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異質な企業環境への現代経営理念の適用可能性に関する予備的考察

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異質な企業環境への現代経営理念の適用可能性に関する予備的考察 199

異質な企業環境への現代経営理念 の適用可能性に関する予備的考察

一節 現代企業の経営理念   1 経営理念の概念   2 経営理念の動向 二節 経営理念と企業環境   1 理念の普遍性   2 理念の特殊性

 経営理念は企業行動のための価値前提をなし,企業の活動を方向づける。現代の資本主 義社会における企業は,利潤追求に重点を置く伝統的な経営理念に代わって,社会的責任 を強調する新しい経営理念をもつことを不可避的に要請されつつある。かかる経営理念は 企業が東南アジア諸国の如き異質な経済環境に進出するとき,どこまで適用可能であろう か。本稿では,現代の経営理念の動向を跳めるとともに,特定の経営理念の普遍的適用可 能性の問題について若干の予備的考察を行ないたい。

一節 現代企業の経営理念

1 経営理念の概念

 経営理念なる語は一般に,企業と社会との関係に関して,ならびに企業の運営方針に 関して企業もしくはその主体としての経営者が公式的に表明する信念や基本的見解と関連 するとみてよく,経営イデオロギー,経営哲学,経営信条,等の語とほぼ同義に用いられ

る。経営理念は,経営者の公式的な声明やいわゆる社是・社則のうちに具体化されている。

 企業および経営者はかくの如き経営理念をもつのが普通であり,またもたざるをえない。

企業は,その存在と行動との正当化ならびに合理化,探究さるべき理想を描き出すこと,

およびその組織・政策・指導者についての判断ないし評価の基準の確立を必要としており,

       (注1)

それらを充すものが経営理念である。企業の存在と行動の正当化についていえば,企業が その存続と発展のためには,企業の内外をめぐるさまざまな利害関係者の協力と是認を必 要とする以上,企業イデオロギーが不可避的に出現することになるといわねばならぬ。企 業の正当化と経営理念との間の関連に関しては,更にサットンらのいうような経営者個人 の心理的性向も重要である。かれらは経営イデオロギーの本質を「緊張」理論によって説 明しており,経営者が個有のイデオロギーを求める理由をつぎのようにいう。

(2)

200

 「要するに,われわれの命題とは経営イデオロギーの内容は,経営という役割の中でひ とびとが殆んど必然的に直面するところの緊張の見地から最もよく説明しうるというもの である。事業家は,事業家としての役割が引き受けを強いるところの行為によって,なら びにかれらが家族とコミュニティの中で演ぜねばならない他の社会的役割の相競う要求に よって引き起こされる情緒的相克,不安,および疑問の故に,その特定種類のイデオロギ ーに固執するのである。文化的伝統という環境の中で,ならびにパブリックに容認可能で あるような範囲内で,イデオロギーの内容は,これらの相克を解決し,これらの不安を軽 減せしめ,これらの疑問を克服するように形づくられる。個々の事業家にとってはイデオ ロギーの機能は,その職業の要求に対応するための心理的能力をかれが維持することを助 けることである。イデオロギーは事業家としての行為を要請せられているひとびとにとつ        (注2)

ても,ならびに全体社会にとっても機能的重要性をもつということである。」

 企業はなんらかの理由によって経営理念をもっているのであるが,経営理念の存在理由,

ひいてはその目的と性格は,上述のように示しうる。そして,経営理念のそのような特質 のいずこに注目するかに従って,経営理念の概念は論者によって多様なものとなるのであ る。経営理念を企業目的の複合体とみ,その特質をとりわけ,企業目的への組織構成員の       (注3)

指向の実現にあるとみる立場,あるいは,経営理念を企業と社会との関係についての指導       (注4)

原理に関するものとみる立場が生ずることになる。ここでは,一応経営理念を,.はじめに 記したように,企業の存在と運営をめぐり企業ないしその主体としての経営者によって抱 かれる基本的な,思想・信念もしくは方針を意味するものと解し,その存在意義を企業が その環境に適応しつつ存続・発展するための基本的な,用具ないし手びきとして理解する

