生産物市場の不完全性と為替レート調整 41
生産物市場の不完全性と為替レート調整
田中茂和
I 序
Ⅱ 弾力性論争と企業の価格安定化政策
Ⅲ 硬直価格と為替レート調整・部分均衡分析
Ⅳ 硬直価格と為替レート調整・一般均衡分析
Ⅴ 結 語
I 序
本論文は,不完全競争(非競争の意。以下同じ)の下での国際収支調整 策,とくに外国為替レート調整策をめぐってこれまで行われたさまざまな論 義・主張を広く紹介し,それらの論点・脈絡を整理しながら,若干の論評を 加えることを目的とする。かって筆者が不完全競争と国際貿易に関する諸研 究の展望論文を発表した際,国際収支調整の分野を無視した(田中[1973]
参照)。外国為替市場と財市場との関係を考察対象とする収支調整メカニズ ムの理論は,以下でみるようにわずかの例外を除けば,すべて完全競争の下 での分析である。しかし今日に至っては,われわれの経済経験からも実証分 析の内容からみても,為替レートの変動が輸出財・輸入財の価格の動きに余 り反映されていない,という事実は客観的認識となっているものと思われ る。
もとより不完全競争と国際貿易の分野は,国際経済学において,いわば開 発途上というよりはむしろ後進国的研究段階にあるといえようが,このこと は収支調整に関してとくにあてはまる。国際収支調整策としての為替レート の変更は,いうまでもなく為替レートの変動と輸出額・輸入額の変動が密接 な関係にある,という国際貿易における価格メカニズムの働きを信頼してこ そ成立する。
そうした価格メカニズムの実効性をめぐって歴央的には,弾力性悲観論・
楽観論の応酬・という形でまず理論的な検討がなされ,その後実際の ~ìi 力性 の計測に及んだ結果,その正しい働きが立証されるに至った。しかし最近の 経験で明らかになったことは,国際貿易の価格メカニズムは価格の変化に対 して輸出入が反応しないのではなくて,むしろ価格が適切に変化しないか,
もしくはそのスピードが緩慢である点に問題があるという事であるoかくし て収支調整メカニズムを考察する坊‑合,輸出財・輸入財価格の硬直性,より 一般的には貿易にたずさわる企業の価格政策を考応する必要性が生じる。
ひるがえって考えてみると,不完全競争の理論と国際経済の理論が相互 に独立に発展してきたこと,いいかえると国際経済の分野における不完全競 争理論の適用が著しく遅れている現状の主要な背景は,最近では根岸・二階 堂・マーシャクらによって不完全競争の一般均衡論的反聞がみられるにせ よ,ジョンソンがかつて指摘したように,後者がすぐれて一般均衡論的プレ イムワーク内で反閲されているのに対して,前者が主として部分均衡分析に 限定される点にあろう(Johnson[1967J参照〉。
乙うした両分野の分析手法の相違は, 国際経済の他の分野に比して,と くに収支調整の分野に強く影をおとしているD 第百節でみるごく最近の諸研 究を例外として,既存の議論の多くは弾力性アプローチに依拠しているo と もあれ最近の経験的事実にてらしあわせると,国際収支調整の理論分野にお いて,不完全競争=硬直価格アプローチに正当なポジションを与えようとす
る姿勢は当を得ていると思われる1
E 弾力性論争と企業の価格安定化政策
管理為替レート制度の下での為替レートの変更,あるいは変動為替レート 制度の採用は,弾力性の条件が満たされているかぎり,国際収支の不均街を 調整する有力な政策手段であるO 為替レート切下げ効果に関する,ロビンソ ンの古典的な論文 (Robinson[1937J)に端を発する弾力性アプローチの妥 当性は,ロビンソン=メツラ一条件,あるいはより簡単なフォームの,いわ 1 この名称の名づけ親は隼者ではなくマギーである。 Magee[1975 ,] P.223参照。
生産物市場の不完全性と為替レート調整 43 ゆるマーシャノレ=ラーナ一条件が実際に成立する可能性があるか否か,をめ
ぐって吟味された。
実際1940年代から1950年代にかけて,価格弾力性を計測する試みが数多く 行われた。その結果,とくに輸入需要の価格弾力性が小さく,そのため変動 為替レート制度の下で外国為替市場の均街が不安定となりやすく, またア ジャスタブノレ・ペッグの下で為替レートを切り下げても収支が改善しない可 能性が強くなると論じられた。この弾力性悲観論と呼ばれる見解は,変動為 替レート制度の採用および管理為替レート制度における為替レートの調整の 実効性に対する有力な反対の論拠となった。しかしその後の計量分析の進歩 とともに,弾力性悲観論の根拠となっている弾力性の計測値は過少であるこ とが明らかにされ,弾力性悲観論に代って弾力性楽観論が支配的な地位を占 めるに至った。
