詩の教材開発 −「松の針」(宮沢賢治)に着目し て−
著者 宮久保 ひとみ, 松川 利広
雑誌名 奈良教育大学紀要. 人文・社会科学
巻 62
号 1
ページ 167‑178
発行年 2013‑11‑30
その他のタイトル Development of teaching materials for poetry : With close attention to Matsu no Hari by
Miyazawa Kenji
URL http://hdl.handle.net/10105/9815
キーワード: 詩、宮沢賢治、「松の針」、想像力 Key Words: poetry, MIYAZAWA Kenji, Matsu no Hari, imagination
詩の教材開発
―「松の針」(宮沢賢治)に着目して―
宮久保 ひとみ 奈良県天理市立福住中学校
松 川 利 広 奈良教育大学教職開発講座(国語科教育)
(平成25年 5 月 7 日受理)
Development of teaching materials for poetry :
With close attention to Matsu no Hari by Miyazawa Kenji
MIYAKUBO Hitomi
(Fukusumi municipal junior high school, Tenri, Nara)
MATSUKAWA Toshihiro
(School of Professional Development in Education, Nara University of Education) (Received May 7, 2013)
Abstract
Traditionally, the study of poetry has been categorized under “C. Reading” in the Guidelines for the Course of Study. As such, poetry has often been taught at schools by having students read poetry in textbooks analytically, that is, by appreciating the expressions and sentiments presented and deliberating on the subject matter. A drawback of this approach was that stu-dents found poetry study rather difficult, and that teachers found it hard to stimulate their classes. One of the aims of the Guidelines for the Course of Study for junior high schools is to “enrich students’ imagination”;
however, the author does not believe that merely giving students poems in textbooks and having them
“understand” poetry will lead to the cultivation of a fertile imagination. It was thus deemed necessary to develop teaching materials that act as a stimulus to students’ powers of imagination and revitalize their thinking. Thus began the search for materials to teach poems that 1) were written by national authors whose works are frequently featured in Japanese textbooks for elementary, junior high, and senior high schools, 2) would stimulate students’ imaginations and thus help them to better understand the materials in textbooks, and 3) would help them to develop their imaginative faculties throughout their elementary, junior high, and senior high school years. It was then concluded that Matsu no Hari (Pine Needles), the second piece of Kenji Miyazawa’s three-part series Musei Dōkoku (Voiceless Lamentation), would effectively serve this purpose . In their first year of junior high school, students studied Ame ni mo Makezu (Not Defeated by the Rain) by the same author, but they tended to interpret the poem as some kind of lesson and thus were unable to come close to reaching Miyazawa’s thoughts. And so an attempt was made to complement and expand what they had learned about Ame ni mo Makezu by using Matsu no Hari for poetry study for the second year of junior high school, while linking this practice with the linguistic activity of “sharing impressions,” which is listed under “C. Reading” in the Guidelines for the Course of Study.