ことにしたい。

 かかる理念は具体的には,企業や産業によって異り,多元的な形で存在する。この点に 関しスタイナーは,経営イデオロギーが経営者の階層によって,また,企業の規模,産業 のタイプ,経営者の年令,経営者の教育的背景,および企業の成功の程度によって異りう ることを指摘している。即ち,大企業の最高経営者のイデオロギーは,小企業の経営者の それとは異るかもしれない。イデオロギーはまた,同じ企業の経営者の間でも変るかもし れない。トップ・レベルの経営者のイデオロギーとミドル・レベルの経営者のそれとは異 なるかもしれないのである。競争,政府権力,および自由貿易といった問題についてのイデ オロギーは,産業面に異るかもしれない。高直の経営者は若年のそれに比して,より保守 的な見解をもつかもしれない。教育的背景がさまざまに異る経営者達は,多くの事柄に関 して,異った見解をもつかもしれない。最後に,利潤追求に成功をおさめている企業は,

       (注5)

必死に存続に努めている企業とは異なった信条をもつかもしれないのである。

 経営理念はこのように多元的たりうるが,しかしながら,現代の資本主義社会の経営理 念を眺めるとき,全体としてそこに二つの大きな類型を認めることができる。一つは,企 業についての伝統的な見方を基調とする理念であり,他は,新しい企業観に立脚するそれ

(3)

異質な企業環境への現代経営理念の適用可能性に関する予備的考察

201

である。

2 経営理念の動向

 現代の経営理念の動向については,米国における経営理念の動向が参考になると思われ る。米国の経営理念の実態分折に関しては,前記のサットンらによる研究が有名である。

周知のようにかれらは,1940年代末期の経営理念を分折し,私的営利の追求を強調する

「古典的理念」と並んで,企業の社会性を強調し企業の社会的責任を主張する「経営者理 念」の存在を明らかにしているが,かれらのいう「経営者的理念」ないし,新しい企業経 営理念は,1950年代以降の米国事業界においてその存在を明瞭に認めうるであろう。例え ば,米国の代表的企業の経営者達による,コロンビア大学での一連の講演(Mackensey 講演シリーズ)は,このことを裏付けている。即ち,企業の目的ないし経営者の役割につ いての一つの代表的見方は,つぎのようである。「企業の所有者は利潤最大化のためにそ の財産を思うがままに用いる権利をもつという旧い概念は,所有権はある拘束的社会義務 を担うという信条へと進化するに到っている。今日の経営者は,所有者のためののみなら ず,労働者のための,そして実にわが社会全体の受託者として奉仕する。……会社は,株 主,従業員,顧客,およびパブリック全体の諸要求の間で公平なバランスを維持するとい        (注6)

うその責任について鋭く気付くに到っている。」

 また,ある経営者は,出資者に対する企業責任と並んで,社会,顧客,従業員,および       (注7)

取引先という諸グループに対する企業責任を強調する理念を発表しており,更に,他の経       (注8)

営者も,企業の社会的責任を強調する。

 かくの如く,新しい経営理念は,企業の巨大化および所有と経営の分離を認識し,所有 者以外のものからもなる一種の社会システムとしての現代企業に焦点を当てるが,かかる       (注9)

理念はまた,政府観および労資観に関して対照的である。古典的理念の政府観にあっては 政府の基本的役割は競争の維持であり,政府への不信がみられる。経済の安定成長の自動 的実現が説かれ,政府財政の拡張は望ましくないとされる。しかるに,経営者的理念にあ っては,政府の経済的役割が認識され,政府との協調の必要性が認められる。コロンビア 大学での前記の講演で,ある経営者はいう。「企業と政府は,敵対者たるわけにはいかな い。われわれの利害は甚だ共通的であり,また,われわれへの挑戦が甚だ恐るべきもので あるからして,現代はわれわれの同盟の強化を要求している。それぞれの成功は大いに,

他者に依存する。今日,企業と政府はそれぞれ,他者の問題に更に係わりあうようになり

   (注10)

つつある。」

 労資観についていえば,古典的理念にあっては,労働組合は否定されるとともに財産管 理への経営者の権利が強調される。他方,経営者的理念においては,組織のひとびとの人 間的価値への配慮の必要性が強調され,また組合の存在の受容への傾向がみられるのであ る。前記の講演シリーズでは,つぎのような発言がみられる。

(4)

202

 「能力がそれ自らの座を見出すであろうといういうことは,もはや当然のこととは考え られない。現代の会社の時代にあっては経営者は,成長と開発の機会をひとびとがもっこ とを確実たらしめるための明確な方策をとらねばならない。さもなくば,ひとびとのうち の余りにも多くのものが,組織づくりのプロセスの中で失われていきそうである。これが,

今日の経営者の主要な責任の一つであり,そのひとびとに対してのみならず,われわれの        (注11)

自由社会に対する責任である。」

 米国の企業をみるとき,このような特質をもつ二種の経営理念が存在する。小規模企業        (注12)

