1.はじめに
我が国著作権法の定評ある英文訳1を見る と,第 26 条の3,即ち,著作者の「貸与権」2 は ,「Right of Lending」 と 訳 さ れ て い る 。 この英文のタイトルだけを見て,「日本法に は商業的貸与権はなく公貸権のみが規定され ている」と誤解する外国人関係者が極めて多 い。或いは,条文の内容をしっかり確認した うえ,「Right of Lendingではなく,Right of
Rentalと訳すべきではないか」と批判する
学者や関係者もいるように思う。この小文は,
貸与権の著作権法上の位置付け及び射程範囲 に関して我が国と諸外国とりわけ欧州共同体 諸国との間の違いを眺めながら,何故このよ うな誤解が関係者の間で生まれたのか,そし て貸与権の英文訳は本当に誤訳だったのかな ど,日頃貸与権についての雑感等をまとめた ものである。
2.日本法の場合
貸与権について我が国著作権法3には,二 通りの規定方法を見ることができる。一つに,
映画の著作物については,有償か無償かを問 わずその複製物の公衆への譲渡又は貸与をも 包摂する頒布(法2条1項 19 号)という上 位概念に基づき,頒布権という排他的権利を 付与している(法 26 条1項)。つまり,映画
の著作物についての貸与権は,頒布権に内包 されているということができる。二つに,映 画の著作物を除くすべての著作物については,
その複製物の貸与(法2条8項)により公衆 に提供することについて,著作者に貸与権と いう排他的権利を付与している(法 26 条の 3)。権利の客体によって法の規定振りが異 なっているものの,ここで注目すべき点は,
我が国著作権法において「貸与」というのは,
有償か無償かを問わない広範な概念である。
従って,例え営利を目的としない貸与(公貸 又は貸出)であっても,権利は一旦及ぶもの であろう。日常英会話の場合,「Lending」 若しくはその原形の「Lend」という語を使 う時には,有償か無償かを殆ど考えずにどち らに関しても言うことができよう。例えば,
「Banks are lending money and charging interest」または「I lend my bicycle to one of my classmates」というように,極めて自 然 に 使 わ れ て い る 。 そ う い う 意 味 で は ,
「Right of Lending」という英文訳は,我が 国著作権法の貸与権の内容をしっかり吟味し た上での産物だということができる。この時 点であえて「Right of Rental」としなかった
のは,「Rental」という語が予め無償の貸与
を除外してしまう恐れがあるからであろう。
一方,権利に対して制限も設けられている。
映画の著作物及びそれを除くすべての著作物 の営利を目的としない複製物の貸与について,
我が国著作権法は,やはり二通りの権利制限 を規定している。即ち,映画の著作物につい ては,権利者に対して相当な額の補償金を支
― 173―
「貸与権」(Right of Rental)雑感
増山 周
** 日本芸能実演家団体協議会,実演家著作隣 接権センター著作権法務室長。
払うことを条件に,その複製物の非営利目的 の貸与を認めている(法 38 条5項)。一方,
映画の著作物を除くすべての著作物について は,その複製物の非営利目的の貸与を認めな がらも,権利者への補償金に関する規定は設 けられていない(法 38 条4項)。言い換えれ ば,第 38 条4項の権利制限によって,第 26 条の3の貸与権の射程範囲は狭められた結果 となる。従って,我が国著作権法において貸 与権というのは,実際上は複製物の営利目的 の貸与にのみ働く権利であって4,いわゆる
(公貸権とも言われる)貸出権的な性質を有 するものではないということができよう。
3.貸与等に関する欧州共同体理事会 指令について
「貸与権及び貸出権並びに知的所有権分野 における著作権に関連する特定の権利に関す る 1992 年 11 月 19 日 の 理 事 会 指 令5」( 以 下
「貸与権指令」という)において,貸与権
(Right of Rental) 及 び 貸 出 権 (Right of
Lending)は,それぞれ独立の権利として設
けられている(第1条1項)6。貸与及び貸出 に関する定義規定は,それぞれ第1条2項及 び 3 項 で あ る 。 そ れ に よ る と ,「 貸 与
(Rental)」とは,直接または間接の経済的ま たは商業的利益を目的として,限定的な期間,
使用に供することであって,「貸出(Lending)」 とは,公共の施設を通して,直接または間接 の商業的利益を目的とせず,限定的な期間,
使用に供することをいう。貸与権及び貸出権 は,著作物の原作品及び複製物等の販売その 他頒布行為によって消尽しないものである
(第1条4項)。この時点で,「貸与(Rental)」 と「貸出(Lending)」は,すでに別々の概 念として定着していると言うことができる。
なお,貸出権(貸与権ではないことにご注意 下さい)に関して加盟国には,著作者が報酬 を受けることを条件に,権利制限を設けるこ とも認められている(第5条)。従って,貸
与権指令は,貸与及び貸出の行為を頒布から 切り離し,独立の権利を付与するアプローチ を取っていると言えよう。我が国著作権法の ように,映画の著作物の複製物については頒 布権に内包され,それ以外すべての著作物の 複製物については,実質上営利目的の貸与に のみ働く貸与権を付与するといったアプロー チとは,明らかに権利の位置付けが異なって いる。また,我が国著作権法が著作物の複製 物のみを貸与の客体(映画の著作物に限って その複製物を貸出の客体)としているのに比 べ,貸与権指令は,それに止まらずに著作物 の原作品をも貸与及び貸出の客体としている ため,射程範囲がより広いと言うことができ る。
これで分かるように,現在欧州共同体諸国
では,「Rental」といえば商業的または営利
