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中小企業の新たな国際経営戦略に関する 予備的考察

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(1)

第1節 はじめに

かつて国際経営戦略の対象は、多国籍企業を中心とする大企業であったため、

その理論構築には大企業を前提とした議論が行われてきた。

しかし

90

年代以降、企業の国際経営における活動の場は、先進国のみなら ず新興国や開発途上国にも活発に及んでいる。グローバル化により大企業のみ ならず中小企業やベンチャー企業にとって海外展開は、一昔前に比べその情報 量や支援策、物流や移動手段の発展により相対的に容易になってきており、国 際経営戦略は企業規模問わず持続的成長に必要不可欠な戦略となりつつある。

とりわけ、長期的不況に加えて、少子高齢化により国内の市場規模が縮小の一 途をたどることや、日本の分業構造を支えてきた親企業が海外展開し国内にお ける取引が減少傾向にある日本の中小企業にとって、今まで以上にその戦略の 重要度は増してきている。

近年、中小企業の対外直接投資は右肩上がりで増加し続けている(図表

1-1

参照)。そのためか中小企業の国際化が脚光を浴びるようになってきたように 感じるが、実態において日本の中小企業の海外展開は、すでに戦後間もないこ ろから行われてきた事実があり、決して最近の目新しい動向ではない。しかし、

その歴史は長いものの、データの蓄積の整理やその評価が必ずしも十分なもの となっていない。加えて、大企業とは異なる目的や競争優位を持つ中小企業に 焦点を当てた、国際経営戦略に関わる理論構築はいまだ確立されておらず、そ

中小企業の新たな国際経営戦略に関する 予備的考察

吉 田 健太郎

(2)

の研究成果も多いとはいえない。駒形(2016)が指摘するように、中小企業の 海外展開には、経営資源の制約や既存の取引関係などからその目的や進出国ま でもが左右されやすく、こうした固有の条件をまず出発点として議論が行われ る必要があり、これらの条件を乗り越えた海外展開がなぜ可能であるのか、と いった中小企業の特性を踏まえた国際経営の有効性を検討することに意味があ ものと思われる。

本稿では、国際経営論の先行研究における代表的な理論をレビューしながら、

日本の中小企業の海外展開における特性や動向を踏まえたのち、親企業の要請 や取引先の海外移転による海外進出のような中小企業ならではの固有の条件を 図表1-1 日本の中小企業の海外展開の推移

(出典)中小企業白書(2014)

駒形哲哉「第3章 中国進出日本中小企業の現状と課題」『東アジアの地域経済の 発展と中小企業』晃洋書房、2016年、P.40参照。

(3)

乗り越えた海外展開を可能とする国際経営戦略のあり方を検討していく。その うえで、日本の中小企業の海外展開を検討するための国際経営戦略の視座を模 索し、今後の研究における仮説と研究目的を示す。

第2節 国際経営における理論の変遷 1.変遷の境界線(80年代前半まで)

現代における国際経営論の系譜は、1980年代前までとそれ以降で大きく変 化がみられる。それゆえ、その前後の変化を捉えたうえで、近年注目される国 際経営論の考え方と背景をみていきたい。

80

年代前半までは、海外直接投資の決定要因の分析として経済学者を中心 に「国境を越えて行われる経営活動」の要因と目的を説明するための理論が 展開されてきた。山倉(2012)は、1980年代前半までの国際経営論の代表 論者の論点と系譜を整理している。山倉(2012)によれば、その代表論者は、

Vernon(1971)の「プロダクト・サイクルモデル」

Knicerbocker(1973)の「寡

占的対抗モデル」、Hymer & Kindlebergerの「寡占モデル」、Buckley & Casson

(1976)、Rugman(1981)等によって展開された「内部化論」である。プロダ クト・サイクルモデルでは、商品のライフサイクルに応じた経営能力(新製品

→成熟商品→標準商品)とそれに適した立地選択(本国→先進国→低開発国)

を重視している。寡占的対抗モデルは、寡占産業において同一産業の競争企業 に対する対抗行動として海外投資を説明する。これに対して、寡占モデルでは、

市場の不完全の存在ゆえに、企業が固有に持つ独占的優位性を利用して海外投 資を行うことを論じる。内部化論は、市場の不完全性に対して、企業固有の優

長谷川礼「国際ビジネスの諸理論」江夏健一ほか『国際ビジネス入門』中央経済 社、2014年、pp.44-52参照。

山倉健嗣「国際経営戦略論の構成」『横浜経営研究』第33巻第4号、2012年、横浜 国立大学、pp.95-96参照。

(4)

位性にもとづく「内部化」によって世界的規模で生産・販売を行うことを説明 する。すなわち、市場の不完全性に対処する制度として海外生産子会社の設立 をとらえ、海外直接投資は企業固有の優位性を失わないためにライセンス供与 よりも選択されるとしている。

これら諸理論は、いずれも親会社と子会社との「一方向の関係

(One Way Model)」に照準を当てた組織と戦略のあり方を示すことが特徴となっている。

これら諸理論の貢献は、とりわけ、国境を超えたイノベーション活動を行う際 の親会社のコントロールに基づく戦略と組織のあり方(階層的統合)を提示し たことである。

これら諸理論の統合モデルとして位置づけられるのが、Duningsの提唱した

OLI(Ownership Locational Internalization)

