調整活動における機会損失の抑制

 情報共有は、取引当事者間での調整活動における機会損失を抑制するというメリットをも たらす。第1に、相互に取引相手のニーズや技術に関する知識を蓄積するため、開発・生産・

物流体制を変更する際の調整コストが低下する。第2に、取引当事者間の関係が緊密である ほど、互いの開発部門や生産部門が直接的にコミュニケーションを行う傾向が強まる。その 結果、部品・原材料の仕様の決定や試作品の検討・改善が迅速になり、環境変化に対してよ

り柔軟に対応できるようになる。

 このようなコスト争議効果は、取引嶺事者におけるルーティンの形成と関係している。ル ーティンとは、組織のメンバーが情報を収集、処理、解釈する際の一貫した行動パターンで あり、習慣あるいは規範に類するものである(Grant,1996;Nelson&Winters,1982)。長 期的取引関係のもとでは、かなりの期間にわたって取引相手は変わらず、また取引を進める 課業は大きな変更をともなわない。そのため、取引活動での作業は反復作業が野心となる。

また新たな問題の発生にともなって生み出される作業も、既存のルーティンを残すように考 え出され、それに付加されていく。たとえば、取引当事者は生産設備を響胴し共通の問題を 解決するなかで、経営資源に関する情報を相互に交換しあう。このとき、取引難事者の各生 産部門が互いの技術情報を提供し合いながらさまざまな代替案を模索し、最善の解決策を選 び出す。この解決策は作業スケジュールのようなソフト的資源であったり、あるいは組立機 械のようなハード的資源であるかもしれない。いずれの資源にせよ、このような共衿の問題 解決は各取引当事者の統制下にある経営資源を寄せ集め、組み合わせることで行われる。こ

5関連する議論は、高嶋(1998)を参照せよ。

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うして選択された解決策は、各取引当事者の持ち寄った経営資源の組み合わせとなる6。これ らの経営資源が、ルーティンを構成することになる。このようにして取引当事者は、継続的 な取引関係のなかで互いの経営資源を組み合わせることにより、新たな関係特定的資源を形 成し、その取引関係に特定的なルーティンを強化していくのである。

 このような関係特定的ルーティンの確立を通じて、取引当事者は取引当事者間での合意形 成に時間的・心理的・金銭的コストを負担することなく、取引酒動を円滑に進めることがで

きるようになるのである。

3・1−2.長期的投資に対する知覚リスクの削減

 第2に、取引当事者聞の関係が緊密であるほど、取引の継続性を強化するメカニズムが働 きやすい。その結果、取引当事者は長期に及ぶ将来的需要を見越して、生産設備や技術開発 へ投資しやすくなる。このような長期的投資に対する知覚リスクは、取引騰勢者問の信頼関 係の確立を背景として低下する。

 取引の継続性が期待されるとき、長期的な回収を想定した投資が行われるようになる。た とえば、製晶開発や技術革新の成果を短期的に評価できない三舞、取引関係特定的な経営資 源への投資決定は、その取引の継続性を前提条件とする(伊藤&マクミラン,1998)。この ような長期的な投資決定は、取引の継続によって将来的に実現されるであろう利益機会への 期待、およびその実現利益での投資回収の可能性を評価して行われる。このとき、取引当事 者間の儒頼関係は、取引の継続性を確保するために不可欠な役割を果たす7。このようにして 取引関係に組み込まれた信頼関係は、長期的取引によって実現される利益機会への期待を高 め、長期的回収を霞的とした投資決定を可能とするのである。

 さらに企業間の長期的取引と信頼は、相互に強化しあう関係にある(高嶋,1998)。たとえ ば、取引の継続は、過去の取引実績を理由に取引相手に対する信頼を強化する。このように.

して強化された信頼関係は、一方の取引当事者が新規取引先を探索しようとする動機を抑制 するだろう。たとえば取引当事者は、取引条件に関して何らかの問題が生じたとしても、過 去の実績から儒頼のおける既存の取引先に問題解決を任せるだろう。なぜなら、この取引豪 事者は、信頼できる相手に問題解決を依頼することによって、新規取引先開拓にともなう取 引コストを節約できるだけでなく、事前に予期できない問題についても対応し解決されると 期待しているからである。

