Bulletin of Faculty of Liberal Arts, Nagasaki University Natural Science, Vol. 6
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遠賀沈降について
‑とくに花粉層位学的立場からみた問題点‑
高橋清
(昭和40年9月30日受理)
On the Onga Subsidence
‑With special reference to the problems from
the pollen stratigraphic standpoint‑
Kiyoshi TAKAHASHI
Abstract
Recently the writer has established by means of the pollen‑spore assemblages the zoning of the Paleogene and Lower Miocene deposits in northern Kyushu.
T. NAGAO (1928) correlated the Onga formation with the Yoshinotani formation and proposed the "Onga regression" which took place widely in northern Kyushu. H. MATSUSHITA
(1949) supported this opinion of Nagao.
The writer has pointed out their mistaken correlation and verified biostratigraphically the new correlation of the non‑marine Onga formation with the marine Kishima formation. He has found many pollen and spores from the shale of the plant bed at Hiagari in the Kokura coal‑field and proved that this pollen assemblage belongs to the Sasebo pollen group. Accordingly, as at the least the plant bed at Hiagari can be correlated with a part of the Ashiya group, a concept of the contemporaneous heteropic facies must be adopted. He has proposed the Onga subsidence which had brought mainly the deposition of non‑marine sediments and partially the intercalation of marine sediments containing the molluscan fossils in the middle or upper horizons. At the age of the Onga subsidence, the transgression in northwestern Kyushu had brought the deposition of the marine Kishima and Mase formation.
The writer has studied only a few pollen and microplankton from the medium sandstone of the Nokonoshima formation in the Fukuoka coal‑field.
日本地質学会西日本支部例会(長崎大学,昭和40年9月26日)において講演。
Iまえがき
長尾(1928)は九州北東部の遠賀爽炭層とその相当層および九州北西部の芳ノ谷爽炭層とそ の相当層が間一時期に形成され,しかもそれらがすべて海退期に生成されたものであり,この 海退は九州北部炭田地域に広範囲に行われたと考え, 「遠賀海退」と名付けた。松下(1949)
もこの見解にしたがって,遠賀層と同一海退期の堆積層として,小倉・筑豊・柏屋・福間・唐 津・崎戸の諸炭田における爽炭層を対比した。筆者は九州北部の各炭田地域の爽炭層の花粉層 位学的研究を行っている間に,従来の「遠賀海退」の見解に疑問を持つに至り,問題の爽炭層お よび非海成層を検討した。その結果,異なる2つの花粉群を認めた,すなわち,唐津花粉群と 遠賀花粉群であり,しかもこれらが層位学的に上下関係にあることを確認した(高橋: 1959, I960, 1961)。各炭田におけるこの関係を整理してみると,九州北東部での遠賀爽炭層(非海 成)およびその相当層(非海成)が,九州北西部では間瀬層(海成)および杵島層(海成)で あることが判明した。またこのことを水野・高橋(1962)は遠賀層から採集した海棲貝類化石 によっても実証した。これらの新しい研究から長尾(1928)以来定説のようになっていた「遠 賀海退」は実はそうでなくて,次に引き続いて起っている大きな芦屋海進の1つ前の段階にお ける沈降であるという考えを持つに至った。
