1 回答行動とカーソル運動
カーソルの移動軌跡を用いて心理学的研究を行おうという試みが様々な分野で注目されている。
Freeman(2018)によれば,画面上(平面上)の選択肢に至るまでの手の軌跡(あるいはマウスの
軌跡)を測定することで,幅広い認知プロセスの時間軸上の動きを調べることができる新研究パラ ダイムが開発されてきたという。このパラダイムでは眼球運動などのデータに類似した軌跡データ が得られるが,ここからmicrostructure of real-time decision
を明らかにする能力があるともいう。椎名も
PC
上でのLikert
型評定判断におけるカーソルの移動軌跡を測定し,回答者の心的状態を推測する試みを行った(Shiina, 2011; 椎名,2012; Shiina, 2014)。この研究は「測定装置としての評 定尺度」の基本的性質を明らかにするのが目的であった。
ところでカーソルによるポインティングはもう時代遅れではないかという懸念があるかもしれ ない。筆者がこのタイプの研究に注目し始めた
2000
年代初頭ではGUI(Graphical User Interface)
で使用されるポインティングディバイスとしてはマウスが主流であったが,その頃よりスマート フォンとタッチスクリーンが急激に普及し,2010年頃にはマウスは時代遅れであり将来的には使 用されなくなるので,特にマウスによるカーソル軌跡の研究は無意味であるという評価を聞いたこ とがある。確かに,マウスの使用は徐々に減少しているのかもしれないが,少なくともビジネス 系・学校系の
PC
では当分の間は使用され続けるだろうという感触を現時点ではもっている。また,移動軌跡に注目するパラダイムはネット調査・ネット実験の実務・研究でこれから重要になってい くだろうという逆の予想もできるので,その成長ポテンシャルは注目に値するものと考えられる。
基本的なことであるが,マウス移動と画面上のカーソル移動は同義とは言えない。カーソルの移 動はトラックボール,ジョイスティック,タッチパッド,ポインティング・スティック(トラック ポイント),タッチスクリーン等を使用しても行えるが,「マウスの移動」と言った場合は厳密には マウスの物理的移動ということになる。言うまでもなく,マウスの物理的動きと画面上のカーソル の動きは完全に一対一対応しているわけではないし(例えば,マウスを空中に持ち上げて別の場所 に着地させると,その間の運動は記録できない),種々のポインティングディバイスが,それぞれ
カーソル軌跡から評定時間が予測できるか?
椎名 乾平
固有の物理的特性を持つのも明らかである。しかし,この分野の研究者はこの点にあまり拘泥する ことなく,画面上の「マウスの移動」ということが多い。またこの分野の研究者は歴史的経緯から か「マウスの操作」と「手の動作」を同一視し,さらに「体の動作」を含めることもある。そこで,
以後「マウス動作」「手の動作」も「カーソル動作」に含めて用語を統一することにする。
カーソル移動に注目した研究は,そもそもの目的は必ずしも同じとは言えないものの,いろい ろな分野で見られる。そこで心理学分野,HCI(Human–Computer Interactionあるいは Human–
Computer Interface)分野,手の運動制御分野(リーチング,目標到達課題)を中心に現状を紹介
したい。1.1 心理学分野での研究
カーソルの軌跡を積極的に利用した最初の認知心理学者は
Baccino
ではないかと思われる(Baccino,
1994; Baccino & Kennedy, 1995)。その後 Spivey, Dale
らの認知心理学研究グループが本 格的にカーソル軌跡を利用した研究を行った(Spivey, Grosjean, & Knoblich, 2005; Spivey & Dale,2006)。わずかに遅れて Freeman, Ambady
らの社会心理学研究グループが続き(Freeman, Ambady,Rule, & Johnson, 2008; Freeman, Pauker, Apfelbaum, & Ambady, 2010),その後両グループの共同論
文も出版された(Freeman, Dale, & Farmer, 2011)。Freeman(2018)は,カーソルの軌跡を測定す る新しい研究法が普及してきたのはこの10
年ほどの間であるという。特に,カーソル軌跡の記録 が可能なフリーソフトウェアが利用できるようになったので(Freeman & Ambady, 2010; Hehman,Stolier, & Freeman, 2015; Kieslich & Henninger, 2017),RT
を含めた軌跡データを容易に収集でき るようになってきたという。確かにFreeman
の提供したMouse Tracker
ソフトウェアには100
程 度の使用実績があり(http://www.mousetracker.org/),その内容も多岐に渡っている。ただし,ど ちらのソフトウェアも現状では2
選択肢強制選択課題(two-alternative forced choice)しか扱うこ とができないので,それ以外の状況では自作するしかない。とはいっても,カーソルの座標値と時 間を記録するだけであるから大した技術力が必要なわけではなかろう。Spivey
