住宅性能表示制度が住宅価格に与える効果について
政 策 研 究 大 学 院 大 学 ま ち づ く り プ ロ グ ラ ム M J U 0 9 0 5 4 梅 田 利 孝
1.研究の背景と目的
住宅市場における買い手(消費者)と売 り手(販売業者・施行業者)との間には住 宅の品質性能に関して「情報の非対称性」
が存在するといわれている。こうした状況 において、売り手側は、例えば宣伝広告等 の手段を用いて自社の販売する住宅の品質 性能が高いことを買い手側に伝えようとし ている。しかしながら、買い手側は、住宅 の品質性能に関する詳しい知識があるわけ でもないため判断は容易でない。そこで、
消費者が客観的に住宅の性能を比較評価で きることを目的として、2000年に「住宅性 能表示制度」が施行された。
本稿は住宅性能表示制度が住宅価格へ与 える効果について経済分析を行い、今後の 住宅性能表示制度の在り方について考察を 図ることを目的とする。
2.住宅性能表示制度の概要
住宅性能表示制度は、2000年に施行され た「住宅品質確保の促進等に関する法律」
において新たに創設された制度である。
住宅の性能(構造体力、省エネルギー性、
遮音性等)に関する表示の適正化をはかる ための共通ルール(表示の方法、評価の方 法の基準)を設けて、消費者による住宅性 能の相互比較を実現することを目的として いる。また、住宅の性能に関する評価を客 観的におこなう第三者機関を整備し、評価 結果の信頼性を確保している。なお、性能 の評価項目として構造の安定や火災時の安 全等の10分野を定めている。(図1・2)
【図1:評価項目(イメージ図)】
【図2:実績】
3.住宅性能表示制度が住宅価格に与える 効果に関する理論分析等
(1)住宅性能表示と情報の非対称性 住宅市場の売り手と買い手双方は、供給 されている住宅が高品質であるということ を、正確に把握していると仮定する。この 場合、需要曲線と供給曲線が交差する点に おいて住宅価格が形成されることになり、
市場は均衡して効率的な状態を示す。
次に、買い手側が住宅の品質について十 分把握できない場合、買い手側は付け値を
0.93%
5.26%
8.17%
11.69%
13.68%
15.63%
19.88%21.00%
19.26%
18.31%
0%
5%
10%
15%
20%
25%
2000 2001 2002 2003 2004 2005 2006 2007 2008 2009 2009は2009.4.1~2009.11.30まで
2005年度構造計算書偽装問題発覚 2007年度建築基準法改正(施行)
新築着工件数に占める性能表示利用割合
年度
下げることから需要曲線は左にシフトし均 衡価格は減尐して非効率な市場状況が発生 することになる。
ここで、住宅性能表示制度を利用するこ とにより、買い手側は品質に関する情報を 容易に補完することが可能となることから 需要曲線を右にシフトさせて住宅価格の付 け値を従前の水準に戻すことが期待できる
(図3)。
【図3:住宅性能表示を利用した場合】
(2)住宅性能表示制度とブランド名 情報の非対称性への対応として売り手が ブランド名を確立する戦略も考えられる。
買い手が特定の製品の品質を知ることがで きなくても、売り手である企業の評判によ って高品質であることを推定し高い価格を 支払うというものである。
ブランド力の低い中小企業の場合は、大 手企業と同等の品質であったとしても、買 い手側がそれを推測することは難しい。そ こで買い手は、悪徳業者である危険性を回 避するため需要曲線を大幅に左にシフトさ せ付け値を大きく下げる行動をとる。
このような状況に対し、住宅性能表示制 度を利用することによって、消費者は中小 企業に対する付け値を大きく上昇させるこ とが期待される(図4)。
【図4:中小企業における住宅性能表示の効果】
(3) 構造計算書偽装問題と建設基準法改正
①構造計算書偽装問題の影響
構造計算書偽装問題(2005年)は新築分 譲マンションに関して情報の非対称性が存 在することを改めて強く認識させた。買い 手は、需要曲線を大きく左にシフトさせ、
住宅価格の付け値を下げる行動をとる。一 方で、住宅性能表示制度の取得の有無によ って、住宅の品質が高いことを担保しよう とする行動が一層働くことが予測される。
②建築基準法改正の影響
当該問題を踏まえ、2007年に建築基準法 の改正を実施した。建築物の構造上の安全 性を確保するために、確認検査の厳格化(構 造計算適合性判定制度の導入、中間検査の 充実等)や指定確認検査機関に対する監督 の強化を導入した。これにより、建物の安 全性について新たな情報が付加され情報の 非対称が改善されることが期待される。そ のため耐震性能に関して、建築基準法と住 宅性能表示制度が同様の役割を果たし、機 能が代替される可能性がある(図5)。
【図5:建築基準法改正の影響】
4.住宅価格に与える効果の実証分析 上記3を踏まえ、住宅性能表示制度が情 報の非対称の改善にもたらす影響について 以下3つの仮説をもとに実証分析を行う。