為替レート変更の諸効果を主たる分析対象としてきた国際収支の理論は,
1930年代以降弾力性アプローチにとどまらず,周知のように,さまざまなア プローチに基づいて艮閲されてきた20ちなみにジョンソンは, 年代!肢でな く理論的精激化の段階に応じて,それらを次のように分類しているD すなわ ち,弾力性アプローチ,アプソープション・アプローチ,ケインジアン来数 アプローチ,ケインジアン政策アプローチ,マネタリー・アプローチの5つ である(Johnson[1976J)。また根岸はロピソン・メツラーによる郭力性ア プローチ,ハーン・ケンプの一般均街論的アプローチ, ミードによるケイ
2 凶際収支の理論に対する包括的な展望は, Negishi [1968J, Bloomfield [1969J, Krueger [1969J, Stern [1973J, Magee口975J,J ohnson [1976J等によって なされている。ほとんと すべての展望論文において,不完全競争=硬直価格アプロ ーチは注目されていない。例外は,ブルームフィーノレド,マギーにみられるにすぎ ない。前者は信mi!市で検討するグレイの分析 (Gray[1965])を,後者はそれに加 えてダンの分析 (Dunn[1970])を論評している。不完全競争と為替レート調整 に関する既存の諸研究のサーヴェイは,簡潔ではあるが,ジョンソンとホームズ lとより試みられている(Johnson[1967J, Holmes [1978J; pp.145‑146)。前 者においては,他のやや直感的すぎる諸研究とともに,プレムズ (Brems[1953])
とグレイ(前犯)のモデjレを吟味している。いずれlとせよ,生者の知る限りでは,
オフィサーの分析 (Officer[1966])ば,これまで正当な評価を受けていない。
ンジアン・アプローチの3つに大別する3(Negishi [1968J) 0一方,マギー は,弾力性アプローチ,アブソープション=マネタリー・アプローチ,不完 全競争=硬直価格アプローチの3つに分類している (11agee [1975J)0本論 文はマギーの提唱した不完全競争=硬直価格アプローチが,それを支持する 経験的事実が存在するにもかかわらず,これまで充分な注意が払われてこな かった点に注目し,正当な扱いを与えようとするo
最近では実際の弾力性の計測,すなわち弾力性条件の経験的リリーヴァン スの検証のみならず,為替レート変更のもたらす諸効果に関して広く実証研 究が行われている口実際の輸出入価格の変動がどの程度為替レートの変化4
を反映しているかについての統計的分析の成果内容のうち,乙こでとくに注 目されるのは寡占的価格ビ、ヘイヴィアの指摘であるD
理論のおいている仮定を緩和し,フロンティアを拡大しようとする試み は,単に理論的関心のみならず,政策的関心にも由来する。それ故フロンテ イアの拡大が実際的な意味でサポータフ、、ルであるには,その拡大方向が現 実世界において決してレア・ケースでないことを示すのは重要な作業であ
る。
わが国経済は最近では1977年から1978年にかけて極めて急激な円高を経験 した。その際日本の輸出品の外貨表示価格はさほど上昇せず,輸入品の自国 通貨表示価格はさほど下落しなかったD そうした中で経常収支の黒字幅は縮 少せず,逆に拡大するといった傾向が続き,いわゆる jカーヴ効果のあらわ れと論じられた。しかし,為替レート変更の収支効果の時間径路,ないしタ イム・ラグに関する jカーヴ効果と硬直価格の下での収支調整のおくれ,な いし撹乱とは正しく区別されねばならない。
3 各アプローチの名称は根岸でなく筆者による。
4 さまざまな実証分析については, Miles [1978J第3章,および Magee口975Jで 展望されている。国際貿易における価格弾力性に関する諸研究については, Stern, Francis and Schumacher [1976Jが詳しい。それは簡潔な内容紹介とともに,
近年の主要な研究を理論・実証の両分野にわたって網羅しており,体系的なビブリ オグラフイカJレ・ノートとなっている。不完全競争=硬直価格アプローチによる研 究成果として Dunn[1970Jが唯一言及されている。さらに最近の入念な研究と
して Kravis and Lipsey [1978Jがある。