1 .研究の目的
1. 1. 問題の所在
前任校、山添村立山添中学校の第 2 学年21名を対象に 詩の学習についての意識調査を行った結果、「詩は難し い。」「何を伝えたいのかよくわからない。」と答えた生 徒が半数を超え、また、印象に残っている作品を挙げら れる生徒もほとんどいなかった。
従来詩は、「C読むこと」の領域において指導されて きた。そのため、語句や表現の方法を確かめ、心情を捉 えて主題に迫る、というように、「教科書に採用されて いる詩を正しく理解する」ために分析的に読む学習に陥 りがちで、生徒が「正解」に自信がもてず、なかなか発 言しないという問題が見られた。
新学習指導要領の目標には「想像力を豊かにし」とい う文言がある。詩は「豊かに想像する」力を育成するに は格好の教材であるはずである。しかし、教科書教材だ けでは、その目標を達成することが難しいと思われた。
そこで、指導者が、生徒の想像力に刺激を与え、教科 書教材の理解も深まる教材を開発する必要があるのでは ないかと思われた。
1. 2. 詩の学習による「想像力」の育成について
まず、学習指導要領解説編より、「想像力」という語 を含む部分を小中高と抜粋する。(下線は筆者による)
<小学校>思考力や想像力及び言語感覚を養い
<中学校>思考力や想像力を養い言語感覚を豊かにし
<高等学校>思考力や想像力を伸ばし、心情を豊かにし、
言語感覚を磨き、
次に、「思考力や想像力」についての説明を見ると、
小学校では、「言葉を手掛かりとしながら論理的に思考 する力や想像する力」であり、中学校では「豊かに想像 する力」と「豊かに」という語が加わる。
高等学校では、「想像力を伸ばし」という部分が以下 のように説明される。(下線部、番号は筆者による。)
「想像力」を伸ばすとは、①実際には見たり経験 したりしていない事柄などを頭の中に思い描く段階 から更に進んで、様々な資料を基に、②これから起 こるであろうことやどのように行動すればよいのか ということを思い描くなど、将来の状況やあるべき 姿を予測したり、見通しをもって行動したりするこ との能力までを含めて身に付けることである。
つまり、中学校では、①「実際には見たり経験したり していない事柄などを頭の中に思い描く段階」に至るこ とが必要であるということになる。(下線部②は後述す る。)
1. 3. 詩の教材を選ぶ前提
学習指導要領の第 2 学年「C読むこと」の内容( 2 )、
言語活動例に、「詩歌や物語などを読み、内容や表現の 仕方について感想を交流すること」が挙げられ、その説 明に「特に言葉の使い方が洗練されている詩歌や物語な どを読み、その作品に表れている登場人物の心情、書き 手の思いや価値観、表現の仕方などについて感想をもち 交流するようにする。交流を前提とすることで、感想の 対象となった部分や表現の特徴を指摘するなど、自分の 感想を具体的に考えるようになる。」とある。「言葉の使 い方が洗練されている詩」を教材として用いることが重 要である。そこで、次のような仮説の下に実践を行った。
2 .研究仮説
仮説 中学校における「想像力」を育成する詩の学習の ためには、教科書教材を補完する「言葉の使い方が 洗練されている」詩の教材開発が必要であろう。
3 .研究方法
3. 1. 教材開発に向けて
新学習指導要領が「生きる力」を育むという理念の下、
小学校においては平成23年度、中学校24年度、高等学校 25年度と相次いで実施された。小中の系統性を前提に、
高等学校国語科の学習指導要領も視野に入れ、「想像力」
の育成に向けて考える必要がある。学習指導要領の改訂 の要点( 4 )「学習の系統性の重視」には、「国語科の指 導内容」が「系統的・段階的に上の学年につながってい くとともに、螺旋的・反復的に繰り返しながら学習し、
能力の定着を図ることを基本としている」とあるが、こ れはもちろん、小中、そして高も含めた12年間の系統性 を意識しなければならないことを表す。そこで、現在使 われている小中高の教科書に共通して用いられている作 家の作品を調べてみた。
3. 2. 小中高の教科書に多く見られる宮沢賢治の作品 小中高の教科書に共通して多く作品が採用されている 作家、詩人に宮沢賢治がいる。採用された教材を挙げて みる。
<小学校>
T社 教材:「注文の多い料理店」(物語)
M社 教材:「やまなし」
<資料>「イーハトーブの夢」
「永訣の朝」「鹿踊りのはじまり」
「雪渡り」「なめとこ山の熊」
「風の又三郎」「注文の多い料理店」
<中学校>
S社 教材:詩「雨ニモマケズ」
読書資料:「注文の多い料理店」
G社 教材:「オツベルと象」
複数社、「銀河鉄道の夜」の読書紹介
<高等学校>「国語総合」において、「永訣の朝」複数。
※他に高等学校では、石垣りん、高村光太郎、三好 達治の詩が多く掲載されている。
以上のように、小学校、高等学校の教科書は宮沢賢治 の詩を採用しているが、中学校は 1 社が、「雨ニモマケズ」
1 編を採用しているだけである。
宮沢賢治が生前に出版した唯一の詩集『春と修羅』(関 根書店1924)には、最愛の妹トシを亡くした悲しみを歌っ た「無声慟哭」3 部作があり、その 1 作目「永訣の朝」は、
小学校の教科書に、賢治の生涯に関わる資料の 1 つとし て示されている。そして、「賢治の生き方を年表に表そ う」、という言語活動が例示されている。
生徒は中学校第 1 学年で「雨ニモマケズ」を学習した。
これは賢治が死を意識して、病床でメモ帳に書いた個人 的な願いや信条のようなものである。