やDale
らの初期の研究では,カーソル軌跡の測定は音素処理における「連続処理vs
離散処理」という理論的対立を解決するための実験的手続きとされていた。しかし,まったく異なる説 明も可能であり(van der Wel, Eder, Mitchel, Walsh, & Rosenbaum, 2009),現在ではカーソル軌跡 の持つ情報はより広い情報処理過程の特性を示すものと再解釈されている(Freeman, 2018)。
以上はカーソル軌跡を直接用いた最近の研究動向であるが,一方,Freemanや
Spivey
らの研究 では重視されてはいないものの,心理学の古典的研究であるWoodworth(1899)や Fitts(1954)
が以下に述べる心理学以外での軌跡研究にも大きな影響を与えているのを付言しておきたい。
1.2 HCI(Human–Computer Interaction)と人間工学
人間工学(Ergonomics)や
HCI
はマウスを始めとする様々なポインティングディバイスの生みの親・育ての親であるから(Bardini,
2000),カーソル軌跡の研究で重要な役割を果たすのは間違
いない。大きな研究分野であり簡潔にまとめるのは難しいが,主に心理学由来の知識・法則が発展 的に利用されているようなケースも取り上げたい。その中にはむしろ心理学そのものと呼ばれるべ き研究も含まれる。心理学系研究でもHCI
系研究でもFitts
の法則(Fitts, 1954; MacKenzie, 1992)平均反応時間=a+b・log
(
22D
W)
(1)は基本原理として重要視されている(Dはカーソルの移動距離,Wは目標対象物の幅,a, bは未知 パラメーターである。尚,この式にはいくつかの変化形がある).
HCI
系の研究では,軌跡をsubmovement
に分解してその性質を理解しようという方向性が見 られる(Jagacinski, Repperger, Moran, Ward, & Glass, 1980)。そもそも,目標到達運動研究の嚆矢 であるWoodworth(1899)において,到達運動は initial impulse phase と current control phase
に 分解されうるものとされている(Elliott, Helsen, & Chua, 2001)。到達運動のパフォーマンスは,軌跡全体や
submovement
に対して定義された様々な指標を用いて調べられる。例えば,Walker,Meyer, & Smelcer(1993)は,継続時間,平均速度,および最初の submovement
の移動距離の総移動距離に対する比率を調べた。MacKenzie, Kauppinen, & Silfverberg(2001)では,7つの新し い指標が提案されている。また,Hwang, Keates, Langdon, & Clarkson(2005)では
15
種類の指標 が用いられている(例えば終了までの時間,休止の回数,休止の長さ,確認時間,submovement の回数,等々である)。元々は到達運動を理解しようという目的,あるいはマウスの性能を評価しようという目的(Lin
& Tsai, 2015)のために指標群が定義されているわけだが,逆に被験者の属性や実験状況が指標に
影響を与えるだろうと予想し,様々な実験条件における指標の差異を用いて,被験者の属性,例え ば年齢や障害度を分離しようという研究もある。例えば,Walker, Philbin, & Fisk(1997)は老人と 若者の運動特性の差を調べているし,Hwang, Keates, Langdon, & Clarkson(2005)は身障者の特 性を調べようとしている。またChen, Hoffmann, & Goonetilleke(2015)では,Fitts
の法則から予 想される課題の難易度((1)式の(2D)/W
の部分)が軌跡のsubmovement
数を増加させ,その 結果反応時間を増加させるという結果を得ている。同様の結果はWalker, Meyer, & Smelcer(1993)
や
Phillips & Triggs(2001)でも報告されている。この事実を逆に利用し,submovement
数が多け れば課題が難しいあるいは被験者が逡巡しているという心理学的予想が立つかもしれない(3.1で の椎名の評定課題の解釈の根拠となっている)。1.3 手の運動制御(リーチング)
マウス課題とリーチング課題が同一視されることは多い。リーチングの研究は,そもそもは手の運 動制御のメカニズムを動力学的に調べようとするものであった。その後,課題設定の差異より生じ
るリーチング運動の変化から,心的過程を読み取ろうとする研究が増加してきている。現在ではリー チング課題が隠れた認知状態を反映するというアイディアは相当に受け入れられていると言ってよ かろう(Song & Nakayama, 2009; Wolpert & Landy, 2012; Gallivan, Chapman, Wolpert, & Flanagan,
2018; Wispinski, Gallivan, & Chapman, 2018)。そしてカーソルの移動をリーチングの一変種と見なす
