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-ハイデガーとニーチェを結ぶ道筋

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長崎大学教養部紀要(人文科学篇) 第37巻 第2号 67‑82 (1996年10月)

いかにして主観がついには作り話になったか

‑ハイデガーとニーチェを結ぶ道筋

ゲアハルト・ファーデン(訳:伊藤秀一)

Wie das Subjekt endlich zur Fabel wurde Wege zwischen Heidegger und Nietzsche

Gerhard FADEN

いかにして「真理の世界」がついには作り話になったか

‑ある錯誤の歴史

1.真理の世界、これは賢者、敬度なる者、徳高い者には到達できる世界である。そ のような者がその世界の内に住むのであり、そのような者自身が真理の世界なので ある。 (この理念のもっとも古い形式。比較的賢明で、単純で、説得力がある。つ まり、 「我、プラトン、は真理である」という命題の書換えである。)

2.真理の世界、現在は到達できないが、賢者、敬度なる者、徳高い者には(「罪喜 悔い改める罪人には」)約束されている。

(理念の進歩。洗練され、厄介なものに、捉え所がないものになる。これは女に、

キリスト教的になるのである。)

3.真理の世界、到達も、証明も、̀約束もできないものとなる。ただし思惟されるも のとして慰めであり、義務であり、命法となる。

(基本的には古い太陽のままである。しかし今は霧と懐疑の隙間から窺えるだけで ある。真理の世界の理念は崇高に、青白く、北方的に、そしてケ‑ニヒスベルク的 になった。)

4.真理の世界、到達付加のだろうか?いずれにせよ到達されなかった。そして到達 されないものとして未知のものでもある。ゆえに慰めにもならなければ、救済もも たらさず、義務も課さない。いったいなぜ未知のものが義務を課すことがあるだろ

うか?‥.

5. 「真理の世界」、何の役にも立たない理念、いわんや義務を課すことはもはやな い。無用の、余許なものになった理念である。それゆえ、論破された理念である。

これを廃棄してしまおう。

(明るい日中。朝食。良識と快活さの復権。プラトンの赤面。全ての自由精神の馬

(2)

鹿騒ぎ。

6.真理の世界を我々は廃棄してしまった。どの世界が残ったのか。仮象の世界だろ うか?‥.いや、真理の世界と共に我々は仮象の世界をも廃棄してしまったのだ。

(昼。最も短い影の瞬間。もっとも長い錯誤の終蔦。人間性の頂点。ツァラトゥス

トラガ‑ジマル。)

ニーチェ「偶像の黄昏」 1)

‑イデガーは徹底的な解釈を通して、自分にとってニーチェがいかなる意味を持っ のかを解明しようとした。決定的な位置規定がなされたのは、三〇年代のニーチェ講 義である。ニーチェとの対決はここにおいて政治状況との対決に転じ、ついにははっ きりとしたニーチェからの離反へと至ることになる。ニーチェの哲学はニヒリズムの 暴露であるが‑このニヒリズムの実際の顕現形式として‑イデガ‑は国家社会主 義(ナチズム)を捉えていた‑、しかしそれ自身が深くニヒリズムに染まっても いたのである2)。だが以下の考察が示そうとするのは、 ‑イデガ‑からニーチェに向 かう別の道筋もあるのだということである。それは‑イデガ‑自身が自分のニーチェ 解釈の基礎に置いたテーマ、すなわち真理のテーマをめぐる考察なのだ。方法論とし て、私はヤスパースの原則に従うことにする。それは、ニーチェ哲学の解釈をニーチェ の文章との「モザイク模様」として構想するということである3)。すなわち、たとえ お互いに矛盾してもそこにニーチェの思惟の基本特徴が見えてくるような解釈をあえ て立てるのである。ニーチェの恩惟に矛盾が‑仮象的矛盾も現実の矛盾も‑

あるということは、まさにニーチェ的思惟を刻印する特徴としてそのまま受け入れら れなければならない。

「道徳外の意味における真理と虚偽について」 (一八七三)のニーチェの省察の冒 頭にあるのは、人間にはいったいどこから「真理衝動」のようなものが由来したのか、

幻想と偽装の上に打ち立てられた世界にあって、人間はいかにして事物の「即日存在」

のようなものを問うことができるのか、といった驚きであった。このような衝動が現 れ、あまつさえこれが満足させられることがあるなどということは信じ難く不自然な ことなので、ニーチェはそこに他の欲望が被覆されていると推測した。人間たちが

「真理」と呼ぶものは、その名称に値しない。それは世界が人間の中に慣習化し同化し

(3)

いかにして主観がついには作り話になったか‑‑イデガーとニ‑チェを結ぶ道筋69

ているものだ。 「認識」と称するものは「転位(翻訳)」あるいは「隠愉(Metapher)」

である。それはまず神経の刺激から画像への転位であり、次にこれが音に転位される のだが、このような転位においては保持されるものより失われるものの方が多い4)。

ニーチェはそれについて語ってはいないが、転位は客観から主観‑の移行においての み生じるものではない。転位はひとっ前の葉から現在の葉を経て次の瞬間の葉という 場合にも生じるのである。 「同一性」とは概念によって創出されたものである。する と「転位」や「隠喰」は自然の万物の本来の名前ということになるのではないだろう か。だがこのような根源的な隠職に逆らい、事物をあるがままにはしておかないただ ひとっの力(Macht)がある。合理的な思惟、 「科学」である。恒常的な同一の主観 の構成による隠職の除去、すなわち自然の除去がこのような科学の本来の目的となり、