今回は従来から問題となっていた北九州市小倉区日明の植物化石産出層の頁岩から検出した 花粉・胞子について述べ,従来の資料にもとずいて考察していた筆者の考えを裏付けする新し い資料を加えることが出来た。また,化石の産出が待たれていた残島南部に発達する地層から 若干の花粉およびプランクトンを検出したが,十分検討出来るほどの個数を得ることが出来 ず,今後の研究に期待せねばならない結果となった。さらにこの小論において,遠賀層および その相当層が発達する地域における,主として,花粉層位学的立場からみた問題点を明かに
し,今後の研究に資する。
北九州市天積寺‑到津‑日明地域の地層について有益な鋸旨示をいだゞいた九州工業大 学村田茂雄教授に深謝する。また,現地の踏査,花粉分析試料採集に協力いたゞいた八幡南高 等学校北条凱生氏に感謝する。
Ⅱ遠賀層およびその相当層の生物層位学的検討
遠賀層およびその相当層についてのこれまでの研究の進展,新しい資料ならびに今後の問題 点については,各地域ごとに分けて述べる。
1〕筑豊炭田
長尾(1927)は遠賀層と出山層を大辻層群として一括したO両者は整合的に累重していると 述べているo彼の1928年の古地理の考察においては, 「遠賀海退」の考えを述べ,第二回目の 著しい海退であるとしている。松下(1949)はこの考えを受け入れ,出山層を堆積した海が後 退して,筑豊炭田では遠賀層,粕屋炭田では新原層・須恵層,福間炭田では愛宕層,唐津炭田
遠賀沈降について‑‑とくに花粉層位学的立場からみた問題点‑
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では芳ノ谷層,崎戸・松島炭田では崎戸層の各淡水成地層が堆積し,これらの炭層はそれぞれ 同層位:,=発達していて,同時期の生成と考えられると述べている。出山層の岩崎化石層には海棲貝類化石が産出し,海成層であることを示しているが,中部以 上の層準には若干の薄炭層をはさんでおり,非海成堆積層と考えられる。出山層と遠賀層との 境界:ま北九州市八幡区香月町石坂(筑豊炭田)の西に当る川床に露出する遠賀層最下部の高江 炭層の下部約10mにpebbleないしcobbleの礫を含むやゝ著しい礫岩が緑色の貢岩の上に整
合打こ重なっている。筆者はこの礫岩から遠賀層が始まるものと考えたい。遠賀層は香月地区 で約450.nの厚さを有し,上・中・下部の3つに区分出来るが,中部層の下部にはOslreaを 産する層が認められ,上部層の三枚炭層の上位の中粒砂岩中から海棲貝類化石が産出し,明ら かに海成堆積物が介在している.この貝類化石群集は水野・筆者(1962)によって報告され, 明か:こ間瀬期のものと比較されうるものであることが判明した。このことは筆者がすでに1959 年以来,花粉層位学的研究に基いて述べてきた考えを,全々別な動物化石群によって裏付けし た結果となっている。筆者の花粉・胞子の研究からは出山層は唐津花粉群に属し,遠賀層は遠 賀花粉群に属する。
出山層は下部に海成層の存在を示し,中部以上に若干の薄炭層の存在を示しており,上部に 礫書,砂岩が多くなっており,一つの大きい堆積輪廻を示すとみなされるOまた,出山層の分 布は筑豊炭田全域に渡っており,炭田南部では出山層の上に遠賀層の存在は認められていな く,遠賀層およびそれ以上の層位の地層は炭酎ヒ部にのみその分布が知られている。露頭にお ける出山層と遠賀層との境界は香月‑木星瀬附近で認められるにすぎず,十分にその関係を 追跡出来ないが,観察しうる範囲内においては整合的にみえる。
出山層の中・上部は海退期の堆積と考えられる。堆積終了後上昇が最大となり,引きつづい て北部が沈降し,遠賀層が堆積した。この沈降は主として上下の運動であったろう。遠賀層下 部には海成層の存在は認められていないO中部から上部に行くにしたがい海成層の介在が顕著 になっているようである.遠賀層より上位には芦屋海進で示される芦屋層群が累重するが,筆 者(1963)は芦屋層群坂水層の頁岩から花粉・胞子を検出し,その群集の特徴を明かにした。
この特徴は佐世保花粉群と区別出来ないものである。山鹿層,脇田層からは,花粉・胞子は末 検出であるが,現段階においては,この花粉群をもって一応芦屋層群の特徴とみなしているO
2)小倉炭田
北九州市天額寺‑到津‑自明および延命寺附近に発達する地層を,松下(1949) te/J、倉 炭田の最下部層とし・礫岩の発達が著しいこと,偽層の発達,礫の節分作用が不十分であるこ となどによって筑豊炭田の出山層に比較した。遠賀層は小倉区の東縁近くに,小倉炭坑々内で 観察出来るのみである。この爽炭層は,明かに,筆者(1957)の研究によって筑豊炭田の遠賀 層と対比出来た。松下は上記の出山層の上にこの爽炭層を位置付けたが,直接の関係を敏察出
来るところは見出されていない。斉藤(1957)が日明のいわゆる「出山層」から植物化石を採 集し,棚井の鑑定によって, Populus sp., Pterocarya cf. asymmetrosa Konno, Fagus cf. ferruginea Aiton, Zelkova praelonga (Unger) Berger, Zelkova Tibae Oishi &
