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安保新時代における「尖閣問題」の政策課題 : 新 ガイドラインを中心に

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安保新時代における「尖閣問題」の政策課題 : 新 ガイドラインを中心に

著者 笘米地 真理

出版者 法政大学大学院

雑誌名 大学院紀要 = Bulletin of graduate studies

巻 76

ページ 91‑109

発行年 2016‑03‑31

URL http://doi.org/10.15002/00012807

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安保新時代における「尖閣問題」の政策課題

新ガイドラインを中心に

         公共政策研究科 公共政策学専攻 博士後期課程 2 年 

笘米地 真理

要 約

2015427日、日米安全保障協議委員会において新たな「日米防衛協力のための指針」(以下、新ガイ ドラインまたは新指針)が承認された。翌日の新聞各紙はガイドライン改定を1面に大きく掲載し、尖閣有事 の際に自衛隊を米軍が支援するとのトーンの報道が目に付いた。本稿では、新ガイドラインと1997年に改定 された「日米防衛協力のための指針」(以下、97年ガイドラインまたは97年指針)の島嶼防衛に関連する部 分を比較し、また尖閣諸島に対する政策の経緯を検証することで、アメリカ合衆国(以下、米国)が尖閣防衛 への関与を強めたものであるか否かを明らかにする。結論としては、新ガイドラインの文言上は、米国が尖閣 防衛への関与を従来よりも強めたとはいえないとするが、それをふまえたうえで、尖閣諸島問題を解決する方 策も提起したい。

 キーワード:ガイドライン、島嶼防衛、尖閣諸島、「中立政策」、主権

はじめに

2015919日未明、参議院本会議において、いわゆる安保関連法案1が可決・成立した。

 中華人民共和国(以下、中国)、インド共和国などのさらなる発展にともなう米国の影響力の相対的な低下 に起因するパワーバランスの変化、純然たる有事でも平時でもないグレーゾーン事態の増加傾向、公海の自由 の侵害、テロなど正規軍によらない非対称型戦争への移行、さらに、宇宙空間・サイバー空間の安定的利用の 確保が重要課題になるなど2、わが国を取り巻く安全保障環境が変容する中、201471日、安倍晋三内閣は、

閣議決定により従来の憲法解釈を変更し、限定的な集団的自衛権の行使を容認した。「わが国に対する武力攻 撃が発生した場合のみならず、わが国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生し、これによりわが国 の存立が脅かされ、国民の生命、自由および幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある場合におい て、これを排除し、わが国の存立を全うし、国民を守るために他に手段がないときに、必要最小限度の実力を 行使することは、従来の政府見解の基本的な論理に基づく自衛のための措置として、憲法上許容されるべきで あると判断するに至った3」との認識を示した。

 安保関連法案はこの閣議決定を立法化したものであるが、同法案が国会に提出4される前の2015427日、

ニューヨークにおいて、日米安全保障協議委員会(SCC、「22」閣僚会合)が開催され、新たな「日米防衛 協力のための指針」が承認された。日本側からは岸田文雄外務大臣および中谷元防衛大臣が、米側からはジョ ン・F・ケリー(John F. Kerry)国務長官およびアシュトン・カーター(Ashton Carter)国防長官が出席して行 われたこの閣僚会合で決定された新ガイドラインこそが、安保関連法案によって法的に行使が可能となった限 定的な集団的自衛権に基づいた日米協力を先取りした合意文書である。

 ガイドラインは197811月に初めて日米間で了承され、19979月に見直された。その97年ガイドライ ンに代わる文書が新ガイドラインであり、「地球規模での対米協力5」を具体化した内容である。

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 これまでわが国は、「相手から武力攻撃を受けたときにはじめて防衛力を行使し、その様態も自衛のための 必要最小限にとどめ、また、保持する防衛力も自衛のための最小限のものに限るなど、憲法の精神に則った受 動的な防衛戦略」すなわち「専守防衛に徹し、他国に脅威を与えるような軍事大国とならないとの基本理念に 従」ってきた6。しかし、限定的とはいえ集団的自衛権を行使し、地球規模で自衛隊が米軍と共同作戦を実施 することは、本来、憲法改正によってのみ可能とすべき根幹理念の大転換である。わが国に対する脅威に対処 するうえで、従来、「矛(米軍)と盾(自衛隊)」に例えられてきた日米の役割分担7が変容し、自衛隊が盾だ けでなく矛にもなりうる「双務的」な関係に近づく「安保新時代」とも呼ぶべき事態となったのである。