ならば,リーチング課題での知見がカーソル移動課題に般化・転移するものと期待できよう。到達運動研究には一つ重要な流れがある。それは日本人研究者では宇野(2014)や川人(1996)
に代表される,(主として)手の到達運動の数学的規範モデル(Marrの用語を用いれば計算モデ ル)の研究である。この流れはそもそもは
Woodworth
に始まる心理学的到達運動研究とは別系の 研究動向と思われる(例えば初期の研究ではWoodworth
も Fittsも引用されないし,submovement のようなものも眼中にないようである)。この流れでは工学的最適制御によってリーチングが制御 されるものと仮定し,相当厳密な数学モデルあるいは神経回路モデルを立てて,主としてMorasso
パラダイム(Morasso, 1981)とでも言うべき実験条件下での到達運動を精密に検討した。おそらくMorasso
の実験装置(manipulandumと呼ばれる2
関節運動装置)では複数のsubmovement
が生起しないようにうまく工夫されているものと思われる。この流れの研究も,心理学的知見を考慮に 入れ統合しようとする方向性が見られる。きっかけは
Todorov & Jordan(2002)による最適フィー
ドバック制御理論の導入のようである。この分野の最近の動向はGallivan et al(2018)に詳しい。
1.4 急速な統合へ向かうカーソル軌跡研究
以上の先行研究を要約すれば,元来はやや異なる目標に対して行われてきた研究であるが,どの 研究分野でもカーソル軌跡が様々な認知状態の時間軸上の変化を示す指標として機能するというコ ンセンサスが形成され,バラバラだった研究動向が急激に統合される方向性にあると言ってよか ろう(Song & Nakayama, 2009; Freeman, Dale, & Farmer, 2011; Freeman, 2018; Gallivan, Chapman,
Wolpert, & Flanagan, 2018)。最近では,運動行動を,感覚,動作および課題の不確実性下で,運動
結果の効用を最大化する意思決定問題とみなす立場がある(Wolpert & Landy, 2012)。そもそも何 か目的があるから運動するのであって,最適化をするために運動するわけではなかろうから,これ は当然の成り行きのようにも思える。この見方では,運動計画の選択と運動制御は統計的決定理論 の応用となり,リスク下の運動,損失関数の推測,様々な状況における運動行動,を説明するのに 成功しているとされる。2 Likert 型評定課題におけるカーソル軌跡
一口に
PC
上のカーソル運動といっても,1)どのような画面デザイン上で,2)どのような質問 がなされるのか,そして3)どのような反応フォーマットが用いられるか,によって,速度・軌跡
といった運動特性はまったく異なるものになるであろう。椎名(2011, 2012, 2014)の一連の研究で 調べられたのは,Likert
尺度という回答フォーマット(図1)におけるカーソル移動の特性であり,
また質問された内容は「単純な数値マッチング」や「加算の結果」から「性格自己評定」や「ライ フスタイル」まで多岐にわたった(表
1,図 2
参照)。この反応フォーマットは,心理学で多用される
Likert
型評定尺度を模したものだが,手やカーソルの到達運動研究の文脈から見ればユニー集中力がある
いいえ わからない はい
図1 左)評定実験で使用されたフォーム。質問項目は「集中力がある」。図上にある曲線は軌跡の一例。
右)研究2で使用されたフォーム。順行カテゴリー条件。被験者は窓上に現れた数字と同じ数字のク リックを求められる。図上にある曲線は軌跡の一例。
Table 1 Summary of 16 Tasks
Items N
0)†Benchmark 5 140
1)Self esteem(Rosenberg) 10 140 2)Maximization(Schwartz) 8 140
3)Regret(Schwartz) 8 140
4)Big 5 Extraversion 5 140 5)Big 5 Neuroticism 5 140 6)Big 5 Conscientiousness 5 140 7)Big 5 Agreeableness 5 140 8)Big 5 Openness to Experience 5 140 9)Indeterminacy 15 140
10)Social desirability(Marlowe-Crowne) 10 140
11)Life style(e.g., We can be happy without money) 5 185 12)Opinion(e.g., Japan has rather a bright future) 5 185
13)†Addition and subtraction(e.g., 3-2+1, 1+3-2.) 30 70
14)† Division(e.g., 17/13.) 10 173
15)Geography(France is larger than Japan in land area) 5 185 Note. † “1-2-3-4-5” Category label was used.
