世
親
と
娚
伽
経
と
の
前
後
論
に
つ
い
て
舟
橋
尚
哉
(1) (2) (3) 最 近、 フ ラ ウ ワ ル ナ ー 博 士 や 干 潟 博 士 や 梶 山 博 士 な ど に よ つ て、 世 親 の 年 代 や 清 弁 ・ 安 慧 の 年 代 が 再 検 討 さ れ つ つ あ る 今 日、 世 親 と 樗 伽 経 と の 前 後 論 に も 大 き な 影 響 を 与 え る も の と 思 わ れ る。 従 来、 宇 井 博 士 や 常 盤 博 士 な ど に よ つ て、 樗 伽 経 の 成 立 は 世 親 以 後 と さ れ て き た。 す な わ ち 宇 井 博 士 は ﹁ 仏 教 経 典 史 ﹂ ( 昭 和 三 二 年 刊 ) に お い て、 ふ槻 伽 経 は 一 般 に 大 乗 起 信 論 の 基 づ く 経 と い わ れ、 従 っ て 古 い 経 で あ る が 如 く に 考 え ら れ て い る が、 勝 量 経、 象 縛 経、 大 雲 経、 央 掘 利 魔 羅 経 な ど を 引 用 し、 世 親 以 前 に 存 し た と は 考 え ら れ な い か ら、 恐 ら く 四 〇 〇 年 頃 の も の で あ ろ う ﹂ と い わ れ、 ま た 常 盤 博 士 は ﹁ 続 支 那 仏 教 の 研 究 ﹂ に お い て、 ﹁ ﹃ 樗(5 )伽 経 ﹄ の 骨 格 は ﹃ 喩 伽 ﹄ ﹃ 顕 揚 ﹄ ﹃ 仏 性 ﹄ の 諸 論 に 散 説 せ ら る る 五 法、 三 自 性、 八 識、 二 無 我 で あ り、 又 そ の 申 に 是 等 諸 論 と 共 通 す る 五 種 乗 性 や 二 種 閲 提 や 三 身 説 を 説 い て あ る、 ⋮⋮こ れ よ り 推 し て ﹃ 樗 伽 経 ﹄ の 年 代 も 大 体 世 親 と 護 法 と の 間 に 置 い て 大 過 あ る ま い ﹂ と か、 ﹁ 灘 は 敢 て ﹃ 樗 伽 ﹄ を 以 て 世 親 以 後 護 法 以 前 と い う ﹂ と い わ れ て お り、 こ れ ら が 定 説 と な つ て、 樗 伽 経 の 成 立 は 四 〇〇 年 頃 で あ り、 世 親 以 後 と さ れ て き た。 二 さ て、 山 口 博 封 も 指 摘 さ れ て い る よ う に、 世 親 造 と い わ れ る 釈 軌 論 (vyakhya-yukti ) に 樗 伽 経 の 偶 頗 品 の 偶 文 が 九 偶 も 引 用 さ れ て い る。 (1) 諸(8 )纏 中 に 我 は な い。 諸 慈 は 我 で な い。 そ れ ら は ︹愚 夫 が ︺ 分 (9) 別 す る 如 く に は な い。 そ れ ら は ︹不 可 言 性 と し て ︺ 無 で は な い。 (2) 愚 夫 が 分 別 せ る 如 く に、 一 切 の も の が 有 で あ り、 そ れ が 見 ら れ て い る 如 く で あ る な ら ば、 一 切 が 如 実 に 見 ら れ て い る こ と に な る で あ ろ う。 (3) ︹ ま た、 そ う い う 立 場 で ︺ 一 切 が 無 な る よ り し て は、 雑 染 と 世 親 と 樗 伽 経 と の 前 後 論 に つ い て ( 舟 橋 )世 親 と 樗 伽 経 と の 前 後 論 に つ い て (舟 橋 ) 清 浄 と は 無 と な ろ う。 け れ ど も 見 ら れ て い る 如 く に そ れ ら は あ る の で は な い。 ま た そ れ ら は 無 で も な い。 と あ る が、 こ れ は ま さ し く 樗 伽 経 偶 順 品 の 一 三 五 偶、 一 三 六 偶、 一 三 七 偶 に 相 当 し て い る。 