堀尾青史の『宮沢賢治年譜』( 1 )から、30歳以降の賢治 の生涯を見てみる。農民の生活向上を願い、農事指導や 肥料設計を行い、羅須地人協会を立ち上げる。しかし、
1928年32歳のときに旱魃の上に稲熱病が起こり、東奔西 走で駆除法を教え、急性肺炎を起こす。その後小康状態 を得て、35歳のときに東北採石工場花巻出張所設置が実 現するが、その準備中に発熱、上京中、死を覚悟して遺 書を書く。父の命で帰郷し病床に就き、その年11月 3 日、
「雨ニモマケズ」を書く。そして、 2 年後に亡くなる。
そういう事情を考えると、「雨ニモマケズ」の主題を 考える学習は、小学校で学んだ賢治の生き方について、
考えを深めることにつながるだろう。しかし、第 1 学年 時、生徒はこの詩を教訓のように捉えがちで、感想には、
「いいと思うけど、自分はこのような人にはなれない。」
とか、「これは実際のことなのか、想像のことなのかわ からない。デクノボーと呼ばれてもいいというのはわか らない。でも良い作品だと思う。」というように、賢治 の思いが十分理解できていないものや、「困っている人 を助けたいと思っていて、賢治さんはすごくいい人だと 思いました。」というような表層的なものが目立ち、こ の詩に込められた賢治の願いを捉えきれていないように 思われた。
賢治の生涯に大きな影響を与えた「妹の死」をテーマ にした「無声慟哭」 3 部作の「永訣の朝」は、高等学校 の多数の教科書会社が採用し続けてきた。
そこで、小学校の学びを引き継ぎ、「雨ニモマケズ」
の学習を補完し、高等学校での学習につないでいけるよ うに、「無声慟哭」 3 部作に着目した。
3. 3. なぜ宮沢賢治の「無声慟哭」 3 部作か
宮沢賢治は、没後80年を過ぎてなお多くの読者をも ち、岩手県の宮沢賢治記念館は日本中で一番入館者数を 誇る。宮沢賢治は、童話から詩、短歌まで幅広い創作活 動を行い、2011年の東日本大震災で「雨ニモマケズ」が 外国で鎮魂歌として朗読されるなど、世界からも注目が 集まっている。
『宮沢賢治年譜』では、宮沢賢治は1922(大正11)年 11月27日、27歳のときに、最大の理解者であった妹トシ を肺結核で亡くした。そのとき賢治は押し入れに顔を 突っ込み、慟哭した、とある。詩の最後に(一九二二、
一一、二七)とあるのは、トシが亡くなった日付で、『宮 沢賢治大事典』によれば、「初稿の執筆は翌大正十二年
(一九二三)の夏頃」( 2 )とされる。賢治はあまりの衝撃 に半年ほど詩が書けなかったという。
1924年28歳の時に自費出版した『春と修羅』第一集で
「無声慟哭」として 5 編の詩を載せたが、初めの 3 作が いわゆる「無声慟哭」 3 部作として評価されている。
・(通称)「無声慟哭」 3 部作
「永訣の朝」「松の針」「無声慟哭」
1922(大正)11年11月27日 「風林」1923.6.3 「白い鳥」1923.6.4
生徒は高校で「永訣の朝」を学習する。「無声慟哭」
3 部作の詩のテーマは、「愛する人を亡くす喪失の悲し み」である。特に東日本大震災では、多くの日本人が直 接的にも間接的にも喪失感を味わったが、これは中学生 が将来において経験するであろう、避けて通れない問題 である。
中学校で、①「実際には見たり経験したりしていない 事柄などを頭の中に思い描く段階」にまで想像力を豊か に育て、高校で②これから起こるであろうことやどのよ うに行動すればよいのかということを思い描くなど、将 来の状況やあるべき姿を予測したり、見通しをもって行 動したりすることの能力を伸ばすことを考えると、「無 声慟哭」 3 部作の、「永訣の朝」に続く 2 作目「松の針」
が中学生には適切ではないかと考えた。明るい希望を感 じさせる終わり方になっているところも、中学生段階に は適切だと判断した。またこの詩は、様々な語句や表現 の工夫が凝らされており、生徒が「感想の対象となった 部分や表現の特徴を指摘するなど、具体的に感想をもつ」
ことが比較的容易であろうと予想された。しかも、35歳 のときに死を覚悟して書いた「雨ニモマケズ」とは違い、
27歳で妹を失うという、生徒の年齢に近いときの実体験 に基づいて書かれたものである。語りかけや文字下げな どの工夫もあり、中学生が比較的容易に賢治の立場を想 像して、感想を交流できるのではないかと考えた。
4 .「無声慟哭」 3 部作中「松の針」について
4. 1.「松の針」に対する評価
「松の針」は、賢治の没後早くから、草野心平や高村 光太郎らによって高く評価されていた。光太郎は賢治の 挽歌群に着想を得て「レモン哀歌」を創作したとも言わ れ、多くの研究者がその共通点を指摘している。1933年 の賢治の死から 5 年後、高村光太郎は、「宮沢賢治の詩」
と題し、「永訣の朝」「松の針」「雨ニモマケズ」の 3 編 を高評している。そこでは、「永訣の朝」「松の針」の全 編を掲載し、丁寧に評価している。
「松の針」
さつきのみぞれをとつてきた あのきれいな松のえだだよ
こんなにまことの籠つたうつくしい詩が又とあろ うか。この詩を書きうつしてゐるうちに私は自然 と浄らかな涙に洗はれる気がした…(中略)詩の 世界に於ては慟哭さへも斯の如く清浄の気に満た されるのである。陰惨が書いてあつてしかも其を 突き破る光である。「松の針」の中で死に瀕する 妹さんが兄の採つてきた松の枝に触れて喜ぶくだ りの崇高の美は、「ああいぃ さっぱりした ま るで林のながさ来たよだ」といふ妹さんの素朴な 言葉に到つて殆ど天上のものに類する。( 3 ) さらにこう続く。
この詩(「永訣の朝」「松の針」の 2 編を指す)の 中の括弧の言葉は妹の言葉をその花巻なまりのまま 挟んだのであって(中略)この地方の言葉が生きて ゐると同程度に彼の詩語全部が生きてゐる。( 4 )
さらに光太郎は、賢治の作品全体に関して、「真価の 発揚はすべて未来に属する。」と期待し、「宮沢賢治十六 回忌」では、「賢治さんの作品の真価は今後ますますひ ろく人々の間に知られてゆき、後々には、あまねく世界 中の人達にまで愛読せられるやうになることを信じて居 る」と寄稿している。( 5 )
その一方で「松の針」は、「永訣の朝」と「無声慟哭」
の間にあって、「文学作品」としてあまり評価されてい ない側面がある。『宮沢賢治大事典』における中地文の【評 価】にはこうある。