Otherwise “No-Don’t know-Yes” label was used.
クなものといえる。その特徴は,選択肢数が多いこと,運動の範囲が小さいこと,選択肢に数字や 単語が振られているといった点であろう。このパラダイムは,5つの異なる目標に対する到達運動 課題と見なすこともできるが,カーソルは単純到達運動よりずっと複雑な動きをするものと予想さ れる。
Likert
型評定課題が,到達運動課題をはじめとするこの分野の研究と根本的に異なるのは,到達運動では目的地点は実験者によって定められているのに対して,Likert型評定課題には通常は「正 答」がないため,どのボタンに移動してクリックするのかを被験者が決定しなければならない点で ある。言い換えると,「反応自己生成課題」とでも言うべきパラダイムになっている。また,評定 課題は,数値による回答を求めることがあるので(図
1
右),数感覚・数情報処理との関係がでて くるだろう。すると,このパラダイムでSNARC
効果(Dehaene, Bossini, & Giraux, 1993)が生起 するかどうかなども問題となろう。以下椎名(2011,2012, 2014)の研究の概要を述べる。
1 1.5 2 2.5 3 3.5 4 4.5 5 5.5 6
1 2 3 4 5
M E A N R E S P O N S E T IM E ( S )
RESPONSE CATEGORY
Benchmark Self esteem Maximization Regret Extraversion Neuroticism Conscientiousness Agreeableness Openness to experience Indeterminacy Social desirability Life style Opinion
図2 13種類の課題におけるカテゴリー別反応時間。 逆U字型あるいは
逆J字型のパターンがほとんどである。最下部のベンチマーク課題 は,数字の単純クリック課題であり,U字型パターンとなっている。
2.1 評定までの平均反応時間
図
1
左における回答カテゴリーに左から1,2,3,4,5
の番号を割り当てることにする。「性格 の自己評定」や「社会的態度」といった主観的判断課題では,逆U
字型や逆J
字型RT
効果が生起 する。すなわち,反応時間は3
が1
より長く,5は1
や3
より短い傾向がある。逆U
字型効果は 様々な文脈で観察されている(Kuiper, 1981; Akrami, Hedlund, & Ekehammar, 2007; Brown, Marley,Donkin, & Heathcote, 2008; Mignault, Marley, & Chaudhuri, 2008)。
一方単純に評定カテゴリーのクリックを求める課題では,
V
字型のRTパターンとなる(3が短く,1
や5
は長い。図2
参照)。2.2 接線速度(軌跡の方向にそった速度)
接線速度(軌跡の方向にそった速度)を解析したところ,眼球運動におけるサッカードのような すばやい動き,すなわち弾道運動(Ballistic movement)が観察された(図
3)。この運動をストロー
クと呼ぶことにする(HCIでのsubmovement
に相当する)。この概念を用いると,カーソル軌跡 は複数のストロークと,ストローク間を連結する微細な運動が時間軸上で連結されたものとみなす ことができる。ストロークが大きく,かつ発生頻度が少ない場合,「決定に躊躇がなかった」と考図3 上はストローク数1,下はストローク数3の接線速度曲線。
横軸は時間,縦軸は接線速度。山の部分がストロークで ある。
えられ,またストローク数が逆
J
字効果に関連することが予想された(図5
も参照)。2.3 平均接線速度曲線
試行ごとに図
3
のような接線速度曲線が得られるわけだが,このような曲線の多数の平均をとる と,図4
のような滑らかな曲線が出現した。このようなベル型曲線は弾道運動の特徴であるから,平均弾道運動曲線が発見されたと言いたくなるが,元の曲線は図
3
のようなパルス形状であるから これは言いすぎとなる。図4