変化や死などの時間の否定がその秘密の前提となった。 「すべての概念は非同一なも のを同一化することによって生じる」 5)。非同一なものは非本質的なもの‑と押し退 けられ、できれば存在さえしないように願われる。事物の本質は時間的な変化から放 免され、 「認識」とは対象の妥当な表現、すなわち対象の鏡像であるべきだとされ、

両手のない画家が目の前に浮かぶ画像を歌で表現しようとする‑ニーチェの比愉

‑ような再現であってはならないとされる。そしてこのような比職は偶然のもの ではない。合理的な思惟に対して、芸術と神話は隠職的なものの巨大な肯定者として 対置するからである。芸術と神話は「隠喰形成の衝動」に自ら従う。科学はこのよう な衝動から、ニーチェが暴露した自己欺臓によって逃げられると恩いこんでいるにす ぎない。芸術と神話はこのようにして自然の万物と調和しており、すなわち科学より も正しい(真理)ものなのである。いずれにせよ、ニーチェの著作に繰り返し現れる

「芸術」と「科学」、 「嘘」と「真理」の対立は、私にとってはこのように捉えると最 も納得が行くものになる。

「真理」は死をもたらすものであるという、一八七三年の断章で示唆されているこ の考えを、ニーチェは「人間的な、あまりにも人間的な」で再び取り上げている。た だし「真理」という言葉の意味はここではもはや合理的な思惟というものに限定され るものではない。 「生についての誤謬は生にとって必然的なもの」というのが33番目 のアフォリズムにかぶせられた表題である。人間が世界よりも自分自身を大切に思う

ということによってのみ、生は人間にとって耐えられるものになる。もしある個人が

「自己白身を超え出て」人類を全体として視野に収めるなら、彼の目には人類が「自 然界の個々の花びらのように」 6)浪費されているように見えて絶望せざるを得ないだ

ろう。それでは認識というものは絶望に終わるものなのか、という問いに対して、ニ チェはそれに続くアフォリズム34‑これは第一篇の最後を飾る‑において、

可能態を示す接続法の「否」で答える。認識は悲劇のように情動の浄化を引き起こし、

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より高次の生への通路となり得る、と。 「最後には人間間や自分自身との関係におい て自然の中にあるように生きることになるだろう。賞賛も非難も嫉妬もなく、かって 恐れるしかなかった多くのことがらをひとっの芝居のように楽しんで」 7)。すなわち 目標のない単なる自然の生存は、死をもたらすと同時に生をもたらす人間自身にとっ ての真理として人間の前に姿を現す。もし人間が自然界の花のように自己を浪費させ ておくことができれば、つまり‑イデガ一によって引用されたアンゲルス・シレ‑ジ ウスのエピグラムの中に出てくる蕎藤のように「くなぜ)を知らずに(ohneWarum)」

生きることができれば、絶望は解放へと転じるのである。

次に紹介する「喜ばしき学問」の第54番目のアフォリズムである「仮象の意識」は、

ニーチェの思惟全体の中心に導くものである。

「私は、古くからの人類や獣類、いやすべての感情ある存在の始源から過去 の全体が、私の中で詩作し続け、愛し続け、憎み続け、推論し続けていると いうことを自分ひとりで発見した。私はこのような夢の途中で目が覚めたの だが、結局のところこれは夢であり、破滅しないようにこの夢を見続けなけ ればならないという意識にたどり着いただけなのだ。夢遊病者が崩れ落ちな いように夢を見続けなければならないように。私にとって『仮象』とは一体 何だろうか。何かある本質の対庶物などではあるまい。その仮象の賓辞以外 に何かある本質について語ることなどできるだろうか。見知らぬⅩにかぶせ たり取り去ったりできるような死んだ仮面ではあるまい。仮象とは、自己噸 笑において、ここにあるのは仮象であり鬼火であり妖魔の舞踏であってそれ 以上の何物でもないということを、私に感じとらせる限りにおいて、私にとっ て作用するものおよび生あるものそれ自身なのである。これらの夢の表象と ともに認識者である私もまた私の踊りを踊り、認識者とは地上の踊りを引き 延ばす手段であり、そのような意味で現存の祝祭の幹事のひとりとなる(‑)。」8)

夢見る者とは夢に見られる者であり、その主観・存在は夢に帰属する。だがこのよ うに見ていくと、後期ニーチェの基本概念で多くのニヒリズムの側からのニーチェ解 釈が拠り所としている「カへの意志」も怪しいものになる。それは特に、 「喜ばしき 学問」のアフォリズムの310番、 「意志と波」を考え合わせてみるとよくわかる。 「何 かに到達しようとするように、何と貧欲にこの波は迫り来るのだろう。波が生きてい

るように、そのようにわれわれ意志あるものも生きる。これ以上のことは言うまい」9)。

もしニーチェの哲学が「秘教的」な側面と「公教的」な側面を持っているなら、この 箇所において意志についての彼の暗黙の「秘教的」な考えが覗いていることがわか

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いかにして主観がついには作り話になったか‑‑イデがーとニーチェを結ぶ道筋71

る10)。意志あるものとは根本的において意志されるものであり、意志とは根本におい て波の性質を持っている。 「そのように生きる」ものであるとはいえ、われわれはた いてい波と同じようにこれを知らない。ということはすなわち本来的に生きてはいな い。このように考えれば、 「力への意志」とは決して「真理の世界」にニーチェ的変 奏ではなくて、むしろ仮象と鬼火の世界に属するものということになる。 「善悪の彼 岸」では「力‑の意志」は仮言的形式で導入されている。 「内部から見た」世界、 「そ