の理念は古典的な理念とかなりに等しいこと,また,企業一般についても古典的な理念も 依然みられることも指摘される。後者についていえば,例えばロリグは,実態調査の結果 は企業経営者は株主に対し第一次的責任を感じており,他のグループへの責任と株主に対 するそれとの間には責任の重要性の強調に関し大きな差異がみられること,また,最高経 営者と財務担当経営者との間に見解についての大きな差異も見られなければ,企業規模の       (注13)

差異によっても大きな相違もみられないことを指摘している。古典的理念が今日でも,依 然として根強く存在していることは否定しえないとしても,新しい理念が大企業を中心に 出現しつつあることは明らかである。

 ところで,わが国の経営理念の動向はどうであろうか。わが国の経営理念が米国のそれ とは種々の点で異ることは,両国の間の社会環境,産業の発展形態,等の差異から当然で ある。中川教授は日本の経営理念の特質として,そこでは国事としての企業経営が強調さ れ利潤目的が表面化されていないこと,和の精神に基き競争よりは協調性が強調されてい ること,経営権i意識が乏しく従業員への家族主義的責任が強調されていること,また,政 府と産業とを対立的なものとは把えず,ここから,私企業意識ひいては私的責任意識が乏        (注14)

しいことを挙げておられる。

 それはともかくとして,わが国の経営理念の動向に関しても,サットンらのいう経営者 的理念に類するものの存在を指摘しうることは明らかである。例えば,昭和31年の経済同 友会の全国大会では,経営者の「社会的責任の自覚と実践」に関する決議がみられるが,

そこにおいては,つぎのようなよく知られた声明がみられる。

 「しからば,この際われわれは何をなすべきであろうか。結論からいえば,もっとも重 要なことは,経営者の社会的責任の自覚と実践であると信ずる。そもそも企業は,今日に おいては,単純素朴な私有の域を脱して,社会諸制度の有力な一環をなし,その経営もた だ資本の提供者から委ねられているのみではなく,それを含めた全社会から信託されるも のとなっている。と同時に個別企業の利益が,そのまま社会のそれと調和した時代はすぎ,

現在においては経営者がすすんでその調節に努力しなければ,国民経済の繁栄はもちろん のこと,企業の発展をはかることはできなくなるにいたっている。換言すれば,現代の経 営者は倫理的にも,実際的にも単に自己の企業の利益のみを追うことは許されず,経済・

社会との調和において,生産諸要素を最も有効に結合し,安価かつ良質な商品を生産し,

(5)

異質な企業環境への現代経営理念の適用可能性に関する予備的考察 203

サービスを提供するという立場にたたなくてはならない。そして,このような形の企業経 営こそ,まさに近代的というに値するものであり,経営者の社会的責任とは,これを遂行 することにほかならぬ。」

       (注15)

 そして,昭和38年の経済同友会による経営者へのアンケート調査によれば,企業の社会 的責任に関する設問への回答は次のようである。即ち,「企業は自由企業体制下にあって 自己の利潤に徹した行動をとれば,全体としての福祉が達成されるから,結局企業の社会 的責任とは社会の規範にしたがって利潤追求に徹することである。」という設問への回答 は,2パーセントに過ぎない。r企業は国家社会によって課せられた生産・販売・財務な どの経済的機能に最善をつくしていればすなわち,よりよいものを安く安定的に社会に供 給していれば,社会的責任を果たしていることになる」という設問への回答はllパーセン トである。また,「今日の企業は将来にわたる長期間の利潤を最大にするために,ある場 合には当面の利潤を犠牲にして,社会一般,従業員などにたいして奉仕しなければならな い。企業の社会的責任とは,結局は長い目でみた企業自体の利潤を考慮しての合理的行動 である。」という設問には20パーセントが,更に,「今日の企業の利潤は,資本と経営者 の能力だけによって得られたものではなく,国家,社会,消費者,取引先,従業員などの 援助もしくは協力によって得られたものである。企業の社会的責任とは,これらの協力者 に企業の利潤を分与することである。」という設問には62パーセントが賛成している。ま た,「今日の企業はその社会的影響力が大きくなっているので,社会の成員全体の福祉を はかり,健全な社会をつくることに責任をもっている。企業の社会的責任とは,ある場合 には企業が経済的犠牲を払っても,社会全体の福祉を考えて行なう自己犠牲的行動であ る。」という設問には5パーセントの賛同がみられる。