HUz工oka, Cornus sp., Hydrangea sp., Corylus sp.を報じ,これが阿仁合型植牧群である と結論し,この地層を佐世保層群下部に相当するものとして,小倉炭田のいわゆる「出El」層」
から芦屋層群までの地層を佐世保層群に対比するという意見を述べた0
岩橋・小原(1959)は天壌寺‑到津‑日明‑延命寺附近のいわゆる「出山層」を新た に区分し, 7つの部層に分けた。しかし,この地層が出山層に対比される理由については何ら 述べていない。
野田(1961)は上記の斉藤および筆者の意見を尊重したが,自明の植物化石を含む地層を佐 世保層群下部とすれば,下部の遠賀層下部に2分されることになるので,到津‑日明閲で一 見一連整合の地層群とされていた地層中に,不整合か断層の存在する可能性が強いと考えた。
筆者(1962)はさらに天額寺部層の石炭の花粉分析を行い,それが遠賀層下部に当ることを 強調したOまた芦屋層群坂水層の頁岩から花粉・胞子をすでに検出しており,それ引封旦保花 粉群と区別出来ないことが判明しており,自明の植物化石を含む地層は佐世保層群に対比され なくてもよく,芦屋層群に対比出来るという考えが成り立つことを述べた。この詳細は1963年 に公表した。しかし,まだ日明の植物化石を含む地層から花粉・胞子の検出は行っていなかっ た。今剛まこの日明の植物化石を含む貢岩から花粉・胞子を検出した。この花粉群の特徴は芦 屋層群坂水屑から報告したもの(Takahashi, 1963),池谷湾地域の芦屋相当層から報告した
もの(Takahas王町1963),人丸層から報告したもの(Takahas乱1963),佐世保層群から 報告したもの(Takahasi王1,1961)などの特徴と比較されるO
検出された花粉・胞子は次のような種類である。
花粉:
a)無翼松柏類花粉=15#
Inaperturopollenites pseudodubiiis I akahashi (Taxodiaceaej
Inaperturopollenites parvus TakahasiiエC? Taxodiaceae)
b)有翼松柏類花粉‑5^
Pityos♪orites orientalls Takahashi QPinus〕
Pityosporites sp. (Pinusj Piceaepollemtes sp. QPicea^
C)三角・多角型花粉=38^
Ulmipollenites undulosus Wolff QZelkova, Ulmns')
*数字は%を示す。
E]
141221
遠賀沈降について‑とくに花粉層位学的立場からみた問題点一一
Polyporopollenites grandis Takahashi (cf. Ulmaceaej
Alnipollenites erainens (Taka王王ashO QAlnus)
Moinipites constatus (Takaiエashi) (Betulaceae) Triporopollenites shimensis Taka王王ASⅡ工( Betulaceae)
Triporopollenites kasuyaensis Takahashi (cf. Betulaceae)
Behdaepollenites rarus Taka王王Asm (Betulaceae〕
Polyporopollenites siniilaris Taka王王ASI王i C? Juglandaceae〕
MpMiporopollenites? sp. (?Juglandaceae) のTricolpatae型花粉‑6 %
Tncolpopollenites ditis Taka王王ASI王工(Quercusj
Tricolpopollenites cf. vidgaris Taka王王ASE工CQuercus')
Tricolpopollenites meinohamensis Tak. rotundas Tak.
L O t
^ C V I C N r
‑ ( C N l r H 1
‑ I
Tricolpopollenites microreticulatus Takahas工旺(Salix, Platamcs etc.} 1
Tricolpopollenites? sp.
L。〕 Tricolporatae型花粉=13#
Tricolporopollenites castaneoides Takahashi ( Cーitaned)
Tricolporopollenites microreticulatus T¥班こA三三AS三三工
Tricolporopollenites minor Taka王mS王王工(Cyrillaceae)
Tricolporopollenites incertus Taka王王AS三i工 Tricolporopollenites microporifer Taka工二ASH工
Tricolporopollenites sp. (stnat) O Monocolpatae型花粉
Monocolpopollenites kyuskuensis Taxahashi (Palmae, Ginkgoinaej gj Liquidambar花粉
Periporopollenites asiaticus Taka二AS三三I
胞子:
Concavisporites sp.
Lycopodiumsporites? sp. CLycopodium?)