れはまさに『力への意志』ということになろうし、他の何ものでもないだろう」11)。

「内部からみた世界」や類縁的な概念に対して、ニーチェは他の箇所で非常にきびし い批判を展開しているので、この接続法は直接法の代補と考えるわけにはいくまい。

おそらくこの「内部」はまだ何らかの外部なのだろう。力への意志、それはプラトニ ズムの解体のためのひとつの戦略的構築物であり、形而上学者ニーチェの「自己噸笑」

なのだろうか。いずれにせよ私はニーチェのテーゼに占める「自己噸笑」の割合を過 小評価したくはない。かってニーチェは真理の基準として、 「生にとっての価値」12)を 挙げたことがある。そして生は自己噸笑する仮象や妖魔の舞踏以外の何物でもない以 上、兵であるためには、すなわち生と調和しているためには、恩想はまさにこのよう

な本質性を示す必要があるのだろう。

「認識」は単純化と体系化によって「感覚の多種多様を支配しようとする」13)意孟の 産物であるというテーゼは、ニーチェ自身の哲学にも、というよりはむしろ第一に当

てはまるものである。ニーチェの哲学は精緻な知覚内容の書庫だが、同時に粗大なス ローガンの宝庫でもある。すなわちニーチェの作品とは、矛盾や唆昧さをさけようと する配慮を欠いた知覚内容の記録であると同時に、この知覚内容の体系化と単純化、

すなわち歪曲化でもある。仮象性はその自己噸笑において正体を現す。ところでこの 自己噸笑だが、ここでもしばしば観察されるニーチェとプラトンとの近い関係が確認 される。おそらくニーチェとプラトンほど、̲思惟されるべきものをしばしば読者を惑 わすイロニーと自己イロニーに満ちた戯れの中に秘匿した哲学者はいないだろう。ニ チェの自己噸笑は、自分自身を「ハンス・ヴルスト(道化)」として配置した「この 人を見よ(ェッケ・ホモ)」において頂点に達する14)。

存在と仮象5、真理と虚妄を、ニーチェは特有の仕方、なかなかその錯綜を解きほど くことができないような仕方で、ひとっのものと考えた。ニーチェの命題には、真理 と虚妄のすべての区別を均等化し、さらにそれ自身が真理性要求を掲げることによっ て、自己矛盾をきたしてしまうようなものがある。だがこのようなことを言っても、

論理とは単に「世界の整理」15)の手段にすぎないとするような著作家にとっては、もち ろん何の評判にもならないだろう。するとニーチェとは「ソフィスト」で、彼には命 題の効果だけが重要であって命題の真理性はどうでもよいということになるのだろう

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か6)。だがそのような解釈はまだニーチェの思想迷路の外堀にとどまるものである。

もっと深奥に突き進んで行けるのは、おそらく「善悪の彼岸」の第34節を本気で受け とめる者だろう。 「今日いかなる哲学的立場に立とうとも、どのような観点から見て も、われわれが生きていると信じているこの世界の虚偽性こそわれわれの目が捉える ことのできる最も確実ではっきりしたことなのである」17)。すなわちわれわれの世界は 虚偽性、仮象性、非・真理性で成り立っている。そしてこれはニーチェ哲学の基礎と いうことになるだろう。だがこれには次のような意味もある。存在は仮象として顕在 化する。存在は‑ 「何か未知なるもの」ではなくて「未知なるもの一般」として

‑世界の全性格の色を決め、そこに浸透するのだ。存在は再び恩いがけないほど 近いものなのである。ただ存在は仮象の根拠や原因ではない。 「仮象性の各段階、い わば仮象の影や音調の明暗‑画家の言語を話すための様々な価値‑を受け入 れるだけでは満足できないのだろうか」18)伝統的な存在は諸段階は、仮象の諸段階で 代補されていた、と言っても良いかも知れない。だが音調の明暗において現れ出るの

は何か、という問いを立ててみると、ここでは存在と仮象の単なる術語上の逆転以上 のことが問題になっているということがはっきりしてくる。事物や対象というのがお そらくその答えなのかも知れない。だがニーチェはこの答えを認めようとはしない。

「対象が輝き出る(scheinen)」というような意味での「仮象(scheinen)」の実態の 解釈は「劣悪な文献学」であって、 「思惟」の実態を「我考える(ich denke)」と解 釈するのと同じくらい懇意的なものとされる。厳密に考えれば仮象とは稲妻のような もので、 「稲妻が閃くder Blitz leuchtet」というように印欧語文法だけが主語と述 語に、原因と結果に分けるようなひとつの生起である19) 「存在」と「真理」に対する ニーチェの闘いは主観に向けられ、プラトンに対する彼の闘いも同様である。 「国家」

における太陽の比職に従えば、イデアとは本質的および無変化的存在者として生成す るものの原因となる。ニーチェがここで「画家の言語」を語るのは単なる偶然ではな い。画家にとって「価値」とは、そこから対象のようなものが始めて構成されるよう な諸要素だからである20)。 「ツァラトゥストラ」ではニーチェ自身、語句や蔵言を絵画 的・音楽的な手段として用いる試みをしている。世界の「妖魔の舞踏」に対応する踊 りである。だがニーチェが使える素材は格言、省察、誹譲からなるもので、あまりそ のような用途には向いていないものばかりである。それゆえツァラトゥストラの科白

は、まるでニーチェ自身のアフォリズムの書物から選び取られたハイライトが異なっ た気圏に移し変えられたように聞こえるのである。

すべての出来事の仮象性格には本質的にある原因の暗示が含まれており、これが

「仮象性の段階」のひとつを自ら構成しているので、これは「作り話」であることを 見透かされはするけれど、決して排除されることはできないのである。プラトンが

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いかにして主観がついには作り話になったか‑ハイデガーとニーチェを結ぶ道筋73