仮説1:住宅性能表示制度は、主として中 小企業の住宅価格の上昇をもたらす。しか し、改正基準法の施行によって、住宅価格 の上昇機能が代替されたのではないか。
基準法の詳細説明(欄 外)
構造計算書偽装問題後基準法改正 価格
戸数 住宅性能表示制度を利用
価格
戸数
中小企業の場合 価格
戸数
ln (住宅価格) Coef Std.Err ln(専有面積) 1.34488 *** 0.01829
地価指数 -0.00004 0.00018
ln(容積率) -0.11371 *** 0.00739
都心5区 0.10192 *** 0.00382
駅からのバス時間 -0.01033 *** 0.00071
駅からの徒歩時間 -0.00536 *** 0.00030
東京駅までの乗車時間 -0.00123 *** 0.00018 ln(マンション総戸数) -0.01927 *** 0.00155
間取り -0.07086 *** 0.00251
ln(総敷地面積) 0.00331 0.00295
大手ダミー 0.05011 *** 0.00561
年度ダミー(2000~2004年) -0.03198 *** 0.00904 年度ダミー(2005~2006年) -0.00229 0.01303 年度ダミー(2007~2009年) 0.04860 *** 0.01196 性能表示ダミー(2000~2004年) 0.00230 0.00878 性能表示ダミー(2005~2006年) 0.02207 *** 0.00790 性能表示ダミー(2007~2009年) 0.01525 ** 0.00691 大手ダミー×年度ダミー(2000~2004年) 0.01200 0.00845 大手ダミー×年度ダミー(2005~2006年) 0.02069 ** 0.01043 大手ダミー×年度ダミー(2007~2009年) 0.02870 *** 0.01035 大手D×性能表示D×年度D(2000~2004年) -0.00436 0.01140 大手D×性能表示D×年度D(2005~2006年) -0.01907 0.01193 大手D×性能表示D×年度D(2007~2009年) -0.00964 0.00974
cons 1.77110 *** 0.05716
※ ***,**,*はそれぞれ1%、5%、10%の水準で有意であることを示す Number of obs = 4892
F( 23, 4868) = 500.34 Prob > F = 0.0000 R-squared = 0.7027 Adj R-squared = 0.7013
【推計方法】
最小二乗法(OLS)により推計を行った。
【分析データ】
東京23 区にて 1999年4月~2009年7 月に販売された新築分譲マンションを対象
【分析結果】
【考察】
①構造計算書偽装問題発覚以降は、住宅性 能表示制度の有無が住宅価格に対してプラ スの効果を有する。
⇒構造計算書偽装問題を契機に消費者は情 報の非対称を強く認識し、住宅性能表示制 度が効果的であると判断した。
②建築基準法施行後は住宅価格の上昇に与 える効果は減尐。一方で、年度効果が増加。
⇒建築基準法の施行により住宅性能表示制 度の機能が一部代替された。
⇒住宅性能表示の効果は依然として存在。
③大手企業1の場合は、住宅性能表示制度の 効果が有意に働くという結果にはならなか った。
⇒大手企業は長期的な取引関係を大切にす るため、欠陥が発覚した場合のコスト(評 判低下等)を考えると欠陥住宅を建設する
1 不動産ポータルサイト「メジャーセブン」運営の 大手マンションデベロッパー8社(三菱地所、三 井不動産等)、およびスーパーゼネコン5社(鹿島 建設、清水建設等)
可能性は低いことや万が一欠陥が発覚した 場合にも豊富な資金等を背景に迅速な解決 が期待できることにより裏付けられた企業 のブランド力が住宅価格の上昇に有意に機 能していることによるものと考えられる。
【推計モデルの拡張】
上記分析は住宅性能表示の有無のみに着 目したものである。次に具体の性能評価項 目の等級間差による価格の影響も分析した。
仮説2:大手企業においても性能等級の高 い物件は住宅価格が上昇するのではないか。
【分析データ】
大手企業の建設性能評価書を用いて分析。
【分析結果】
【考察】
制度開始直後と比較して2007年度以降、
等級の高い住宅については各性能とも住宅 価格が統計的に有意に上昇している。つま り、大手企業の中でも等級の低い住宅性能 評価が情報の非対称に与える影響は、企業 のブランド力によって代替されてしまう一 方で、等級の高い住宅については、住宅性 能表示によって住宅価格が上昇することが 分かる。
仮説3:耐震性能以外の性能項目によって も住宅価格は上昇する。
ln (住宅価格) Coef Std.Err
ln(専有面積) 1.58826 *** 0.18099
地価指数 0.00025 0.00222
ln(容積率) -0.14826 ** 0.06616
都心5区 -0.00095 0.04667
駅からの徒歩時間 -0.01228 *** 0.00388
東京駅までの乗車時間 -0.00416 *** 0.00086