 即ち,調査結果をみる限りでは,古典的理念に類するものへの賛同が殆んどみられず,

程度の差はあれ,株主への利潤追求と対比されるなんらかの社会的責任の存在への賛同が みられるのである。

 また,最近では,昭和48年から昭和49年にかけて大手の総合商社が,社会的責任を実践す るための社内機関を設立しており,社会還元事業の推進および各社それぞれの行動基準に       (注16)

照らした業務監査のいずれか,または双方をそのような機関に行なわせしめんとしている。

こうした企業行動もまた,それが企業側の自発的意志にどこまで基づいているかはともか くとして,社会的責任の理念が幾つかの企業において出現してきていることを物語る。

 以上の検討結果は,現代の資本主義社会にあっては,企業はその経営理念として,伝統 的な理念を去って社会的責任の理念を追求せざるをえなくなりつつあることを示唆してい

る。企業は,それが環境に対して有する影響の大きさの故になんらかの責任の受け入れを 要請されつつあるといえよう。

(1)R.Joseph Monsen, Jr., Modem Arnerlcan Capitalism:Ideoユogies and Issues,1963

  PP.9〜10.

(6)

204

(2)Francis X. Slltton, Seymour E. Harris and James Tobin, American Bllsiness

  Creed,1962.

(3)例えば北野利信教授の見解(中川敬一郎編著「経営理念」,昭和47年,第三編)。

(4}例えば中川敬一郎教授の見解(中川敬一郎,前掲書,第一編)。

(5)George A. S七einer, Business and Society,1971, P.109.

(6)David RockfeUer, Creative Managemen七in Banking,1964, PP.22〜23.

(7}Ralph J. Cordiner, New Frontiers for Professional Managers,1956.

(8)Frederik R. KapPe1, Vitality in a Business Enterprise,1960.

(9)この点を指摘する論者としてぱ例えばスタイナーを挙げうる(G.A. Steiner, oP. cit., P.

  109 ff.)。

㈹ James M. Roche, Understanding:The K:ey to Bllsiness Government Cooperation,

  Michigan Business Review, Vo1.21, March l969, P.6.

(11)Theodore Houser, Big Bnsiness and Human Values,1957, P.4.

働 小企業の経営者のイデオロギーが古典的信条とさほど差がないことは,モンセンらによって指   摘されている(R.Joseph Monsen, Jr. and Mark W. Canon, The Makers of Public

  Policy,1965, P.43)。

側A.W. Lorig, Wh6re Do Corporate Responsibilities LieP, Bnsiness H:orizons, Vo1.

  10,Spring l967 in:Halold Koontz and Cyril O Donnell ed., Management:A

  Book of Readings, second ed.,1968, pp.651〜654.

圓 中川敬一郎,前掲書,第一編

(15)経済同友会「経営理念と企業活動一意志決定の実態(V)」,昭和39年5月。

α6}日本経済新聞,昭和49年5月11日。

二節 経営理念と企業環境

  1 理念の普遍性       

 前節では,現代の資本主義社会における経営理念の動きについて簡単に眺めてきた。現代 の企業が社会的責任の理念に基づいて運営される必要性を増しつつあることを,これまで の結果は物語っている。ところで,企業環境の拡大は企業の性格を国際化せしめており,

企業は異種の社会的・経済的環境の中でも活動することを要請されつつある。現代の資本 主義企業は,特定の歴史的・地理的状況と密接に関連するその経営理念によって導かれて いるが,かかる経営理念は企業が異質な環境に進出するとき,どこまで適用可能であろう

か。

 ネガンディとエスタフェンは,「異なる文化における米国の管理技法の適用可能性を測       (注1)

定するための調査モデル」と題する論文において,米国の経営理念のあるもの,およびそ れに基く特定の管理技法は,発展途上国を含めて多くの国に等しく効果的に適用しうると 考えて,このことを検証するためのモデルを提示している。かれらは,現実に採用され

(7)

異質な企業環境への現代経営理念の適用可能性に関する予備的考察      205

ている管理方式の差異は一方では,それらの管理方式が適用されている経営環境の相違に 基づくとともに,他方では,管理方式の根底にある経営理念の相違に基づくと考える。か れらはまた,特定の管理方式,ひいては特定の経営理念は,かなりに普遍的に適用可能で

あると考える。そして,これらのことを確認するための方法について説明するのである。

 かれらの所説の概要を示すならば,以下のようである。はじめに,かれらは,特定の技 術的知識を伴う特定産業における経営効率が,計画,組織,人員配置,指揮,および統制 なる過程を経営者が行なうやり方に依存すること,しかしながら,管理過程は,外部環境