更 に 続 い て 釈 軌 論 に は 樗 伽 経 偶 頗 品 一 五 〇 偶、 一 五 一 偶、 一 五 二 偶、 一 五 三 偶、 一 五 四 偶、 一 五 五 偶 の 六 偶 が 次 の 如 く 引 用 さ れ て い る。 (10) (1) 遍 計 の 自 性 と し て は、 一 切 法 は 不 生 で あ る。 依 他 起 に 依 住 し て、 人 間 の 分 別 は 迷 乱 せ ら れ て い る。 (2) い つ 依 他 起 は 清 浄 と な る か。 分 別 を 離 れ た と き、 所 依 は 転 じ て 真 如 で あ る。 そ れ は 分 別 を 棄 て て 住 す る。 (3) 分 別 せ ら れ た も の は 諦 と し て あ る の で な い か ら、 分 別 に よ っ て 分 別 し て は な ら な い。 所 取 能 取 の 相 と し て、 そ れ ら は 迷 乱 を 分 別 し て い る の で あ る。 (4) 外 境 を 見、 す な わ ち 分 別 し て い る と き は 遍 計 所 執 で あ る。 分 別 に よ つ て 分 別 し て い る こ と が、 縁 よ り 生 起 し た 自 性 で あ る。 (5) 外 境 を 見 る の は 邪 で あ る。 外 境 の な い と き は 心 は 独 存 (ke vala ) で あ る。 道 理 を も つ て 観 察 す る と き は、 所 取 と 能 取 と は 滅 せ ら れ る。 (6) 愚 夫 が 分 別 す る 如 く に は、 外 と し て の 境 は な い。 習 気 に よ つ て 擾 乱 し た 心 が、 外 と し て 顕 現 し 生 起 す る の で あ る。 た だ こ こ で 注 意 し な く て は な ら な い こ と は、 釈 軌 論 に は 種 々 の 経 典 名 が あ げ ら れ て い る が、 樗 伽 経 と い う 名 は 見 あ た ら (11) な い。 い ま 樗 伽 経 偶 頚 品 が 引 用 さ れ て い る と こ ろ も、 ﹁ 解 深 密 経 中 に ﹃ 一 切 法 は 無 自 性 云 々 と 説 い て い る が、 か く の 如 き 等 の こ れ ら 一 切 は 了 義 で は な い ﹄ と 出 て い る ﹂ と あ り、 ﹁ そ こ (12) で そ れ ら の 経 節 の 申 で、 偶 の み を 掲 げ よ う ﹂ と い つ て、 解 深 密 経 中 に ﹃ 諸 法 無 自 性、 諸 法 無 生、 諸 法 不 滅、 諸 法 本 来 寂 静 云 々 ﹄ と 説 き、 そ の 直 後 に ﹁ 余 ︹ 経 ︺ に も ﹂ と い つ て 先 程 の 樗 伽 経 の 三 偶 及 び 六 偶 が 引 用 さ れ て い る。 こ こ に 余 経 と い う の み で、 従 つ て 釈 軌 論 中 に 樗 伽 経 と い う 経 名 は 見 あ た ら な い が、 両 者 を 比 較 す れ ば 樗 伽 経 偶 頚 品 と 完 全 に 一 致 し て い る こ と が 知 ら れ よ う。 三 (13) し か し 樗 伽 経 偶 頗 品 は 鈴 木 大 拙 博 士 も い わ れ る よ う に、 後 世 の 附 加 と 考 え ら れ、 従 つ て 四 四 三 年 に 訳 出 さ れ た 四 巻 樗 伽 に は 偶 頗 品 は 存 し な い。 そ れ 故、 釈 軌 論 が 樗 伽 経 偶 頒 品 の 偶 を 引 用 し て い る か ら と い つ て、 世 親 が 樗 伽 経 を 知 つ て い た こ と に は な ら な い。 け れ ど も 私 は 最 近、 こ の 釈 軌 論 に 引 用 さ れ て い る 樗 伽 経 偶 頚 品 一 三 五 偶、 一 三 六 偶、 一 三 七 偶 の 三 偶 が、 樗 伽 経 無 常 品 の 偶 ( 三 五 偶、 三 六 偶、 三 七 偶 ) で あ る こ と を 見 出 し た (Sk. p. 156 )。 無 常 品 の 偶 で あ れ ば 四 巻 樗 伽 に も あ る の で は な い か と 思 い 対 照 し な が ら 探 し た と こ ろ、 次 の よ う な 偶 文 が 見 つ か つ た。 陰 中 無 レ 有 レ我 陰 非 二 即 是 我 一 不 レ 如 二 彼 妄 想 一 亦 復 非 レ 無 レ 我
