経済的格差に関する認知の発達
その他のタイトル Development of knowledge on economic inequality
著者 野村 昭, 西田 公昭
雑誌名 関西大学社会学部紀要
巻 19
号 1
ページ 121‑130
発行年 1987‑11‑30
URL http://hdl.handle.net/10112/00022691
関西大学「社会学部紀要」第 1 9 巻第 1 号 , 1 9 8 7 , p p . 1 2 1 ‑ 1 3 0 ISSN 0 2 8 7 ‑ 6 8 1 7
経済的格差に関する認知の発達
野 村 昭 ・ 西 田 公 昭
D e v e l o p m e n t o f k n o w l e d g e on e c o n o m i c i n e q u a l i t y
Akira NOMURA and Kimiaki NISHIDA
Abstract
T h i s r e s e a r c h i s o f acquirement of k n o w l e d g e ̲ o n economic i n e q u a l i t y o r d i f f e r e n c e . By i n t e r v i e w , c h i l d r e n o f primary s c h o o l h a v e been asked t o j u d g e o n i n c o m e s qf s o m e occupations a n d p r i c e s o f s o m e g o o d s , r e s ‑ p e c t i v e l y . And t h e n , c h i l d r e n h a v e b e e n also・asked r e a s o n s of economic i n e q u a l i t i e s i n ‑ i n c o m e s and p r i c e s . The r e s u l t s i n our research・showed developmental・sequential change on income‑judgement, b u t d i d n o t s h o w developmental s e q u e n t i a l c h a n g e on p r i c e ‑ j u d g e m e n t . Therefore, l i e think t h a t f o r c h i l d r e n p r i c e s o f g o o d s i s more f a m i l i a r a n d informative t h a n i n c o m e s o f o c c u p a t i o n s . These r e s u l t s a r e c o n s i s t e n t w i t h J a h o d a ' s a r g u m e n t ( 1 9 8 2 ) t h a t c e r t a i n f o r m s o f s o c i a l . k n o w l e d g e a r e h e a v i l y i n f o r m a t i o n ‑ d e p e n d e n t .
Key words: economic i n e q u a l i t y , income o f o c c u p a t i o n , p r i c e o f g o o d s , d e v e l o p m e n t ' i l s e q u e n c e , i n f o r m a t i o n ‑ d e p e n d e n t .
抄 録
小論は,経済的格差についての知識が,発達的にどのように取得されてくるかを面接調査した ものである。小学校児童を対象として,職業における収入比較,品物における価格比較を求め,
その経済的格差の額,およびその理由を尋ねた。その結果,職業収入の評価では発達的な連鎖的 変化がみられたが,品物価格の評価ではそれはみられず低学年も高学年も同じ順位だった。これ は,職業収入評価よりも品物価格評価の方が,児童にとって,親近感があるためと考えられる。
そこで,この結果の解釈には,ある種の社会的知識は,論理的ー数学的知識とは違って,情報依 存的であると述べた Jahoda( 1 9 8 2 ) の説が最も適当するのではないかと考えられる。
キーワード:経済的格差,職業収入,品物価格,発達的連鎖的展開,情報一依存説
関西大学「社会学部紀要」第 1 9 巻第 1 号
問 題
多くの社会的発達や社会化についての研究がなされてきているが, 経済的社会化 ( e c o n o m i c s o c i a l i z a t i o n ) に関する研究はそれほど多くなく,最近になって, ょうやくいくつかの研究がみ
られるようになってきたところである。本研究は, その一環としての経済的格差 ( e c o n o m i c i n e q u a l i t y ) に関する認知がどのような発達的変容を示すかを調査したものである。