「自分自身がそうであった芸術家として」21)存在よりも仮象を選んだとき、彼は出来事 の仮象性と一致した思考をしていたのである。ニーチェはまさにプラトン哲学の中に 抑圧された「芸術的」な基本線を発見しているのである。ニーチェ自身の哲学は、す なわちあの半分の「諾(Ja)」を完全な「諾(Ja)」に転じる試みということになる。

「真理」、 「真理の世界」、 「もの自体」に対するニーチェの非難は、 「彼岸」についての 独断論的な命題ではなくて、 「此岸」の誤った解釈に対する拒絶なのである。それゆ え「偶像の黄昏」の一節においても、 「真理の世界」の「廃棄」はその未知化と余剰 化の結果なのだ。だがここでいう「廃棄」とはどういう意味であろうか。もちろんニー チェは、 「真理の世界」を廃棄することはできないということを知らていた。 「真理」

の世界と「仮象」の世界はどんどん隔絶化し、最後に「真理」の世界は作り話になっ てしまうのである。その結果として物語られる「真理の世界とともにわれわれは仮象 の世界も廃棄してしまった」という言葉は二重性を持っている。真理の世界とともに 仮象の世界も無の中に沈む‑仮象の世界が真理の世界になる。遠くは近くに、否 定は肯定に転じ、六番目の段階が他のどの段階よりも第一番目の段階に近くなる。

「われわれはそれが存在するものである限り何も思惟することはできない」22)と、 ‑ 八八六年に書かれたデカルト、プラトンおよびパルメニデス批判の覚え書きには書か れてある。恩惟は夢幻性と仮象性に帰着する。存在は恩惟できない。それは存在者の 夢幻性や仮象性の中におのれを示す(sich zeigen)だけである。これによって冒頭に 引用した「偶像の黄昏」における哲学史の暗示的な略述が前景化してくる。 「廃棄さ れた」存在とは現前的であり、たしかに「慰めにならず、救済ももたらさず、義務も 課さない」が、照らすもの、すなわち稲妻が「妖魔の舞踏」をその不気味さのままに 顕現化するように、存在を思惟の限界として照らし出すものである。

世界を仮象、鬼火、妖魔の舞踏として性格づけることは、明らかに真の現実の尺度 を持たなければ不可能であろうし、この尺度と測る対象とが同一であってはならない

ということもまた明らかなことである。だがしかしニーチェはこれを超え出たのだ。

仮象とは「何かある本質の対立物ではなくて」、それ自身ひとつの本質とされる。こ の区別は揚棄されるが、同時に揚棄されてはならないものでもあり、本質について語 ることができるのは「その仮象の賓辞」だけだとニーチェは言う。この賓辞を取り除 くとそこにはもはや賓辞が属する本質、すなわち主観は何も残らない。仮面を取り去っ た後に役者が残らないように。仮面は無を隠す(何も隠さない)ものであり、顕現相 あるいは純粋顕現相以外の何物でもないのである。 「(‑)妖魔の舞踏であってそれ以 上の何物でもない。」仮象の、すなわち存在の本質は無である。仮象は「死せる仮面」

ではなくて、生きた仮面、すなわち生きた無なのだ。仮面というのは認識者であるわ れわれ自身でもある。われわれの「覚醒」は、われわれが仮面として、すなわち無と

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して自己認識することにおいてしか成り立たない。この無は「廃棄された」神の地位 を占めようとする仮象の外にある主観ではない。ここが決定的に重要な点である。23)。

認識者は夢を見ているのであり仮象に捉えられているのだということに気づくこと、

これが認識者が到達できる極北であり最高の階段なのである。覚醒は、夢が夢として 明らかになるということの中にしか成り立たない。ニーチェの真理‑その名にお いて彼は「真理」に対する闘争を闘ったのだが‑とはすなわち次のようなもので あろう。それはつまり現存全体を明らかにするような現存在からの脱臼であり瞬間的 な超出である。それはどこに向かう脱臼なのだろうか。同時にすべての何かの場であ るような無へ向かうのである。 1886年にローデと再会したニーチェは、 「まるでほか に誰も住んでいない国からやってきたように」24)見えた。プラトンが言う「存在への上 昇」を妨裸とさせる箇所は数多く見つかる。例えば「ディオニュソス替歌」の語句に は「常により純粋な高みへ」25)と歌われている。このような上昇が痛々しく激しい様態 に書き換えられたものとして、 「七度目の孤独から」というアフォリズムも読むこと ができる。 「(‑)いっも繰り返し引き離されて痛む心よ。」26)これは美のイデアに到着

して休息することができない上昇なのである。

キリスト教的伝統において「真理の世界」を代表するのが「神」の名である。だが この神は、 「喜ばしき学問」の125に出てくる狂人が叫んでいるように27)、 「死んだ」の だ。死ということは不在一般を表す。ニーチェがこの不在をどのように考えていたの かということは、これまでの叙述が示してきた通りである。だが多くの人間は、自分 達がいかなる形で不在の神に奉仕しているのか気づかないのだ。神はそれだけ疎遠な ものになってしまった。人間は、 「古い太陽」の日没の後で世界を照らしている自分 達の科学が実はその太陽の光を奪ったのだということを想起することを望まないので ある。真理の価値に対する信仰とは、錯誤と虚妄の芽を含んだ世界のただ中にあって は、形而上学的信仰であり、生の世界ではない別の世界を肯定することになる。つま り近代の科学記述の刻印を帯びた世界は、 「神は真理である」28)という古い信仰の結果 なのである。世界の「秩序、構成、形式、美、英知」といったものを信じる限り、