モデル(Dunings, 1980,1985)である。

OLI

モデルは次に挙げる3つの優位性の観点から、企業の海外展開の行動目的 と意味を説明する。すなわち、①企業は受け入れ国の企業よりも技術・ブラン ド・品質・経営管理上のノウハウなどの相対的優位性を持っていること、②本 国よりも受け入れ国が優遇政策や安価な労働力などの立地上の優位性を持って いること、③事業活動の国際化は市場の不完全性に対して親会社の優位性を内 部化することの利益を享受すること、である。この背景には、企業のグロー バル戦略の成功には本国の優位性が絶対的な役割を演じ、現地適応は現地での み妥当性を持つという前提と認識が根強く存在していたことを示している。

2.変遷の境界線と背景 80年代後半から

一般に、国際経営論における研究の流れはその時代背景の変遷に伴い

1980

年代後半から大きく変貌を遂げたとみられている。この時代に起きた技術革新 とグローバル化は、重要な知識・能力の所在を世界規模で流動化、分散化させ 続けている。浅川(2006)によれば、こうした時代の変化に伴い、もはや国際

同上・山倉(2012)pp.96-97参照。

(5)

化する企業は意思決定構造やプロセスにおいて本社が絶対的な役割を果たすこ とに現実的に限界が生じたことを指摘している。1980年代後半以降、国際経 営論の主流を成すのは、

Bartlett & Ghoshal(1989)

「トランスナショナル経営論」

および「メタナショナル経営論」となっている。

これらの理論が台頭した意義は何であろうか。それは、イノベーション活動 を行ううえでの「パラドクスとジレンマ」を克服するための新たな組織や戦略 のあり方を提示したことであろう。企業の競争優位をもたらすイノベーション 活動は、その時代前までのイノベーション論に従えば、Face to Faceの関係 によって共有する暗黙知・文脈知・経験知から生み出されるもの、すなわち、

極めてローカルなコンテキストの中から生み出されるものであった。そして、

それは先進国の地域や本社の中に存在するものとされてきた。グローバルと ローカルは対極にある概念であり、本社の優位性を子会社(ローカル)に移転・

分散することはできても、その「逆流」となるローカルの優位性を本社に移転・

浅川和宏「メタナショナル経営論からみた日本企業の課題:グローバルR&D戦略 を中心に」RIETI Discussion Paper Series06-J-030、経済産業研究所、2006年4月、P.2 参照。

Schumpeter(1912)は、創造的破壊を興すために必要となる要素として、(1)新し

い財貨(新製品など)の生産・販売=製品イノベーション、(2)新しい生産方法 の導入=新製法イノベーション、(3)新しい販路の開拓=新市場イノベーション、

(4)原料あるいは半製品の新しい供給源の獲得=新素材イノベーション、(5)活動 分野の再組織化=新組織イノベーション、の5つを提示した。そのうえで、イノ ベーションを興すうえで重要となるのが「非連続的変化」であることと指摘し た。ここでいう「非連続的変化」が意味するところは、新しい均衡点は、古い均 衡点からの微分的な歩みによっては到達しえない、ということである 。これを

Schumpeterは、「郵便馬車」をいくら連続的に走らせても、それから「鉄道」は

生まれないことに例えた。すなわち、レールの上を走るトロッコに蒸気機関車を

「結合する組み合わせ=新結合」が重要となることを示している。これが「イノベー ション」の定義のである。本稿では、原則、この定義に基づき「イノベーション」

という言葉を使用していくが、とりわけ、企業成長すなわち収益の増加を最終ゴー ルと見据えた「非連続的変化」を捉えていくことが重要であると考えている。

(6)

適応することは困難とされてきたのである。しかし、グローバル化は、ヒト・

モノ・カネ・情報・を世界各地に分散させたことに加え、新興国や

BOP(Base

of the Pyramid)

の台頭はニーズや市場をより一層多様化させ、イノベーション

の源泉そのものが世界各地に分散する状況となった。その結果、海外子会社の 進出先では本社の優位性は直ちには発揮できない状況に陥り、そうした「場所

(ロケーション)」においてイノベーション活動を行う企業が、イノベーション を興していくことが現実となった。ローカルからイノベーションが興る、他方 では、それまでの考え方とシステムでは困難、これがパラドクスとジレンマで ある。この困難を克服するためのシステムを提唱したことが、新潮流となった この2つの理論の貢献と捉えることができよう。

トランスナショナル経営論では、既述した伝統的なワンウェイ・モデルから 段階的に脱却し本社と進出先との双方向の関係性に基づく組織体系を最終段階 として、以下の4つのタイプの国際経営類型に掲げる経営戦略モデルを提示し ている(図表

1-2

参照)。藤原(2015)は、本社集約型(第1段階および第2段階)

と子会社自立(第3段階)の弱点を補完する国際経営モデルとしてトランスナ ショナル(第4段階)を提起している点にトランスナショナル論のユニークさ があることを指摘している

藤原武史「トランスナショナル経営論対メタナショナル経営論に関する比較考察」

『社会学部紀要』第121号、関西学院大学、2015年3月、P.9参照。

組織の特徴

/進出ステージ インターナショナル

:第1段階 グローバル

:第2段階 マルチナショナル

:第3段階 トランスナショナル

:第4段階 能力と組織力の構成 能力の中核は中央集権、

他は分散 中央集中型

/グローバル規模 分散型

/海外子会社は自立 分散、相互依存、専門家

海外事業が果たす役割 親会社の能力を適応さ

せ活用 親会社の戦略を実行 現地の好機を感じ

取って利用 海外の組織単位ごとに役割 を分けて世界的経営を統合 知識の開発と普及 中央で知識を開発し下

位の組織単位に移転 中央で知識を開発し

て保有 各組織単位内で知

識を開発して保有 共同で知識を開発し世界中 で分かち合う

図表1-2 トランスナショナル経営4つの国際経営類型と進出ステージ

(出典)浅川(2007)P.6を基に筆者加筆。

(7)

