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近世における『源氏物語』の浸透 : 伊達紋・袱紗 ・櫛・簪の雛形本に注目して

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(1)

近世における『源氏物語』の浸透 : 伊達紋・袱紗

・櫛・簪の雛形本に注目して

著者 小島 由子

雑誌名 同志社国文学

号 66

ページ 61‑70

発行年 2007‑03

権利 同志社大学国文学会

URL http://doi.org/10.14988/pa.2017.0000005386

(2)

近世における﹃源氏物語﹄の浸透

はじめに

伊達紋・袱紗・櫛・箸の雛形本に注目して

 かつて︑人々は文芸を身に着けていた︒このことは︑切畑健﹁文

芸を着るー和歌・物語こ謡曲−﹂︵大手前比較文化研究叢書2﹃視

覚文化の研究﹄収録 思文閣出版 二〇〇四年四月︶が︑着物の文

様と古典文芸との関わりを概説している︒

 切畑論文では︑近世小袖と﹃源氏物語﹄の関係についても言及す

る︒だが︑近世における服飾類と﹃源氏物語﹄の関係︑および﹃源

氏物語﹄がいかに庶民レベルまで浸透していたかを検証するのであ

れば︑小袖より・も廉価で身近なものにまで目を向けるべきではない

か︒

 右の視点で調査した結果︑伊達紋・袱紗・櫛・箸︵かんざし︶に

も﹃源氏物語﹄を用いている事例が︑それぞれの雛形本︵当時のデ

     近世における﹃源氏物語﹄の浸透

島  由  子

ザインブック︶の中に見出せた︒今回︑雛形本を利用したのは︑

 ① 伊達紋・袱紗・櫛・箸の現物は︑あまり伝存していない︒

 ② 現物が伝存していても︑年代の特定が困難である︒

 ③ 雛形本には︑多くの図版が掲載されており︑かつ出版物であ

  るから刊行時期の特定もしやすい︒

という理由からである︒

伊達紋と﹃源氏物語﹄

 さて︑江戸時代ほど︑紋所が脚光を浴びた時代はない︒中でも︑

伊達紋と呼ばれる紋は華やかなものである︒特に︑伊達紋は︑小袖

模様とも切り離せない関係にあり︑小袖模様同様に文芸的な要素を

含み込んでいる︒元禄期あたりになると︑儀礼目的の﹁家紋︵定

紋︶﹂ではなく︑装飾目的に考案された﹁替え紋﹂﹁飾り紋﹂の類が

      六一

(3)