「神の影」はまだ世界を覆っている。ここではおそらくプラトンの「ティマイオス」

に由来する宇宙論が考えられているのだろう。 「質料」という概念ですら「神の影」

に覆われている。神の死後に世界のうちで残るものは「混鈍」である。

神の死とともに「真理」が砕け去るという結論を導けるほどに、ニーチェは「神は 真理である」という信仰に忠実だった。 「現存在に対する信東田‑思惟に対する 信頼とはこれのひとっの形態にすぎない‑は宗教の保証の上に成り立っものであ る30)。ニーチェは、パルメニデスの「自同者とは思惟と存在である」という言葉‑

この認識をパルメニデスに告げたのはひとりの女神である‑とともに始める恩

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いかにして主観がついには作り話になったか‑ハイデガーとニーチェを結ぶ道筋75

想的伝統と闘うのである。この伝統が告知されるやいなや、世界は人間にとって疎遠 なものになり、もはや世界に対して「無慈悲」であるとか「非理性」であると言うこ

とすら許されなくなるのである31)。 「道徳外の意味における真理と虚偽について」とい うエッセイでは、主観と客観は「絶対的に異なった二つの圏域」32)とされる。だが思惟 はますます謎めいたものになり、このエッセイに契機を与えた逆説は鋭さを増す一方 である。その逆説とはすなわち、この絶対的相違はどこからくるのか、世界の適合し ない恩惟はどこからくるのかという逆説である。真理がもはや神的なものではないと すれば、それはそれだけ理解不可能なものになる。 「認識」という名のもとに哲学者 たちが理解していたものは、ニーチェによれば未知のものを既知のものに回収するこ

と33)でしかなく、世界の根本性格の回避でしかないのだ。

ヴァ‑グナ‑批判も古くて同時に新しい錯誤との闘争のひとつである。逆説的にも ニーチェはここでプラトン哲学に由来する武器を使用している。たとえばヴァ‑グナ‑

を現実的で近代的なものに翻訳することによって脱英雄化を図るところなどは、ホメ ロスを散文にして戯画化するプラトン(「国家」 393e)を妨排とさせる。ニーチェは これを「ヒロイックな化けの皮を剥ぐこと」と言っている34)が、ここで「ヒロイック な化けの皮」と呼ばれるものは、プラトンとともに芸術に帰している「虚偽」なので ある。彼はヴァ‑グナーの秘密をその「役者」性格において暴露する。 「彼は受けを 望んでいる。彼が望んでいるのは受けだけだ。」35)だがこれは次のような意味でもあり、

むしろそれが本質だと言っても良い。すなわち、彼は原因を望んでいる、彼が望んで いるのは原因だけだ、彼は‑ニーチェの思惟全体にとって非常に啓発的な一節

「ロマン主義とは何か」 (喜ばしき学問」 370)で言われているように‑すべての 事物に対して「自分の肖像、自分の苦痛の像を押し付け、押し込み、焼き付ける」36) ことによって「復讐」しようとしているのだ、という意味である。これによってヴァー グナ‑の芸術において、ニーチェがすでに一八七三年に合理性において見出していた 同化と反隠職の意志が暴露された。これによってニーチェの批判がプラトンのそれと

は異なった方向をとるということが明らかになった。

ニーチェの「無神論」が彼の主観批判に依拠するものであるということは、一八八 七年の次の覚え書きが証明するだろう。 「『神』という概念の意味を保持する唯一の可 能性は、推進力としての神ではなく、最高状態として、エポケーとしての神であろう (‑)」37)。 「神の影」とは主観の影なのである。主観とともに倒れるのは客観であり、

もの自体と現象、原因と結果だろう。残るのは「出来事の複合体」38)である。これでは 少し生気に欠け物足りないように聞こえるかも知れないが、実際これ以外に言いよう がないのだ。なぜなら、理論の言語が神の影に覆われているのだから。この欠乏がニー チャに別の非一論弁的な発話可能性を希求させる。特に「ディオニソス賛歌」におけ

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る「妖魔の舞踏」は、ニーチェの他の作品のどこにも見あたらない力に到達しており、

未知のものが非常に近くまで迫ってきているように恩われる39) 「奈落」および「波と 遊動」は、 「混鈍」と「仮象性の価値」と同じくらい重要なニーチェの思惟経験を示 す徴である。

「ここで空腹か過剰が創造的になっているかどうか」40)というのがニーチェの美的基 準だが、これは美学を超えた妥当性を持っている。空腹でないならばいったい何が主 観をして世界を自己自身との同化にもちこませようとするのだろうか。空腹と過剰の 源を問うのは的外れであろう。存在の近くはニーチェにとって過剰の中に、蕩尽と自 己蕩尽の中に示される。この過剰こそ、彼がまえがきで言っているように、ツァラトゥ ストラを隠遁から再び人間のもとに連れ出し、交流へと促したもの、すなわち、ツァ

ラトゥストラの「夜の歌」で言われるように、彼に闇を希求させる光の過剰なのだ。

‑イデガ‑哲学の出発点は決してニーチェにあるのではない。だがそれでもニーチェ の重要なモチーフは‑イデガ‑においても再び現れる。それは例えば伝統的な真理概 念に対する不満、観念論批判、芸術に対する関心、初期のギリシャ思想家の卓越した 地位などである。われわれはニーチェの文章で始められたモザイク模様に‑イデガ‑

の破片を加えてみようと思う。その由来の相違がはっきりと目に見える破片を。

ハイデガーの批判が始めから向けられたのは、スコラ哲学によって伝承されプラト ンにその源流のある意味と事物の相応(adaequatio intellectus et rei)としての真 理概念であった。意味と事象が一致して現れるためには、これらは始めから歴然とし