Laevigatosporites dehiscens Takahashi (Polypodiaceae)
Laevigatosporites ovoideus Takaiエashi CPolypodiaceae)
Laevigatosporites sp. a (Polypodiaceae) Laevigatosporites sp. b (Polypodiaceae)
C O N
^
19
C N L O C O
占第三紀の遠賀層およびそれより古い地層から検出された花粉群のすべてに共通する特徴
紘,先ず,無翼松柏類花粉が優勢に出現することであり,次に, Tricolpatae型Quercus花 粉が多くみられることである。またその他Palmae型花粉も可成りみられる。気候は暖帯‑
亜熱帯の気候を示すと考えられる。他方,佐世保詑粉群ではこれらの特徴が変り,上記の Tricolpatae型Quercus花粉の出現は極く稀となり, Palmae型花粉もすくない。それに反 して, Ulmaceae, Betulaceae, Juglandaceae, Tiliaceaeなどの花粉が多くみられるように なり,温静性気候を示す要素が強くなっている。自明の上記の花粉群もこの特徴を示し,明ら かに筆者の佐世保花粉群に属する。中でも, Inaperpuropollenites parvus Takahashiは芦 屋層群坂水層から報告された種類であり, Betulaepollenites rarus Takahashiは池谷湾地 域の芦屋相当層から検出された種類である。 Polyporopollenites similaris Takahasi三三は主 に佐世保層群から検出された種類であるが,一部遠賀層からも検出されている。 Laevigato‑
spontes ovoideus Takahashiはこれまで佐世保層群からのみ検出されていた種類である。こ れらの特徴ある種類および天壌寺附近の下部層が遠賀層下部を示すことなどを考慮すると,少 なくとも自明附近の地層は芦屋層群に対比出来る。自明附近の地層は一見非海成層のように見 えるが,村田は以前,境鼻および小倉高校南の板櫓川左岸で貝化石を採集したことがあると云
うが,その貝化石の種類は検討されておらず,不明である。これらの地点で貝化石の発見につ とめたが.未だ発見するに至っていない。以上の資料から導かれる結論は天象寺‑到津‑
自明地区の地層の下部と遠賀爽炭層とは同時異相であり,海棲動物化石を含む芦屋層群下部と この地区の上部の地層とはやはり同時異相であると考えざるを得ない。しかし,両者の境界に ついては,さらに検討せねばならないが,少なくとも自明部層およびそれより上位層が芦屋層 群に対比出来る。小倉炭田においては基盤岩の上に直接不整合に乗って来ているのは出山層で
はなく,天領寺部層,すなわち,遠賀層下部層である。
3〕津屋崎地域
津屋崎地域の古第三系の研究は竹原(1937)によって行われ,津屋崎統および楯崎銃に分 け,筑豊炭田の直方層群から芦屋層群に至る地層に対比したoしかし,筆者は,津屋崎統につ いては,化石による対比の裏付けがなかったため,再検討の必要を感じていた。たまたま,筆 者(1962)は,小畠の提供によって,津屋崎統の頁岩から多くの花粉・胞子を検出し,それが 筑豊炭田の遠賀層下部の遠賀花粉群下部の特徴を示すことを明かにした。
岡田・小畠(1964)はこの地域の古第三系を津屋崎層および山鹿層として区分し,記載し, 堆積学的特性について述べ,堆積環境は津屋崎層は瀕岸性扇状地堆積物とみなしている。
津屋崎層は基盤の北崎花尚閃緑岩と平尾花尚閃緑岩とを不整合に被い,非海成層と考えられ る。しかし,遠賀層とことなり,炭層は殆んどなく,炭質頁岩が数層準に認められ,また数層 準に珪化木の存在が認められる。この地域では,基盤岩が西にあり,その上に直接累重する地 層は一般に東傾斜であり,上部になるに従って,一般に北の方に傾斜が変っている。したがっ
遠賀沈降について‑とくに花粉層位学的立場からみた問題点‑ 43 て,津屋崎層は堆積当時は可成り入り込んでいた地帯に堆積したのではないかと想像される。
津屋崎層には多くの偽層理がみられるが,今後,これの観察・測定によって,物質供給の方向 を検討する必要がある。要するに,津屋崎層は芦屋層群で示される大きな「芦屋海進」が始ま る前の段階の沈降期の非海成の堆積物として把握出来る。
4〕福岡炭田
福岡市姪浜では姪浜砂岩層が露出し,この下位に爽炭層が来る。長尾(1927)はこの爽炭層 を遠賀層に当るものとし,粕屋炭田の新原層および須恵層に対比したo松下(1949)はこの爽 炭層を愛宕層と名付け,長尾の考えを受け入れて,筑豊炭田の遠賀層,粕屋炭田の新原層およ
び須恵層に対比した。そして残島南部に発達する地層を残島層とし,柏屋炭田最下部層と対比 し,福間炭田においても最下部層とした。斉藤(1956)は本邦諸炭田古第三紀層の対比におい て,福岡炭田では残島層,愛宕層,姪浜層を姪浜層群に一括し,福岡層群と切り離して考え た。
筆者は愛宕層・残島層の地理的分布,地層の走向・傾斜の関係より類推して,残島層を福岡 層群の最下部層にするよりも,残島層に始まり,愛宕層・姪浜層と続く一連の地層群として把 握した方がより合理的であると考え,斉藤の意見に賛成した(高橋1957, 1960, 1961, 1962, 1963),しかし,この意見には古生物学的な裏付けがなかった。今回この裏付けになる資料を 得る目的で,残島南部を踏査し,花粉分析試料として若干の砂岩ないし頁岩を採集したが,鰭 局,比較的下部に位するやゝ淡緑色をおびたやゝ泥質の中粒砂岩から若干の花粉と若干のマイ
クロプランクトンを枚出したが,花粉群の特徴として把握出来る程の個体数を検出出来なかっ た。今後,さらに検討を加える必要がある。
検出した微化石は次のようである。
花粉:
a)無翼松柏類花粉
Inaperturopollenites pseudodubius Takahashi (Taxodiaceae)
Sequoiapollenites ligularis (Takahasi王0 (Metaseq., Sequoia etc)
b) Tricolpatae型花粉
Tricolpopollenites chikushiensis Tak. chikushiensis Tak.