 このような強化メカニズムに加えて、長期的取引関係のもとでは信頼関係を維持するメカ ニズムも働く。すなわち、この維持メカニズムのなかで取引相手の信頼を裏切るような機会 主義的行動が抑制されるのである。第1の理由は、情報不確実性の低下である。取引嶺事僻 耳の信頼関係の強いほど、情報交換が活発に行われるようになり、短期的な利益を追求する 駆け引きが行われなくなる。もう1つの理由は、パワーにもとつく制裁である。パワー優位

にある取引聴手の信頼を裏切ることによって、その取引相手から許容できない制裁を受ける

6また、この切組を解決することのできる能力の相違は、企業間での行動の違いを生み出すことにな

るだろう。

7Kalwanl&Narayandas(1995)は、サプライヤーが長期的取引関係に資源を投資する目的は、短 期的に売上高や市場シェアを最大化することではなく、取引相手の僑頼を維持することであると述べ

ている。

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可能性がある。

 以上のように、取引関係における信頼関係の存在は、長期的取引を前提とした投資決定に 対する取引当事者の知覚リスクを低め、関係特定的資源の蓄積を促すのである。

3−2.取引関係継続の強化

 さらに一度形成・蓄積された関係特定的資源は、次のようなプロセスを通じて取引当事者 間の関係を強化する基盤となる。これまで指摘してきたように、長期的取引関係を構築する 取引当事者は、そのメリットを追求するほど、その取引関係に特化した関係特定的資源を蓄 積するようになる。この際、蓄積された関係特定的資源には、既存規模での取引活動におい て効率的に利用できない余剰部分が生じる(Penrose,1959)。このとき取引当事者は、その 余剰部分を有効活用するために、その取引構手との取引規模をさらに拡大しようと努めるか

もしれない。そして再び拡大した取引規模においても、さらなる余剰部分が生まれるかもし れない。このサイクルがくり返されることによって、関係特定的な資源の蓄積が促進されつ づけるのである。

 これに加えて、蓄積された関係特定的資源の存在は、買手企業にとっての取引代替性を低 めることによって競合他社の参入障壁となりうる。この状況のもとでは、長期的取引関係に ある取引当事者は、彼に代替するような供給業者の現れないかぎり、独占的な地位を築きあ げることができる。また取引当事者は、この独占的地位を享受しつづけるために、関係特定 的資源への投資をさらに強化するかもしれない。このようにして蓄積された関係特定的資源 は、取引関係の継続性を強化する基盤となるのである。

 しかし関係特定的資源は、それに特有のメリットを生み出すだけではない。取引当事者は、

そのメリットを増大させるほど、関係特定的資源の埋没性を高めているのである。そこで次 に、関係特定的資源のデメリヅトについて考察を進めることにしよう。

3−3.関係特定的資源の埋没性

 前述のような関係特定的資源の性質により、顧客適応戦略のもとで蓄積される関係特定的 資源ほど、特定の取引相手との取引活動において、その荷効性が最大限に発揮される8。しか

し同時にこのことは、関係特定的資源が、特定の取引相手との取引関係を解消した場合、完 全には園収することのできない埋没コスト(sunk cost)を生み出すことを意味する。これが 関係特定的資源の埋没性である。

 この埋没コストは、経済的埋没コスト(economic sunk cosのと認知的埋没コスト

(cognidve sunk cost)の2つにわけて考えることができる。

1。経済的埋没コスト 2.認知的埋没コスト

経済的埋没コストとは、関係特定的な投資の結果として、その関係の解消とともに回収不

8いいかえれば、このような状態においてのみ機会損失が発生しないのである。

(8)

可能となるコストを意味する(Willia獄son,1975)9。たとえば多くの卸売業者に見られるよ うに、特定の小売業者専稽に設立された物流センターは、その小売業者との年間総取引量、

1地域内での店舗配置、1店舗当たりの取引数量、1日の頻度などの取引条件を満たすよう に設計されている。それゆえ、このような物流センターは、特出した小売業者と異なる取引 条件のもとで利用しても、その成果はより低いものになるだろう。このとき、この物流セン

ターは経済的埋没コストを生み出していることになる。

 認知的埋没コストとは、既存の慣習やルーティンの変更にともなって知覚される社会的・

心理的なコストである(Oliver,1997)。企業を構成する個人や組織は、既存の慣習やルーテ ィンを変更する際に、新しいスキルや能力を学習することに対して危惧を抱いたり、創業者 のビジョンから逸脱することに対して躍即したり、あるいは経営資源の変更によって殺がれ る政治力に圃執することがある。これらの社会的・心理的側面に生じる変化への抵抗が、認 知的埋没コストを生み出す要困となるのである。とくに長期的取引関係における認知的埋没 コストは、取引当事者間の信頼関係が崩壊することによって発生しやすい。たとえば、信頼 関係の崩壊は次のような認知的埋没コストを生み出すかもしれない。