トランスナショナル経営は、本社と子会社との関係は一方向の関係ではなく、

双方向であり、子会社は自律性をもって行動し、子会社間には双方的相互依存 性があり、組織の統合は価値や理念そして知識によってもらされている点に斬 新性を持つ理論となっている。この意味で、トランスナショナル経営という フレームワークは「グローバルな効率追求と現地市場への適応に加えて、グロー バルなイノベーションを同時に追求する戦略モデル」であるといえる。しかし、

この時点では、本国における優位性と自社のネットワークを活用した形での双 方向と自律性の追求であったため、本国を起点としていることの限界、すなわ ち現地発のイノベーション活動の本国への「逆流」は想定していない課題が指 摘できる。同時に、自社ネットワークにおける資源の限界、すなわち実践的と いうより理念的な理論としての限界が指摘できる。

このトランスナショナル経営を進化させ、現代により適する国際経営理論と して注目されているのが、その後

2001年に Doz,Santos & Williamson

の著書

“From Global to Metanational”で提唱された「メタナショナル経営論」である。浅川

(2007)は、重要な知的資源の所在と特性が変化したことを背景に、トランス ナショナル経営よりもメタナショナル経営の方が現代にマッチした戦略となり えることを指摘している。その根拠として、次に挙げるとおり従来の背景が現 在進行形で変化していることを挙げている。従来は、①知識・能力の所在は一 定地域に偏在し、②知識の優位性は安定、③リードマーケットと知識・能力の 所在は通常同一、④ノウハウは標準化された製品やサービスに内包される、⑤ プロダクト・ライフサイクルが比較的長くゆっくり進行してきたことに対して、

今後は、①重要な産業知識の所在と特性が時間とともに大きくシフトし、②ビ ジネスの知識ベースが世界規模で分散化し、地域特有の文脈に密着し、③製品・

サービスに内包されるべき知識のタイプが時間とともにシフトし、⑤ライフサ

山倉(2012)P.100参照。

同上・山倉(2012)P.97参照。

(8)

イクルは短縮される10、としている。すなわち、競争優位は適切なロケーショ ン、迅速なサービス、ロケーションに適したシステムにより築かれるようにな り、これらを構築ためにグローバルに分散するそのロケーションに自ら乗り出 し資源を獲得し吸収し新たな価値を行うための戦略を講ずる必要があることを 示している。

浅川(2009)によれば、メタナショナル経営とは「自国中心主義、自前主義、

先進国至上主義から脱却した経営といえる。自国の優位のみに依拠せず、世界 中の経営資源を活用して世界規模で競争優位を構築すること」としている。そ の際、「自社資源および自社組織のみにこだわらず、積極的に外部資源および 自社組織のみにこだわらず、積極的に外部資源依存をオープンに展開すること、

さらに、先進国のみならず、世界中くまなくアンテナを張り巡らせ、潜在価値 の高いナレッジを感知・獲得し活用すること」11が経営戦略上の重要な視点と なることを指摘している。藤原(2015)も同様に、「メタナショナル経営の本 質とは、その管理の仕方と組織のあり方が、本国のみでなく世界中で価値創造 を行い、競争優位を構築する企業戦略である」12、と指摘している。

3.論点の整理:現代の国際経営論と重要な視点と課題

結局のところ、トランスナショナル経営論とメタナショナル経営論の相違点 はどこにあるのだろうか。どこが進化し優れているのだろうか。それは、自国 優位性から脱却して、世界中から新しい優位性を確保し現地(進出先)発のイ ノベーション活動を行っていく点であるものと考える。その際、自社のネット ワークをベースとしたり依存したりするのではなく、外部ネットワークや外部

10 浅川和宏「メタナショナル経営とグローバル・イノベーション:論点整理と問題

提起」 RIETI政策シンポジウム、2007年3月14日、P.11参照。

11 浅川和宏「メタナショナル経営の実証研究をめぐる課題」立教ビジネスレビュー

2『21世紀の重要な国際経営論の研究課題は何か』立教大学、pp.18-21、2009年3月。

12 藤原(2015)P.10参照。

(9)

資源を存分に活用していくことで知の融合を図る現実にマッチした実現可能な システムを提示したという意味で大きな進化といえよう。すなわち、トランス ナショナル経営論からメタナショナル経営論に新らたに加えられた重要な示唆 は、現地(進出先)の地域資源を活用し、現地発の学習をベースに組織全体の 競争優位を高めるグローバル水準のイノベーションを興すための能力構築の必 要性と戦略的視点であろう。

それでは、メタナショナル経営を成功させるために、具体的にどのような能 力構築が必要となるのだろうか。Dozらは、これらを

3

段階に分けて解説する。

第一段階は、新しい知識や市場を感知し、それにアクセスする能力。第二段階 は、新しい知識を機動化し、イノベーションを作り出す能力。第三段階は、こ のイノベーションを日常のサプライチェーンに乗せ売上や利益の拡大を図る能 力である13