たものでなければならない。それゆえ「真理」という名前は歴然性や非隠蔽性といっ たことがらにこそふさわしいのである。ハイデガーの問題の少なくない解釈、後に彼 自身によって撤回された解釈によれば、 「アレティア」は初期のギリシャ語では「正

しさ」、すなわち「アデクアーチオ(相応、一致)」ではなく、 「非隠蔽性」を意味し たと言われる。 「非隠蔽性」がギリシャ恩想ではなくて‑イデガ〜独自の恩想である ということが、 ‑イデガ一にも次第に明らかになってきたのはずいぶんと後になって からのことである。例えば一九六四年に発表された講演「哲学の終蔦」では、非隠蔽 性ということはギリシャ人も考えなかった、と言っている41)。 ‑イデガーが言う意味 の真理とは「真理」以前の領域である。ニーチェにとって「超えて」、 「超え出て」と いうパトスが見られたのに対して、ハイデガーに特徴的なのは「一歩遡って」という ことなのだ。真理以前、プラトンやアリストテレスにおいてできあがったような意味

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いかにして主観がついには作り話になったか‑ハイデガーとニーチェを結ぶ道筋77

における「哲学」以前。詩や神秘主義に対する関心はそこから生まれたものである。

両者とも「思惟の中に属するものではないが、思惟以前に属するもの」42)なのだから。

なぜ恩惟以前なのか。詩に関してはその答えが一九五三年の「技術論」に見出させる。

それによれば、芸術と技術は、両者とも自然を隠蔽解除する、すなわち明るみに出す 二様のやり方であるということによって相互補完的なものなのである。このようにし て‑イデガ‑は‑ルグリーリンの頒歌「ライン」川の水力発電所と対置してみるので ある43)。芸術と詩を特徴づけるものとは、光るもの、輝くものである。これはプラト ンの「ハイドロス」からメ‑リケの詩「ランプによせて」にかけて考察されている。

だがまさにこれこそが、この「それ自身における浄福の輝き」こそが技術の産物には 本質的に欠けているものである。エルンスト・ユンガーの表現を借りて言えば、技術 は地球を「作業場の風景」に変えてしまったのだ。そこではもはや何物も自己自身に 基づいて輝くことはないだろう。光り輝くものの場所は残留効果としてだけ、ニーチェ のヴァーグナー批判の意味で言うところの「劇場」としてのものでしかないのだ。 ‑ イデガ‑の技術分析はニーチェとロマン主義分析につなげて考えることができる。技 術を世界食尽にまで駆り立てるものは空腹であり44)、それは存在の遠さのしるLとし ての空腹である。 「浄福の輝き」とはそれに対して充溢であり、存在の近さのしるし

なのである。

‑イデガーは芸術と詩に対する自分の関係を、解釈でも理論でもなく、 「対話 (Zwiesprache)」として理解していた。だがこれを実行する段になると「対話」と解 釈の境界ははっきりとしなくなり、 ‑イデガーの思想が文献学の尺度で測られてその 強引さが批判されることにもなったのだ。ハイデガー自身の後期の認識によれば、す でに「存在と時間」の体系は恩惟に妥当なものではなくなっていたように、 「対話」

もまた解釈の武装をまとって現れることになる。最も失敗した‑イデガ‑の対話の結 果は、おそらく一九四一年の「合図」45)のような詩句であろう。それに対して最も成功 した例は、たぶん詩と芸術がことさらに問題にはされていない場所、たとえば論文

「建てること、住むこと、思惟すること」をはじめとする後期‑イデガ‑全般に見ら れる書法において見出されるだろう。

神秘主義についてはわれわれが‑イデガ‑から知り得るものはずっと少ない。 「根 拠律」において彼はアンゲルス・シレジウスの「蕎蕨は(なぜ)を知らず」という言 葉を引用し、メーリケの詩と同じ様な意味でこれを考えている。つまり、蕎蕨は開花 するが、くなぜ)を知らない、つまりその開花の原因、条件、効果を顧慮することが ない。この言葉は蕎薮にだけ当てはまるものではない。人間もまた蕎蕨のように存在 して初めて自己固有の存在に到達するのである。 「 (なぜ)を知らず」ということが 核心において意味していることこそ、 ‑イデガ‑の‑そしてこれは‑イデガ‑だ

(12)

けということではない‑倫理学、芸術哲学、宗教哲学、自然哲学と呼ばれ得るも のなのである。 「くなぜ)を知ら ̄ず」を意味する別の言葉は「放下(Gelassenheit)」

である。 ‑イデガーがこの言葉を自己の術語に加えたのは、すでに第二次世界大戦の 終わり近くに記録されているある対談においてのことである。そこで‑イデガ‑が希 求する思惟の本質として理解された放下とは、エック‑ルトの言う意味での放下から 位置ずらしされている。エックバルトの放下は神の意志のために自己の意志を放棄す

ることとして、まだ「意志の領域内」にとどまるものなのである46)。だがェック‑ル トの著作を読んでみた限りでは、このような説明ではまだ足りない。エック‑ルトが 最も固有の思想を展開している「精神による貧者の浄福」という説教では、彼にとっ て最も重要なのは最終的には「神の意志」ではない、と言われる。 「貧者」 ‑こ れについての説教なのだが‑は、神の意志を成就するための意志すら持ち合わせ ないほど深く意志を放棄しただけではない。彼はそれどころか、彼の本来の存在が神 の上位にあるため、神を神として放下している。そしてこれは同時に、 「彼が自分自 身の意志と神の意志の両者から自由であるように」47)生きるということを意味している のだ。ここに最も大きな差異がある。エック‑ルトの放下は‑イデガーの言う「場所 (Gegnet)」とは全く異なったところへ導くもの、すなわち永遠の「静まりかえった神 の荒野」へと導くものなのである。