 いま、ある部品メーカーが、長期にわたって取引を続けてきた買手企業Aに比べて、より 魅力的な取引条件を提示する買手企業Bに出会ったとしよう。また、これらの買手企業は相 互に競合関係にあるとしよう。このとき部晶メーカーは、認知的埋没コストを負担してでも、

より魅力的な取引条件を提示する買手企業Bとの取引を望むかもしれない。この部品メーカ ーの社内に、買手企業Aを長年担当してきた営業マンがいるとしよう。彼は、自分の営業成 績の源泉である買手企業Aを失うことに抵抗感を抱くかもしれない。また、この部品メーカ ーの社内には、新しい買手企業Bの提示する取引条件を受け入れるリスクを指摘し、それに 抵抗する者も現れるかもしれない。こうして最終的には、この部品メーカーは組織内部での さまざまな抵抗を受けて、買手企業Bへの取引先変更を思い止まり、買手企業Aとの取引を.

継続するかもしれない。以上のように、認知的埋没コストの発生機会を抑制することは、時 として企業の行動を制約することにつながるのである。

 そして関係特定的資源は、次の2つの条件に依存して、関係特定的埋没コストの大きさに 影響を及ぼす10。

1.関係特定的埋没コストの発生機会の大きさ 2.関係特定的資源の戦略的価値の大きさ

 第1の条件は、関係特定的埋没コストの発生機会である。関係特定的な埋没コストの大き さは、その転用可能性の程度によって決まるU。転層可能性は、資源が関係特定的であるほ

9取引先変更にともなうコストには、この経済的埋没コスト以外にも、さまざまな取引コストがある。

既存の長期的取引関係を解消する場含、敢引当事者は、関係特定的資源を放棄するコストに加えて、

新たな取引桐手を獲得するための探索コスト、髄格、品質、納期などの取引条件に関して金蝿に到達 するための交渉コストを負担しなければならない(酒向,1998)。また取引契約内容の履行状況を監視 するコストは、取引関係構築の初期にもっとも大きくなる

1。ここでの埋没コストは、関係への投資董と機会損失を含回したものである。      ,

Uただし、ここでいう関係特定的資源の回国可能性は取引関係にある企業間の問題であって、産業間

(9)

ど低くなる。なぜなら、関係特定的資源はその性質上、特定の取引相手から独立して自己完 結的に機能する経営資源ではないからである。

 たとえば、ある製品の生産をめぐる部品メーカーと組立メーカーの取引関係には、次のよ うな関係特定的資源が存在する。これらの企業は、製品開発の局面において、より短い開発 期間でより低コストかつ高性能な製品の開発を目指して、試作品以前の早期の段階から相互 に情報を交換することがある。このとき、取引嶺事者となる企業間に企業横断的なプロジェ クトチームが結成され、複数部門にわたるコミュニケーションが行われる場合がある。この プロジェクトチームは、プロジェクト会議などの公式的な情報交換の場だけでなく、通常、

非公式の情報交換の場をもつようになる。この情報交換の場が取引当事者間の相互学習の機 会となる。このようなプロジェクトが長期的取引関係のなかで反復的に立ち上げられること により、さまざまなルーティンが取引寄事者間で形成されていく。部品メーカーは組立メー カーの求める品質基準や配送サイクルについての学習をもとに、生産工程や配送体制を修正 するだろう。またプロジェクトチーム内部では、製品開発にかかわる作業工程などについて 学習が深まるにつれ、製品開発活動自体のルーティン化が進むだろう。このようにして形成 されるルーティンは、取引相手との緊密なコミュニケーションにもとづいて、その有効性を 発揮する。さらに取引当事者間の共同作業が少数の野人ではなく、複数の組織レベルで行わ れる場禽、そのルーティンは取引当事者聞で組織横断的に形成されるため、その全容を外部 から把握することは難しい。こうして関係特定的な資源は、複雑で曖昧で特定的な性質を高 めると同時に、その転罵可能性を低下させるのである。

 第2の条件は、関係特定的資源の戦略的価値の大きさである。長期的取引関係において蓄 積されてきた関係特定的資源が、企業の競争優位を支える決定的資源(critical resource)