さて,経済的知識をも含む社会的知識が,発達上,どのようにして取得されてくるかに関して は,いくつかの仮説をあげることができるだろう。 Leahy( 1 9 8 3 ) はそれをつぎのような 3 つの 主な理論の系統にまとめている。
1 ) 認知的一発達的理論 ( C o g n i t i v e ‑ d e v e l o p m e n t a l t h e o r y ) : これは, 社会構造について の概念内容の発達は認知構造の質的変容によって特徴づけられる,とする説である。古典的な P i a g e t ( 1 9 3 0 ) の道徳観の発達はこの例である。波多野 ( 1 9 6 6 ) の解説によれば, P i a g e t は児童 が規則をどのように受け取っているかを, 3 つの段階に分けて考察している。(第 1 期: 2‑3 歳 から)規則を自分勝手につくり,社会性のない時期。自身で発明した規則性と親からうけた社会 性との区別がつきにくい。(第 2 期 5‑6 歳から)規則を神聖なおかすべかざるものと考え, そ の変更をこばむ時期。(第 3 期 1 0 歳ごろから)規則を神聖視しなくなり, 変えてもよいが, 新し い規則は,おもしろくて公平,全員の賛成がもとめられる時期である。 Leahy の紹介によると,
6 歳から 1 1 歳までの児童の正義 ( j u s t i c e ) についての概念内容は,権威に基づいた考え(第 2 期 ) から,平等 ( e q u a l i t y ) に基づいた考え,さらには,公平 ( e q u i t y ) に基づいた考え(ともに第
3 期)へと変容していくと, P i a g e t は考えている。
最近では, T u r i e l( 1 9 8 3 ) がこの観点にたっている。
さらにまたこの説は,この発達過程は,社会階層や民族・人種などのちがいを問わず,質的変 容の連鎖的展開 ( s e q u e n c e ) を示すはずだとの,「普逼的連鎖的展開」 ( u n i v e r s a ls e q u e n c e ) を仮定しているのである。
2) 社会中心的概念 ( S o c i o c e n t r i cc o n c e p t i o n ) : これも年齢に関係した,社会構造の概念内 容についての発達的変容の理論である。そして,年少児にくらべて年長児ほど,個人中心的より は社会中心的の概念がふえてくるとみている。 たとえば, Hessand Tomey ( 1 9 6 7 ) の見い出 したところでは,年少児は政府を個人化してみる傾向にある,すなわち,政府とは,具体的シン ボル(たとえば,旗)によって最もよく表わされるものであり,政治家や政府は,個々の児童の 福祉と関係づけられるのである。これに対して,青年は,特定の政治機関を占める人物やシンボ ルによってよりも,政治的制度の機能によって政府を理解しているのである。
3 ) 合意説と葛藤説 ( C o n s e n s u sand c o n f l i c t t h e o r i e s ) : 経済的階級についての概念の発達
の研究は,必然的に,社会階層や民族・人種などの影響についての検討を必要とする。ここには
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2 種類の説がある。一つは機能論者の説であり,他は弁証法的な説である。
前者は,階層組織 ( s t r a t i f i c a t i o ns y s t e m ) の性質については広範な合意が存在し,階層組織 が社会制度を安定させているのは,社会的財貨 ( s o c i a lg o o d s ) の不均等な配分があったとして もそれを正当化するイデオロギーを社会の成員が分有しているためだ,という説である。さらに この説は,社会化や内面化の指標としての年齢の増加が,不均等配分の正当化の増加と結びつい ていることをも示唆している(たとえば, Merton1 9 5 7 ) 。
後者は,異なる階層のひとたちの間にみられる,階層組織に内在する社会的現実についての解 釈上の葛藤を強調している(たとえば, Weber1 9 4 6 ) 。
上に述べてきた Leahy の分類とは重複するところもあるが,異なる分類をおこなったのは,
Emler and D i c k i n s o n ( 1 9 8 5 ) である。
1)認知的一発達的理論: Leahy と同じ<, P i a g e t 学派の主張を述べている。
2 ) 社会的表象説 ( C o n c e p to f s o c i a l r e p r e s e n t a t i o n ) : これは M o s c o v i c i( 1 9 8 4 ) の唱え た説であって,かれは,知識は社会的表象の形態をとるという説を述べた。
いま, E i s e r( 1 9 8 6 ) の論述によって M o s c o v i c i の主張するところをみてみると,社会的表象 という概念は, Durkheim( 1 8 9 8 ) の集合表象 ( c o l l e c t i v er e p r e s e n t a t i o n ) の概念に関連をも っている。しかし,かれが「社会的」という語の方を選んだのは,ただ社会の異なった成員によ ってもたれている共通の知識または所信の体系が,社会的に構成され伝達されたものであるとい う点をより強調したためだという。要するに社会的表象は,社会的に生み出され,維持され,共 有された観念・所信・価値の体系なのである。とりわけ,社会・経済的階層化に関する知識は,