のような平均曲線が表現するのは単位時間当たりのパルス発生頻度で あると考えられる。2.4 接線速度の揺れ
図
4
のような平均弾道曲線は図3
のようなデータを平均したものだから,各時点における接線速 度の散らばりを求めることができる。この散らばりを軌跡変動指数(CV)と名づける。2.5 単純な回帰式による反応時間の説明
図
2
に見られるような逆J
字型RT
効果を説明するために,上記CV
を含む2
次回帰モデル 平均反応時間= −0.434+0.065×(質問の文字数)+0.285×(回答カテゴリー値)−0.072×(回答カテゴリー値の二乗)+1.359×CV を構成したところR=0.97を得た。ただし,この回帰式で逆
J
字効果を説明する成分は回答カテゴ リー値の2
次の項であり,その意味であまり面白い結果とは言えないかもしれない。この式の解釈 としては内的葛藤が軌跡振動を生起させ,説明力を上げるというものが考えられる。以上が椎名(2011, 2012, 2014)の概要である。
さて,平均反応時間を予測する変数としては他にも様々なものが考えられるが,Shiina(2014)
0 50 100 150 200 250 300 350 400
TIME (256 steps)
VELOCITY (dot/s)
category 1 (1.33s) category 2 (1.21s) category 3 (1.23s) category 4 (1.23s) category 5 (1.36s)
図4 接線速度の回答カテゴリーごとの平均曲線。
横軸は基準化された時間,縦軸は接線速度。
ベンチマーク課題。
では図
3
上で示したような単一ストロークの軌跡が多いと反応時間が短くなるという傾向が示唆さ れている。そこで,研究1
では接線速度曲線のストローク数とCV
で反応時間を説明できるかどう か,簡単な回帰式を用いて検討する。3 研究 1
様々な質問項目を
PC
上に提示し,5段階カテゴリー尺度を用いて評定させた。図1
左に示した フォームで中央に提示される「提示」ボックスをクリックすると刺激文が提示され,被検者は下部 の5
個の尺度値ボタンをクリックして評定判断を行った。その際に,反応時間と判断に至るまでの カーソル軌跡が記録された。評定の対象は表1
に示すような各種性格テスト,態度測定項目であっ た。被験者数は質問項目によって異なるが,70人から185
人である。3.1 結果
各課題・各カテゴリーごとの平均反応時間はすでに図
2
に示されている。次に,各接線速度曲線 から,Shiina(2011)の方法を用いてストローク数をカウントした。ストローク数の比率を,各回 答カテゴリーごとに示すと図5
のようになる。たとえば,回答カテゴリー1
に到着した軌跡の内,ストローク数が
1, 2, 3, 4, 5
であった場合の比率が,0.20,0.34, 0.30, 0.13, 0.02
であることを示し,またストローク数が
1
であった場合に選ばれたカテゴリーの比率が,カテゴリー1, 2, 3, 4, 5
の順に0.20, 0.17, 0.16, 0.21, 0.27
であることを示している。図5
で1
ストロークの比率がJ
字型,4
ストロー図5 選ばれたカテゴリーとストローク数の関係
クの比率が逆
J
字型を取るのが見て取れる。そもそも評定に要する時間は,a)課題を読み理解す るための時間(情報処理時間),b)意思決定するための時間(意思決定時間),c)カーソルを動 かして反応するための時間(カーソル移動時間),の3
成分から構成されるものと考えられる。問 題の読解と意思決定はこの順番で生起しその所要時間には加算性が成立するものと考えられるが,カーソルの移動は読解中あるいは意思決定中にも生起するであろうから,a)b)との加算性は必ず しも成立しないであろう。ここで
「質問を構成する文字数」を読解情報処理の「負荷」に関係する指標
「CV」 を情報処理あるいは意思決定の「ゆれ」の傾向を示す指標
「単一ストロークの比率」を意思決定における迷いの程度を反映する指標(1.2参照)