図1 モ

a) 経営理念

消費者 配給業者

   方 針    設 者

仕入先

   株主

従業員

政府および

地域社会

 要素 1.消費者 2.従業員 3.仕入先 4.配給業者

5.政府および地域社会 6,株主

b) 管理過程

 要素

1.計画(Planning)

2.組織(Organizing)

3. 人員配置(Staffing)

4.指揮(Directing)

5・統制(Controlling)

c) 経営効率

       利潤

卿=◎蟷

      従業員の回転

 要素

1.粗利潤および純利潤 2.利潤の成長

3. 市場占拠率の成長 4.株価の成長 5.従業員の回転 6.消費者のランキング

(8)

 206

      (注2)

要因と経営理念の両者に依存することを指摘し,経営理念,管理過程,および経営効率と       (注3)

いら三つの主要変数から成るモデルを,図1の如く示す。また,モデルを表1のような形 で記号的にも示している。

 この場合,経営理念に関してかれらは,広義においては経営理念が特定の文化と環境の 産物であること,しかしながら,経営理念のある要素は異なった文化と環境へと移しうるし,

移されてきたとみる。そして経営理念についてのかれらの定義は,甚だ限定的であり,と りわけ,図1の(a)に示される六つの主要な領域にわたる企業政策をとり扱うことを指摘す

(注4)

る。

 経営理念,管理過程,および      表1 モデルの記号的表現 経営効率について更に眺めるな

らば,次のようである。まず,

かれらのいう経営理念とは,

「消費者,株主,仕入先,配給 業者,従業員組合,地域社会,

騨齢算。護雛効率

米国における米国企業  X1 インドにおける米国企業  X1 インドにおけるインド企業  X3

Pl P2 P3

Zl Z2 Z3

および地方・州・連邦の諸政府に関する,企業の経営政策として通常知られていることに    (注5)

外ならない」のであり,「その外的ならびに内的な諸機関のあるものとの,企業の明示的        (注6)       (注7)

ならびに暗示的な態度もしくは関係」であって,以下の如く示される。

 (a}消 費 者

   (即ち,特定の製品に対する市場状況に関係なく,会社が消費者に対して有する態    度一会社は消費者の忠誠を重要とみているのか。もしくは,それは単に迅速な利    潤に関心をもっているのか一)

 個 地域社会への会社のかかわり合い   (1)地域社会の福祉活動

  (2)教育機関

 (c)地方・州・連邦の政府との会社の関係

 (d)組合および組合指導者に関する会社の態度と関係  (e)従業員との会社の関係

 くf)仕入先および,配給業者との会社の関係

 管理過程はかれらにあっては, 「管理者が計画,組織,指揮,人員配置,および統制と        (注8)

いうその職能を遂行する仕方」として理解されるのであってそのような職能のそれぞれに       (注9)

関して検討さるべき項目を詳細に述べるなら,つぎのようになる。

管理職能 検討さるべき要素の記述

計 画 (a)遂行期間

(b>計画権限の所在

(9)

異質な企業環境への現代経営理念の適用可能性に関する予備的考察

組 織

人員配置

指揮と統率

統 制

(c)

(a)

(b)

(c)

(d)

(e)

(f)

(9)

〔h)

(a}

(b)

(c)

(a)

(b)

(c)

(d>

(a)

(b)

(c)

207

計画に際して用いられる方法論,技法および用具 権限と責任の関係

組織 図

集権化および分権化の程度 統制の範囲

専門化の程度

非公式的組織の利用とかかる集団への経営者の態度 活動の分類と部門化

専門スタッフの利用とライン管理者とのその関係 人員の評価,選択,および訓練の方法

昇進に際して用いられる基準 経営者の開発に際して用いられる実践

高いレベルの労働力を動機づけて組織の目的と目標の達成に協働せしめるたあ に用いられる技法

労働者の動機づけに用いられる手法と技法 コミュニケーションに関して用いられる技法 監督に関して用いられる技法

異なる分野,例えば財務,生産,マーケティング,等で用いられる統制技法 統制の標準のタイプ

情報のフィードバック・システムと修正活動のための手段

経営効率に関してはかれらは,経営効率の程度を確認するための尺度として,以下のも

(注10)

のを提示している。

 (a)過去5年間の粗利潤と純利潤

 (b)過去5年聞における,年ごとの利潤増加率

 (c)主要製品における会社の市場占拠率および過去5年間の市場占拠率の増減の率  (d)会社の株価および過去5年間における株価の増減率

 (e)過去5年間における売上高の増加率  (f)従業員の志気と回転

 (9)会社に対する従業員の評価,および各企業の従業員による被調査諸会社の格付け  (h}一般大衆による会社の総括的評価と格付け

 (i)消費者による会社の評価と格付け

       (注ll)