 本稿では、安保新時代における「尖閣問題」の位相を、新ガイドラインの内容を中心に検証する。具体的に は、新指針と97年指針の島嶼防衛に関する部分を比較し、また尖閣諸島8に対する米国の政策を分析するこ とで、米国が尖閣防衛への関与を強めたものであるか否かを明らかにする。結論としては、新ガイドラインの 文言上は、米国が尖閣防衛への関与を従来よりも強めたとはいえないとするが、それをふまえたうえで、尖閣 諸島問題を解決する方策も提起したい。

第 1 章 ガイドラインにおける日米の役割分担

1.1 盛り込まれた「島嶼防衛」と「中立政策」の矛盾

2015428日の新聞各紙は、ガイドライン改定を大きく報道し、「中国の海洋進出に伴い強化が必要と なっている島嶼防衛で米軍の関与を明記した9」ことにより、「日米、対中抑止狙う 指針で『尖閣』防衛明確 10」等の見出しが目に付いた。

 新指針で新たに「島嶼防衛」が明記されたとされる「陸上攻撃に対処するための作戦」とそれに該当する 97年指針の「日本に対する着上陸侵攻に対処するための作戦」を比較すれば、新指針は「自衛隊は、島嶼に 対するものを含む陸上攻撃を阻止し、排除するための作戦を主体的に実施する」であり、97年指針では「自 衛隊は、日本に対する着上陸侵攻を阻止し排除するための作戦を主体的に実施する」となっており、確かに島 嶼防衛が明記されている。しかし、いずれも、自衛隊は「作戦を主体的に実施する」とある一方で、米軍は「自 衛隊の作戦を支援し及び補完するための作戦を実施する」(新指針)、「主として自衛隊の能力を補完するため の作戦を実施する」(97年指針)とあり、自衛隊を「補完するための作戦を実施する」と明記されている。「島 嶼」という言葉が記述されたことは事実だが、「作戦を主体的に実施する」のは自衛隊で、「補完するための作 戦を実施する」のが米軍という役割分担に変化はない。果たして、これで米軍が島嶼防衛に実質的な関与を強 めたといえるのだろうか。

 新ガイドラインにおいて自衛隊と米軍の役割分担に変化がなかった原因は、尖閣諸島が「日米安全保障条 約第5条の下でのコミットメントの範囲に含まれる11」と22閣僚会合で確認されながらも、その領有権に ついては「中立」の立場をとっている米国の政策に変化がないことにあるというのが筆者の仮説である。すな わち、「アメリカ政府は、同盟国が主張している領有権を自国としては認めてすらいない領域の防衛を支援す ることについて――さらにはそのために死者がでるかもしれないことについて――自国民と彼らの選んだ議会 にどう説明するのかという問題を抱えている12」という矛盾があると考えられるのではないか。

 まず、先行研究を概観し、さらに詳細に論じたい。

1.2 先行研究

 新指針が承認されたのは20154月であり、そもそも、新指針において米軍が尖閣防衛に関与を強めたか 否かを米国の領土政策の変遷等の背景と関連づけて検証した学術論文は管見の限りない。先行研究は、日米協 力を強化して中国等に対抗すべしとの立場から新指針を評価する内容と、反対に憲法9条の理念に則り日米協 力をこれ以上強化する必要はないとの観点から新指針に否定的な研究におおむね大別できる。

 新指針に関する先行研究から、特に「日本に対する武力攻撃が発生した場合」の「作戦構想」における米軍 の関与についての記述を以下、新指針を評価している順に紹介したい。