     近世における﹃源氏物語﹄の浸透

出現する︒近世における﹁飾り・紋﹂の種類には︑﹁加賀紋﹂﹁崩し

紋﹂﹁比翼紋﹂﹁鹿子紋﹂﹁丹前紋﹂﹁伊達紋﹂などがある︒

 ① 定紋から変化したもの

 ・加賀紋

   中央に本来の家紋を置き︑その周囲に花鳥風月などの模様を

   装飾したもの︒﹃万金産業袋﹄︵享保十七年︹一七三二ごに

   は﹁かが絹を黒にして此類にゆふぜん小色を入れて染置︑是

   れをかがもん共お国紋ともいふ﹂とある︒加賀国の人が多く

   用いた︒

 ・崩し紋

   本来の家紋を崩し作り変えた紋︒この紋は︑おしゃれのため

   というよりも︑特に男性が︑悪所といわれた遊廓・芝居小屋

   に行く際︑自分の素性を公にしない目的で用いられた︒

 ・比翼紋

   男性の定紋と︑女性の替え紋を並べたり組み合わせた紋︒こ

   の紋は遊女が始めたが︑一般にも広がったらしい︒

 ・鹿子紋

   定紋を鹿子絞りにしたもの︒﹃万金産業袋﹄には︑定紋の他

   に﹁丸にむかう梅︑丸にいてう︑花の丸などを︑かの子一色

   に染おく︑是を居︵すは︶り紋といふ﹂ともある︒ 六二

② 装飾のみを目的とした紋

・丹前紋

  伊達紋より大きく︑華美風流で遊び心に富んだ紋︒井村勝吉

  ﹃丹前ひいなかた﹄︵宝永二年︹一七〇四︺刊︶には︑丹前紋

  が十一図収められている︒

・伊達紋

絵や文字を用い︑花鳥風月・古歌・名所・故事・文芸などに

   因んで表現した紋︒

 これらの他に︑聶肩の歌舞伎役者の紋を勝手に流用したり︑崩し

紋にして用いたりすることも流行した︒

 ﹁飾り紋﹂の中でも︑装飾性の高い伊達紋は特に注目すべきであ

ると考え︑伊達紋の雛形本で﹃源氏物語﹄との関わりを調べた︒そ

の結果︑﹃女中達紋尽﹄︵岩瀬文庫蔵︶・﹃当世達紋袖鏡﹄︵個人蔵︶・

﹃伊達紋雛形﹄︵岩瀬文庫蔵︶において︑﹃源氏物語﹄との関わりが

見出せた︒

 ① ﹃女中達紋尽﹄

 同書は︑当初︑元禄十年︵口︵九七︶刊の﹃当流模様雛形松の

月﹄︵上中下の三巻三冊︶の下巻に収められていたらしい︒上野佐

江子編﹃小袖模様雛形本集成﹄︵学習研究社 ▽几七四年刊︶解題

に︑

(4)

  当書の下巻は︑おそらく﹁女中達紋尽﹂と内題され︑コ貝を二

  行・三段にして六図づつの伊達紋が八丁半あり︑これに加えて

  ﹁替り作紋絵鑑﹂が十三丁ほどあったのではないかと考えられ

  る︒とする︒ただし︑﹃当流模様雛形松の月﹄は完本の現存が確認でき

ない︒以下︑岩瀬文庫蔵﹃女中達紋尽﹄︵刊年未詳︶で説明を行う︒

﹃女中達紋尽﹄には︑﹃源氏物語﹄を意識と思われる図が複数存在す

る︒ ・女三宮の模様

   めくれ上がった御簾の端に猫かおり︑文字で﹁女三﹂と書か

   れている︒

近世における﹃源氏物語﹄の浸透

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・柏木の模様

  蹴鞠の絵と﹁柏木﹂という文字で構成されている︒

・須磨の模様および明石の模様

② ﹃当世達紋袖鏡﹄

上下の二巻二冊からなる︒序文に︑

 当世模様を省て紋とし是を名づけて伊達紋といふ其中に葉手な

 るあり︑こうとふなる有︑又は風雅成あり︑いやしき有︑花車

 成有︑何れ一ならずといへども︑其好にまかせて目前に筆をと

 るがごとく風流花美を尽して︑以双巻とす

  明和六年

    丑七月吉日      菊秀軒梓

六三

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(5)

近世における﹃源氏物語﹄の浸透

肯す祗

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ね素賀

巻末に︑

  作者 洛陽絵師三文字屋弥四郎

  書林 京寺町通松原下ル町 菊屋喜兵衛板

となっている︒絵師の三文字屋弥四郎は︑﹃当世模様雛形千歳草﹄

︵宝暦四年︹一七五四︺刊︶・﹃雛形春日山﹄︵明和五年︹一七六八︺

刊︶・﹃雛形伊関川﹄︵同上︶などと関わり︑小袖模様を描いている︒

﹃源氏物語﹄と関わる図柄は︑﹁檜垣に夕顔﹂と﹁もみじの葉と鳥

甲﹂がある︒これらは︑﹁夕顔﹂の巻に︑﹁この家のかたはらに︑檜 六四

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(6)