C) Tricolporatae型花粉
Tricolporopollenites mic roreticulatus Takahashi Ilexpollenites clavatus CTakahashi) QIlex )
d)未決定花粉
*数字は検出個体数を示す。
*
71
C S l
*
‑ t r
‑ I t H
マイクロプランクトン:
Tasmanites? sp.
Baltisphaeridium sp.
Leiosphaeridia sp.
111
愛宕層の花粉群の特微は1957年に発表した。この花粉群は遠賀花粉群に属することは明かで あり,愛宕層は遠賀層に対比出来る。愛宕層は坑内で観察出来る範囲においては上下の2つに 区分することが出来る。下限は不明である。 「四尺層」から「五尺層」に至る上部炭層群と
「ガメ・‑チマキ層」より「八尺屈」に至る下部炭層群の中間に砂岩,頁岩の部分があり,こ の車の泥質砂岩中に海棲貝類化石を産し,筆者はかって九大首藤助教授と共同でこの貝化石を 坑内で採集したが,末検討のまゝ所在不明となり,現在,採集不可能のため,非常に残念に思 っている。最近,筑豊炭田遠賀層の海棲貝類化石を検討し,その貝類化石群のもつ意味が重大 であることと考え合せると,誠に残念である。姪浜地域の地層の延長と思われる地層がみられ るのは西戸持附近であり,松下(1938)の研究によれば,この地域の地層を大岳砂岩層,西戸 崎層,シオヤ層の3層に区分し,大岳砂岩層が姪浜砂岩層に相当し,西戸崎層が愛宕層に当
り,シオヤ仁∃>‑'*残烏層に対比される。しかし,西戸崎層とシオヤ層の関係は不明である。
残島層は変成岩の上に不整合関係で重なり,筆者は愛宕層に続く地層と考えており,むしろ 愛宕層として一括されても良いと考えられる。このように考えると,これまで述べてきた筑豊 炭田の遠賀層と芦屋層群,小倉炭田における遠賀相当層と芦屋層群,淫屋蛭地域の淫屋蛭層と 山鹿軍の関係に一致する。
5〕池谷湾地域
池谷湾地域の第三系の総括的研究は,最近,岡本・今村(1964)によって発表された。筆者 は1963年に日置層群の芦屋相当層および人丸層の花粉分析を行い,これらがすべて佐世保花粉 群に属することを述べた。この結果は筑豊炭田の芦屋層群が佐世保花粉群を示すこととよく調 和し,人丸層は佐世保炭田の相浦層の一部に対比されており,相浦層は佐世保花粉群を示して いることと一致する。
岡本は日置層群の最下部の十楽部層が北九州の遠賀層に相当する可能性を述べている。貝化 石の産出がなく,花粉分析の試料として,十楽部層の頁岩4試料の提供を受けた。黄波戸北西 部の日本海海岸今岬‑二位ケ浜間で採集された3個のやゝ淡緑色をおびた貢岩からは花粉・
胞子を認めることが出来なかったが,黄波戸南方の十楽附近のやゝ縁褐色をおびた頁岩からは 極く稀に花粉を認めたが,資料として発表出来る程の個体数を得ることは出来なかった。今後
さらに検討する必要があるD
遠賀沈降について‑とくに花粉層位学的立場からみた問題点‑ 45
Ⅱ遠賀沈降と先杵島運動
前の章で述べたように,筑豊炭田遠賀層に対比される地層は九州北東部においては爽炭層あ るいは炭質貢岩などを挟む非海成層であり,山口県池谷湾の十楽部層も非海成層で遠賀相当層 と考えられているoこれらの地層の層位学的対比は第一表に示す通りである。筑豊炭田遠賀
第1去:西日本および常磐の漸新世・中新世下部の地層の対比表
漸新 世
西 彼 杵 間 瀬 船
津
西日本
筆者.19613
佐 世 保 花 粉 群