(下線部は筆者による。)
希求する祈りを提示した「永訣の朝」と、「ふた つのこころ」に引き裂かれた「無声慟哭」の間にあっ て、「松の針」では自責の念や離別の悲しみ等の人 間的な感情が日常的な次元で詠われており、緊張感 に欠けるように思われる。しかし、「三作は有機的 で緊密な関係に立つもの(原子郎『鑑賞日本現代文 学⑬宮沢賢治』角川書店 昭和56年)であることを
意識するならば、三部作における「松の針」の存在 意義も理解できるのではないか。「松の針」に語ら れた「わたくしといつしよに行けとたのんでくれ」
という特定の人間への執着は、「無声慟哭」の「精 進のみちからかなしくつかれ」た状態へと直接つな がるものであり、「松の針」を介してこそ「無声慟哭」
は読み解けるのである。( 6 )
文学作品としては「緊張感に欠ける」と評されるが、
生徒の実態を踏まえ、中学校の「教材」として見ると、「自 責の念や離別の悲しみ等の人間的な感情が日常的な次元 で詠われて」いるからこそ、喪失の悲しみが直截生徒の 胸を打つ作品だと考えられる。また、 3 部作の中に位置 づけて「松の針」を扱えばよいと考えた。
4. 2. 「松の針」の教材としての歴史
「松の針」は、「永訣の朝」に先駆けて高等学校の教科 書(『われわれの国語 3 』 秀英出版 昭和24~27年)に 採用されたことがある。( 7 )東京の教科書センターで調べ たところ、掲載された教科書は確認できたが、指導書は なく、秀英出版は廃業しているため、それ以上の追跡調 査はかなわなかった。現在「永訣の朝」だけが、多くの 教科書に採用されている。「永訣の朝」に比べ、「松の 針」は人口に膾炙されることはなかったが、中学生段階 で想像力を豊かにする教材としては適切な詩であると考 える。
4. 3. 詩の教材化
「無声慟哭」3 部作の 1 作目「永訣の朝」と 3 作目「無 声慟哭」をそのまま印刷して渡し、「松の針」は別のワー クシートに現代仮名遣いに直して与えた。 3 編の詩は天 沢退二郎『新編 宮沢賢治詩集』( 8 )より採った。「松の針」
には、行数の番号を付け、話し合う際に便利なようにし ておいた。
<ワークシートの教材本文>
「松の針」
1 さっきのみぞれをとってきた 2 あのきれいな松のえだだよ 3 おお おまえはまるでとびつくように 4 そのみどりの葉にあつい頬ほおをあてる 5 そんな植物性の青い針のなかに 6 はげしく頬を刺させることは 7 むさぼるようにさえすることは
8 どんなにわたくしたちをおどろかすことか 9 そんなにまでもおまえは林に行きたかったのだ 10 おまえがあんなにねつに燃され
11 あせやいたみでもだえているとき
12 わたくしは日のてるとこでたのしくはたらいたり
13 ほかのひとのことを考えながら森をあるいていた 14 《ああいい さっぱりした
15 まるで林のながさ来たよだ》
16 鳥のように栗り す鼠のように 17 おまえは林をしたっていた
18 どんなにわたくしがうらやましかったろう 19 ああきょうのうちにとおくへさろうとする いもうとよ 20 ほんとうにおまえはひとりでいこうとするか 21 わたくしにいっしょに行けとたのんでくれ 22 泣いてわたくしにそう言ってくれ
23 おまえの頬の けれども
24 なんというきょうのうつくしさよ 25 わたくしは緑のかやのうえにも 26 この新鮮な松のえだをおこう 27 いまに雫しずくもおちるだろうし 28 そら
29 さわやかな 30 tタ ー ペ ン テ イ ン
erpentineの匂においもするだろう
5 .「松の針」の教材価値
光太郎が、「まことの籠ったうつくしい詩」「詩語全部 が生きてゐる」( 9 )と評したように、「松の針」は、学習 指導要領にある「特に語句の使い方が洗練された詩歌」
の 1 つに挙げられるであろう。教材としての価値を論じ る。
5. 1. 詩の主題の普遍性
「松の針」の主題は、「愛する人を失う喪失の悲しみ」
であり、これは誰しも経験する問題である。しかし、こ の詩はただ悲しみに沈むだけでなく、最後は希望を感じ させる終わり方になっている。
<主題>(筆者のまとめによる。)
兄賢治は、妹トシが所望した、みぞれが凍りついた 松の枝を取ってきた。むさぼるように枝を頬に押しつ ける妹。兄は林に行きたいという妹のかなわぬ願望を 知り、気楽に過ごしてきた自分を責める。一人で死に ゆく最愛の妹をどうすることもできない無力さ。妹に、
自分と一緒にあの世に行ってくれと頼んでほしいと願 うが、それは無理である。今朝の妹の美しい顔を心に とどめ、妹の死後は松の枝を小屋の上に置いて、トシ を偲ぼう。そのうち春が来てみぞれは解け、美しい雫 を妹にもたらし、松のさわやかな香りもするだろうと 妹に語りかけると共に自分を慰めるのである。
5. 2. 詩の構成の明確さ
文字下げになっている部分だけを通読すると、兄が
「(おまえの欲しがっていたみぞれを取ってきたよ。)と 語りかけ、妹が「さっぱりした。林の中に来たようだ。」
と喜ぶ。この 2 か所は対話になり、 2 人の心が交流して いるように捉えられる。23行目以降の文字下げは、妹の 死を観念し、死んだ後の未来について思いを巡らし、妹 に語りかけたものとも、自分を慰める独語ともとれる。
こうした語りかけや文字下げ、一字空け、感動詞の使 用などから、詩の情景や心情の変化が視覚的にも読み取 りやすい。詩の構成は、次のⅠ~Ⅵからなると考える。
Ⅰ 1 、 2 行目の文字下げ「兄から妹への語りかけ」
「永訣の朝」で「このつややかな松の枝からわた くしのやさしいいもうとのさいごのたべものをもら つていかう」とある部分を受けている。「おまえが 頼んだみぞれをとってきた」、「(みぞれが凍りつい た)松のえだだよ」と語りかけ、差し出す。
Ⅱ 3 ~13行目「妹の行動と家族の驚き、兄の心情」
妹が松の枝を熱でほてった頬を当てる激しい行為 に、 3 行目「おお」という感動詞を用い、驚きを表 す。一字空けて「おまえはまるでとびつくように/
そのみどりの葉にあつい頬をあてる」と比喩を用い、