 さて,かれらの所説の要点は以下のようである。

 まず,つぎのような三つの企業が選ばれるとする。

(a}米国における米国の会社

(b)インドにおける米国会社の子会社;それは親会社の経営理念を追求する

(c)同じ機械設備と技術知識を用いるも,異なった経営理念を有するようなインドの会

(10)

208

 いま,経営理念をX,管理過程をP,経営効率をZとし,米国における米国企業はそれ らに関してはX、,P、, Z、を,インドにおける米国企業子会社はそれぞれX、, P,, Z,を,

また,インドにおけるインド会社はそれぞれX、,P3, Z,をもっと仮定する。このことは,

以下のように表示される。

経営理念 管理過程 経営効率

(1)米国における米国企業 X1

②インドにおける米国企業  X1

      (理念は同一たるも,環境は異なる)

(3)インドにおけるインド企業  X3

       (理念は異なるが②と同じ環境)

Pl P2 P3

Zl Z2 Z3

 もしP1, P,およびP,の間に差異が存在するとすれば, P1とP,の問の差異は外部的環境 要因に基づくものであると推論しうる。他方,P,とP、の間の差異は経営理念に基づくも のであるといいうる。

 更に,もし,インドにおける米国企業がインドのインド企業よりも効率的であるとする ならば,前者が用いる管理過程はより効率的であるといいうるのであって,後者が前者と 同一の効率を達成するためには,それはP,なる過程を模倣せねばならない。しかしなが

ら,そのためには後者は,その理念をX,からX1へと変えねばならないであろう。また,

過程P1とP,の間の差異をまず述べ,ついで,これらの差異をば特定の環境要因へと関連 させることによって,管理過程への外部環境要因のイムパクトを確定しうるであろう。か かる確定は,/ンドにおける米国企業の経営者にインタビューすることによってなしうる のである。

 ネガンディらは以上のような形で,米国の経営理念を中心に,異種の文化的環境への経 営理念の適用可能性のいかんの把握方法について述べている。なんらかの経営理念が特定 の企業環境に対し適用性をもつかどうかは,結局のところ,かかる理念に基づいて運営され る企業が社会との関連において効率的であるかどうかによって判定されうるであろう。こ の意味ではネガンディらの方法は,それが効率の尺度として利潤関連的指標を強調する点 には多少の問題もあると思われるものの,適切である。現代の経営理念の普遍的妥当性の 程度を確認するためには,かれらが示すようなアプローチによって経験的な接近が試みら れねばならない。

 ネガンディらは,米国の経営理念がインドのような,米国とは異質の環境にも基本的に は妥当することを暗に承認しているが,米国の理念に限らず,社会的責任を強調する現代 の経営理念は,それがたとえ後進経済諸国に適用される場合でも,かなりに妥当性をもち うると考えられる。多くの論者が指摘するように,社会的責任の理念の出現は企業の権力 の増大と密接に係わっているのであり,後進国において活動する企業も,その行動が環境

(11)

異質な企業環境への現代経営理念の適用可能性に関する予備的考察 209

に対して経済的・政治的・文化的影響を及ぼすならば一そして,現実にかなりの影響を 与えていると思われる一,社会的責任に関する理念に基づいて活動せねばならないから である。

2 理念の特殊性

 ところで,たとえなんらかの経営理念が基本的には普遍的妥当性をもちうるとしても,

そのような理念がそのまま,異質の文化的環境に妥当するとはいいえない。このことは,

同じ先進資本主義経済社会に属する日本の経営理念の幾つかが米国の経営理念とかなりに 異なっていることについての,かのアベグレンの分析のうちにも明らかである。

      (注12)

 アベグレンは企業と従業員の関係に焦点をあてつつ,日本の企業の特色を述べているが,

かれは,米国の企業と対比した場合の日本のそれの特色としてつぎのようなものを挙げて

(注13)

いる。

 (1)終身雇用性。

 (2>採用における職務ないし技能無関連性。

 ③ 工員と職員なる身分制,および同一階層内での移動。

 (4)一部のみが貨幣的形態であるような,および,生産基準よりはむしろ社会的基準に   基づくような報酬。

 ⑤ 権限および責任の不明確性。その部分的結果としての,集団的意志決定と決定責任   の非個人的帰属。

 (6)広範な対従業員の引き受け。

 即ちかれは,日本の企業は欧米のそれと比して,企業と,家族の如き他の社会集団との 差異がさほどみられぬ点で,および,個人責任主義がみられない点で,重要な相違を示し ていると要約する。企業は純粋に経済的な組織としては定義されえないし,それはまた,