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為替レート変更の収支効果の時間径路は三つの段階から構成される。最初 に,カレンシィ・コントラクト (CurrencyContract),次いでパス・スノレ ー (Pass‑throngh),最後に量的調整 (QuantityAdjustment)の段階であ る (Magee[1973J参照)。これとの関連でいえば,為替レートの変更が輸入 品心国内価格(自国通貨表示),輸出品の国際価格(外国通貨表示)の変化 にどの程反映されていくか,というパス・スルー効果が,統計的検証の考察 対象となる。筆者は寡聞にして, 日本についてのこの種の研究は未だ知らな い。日本以外の主要貿易国に関するそうした統計的分析の結果,輸出財・輸 入財価格の硬直性,ないしは輸出入企業の価格安定化政策の実態が明らかに
されつつあるo
ホームズは,イギリス主要輸出企業について面接調査を行い,為替レート の切下げに対する輸出価格動向のファクト・ファインデイングにつとめた
(Holmes [1978J)口それによれば,輸出品の国際価格を切り下げにもかか わらず維持しようとする勤きがみられ,大半の!I命出企業が寡占的相互依存関 係を認識している事実が判明した。ただし,寡占的相互依存関係を強調する あまり,固有の市場概念を用いており,財‑のタイプの相違にほとんど注なが 払われていない点が気がかりであるO 又実証分析とやや独立に展開されてい る理論的分析が中心の後半のパートに, ミスリーディングな結論が述べられ ている。第lの点は,為替レート切下げの場合,輸出価格引下げが輸出価格 維持よりも企業利潤率の観点からみて有利である条件が,ラーナ一条件よ りもはるかに制限的な条件であるという命題である (Holmes,前掲書, pp.
124-125 参照)。しかし,ホームズの考案対象は ~i命出価格動向に限定されて おり,輸入価格のilllJきについては外におかれているo たとえ輸入価格が切下 げIJI!Jと同じ幅で変化したとしても,グレイの分析でも明らかなように (Gray [1965J),輸出価格維持ω下では,ラーナ一条件5は為替レートの切下げの 収支調整に関する実効性を過少評価するものであるD 第2に,ラーナ一条件 5 ~平力性アプローチの外国為替市羽-の安定条件は,マーシヤノレ=ラーナーの条件とい うよりは,むしろラーナ一条件とn子ぷ方が適切かも知れない。小宮・天野口972J, p.319参照。
は収入タームで表現され,利潤タームでは何も教えてくれないと主張される (Holmes,前拐書, p.160,第7章脚注2参照、)。この点についても,輸出 産業独占の下でラーナ一条件を利潤タームで検討することは百能であり,そ の場合でも上述と同じ結論を導きうる(田中[1979aJ参照)。
今日の経済においては,輸出にせよ輸入にせよ,貿易における非競争部門 のウェイトが高いことは確かであろう。例えば世界貿易の主要国の一つであ る西ドイツについては,非競争産業がその輸出,輸入総額の半分近くを占め ているo 日本経済の場合貿易の多くは商社を通じて行われている。しかも商 社の貿易取扱い高全体に占める十大商社のシェアが極めて高いことは周知の 事実であり,そのことは日本の貿易における価格の硬直性と何らかのかかわ
りがある乙とは容易に想像されよう。
シュタインヘノレ=モレノレは為替レートのパス・スルー効果を観察する上で,
貿易部門を非競争・競争部門に分ける二分法的接近の主要性を強調している (Steinherr and Morel [1979J)。彼らの最近のデータに基づく分析によれ ば,為替レート変更に伴う価格反応は,両部門の同でかなりの違いをみせ,
非競争部門における価格の硬直性の存在が確認されている。またダンは部分 的ではあるが,若干の貿易財について時系列データによる回帰分析の結果か らみて,為替レートの変更と相対価格(カナダ・ドノレ表示価格とアメリヵ・
ドル表示価格)のillbきとの聞に密接な関係がないことを指摘した (Dunn [1970])。
より包括的かつ綿密な実証分析はクライニンの手によって行われている (Kreinin [1977J)。彼の分析は大国・小国を問わず,主要先進諸国の貿 易財の価格動向を考察対象として,パス・スノレー効果及びラチエツト効果 (ratchet effect)の統計的検証を分析目的とする。例えば,アメリカの輸 入に関しては, ドノレの切下げに応じて外国の輸出業者がその切下げ幅の半分 以上を輸出価格引下げによって吸収した乙とが判明する。以上検討してきた ように,為替レート変更のパス・スノレー効果は充分に作用していないこと,