 川上高司は、米軍の関与についての具体的な文言には触れずに「島嶼防衛について米軍の関与が明記されま

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した」「東シナ海におけるアメリカの関与の確約を日本はとったということです」と指針を高く評価している13  能勢伸之は、米軍の「支援・補完」という記述が陸上攻撃対処だけでなく、海域防衛、空域防衛、弾道ミサ イル攻撃対処等でも、同様に表記されているという事実は指摘しているが、それが米軍の関与を弱めたとも強 めたとも評価していない14

 坂本正弘は、「島嶼防衛などでの自衛隊の主導性の高まりは同盟範囲の縮小と言える」としながらも、「後方 支援、集団的自衛権の適用など、同盟の拡大と言える」と述べ、「同盟の拡大」を評価している15

 福好昌治は、「米軍の関与は後退している」と指摘し、空域および海域を防衛するための作戦から、米軍が「打 撃力の使用を伴うような作戦を含め(中略)、作戦を実施することができる」が削除されたことを例に挙げて いる。さらに、新指針の「作戦構想」に新たに加わった「領域横断的な作戦」には、「米軍は、自衛隊を支援 し及び補完するため、打撃力の使用を伴う作戦を実施することができる」と記述されていることについて、「領 域横断的な作戦とは、陸、海、空、宇宙、サイバー空間という五つの領域にまたがる作戦、つまり大規模な武 力攻撃が発生した事態」を指すとして、このような「大規模な武力攻撃に発展するまでは、米軍は日本防衛に 関与したくないようだ。尖閣問題を巡って日中両国が対立を深めている状況下において、米軍は余計な紛争に 巻き込まれたくないのだろう」と分析している16

 浅井一男および等雄一郎は、米国の日本防衛への関与が後退しているとの指摘を紹介するとともに、同時に 米国の関与の信頼性が高まったとの見解も紹介している17

 梅林宏道は、「島嶼を強調して明記した。自衛隊が主となる作戦であるが、米軍の支援が行われる」と指摘 している18

 倉持孝司は、「日本の『軍事大国化』が『対米従属−日米同盟の枠内で、日米同盟を強化する方向』で追及 されている」としているが、米軍の関与については触れていない19

97年のガイドライン改定に関わり、防衛担当の内閣官房副長官補を務めた柳澤協二は、「アメリカのコミッ トメントはなんら具体的になっていない」「日本側は、アメリカから具体的保障は何も得られなかった」等と 厳しい評価を下している20

 日本防衛に関する米軍の関与については福好が詳細に論じているが、先述したように、米国の「中立政策」

の観点から尖閣防衛への米軍の関与を論じた先行研究はないように思われる。したがって、本稿では、関連す る文献を調査し、尖閣防衛に関する米国の政策の変容を分析することを通して、尖閣「国有化」以降の状況を 政策的に解決する方策を提起するものとする。

1.3 「陸上攻撃に対処するための作戦」の新旧比較

 新ガイドライン日本語全文はA4サイズ横書きで18頁あり、下記表1の左にある通り8章構成である21。他 方、97年ガイドラインは、表1右の7章から構成されていた22。新ガイドラインの新たな章立てとして「強 化された同盟内の調整」があり、「日本の平和及び安全の切れ目のない確保」を謳い、「周辺事態の協力」から

「グローバルな平和と安全のための協力」を目指し、「宇宙及びサイバー空間に関する協力」を新規に定めた。

2015 4 97 1997 9

表 1

新旧ガイドラインを元に筆者作成

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 新指針で島嶼防衛が盛り込まれた「Ⅳ.日本の平和及び安全の切れ目のない確保」の中にある項目「2.日 本に対する武力攻撃が発生した場合」の「b.作戦構想」の「ⅳ.陸上攻撃に対処するための作戦」と、97 指針でそれに該当する「IV.日本に対する武力攻撃に際しての対処行動等」の中にある「2 日本に対する武力 攻撃がなされた場合」の「(2)作戦構想」の「(ハ)日本に対する着上陸侵攻に対処するための作戦」を並べ て比較すると下記表2の通りである。