哲学と神秘主義の境界についても、おそらく次のような推測が成り立っだろう。哲 学とは、存在者全体をそれとして把握するための存在者の乗り越えであり、それは存 在者の根拠と考えられる存在者の他者へ向けて存在者を乗り越えることなのである。

それに対して神秘主義の方は存在者全体の放置であり、エック‑ルトに限って言えば、

存在者の根拠の放置でもある。神秘的な行為が哲学に先だって進む。なぜなら、何か を乗り越えようとするときに、私はすでにそこから解離して、それを放下していなけ ればならないからである。 「放っ」ということが哲学と神秘主義の共通の根源根拠で あるならば、神秘主義は哲学が立ち去る‑それが哲学である限り立ち去らざるを 得ない‑根源へと頑強にも沈潜し続ける。もちろんすべての哲学がそのような梶 源から遠く離れてしまったわけではないのだが。

明らかに詩の方が神秘主義よりも‑イデガ一に近いところにいる。同時に偉大な詩 人でもあったアンゲルス・シレジウスを別とすれば、 ‑イデガーは神秘主義とは「対 話」を試みていない。哲学の神秘主義的な側面は‑イデガ一にとって未知のものでは

なかったにも関わらず、彼の哲学史の解釈の中には一切現れ出てこないのだ。プラト ンにおいて彼の関心を引くのは観念論の開始ということだけ48)であって、ヨーロッパ の神秘主義の源流となる「饗宴」には何の関心も示されない。そして‑イデガ‑がプ

ロティノスを黙殺していることも、様々な学者が指摘していることである49)。それで

(13)

いかにして主観がついには作り話になったか‑‑イデガ‑とニーチェを結ぶ道筋79

ら‑イデガ‑の恩惟の中に神秘主義的なものがあるとすれば(これと同じことがニー チェにも言える、ただしニーチェの「神秘主義」に関する言述は巷間の偏見を超える ものではない)、それは主観一批判に由来するだろう。これには神秘主義の中に対応 するものがあるからである。

ニーチェにおいて印欧語文法の偏見に対する批判であったものは、 ‑イデガ一にお いては分詞の暖昧性の分析であろう。 「花咲くもの」は、 「花咲くということがそれに 属し、また固有であるようなもの」を、すなわち例えば蕎蕨のようなものを意味する かもしれない。しかしこれは同時に動詞的な意味で、とりわけ花咲く何かを顧慮する ことなく、その「花咲く」という出来事を意味することもできる50)。この暖昧性はと りわけSeiendes (sein 「ある、存在する」の現在分詞、哲学の術語としては通常

「存在者」と訳すことになっている‑訳者)に当てはまる。形而上学はこの分詞 の名詞的な意味の覇権として規定できるだろう。すると「善悪の彼岸」の第54節も‑

イデガーにおいて確証化することが可能だろうか。第54節には、近代哲学のすべては

「主観概念と賓辞概念の批判を装いっつ行う伝統的な心概念に対する謀殺行為」だと ある51)ここでニーチェはそれまでのカントに対する噸笑から一転して、カントに先馬区 者の役割を認めているということを考えると、この節はますます重要になってくる。

主観として確固たる基底と想定されるものになり、それゆえにその脆さを露呈し続け てきた「伝統的な心概念」。ここにもニーチェの思惟の地平における‑イデガ‑的位 相があるのではないだろうが2)。

「転回(Kehre)」以降の‑イデガ‑は、彼が「形而上学」と呼ぶひとっの大陸の計 測を試みていた。 ‑イデガーにとっての形而上学とは、存在自身を無視して存在の相 のもとに存在者を考えるということによって境位される53)。 ‑イデガーが非形而上学 的なものと考えるのは、プラトン以前のギリシャ思想である。近代ではむしろ哲学者 よりもヘルダーリン、リルケ、トラークルといった詩人たちにおいてハイデガーは非 形而上学的な恩惟を見出している。だがこのような計測は‑イデガーの個人的な注視 方向に対応するものだろう。おそらくニーチェ以外の他の哲学者たちにおいても、形 而上学的なものの下に非形而上学的な底流が隠されているのではないだろうか54)。私 にはハイデガーの思想における形而上学と存在論の関係もまだ十分に解明されている ようには思えない55)。

‑イデガ‑は、 「世界史的な身振り」とでも呼べそうなものに対する近代哲学者た ちの奇妙な傾向と共通するものを持っている。 「長い錯誤の終蔦、ここにおいて今、

世界史の新しい時代が始まる」と言いながら近代のすべての大哲学者たちは登場して きた。これは特にへ‑デル、シェリング、ヘルダーリンによって書かれた一七九五年 の「ドイツ観念論の最古のプログラム」において最もはっきりと見て取れる。ニーチェ

(14)