妹がどれほど欲していたかを強調する。松葉は「み どりの葉」や「植物性の青い針」と言い換えられ、
「はげしく頬を刺させる」「むさぼるやうにさえする」
という妹の行為に、「わたくしたち」家族が大変驚 いている様子が分かる。
兄は林に行きたがっていた妹の心中を察し、気楽 にしていた自分を責める。 9 行目「そんなにまでも」
とは、「痛みもかまわずに」頬に当てた行為を指す。
「行きたかったのだ」と文末に断定の助動詞「だ」
を用い、「やはりそうだった」と確信したことを強 調する。それは10行目「あんなに熱に燃され/あせ やいたみでもだえているとき」、自分はのんきに太 陽の下で働いたり、他のひとのことを考えていたり した、という自責の念につながる。
Ⅲ 14、15行目、三字下げの括弧書き《妹の言葉》
《ああいい さっぱりしたまるで林のながさ来た よだ》という花巻方言の妹の言葉が現実味を帯びて いる。妹は満足しているが、賢治は妹を不憫に思う。
この部分は、「無声慟哭」の作品の後に語釈が記さ れている。
Ⅳ 16~18行目「元気な頃の妹を回想する兄」
「(林にいつもいる)鳥のように栗鼠のようにおま えははやしをしたっていた」と小動物に例え、「わ たくし」のかわいい妹は、元気な頃から林を慕って いた、ということを回想する。そんな妹にとって、
自由に林に行くことの出来る兄が「どんなにうらや ましかったろう」と心中を思いやる。
Ⅴ 19~22行目「妹への呼びかけ」
19行目、「ああ」は悲痛な響きになる。今晩中に 妹が亡くなることを覚悟しているが、「死ぬ」とい う語を用いず、「とおくへさろうとする」「ひとりで いく」と表す。これは「あの世」を信じる賢治の信 仰とも関係があると考えられる。問い詰め、懇願す る形になり、「本当に一人で死んでいくのか。わた しに一緒に行ってくれと頼んでくれ。」と次第に感 情が高ぶる。「死なないでくれ(行かないでくれ)」
と書かず、林に自由に行っていた自分が今度は妹と 一緒に「とおく」へ「いっしょに行」きたい、と強 く望む。さらに、「泣いて」頼んでくれと一気に感情 は高まる。実際に叫んだのではないかと思うほど、
迫力のある会話文である。20行目、「ほんとうに」と いう言葉から、死が切迫していることがうかがえる。
Ⅵ 23~30行目「死を受け入れ妹と自分に語りかける」
激しい調子は、23~30行目の 2 字下げの部分で一 気にトーンが下がり、23、24行目の「おまえの頬の けれども/なんという きょうのうつくしさよ」と 穏やかに語りかける。妹に対すると共に、自分自身 に言い聞かせている感じである。28行目の感動詞「そ ら」は、妹にも賢治にも呼びかけていると両方に取 れる。29、30行目「さわやかな/ tタ ー ペ ン テ イ ン
erpentineの匂におい」 の「terpentine」とは、松ヤニ特有の匂いを指す。
嗅覚表現が出てくるのは、トシが病床で風呂にも入 れず、体臭が匂わないかと気にしていたことを示す。
春になれば松の枝のみぞれが解け、「今にしずくも 落ちるだろう」つまり、トシの欲している水が供さ れ、さわやかな匂いもするだろう」とトシに呼びか けると共に、そのことに救いを見いだし、自分自身 を慰めようとしていると考えられる。高村光太郎は
「陰惨」を「突き破る光」であると表したが、「雫」
という語が光を連想させたのではあるまいか。
5. 3. 想像力を刺激する情景描写の巧みさ
栗原敦は「無声慟哭」 3 部作について、「実際に生起 したであろう事柄の順序通りに作品も記述されている。
スケッチ抜きには考えられないほどの臨場感さえも漂っ ているのである」( 9 )と評価する。
「スケッチ」のように時間に沿って詳しく描写してい るこの詩は、「①実際には見たり経験したしていない事 柄などを頭の中に思い描く段階」に導くための、典型的 な教材になりうると考える。
また、田中純は、「『心象スケッチ』という記録データ」(10)
は『みんなが同時に感ずるもの』」(11)、つまり「共時性」(12)
であると言う。
西田良子はそれを「同時代性」という語で説明する。
宗教と科学という二律背反的要素を矛盾なく融合 させ、<まこと>を索めつつ、彼独自の新しい思想
や意識に創り上げている。そこに賢治のすぐれた独 自性があるといえる。賢治における「独自性」と「同 時代性」の関係は、これからの賢治研究の新しい課 題であると思う。(13)
この詩は妹の死から半年後に書かれたものであるが、
あたかも目の前で進行するかのように、妹が死に行く情 景を現在形で描写する。そのため臨場感を伴っており、
生徒が心情を想像しやすいと考える。
5. 4. 心情変化の捉えやすさ
「松の針」は「永訣の朝」の中で妹が所望した「みぞれ」
を取ってきて、「松のえだだよ」と妹に語りかける言葉 から始まる。その語りかけや、文中に 4 回出てくる感動 詞(「おお」《ああ》「ああ」「そら」)や23行目の「けれども」
という逆接の接続詞の使い方などからも、 1 つの詩の中 で作者の心情が変化していることを読み取ることができ る。
5. 5.「題名」や詩語に見る象徴性と多様な読みの可能性 詩には象徴的な表現が使われることが多く、それが生 徒の詩に対する苦手意識を強めている一因でもある。し かし、この詩の場合、「針」という語に注目すると兄の 心の痛みを想像することができる。「題名」を活用して 象徴的な語を読み深めることのできる、典型的な作品で あり、他の詩を読む場合の汎用性にもつながると考える。
岩川直樹は、『春と修羅』の詩について、「書き手の意 図が、読み手たちの枠組みをはるかに越えてしまってい る場合」、「書き手がめがけたものを共にめがけようとす ることこそが、制度化された読みの圏域を越える、新た な対話の端緒を切り拓くことになるのではないか。」(14)
と述べる。これは他の作品に比べて比較的理解しやすい
「無声慟哭」 3 部作以外の作品を指していると思われる。
しかし、中学生が賢治の思いを「共にめがけよう」とす る場合、「読み手」である中学生の「枠組みをはるかに 踏み越えてしまっている場合」に相当し、「新たな対話 の端緒を切り拓く」可能性は大きいのではないだろうか。
6 .「松の針」の学習における発問の観点