一 切 悉 有 性 如 二 凡 愚 妄 想 一 若 如 二彼 所 見 一 一 切 応 見 レ 諦 一 切 法 無 性 浄 繊 悉 無 レ 有 不 三実 如 二彼 見 一 亦 非 レ 無 二 所 有 一 ( 大 正 一 六、 五 〇 〇 下 ) こ れ は ま た 無 常 品 三 五 偶、 三 六 偶、 三 七 偶 に 相 当 す る 次 の 如 き 七 巻 樗 伽 ( 大 乗 入 樗 伽 経、 実 叉 難 陀 訳 ) と も 比 較 的 よ く 一 致 し て い る。 纏 中 無 レ 有 レ 我 非 二 纏 即 是 我 一 不 レ 如 二 彼 分 別 一 亦 復 非 レ 無 レ 有 如 三 愚 所 二 分 別 醐 一 切 皆 有 性 若 如 二 彼 所 見 一 皆 応 レ 見 二 真 実 一 一 切 染 浄 法 悉 皆 無 二 体 性 一 不 レ 如 二彼 所 見 一 亦 非 レ無 二 所 有 一 ( 大 正 一 六、 六 一 〇 上 -中 ) ま た 十 巻 樗 伽 ( 入 樗 伽 経、 菩 提 留 支 訳 ) で は、 ﹁ 陰 ( 慈 ) ﹂ が ﹁ 五 陰 ﹂ と な つ て い る が 仏 心 品 第 四 に は 次 の 如 く 出 て い る。 五 陰 中 無 レ 我 我 中 無 二 五 陰 一 不 レ 如 二彼 妄 相 一 亦 復 非 二 是 無 一 凡 夫 妄 分 別 見 二 諸 法 実 有 一 若 如 二 彼 所 見 一 一 切 応 レ 見 レ 真 一 切 法 若 無 染 浄 亦 応 レ 無 彼 見 無 如 レ 是 亦 非 二無 所 有 一 ( 大 正 一 六、 五 四 四 上 ) 四 (14) か く し て 釈 軌 論 の 著 者 が 世 親 で あ る と い う 定 説 が 疑 わ れ な い 限 り、 世 親 は 娚 伽 経 の 偶 類 を 知 つ て い た こ と に な ろ う。 も つ と も 釈 軌 論 で は 解 深 密 経 の 名 を 明 瞭 に 出 し な が ら、 樗 伽 経 に つ い て は ﹁ 余 ︹ 経 ︺ に 云 く ﹂ と い つ て い る の み で、 経 名 を 出 し て い な い こ と は、 あ る い は 樗 伽 経 の 成 立 し つ つ あ る 時 期 で あ つ た の か も し れ ぬ。 あ る い は こ れ ら の 偶 文 が 他 の 経 典 に あ つ て ( そ の 経 典 が 現 在 伝 わ つ て お ら ず )、 樗 伽 経 と 釈 軌 論 と が た ま た ま 同 じ 偶 文 を 引 用 し た の か も 知 れ な い。 し か し 釈 軌 論 が 解 深 密 経 と 並 列 し て 樗 伽 経 の 偶 文 を 引 用 し て い る 状 態、 及 び そ の 偶 文 が 樗 伽 経 偶 頽 品 の み な ら ず、 無 常 品 に も 出 て お り、 し か も 四 四 三 年 訳 出 の 四 巻 籾 伽 に も こ の 偶 文 が あ る こ と を 考 え 合 わ せ れ ば、 や は り 世 親 は 樗 伽 経 を 知 つ て い た の で は な い か と 思 わ れ る。 と こ ろ で こ こ に ﹁ 余 経 に 云 く ﹂ と あ り、 経 名 を 出 し て い な い か ら と い つ て、 世 親 が 樗 伽 経 と い う 経 名 を 知 ら な か つ た こ (15) と に は な ら な い と 思 う。 