ln(マンション総戸数) -0.04246 *** 0.01368
間取り -0.05002 *** 0.01827
ln(総敷地面積) -0.00700 0.01565
年度ダミー(2007~2009年度) 0.06419 0.01565
耐火性能ダミー -0.03893 0.04790
省エネ性能ダミー -0.03345 0.04127
耐火性能ダミー×年度ダミー(2007~2009年度) 0.11018 ** 0.05371 省エネ性能ダミー×年度ダミー(2007~2009年度) 0.12739 ** 0.05165
cons 1.49199 ** 0.61805
※ ***,**,*はそれぞれ1%、5%、10%の水準で有意であることを示す Number of obs = 78
F( 14, 63) = 16.27 Prob > F = 0.0000 R-squared = 0.7834 Adj R-squared = 0.7352
【分析手法】
仮説2と同様に大手・中小企業の性能評 価書を用いて分析を行う。
【分析結果】
【考察】
性能評価項目のいずれも最近時は効果が 住宅価格に対して符号が正の値に有意に働 いている。つまり、住宅性能表示制度は耐 震性能のみならず、その他の項目について も効果を有することが分かる。
5.まとめ
(1)住宅性能表示の効果
①住宅性能表示制度はスクリーニング機 能を果たしている。
・ 構造計算書偽装問題以降、中小企業を 中心にスクリーニング機能が高まって いる。
・2007年の建築基準法の改正で安全性に ついて新たな情報が付加されたことに より、住宅性能表示制度は一部機能が 代替されたものの、依然として住宅価 格を上昇させている 。
②大手企業という「ブランド名」は住宅 価格を上昇させる。その際に住宅性能 表示は、建築基準法を上回る高品質な 住宅に対して、住宅価格を上昇させる 効果がある
③住宅性能表示制度は耐震性能以外の品 質性能についても住宅価格の上昇に効 果を有している。
(2)建築基準法の情報の非対称への対応 本稿の実証分析により、住宅性能表示制 度は、住宅価格を上昇させ情報の非対称の 改善に機能することが判明した。
一方で、上述のとおり構造計算書偽装問 題を背景として 2007 年に建築基準法が改 正され、安全性について新たな情報が付加 された。
住宅性能表示制度が有効に機能している 状況において、現行の建築基準法の水準が 適正かどうかについては今後検討を行う必 要があるのではないか。また、今回に限ら ず今後建築基準法の強化が検討されるよう な場面が生じる際にも、今回のように他の 制度の効果を踏まえた検証を行うことが有 益であると考える。
(3)住宅性能表示の今後の在り方 これまで住宅性能表示は費用対効果がわ かりにくく十分な普及にはいたっていない という状況にある。本稿の経済分析により、
住宅価格の上昇に一定の効果があることが 判明した。今後、制度の利用は経済的メリ ットがあることを認識し、積極的に活用し ていくことが期待される。
今後の制度利用促進として、経営資源が 限られる中小企業やブランド力を有する大 手企業に対して、設計の変更や申請手続き のコスト等を回避するため評価項目を絞り 簡素化を図る等の見直しも必要ではないか と考える。例えば消費者から要望の高い基 準に特化した項目のみを評価するような簡 略した制度を設けてもよいのではないか。
そうすることでコストを抑えたうえで制度 の利用促進を図ることが期待できる。
また、売り手側は、今後制度利用の有無 はもちろん各性能項目についても買い手側 にわかりやすい情報発信が求められるので はないかと考える。
ln (住宅価格) Coef Std.Err
ln(専有面積) 1.62839 *** 0.15878
地価指数 0.00028 0.00195
ln(容積率) -0.14853 *** 0.05222
都心5区 -0.02033 0.04369
駅からの徒歩時間 -0.00820 *** 0.00288
東京駅までの乗車時間 -0.00449 *** 0.00079
ln(マンション総戸数) -0.04718 *** 0.01298
間取り -0.07054 *** 0.01581
ln(総敷地面積) 0.00769 0.01388
大手ダミー 0.08304 *** 0.02246
年度ダミー(2007~2009年度) 0.10554 * 0.05556
耐火性能ダミー -0.01621 0.04476
省エネ性能ダミー 0.00764 0.03535
耐火性能ダミー×年度ダミー(2007~2009年度) 0.08734 * 0.05130 省エネ性能ダミー×年度ダミー(2007~2009年度) 0.08344 * 0.04721
cons 1.29190 ** 0.53470
※ ***,**,*はそれぞれ1%、5%、10%の水準で有意であることを示す Number of obs = 94
F( 15, 78) = 25.72 Prob > F = 0.0000 R-squared = 0.8318 Adj R-squared = 0.7995