「松の針」の学習においては、どのような発問が生徒 の想像力を豊かにし、授業を活性化することにつながる のか、生徒の発達段階と実態を踏まえて考え、優先順に 挙げる。
① 「松の針」という題名はどのような意味があるか。
これは、トシが高熱で苦しんでいる間、自分が気楽 に他人のことを考えたり、外で働いていたりしたこと に対する自責の念が「針」となって賢治の心を刺す、
苦しめる、という意味をもつものと考えられる。これ
まで題名の意味を考えさせることはしなかったが、こ の詩の場合は、特に題名が象徴的である。また文中で も、「松のえだ」「青い針」と言い換えられていること にも注意させたい。
② 文字を下げている部分は何を意味するのか。
文字下げは、「兄から妹への語りかけ」、括弧付きの 文字下げは妹の言葉を表す。特に23行目以降の文字下 げは、心境の変化を感じさせる。
③ 詩中に出てくる感動詞は、どんな意味をもつか。
3 行目「おお」…トシが貪るように松の枝を頬に当て ることへの驚き。
14行目《ああ》…トシが喜びの感動で発した言葉。
19行目「ああ」…妹の願望を知ったときの衝撃。
28行目「そら」…妹に対する呼びかけと共に、自分に 対する慰めの呼びかけとも捉えることができる。
④ 自分を「わたくし」、トシを「おまえ」と表して語 りかけているところから 2 人のどんな関係がうかがえ るか。また、それはどのような効果をもつか。
小学校の時に宮沢賢治の伝記を学んできた生徒に とっては、賢治とトシが互いに敬愛し合う関係にあ り、家族の中で最大の理解者であったことはわかって いる。最愛の妹が目の前で亡くなるのを見守るしかな い兄の哀切の情を引き立てる効果がある。
⑤ 感覚を表す表現はどのような効果をもつか。
<触覚>
「植物性の青い針」が「激しく頬を刺させる」とき のトシの痛みを鋭敏に捉え、トシの思いも知らずに気 楽に過ごしていた自分の心に突き刺さるように思う。
トシの皮膚感覚が自分の心の痛みに直結する。
<視覚>
直接的・間接的な色彩表現が情景を想像する助けに なる。
・「みぞれ」の白、「みどりの葉」
・「おまえの頬の うつくしさ」…紅潮した頬 ・「緑のかや」
<嗅覚>
さわやかな/tタ ー ペ ン テ イ ン
erpentineの匂におい
<視覚>や<嗅覚>については、その場の情景を想 像しやすいという効果がある。
7 .指導について
第 1 学年時の「雨ニモマケズ」の学習を補完する意味 で、 1 年後「松の針」を投げ込み教材として扱い、その うえで改めて「雨ニモマケズ」の詩の意義を考えさせた。
7. 1. 第 2 学年の学習目標
・抽象的な概念を表す語句や心情を表す語句などに注
意して読むこと。(C読むこと( 1 )ア)
・詩に表れているものの見方や考え方について、知識 や体験と関連付けて、自分の考えをもつこと。
(C読むこと( 1 )ウ・エ)
【言語活動】
「松の針」の語句や表現、心情などについて、感想 を話し合う。
7. 2. 第 2 学年の評価規準[評価方法]
・「松の針」に詩に用いられた語句の意味を捉え、そ の効果を考えて話し合っている。[ワークシート・
生徒観察]
・詩からうかがえる兄の心情について、自分の感想を 的確にまとめている。[ワークシート]
・「雨ニモマケズ」の詩に込められた賢治の思いにつ いて、自分の考えを深めている。[短作文]
7. 3. 第 2 学年の指導計画(全 3 時間)
時 主な学習活動●ねらい 指導上の留意点 1時間目 ●語句の意味を捉え、表現
や心情について考える。
①「無声慟哭」 3 部作の朗 読を聞いた後、「松の針」
を読み、どのような状況を 描いた詩であるかを考え る。
②詩の構成を捉え、情景や 心情を想像し、ワークシー トに書き込む。
・指導者が朗読する。
・臨終の床にある妹を見 つめる兄の心情が描かれ ていることをおさえる。
・文字下げをしていると ころや括弧書き、 4 つの 感動詞の部分に注意させ る。
2時間目 ●詩の構成にしたがって、
兄の心情の変化を捉え、自 分の感想をもつ。
①題名を含め、詩の語句や 表現の効果について具体的 に指摘して、感想を交流し 合う。
②23行目以降に見られる兄 の心情を考えて話し合い、
感想をまとめる。
・題名も含め、語句や表 現、心情について思った ことをまず 4 人グループ で話し合わせ、次に全体 に意見を出させる。文字 下げや感動詞、接続詞に 着目させる。
・感動詞「そら」は誰に 対する呼びかけか考えさ せ、話し合ったことを基 に23行目以降の心情につ いて、考えをワークシー トにまとめさせる。
3時間目 ●「雨ニモマケズ」の詩に 表れた賢治の生き方につい て考える。
・これまでの学習を振り 返り、「雨ニモマケズ」
の詩を学ぶ意義について 400字以内にまとめさせ る。
7. 4. 指導の実際 7. 4. 1.「松の針」の指導
まず、 3 部作を指導者が朗読し、次に下に示したワー クシートを用いて、指導計画に沿って進めた。
(生徒のワークシート)
生徒は、妹の臨終の場面であるとすぐに理解できた。
まず、自分の感じたことを書き込ませ、話題 2 つについ て、 4 、 5 名の小グループで話し合わせた。「松の針」
の発問の観点は 5 つ考えられたが、その全てを取り上げ ることは時間的に無理なので、次の 2 つに話題を絞り、
互いの感想を交流させて深めることを目指した。
【話題 1 】「松の針」という題名は何を意味するのか。
これまで詩の題名について考えさせるということはほ とんどしてこなかったが、「松の針」の場合は、詩の象 徴的な表現を考えたり、書き手の思いを考えさせたりす るには格好の話題だと考える。どの班も妹の思いも知ら ず気楽に過ごしていた自分を責める思いだと捉えること ができ、次のような感想にまとめた。これらはその場の 情景を、兄の立場でリアルに想像し、「針」に象徴され る兄の思いを捉えている。
A子:林に行きたくても行けない妹の気持ちを知り、
松の針を頬に当てるのを見てすごく心に焼きついた から。
B子:「針」は妹の悲しみ、つらさを表していると思 います。しかも賢治の後悔は心を突き刺すように苦