や中核能力(core comp就ence)としての性質を強くもっことがある(Dierickx&Cooi,

1989;Granも,1991;Ollver,1997;Prahalad&Hame1,1990;Wemerfelt,1989)。この、

とき、関係特定的な資源は高い戦略的価値をもつことになり、その資源の埋没コストも増大 する12。たとえば自動車部品メーカーのなかには、自動車メーカーとの取引のなかで先端の 技術情報を蓄積し、自社の製品開発力を高めることによって、他の部品メーカーに対して競 争優位を築いている企業がある。このような企業の場合、自動車メーカーとの取引を失えば、

その競争力は低下するだろう。またゲーム業界のように、ソフトの種類や人気によってハー ドのゲーム機本体の売れ行きが大きく左右される場合、ハード・メーカーは、人気ソフトを 開発するソフト・メーカーからのソフト供給を失うことによって、その競争力を低 下させる かもしれない。こうして長期的取引において蓄積されてきた関係特定的資源の戦略的価値が 高いほど、関係特定野晒没コストも大きくなるのである13。

の問題ではない。

12ただし、ここでの戦略的棚値は取引関係のある既存産業内での戦略的有効牲であり、Wemerfelt

(1989)らの指摘するような新規参入産業での戦略的価値ではない。

13もちろん関係特定的資源の転用可能性が高ければ、埋没コストはそれに応じて低下するだろう。し

かし、転用可能性の高い資源は、それだけ決定的資源や中核能力としての性質を失うのであり、した

がって、その戦略的呼野性も低くならざるをえないというトレードオフ関係にある。

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4.長期的取引関係に制約された資源展開一多角化

 資源ベース理論によれば、企業の競争行動や成長行動の範囲は、その企業にとって統制可 能な経営資源によって制約される(Pe躍ose,1959;Wemerfelt,1989)14。この見解にした がえば、企業行動を取引関係のなかで捉えた場合、その行動範囲は取引において蓄積される 関係特定的資源による制約を受けると考えられる。ここでは、既存資源の展開である多角化 に焦点を当て、関係特定的資源が多角化に及ぼす制約について検討する。

 経営資源に着目すると、企業の多角化ベクトルは、関連型多角化と非関連型多角化の2っ に大別される。関連型多角化とは、既存資源と関連性をもつ事業領域への参入による多角化 である。他方、非関連型多角化とは、既存資源との関連性をもたない事業領域への参入によ る多角化である(cf. R melt,1974)。

 企業の多角化に関するこれまでの理論的・実証的研究は、日本企業に特薦の多角化ベクト ルが存在することを指摘してきた。たとえば、日米企業の多角化行動を実証的に分析した加 護野他(1981)によれば、多角化において、米国企業が資源展開の短期的な機動性を重視す るのに対し、日本企業は長期的な経営資源の蓄積を指向する。また石井(1993)は、日米企 業に見られる「マーケティング資源のモビリティ」の相違から、米圏企業が非関連型多角化 の傾向が強いのに対して、日本企業は関連型多角化を指向すると主張している。これらの指 摘は、「資源組み合わせの経済を求める米国企業」と「資源蓄積の経済を利用する日本企業」

という経済合理性の原理の違いを反映しているともいえる(三品,1998)。これらの見解は、

経営資源の利用パターンにこそ日本企業特有の資源展開が見いだせることを示唆するもので

ある。

 資源ベース理論にもとつく多角化論は、競争優位の源泉となる経営資源を二二に二二しう る事i業領域に多角化することの重要性を強調する(Chatterjee,1990;Chatterjee&

Wernerfe1も,1991;Farloun,1998)。そこで関係特定的資源を競争優位源泉とする企業とし て、取引戦略において顧客適応を行う売手企業(以下、顧客適応企業という)を想定しよう

(高嶋,1998)。顧客適応企業の多角化ベクトルは、次の2つの可能性から影響を受け、関連 型多角化へと向かうと考えられる。

1,長期的な取引ネヅトワーク関係が焦点企業の多角化ベクトルを制約する可能性 2.関係特定的資源の転罵可能性が焦点企i業の多角化ベクトルを方向づける可能性

以下では、これらの可能性について検討しよう。

Mそのもっとも大きな理由は、戦略要素市場(s鋤ateg圭。£acもor ma8《ets)の不完全性、ならびにそ の不完全性によって保証される持続的競争優位である。戦略要素市場とは、戦略の実行に必要な資源 が獲得される市場であり、この市場において資源の獲得が競争的に行われえない場合、この確場は不 完全であるという(Ba鵬ey,1986)。〜般に、戦略要素市場は不完全であり、そのために戦略実行に 必要な資源は市場から調達することができない。こうした状況のもとでは、企業がある戦略を実行し ようとする際に必要な資源は内部で蓄積せざるをえない(Dier主ckx and Coo玉,1989)。この資源は、