 下線部分は新指針で新たに盛り込まれた内容である。

1.4 自衛隊と米軍の役割分担は不変

 上記、「作戦構想」の新指針における「陸上攻撃に対処するための作戦」と97年指針の「日本に対する着上 陸侵攻に対処するための作戦」の第1段落は、ほぼ同じ内容だが、新指針には「陸、海、空又は水陸両用部隊 を用いて」が明記された。西部方面普通科連隊および新編される水陸機動団の使用を想定していると思われる。

これらの部隊は、日本版海兵隊とも呼ばれ、水陸両用作戦を担う。同連隊は、米軍と共に海外で離島防衛を想 定した訓練を行っている23

 新指針の第2段落は、97年指針にはなかった「島嶼に対するものを含む」が明記された。さらに「自衛隊 は島嶼を奪回するための作戦を実施する」「これに限られない必要な行動をとる」と、着上陸侵攻を阻止し排 除するだけでなく、島嶼奪回作戦の実施と行動が盛り込まれた。しかし、これらの作戦は自衛隊が「主体的に 実施する」ものである。

 新指針の第3段落は、自衛隊が「特殊作戦部隊による攻撃等の不正規型の攻撃を主体的に撃破する」とあり、

漁民に偽装した特殊部隊が尖閣諸島などを占拠するケースも念頭に置いている24とも解釈できる文言が新た に記述された。しかし、97年指針においても、「()その他の脅威への対応」に「自衛隊は、ゲリラ・コマ ンドウ攻撃等日本領域に軍事力を潜入させて行う不正規型の攻撃を極力早期に阻止し排除するための作戦を主

表 1

新旧ガイドラインを元に筆者作成 表 2

新旧ガイドラインを元に筆者作成

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体的に実施する」との記述があった。

 第4段落は、米軍の役割に関する記述で、「自衛隊の作戦の支援」と「補完するための作戦を実施」という 米軍の役割は変わっていない。むしろ、97年指針にはあった「極力早期に兵力を来援させ」という部分が削 除されており、米軍の関与が後退したと受け取れないこともない。

 新指針には、97年指針にはなかった「島嶼を奪回」は盛り込まれたが、それらを含む全ての作戦は自衛隊 が「主体的」に実施し、米軍は「支援し及び補完する作戦を実施する」という役割分担そのものは変化してい ないのである。

 実は、「島嶼防衛」については、200510月に日米安全保障協議委員会が発出した成果文書「日米同盟未 来のための変革と再編」の中にも記述があった。同文書では、互いの役割・任務が規定され、日本の役割とし て「島嶼部への侵略」の「対処」があった。該当文章の日本語仮訳と英文は、以下の通りである。

 「日本は、弾道ミサイル攻撃やゲリラ、特殊部隊による攻撃、島嶼部への侵略といった、新たな脅威や多様 な事態への対処を含めて、自らを防衛し、周辺事態に対応する25

 「Japan will defend itself and respond to situations in areas surrounding Japan, including addressing new threats and diverse contingencies such as ballistic missile attacks, attacks by guerilla and special forces, and invasion of remote islands.26

 つまり、「島嶼防衛」は、新指針で初めて明記された訳ではなく、10年前の日米合意文書にも記述され、日 本が「自らを防衛」するとなっていたのである。

 さらに「作戦構想」全般に関しては、先行研究の節でも述べたが、福好が指摘しているように、新指針の「空 域」「海域」の防衛および「弾道ミサイル攻撃に対処するための」の作戦から、97年指針にはあった米軍によ る「打撃力」の使用を伴うような作戦という文言が削除されている。具体的には、97年指針にはあった「打 撃力の使用を伴うような作戦を含め、自衛隊の能力を補完するための作戦を実施する」が新指針の「空域を防 衛するための作戦」からは削除され、「機動打撃力の使用を伴うような作戦を含め、自衛隊の能力を補完する ための作戦を実施する」が新指針の「海域を防衛するための作戦」にはなく、「必要に応じ、打撃力を有する 部隊の使用を考慮する」という文言も新指針の「弾道ミサイル攻撃に対処するための作戦」には入っていない。