したがって、このような「能力」構築を意識しながら、自社の競争優位を高 めるために、本国における「柵」から脱却し、自社の強みを最も発揮できる地 域に国境を飛び越えて参入することが求められる。その際には、その地域資源 や外部経済を存分に有効利用し、進出国から吸収し学び、必要に応じて組織も サービスも商品もサプライチェーンも現地から「逆流」させる形でグローバル レベルに変化させていく(イノベーションを興す)ことを狙った仕掛け作りと そのイノベーションが全社全体の収益を生み出す仕組み作りが、現代の国際経 営には有効な経営戦略となっているものと思われる。

既に述べた「イノベーション活動のパラドクスとジレンマ」を克服するため には、この現地発のイノベーションを「逆流」させ全社全体の競争優位へと統 合を図る必要がある。この点では、Govindarajan (2012)が提唱した、「リバース イノベーション(逆イノベーション)」という理論が国際経営論の議論の発展

13 中村久人「トランスナショナル経営論以降のグローバル経営論」『経営論集』第 75号、2010年3月、東洋大学、pp.106-107参照。

(10)

に貢献している。Govindarajan (2012)は、「リバースイノベーションとは、近 年のグローバル規模で活動する多国籍企業が、『イノベーション』を新興国で 興し、本国も含めた他のロケーションで活用することが可能な競争優位性の源 泉を得ているもの」と定義している。具体的には、イノベーションを新興国で 興し、本国も含めた他のロケーションで活用することが可能な競争優位性の源 泉を得ているものとして、「リバースイノベーション」を解説した。すなわち、

途上国の市場を対象として興したイノベーションが、実は、先進国でも適用で きるケースがあることを論じている。Govindarajan(2012)の貢献は、「途上国 で最初に採用されたイノベーションは、意外にも重力に逆らって川上に『逆流』

することがある」という事実発見をしたことであり、多国籍企業が「ウォンツ やニーズが大きく異なる新興国では、まったく違う市場攻略法を白紙状態から 行うイノベーションが必要である」という仮説を提示したことであろう。

他方、丸川・駒形(2012)は、リバースイノベーションの限界を「先進国で すでに利用されている製品を途上国の所得水準に合わせて機能を簡略化して安 価にする側面ばかり強調する結果となり、途上国から生まれてくる独創的な製 品やサービスを正当に評価できなくなる」14ことを指摘している。こうした点 を克服する視点として、「キャッチダウン型イノベーション」の概念を提唱し ている。丸川・駒形(2012)によれば、キャッチダウン型イノベーションとは、「途 上国の企業がローカルな市場、あるいは先進国がまだ十分に開拓していない市 場に向けて、先進国企業を技術的に後追いするのではなく、技術を別の方向に 発展させることで、こうした市場のニーズに応える製品やサービスを開発する 行動」と定義している15。キャッチダウン型イノベーションの限界は、主体が

14 丸川・駒形(2012)同上P.5参照。

15 丸川知雄・駒形哲哉「発展途上国のキャッチダウン型イノベーションと日本企業 の対応—中国の電動自転車と唐沢製作所」RIETI Discussion Paper Series 12j-029、

2012年8月、P.5参照。

(11)

途上国企業に限定されること、対象となるロケーションが途上国に限定される ことである。

いずれの理論も、先進国に限らず途上国や新興国においてもイノベーション 活動が可能であることを示す重要な視点を与えている。しかし、キャッチダウ ン型イノベーションについては、イノベーション活動の主体が途上国企業とし ているため、日本企業の国際経営という視点からは、現地発のイノベーション 活動を興し、それを全社全体に統合する視点が加わる必要がある。よって、先 進国主体の企業が途上国で技術ないしサービスを別の方向に発展させるイノ ベーション活動(逆流キャッチダウン型イノベーション)や、先進国主体の企 業が他の先進国で別の方向で技術やサービスを発展させるイノベーション活動

(オーバーテイク型イノベーション)をも含み、そこで生み出された競争優位 が子会社から全社全体に「逆流」していく視点を加えた戦略や知識移転の方法、

さらには組織のあり方を検討する必要がある(図表1-3参照)

このことから本研究では、先進国・途上国問わず進出国の子会社や合弁会社 などの現地拠点から、現地発のイノベーション活動が起点となる日本(本国)

に統合されていく現象を「逆流」として捉える。この過程で現地(子会社)か ら全社全体に知識移転や組織変革を行い成長を目指す戦略を「逆流経営戦略」

と呼ぶことにしたい。

さらに重要な課題としては、メタナショナル経営が概念レベルでは多くの研 図表1-3 イノベーション活動の分類

(出典)丸川・駒形(2012)

P.4

を基に筆者加筆修正。

途上国の所得水準に合わせた 製品・サービスの開発

途上国固有の需要や社会環境に合わせ た製品・サービスの開発

先進国固有の需要や社会環境に 合わせた製品・サービスの開発 先進国企業が開発の主体であるもの 逆イノベーション 逆流キャッチダウン型イノベーション オーバーテイク型イノベーション

途上国企業が開発の主体であるもの 倹約型イノベーション

キャッチダウン型イノベーション

(12)

究者や実務家の間で注目を集めたにもかかわらず、実証研究が十分に行われて いないことに対する限界もある。実証研究を阻む要因として、浅川(2006)は、

ナレッジと組織構造の乖離、対象範囲の広さ、分析レベルの設定、センシング 概念の測定の問題、ドミナントロジックとの関連など5つの課題を指摘してい 16。浅川が指摘するように、メタナショナル経営論は成功した大企業を対象 とした事例研究としてスタートしており、概念には曖昧さ、概念操作化の困難 さといった諸問題を克服するうえで、より照準を絞った実証研究が求められる ものと思われる。