それゆえに代替が困難でありまた容易に模倣できないという性質をもつ。企業の競争優位はこのよう

な資源を背山としてはじめて持続的なものとなるのである。

(11)

4・1.長期的取引ネットワークによる制約

 顧客適応企業を関連型多角化へと向かわせる第1の要因は、顧客適応企業を取り巻く長期 的な取引ネットワークによる制約である。ここでの制約とは、外部の取引ネヅトワークの強 制力が顧客適応企業の資源展開を方向づけるという制約である。すなわち、顧客適応企業を 取り巻く取引ネヅトワークが、その経営資源の転用可能性を決定づけてしまう。顧客適応企 業は、短期的にはネットワークから逃れられなくなり、その結果として関連型多角化を選択 せざるをえなくなるのである。このような取引ネットワークによる強制力は、取引当事者間 の儒頼とパワーという関係要素によって決まる。

 長期的取引を行う取引当事者間に信頼関係が形成されているとき、一方の取引当事者は、

この信頼関係を崩壊させることで受ける社会的制裁を恐れて、関係特定的資源を温存させる 行動をとるかもしれない。また信頼関係が薪しい知識やスキルを生み出す源泉として機能し ているとき、取弓隠事者は、そのような信頼関係を崩壊させる行動を麟記するかもしれない。

 たとえば、取引砦事二間で共同開発される技術を考えてみよう。双方の取引当事者により 行われる技術開発は、互いに開発した技術の情報を競舎他社に公開しないという機密厳守で の信頼関係を前提として行われる。この際、〜方の取引当事者が、何らかの理由により技術 情報を競合他社に漏洩したとしよう。この場合、その企業は「信頼を裏切った」ことにより 他方の取引当事者だけでなく、その取引先となる業界全体から社会的な制裁を受けることに なるかもしれない。もし、この企業が事前にそうした社会的制裁の可能性を予測するならば、

その機密情報を競合他社に漏らそうとはしないだろう。また儒頼関係を崩壊させることによ って、新しい知識やスキルの源泉が断たれてしまう場合もある。この知識やスキルが事業活 動の継続や改善に重要な役割を果たしているならば、その企業は、それらを生みだす源泉で ある信頼関係を維持・強化しようとするだろう。

 以上の理由から、長期的な取引ネットワークによる取引轟事二間の信頼は、関係特定的な 資源にもとつく関連型多角化を導くのである。

 次に、長期的取引を行う取引当事者間のパワー関係について考えてみよう。パワー優位の 取引当事者は、その優位性を背景にパワー劣位にある取引相手の資源展開のベクトルに影響 を及ぼすと考えられる。たとえば、パワー優位の取引当事者はパワー劣位の取引当事者の資 源を利用することで、その結果として得られる利益を追求したり、またパワー劣位の取引当 事者の行動を監視することで、既存のパワー関係を揺るがせるような機会主i義的行動を抑制

しようとするだろう。このときパワー劣位の取引当事者の行動は、パワー優位の取引当事者 によって決定づけられることになる。このような状況のもとでは、パワー劣位の取引当事者 の資源展開は、既存の取引関係に直接的影響を及ぼさないか、またはそれを強化する方向で 行われるだろう正5。こうしてパワー劣位にある企業は、長期的取引関係を温存または強化す

る資源展開、すなわち関連型多角化を指向することになるのである。

15この際、特定企業との長期的取引関係に薗接的影響を及ぼさない資源は、他の取引相手に対しても

転用可能な経営資源である。したがって、このような転用可能な経営資源は、顧客適応企業において

競争優位資源になりにくい。むしろ顧客適応企業は、他の取引網手に対しても転用不可能な経営資源

を蓄積し、競合企業との差別性を高めようとする。

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 たとえば、自動車メーカーと部品メーカーの関係において、これらの企業間で共同開発さ れた技術があるとしよう。この技術が自動車の性能を決める重要な要素である場合、自動車 メーカーは、たとえ部晶メーカーの供給能力に満足しているとしても、この技術が部晶メー カーの多角化によって他企業に流出することを懸念するだろう。このとき、自動車メーカー は技術の流出を防ぐために、部品メーカーの自律的な事業展開に干渉することになる。また 自動車メーカーとの取引をめぐる競争で優位にある部品メーカーが、その競争優位の基盤が 関係特定的資源にあることを認識していれば、前述のように、その競争優位をさらに強化す るために、関係特定的資源に投資しつづけようとするだろう。