は「いかにして(真理の世界)がっいには作り話になったか」という小文において自 分の登場を演出したのだが、ひょっとしたら‑イデガ‑はこの文を自分のために書き 換え、注釈を施した以上のことをしてはいないのではないだろうか。わたしはこの文 を次のように読みたい。近代哲学を特徴づけるのは様々な形式の否定性の先鋭化され た経験である。否定性とは「古い太陽」を覆い隠す霧なのだ。重要な各段階をいくっ か挙げてみよう。デカルトの「悪しき霊(Genius malignus)」の仮定、パスカルに よる人間の「条件(condition)」の記述、カントにおける超越論的弁証論、ヘーゲル の弁証法による治癒および救済の試み、シェリングの悪の研究、ニーチェのニヒリズ ム診断、そして‑イデガーの存在剥奪の思想。これらを考え合わせてみると、ギリシャ 思想には本当に「我、プラトン、は真理である」という命題が当てはまることがわか る。ニーチェがこれによって言い当てているのは、 ‑イデガーがギリシャの存在経験 として特徴づけた純粋な現前性および非隠蔽性である。

形而上学、これはニーチェにとって生の否定であり、 ‑イデガ一にとっては存在剥 奪であるが、これは同時に死の否定であり無の剥奪でもある。存在は逃れ去る。過剰 は後退し、それとともに「恐ろしいものや疑わしいもの」、仮象的なものや隠蔽され たものの歴然性も後退する。哲学はこのような宿命(Geschick)に闘いを挑み、常に 破れてその犠牲となってきたのである。

1) Friedrich Nietzsche, KSA (‑ Kritische Studienausgabe in 15 Banden,

Hrsg.Colli/Montinari, Berlin/Munchen 2.Aufl. 1988) 6. S.80f.

2) Vgl. Silvio Vietta, Heideggers Kritik am Nationalsozialismus und an der Technik, Tubingen 1989.

3) Karl Jaspers, Nietzsche, 4. Aufl. Berlin/New York 1981, S.466.ニーチェ 解釈において最も重要な示唆を得たのは、コリによるKSAの後書きの他には次

の二つの著者である。 Holger Schmidt, Nietzsches Gedanke der tragischen Erkenntnis, Wiirzburg 1984; Georg Picht, Nietzsche, Stuttgart 1988.

4) KSA 1, S.i 5) Ebd., S.887.

6) KSA 2, S.52.

7) Ebd., S.54.

8) KSA 3, S.416. 3)に挙げたピヒトに解釈(S.309仕)も参照。

(15)

いかにして主観がついには作り話になったか‑ハイデガーとニーチェを結ぶ道筋81

9) KSA 3, S.546.

10) 3)に挙げたシュミットを参照。

ll) KSA 5, S.55.

12) KSA ll, S.506.

13) KSA 12, S.382.

14) KSA 6, S.365.

15) KSA 13, S.336.

16) Reinhard Low, Nietzsche, Sophist und Erzieher, Weinheim 1984.

17) KSA 5, S.52.

18)EBd.

19) KSA 12, S.104.

20)ここで私が念頭においているのは、ニーチェが知らなかったセザンヌである。

21) KSA 12, S.253.

22) KSA 12, S.107.

23)おそらくここでニーチェは仏教思想に近いところにいるのだろう。 Keiji Nishitani (西谷啓治)、 Was ist Religion? Frankfurt 1982を参照。

24)ヤスパースの前掲書による引用。

25) KSA 6, S.393.

26) KSA 3, S.546.

27) KSA 3, S.481.

28) KSA 3, S.577.

29) KSA 3, S.468.

KSA 12, S.107.

31) KSA 3, ebd.

32) KSA 1, S.I 33) KSA 3, S.594.

KSA 6, S.34.

35) Ebd., S.31.

36) KSA 3, S.622.

KSA 12, S.535.

Ebd., S.384.

39) 「ツァラトゥストラ」と「ディテユランボス」の文体に関しては、フリードリヒ・

ゲオルク・ユンガーの次の著作における説明を参照。 Friedrich Georg Jtinger, Nietzsche, Frankfurt 1949, S.9ff.

(16)

40) KSA 3, S.621.

41) Zur Sache des Denkens, 2.Aufl. Tubingen 1978, S.78f.

42) Der Satz vom Grund, 5.Au仕Pfullingen 1978, S.19.

43) Vortrage und Aufsatze, 4.Aufl. Pfullingen 1978, S.19.

44) Vgl. Friedrich Georg血nger, Die Perfektion der Technik, 5.Aufl.

Frankfurt 1968, S.27.

45) Denkerfahrungen, Frankfurt 1983, S.23‑33.

46) Gelassenheit, 6.Aufl. Pfullingen 1979, S.33f.さらに次の著作を参照。

Emil Kettering, Nahe Das Denken Martin Heideggers, Pfullingen 1987, S.250f.

47) Eckhart, Deutsche Werke 2.Bd., 2.Aufl. Koln 1988, S.499.

48) Vgl. Karl Albert, Mystik und Philosophie, Sankt Augustin 1986, S.202.

49)例えばWerner Beierwaltes, Denken des Einen, Frankfurt 1985, S.440f.

50) Was heisst Denken? Tubingen 1971, S.133.

51) KSA 5, S.73.

52) Vgl. Gianni Vattimo, Heideggers Nihilismus: Nietzsche als Interpret Heideggers. In: Kunst und Technik. Gedachtnisschrift zum 100.

Geburtstag von Martin Heidegger. Frankfurt 1989, S.141‑154.

53) Wegmarken, 2.Aufl. Frankfurt 1978, S.362f.

54)この潮流に光りをあてることが「‑イデガー以後の哲学史」の課題のひとっであ ろう。 Destruktion und tjbersetzung: zu den Aufgaben von Philosophie‑

geschichte nach Martin Heidegger. Hrsg. Th. Buchheim. Weinheim 1989.

55)ヴォルフガング・シュトルーヴェは形而上学における「‑者」と「統一」の意味 を指摘している。 Wolf gang Struve, Philosophie und Transzendenz, Freiburg 1969, S.62f.

(1996年7月22日受理)

参照

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