しむ。林へ行きたかったけど、それができないから 松の葉を頬に当てる妹。それを見ている賢治はその 松の葉を見て、自分が妹のことを何も分かっていな いことを責められるように思う。だから、葉っぱが
「針」に見えて、賢治の心を刺すように感じる。「針」
は妹の気持ちと賢治の気持ちを対照で表すものかな とも思う。妹にとっての松の針は林を思い出させる もの、賢治にとってはつらいもの。
C子は、賢治が「松の針」と名付けた意図を次のよう に想像した。C子は話し合いにおいては寡黙であったが、
他の生徒の話をよく聞き、自分の考えをまとめることが できた。(C子はワークシート例の生徒)
C子: 2 つあると思います。一つ目は妹が病で苦しん でいるのに、自分(賢治)はのうのうとしていたこ とを後悔し、妹に対して申し訳ないという賢治の心 の痛みを「針」という言葉に表したということです。
二つ目は妹の頬に針を刺さないでくれ、これ以上苦 しませないでくれ、という賢治の思いを表した、と いう意味です。
【話題 2 】23行目以降の文字下げから兄のどんな心情が うかがえるか。
文字下げや感動詞を用いた心情表現の中で、23行目以 降の文字下げは、主題は「喪失の悲しみ」であるが、希 望を感じさせる内容になっている。特に感動詞「そら」
や逆接の接続詞「けれども」に注意して話し合わせた。
生徒は互いの共通点や相違点を比べながら活発に感想を 交流し、班の意見として発表した。
<グループの話合いから出た主な意見から>
1 班:感動詞の「おお」は妹の行動に対して驚き、後の
「ああ」はもう死んでしまう妹に対して。《ああ》は妹 が林を思い出して喜んでいる。「そら」は、賢治が心 の中で妹のことを思い出している。松のえだを置いた のは、妹が安心して死ねるようにするための行動。
2 班:「さわやかな」は苦しかった闘病生活から解放さ れて、次の人生は幸せになってほしいという願い。「雫」
は春の訪れを表し、賢治の心の痛みも治まる。
3 班:詩全体に感動詞が使われ、賢治の妹に対して何も してやれない辛さを表す。「愛」とかじゃなくて、別 の次元の何かを表す。
1 班は感動詞に着目して話し合い、 2 班は希望を感 じさせる語に注目している。 3 班は「何か」という曖 昧な語ではあるが、兄妹愛以上の 2 人の愛情に迫ろう としていて興味深い。
話し合ったことを基に、各自感想をまとめさせた。
<ワークシート記入の抜粋>
D子:妹の死というつらい体験を乗り越えて、明る
い未来へ心の中の妹と共に歩んでいこう。
「匂い」を妹は感じることはできないけれど、「わ たくし」を通して妹が知ることができる。
E男:「おまえが死んだら今日の美しさを残しておこ う(忘れないでいよう)。」「おまえが好きだった 松の匂いも忘れないでいよう。」という気持ち。
2 人とも、賢治が自分の気持ちを整理し、妹に呼びか けていると想像したものである。
生徒は、賢治の願いや希望、「松のえだ」を置いた行 為の意味を想像して話し合い、感想をまとめることがで きた。28行目の感動詞「そら」が「妹」か「自分」のど ちらを対象にした呼びかけなのかを考えて話し合わせた 結果、妹に呼びかけると共に、自分に言い聞かせている と考えた生徒が多かった。生徒は「妹の死」という未経 験のことについて、兄の気持ちを想像して書いた。
授業について、F男が「国語の話合いで、僕は『松の針』
の『針』は賢治自身の心の痛みの象徴ではないか、とい う意見に納得した。僕は宮沢賢治の詩は謎が多いが、と ても奥が深い詩だと思っている。」と書いた。「松の針」
の主題、語句、表現は、生徒の想像力を刺激し、多様な 捉え方を促し、生徒が感想を活発に交流することにつな がった。聞き手の理解も深まったことがわかる。
7. 4. 2.「雨ニモマケズ」の詩の振り返り
「松の針」の学習後、改めて「雨ニモマケズ」に込め られた賢治の思いについて考えさせ、400字以内にまと めさせた。これまでの学習における生徒感想(抜粋)を 挙げ、次の①~③に従って、変容をたどってみる。
①「雨ニモマケズ」の感想(第 1 学年時)
②「松の針」の【話題 2 】話合い後の感想(第 2 学年時)
③「雨ニモマケズ」の「詩の意義」の感想(「松の針」
学習後、第2学年時)
◇比較的理解度が高くよく発言するG子の場合 ①あなたの理想の人間像は、私の理想とは大きく違い
ます。あなたが理想とする人間はとても良い人だと 思います。病床で書かれたこの詩は、あなたが短く 不幸な人生に悲しみを感じ、自分のやりたかったこ とを書いたように感じられました。もし、宮沢賢治 という人がもっと長く生きていたなら、この詩のよ うに強くそして素晴らしい人間になったでしょう。
しかし、それはできなかった。生まれ変わって新し い人生を生きるときは長生きしてください。
②この詩から賢治の妹に対する様々な思いが感じら れた。死を目前にした妹が林の中にいるように思 い、喜ぶ姿を見るのはとても悲しく、自分の非力さ を感じさせられただろう。妹を看取り、賢治は悲し かったと思う。けれど私は、「なんというきょうの
うつくしさよ」や「さわやかな」という言葉から妹 が苦しみから解放された喜びが感じられた。この詩 の比喩を使っている部分には感情が強く表現されて いる。読み手が一つの比喩や感動詞から感じ取るこ とは様々だ。私はこの詩からはそのことが学べると 思った。賢治にとって妹はとても大切な存在だった。
妹のことを愛し、最期をこんなに美しい詩で残して くれた。妹も天国でそんな賢治に感謝し、喜んでい るだろうと思った。
③最初の「雨ニモマケズ/風ニモマケズ」が印象に残 る。この詩を読むと浄化されるようだ。この詩から は、人間の謙虚さが伝わってくる。東日本大震災が 起きてもうすぐ二年が経つ。まだ問題は山積みであ る。ある人がテレビで「震災によってもっと日本人 は団結すると思っていたが、そうではなかった。」
と言っていた。確かに被災地ではない私達はどこか 他人事のように感じていた気がする。この詩に「行 ツテ」とあったが、今の日本人に「他人を思いやる」
ということと、「自分が支えられている」というこ とを思い出してほしい。