4・2.関係特定的資源の転用可能性による制約

 前述のように、長期的取引関係にある企業は、関係特定的資源を蓄積する傾向を強めると 同時に、取引解消にともなう埋没コストの発生機会をつくり出していく。なぜなら、関係特 定的資源はその性質上、取引関係にある企業間でもっとも有効に利用できる経営資源であり、

第三者との間で利用するためには、何らかのコストを負担しなければならないからである。

このような状況のもとで関係特定的資源が競争優位の源泉として機能しているとき、顧客適 応企業は、その競争優位源泉を生かすために、関係特定的資源にもとつく関連型多角化を指 向するだろう。すなわち顧客適応企業は、その関係特定的資源の転用可能性の大きい事業領 域へと多角化すると考えられる。

 資源ベース理論によれば、資源の転用可能性は、資源の緬値、資源の希少性、資源の模倣 不完全性、資源の代替可能性に依存する(Amit&Schoemaker,1993;Bamey,1991;

Dierickx&Coo1,1989;Grant,1991;Petaraf,1993)。すなわち、資源が価値を有し、希 少で、模倣が不完全で、代替可能性が低いほど、資源の転朋可能性は低くなる。このうち資 源の転爾可能性は、経路依存性、複雑性、および因果曖昧性によって決まる。資源の蓄積プ.

ロセスが企業の歴史的条件によって規定され、資源間の相互の結びつきが複雑で、かつ保有 資源と業績との磁果関係が明確でない場合、資源の転用には多大なコストが必要であり、ま たそれを完全に行うことはきわめて困難である。資源の弓馬可能性は低くなるのは、このよ

うな状況である。

図2 多角化ベクトルとその制約条件

取引ネットワークによる捌約

有 無

源 有

の 闘連型多角化 関連型多角化

可 能 性

よ 無

闘連型多角化 非関連型多角化

(13)

 以上のように、企業の多角化ベクトルは、その資源の転屠可能性の範囲に依存する。長期 的取引関係が取引当事者間の資源蓄積の様式に影響を及ぼすとき、一方の取引当事者の資源 展開は、この影響を媒介として、その多角化ベクトルを規定するのである。

 こうして長期的取引関係にある取引当事者の資源展開は、長期的取引ネットワークおよび 関係特定的資源の転用可能性という二重の制約により、関連型多角化へと方向づけられるこ

とになる。

 こうした長期的取引関係に制約された資源展開は、図2のように要約することができる16。

長期的取引関係にある企業の多角化ベクトルは、資源の転爾可能性による制約も取引ネット ワークによる制約もない場合にのみ、非関連型多角化へと向かうことができる。これに対し て、資源の弓馬可能性および取引ネットワークの双方またはいずれかの制約がある場合には、

企業の多角化ベクトルは関連型へと方向づけられるのである。

5,おわりに

 この論文では、日本的な取引様式として指摘されてきた長期的取引関係に注目しながら、

そこで形成・蓄積される関係特定的資源が企業の行動を制約し、その資源展開を関連型多角 化へと方向づける論理を明らかにしてきた。ここで強調しなければならないのは、企業の多 角化行動が自律的な資源展開によってのみ行われるのではなく、焦点企業を取り巻く長期的 な取引ネットワークと関係特定的資源の転用可能性によって条件づけられるという点である。

これまでの資源ベース理論は、他の事業分野に転用可能な資源の関連性を中心に多角化ベク トルを議論してきた(Chatterjee,1990;Ch撚むeyjee&Wernerfelt,1991;Farjoun,1998)。

その意味で、資源ベース理論の多角化分析は焦点企業の自律的な資源展開を考察するもので あったといえる。しかし他方で、これまでの検討から明らかなように、企業の多角化行動は.

取引ネットワークという外部強制力から自由ではありえない。『

 日本企業に特徴的とされる長期的取引関係を前提としたとき、ここに日本型の資源展開の 論理を踏まえた多角化行動を議論する必要があるのである。

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16図2は、長期的取引関係をもつ企業が、取引ネットワークと資源の転朋可能性という2つの制約条

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Fax 〔〕134−27−5293

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