垣というもの新しうして﹂の一節があるので︑それを意識しての図

柄と︑﹁紅葉賀﹂の巻で︑秋の行幸の日︑源氏は頭中将と青海波を

舞う︑その場面を表現してのものだろう︒その他︑竹を節から折り

曲げて︑源氏香の図や源氏蝶の図なども見える︒

 ③﹃伊達紋雛形﹄

 すべて切り紙風である︒あるいは染め型などに用いられたのかも

しれない︒﹃小袖模様雛形本集成﹄解題に︑

  明和七年刊の書籍目録の﹁雛形﹂の項の末尾に︑宝暦八年に出

  版されている﹃雛形柳の錦﹄の記載があり︑次一行あけて﹁二

  ︵冊︶伊達紋雛形忠七﹂⁝⁝と記されている︒

と指摘されている︒﹃伊達紋雛形﹄初版は︑宝暦明和頃の刊行であ

ろう︒全体が切り紙風になっているので︑図柄はシンプルなもので

ある︒﹃源氏物語﹄に関する図柄は︑文字だけで表現された﹁須磨﹂

﹁胡蝶﹂﹁松風﹂︑絵で表現されているものには﹁葵と御所車﹂がある︒

 伊達紋と﹃源氏物語﹄の関わり・は︑従来指摘されたことがなかっ

た︒だが︑右のような事例が確認できる︒しかし︑伊達紋よりもさ

らに身近なものにも︑﹃源氏物語﹄との繋がりが判明する︒

二 袱紗と﹃源氏物語﹄

西川祐信﹃西川ひな形﹄︵享保三年︹一七一八︺刊︶は︑従来︑

    近世における﹃源氏物語﹄の浸透 ニューヨーク公共図書館のもののみが知られていた︒松平進﹃師宣祐信絵本書誌﹄︵日本書誌学大系57 青裳堂書店 ▽几八八年︶から︑必要な部分のみ転記する︒  体裁 半紙本︒五巻五冊︒袋綴︒  表紙 原表紙︒焦茶色表紙︒  寸法 縦二二・〇糎×横十五・九糎︒  丁数 一巻二子︑二巻コー丁︑三巻コー丁︑四巻コー丁︑五     巻コー丁︒  序文      序  行川の流はたへずして︑しかももとの模様にもあらず︑芳野川  の花に染︑龍田川の紅葉とソっつり替る飛鳥川︑きのふの仕出  し模様も今日はふるめかしく︑時々折々の雛形所々にまちく  なり︑爰に画工祐信頃日の替り模様を集︑手をつくし筆をつく  し絵画しを求て梓にきざみ︑世の重宝ともならんかし︑全他を  ましへず︑祐信の一筆なればあからさまに西川ひな形と題す       っちのへ戌中春 八文字自笑  践・奥書      践  浪花の冬梅いまだ姿の意︑人しらぬ恋に染る深窓をわかち︑色

      六五

(7)

     近世における﹃源氏物語﹄の浸透

  直しにすしらしき志の脇留︑物好は情のにほひを包ふくさの風

  景︑合部五冊新に画工をうごかしぬるを︑八文字自笑幼友のし

  たしみ念様に順て︑するどき墨も春秋に進︑夏毛冬毛の筆に力

  を出せしことなん

        百人女郎品定 全部五冊追付出来

     享保三年戌三月吉日 大和画師 西川祐信

       板木師松屋町 石原半兵衛

      ふ屋町通せいぐはんじ下ル町 八文字屋八左衛門新板

 本書の内容は︑序文・践文からもうかがわれるが︑巻一から巻四

までが小袖図︑巻五が袱紗図である︒巻一﹁深窓﹂︑巻二﹁色直﹂︑

巻三﹁脇留﹂︑巻四﹁物好﹂と題され︑巻一から巻三は娘用の小袖

図︑巻四は男用の小袖図を示す︒

 ニューヨーク公共図書館本をマイクロフィルムで取り寄せたとこ

ろ︑巻五﹁袱紗﹂に︑注目すべき事例を含むがわかった︒従来︑明

示されたことのない資料であるから︑巻五全体の内容を説明する︒

 一丁表    ﹁服紗﹂の文字と︑浜辺と松の図

 一丁裏二丁表 町人の娘三人が︑源氏絵の模様﹁浮舟﹂を手にし

        ながら会話している︒

         よいもやうの

         おもしろいゑじや 二丁裏三丁表三丁裏四丁表四丁裏五丁表五丁裏        六六 舟にふたりのつてござんす壱番 春 桃柳にながれ水さいしき絵 かのこ入又はぬい すなご入にても弐番 夏 ぱたん岩かのこ入さいしき又すみゑにても 金でい引三番 秋 菊水のながれさいしきゑ でい引又すなごふり四番 冬 雪中の松 汀のこさいしきゑ ほり 水仙花

又すみゑにても 雲どり すなごふり

五番 春 桜がりのもやう

さいしき絵 でい引入

六番 夏 さなへのもやう

さいしきゑ

又すみ絵にても すなご入 又はでい

七番 秋 月にきぬたのもやう

うすざいしきゑ すなご でい引入

(8)