特に、この理論をこれから適用しようとする企業にとって、グローバルに知 識を吸収し学習し全社全体の成長にフィードバックさせていくことが重要であ ることを踏まえると、そのための仕掛けや仕組みが不可欠となるが、本国優位 性を守りつつ子会社から本社へ知識移転や知識創造が具体的にどのように行わ れるのかについては、メタナショナル経営の概念では明確には言及していない。

3つの能力構築の重要性についても指摘しているが、そのための仕掛けや仕組 みは明示されていない。

そもそも、メタナショナル経営もリバースイノベーションもあたかも企業一般 のマネジメントと戦略の概念として語られるが、その分析対象となっているのは 大企業の成功企業であり、経営資源に限りのある「中小企業」にはどのように適 用していけばよいのか。中小企業の国際化に関わる動向が活発化する中で、こう した理論の中小企業における一般化は重要なヒントを与えるものと思われるが、

実証面での範疇とアプローチには、いまだ未開拓な領域が残されている。

以上を踏まえて、次節では国際経営論と中小企業研究の接点に着目しながら、

イノベーションを創出するメカニズムに焦点を当て、中小企業の海外展開戦略 への適応の可能性を検討してみたい。

16 詳細は浅川(2006)pp.19-22を参照されたい。

(13)

第3節 中小企業における海外展開の実態と大企業との違い 1.日本の中小企業の特性と海外展開の目的

国際経営戦略は通常、①間接輸出、②直接輸出およびライセンス、③海外生 産の開始、④海外生産の世界的展開、⑤海外研究開発の開始・展開という段階 に展開していく。地域選択と結びつけるならば、日本企業では輸出→発展途上 国における生産→先進国における生産と展開していくのが一般的とされる17 しかし、一般に中小企業は大企業に比べて、資金力、労働力、市場支配力など に乏しい。そんな経営資源に限りがある中小企業の海外展開の目的や進出先は、

大企業と同じ論理で決まらない側面がある。

中小企業白書(2010)によれば、中小企業の海外進出の目的として、①コス ト削減、②取引先の要請、③取引先の海外移転、④販路開拓、⑤国内の市場縮 小、の5点18を挙げている19。また、ジェトロが

Web

上で公開している、中 小企業の海外展開の際には目的を明確化したうえで海外展開すべきだとして挙 げるチェック項目20を参考にすると、このほかにも部品・商品の調達、新規 事業の立ち上げ、豊富な人材の活用の3点が加えられる。

中小企業は大企業に比べて経営資源に限りがある前提から、大企業以上に外 部資源に依存する傾向から外部環境の変化に影響を受けやすい。そのため、海 外進出の目的そのものに違いが見られる。具体的には、製造業であれば国内で

17 前掲書・山倉(2012年)、P. 96参照。

18 中小企業庁『中小企業白書』経済産業省、2010年。

19 なお、中沢(2012)では、一般に中小企業は、次の点を求めて海外展開を行うと 整理している。①コスト削減、②主力取引先の要請、③投資への配当・特許料・

技術指導料などの収入、④販路拡大、⑤従業員の確保、⑥高い技術利用の6点で ある。中沢孝夫『グローバル化と中小企業』筑摩選書、2012年、pp.90-91参照。

20 ジェトロ公式ホームページ参照。チェック項目では次の6点を挙げている。①市 場開拓、②生産コストの削減、③取引先からの要請、④部品・商品の調達、⑤新 規事業の立ち上げ、⑥豊富な人材の活用。アクセス日2016年9月3日https://www.

jetro.go.jp/theme/fdi/basic/purpose.html

(14)

の分業体制の中で取引先との関係性に依存し、その取引先の有無次第で倒産に 繋がるリスクを持つ中小企業は少なくない。そうした企業にとって、自社の成 長戦略以前に、存続のために取引先の海外移転や要請は選択の余地がないケー スも存在する。すなわち、中小企業の場合、海外進出の背景には市場拡大や成 長戦略といった、ポジティブな目的や要因が出発点にあるとは限らない実態が ある。コスト削減についても、「規模の経済」を甘受し成長戦略を講ずる大企 業と、存続のためにコスト削減を行う中小企業とではまた別の文脈となる。ニッ チな分野で特定の専門性を強みとして市場を獲得していく中小企業の特性から 考えると、コスト削減が必ずしも長期的かつ高利潤を生みだす戦略とは限らな い。人件費などのコスト削減によって海外で生産した製品の逆輸入をするにし ても、輸送費や税金、人材育成や労働問題といった海外で生産するためのあら ゆる別のコストがそこに上乗せされることや、さらに規模の経済による恩恵を 受けにくい前提条件を考慮すると持続発展的なコスト削減効果は低い。実際、

海外で慣れない生産管理や人材育成のハードルを抱えながら現地の地場企業と の競争にさらされたり、当てにしていた取引先から受注を減らされたりするな ど現地での需要不振によってかえって苦しい状況に追いやられ撤退するケース が増加している21。大量生産するにしても、そもそも国内マーケットは縮小傾 向にある。薄利多売の大量生産では持続的成長は見込めない。現地のサプライ ヤーと価格面で競争することは言わんや得策ではない。