そしてそれは主として輸出入企業の価格安定化政策に起因する乙とは別らか であるo
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E 硬直価格と為替レート調整:部分均衡分析
為替レート変更の収支調整メカニズムに関して,関連するこつの問題があ る。一つはどのような条件の下.で為持レートの切下げは貿易収支を改善しう るか,という問題であるD いま一つは,為替レートの変動が交易条件に及ぼ す ;T~響はどのようであるかである O 以下では主として前者に焦点を合わせて 論じるo
学説史的にいえば,ごく最近に至るまで,不完全競争と収支調整に関する 議論はほとんどすべて弾力性アプローチに依拠して展開されてきた。つま り,そこでの外国為替市J見・の安定条件である「弾力性条件Jを不完全競争の 局面で再解釈するといった方向で論議されてきた。本ili:iではこうした手法に 基づく分析を検討するD 次節では, iは近世に出たケインジアン・アプローチ における価格安定化政策の考慮といった形での分析を概在日するO
収支調整の理論において「完全競争Jの仮定の緩和が試みられたのは,戦 後の為替レート切下げ効果に対する開力性アプローチの妥当性,そしてそれ に引きつづく弾力性楽観論・悲観論論争に端を発するo生産物市:I:sω不完全 性は,切下げの収支改善効果を減退させるか,ないしは無効にさせるとし て,弾力性悲観論を支持する主張が行われた。このような主張の典型的な論 者としてパローおよびストリートンを挙げることができる (Baloghand Streeten [1951J Streeten [1954J参照)。しかし乙れらの分析は,国際貿易
における屈折需要曲線の適用可能性を論じてはいるが,極めて日 rlL~的な議論 であり, ミスリーディングな結論を導いているo 彼らの議論は,弾力性悲初 論に有利な展開を示しているが,以下でみるように理論的にサポータブソレで ない。さらに昨力性分析は部分均衡であり,国際収支の安定性分析には不適 切な手法であると述べられるD この点についても完全な容認ができないが,
後述の機会を待とう。
パロー=ストリートンと対照的な結論が,プレムズの独占的競争仮定に1);
づいた分析から導かれているのrerns[1953J)0 Vlは国際貿易における競争 が,価格競争の j見合とゴ1:. 佃Î1件競争の Jbi合とで,為主主レートの収支改~~:効果を
相違せしめることを指摘したD 彼の得た結論は,第1に 価 格 競 争 の み の 場 合,為替レートの切下げは収支を改善させるD 第2に非価格競争の場合,製 品の差別化と販売買用の代替性を認めるならば,切下げの収支改善効果は価 格競争の場合より強まるであろう。製品の差別化は自国通貨表示のコスト であり,販売~1:用が,外国通貨表示のコストであるならば,切下げは販売資 用から製品の差別化への代替を引きおこし,輸出利潤を増加させる。又輸入 については,切下げはいまとは逆方向の代替を引きおこし,輸入利潤を減少 させるO かくして第2の結論が導かれる。
しかし以上のプレムズの議論には誤りがあると思われるo それは,自国 の生産者が外国市場における独占的競争上唯一の企業であり,国内および外 国市場で互いに競争する自国企業ク事ループの一つではないという仮定に関係 するD プレムズの議論に対しては批判的なコメントがなされた。まず、ハロ
ッドは次の二点を指摘する。第1に,寡占的諸要素が存在するならば,個別 生産者の直面する需要曲線の独立性は妥当しない口第2に,個別生産者の直 面する需要曲線は1より大きな弾力性値をもっというものの,それは外国市 場における自国生産者クツレープの直面する需要曲線には必ずしもあてはまら ない (Harrod[1953J)。
さらにスプレイオスはこの第2の点を再び強調し,より綿密な検討を加え た。すなわち,切下げは全ての競争的輸出業者の外国販売価格を引き下げる 以上,各企業の直面する外国需要曲線を左ヘシフトさせるであろうD かくし て観察される外国の需要弾力性は,乙のシフトの効果を含むため1より小さ くなるかも知れない。結局ハロッドの批判の有効性は,切下げ固による輸出 の内と、れ位が競合生産物で、あるかによる (Spraos[1956])。