      (注14)

個人への責任や報酬の割当てに依存しないのである。

 そしてかれは,血縁関係もしくは親子関係から成り立つ伝統的な社会的関係を維持しつ つ日本の工業化が達成されてきたことを上述の特色は示していること,ここから,非工業 化社会の工業化に際しては,その社会制度に工業化の機構を適合させることが必要たるこ とを結論するとともに,日本の企業経営の問題点の解決のために欧米の技法を導入するに        (注15)

際しては慎重たるべきことを挙げている。

 このようなアベグレンの分析が物語るように,もしなんらかの理念が普遍的適用性をも ちうるとしても,そのうちの主要な部分が普遍的適用性を有するにすぎないといえよう。

しかも,普遍的に適用可能な要素といえども,それはそのままの形で異質の環境で作用し うるとは限らず,異なった環境に適合した形で初めてワーカブルたりうるかもしれない。工 業化された社会と,前工業化段階の社会との間の差異がカリトンによってつぎのように示

     (注16)

されているが,両社会の間の大きな差異を念頭に置くならば,現代の高度資本主義経済社

(12)

210

会の経営理念としての社会的責任の理念が東南アジア諸国のような前工業化社会に同じ形 では妥当しえないことは明らかである。

初期の社会の特質 産業社会の特質

個々の独立と自己充足

小規模(活動)

職人

自らによる遂行

ひとびとの間の直接的関係 確認可能な所有者と家族 範囲は狭いが有意義である事実 可視的な業績という形での仕事の満足 静的な社会と価値

階層的にして移動性の少い社会

(失業への)恐怖を動機づけとする乏しい社

(失業の恐怖による)自由への真の限界 個人的な決定

(理論発展の)連続性

(徳としての)旧さと安定性

相互依存 大規模 専門家 管理

職務を媒介としての組織化された構造 確認不可能であり入工的な法人 より多いが意義は少ない事実 貢献の部分化

流動的な社会と価値

階層的ではあるが高度に流動的な社会 動機づけがなにかは明確でないが,豊かな社

これまでに知られる限りでの最大の真の自由 集団的な決定

同時的な相互関連性 新しさと陳腐化

 更に付言するならば,異質な経営環境にも妥当するような理念の要素がたとえ存在する としても,その妥当性の程度ないし有効性の程度は,環境が企業の生産活動そのものに対 しどれ丈促進的であるかによっても大きく支配されるであろう。ファーマーとリッチマン は,環境が経営の効率に影響を及ぼしうること,そして従来の経営理論は環境の差異に基       (注17)

つく経営効率の格差の説明をなしえないことを指摘する。かれらはいう。

 「実際,経営についての殆んどの研究は,経営と呼ばれる ブラック・ボックス の中 で行なわれてきており,その中で企業が活動しているところの外部環境の多くに関心を払 わない。この外部環境がすべての企業にとりほぼ同一のものである限り,そうしたアプロ ーチは正当である。しかしながら,環境が大きく異なっているような場合,現在の理論は 効率における較差を説明するには不適当である。

 国家間にみられる如く環境が異なる場合,内部経営に対する外的圧力,もしくは制約

(constraints)を調べることが必要である。経営者は自分の企業の内部的指揮に関して は適切に行動するかもしれないが,しかしながらかれはまた,内部経営に直接に作用し影       (注18)

響するような,自国内の外的要因によってもかなりに影響されるのである」

 ここから,かれらは経営の効率と外的な制約との相関性についての試論を以下のような

     (注19)

形で展開する。

 まず,社会の一般的な経済目標は現実に国民所得の成長であり,一国の能率はつぎのよう

(13)

異質な企業環:境への現代経営理念の適用可能性に関する予備的考察

211

に示される。

   E−Q/1

 ここにEは効率であり,Qはアウトプット,1はインプットである。1は土地,労働,資 本および経営から成り,Qは財と用役である。1人当りGNPと, GNPの成長率とは効率 についての有効な指標であろう。

 かかる生産の効率は経営の効率Xによって決定される。

   E−f(X)

 企業は利用可能なインプットによって,出来る丈効率的にアウトプットを創造している が,この場合,外的な制約が経営者に対し,その有効性を妨げる,もしくは助けるという 形で作用する。これらの外的制約は,経済的,法律一政治的,社会学的,及び教育的なも