 一方で、新指針の「作戦構想」に新たに加わった「領域横断的な作戦」には、「米軍は、自衛隊を支援し及 び補完するため、打撃力の使用を伴う作戦を実施することができる」と記述されている。ガイドラインの文言 からのみ米国側の意図を読み解くことは困難だが、97年改定の際には、「空域」や「海域」のみの防衛であっ ても、長距離爆撃機や空母打撃群の使用も考慮する27「打撃力の使用を伴う作戦を含め」、「自衛隊の能力を補 完するための作戦を実施する」としていた約束が、大規模侵攻に対応する「領域横断的な作戦」でのみ適用さ れることになったことは、米国の関与が後退したと受け止めざるを得ない。

 ところで、英文では自衛隊の役割を「The Self-Defense Forces will have primary responsibility」としており、本 来は「自衛隊は第一義的責任4 4を有する」と訳すべきであろう。「だがそれを明確に日本国民に示すと『ではな ぜ米軍を駐留させ、経費の大部分を日本が負担しているのか』との疑問が当然出るから、邦訳では自衛隊がそ れらの作戦を『主体的に実施する』と訳してごまかした。この一義的責任条項は防衛官僚の間でも問題視する 声があった28」と田岡俊次は指摘している。

 尖閣有事に適用される「陸上攻撃に対処するための作戦」における米軍の役割が「支援」および「補完」を 超える表現に格上げされるか否かが今回の改定の最大の焦点であると筆者は注視してきたが、自衛隊が主体で

primary responsibility(第一義的責任)」を負い、米軍は「支援・補完」という構造に変化はなく、尖閣防衛に

関して米軍が関与を強めたとは言えないと考えられる。

第 2 章 米国の「中立政策」と安保条約第 5 条

2.1 新ガイドラインは中国を狙っているのか?

20154月のガイドライン改定については、「対中国連携アピール」(朝日新聞)、「中国抑止 切れ目なく」(読 売新聞)、「中国けん制 日米結束」(毎日新聞)、「日米、対中抑止狙う」(日本経済新聞)、「自衛隊南シナ海

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も視野」(東京新聞)などの同年428日付け各紙朝刊の見出しに見られるように、海洋進出を強める中国に 対する抑止力を高めることが狙いだとのトーンで報道されている。

 さらに、新ガイドラインと同時に発表された「日米安全保障協議委員会共同発表 変化する安全保障環境の ためのより力強い同盟」(以下、共同発表)には「尖閣諸島が日本の施政の下にある領域であり、したがって 日米安全保障条約第5条の下でのコミットメントの範囲に含まれること、及び同諸島に対する日本の施政を損 なおうとするいかなる一方的な行動にも反対することを再確認した29」という一文が盛り込まれた。

 しかし、「共同発表」を公表した共同記者会見で、カーター国防長官は、記者の質問に答えて「中国を狙っ たものではない30」と回答している。

 カーター発言は外交儀礼だとしても、中国外交部の洪磊報道官は、428日の会見で記者の質問に答え、「米 国側は『指針』の発表の前に中国側に対して通知した。中国側は米側に対して釣魚島(引用者注:尖閣諸島)

等についての厳正な立場を重ねた表明した31」と述べた。

 東京新聞論説委員兼編集委員の半田滋は、「空域防衛、弾道ミサイル対処、海域防衛、陸上攻撃の4項目に ついて、『米軍は、自衛隊の作戦を支援しおよび補完するための作戦を実施する』とあり、控えめな関与にと どまる表現となった」などと具体例をあげ、「1997年の旧指針と比べ、日本への武力攻撃対処について、米軍 の行動が具体性に欠け、関与を弱める記述になっている」とし、米国が中国に事前通知した事実にも触れ、「尖 閣諸島をめぐる日本と中国との問題に対する米国の慎重な姿勢がうかがえる」と指摘している32

2.2 大統領による安保適用の明言でも変わらない「中立政策」

 「日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約」(以下、安保条約)第5条は以下のように定 めている。

 「各締約国は、日本国の施政の下にある領域における、いずれか一方に対する武力攻撃が、自国の平和及び 安全を危うくするものであることを認め、自国の憲法上の規定及び手続に従って共通の危険に対処するように 行動することを宣言する33」。