G子は、①で「あなた」と呼び、内容も「自分とは理 想が違うけれど良い人」と賢治に距離をおいて書いてい た。彼女は「松の針」の「話合い」において、活発に意 見を出し、②のように、様々な捉え方を促す詩の魅力に 触れている。そして、③では彼女自身が「謙虚」な姿勢 で、「雨ニモマケズ」を受け止めるようになった。②で 心情を表す語句に着目して読んだことが、③でも「行ツ テ」という語句から読み取れる心情について考えること につながっている。
次に、別の生徒を見てみる。
◇考えを話したり書いたりすることが苦手なH子の例 ①(板書は写していたが、感想は書けていない。)
②(話合いでは聞き手に回っていたが、感想は短いな りに書くことができた。)
自分自身が切りかえないといけないという気持 ち。明るいほうへもっていこうとする気持ちを表し ていると思う。
③賢治は誰にも明かすことなく「雨ニモマケズ」を書 き、死にました。「雨ニモマケズ」は人間、特に日 本人のあり方を書いたものではないでしょうか。人 は昔、他人を思いやり、粗末な生活を送っていまし た。しかし、近代化と共にそれらが浅くなってきま した。最後の四行で「ワタシハナリタイ」と終わっ ています。これは、一人の人間ができるのだから、
他の人もそうであってほしいという賢治の願いなの ではないでしょうか。
H子は、②で他の生徒の意見を参考に自分の考えをま とめ、③では主題に迫ることができ、賢治の執筆時の心 情を想像して自分の考えを書くことができるようになっ た。さらに別の生徒を見てみる。
◇素直な感性で物事を考え、よく発言するI男の例 ①なぜ「欲ハナク」いからない人になりたいと思った
のだろう。人間なら欲もあるし、いかることだって あると思う。みんなに「デクノボー」と呼ばれる人 になりたい、というのも理解できない。そんなに悲 しい人になりたいのだろうか。理想の人間像が見え てこない。
②どの感動詞も宮沢賢治が何かを思いだしてそのとき に口からこぼれて、という点では共通していると思 う。しかし、場面は同じでも込められた心情が違う。
最初の「おお おまえは」と「ああきょうの」は、
初めは同じように驚き感動していると思えたが、「あ あ」ではまだ生きていてうれしそうな妹を思い出し、
「ああ」は天国へ旅立ち、もうこの世にはいない妹 を想像して言った感動詞だと思う。このように「松 の針」の感動詞は、込められている意味が違うと感 じた。
③「雨ニモマケズ」で伝えたいことは、相手のことを 思いやる気持ちだと思う。他人はよく、自分だけ良 ければという考えを持つ人がいる。もちろんそれも 大事だと思う。自分を大事にしなかったらなんにも ならないからだ。でも、自分のことだけが全てだろ うか。「雨ニモマケズ」を書いた宮沢賢治も、その ときは全く世の中に認めてもらえなかった。それは、
賢治が他人になんと言われようと自分の意志を貫い たからではないだろうか。周りから「デクノボー」
と呼ばれても、自分の正しいと思ったことをやり通 し、常に相手を思いやる気持ちをもつ。こうして、
賢治は後に人に認められるようになったのだ。
I男も第 1 学年時は、「雨ニモマケズ」の詩について 多くの疑問を抱えていた。しかし、「松の針」では感動 詞に着目して兄の心情を想像している。③は、相手を思 いやる気持ちについて考え、執筆当時、賢治が置かれて いた状況を想像して③を書いている。
次に挙げるC子は、「松の針」の題名の意味は 2 つあ ると想像して書いた生徒である。
◇話合いや書くことが苦手であったC子の例
①宮沢賢治さんは地震や農業の悲惨さを経験したと思 います。自分のふるさとのためにがんばってきたけ れども、もっとがんばれたはずであるという気持ち を表したと思います。
②できれば自分も一緒にトシと行きたい。けどきっと トシは「生きてほしい」と言うだろう。トシには「う つくしい」顔のままで行ってほしい。自分はここ(生 きている世界)にいて、天国に行っても忘れないよ うに松の枝を置いておく。トシがしたっていた林と 共に思い出せるように、という気持ちを表している と思います。
③宮沢賢治は体が弱く、災害の多い人生を送りました。
賢治は人生で彼を支えた多くの人に出会ったと思い ます。「雨ニモマケズ」の人物像は、そのような人々 を思っているのではないでしょうか。「他人を思う 気持ち」は人間が生きていく中で大切にしなければ ならないことの一つです。人と人とのつながりを見 てきた賢治にとって、それはひときわ強く感じたの だと思います。「雨ニモマケズ」の「サウイウモノ ニ」は、そこから生まれていったのです。現在、賢 治の「雨ニモマケズ」は多くの人々に読まれていま す。賢治の理想の人物像は、どこかに「他人を思う 気持ち」を置き忘れた人に、強いメッセージを残し てくれています。
C子は、話合いでも積極的に発言をするほうではなく、
聞き手に回っていた。しかし、彼女は賢治と他人との関 わりについて考えを深めている。「松の針」で賢治が真 剣に妹と向き合い、思いやった姿を、「雨ニモマケズ」
では他人に広げて考えた。
最後に、特別支援学級のJ子の例を挙げる。
◇第 2 学年時から授業に参加したJ子の場合 ①授業には参加していない。
②第 2 学年時から、授業に参加できるようになった。
妹がもうすぐ亡くなってしまうことはすごく悲し いけど、せめて妹がさっぱりした、うれしい気持ち で死んでいけるようにしてあげたいと思う優しい気 持ちを表していると思います。そして、妹が亡くなっ てしまった時でも、「えだ」を置いてそのときの妹 のうれしい気持ちが消えないようにしようという賢 治の気持ちを表していると思います。
③二〇一一年年三月十一日に東日本大震災がありまし た。そのときに宮沢賢治の「雨ニモマケズ」に、多 くの被災者がごく自然に勇気づけられたそうです。
人間はだれでも、喜びや怒り、悲しみ、そういう感 情はあります。この大震災の後、「助け合い」とい う言葉をよく聞きました。被災地では自分も苦しい のに、相手にせめてこれくらいはできたら、という 謙虚な姿がテレビでも報道されていました。「雨ニ モマケズ」には、賢治の目指した謙虚な姿があり、
その「デクノボー」の心は、被災者の心と一緒だっ たんだと思いました。人のためになると思ったら、