のとして分類しうる。外的制約をCとすると,

   X一£(C、,C2,……C。)

 この場合,外的制約の多くが相互に関連していることに注意せねばならぬ。

 かかる外的制約についての具体的な内容に関するファーマーらの仮説を要約的に示すな      (注20)

らば,つぎの表のようになる。制約についての実際の得点が高いほど,内部経営を効率的 たらしめる制約条件の助けが大きいことになる。

 かくて,現実に幾つかの国について分析を行なうとき,外的制約条件についての得点が 高い国ほどGNPの成長が大であること,即ち,生産の効率が経営の効率に依存するとす れば外的制約と企業の効率には密接な関係があることを知りうるのである。

 ファーマーらは以上のような形で,経営効率の差異に環境が関連していることを実証分 析的に示している。

経営への外的制約とそのウェート(500点満点)

1 教育的特質(100)

 ・ 読み書きの能力の水準(5Q)

 ・ 高等教育の状況(20)

 ・ 専門的技術の訓練の状況(10)

 ・ 教育に対する一般的態度(10)

 ・ 企業の要請と教育との釣り合いGO)

豆 社会学的特質(100)

社会による経営者エリート集団視の状況(10)

科学的手法に対する社会の態度(40)

富の取得に対する社会の態度(10)

危険負担に対する社会の態度(10)

個入の業績に対する社会の態度(20)

(14)

212

 ・ 階級間の移動性の状況(10)

皿 政治的および法的特質(100)

   ビジネスに関する法規の状況(30)

   企業への国防政策のイムパクト(10)

   企業への対外政策のイムパクト(20)

   政治的安定性(20)

   政治機構の状況(10)

   法と法の変更との弾力性(IO)

IV  経済自勺特質 (200)

経済の一般的仕組み(50)

中央銀行制度の状況(20)

経済の安定性(10)

財政政策(10)

資本市場の状況(20)

資本・土地・労働という資源の状況(2Q)

市場の規模(20)

社会資本(40)

組織間の協働の程度(IO)

 ファーマーらが示すような環境要因が,経営理念の普遍的要素に対し,特定環境におけ るそのような要素の,有効性ないし妥当性の程度に対し大きな作用を及ぼしうることは明 らかである。

 現代の大企業は,社会的責任の理念をもつことを要請されている。企業は,たとえ異質 の文化的環境に進出しようとも,それがこの新しい環境においてもなんらかの権力を有す る限り,社会的責任の理念をもたざるをえないであろう。しかしながら,環境の相違はまた,

企業におけるそのような理念の実際の有効性の程度がかなりに異なったものたらざるをえ ないであろうということを示唆せしめる。されば,新しい環境において有効であるような 具体的理念の探究に際しては,理念における共通的・普遍的要素の確認と,かかる要素に 対する環境要因の作用の程度の把握とが具体的・実証的に行なわれることがなによりも不 可欠である。

(1}Anant R. Negandhi and Bernard D. Es七afen, A Research Mode1七〇Determine the  Applicability of American Marlagement Know−how in Differing Cultures, Aca−

  demy of Management Journa1, Vo1.8, No.4in H. Koonz and C.0 Donnell ed。,

  op. cit.,pp.667〜673.

(2) rbid.,P.669.

(15)

異質な企業環境への現代経営理念の適用可能性に関する予備的考察      213

       亀

(3) Ibid.,p.670

(4} rbid.,P. 670

(5) Ibid.,P.669.

(6) 正bid.,P.671.

(7) Ibid.,P.671.

(8) 工bid.,P.671.

(9) 正bid.,pp.671〜672.

(10) rbid.,P.672,

(11) rbid.,pp.672〜673.

(12)James C. Abeg91en, The Japanese Factory  Aspects of至ts Socia10rganizatior1

      ,1958(占部都美監訳「日本の経営」,昭和33年).

(13}アベグレン,訳書,pp.178〜180。

(14)同書,pp.194〜196。

(15)同書,第8章。

(16)James W. Culliton, The Problem of Ethics in Btlsiness in Robert Bartels ed.,

   Ethics in Busiess,1963, p.8.

(1のRichard:N. Farmer and Barry M. Richman, A Model for Research in Compara−

   tive Management, California Mallagement Review, vo1.7, No.2 in H. Koontz

   and C.0 Donnell ed.,op. cit.,pp.655〜667.

(18)H.Koontz and C.0 Donne11,0P. cit.,PP。655〜656.

(19) Ibid。,P.656 ff.。

(2① rbid.,PP.659〜660.

参照

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