な ぜ な ら、 山 口 博 士 も 指 摘 し て お ら れ る よ う に ﹁維 摩 経 仏 国 品 の ﹃ 心 が 浄 け れ ば 仏 国 土 の 浄 ま る こ と が 成 し 遂 げ ら れ る ﹄ と い う 経 文 が、 五 世 紀 の 後 半 か ら 六 (16) 世 紀 の 中 葉 ま で 在 世 し た 安 慧 (Stiramati ) の 申 辺 分 別 論 釈 疏 に ﹃ 或 る 経 の 語 ﹄ と し て 引 用 せ ら れ て い る ﹂ か ら で あ る。 安 慧 は 維 摩 経 な る 経 名 を 知 つ て い た と 思 わ れ る の に、 経 名 を 出 (17) さ ず に、 ﹁ 余 経 中 に も 説 け り ﹂ と い つ て い る の で あ る。 五 樗 伽 経 の 成 立 が 世 親 と 接 近 し た 時 代 で あ る こ と を 思 わ せ る (18) 資 料 と し て、 安 井 博 士 も 指 摘 さ れ て い る よ う に、 樗 伽 経 無 常 世 親 と 樗 伽 経 と の 前 後 論 に つ い て ( 舟 橋 )
世 親 と 樗 伽 経 と の 前 後 論 に つ い て ( 舟 橋 ) 品 (Sk. p. 169 ) に 出 て い る、 (19) ﹁ 知 が 所 縁 の 境 を 把 握 し な い と き、 そ の と き、 唯 識 に 住 す る こ と が あ る。 ︹す な わ ち ︺、 識 の 所 取 が 無 な る に よ つ て、 能 取 に は ま た、 ︹所 取 を 所 縁 の 境 と し て ︺ 能 取 す る は た ら き が な い。 ⋮⋮云 々。 と い う こ と が 世 尊 に よ つ て 説 か れ て い る が ⋮⋮。 ﹂ と い う 文 は、 世 親 の ﹁ 唯 識 三 十 頗 ﹂ の 第 二 十 八 偶、 す な わ ち (20) ﹁ 識 が 所 縁 を 把 握 し な い と き、 唯 識 に 安 住 す る。 所 取 が 無 い と き、 そ れ を 能 取 し な い か ら ﹂ と い う 偶 文 と 極 め て よ く 一 致 し て い る。 そ れ 故、 安 井 博 士 は (21) ﹁ 入 樗 伽 経 が 唯 識 説 を 伝 統 し つ つ、 し か も 世 親 に 年 代 的 に 近 い こ と を 物 語 る も の の よ う に 思 わ れ る ﹂ と 述 べ て お ら れ る が、 私 は こ れ ら の 資 料 よ り し て、 樗 伽 経 の 成 立 は 世 親 以 前 で、 比 較 的 世 親 に 近 い 時 代 と 考 え た い の で あ る。 そ し て 四 巻 樗 伽 が 四 四 三 年 に 訳 出 さ れ て い る の で、 当 時、 イ ン ド か ら 中 国 へ 伝 来 し た 事 情 を 考 え 合 わ せ れ ば、 樗 伽 経 は 少 な く と も 四 〇 〇 年 頃 ま で に は 成 立 し て い た と 考 え な く て は な ら な い で あ ろ う。 し か し 樗 伽 経 は 大 乗 経 典 の 中 で も 比 較 的 後 期 に 属 し、 そ れ ほ ど 早 く 成 立 し た 経 典 と は 考 え ら れ な い。 な ぜ な ら、 常 盤 博 (22) 士 も い わ れ て い る よ う に、 樗 伽 経 に は 八 識 や 五 種 乗 性 や 二 種 闘 提 や 三 身 説 が 出 て お り、 思 想 的 に は 如 来 蔵 思 想 の 影 響 を 受 け、 且 つ 唯 識 思 想 と し て も か な り 発 達 し て い る と 考 え ら れ る (23) か ら で あ る。 