20144月、バラク・H・オバマ(Barack H. Obama, Jr.)米国大統領が来日し、424日、安倍首相との首 脳 会 談 後、共 同 記 者 会 見が実 施さ れ た。日 本で は、オ バ マ が「Article 5 covers all territories under Japan s administration, including the Senkaku Islands34.(「(引用者注:安保条約)第5条は尖閣諸島を含む日本の施政下 にあるすべての領域に適用される」と明言したことが大きく報道された。しかし、そのあとのくだりで、米国 の立場は新しいものではなく、米国は尖閣諸島の領有権に関する最終的な決定については特定の立場を取って いない旨を述べている35。また、オバマは、この問題を平和的に解決すること、つまり状況を悪化させること なく、大げさな表現は使わず、挑発的行動を取らず、日本と中国が協力できる方法を見つけることが重要であ るとし、特に、米国は中国と強固な関係にあり、中国はこの地域のみならず、世界にとって大変重要な国であ ると強調した。さらに、この問題をめぐって、日中間で対話と信頼構築ではなく、事態を悪化させる行為を続 けることは重大な誤りだとも述べたが36、これらのオバマの発言が報道されることは少なく、「尖閣に安保適用」

と大統領が明言したことが喧伝された37

 読売新聞をはじめ多くの主要メディアは、オバマが安倍首相に「事態がエスカレートし続けるのは正しくな4 4 4 4 4 38」と述べたと報道していたが、朝日新聞と共同通信は「この問題がエスカレートし続けるのは大きな過ち4 4 4 4 4 4 39」とオバマが述べたと伝えていた。オバマ大統領が会見で発した言葉は、ホワイトハウスの発表によれば

a profound mistake」である。正確に訳すと、「深刻な過ち」とか「重大な誤り」という表現になるはずである。

2.3 米国による「中立政策」の起源

 尖閣諸島の領有権に関する米国の「中立の立場」は、「琉球諸島及び大東諸島に関する日本国とアメリカ合 衆国との間の協定」(以下、沖縄返還協定)が調印された1971617日、米国務省のチャールズ・W・ブ

レイ(Charles W. Bray Ⅲ)報道官が「米国政府は、尖閣列島の主権について中国政府(引用者注:台湾の中華

民国政府のこと。北京の中華人民共和国政府ではない)と日本との間に対立があることを承知している。米国 はこれらの島々の施政権を日本に返還することは、中国の根元的な主張をそこなうものではないと信ずる40

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と表明して以来、一貫したものである41

 ロバート・D・エルドリッヂ(Robert D.Eldridge)によれば、米国が中立政策を続ける意向を初めて明確に 述べ た の は、1970227日の国 務 省 東ア ジ ア太 平 洋 局の ハ ワ ー ド・M・マ ク エ ル ロ イ(Howard M.

McElroy)日本部員からチャールズ・A・シュミッツ(Charles A. Schmitz)国務省法務官宛ての書簡だという。

マクエルロイは以前海兵隊にいたことがあり、日本での勤務経験もあった。シュミッツは、リチャード・L スナイダー(Richard L. Sneider)駐日首席公使の下で沖縄返還交渉の実務的な責任者となる。マクエルロイの 書簡の中には、沖縄返還協定の草案に対する日本部の見解が示された箇所があり、「第一条:対日講話条約第 三条で使用された記述に従うことが好ましい。ただし、尖閣問題への言及はさけることとする42」とあった43 同年98日、東郷文彦外務省アメリカ局長は、スナイダー公使に対して、日本政府の考えとして、アメリカ 政府が「公式」の声明を出して、尖閣諸島が琉球の一部であり、返還時の琉球の範囲に含まれると表明するよ う、アメリカに求めることを検討中だと伝えた。しかし、スナイダーはなおも、アメリカ政府としては、「公 式な声明を出したり、尖閣をめぐる争いに巻き込まれたりすることは望んでいない」と念を押した44  その2日後の910日、ロバート・J・マクロスキー(Robert J. McCloskey)米国務省報道官は、「もし、尖 閣諸島に対する主権の所在をめぐる紛争が生じた場合米国はいかなる立場をとるのであるか」との質問を受け、

