南アジア研究 第28号 018書評・三宅 博之「鈴木真弥『現代インドのカーストと不可触民―都市下層民のエスノグラフィー―』」
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(2) 書評 鈴木真弥『現代インドのカーストと不可触民―都市下層民のエスノグラフィー―』. 第3章 清掃カーストとされる人々 第4章 カースト制批判と不可触民解放をめぐる思想と政策―ガ ーンディー、ガーンディー主義者による清掃カースト問題 の「解決」 第5章 バールミーキ住民の社会経済的状況 第6章 清掃カースト出身者の内なる葛藤と抵抗のかたち 第7章 清掃カーストの組織化と運動―清掃労働者組合から公益 訴訟へ(1960年代~2010年代) 第8章 バールミーキの困難と挑戦のゆくえ おわりに 序章の書き出しは、2005 年 8 月31日にハリヤーナー州ゴーハーナー で起きた清掃カーストであるバールミーキへの襲撃事件に対する抗議 集会から始まっている。ゴーハーナー事件には二つの特徴、すなわち、 (1)60 年前に不可触民への暴力や差別行為の禁止がインド憲法に明記 されたにもかかわらず(第17 条)、いまだに存続しているといった点、 しかし、(2)以前はその暴力に沈黙していたが、今日では組織的に抗 議し、自分たちの権利を公然と主張する行為主体者として自らの存在 をアピールするといった点がそれぞれ見られることを指摘している。こ れを踏まえたうえで、本書では、カースト的区分の実体化という現代 的問題を政策との関連で考察することを試みようとしている。以前の ような単純な差別ではなく、不可触の根源的理由であった物理的な不 浄が消えつつあることも重要で、以前の乾式便所から水洗便所への転 換によって清掃カーストの社会環境も変わったこととも関係して、近 年では露骨ではない差別行為が続いており、また、「留保制」を使い、 不可触民の中で社会経済的に上昇した層に対する上位カーストの嫉妬 や不満による暴力事件が増加していることを強調している。 続いて、先行研究の紹介が簡潔になされ整理されている。カースト を知らない一般読者にも理解が可能である。中ではカースト研究の3つ のアプローチ、不可触民(ダリト)研究と清掃カースト研究がそれぞ れ説明されている。 第 2 章では著者のフィールド調査の対象都市であるデリーの概要が 述べられている。内部の地理的、社会的な特徴について指定カースト. 175.
(3) 南アジア研究第28号( 2016年). (SC) は最多数のチャマール(38 .1 %)、 本書の対象のバールミーキ. (21 .3 %)、その他 3つのカーストに分類でき、中央政府や自治体職員が. 多く住む中心部デリーには清掃部門職員という公職に就くバールミー. キの割合が多いとの発見をしている。デリーで清掃カーストと呼ばれる のは5つのカーストであるが、センサスを通して分析すれば、「バール ミーキ」のカースト名に「統合」していく傾向があるという指摘は興 味をひくものである。その理由として「バンギ―」「チョーラ―(チュ ーラー)」が蔑称にあたり使用が禁忌されていることやヴァールミーキ 詩聖崇拝の関係性をあげている。 清掃カーストの概念分析と動態の把握を行っているのが第 3 章であ る。清掃カーストが不可触民の範疇に含まれるので、その集団概念を. DC、BC、SC に分けて説明している。歴史的にはイギリス植民地期に不. 可触民という社会的身分が政治的なカテゴリーとして植民地政策によ って位置づけられ、不可触民側も積極的に受け入れた。その結果、独 立後の SC 概念が憲法の制定と福祉政策の実施に組み入れられたと述. べている。清掃カーストは全インドに広がっており、地域的にカース ト名が異なる。バンギ―、チューラー(後にバールミーキに改称)、マ ジュビー、ラールベーギー、メーヘタル、バールミーキである。これら の清掃カーストは不可触民の中で高等教育終了者率や就学率の低さと いった教育関連の数値を見ても、さらに、伝統的職業からの離脱、す なわち、職業選択の自由度の点から見ても、他の不可触民カーストに 比べ発展から取り残されていることを指摘している。 第4章はカースト制批判と不可触民解放をめぐる思想と政策として、 ガーンディーや他のガーンディー主義者の事例分析をしている。不可触 民解放の思想と運動を、ヒンドゥー教内部の改革運動と脱ヒンドゥー 教的価値観を志向する運動に分け、ガーンディーとアンベードカルの対 立を考察している。その後、ガーンディーの考える清掃カーストの不可 触性とは、汚物の除去と運搬というかれらの不衛生な職業性に起因す るというもので、清掃カーストの「解放」は、従来の労働環境から「不 衛生さ」を取り除くこと、具体的には水洗トイレへの転換・建設と清 掃労働の物理的改善によって実現可能とされる。独立後の福祉政策の 主要点が上記のようなものであり、実施の中心的役割を担ったのがス. ラブという NGO である。. 176.