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層群
層,福間炭田愛宕層には,明かに,中部から上部にかけて海棲貝類化石を含む層が介在し,海 水の侵入があったことを示している。小倉炭乱福岡炭田,津屋崎地域では遠賀相当層が基盤 岩類の上に不整合で乗り,先ず初めに基盤岩の沈降を示す。とくに爽炭層の場合には,小さい 堆積輪廻(cyclotherrOの繰返しが認められる。筑豊炭田遠賀層においては粗粒〜中粒砂岩ま たは細粒砂岩,貢岩,炭層の重なりの繰返しである。このようなリズミカルな堆積の運動が級 返され,地域的には多少差があるが,遠賀層堆積期の中期から末期にかけて海棲貝類化石の産 出からも分る様に,海水の侵入が著しくなって来ている。そして次いで「芦屋海進」と呼ばれ
る大きな海進に至っている。このように,芦屋海進の前の時期においてみられる非海成層から その中に段々と海成層を介在して行くように変化していること,または,全く非海成の地層を 堆積させたような沈降運動を「遠賀沈降」運動と称したい。九州北東部諸炭田では,この「遠 賀沈降」の後に「芦屋海進」が行われており,これは九州北西部の関係と著しく違っている。
この地域の最近の水野(1962)の分層に従えば,遠賀層に対比される地層は,崎戸炭田におい ては西彼杵層群の間瀬層であり,唐津炭田においては杵島層群の杵島層であり,いずれも純海
成層である。間瀬層の下位は崎戸層(爽炭層)であり,杵島層の下位は芳ノ谷層(爽炭層)で あり,これらの爽炭層はいずれも海退期の堆積であり,間瀬層および杵島層より海進が行われ ている。そして西彼杵層と唐津層は共に芦屋層群に対比される地層である。従って,遠賀沈降 期における九州北東部はおもに非海域であり,筑豊炭臥福間炭田などではこの中期から末期 にかけて,この非海域に海水の侵入が行われたことを示しており,九州北西部では純海域であ り,北東部と北西部では著しい対照をなしている。芦屋海進によって北東部,北西部共に海域 を示すが,しかし,筑豊炭田の芦屋層群,池谷湾地域の黄波戸部層(芦屋相当層)には炭質貢 岩ないし薄炭層が介在し,一部非海成層の存在が認められる。
唐津炭田における芳ノ谷層(爽炭層)と杵島層の間には斉藤(1956, 1957)によれば,先杵 島運動と称する地殻運動があり,不整合が存在するという。従来はこの先杵島時階を九州北東 部の筑豊炭田,小倉炭田では遠賀層と芦屋層群の問に求め,福岡炭田では福岡層群と残島層の 間,あるいは,愛宕層と姪浜砂岩層の間に求めて議論していたOしかし,罪‑表の対比表から も分る様に先杵島時階に当るものは小倉炭田では遠賀層と基盤岩,津屋崎地域では津屋崎層と 基盤岩,福間炭田では残島層と基盤岩の関係で表わされる。筑豊炭田においては遠賀層と出山 層との関係に求められるべきであるが,野外で観察される限りでは整合である。
常磐炭田においては,筆者(1963)は内郷層群の石城層(爽炭層),浅貝層(海成層),および湯 長谷層群の五安層の花粉・胞子を検討した.石城層からは石城花粉群を認め,これは北九州の 遠賀花粉群に比較され,浅貝層および五安層からは五安花粉群を認め,北九州の佐世保花粉群 と特徴が一致することを認めたO従って石城層は遠賀層に対比され,浅貝屈に芦屋層群に対比 され,五安層は佐世保層群に対比されることになる。石城層は基盤岩に不整合で乗り,爽炭層 であり,その上に海成層である浅貝層が重なることは,北九州における関係と一致している。
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