社会において不均等に分布しているし,その分布自体が社会・経済的構造を反映している。児童 は,自分たちのコミュニティ内で,最も有力で広く用いられている重要な社会的表象にたやすく 同化するのである。したがって,中産階級の児童は経済的格差についての社会的表象がより詳し
く広く顕著であるが,労働者階級の児童にとっては,その環境からいって,経済的格差について の社会的表象は外的知識なので,その表象はより単純で薄弱であるとおもわれる。
3 ) 情報一依存説 ( I n f o r m a t i o n ‑ d e p e n d e n t ): これは Jahoda ( 1 9 8 1 ) の説である。ある形 式の社会知識は,論理ー数学的領域の知識とはちがって,情報依存的である。中産階級の児童の 方が経済問題の評価でよりすぐれた結果を示すのは,基本的に,かれらの方がより情報をあたえ
られているからであるという。
ところで本研究は,上の諸説にみられるように,社会的知識がどのようにして取得されるか,
とくに経済的格差に関する認知がいかにして形成されるか, その要因はなにか, を検討するた
めに計画された。研究の契機となったのは,関西大学へ V i s i t i n g S c h o l a r として招へいした
J a h o d a 教授の示唆である。かれは,欧米の多くの研究がとりあげているように,経済的格差に
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ついての知識をみるために,発達段階別と同時に社会階層別にも児童を分けて考察すべきだと強 く主張した。われわれは,日本においては,社会階層別に児童を分けることは親の職業・地位・
収入などを求めねばならず,こうした準拠枠で児童をみることは調査対象校でも抵抗があり,ま た差別的になりかねないのでそれはできない旨強く訴えた。かれは,差別するつもりは毛頭な ぃ,ただ経済的格差が存在するという事実は歴然としている,家屋敷・持ち物などをみればそれ はわかろう,と不思議そうだった。結局,われわれの調査は,発達段階別にのみ考察することに した。したがって,上記の諸説を検討するにはいささか資料不足ではあるが,期せずして,比較 文化的な社会観の差異をみることになったのである。
本研究は,主として, Emler and D i c k i n s o n の追試をおこない,比較文化的な考察をおこな うとともに,別の調査(品物の値段の推測)をも実施して,いままで述べてきた経済的格差に関 する諸説の適否を検討しようとするものである。
研 究 手 続 き
調査対象:調査の対象(被験者)は,大阪府下(豊能郡)の小学生男女計 1 2 3 名である。被験 者は,低学年として 1 年 (7 8 歳),中学年として 3 年生 (9 10 歳),高学年として 5 年 生 (1112 歳)の各学年 4 1 名ずつで構成された。地域的には大都会近郊農村地域であるといえよ う 。
実施期日: 1 9 8 6年 7 月
材料:職業的地位の経済的格差の認知をみる課題として,「医者」「教師」「バス運転手」「清掃 労働者」 ( F i g . 1 ) を,品物の経済的格差の認知をみる課題として, 「事務用ボールペン」「カセ ットテープ」「革靴」「テレビ」 ( F i g .2) をそれぞれ一枚ずつはがきサイズの紙に描いた絵を用意 した。なお,前者の職業の選択に際しては, Emler and D i c k i n s o n ( 1 9 8 2 ) のスコットランド
(英国)での研究と対応させられること,後者の品物の選択に際しては,児童によって身近でよ く知られている存在で,しかも経済的価値の序列が比較的安定しているとおもわれる品物を選ぶ ように配慮した。
次に必要とした材料は, おもちゃの貨幣である。それぞれの被験者に対して, 1 0 枚の一万円 札 , 2 枚の五千円札, 1 枚の五百円硬貨, 5 枚の百円硬貨, 1 枚の五十円硬貨, 5 枚の十円硬貨 のおもちゃが用意された。それによって,被験者は,収入評価や品物の値段を表明させられたの である。
調査の手続き:調査は面接法がもちいられた。面接は他の児童や教師などが存在せず,面接者 と児童とが一対一の対面状況でおこなわれた。
調査の課題は, ( 1 ) 絵に描かれた職業のひとたちが,一日で得る収入を推測させることと, ( 2 ) 絵
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医者 ( D o c t o r ) 教師 ( T e a c h e r )
バス運転手 ( B u s ‑ d r i v e r ) 清掃労 f 動者 ( S w e e p e r ) F i g . 1 用いた職業の絵 ( P i c t u r e so f o c c u p a t i o n s a s m a t e r i a l . )
革 靴 ( S h o e s )