これらの批判的コメントに対してプレムズは次のように反論しているD ハ ロツドに対しては,外国市場における自国のジェアが小さく, 自国の輸出は 外国市場で唯一か, もしくは自国の競争者と結託している,という暗黙にお かれた2つの仮定を強調し,したがって寡占的相互依存性を無視している以 上,ハロツドの批判は当らないと反論しているD さらにスプレイオスにも反 論する (Brerns[1956J, p.737参照)。
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以上のように,プレムズの価格競争を通じた独占的競争のケースにおける 切下げの実効性に関する見解は,独占的競争の下での極めて限定されたケー スにのみ妥当すると思われるo しかし製品の差,販売支出の変化を通じる調 整に関する分析は,意義ある貢献であるo
よりフォーマノレな精織化された分析は,グレイ (Gray[1965]),オフィ サー (Officer [1966]),筆者(田中日979a])によって展開された。また ダンの分析は叙述的なモデJレではあるが,確立された議論であり,価格安定 化政策の主体を明確に区別したすぐれた内容を示している (Dunn[1970J)。 最初にグレイは輸出企業が為替レートの切下げ後も依然として外国通貨表示 の輸出財価格を維持しようと努めるならば,ラーナ一条件は国際収支調控策 としての平価変更の実効性を過少評価する乙となる乙とを示した。逆にいえ ば,輸出産業が寡占的市場構造にあるならば, ラーナ一条件は平価変更が有 効であるために実際に必要な条件を誇張するものであるD グレイは輸出価格 安定化政策の要因として寡占市場の存在,及び一定の国際価格で輸出される 商品を含む国際商品協定等を指摘するが,天然資源の国際市場の多くが寡占 的市場構造にあることを考えると,その区別は分析上決定的なものではない であろうo
一方,オフィサーのモデノレは弾力性アプローチとは独立の固有な概念を用 いている。彼のモデノレは輸出産業に独占が存在する場合を想定している以 上, グレイのモデノレのように4財モデノレを用いる必要がない。乙の場合外国 為替の需要・供給山線は輸出財・輸入財市場のそれらから導かれる完全競争 の坊‑合と異なり,輸出独占者の利潤画数から導かれる。すなわち独占者は 所与の為替レートの下で自国通貨表示の利潤を極大化しようとする。以上の モデノレから導かれた結論は,完全競争モデノレと違って,不安定均衡を合む複 数均衡成立の可能性がなく,たかだか唯一の安定均衡が成立する,というこ とである。彼の分析は代数的な証明と幾何的な証明とによって構成されてい るo しかし代数的証明とは独立に幾何的証明が可能であり, さらに後者に よってはじめて唯一かっ安定的な均衡の存在が明らかにされる。前者は外国 為替の市:要曲線が右上り,供給曲線が右下りではありえない乙とを証明した
にとどまる。
オフィサーの分析により,輸出産業における独占は均衡の一意性・安定性 を高めるととが知られたが,為替レートの変更の収支調整に及ぼす効果が,
市場構造の相違によりいかに異なりうるか,という問題に答えられるように はなっていない。またその数式モデノレが弾力性タームでなく利潤率タームで 表現されており,一般性に欠けるoそこで輸出産業独占の下での為替レート 政策の実効性に関する部分均衡分析を,独占の下でのラーナ一条件を直接導 出する手法で示したのが,前稿(田中口979aJ)である。そこで得られた結 論は,前述のグレイのそれとほぼ軌をーにする。要するに部分均衡分析の限 りでは,市場構造の完全競争からの来離は,外国為替市場の安定性にポジテ ィヴな貢献をするといえようO
最後にダンの分析に移ろう。彼はまず輸出企業が価格安定化政策をとり うる前捉条件を示す。第lに当該企業が充分に高い手Jli閏マージンをもってい ること。第2に為替レートが制限された範囲内で動くことD 第3に当該企業 のij!命出比率が充分に高いことであるO そして価格安定化政策をとる経済主体 を愉出業者,輸出企業の販売子会社,輸出企業とは独立の外国販売業者の三 つに明確に区別し,各価格安定化システムの為替レート変更に伴う収支効果 に及ぼす影響を検討した。それぞれのケースについて,輸入需要・輸出供給 の弾力性を推測し,ラーナ一条件の再解釈を試みた結果,以下の結論を築い ている (Dunn~1970l) 。第 1 に輸出業者,そして親会社への利潤送金を行う 販売子会社の場合は安定的である。第2に独立の外国販売業者の場合は,手Jl 日日送金が生じないので不安定である。最後ではあるが重要な乙ととして,第