ま た 宇 井 博 士 も ﹁ 仏 教 経 典 史 ﹂ の 中 で ﹁ 樗 伽 経 に は 勝 髭 経、 象 縛 経、 大 雲 経、 央 掘 利 魔 羅 経 な ど の 引 用 が あ る ﹂ と い わ れ て い る よ う に、 七 巻 樗 伽 や サ ン ス ク リ ッ ト ば か り で な く、 四 巻 樗 伽 ( 四 四 三 年 訳 出 ) に も、 遮 食 肉 品 第 十 六 に 次 の 如 き 偶 文 が 見 出 さ れ る。 縛 象、 与 大 雲 央 掘 利 魔 羅 及 此 樗 伽 経 我 悉 制 二断 肉 一 ( 大 正 一 六、 五 一 四 中 ) (24) ま た 十 巻 樗 伽 ( 留 支 訳 ) の み に し か 見 出 さ れ な い が、 ﹁ 我 於 二 象 腋 ・ 央 掘 魔 ・ 浬 墾 ・ 大 雲 等 一 切 修 多 羅 中 一不 レ 聴 二 食 肉 こ ( 大 正 一 六、 五 六 三 下 ) と い う 記 述 も あ る。 こ れ ら の 経 典 の 引 用 か ら し て、 樗 伽 経 の 成 立 は ほ ぼ 三 五 〇 年-四 〇 〇 年 頃 に 落 着 く の で は な い か と 思 わ れ る。 六 (25) さ て 世 親 の 年 代 で あ る が、 近 年、 宇 井 博 士 の 三 二 〇 年 -四 〇 〇 年 説 が 定 説 と な つ て い た。 け れ ど も 最 近 干 潟 博 士 の 四 〇 〇 年 -四 八 ○ 年 説、 フ ラ ウ ワ ル ナ ー 博 士 の ﹁ 二 人 の 世 親 説 ﹂ (26) な ど が あ り、 い ず れ も 定 説 と な つ て い な い。 し か し グ プ タ 王 と の 関 係 か ら い え ば、 四 〇 〇 年-四 八 ○ 年 説 の 方 が 妥 当 で あ る と 考 え ら れ て い る。 た だ こ の 場 合、 世 親 の 年 代 は 樗 伽 経 成 立 ( 四 〇 〇 年 頃 ) 以 前 で あ る と い う 宇 井 博 士、 常 盤 博 士 の 定 説 が あ つ た た め、 世 親 の 年 代 を 四 〇 〇 年 以 後 に も つ て く る こ と
に は 問 題 が あ つ た よ う で あ る。 け れ ど も 樗 伽 経 の 成 立 が 世 親 以 前 と い う こ と に な れ ば、 世 親 の 年 代 を 四 〇〇 年 以 後 と し て も 何 等 差 支 え が な い と 思 う。 世 親 の 年 代 が 徳 慧 の 年 代 に 接 近 し て い る。 す な わ ち 四 〇〇 年 以 後 で あ ろ う こ と を 傍 証 す る も う 一 つ の 資 料 と し て、 釈 軌 論 の 徳 慧 の 註 疏 に 次 の 如 き 記 述 が あ る。 (27) ﹁ 阿 闇 梨 (acarya ) に、 ま の あ た り (pratyaksa ) 聞 い て 信 を 具 し、 劣 慧 の 人 々 を 利 益 し よ う と 欲 し て 釈 軌 論 の 註 疏 ( 鉱 犀 鋤 ) が 造 ら れ た ﹂ こ こ に 徳 慧 は 阿 闇 梨 ( 世 親 ) よ り ま の あ た り、 聞 い た と あ (28) り、 山 口 博 士 も ﹁ 徳 慧 は も う 少 し 世 親 に 近 い の か も 知 れ な い ﹂ と い つ て お ら れ る よ う に、 宇 井 博 士 な ど の 定 説 で あ る、 世 親 が 三 二 〇 年-四 〇 〇 年 で、 徳 慧 が 四 二 〇 年-五 〇 〇 年 で は、 世 親 と 徳 慧 と が 少 し 離 れ す ぎ て い る よ う に 思 わ れ る。 