一方では、中小企業ならではの強み、すなわち規模が小さいゆえの強みを発 揮し、成長を遂げる中小企業も存在する。中小企業の中には、競争優位を発揮 できるニッチな領域で自らの強みとなっている高付加価値(特定分野の技術や サービス)を認めてもらえる市場を求める企業家精神に溢れ常に学習意欲旺盛 な企業も存在する。こうした中小企業は、競争優位獲得や活動の場を国内に限

21 丹下英明「中小企業による海外撤退の実態」日本公庫総研レポート、日本政策金 融公庫、2015年2月、pp.24-30参照。

(15)

定していない。すなわち、大企業と同様に自らの競争優位を獲得しそれを発揮 するために、市場開拓を目的として海外進出を行う中小企業も存在する。撤退 の一方では、適正規模を前提としたニッチ市場あるいは規模の小さな高付加価 値市場に対して、市場開拓、販路拡大を図っていくことで海外市場に乗り出し 成功しているケースもある。加えて市場開拓のプロセスで、現地で獲得できる 地域資源を存分に活用し、足りない資源を最適地から上手に補完すること、す なわち現地でしか得られない「外部経済」を有効利用することでイノベーショ ンを興すケースも数は多くないものの最近になって複数見られるようになった。

このような現地から資源や知識を吸収し柔軟に対応を図ることで競争優位を獲 得していくやり方は、実は日本における中小企業の発展の歴史からみて大企業 以上に得意なものであるといえる。そのように考えてみると、既述したメタナ ショナル経営は、すでに現代を逞しく生き抜く革新的な中小企業においては海 外の現場でまさに実践が始まっているものと捉えることができそうである。

このように中小企業には、危機的状況からどちらかといえば存続のため仕方 なく海外展開を行う企業と、さらなる成長のために攻めの姿勢で海外展開を行 う企業とが混在している。これは、中小企業が本来持つ「異質多元性」に属性 を帯びていることを考えれば当然のことといえる。

したがって、中小企業にはこのような中小企業固有の海外進出の事情と実態 があることを考慮して、目的や要因を理解し戦略を検討する必要がある。

2.中小企業における海外進出における実態の変化とあるべき姿

さて、上で述べてきたような実態と条件を考慮し、中小企業白書(2014)を 参考に、進出前と進出後の目的における近年の変化を見てみると、興味深い傾 向が見えてくる。

図表

1-4

は、最も重要な直接投資先について、当初の目的と現在の目的を業 種別にその変化を示したものである。製造業では、進出前進出後ともに「新規

(16)

の取引先・市場の開拓」が最も多く、その割合は近年増加していることがわかる。

一方で、「既往取引先の随伴要請への対応」「人件費等のコスト削減」の割合は 進出後ともに減少している(図表

1-4

参照)。すなわち、製造業では、当初は既 往取引先の随伴要請やコストの削減を目的に直接投資を行った場合でも、直接 投資後は、新規の取引先や市場の開拓を進めている企業が多いことが分かる22

また、図表

1-5

は、直接投資を決定した際のポイントの推移を示したもので ある。これを見ると、「良質で安価な労働力を確保できる」の割合が高かったが、

「現地の製品需要が旺盛又は今後の需要が見込まれる」の割合が増加している。

すなわち、コスト削減から需要獲得、生産拠点から販売拠点へと移ってきてい ることが分かる23

林(2016)は、時代背景や経済や政治の動向の変化により進出国には移り変 わってきているが、日本の中小企業の海外展開における目的はほとんど変化が 見られないと指摘する。具体的には、「1960年代から現在にかけて、低廉な労 働力と市場の開拓の

2

点」24に集約されるとしている。

ここで示した近年の傾向からは、増加する日本の中小企業の海外展開を背景 に、とりわけ、生き残りをかけて海外展開する中小企業の中でも、現地で何ら かの気づきや商機を得て、市場開拓に挑み進化する中小企業の姿が浮かび上 がってくる。海外展開後に撤退や倒産するなどの失敗のケースが増えているの も事実であるが、ダーウィンの「進化論」のルールに従えば、変化する環境に

22 中小企業白書(2014)第4章第2節「海外展開の成功要因・失敗要因」中小企業庁

公 式HP 参 照。http://www.chusho.meti.go.jp/pamflet/hakusyo/H26/h26/index.html

(アクセス日2016年9月7日)

23 中小企業白書(2014)第4章第1節「成長する海外市場、挑戦する中小企業」中 小 企 業 庁 公 式HP 参 照。http://www.chusho.meti.go.jp/pamflet/hakusyo/H26/h26/

index.html(アクセス日2016年9月7日)

24 林幸治「第8章 歴史から見た中小企業の海外進出」『中小企業のアジア展開』中 央経済社、2016年、pp.110-111 参照。

(17)

図表1-4 最も重要な直接投資先の当初の目的と現在の目的

図表1-5 中小企業が直接投資を決定した際のポイントの推移

(出典)中小企業白書(2014)

(出典)中小企業白書(2014)

(18)

適応し多くの競争の中から生き残ったものが時代を創り上げていく企業とな る。そこに大小の規模は問われない。存続と成長のために強みを活かし環境変 化に適応させるために中小企業はどのような視点と戦略をもって海外展開に臨 めばよいのか、これらの点を踏まえ次節では、これまで述べてきた国際経営論 とイノベーション論と中小企業論との接点を探りながら、今後の仮説と研究目 的にむすんでいく。

