イヴ│マリ・レティエ﹁裁判官と契約の履行﹂︵都法五十七‑一︶ 二七三 ︹訳者付記︺ 本稿は︑二〇一四年九月二二日︑二三日に日仏会館︑東京大学で開催されたアンリ・カピタン協
会日仏特別研究集会︵第五回日仏民法セミナー︶﹁契約と裁判官契約自由の比較考察﹂のためにイヴ︲マリ・
レティエ︵Yves-Marie LAITHIER︶教授︵パリ第一大学︑報告当時はセルジー・ポントワーズ大学︶が用意され
た報告原稿の詳細版を翻訳したものである︒なお︑日本側報告の要旨も含め︑法律時報八七巻七号︵二〇一五
年六月号︶五四頁以下の小特集において︑全体の様子が紹介されている︒本稿でも検討されている民法改正に
ついてはその後︑二〇一五年二月一六日の法律一七七号により行政府への委任が行われ︑それに基づいて民法
典は二〇一六年二月一〇日のオルドナンス一三一号により改正︑同年一〇月一日の施行が予定されている︒こ
の改正により条文番号も大きく動くため本文中で言及される民法典の条文については内容が対応する新条文の
番号を︹新○○条︺として注記している︒
凡例 原文の « » は﹁﹂にし︑italicの箇所には傍点 44を付しており︑︵ ︶内の原語は原文のものである︒また︑
︵ ︶内の補足は著者によるものであり︑︹ ︺内は訳者による注記である︒
イヴ
│マリ・レティエ﹁裁判官と契約の履行﹂
作 内 良 平
訳二七四 伝統的な観念││ 一般的な見解によれば︑フランスの伝統において︑契約の領域における裁判官の役割は︑契 約の﹁生成・消滅﹂︵vie︶の諸段階ごとに分裂しており︑等しいものではまったくない︒裁判官は︑︹以下に述べ
る︺第一の役割を果たす場合もあれば︑第二の役割を果たす場合もある︒
第一次的な役割として︑裁判官は︑﹁契約の開始および契約からの離脱 ︵
﹂に関わる︒実際に︑周知のとおり︑法 1︶
律行為が適法に形成されなかった場合に契約の無効を宣言する権限︑あるいは︑法律行為が遵守されなかった場合
に契約の解除を宣言する権限︑が帰属するのは裁判官なのである︒疑いなく︑これらの規律は︵少なくとも解除に
関しては︶︑学説により緩和されており︑時には疑問を呈されている︒しかし︑その原則としての価値は実定法に
とどまるものである ︵
︒したがって︑契約が有効であり︑いずれの当事者も契約から完全には離脱しないことを確 2︶
認するのはまさに裁判官である︒結局のところ︑この権限は小さいものではない︒というのも︑その行使によっ
て︑裁判官は契約の存否 44︵existence︶を手中にしている︒それほどの権限なのである!
反対に︑契約の履行の過程の中では︑裁判官は二次的な役割しか果たさない︒裁判官は︑当事者の定めた法に忠 実に従うものである ︵
︒ここでの原則は﹁契約における裁判官の不干渉﹂原則 3︶︵
である︒換言すれば︑約定が存在す 4︶
るものの︑その適法性が証明されない限り︑﹁交換の条件を問題とするために・・・裁判官に訴え出ることはできない ︵
﹂︒ 5︶
フランス法において︑契約正義とは手続的正義である︑と考えられている︒すなわち︑給付の客観的な均衡を探求
することにとどまらず︑その形成および履行における契約の手続を尊重することからも生じるものである︑と︒以
上のことは︑具体的には︑裁判官の役割が︑給付間の不均衡への制裁およびその是正ではない︑ということを意味
イヴ│マリ・レティエ﹁裁判官と契約の履行﹂︵都法五十七‑一︶ 二七五 する︒裁判官の役割とはそうではなくて︑当事者の行動 ︵
をコントロールすることであり︑これは︑契約の本来的 6︶
な債務の観点からだけではなく︑信義誠実に従って約定を履行するという一般的な義務の観点からも行われるので
ある ︵
︒さらに︑破毀院が︑二〇〇七年七月一〇日に︑とりわけ上述の契約正義の観念と裁判官に付与された権限 7︶
の制約とについて問題提起をする﹁重要な﹂︵grand︶判決を出したのは︑信義則に関してであった︒この判決は
それ以降︑確立した判例法となっているのであるが︑これによれば︑﹁仮に︑約定は信義誠実に履行されなければ
ならないとする規則が︑裁判官をして︑契約より生ずる権能︵prérogative contractuelle︶の不誠実な利用を制裁せ
しめることを許すものだとしても︑その規則は︑裁判官が︑当事者によって正当に約定された権利義務のまさに本