(4) 書評 鈴木真弥『現代インドのカーストと不可触民―都市下層民のエスノグラフィー―』. スラブは「ガーンディー主義に傾倒する」パタックが創設した団体で トイレの物理的改良を運動の核としている。しかし、著者によれば、ス ラブ運動のアプローチは不可触民問題の構造を変革させるものでなく、 清掃カーストの利益が顧みられることはなかったとして、ガーンディー 主義的な不可触民解放のアプローチへの批判が欠落、政府と対立する ことなく「共生」関係を保ち、政府の下請け機関として同調を強め、組 織を拡大した。その根拠として、組織の意思決定を行うスラブ本部の 管理職員に、清掃人カースト出身者が一人もいないというアンバラン. スさはガーンディーの HSS と類似しており、不可触民側から異議を唱え る者もいたことがあげられている。. 上記から、清掃カーストの不可触民制からの解放と地位の向上を目 的とするこれまでの政策や運動が目立った成果をあげられず、社会経 済発展が立ち遅れた要因の一つにガーンディー主義の可能性と限界を 改めて検討・指摘している。清掃カースト研究ではガーンディーとガ ーンディー主義者による清掃カースト問題への取り組みについてこれ までは肯定的な評価(Pathak、篠田)が多い一方、福祉政策の不振を ガーンディー主義との関連で批判的に捉える研究は非常に少ないとし て、現行の政策を見た場合、対象者である清掃人の発展、ひいては不 可触民差別の根本的問題の克服に向けて有効といえるのか、との疑問 を投げかけている。 第 6 章は、ダリト(いわゆる不可触民)の出自ゆえに経験する困難と それを生き抜こうとする内なる葛藤を描き出そうとしている。ダリトの 誰もが被差別体験を持つが、それへの対応が一様ではないこと、それ は進学、結婚、就職などの人生の節目において現れることをインタビ ューから明らかにしている。「働く」という節では清掃労働を敬遠、か かわりを恥じらう態度がにじみ出ており、ガーンディーの「理想的なバ ンギー(清掃の専門家)」になることを否定しているという。「学ぶ」 では自らの出自を親から告げられ、ショックを受け、他の職業に就くべ く勉学に励み、留保制度を活用した事例が記されている。被面接者の 大半が教育の大切さを語っている。それが、次節のロール・モデル意 識の生成に連動する。カーストからは離脱できないので、ロール・モ デルを認識し、自信をもって、「正しい」生活習慣を実践するというも のである。しかし、これは同じカースト以外の人々との連帯意識を抑. 177.