第4節 中小企業とイノベーション論と国際経営論との接点はどこにあ   るのか25

1. イノベーション環境とイノベーション創出のメカニズムに関する先行研究

まず、イノベーションを興す環境という視点から、近年の外部環境の変化に 伴って変化するイノベーションの環境に関する先行研究を整理しておきたい。

近年、技術の複雑化、製品・サービスのシステム化、

急速な技術・市場の変化、

中小・ベンチャー企業による特許件数の増大、ICTの進展、多様化する先進国 社会におけるイノベーション活動の閉塞感などを背景として、顧客のニーズや 技術動向の変化に対応することに間に合わなくなった。このため、「企業の内 部と外部のアイデアを有機的に結合させ、価値を創造すること」(Chesbrough,

2003)で、自社に最も利益をもたらす方法を採用したほうが効率的であるとい

う、「オープン・イノベーション」の概念を戦略に取り入れる企業が多く台頭 した。

オープン・イノベーションは、「自社のビジネスのために外部のアイデアや 技術を積極的に活用し、自社で使わないアイデアを他社が使うようにすべき」

(Chesbrough, 2006)としている。このため、「外部のアイデアと技術を外から 流入させ、内部のナレッジを外に流出させるため、自社ビジネスをオープンに

25 本節は、拙稿「中小企業の海外展開と逆流経営戦略」立正経営論集第48号第1号 pp.77-83を基に大幅に加筆修正したものである。

(19)

することが求められる」としている。

すなわち、従来の他社への情報公開を必要としない、市場に送り出す商品を 全て自社で製造・管理する垂直統合型のクローズド・イノベーションでは、自 社内に優秀な研究者を多数抱え、自前主義で商品を開発することはむしろコス トとなり、大きな利益を得ることが難しくなった。それに代わる「イノベーショ ンを促進するための知識の移入と移出の意図的な活用の」新しいイノベーショ ン・プロセス(Chesbrough 2006)として、出現したのがオープン・イノベーショ ンである。

このオープン・イノベーションの環境において、どのような要因によって企 業はイノベーションを興すのだろうか。野中(1996)によれば、「知識創造は 暗黙知と形式知の相互変換運動であり、知識は経験と論理によってつくられる」

としたうえで、経験と論理を経て創造されたイノベーションは、企業組織の競 争優位となることを、「知識創造」のメカニズムの観点から示唆した。紺野・

野中(1995)は、主観的、身体的な経験知のことを「暗黙知」と言い、思いや メンタル、熟練やノウハウなど、言語では語り切れない知のことである、とす る。他方、「形式知」は極めて明快に言語化、客観化できる理性的な知のことで、

普遍性を求めていくものである。これは概念や論理、問題解決手法やマニュア ルであり、コンピュータで表現できる。この2つは通底しているが、アナログ とデジタル、経験と言語というような対照的な性格をもつので、そこにダイナ ミクスが起こることになる。暗黙知と形式知を絶えずスパイラルアップさせる ことが知の源泉、知の創造プロセスの基本になる、と論じている。

2. 産業集積と地域イノベーションに関わる先行研究からの示唆

以上みてきた現代のイノベーション研究は、不確実性時代においてイノベー ションはオープンな環境の中で起こることが効率的であること、経験と論理の 繰り返しによる学習プロセスを経て形成される知識創造は、模倣されにくく高

(20)

質なものであり人材や組織の能力開発にも繋がることを示唆している。こうし たイノベーションをめぐる環境とメカニズムは「産業集積」を切り口に紐解い ていくと、中小企業に有効な経営戦略を示唆してくれる。

近年、産業集積の発展のメカニズムにおける議論は、「現代社会は地域 の 時 代 」 あ る い は「 中 小 企 業 の 時 代 」 と い う 論 と と も に、Weber(1909)

Marshall(1920)

の「集積論」「立地論」から、

Porter(1998)

の「産業クラスター論」

Scott(2001)

の「創造的文化産業論」、Acs(2005)の「地域イノベーション論」へ

と議論の潮流が起こっている。これは、今日が成熟化・知識経済社会の段階に 達し、バリューチェーン(価値連鎖)の影響を得て、地域をベースとした産学 官連携、新技術利用と新産業創造といった動きが世界的に活発となっているこ とを示している。換言すれば、大量生産地域よりも学習地域の方が、地域とし ての競争力を持つようになってきている、といえる。このことは、競争力の源 泉の変化にともなって、生産システムおよび企業間の関係をはじめとする、あ らゆるインフラ環境と産業ガバナンスシステムを変革させているとともに、イ ノベーションを導くエンジンとしての「地域企業家」、すなわち「地域に根付 く中小・ベンチャー企業」の戦略にも変化をもたらしていることを示唆してい る。このことは、一般に中小企業論の枠組みの中で近年活発に議論されてきた。

このような「産業集積と地域復権」に関わる先行研究からは、グローバル時 代ゆえに、人間的な密接な繋がりが再認識され、科学や技術がどのように発展 しようとも、人間同士の繋がりを基盤とした知識創造からイノベーションが促 進される、ことが読み取れる。地域を形成している社会、制度、文化、風土、

関連支援産業、同業他社、コミュニティ等は、もともと歴史ある産地や都市に は共通して存在しているが、そうした「地域資源」を中小企業は巧みにオープン・

イノベーション環境の中で意図的に有効利用することで、自らの経営資源の限 界を克服し、さらには情報交換、学習を促進させ、競争力のある知識創造企業 へと成長できるものと思われる。ここに現代の国際経営論と中小企業論、そし