質までをも侵害することを認めるものではないであろう ︵
Laurent Aynès﹂︒ローラン・エネス︵︶が強調するよう 8︶
に︑この判例の目的は︑裁判官が信義則を基礎としてなし得ること︑およびなし得ないことを決定することにある ︵
︒ 9︶
その境界線は次の通りである︒すなわち裁判官は︑悪意︑権利濫用︑より広義にはフォートを罰することによっ
て︑当事者の行動をコントロールし︑場合によってはサンクションを与える︒その代わり︑裁判官は︑交換の条
件︑すなわち義務付けられた給付とそれぞれの有する価値とを評価する役割を有していない ︵
︒ 10︶
要するに︑伝統的な観念においては︑裁判官はただ︑当事者が欲したことを尊重し︑尊重させなければならない
のであるから︑履行の段階において相対的に目立たない人物となるのであるがそうだとしても︑違法性または不履
行を理由として契約を消滅させる以上は︑この人物を考慮せざるを得ないのである︒
確立された秩序の再検討││ この伝統的な観念は︑︹当事者を︺ますます保護しようとする立法および判例の
展開 ︵
からの複合的な影響のもと︑今日では攻撃にさらされている︒とりわけ︑この伝統は複数の立法提案︑特に 11︶
二七六 ヨーロッパ法に起源のあるもの︑および外国法に着想を得たものによって脅威にさらされるだろう ︵
︒一言で言う 12︶
ならば︑完全な視座の逆転に向かっているといえる︒契約の無効・解消の場面における裁判官の役割は終わりを迎
えつつあるのに対して︑契約の履行の局面においてその役割は顕著に増加することになるだろう︒
批判的な評価││ ︹もっとも︺現実はより微妙な差異があり︑それは以下の三点に現れる︒ というのは︑まず︑契約の開始および終了における裁判官の役割は︑現在のフランス法においても改正草案にお いても︑依然として重要だからである︒とりわけ︑無効が裁判により認められるという性格は維持されるだろう ︵
︒ 13︶
次に︑契約関係に干渉しない裁判官という観念は︑現実には存在しない︵hypothétique︶黄金時代 ︵
に属するとこ 14︶
ろでもあるからである︒一八〇四年の民法典以来のいくつもの規則︵例えば︑一一三五条 ︵
で表明されたものや弁 15︶
済猶予期間に関する規定 ︵
など︶および一九世紀に遡るいくつもの判決︵例えば︑過大な報酬の減額に関する判例 16︶︵
︶ 17︶
は︑裁判官の不介入主義という見方が覆い隠している神話の寄与を明らかにする ︵
︒ 18︶
最後に︑前代未聞の規模の経済問題に直面することとなった前世紀以来︑裁判官の役割が増加してきた ︵
という 19︶
ことは否定できないとしても――この現象を例解する最良のもののひとつは︑いずれの条文においても禁じられて いない特約︵たとえば︑ファイナンス・リースを含む複合契約を可分なものとする条項 ︵
︶を否定することにより︑ 20︶
契約自由への制限を定める裁判官の権限である――契約が︑当事者に関する﹁事項﹂︵chose︶であることをやめ︑
裁判官のものになったと認めることは行き過ぎだからである ︵
︒ 21︶
しかしながら︑この段階において︑契約の内容と契約の履行との間の区別を導入することが必要である ︵
︒なぜ 22︶
なら︑約定︵convention︶の内容を確定しあるいは再設計する裁判官の権限が見せる慎重な留保は理解できるから
イヴ│マリ・レティエ﹁裁判官と契約の履行﹂︵都法五十七‑一︶ 二七七 であり︑また︑その権限は契約自由との間で衝突を起こすものである ︵
――からであり︑そして︑契約の履行すな 23︶
わちその実現――に直面した裁判官の権限にこれと同じ留保を促すべきではないからである︒それというのも︑単
に履行というものが︑効率的だと主張する契約法ならば目標とすべき﹁視座﹂︵point de perspective ︵
︶となるから 24︶
というだけではなく︑裁判官が︵さらにそれを通じて国家が︶︑この立派な目的のために裁判権 444︵jurisdictio︶およ び命令権 444︵imperium︶という権限を用いることは正当だからである︒契約の強制力が裁判官に対しても効果を持 つという主張を理解しなければならないというのはこの意味においてである ︵
︒契約の強制力が意味するのは︑裁 25︶