(5) 南アジア研究第28号( 2016年). 制するという問題も含むことを指摘している。結果、女性が選ばれる 立場から選ぶ立場へと変わりつつある姿も見られるが、内婚が進んで いることも否めない事実だとしている。 「祈る」では、1930 年代のアーリヤ・サマージの布教活動の中で自ら のカーストの起源伝説としてチューラーの先祖はヴァールミーキ詩聖 が由来と説くことで、当時、不可触民が他の宗教への改宗する傾向に 歯止めをかけ、他の清掃カーストもヴァールミーキ詩聖を崇拝し、今 日のバールミーキの増加につながっていることを指摘している。 第 7 章では清掃カーストが清掃職に就かず、留保制を活用し、大学 を経て公務員や弁護士などになった「エリート・ダリト」の今日の状 況を踏まえ、バールミーキとしてのダリト運動がカースト団体としてで はなく、個別化していることが明らかにされている。清掃カーストの 組織化は独立以降三期に区分できることを紹介し、二期めにはカリス マ的指導者により運動が統一されていたが、彼の死後、運動が多様化 したことを明らかにしている。同時に、今日の特徴としてバールミーキ が留保制の利益を得ていないとしてそれを人権の侵害と理解、 SC 全体 を先進・後進グループに分けた上で新たな留保制を適用することを求. めて公益訴訟という裁判に訴えるという運動形態も登場しているとし て、著者は今日の運動の多様性に注目している。 第 8 章は最終章であり、今までを振り返ると、公益訴訟に訴えると いう新たな運動などバールミーキの解放への模索が見える一方で、依 然としてカーストがなくならないという彼らのジレンマが存在し続い ていることを述べている。いわば、不可触民が貧困状態から抜け出せ たとしても、過去の地位の抜本的変化をもたらす、つまり、カースト がなくなるわけではないとして、著者はインド社会全体の構造を問い 直すことの必要性を強調している。 以上のように、カースト制度の中でも最下層に位置付けられる清掃 カーストのバールミーキに焦点をあて、参与観察を通じて同カースト内 部の変化をとらえる中で、同カーストの人々がカースト制度という枠の 中で差別を感じずに、それを実現するための現在の福祉政策(留保制 や乾式便所の撤廃・水洗式便所の導入など)が十分機能し、妥当であ ったのかを検討してきている。ここで二点気にかかったことを簡単に紹. 178.
(6) 書評 鈴木真弥『現代インドのカーストと不可触民―都市下層民のエスノグラフィー―』. 介したい。 第一点目は、著者の真摯に取り組んだ調査姿勢である。調査対象で ある清掃カースト集団が居住する地域の物理的社会的環境はさほど良 くない。2012 年 12 月に偽バスの中で23 歳の女医実習生が酔っ払った男 性集団に強姦され、最終的には死亡した事件にみられるように、経済 成長の発展による女性の社会進出に伴い、女性への性犯罪は増えてい る。著者自身も「インフォーマントの大部分が公務員を退職して弁護 士資格を持つ年配男性や研究者で、社会的信頼を確立しており、コミ ュニティー内で指導的な役割を果たしていた。情報面はもとより安全面 でも気を使ってもらった」(49 頁)と述べているように、恵まれた人間 関係のもとで自らの安全面を考えながら、長い期間を費やし、深い参 与観察を行い通した点である。一般にはマイナスとも見られる著者の 属性の要素、外国人、女性、学生を見事プラスに変えた好例であろう。 第二点目は、聴き取り調査の対象者である。調査は参与観察の中で も面接調査と聴き取り調査を採用している。第 6 章では留保制を利用 し、 清掃業以外の高学歴にふさわしい職業についたバールミーキの 人々にインタビューを行い、その葛藤と差別への抵抗について記してい る。その一方で、それが可能ではなかった大多数のバールミーキの人々 の具体的な声はあまり紹介されていない。彼ら・彼女らに対する聞き取り調 査をどこまで行ったのか? 彼らは先ほどの「エリート・ダリット」と同じ 考えや態度なのか? その紹介があれば、最高に面白い作品になっていたで あろう。 みやけ ひろゆき ●北九州市立大学. 179.
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