「主権の対立がある場合には、右は関係当事者間で解決さるべき事柄であると考える」と答えた45。マクロス キ ー発 言の一 部で あ る「States Department spokesman Robert McCloskey stated on September 10,1970, that the United States would remain neutral.」(国務省マクロスキー報道官は1970910日に、国務省は中立を保つと 言明しました)は、中国側の領有権を示す根拠として『米上院沖縄公聴会の記録(Okinawa Reversion Treaty, Hearings before the Committee on Foreign Relations United States Senate)』に掲載されている46。論文「尖閣列島 と日本の領有権」の中では、「戦後尖閣列島に対して施政権を行使してきたアメリカは、(中略)尖閣列島をめ ぐる領有権間題については中立・不介入の立場をとることを再三表明している(1970910日、国務省報 道官マクロスキー談話、および1971617日ブレイ国務省報道官声明など)47」と述べられている。

 在米華人たちは、このマクロスキーの発言を1971523日付の『ニューヨーク・タイムズ(The New

York Times)』)に、「ニクソン大統領および米国議会議員諸氏への公開状『保衛釣魚台』( An open letter to

President Nixon and members of the Congress )」として掲載した。実質的には意見広告ともいえるその内容は、

同年10月の米上院外交委員会での沖縄返還協定公聴会にも討議用参考資料として提出され、後日、上述した『米 上院沖縄公聴会の記録』にも記録されることになった48

 米国は、その後も折に触れて、尖閣諸島の領有権については、最終的に判断する立場にはなく、領有権をめ ぐる対立が存在するならば、関係当事者間の平和的な解決を期待するとの中立的な立場を示している。2014 4月には、来日したオバマ大統領も同様の見解を述べたことは既述した通りである。

2.4 「中立政策」は意図的な戦略なのか

 日本の「領土問題」に関しては、尖閣諸島の他にも、北方領土や竹島問題でも、その当事国の他に米国の影 響が大きいのである。この米国の「中立的な」対応は、松本俊一が指摘した1955年の「ダレスの恫喝49」に 通ずるものがあると筆者は考える。北方領土交渉における「ダレスの恫喝」については、日本とソ連との間に 解決できない問題を残すために米国が意図的に行ったという説が根強い50

 尖閣諸島をめぐる米国の「中立的な立場」についても、同じような議論がある。

 たとえば、「尖閣諸島の領有権問題で『中立の立場』を採るという米国の『あいまい』戦略は、日中間に領 土問題という絶えざる紛争の火種を残し、米軍のプレゼンスを正当化するという意味において、いわゆる『オ フショアー・バランシング(offshore balancing)』戦略の一つの典型例と言える51」と、豊下楢彦は指摘している。

同様に、原貴美恵も、「日中間、とりわけ沖縄近辺に領土係争が存在すれば、『日本の防衛』のための米軍駐留 はより正当化される52」としている。

 また、新崎盛暉は、「アメリカは、沖縄返還以来、二つの中国への配慮や、日中間に紛争の種を残したほう が沖縄の米軍基地維持に役立つ等の思惑から、尖閣諸島は『日本国の施政の下にある領域』として安保条約の 適用地域ではあるが、領有権問題については、中立との立場をとり続けている53」としている。

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 これに対して、孫崎享は、「どんな国にも国境をめぐる対立や紛争はあります。しかし、日本ほど、その解 決に向けて政府が動けない国はありません。それは米国に意図的にしくまれている面があるからです54」と述 べている。

 上記で述べたように、尖閣諸島をめぐる「中立政策」は米国の意図的な戦略だとの主張が多い。しかしなが ら、米国連邦議会上院の沖縄返還公聴会の記録や国務省の文献集、『蔣介石日記』などから、米国が「主権

sovereignty)」と「施政権(administration)」とを区別して「中立の立場」を採った背景を調べた矢吹晋は、「尖

閣諸島を含めて沖縄全体を日本に返還する」「但し返還は施政権のみ。領有権ではない」という米国の立場を リチャード・M・ニクソン(Richard M. Nixon)大統領が決断したのは沖縄返還協定調印の10日前だったと指 摘している55。そして、それは「最初から意図した陰謀というよりは、苦し紛れの方便から生まれた窮余の一 策にすぎないことは経過を見れば分かる56」と主張している。