も (29) し 干 潟 説 の よ う に、 世 親 が 四 〇〇 年-四 八 ○ 年 で、 徳 慧 が 四 四 〇 年-五 二 〇 年 で あ れ ば、 こ こ に 徳 慧 が ﹁ 世 親 よ り ま の あ た り、 聞 い て 信 を 具 し 云 々 ﹂ と い つ て い る こ と も 十 分 納 得 で き る よ う に 思 わ れ る。 か く し て 世 親 造 と い わ れ る 釈 軌 論 に 樗 伽 経 偶 碩 品 の 偶 の 引 用 が あ り、 そ れ と 同 じ 偶 文 が 樗 伽 経 無 常 品 に も 見 出 さ れ、 そ れ が 四 四 三 年 訳 出 の 四 巻 樗 伽 に も 見 出 さ れ る こ と は、 世 親 が 樗 伽 経 を 知 つ て い た と い う 有 力 な 資 料 に な る と 思 う。 世 親 の 年 代 が 三 二 〇 年 -四 〇 〇 年 な の か、 四 〇 〇 年 -四 八 ○ 年 な の か に つ い て 論 じ ら れ て い る 今 日、 樗 伽 経 の 成 立 ( こ こ で い う 娚 伽 経 の 成 立 と は、 勿 論、 羅 婆 那 王 勧 請 品 (= 請 仏 品 ) や 最 後 の 偶 頒 品 な ど が 附 加 さ れ る 以 前 の 原 型 の 成 立 を い う ) が 世 親 以 前 で あ る と い う こ と に な れ ば、 世 親 及 び 世 親 周 辺 の 年 代 も 益 々 明 確 に な る の で は な い か と 思 う。 2 干 潟 博 士 ﹁ 世 親 年 代 再 考 ﹂ ( 宮 本 正 尊 教 授 還 暦 記 念 論 文 集 ・ 印 度 学 仏 教 学 論 集 ) 三 〇 五 頁 以 下。 3 梶 山 博 士 ﹁ 清 弁 ・ 安 慧 ・ 護 法 ﹂ (密 教 文 化 第 64 ・ 65 号 ) 一 五 九 頁 参 照、 ﹁ 安 慧 年 代 再 考 ﹂ ( 印 仏 学 会、 立 正 大 学、 昭 42 年 ) 4 宇 井 博 士 ﹁ 仏 教 経 典 史 ﹂ 一 四 九 頁 参 照。 5 常 盤 博 士 ﹁ 続 支 那 仏 教 の 研 究 ﹂ 七 七 頁 参 照。 6 同 書 一 二 五 頁 参 照。 7 山 口 博 士 ﹁ 大 乗 非 仏 説 論 に 対 す る 世 親 の 論 破-釈 軌 論 第 四 章 に 対 す る 一 解 題-﹂ (東 方 学 会 創 立 十 五 周 年 記 念 ﹁ 東 方 学 論 集 ﹂ 三 八 二 頁 参 照 )。 8 影 印 北 京 版113 巻281- 4-6 以 下 参 照。 9 徳 慧 の 註 に よ つ て 補 な う ( 山 口 博 士 ﹁ 大 乗 非 仏 説 論 に 対 す る 世 親 の 論 破-釈 軌 論 第 四 章 に 対 す る 一 解 題-﹂ 三 八 四 頁 ) 10 影 印 北 京 版113 巻281-4 -8 以 下 参 照。 山 口 博 士 ﹁ 大 乗 非 仏 説 論 に 対 す る 世 親 の 論 破-釈 軌 論 第 四 章 に 対 す る 一 解 題-﹂ 三 八 二 頁 -三 八 三 頁 参 照。 世 親 と 樗 伽 経 と の 前 後 論 に つ い て ( 舟 橋 )
世 親 と 樗 伽 経 と の 前 後 論 に つ い て ( 舟 橋 ) 11 影 印 北 京 版113 巻281- 4-2 参 照。 山 口 博 士 ﹁ 大 乗 非 仏 説 に 対 す る 世 親 の 論 破-釈 軌 論 第 四 章 に 対 す る 一 解 題 -﹂ 三 八 一 頁 参 照。 12 同 書 三 八 二 頁 参 照。 影 印 北 京 版113 巻281- 4-4 な お 解 深 密 経 無 自 性 相 品 第 五 に は ﹁ 一 切 諸 法 皆 無 性 無 生 無 滅 本 来 寂 諸 法 自 性 恒 浬 架 誰 有 智 言 無 二 密 意 一﹂ ( 大 正 一 六、 六 九 六 中 ) と あ る。 