六丁表

六丁裏

七丁表

七丁裏

八丁表

八丁裏

九丁表

九丁裏 八番 冬 雪中の馬上のもやうすみゑうすざいしき でい引入

九番 春 源氏 花のゑん

さいしきゑ 但し雲すなご

又はでい引

十番 夏 源氏 夕顔の巻

さいしきゑ 又すみゑにても

雲すなご でい引

十一番 秋 源氏 夕ぎり・の巻

さいしきにても

すみゑにても でい入

   十二番 冬 源氏 あさがほの巻

   さいしき絵 雲どり しもふり すなごにても

   士二番 春 太夫絵 嶋原大門口のてい

   うすざいしき でい引 すなご入

   十四番 夏 太夫絵 夕すゞみのてい

   さいしき

   又はすみゑ でい入

   十五番 秋 太夫絵 月見のてい

近世における﹃源氏物語﹄の浸透         うすざいしき        又は中ざいしきにても でい入 十丁表    十六番 冬 太夫絵 雪の庭のもやう        極ざいしき でい入 十丁裏    十七番 春 町風 すがたゑ 軒の梅のもやう        さいしきゑ でい入 十一丁表   十八番 夏 町風流絵 夜はとこさすのもやう        うすざいしき 十一丁裏   十九番 秋 町風 若衆絵 菊の会の図        さいしきゑ 十二丁表   弐十番 冬 野郎絵 顔見せ 余情の図        さいしきゑ 四季図一源氏図一太夫図一町人図などが描かれている︒砂子・彩色・泥引などの指示も具体的である︒ ﹃源氏物語﹄との関わりで注目すべきは︑一丁裏二丁表︑六丁裏から八丁表である︒一丁裏二丁表の図は︑特に重要と思う︒町人がこういった源氏絵の袱紗を使っていたことを明確に示している︒近世における﹃源氏物語﹄の浸透を現在知られるものの中で︑最も明瞭な形で我々に教えてくれる︒町人と思われる三人の娘が︑﹁浮舟﹂の図を手にとりながら︑﹁よいもやうの﹂﹁おもしろいゑじや﹂﹁舟

      六七

(9)

近世における﹃源氏物語﹄の浸透六八

にふたりのつてござんす﹂と︑楽しそうに語り合っている︒﹃源氏

物語﹄の図が︑いかに愛されていたかを如実に表している︒

 ただ︑残念ながら︑一丁裏二丁表︑七丁裏︑八丁表には汚れなど

があった︒改めて調査したところ︑国内の三井家文庫が端本︵二・

三・五巻存︑ただし五巻七丁表は破損欠︶を所蔵しているが判明し

た︒図版としては︑三井家文庫本を用いる︒

 ﹃西川ひな形﹄の収録の袱紗図には︑細かい細工の仕様が書かれ

ており︑実際に作られたことが想定できる︒画工も当時上方で浮世

絵師として︑最も活躍した西川祐信である︒版元も浮世草子・役者

評判記の出版で名高い八文字屋八左衛門がなっている︒﹃西川ひな

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(10)

近世における﹃源氏物語﹄の浸透 形﹄は︑現存は少ないが︑享保三年︵一七一八︶当時広く流布したものと考えられる︒ ﹃西川ひな形﹄に﹃源氏物語﹄の影響がはっきり見出せるのは重要である︒同書によって︑年代が確定できる形で︑庶民レベルまで﹃源氏物語﹄が浸透していたことがはっきりする︒今後の議論の根本資料といいうる︒ しかし︑﹃源氏物語﹄利用の事例はさらに見出せる︒櫛・箸における事例である︒

三 櫛・箸と﹃源氏物語﹄

 葛飾北斎﹃今様櫛搭雛形﹄︵文政六年︹一八二三︺刊︑岩瀬文庫

蔵︶は︑櫛とキセルの図案である︒その櫛の図案に︑﹃源氏物語﹄

がらみのものがある︒源氏物語は︑﹁浮舟﹂﹁朝顔﹂﹁紅梅﹂の三つ

あげられている︒

 ﹁浮舟﹂は︑匂の宮と浮舟とを乗せた代表的な場面である︒﹁朝

顔﹂と﹁紅梅﹂は︑それぞれその巻を象徴する花が︑櫛の背に沿って

アーチ形に配されている︒櫛の立体性を考慮した図案となっている︒

 また︑渓斎英泉﹃画本錦之嚢﹄︵文政十一年刊︑個人蔵︶には︑

箸の雛形が掲載されている︒﹁夕顔﹂﹁若紫﹂﹁紅葉賀﹂が﹃源氏物

語﹄を踏まえている︒

       六九

(11)

近世における﹃源氏物語﹄の浸透

まとめ 七〇

 近世における﹃源氏物語﹄の浸透は︑従来の想定を超える︒その

ことは︑身近な服飾にまで﹃源氏物語﹄が利用されていることから︑

明白といえる︒特に︑﹃西川ひな形﹄掲載の袱紗を眺める乙女達の

図がそのことを如実に示している︒

︹付記︺資料の閲覧・掲載を許可くださった関係各位に対し︑深謝いたし

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