判官は当事者の定める法︵loi︶を尊重し︑任意に行われない場合にはその履行を容易にしなければならない︑と
いうことである︒
しかし︑そこには方向付けしか存在しない︒フランス法は︑いくつかの理由により︑これを顧みないことがあ
る︒あるときは︑債権の実体法を強制執行法から徐々に分離する︵もはや必ずしも一方が他方を意味するわけでは
ない︶ことにより債務者を保護しようとする関心から︑あるときは不能という理由で︑またあるときは債権者がも
はや約束された利益を得ることをもはや望まないという理由で︒これらの様々な場面においては︑履行が債務の存
在理由であるとしても︑契約上の債務の履行は最重要課題ではなくなるのである︒
行論の計画││ この領域での裁判所による介入主義の輪郭は以上のように描くことができる︒裁判官はなによ
りもまず︑契約の履行を容易にするために助力を行うのだとしても︑その目的はシステマティックに達成されるも
のではない︒契約の履行とはしたがって︑促進され︵Ⅰ︶かつ同時に制約を受ける︵Ⅱ︶ものである︒
二七八
Ⅰ 履行の促進 ︵ L’EXECUTIO N F A VORISEE ︶
裁判官は︑二つの場合において契約の履行に関与をなしうる︒第一に︑当初予定されていた通りの契約を履行す
ることを命じるという仕方での関与である︒この権限が正当であり時宜に適ったものであることは議論するまでも
ない︒第二は︑より微妙なものである︒有名な小説の登場人物が述べるように︑﹁現在の状態のままでいたいと望
むならば︑変化をしなければならない﹂︒このような場合には︑契約の修正は︑しばしば契約の履行を保障するた
めに支払うべき﹁代償﹂︵prix︶となる︒ところで︑この修正は︑裁判官により促され︑また決定され得たもので
ある︒その場合でも履行は促進されるけれども︑第一の場合とは異なって︑裁判官による程度の差はあれ強力な︑
したがって論争の対象となりうる︑干渉︵immixtion︶を伴う︒フランス法では︑この二つの場合︑すなわち︑当
初の契約の履行の場合︵A︶および修正を受けた契約の履行の場合︵B︶︑これらが共に存在しているのである︒
A 当初契約︵ contrat initial ︶の履行
当初の契約の履行に裁判官がどう関わるかは︑契約自体によって決まる︒債務者の義務違反の場合に備え︑当事者が債務の履行を目的とする条項を用意しているか︵一︶︑用意していないか︵二︶によって区別をしなければな
らない︒
イヴ│マリ・レティエ﹁裁判官と契約の履行﹂︵都法五十七‑一︶ 二七九 1 当該効果が約定されていた場合における当初契約の履行 契約の履行が促進される場合︑それは︑債務者がその義務の不履行をした場合に備えて︑履行を促すことを目的
とする条項︵a︶︑あるいは︑履行を命ずることを目的とする条項︵b︶に効力を認めるという方法によってのみ
行われる︒
a︶ 何らかの方法によって不履行の場合のサンクションを用意するすべての約定は︑たとえその条項が契約の消
滅に行き着く場合︵たとえば解除条項︶であっても︑履行を促す効果をもたらす︒もっともこれは︑そうした効果
が︑付随的なものではなく︑要素たるものであり条項を特徴づけるものである場合のことである︒つまり違約罰条
項︵clause pénale︶である︒このことは︑民法典が違約罰条項に与えた定義から導かれる︒すなわち厳密な意味に
おいて︑﹁約定の履行を確保するために 4444444444444︑不履行の場合に備えて何事かを約定する ︵
﹂条項を意味するものである︒ 26︶
この条項が適法であることが契約上の債務の履行に積極的なフランス法の動向にぴたり合致することは︑強調する
までもない︒
裁判官の役割は以下の二つである︒一方では︑条項の性質決定︑正確には条項が威嚇的な機能を持つかどうかの 検討︑を行うことは裁判官の権限である︒破毀院 ︵
は︑とりわけ︑解約金条項 27︶︵
clause de dédit︵︶と区別をするため 28︶
に性質決定をしようとする︒この観念が画期的な研究の対象となった ︵
にもかかわらず︑今でもなお法性決定が激 29︶
しい議論を生み出すものであることに驚くだろう︒おそらく︑部分的には︑︹契約の︺不可侵性が保護されること
を期待して違約罰条項の存在を隠すために契約当事者が巧妙な手段を用いることに由来するところもあるだろう︒
これによりわれわれは第二の側面に導かれる︒