カセットテープ ( C a s s e t t e ‑ t a p e ) ボールペン ( B a l l ‑ p e n )
F i g . 2 用いた品物の絵 ( P i c t u r e so f g o o d s a s m a t e r i a l . )
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に描かれた品物のおおよその値段がいくらであるかを推測させること,の 2 つである。さらに,
被験者の示した経済的格差についての理由づけをも面接によってもとめられた。具体的な調査の 手続きは以下のとおりである。
1) まず,面接者が自分の前に置かれた貨幣(おもちゃ)のそれぞれの単位を正しく区別でき るかどうかを確かめる。
2) 次いで,職業の絵か,あるいは品物の絵か,いずれか 4 枚の絵を 1 枚ずつ見せ,それぞれ の絵が表しているものを正しく認知しているかを確かめる。
3) そのあと,面接者は被験者に 1 枚ずつ絵を見せ,当該の絵について推測した金額を被験者 自身によって絵の横に置いてもらう。(この際, 4 枚の絵の提示順序は面接者ごとにかえてある ので,順序効果は相殺される。)
この時に与える教示は,次のとおりである。
(職業課題の教示)「このひとたちが働いてお金をもらっていることを知っていますか。そ れでは,一日でどれくらいもらっていると思いますか。」
(品物課題の教示)「これらは,お店で買えることを知っていますか。それでは, どれくら いのお金で買えますか。」
4) 面接者は,この手順を同じ課題の 4 枚の絵について,繰り返してそれぞれの金額を推測さ せたあと,被験者のもっとも多額な金額を示した絵ともっとも少額な金額を示した絵とを選びだ して提示し,なぜ金額に格差をつけたのか,その理由について質問する。なお,すべての被験者 は職業格差の課題と品物格差の課題の両方をおこない,その半数は前者の課題から施行し,残り の半数は後者の課題から施行して,順序効果を相殺した。
結果、および考察
低学年においては, 4 1 名の被験者のうち 2 0 名が,「貨幣の単位」「労働と報酬との関係」「購買 行動」について回答できなかった。それに比ぺて,中学年以上では認知できない被験者はいなか った。低学年のあいだにこれらの課題に関して正しい回答のできるようになる転換期があると考 えられる。上記の認知のできなかった被験者を除いた各学年別の回答の平均値,および標準偏差 は T a b . 1 . の通りである。
(職業による経済的格差についての評価) F i g . 3 . に示されているのが各職業の収入について
の評価の学年別平均値の推移である。これによると,低学年と中および高学年との間で顕著な変
化がみられる。低学年による推定収入の評価は,バス運転手が最も高く,教師が最も低い。とこ
ろが,中学年になると,医者が最も高く,清掃労働者が最も低くなることが示されている。高学
年における 4 職業の収入評価の序列も中学年による序列と同じである。格差の理由づけから考察
すると,低学年において,バス運転手の収入の評価が最も高かったのは,被験者たちがバスに乗
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Tab. I 職業収入および品物価格の評価の年齢による推移(単位:円)
( I n c o m e & c o s t e s t i m a t e s by age ( u n i t : y e n )
(D 医 o c t 者 o r ) (T 教 e a c h 師 e r ) (B バ u ス s ‑ 運 dn 転 v 手 e r ) ( 清 Sw 掃 e 労 e e 働 pe 者 r )
ヌ SD 叉 SD ヌ SD 叉 SD 低学年 (Low) 8 8 5 2 9 6 7 7 5 3 4 7 4 5 1 5 1 6 3 7 5 3 1 8 8 6 1 3 3 8 6 2 5 6 5 0 中学年 ( M i d d l e ) 2 3 5 2 6 2 5 3 2 5 1 4 2 6 1 1 7 6 7 5 1 5 7 0 1 1 5 0 0 2 1 1 7 9 4 1 4 8 5 9 高学年 ( H i g h ) 1 7 5 4 0 1 9 8 4 2 1 0 7 9 2 2 5 4 6 1 1 4 0 3 2 1 8 8 8 5 6 1 3 2 1 0 2 8 6 テ (T レ V ビ ) ( 革 Shoe 靴 s ) カ Ca セ s s ッ e t トテープ ボールペン
(te‑tape) ( B a l l ‑ p e n )
ヌ SD 叉 SD 叉 SD 叉 SD 低学年 (Low) 2 5 3 8 0 3 1 4 7 9 5 7 8 6 7 7 3 1 2 5 9 6 3 9 2 6 1 3 7 1 1 7 4 4 中学年 ( M i d d l e ) 4 5 1 5 4 3 1 8 4 0 6 9 0 7 9 4 6 3 1 6 3 9 2 0 1 5 6 1 0 9 9 9 高学年 ( H i g h ) 5 8 0 7 4 3 6 5 5 3 3 9 2 2 2 6 6 6 9 0 4 1 2 1 3 3 2 7 4 6 1
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