的貸与のことを,そして「Lending」といえ ば非商業的または非営利的貸出のことを意味 するようになった。このような傾向は,後に 作成された著作権関連の国際新条約等におい てもよく見られているのである。
4.TRIPS協定の関連条文
平成7年(1994 年)1月1日に発効した
TRIPS協定7は,少なくともコンピュータ・
プログラム及び映画の著作物それにレコード の商業的貸与について,著作者らに対し排他 的権利としての貸与権(Right of Rental)を 付与している。商業的貸与の客体は,原作品 及び複製物の両方である。ただし,その商業 的貸与が著作者らに与えられる排他的複製権 を著しく侵害していない場合には,各締約国 は,著作者らに対し貸与権を付与しなくても いいとされている(第 11 条及び第 14 条4項)。 なお,非商業的または非営利的貸出について
は,TRIPS協定では何ら規定を設けられてい
ない。ここでも,「Rental」という語は,専 ら商業的または営利的貸与のことを意味する ようになっている。
― 174―
5.WIPO著作権条約(WCT)及び WIPO実演・レコード条約(WPPT)
平成8年(1996 年)12 月 20 日に採択され たWIPO著作権条約(WCT)及びWIPO実 演・レコード条約(WPPT)8は,基本的には TRIPS協定とほぼ同内容の貸与権(Right of
Rental)を著作者らに付与している(WCT
第7条,WPPT第9条及び第 13 条)。ただ,
商業的貸与の客体には,コンピュータ・プロ グラム及び映画の著作物のほか9,締約国の 国内法が定めるレコードに固定された著作物 も加えられている。なお,非商業的または非 営利的貸出については,TRIPS協定同様に何 の規定も設けられていない。以上で見られる よ う に ,W C T及 びW P P Tに お い て も
「Rental」という語は,やはり主に商業的ま
たは営利的貸与のことを意味する。
6.おわりに
言葉は,時代と共に意味を変化するもので ある。古代中国には,易学の思想に基づいて 動物や色等を使って方向や季節等を表す慣習 があった。「青龍」と「白虎」は東と西を,
そして「朱雀」と「玄武」は南と北の方向を 表すほか,青は春を,それに白は秋をと,そ れぞれの季節を表すものである。例えば,そ こから生まれてきた「青春」という言葉は,
我が国にも伝わってきて,本来は春の季節を 意味するものの,いまでは専ら人生における 若い時代の意として用いられている。このよ うな言葉の意味合いの変化は,国際社会にお いても一般的によく見られる現象であって,
それ故,時代と共に条約や法律条文等の定義 と解釈を巡ってはそれぞれの見解(誤解も含 めて)が生まれるわけであろう。
我が国著作権法の「貸与権」を「Right of
Lending」と英文訳しているのは,決して誤
訳ではない。我が国の立法内容と英語の表現
をよく吟味し丁寧に翻訳作業を行った結果で ある。つまり,我が国著作権法において「貸 与」という語は,有償と無償の両方を含む意 味合いで用いられており,従来これとほぼ同 等の意味合いを持つ英語の「Lending」とい う語が翻訳に使われたのである。これに対し,
今日の国際社会では,著作物等の利用につい て「貸与(Rental)」と「貸出(Lending)」
とを分けて立法についての検討を行うことが 一つの流れとして定着しつつあるようにも思 う。諸外国の専門家や関係者に我が国著作権 法の内容をよりよく理解してもらうためには,
「貸与権」の英文訳を現在の「Right of Lend- ing」 か ら 「Right of Lending and Rental」 に変更することが一つ具体的な選択肢となろ う。検討に値すると考える。
注
1 “Copyright Law of Japan”, December 2003, Copyright Research and Information Center (CRIC). 同英訳全文は,世界知的所 有権機関(WIPO)のホームページにも掲載 されている。
2 実演家とレコード製作者の「貸与権等」は,
それぞれ第 95条の3及び第 97条の3に規定 されている。本稿は,記述の都合上,著作者 の「貸与権」のみを取り上げる。
3 昭和 59年(1984年)5月 25日法律第 46号 による改正。
4 複製物のうち,書籍と雑誌の貸与(レンタ ル)については,附則4条の2の暫定措置に よって第 26条の3の規定が長い間適用除外 されてきたが,平成 16年1月文化審議会著 作権分科会報告書(75頁)によると,当該暫 定措置の廃止が適当である結論が得られたよ うである。
5 COUNCIL DIRECTIVE of 19November 1992on rental right and lending right and on certain rights related to copyright in the field of intellectual property (92/100/EEC).
6 同貸与権及び貸出権は,著作物の原作品及 び複製物については著作者に,実演の固定物 及びレコードについてはそれぞれ実演家とレ コード製作者に,映画の原作品及び複製物に ついては,映画の最初の固定物の製作者に対 して付与されている。
7 Agreement on Trade-Related Aspects of
― 175―
Intellectual Property Rights
8 WIPO Copyright Treaty WIPO( 2002年 3 月 6日 発 効 ) 及 びWIPO Performances and Phonograms Treaty(2002年 5月 20日発効)。
我が国は既に両方とも批准している。
9 WPPTについては,レコードに固定された 実演の原作品または複製物及びレコードの原 作品または複製物が商業的貸与の客体とされ ている。
― 176―