と考え,説明変数とすることにする。尚,「単一ストロークの比率」は元来「カーソル移動におけ る迷いの少なさの指標」であるが,さらに「意思決定における迷いの程度」を反映する変数と再解 釈したことになる。
上記の
3
変数を用いて,平均反応時間を予想する回帰式を構成すると平均反応時間= −0.47−3.46×(単一ストロークの比率)+0.076×(質問を構成する文字数)
+1.66×平均
CV
となり,R=0.95であり相当な説明力があるのが明らかになった。予想された平均反応時間を図
6
に示す。図6
は図2
の全曲線パターンを回帰分析で予測した結果であり,両者は類似しているとい えよう。3.2 考察
以上より,ストローク数は
CV
には反応時間を予測する能力があり,また心的迷いを予測する能 力があると言えるであろう。この傾向が図1
以外のフォーマットでも成立するかが今後の課題とな ろう。4 研究 2
4.1 目的
本研究では,反応カテゴリーの順番を変えた場合にもストロークの発生頻度と軌跡変動指数
(CV)が,反応時間のパターンを説明できるかどうかを記述統計学的に調べる。実験では,複雑な 認知プロセスが存在しないと考えられる,単純にカテゴリーのクリックを行う課題が用いられた。
Dotan & Dehaene(2013, 2016)も同様のパラダイムを用いている。
4.2 実験条件・被験者・手続き
図
1
右における反応カテゴリーが「12345」と配置された条件(順行条件),「54321」と配置され た条件(逆行条件),および「24153」,「35214」と配置されたもの(それぞれScrambled
第1
条件,第
2
条件)の4
条件で被験者内変数であった。被験者は大学生37
人。実験は被験者ペースで行われた。被験者が図
1
右のフォームの中心に置かれた「スタート」ボタ ンをクリックすると,ボタンが消去され,フォームの中央の表示ボックスに1
から5
までの数字が ランダムに提示され,被験者は,「提示されたのと同じ」カテゴリーボタンをクリックするように 求められ,最初と最後のクリック間のカーソル軌跡と時間が記録された。試行は各条件とも各数字図6 回帰分析で予想された平均反応時間。
図2と対照されるべき図である。
5
回ずつ,計25
回であった。被験者は4
条件とも参加した。4.3 結果
条件ごとの平均反応時間を図
7
に示す。単純にクリックを求める実験なので,過去の実験と同様V
字型の反応パターンになっている。Scrambled(まぜこぜ)条件の反応時間が長く,順行,逆行 条件間には特に差がない。本実験でのSNARC
効果はあるとしても小さいと思われる。接線速度曲線(図
3
に一例を挙げた)からストローク数をカウントした(Shiina, 2011)。ストロー ク数は1
から4
までのものがほとんどであった。平均反応時間をストローク数とCV
で予測する重 回帰式は平均反応時間= −.021×ストローク数
1
の頻度−.023×ストローク数
2
の頻度−.017×ストローク数3
の頻度−.018×ストローク数
4
の頻度+.70×平均CV+4.022
であり,重相関係数が
0.94
となって相当な説明力があることが明らかになった。5 まとめと展望
以上よりストロークの発生頻度と軌跡変動指数(CV)が重要な変数であることが確認できたと 言えよう。今後は他の反応フォーマットでの挙動,他の変数との関係を調べる必要があるだろう。
椎名の一連の研究はウェブ調査の基礎研究を直接目論んだものではなかったが,結果として カーソルの移動軌跡という所謂「パラデータ」(Couper,
2017; 松本,2017; 大隅・林・矢口・簑原,
2017)の性質を詳しく調べる実験的研究となっている。この 10
年ほどの間に,ウェブ調査やウェ図7 各条件,各カテゴリーごとの平均反応時間。
ブ実験が急激に普及したのは周知のとおりである。カーソル軌跡に注目した心理学や
HCI
の研究 は,これからはネット調査・ネット実験の基礎研究としての意味づけが重要なってくるだろうと予 想できる。付記
本研究は科研費(16H02050)の援助を受けた。
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