13 鈴 木 大 拙 博 士 ﹁ 携 伽 経 ﹂ ( 鈴 木 大 拙 全 集 第 五 巻 ) に は ﹁ 偶 頽 品、 こ れ も 後 か ら の 追 加 せ ら れ た も の で あ る ﹂ ( 四 七 二 頁 ) と あ る。 14 山 口 博 士 ﹁ 世 親 の 釈 軌 論 に つ い て-か り そ め な 解 題 と い う ほ ど の も の-﹂ ( 日 本 仏 教 学 年 報 第 二 十 五 号 ) 三 五 頁 以 下 参 照。 15 山 口 博 士 ﹁ 浄 土 に つ い て ﹂ ( 仏 教 学 セ ミ ナ 第 十 一 号 ) 十 二 頁。 山 口 博 士 ﹁ 世 親 の 浄 土 論 ﹂ 一 六 五 頁 -一 六 六 頁 参 照。 16 安 慧 の 年 代 に つ い て は 最 近 フ ラ ウ ワ ル ナ ー 博 士 及 び 梶 山 博 士 の 五 一 〇 年-五 七 〇 年 説 ( 従 来 四 七 〇 年 -五 五 〇 年 頃 ) が 承 認 さ れ つ つ あ る。
(E. Frauwallner; Landmarks in the history0
of Indian logic (WZKSO. V 1961 )p. 137 梶 山 博 士 ﹁ 清 弁 ・ 安 慧 ・ 護 法 ﹂、 密 教 文 化 第 64 ・ 65 合 併 号 参 照 )。 17 山 口 博 士 ﹁ 中 辺 分 別 論 釈 疏 ﹂ 四 〇 五 頁 参 照。 18 安 井 博 士 ﹁ 入 携 伽 経 ﹁ 無 常 品 ﹂ の 原 典 研 究 ﹂ 六 八 頁 参 照 ( 大 谷 大 学 研 究 年 報 第 二 十 集 )。 19 南 条 文 雄 博 士 校 訂 ﹁ 梵 文 入 樗 伽 経 ﹂ 一 六 九 頁 四 行 目 参 照。 (Levi p. 43. 1. 10 ) 21 安 井 博 士 ﹁ 入 樗 伽 経 ﹁ 無 常 品 ﹂ の 原 典 研 究 ﹂ 六 八 頁 参 照。 22 常 盤 博 士 ﹁ 続 支 那 仏 教 の 研 究 ﹂ 七 七 頁、 一 二 五 頁-一 二 六 頁 23 宇 井 博 士 ﹁ 仏 教 経 典 史 ﹂ 一 四 九 頁 参 照。 24 サ ン ス ク リ ッ ト で は ﹁ ど の よ う な 経 典 に も ︹肉 食 は ︺ 従 う べ き も の と は 許 さ れ ず 云 々 ﹂ と あ る の み で 経 典 名 は 出 て い な い。 ( 安 井 博 士 ﹁ 入 榜 伽 経 に お け る 肉 食 の 禁 止-梵 文 ﹁ 食 肉 品 ﹂ 和 訳 ・ 梵 文 訂 正-﹂ 大 谷 学 報 第 四 十 三 巻 第 二 号 九 頁 参 照 )。 勿 論 偶 文 ( 第 十 六 偶 ) で は、 サ ン ス ク リ ッ ト で も 象 腋 ・ 大 雲 ・ 浬 繋 ・ 央 掘 魔 の 名 が 見 え る ( 同 書 十 二 頁 参 照 )。 Sk. p. 258 25 世 親 の 年 代 に つ い て は、 以 前 か ら 四 世 紀 説 と 五 世 紀 説 と が あ り、 論 争 さ れ て き た。 し か し 最 近 で は 宇 井 博 士 の 三 二 〇 年-四 〇〇 年 説 が 定 説 と な つ て い る。 26 干 潟 博 士 ﹁ 世 親 年 代 再 考 ﹂ 三 一 六 頁 以 下 参 照。 佐 々 木 ・ 井 ノ ロ ・ 高 崎 ・ 塚 本 博 士 ﹁ 仏 教 史 概 説 ﹂ ( イ ン ド 篇 ) 九 三 頁 参 照。 27 影 印 北 京 版114 巻173-5-4 参 照。 28 山 口 博 士 ﹁ 世 親 の 釈 軌 論 に つ い て-か り そ め な 解 題 と い う ほ ど の も の-﹂ ( 日 本 仏 教 学 会 年 報 第 二 十 五 号 ) 29 干 潟 博 士 ﹁ 世 親 年 代 再 考 ﹂ 三 二 一 頁 参 照。