(21)

てイノベーション論との接点が見出せよう。

3.今後の研究におけるリサーチクエッションと研究目的

直近の知識経済下において、情報技術の革新によって多品種少量生産から大 量生産まで全ての生産がデジタル汎用的生産機器で遂行できるようになり、市 場メカニズムによる世界的規模での価格競争とコモディティ化が進展する「第 三の産業分水嶺」(港 2011)に突入している。

とりわけ、中小企業のものづくり分野における価値創造プロセスは、情報技 術の革新と世界各地の産業集積の存在によって分割可能となり、企画・デザイ ンから流通・市場(顧客)までのグローバルレベルの分散・再編成が進んでい るといえよう。すなわち、今日的な「産業集積」の積極的意義とは、単なる 物理的空間的距離の優位性や外部経済の発揮だけではなく、むしろ、人的能力 開発および知識創造の場として捉えるべき概念となっている。それゆえ、ヒト の存在と知識・技能などの形成、知識と技能の習得・伝播・普及、高度化、そ してその事業化には産業集積のもつ基盤性・社会関係性が重要視され(三井

2011)

、またその意義は今日ますます高まっていくものと考えられる。

こうした潮流において、今起きている状況は産業の空洞化ではなく工業のグ ローバル化に伴う分業範囲の拡大が進行し、「東アジア化」(渡辺 2007)さら には「アジア大の産業構造の広域化」(川上 2011)といった概念が提起されて いる。この文脈に基づくならば、中小企業がおかれている現状は必ずしも脅威 ではなく、チャンスにもなり得る。さらに、視点をグローバルに広げれば、そ こには、米国のシリコンバレー(西海岸南部)やドイツのジーンバレー(ミュ ンヘン郊外)、フィンランドのハイテククラスター(オウル)、イタリアの第三 の地区(北中部)ように、不確実性の時代にあっても絶えず変革を繰り返しな がら成長する産業集積が存在する。

つまり、この「分業と棲み分け」を核として、自社の得意分野と取引対象を

(22)

見定め、戦略的に不足する資源を補う立地を選定し、且つ柔軟に差別化を図れ ば、中小企業は、グローバルに生じる成長気流を自社の変革と成長に有効に活 用することを可能とする。中小企業論とメタナショナル経営との接点はここに ある。すなわち、かつての日本の中小企業が、従来不足する資源を国内の集積 から補うことで、イノベーションを起こし成長してきた仕組みを、アジア域内 に広域化する産業集積あるいは、欧米の成長力ある産業集積からグローバルに 獲得することで、彼らは自らの競争優位性の源泉とすることが可能になるので はないかと考える。これが本稿から導き出したリサーチクエッションである。

既述のとおり

Doz, Santos & Williamson(2001)は、近年のグローバル規模で

活動する多国籍企業は、現地(進出先)発の学習をベースにグローバル水準の イノベーションを世界各地で興し、本社を含めた自社ネットワークに知識移 転を行い組織全体の競争優位を高める「メタナショナル経営」の概念を提示 している。また、Govindarajan (2012)は、同様にイノベーションを新興国で興 し、本国も含めた他のロケーションで活用することが可能な競争優位性の源泉 を得ているものとして、「リバースイノベーション」という概念を提示してい る。これらの概念は、海外に拠点を持つ企業が、本国以外のロケーションで競 争優位性の源泉となりうるイノベーションを興すという点においては、上掲の リサーチクエッションと類似している。

しかしながら、これは豊かな資本力を背景に経営資源を国際間で活発に移転 させることが出来る多国籍企業を前提とした概念であり、海外で興すイノベー ションのための資源を、自らの資源移転によって調達することが困難な中小企 業は、現地発のイノベーション活動のための資源を進出先の産業集積地やそこ での社会関係性に多く依存しているのではないか、と考える。

以上を踏まえ次のとおり今後の研究目的を次のとおり示し本稿をくくりた い。産業集積(産地)の担い手である我が国の中小企業が、企業間における関 係性を構築し、かつ能動的にその関係性を活用し、どのようにして現地発(海

(23)

外進出先)のイノベーションの促進に結びつけていくのかといった問題意識か ら、国際経営論とイノベーション論と中小企業論とのフレームワークにおける 接点を切り口として、海外における集積の経済性の活用と、グローバルレベル の競争優位性の構築との関係性の実態を、明らかにすることを目的とする。そ の際、海外展開する中小企業を国・地域別に加えて業種別にケーススタディに よる検証作業を行いながら、グローバル時代の日本中小企業の新たな国際経営 戦略モデルを提示する。とりわけ、現地子会社のイノベーション活動が現地で どのように展開され、それが本社を含めた全社全体にどのように逆流し、競争 優位を構築していくのか、知識移転のメカニズムや組織のマネジメントに焦点 を当てながら、その実態を明らかにしていく。

以上

謝辞

本研究は、科研費・基盤研究B海外学術調査(研究課題番号

26301025:

「日 本中小企業のアジア域内における分業構造とリバースイノベーションとの関係 性」研究代表者:吉田健太郎)の助成を受けたものである。ここに記して感謝 の意を表します。

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参照

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脚注 [1] 一橋大学イノベーション研究センター(編) “イノベーション・マネジメント入門”, 日本経済新聞出版社 [2] Henry Chesbrough

(1999) Blown to Bits: How the New Economics of Information Transforms Strategy, Harvard Business School Press. 藤本隆宏

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