3に硬直価格は為替レートの変更にもかかわらず貿易量の変化をひきおこさ ないという命題には,二つの留保が必要であることoすなわち,為替レート の変更に伴い,外国市場での販売努力に変化が生じたり,あるいは生産立地 のシフトを招くならば,外国為替市場の安定性は一層強められるであろう。
ダンの分析は叙述的であるが,彼の導いた結論が正しいものであることは代
数 (l~ 証明により容易に碓められる。
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町 硬直価格と為替レート調整:一般均衡分析
前節で検討してきた諸研究は,弾力性アプローチに依拠するものばかりで ある。弾力性条件は幾つかの仮定に基づいているo暗黙的には,すべての市 場における完全競争の存在,初期における収支均衡の成立等が仮定されるo
明示的には,同質的,ないしはアグリゲィティヴな輸出財・輸入財の存在,
そして国内財,もしくは遊休資源の存在(輸出入の供給弾力性無限大)等が 仮定されているo
ラーナ一条件や,より一般的かつゆるいロビンソン=メツラ一条件のよ うに,経常収支,とくに貿易収支に焦点を合わせ,輸出入の需要・供給の郭 力性を用いて,為替レートが変化したときの国際収支の変化を分析する考え は,経済の一般均衡を規定している諸市場の内,輸出財・輸入財市場と外国 為替市場のみをとりあげ,他の諸条件をほとんど考慮していない。乙のよう に弾力性アフ。ローチが,国際収支を分析するための手法として,すぐれて部 分均衡論的性格をもっているとして,その限界が論じられ,現実的な配慮を 加える必要性が強調されることはしばしばある60
しかし,根岸が正しく指摘したように,粗代替性の条件がみたされ,財の 聞の交叉効果がなければ,ラーナ一条件は,外国為替市場の安定のための一 般均衡論的必要充分条件なのであるo交叉効果を零とするのは必ずしも部分 均衡分析を意味しない。けだし,切下げに伴う正と負の所得効果が互いに相 殺しあい,その和が零になると考えられるからである (Negishi [1968J参 照)。
弾力性アプローチによらず,為替レートの価格効果のみならず,所得効 果に関する明示的な扱いを含む硬直価格と為替レート調整に関する研究が 最近相次いで発表された。それらは根岸と大山により行われた (Negishi [1979a], [l979bJ及び大山[1980J)。
根岸はケインジアン・アプローチに立脚し,貿易を行う主体が,輸入業者 6 弾力性アプローチの部分均衡分析的限界については,例えば小宮・天野口972J.
p.325を見よα
のみ,輸出業者のみ, 自国の輸出入業者である三つのケースについて,為替 レートの価格効果・所得効果をへて,最終的にレート変更が貿易収支に支え る効果が如何なるものかを考察した。その結果,始めの二つのケースでは不 安定性は生じないが,最後のケースでは,切り上げ国が大幅な黒字国である 場合には不安定性が発生することが明らかにされた。さらに大山は,貨幣・
債券市場を入れた一般的な不完全雇用モデノレで,経常収支のみならず,資 本収支を含めて,分析を一層拡張した。
V 結 圭豆ロロ
これまで検討してきた不完全競争,ないし硬直価格の下での為替レート調 整に関する諸研究の示す限りでは,完全競争のードでのそれに比べて国際収支 にとくに不安定な効果をもつことはなさそうである。とはいえ,乙の問題に 関して一定の条件の下で碓定的な乙とがいえるのは程遠いD 貿易財の価格の 硬直性が,どのような要因によって発生しているのかも重要な問題であるか も知れないが,硬直性を所与としてそれが収支調整メカニズムにどのような 影響を及ぼすかをみることはより重要な課題であろうD
理論的な分析がより盛んに行われねばならないことはいうまでもないが,
為替レートの変動に伴う収支動向に関する実証研究がより一層行われねばな らない。これまでの実証研究成果からみて,今後の研究は,貿易を全体とし て取扱うのではなく,競争的コンポーネント,非競争的コンポーネント各々 に対し,別個の説明を付加する方向で展開されねばならない。そして一層の 実証研究が理論にフィードパックされる乙との重要性はいくら強調しても強 調しすぎることはないであろう。ここでもまた国際貿易の理論と産業組織論 との有機的総合が望まれる。
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