 繊維交渉57担当で台湾を訪問したデヴィッド・M・ケネディ(David M. Kennedy)特使(前財務長官)が、

蔣介石総統と次期総統の蔣経国から「沖縄返還の際、尖閣諸島を返還せず、そのままアメリカの施政権下に置 くなら、繊維交渉で妥協してもいい58」との極秘提案を受けたことから、197167日、ニクソンとヘン リー・A・キッシンジャー(Henry A. Kissinger)、国家安全保障問題担当大統領補佐官とピーター・G・ピータ

ーソン(Peter G. Peterson)大統領補佐官(国際経済担当)の三者会談が行われ、尖閣の日本への返還を延期す

るか、または完全に否定するという蒋介石と蒋経国の要請は、ホワイトハウスによって拒否された59。しかし、

結果的には、先にも述べたように、沖縄返還協定が調印された同年617日、ブレイ報道官は記者会見で「米国 はこれらの島々の施政権を日本に返還することは、中国の根元的な主張をそこなうものではないと信ずる60 と発言した。「米国は事実上、蔣経国の要求を受け入れたのだ61」と春名幹男は述べている。

 米国の「あいまい」戦略を、「オフショアー・バランシング」戦略の一つの典型例と分析する豊下は、それ を裏づける公文書や文献等を示してはいない。それに対して、矢吹は、米国の公文書や『蔣介石日記』を引用 しながら、米国の「施政権と主権の分離論」が「意図した陰謀」ではなく「窮余の一策」であったと論証して いる。その根拠として、中華民国の駐米大使周書楷が1971412日にニクソンを訪ねて離任の挨拶を行っ たことを矢吹は指摘している。周大使は、尖閣問題について、もし米国が国民党政権の利益を守らないならば、

知識人や華人華僑が大陸の共産党政権の側になびくという強い主張を述べ、それを聞いて驚いたニクソンがキ ッシンジャーに対応策を指示したことにより、米国は「中立の立場を保持する」方針に転じたと矢吹は述べて いる62。しかし、ニクソンは19714月に周書楷からいわれるまで台湾側の主張を知らなかったとしても、

エルドリッヂの指摘によれば、19702月段階で、遅くともマクロスキー発言のあった同年9月には、米国 務省内において、尖閣の主権については「関係当事者間で解決されるべき」という「中立」の立場をとる方向 が主流であったと考えられる。その理由として、春名は「アメリカ国内の繊維業者の支持をつなぎとめるため」

経済問題 を指摘している63

 しかしながら、台北の中央研究院近代史研究所の林満紅研究員は、国際シンポジウムの報告で、「『施政権は 日本に帰するが、主権帰属は当事者間で解決せよ』との米国による釣魚䑓(引用者注:尖閣諸島のこと)政策 の背後にある正式な外交文書は、1971526日の口上書(Note Verbale。以下、5.26口上書)であり、台湾 と米国の繊維交渉が原因ではない64」旨を述べた。筆者は林が指摘する中華民国宛に米国が発出した「5.26 上書」の原本を確認できていないが、林によれば、その内容は、「1971617に米国と日本により沖縄返 還協定が署名されるが、日本に返還される釣魚䑓を含む沖縄の施政権については、サンフランシスコ条約第3 条に基づき返還される。そのことは、中華民国による主権に関する主張を全く損じないものである」というも のであり、同年315日に周書楷が米国務省に提出した口上書65への返答であった。米国が繊維交渉を早期 に妥結するために尖閣問題を関連させることを構想するのは67日からであり66、まさに5.26口上書の発 出後であるとしている。したがって、林は、米国がとった中立政策の背景は、繊維交渉だけでなく国際情勢の 変化だと主張した。矢吹も、「米国が『施政権と領有権との区別』論に転換したのは、まさに『1971年前半』

に生じた国際情勢の激変が生じたからであった67」と指摘している。「国際情勢の激変」とは、19717月に キッシンジャーが極秘訪中を行い周恩来と会談し68、「1025日に国連安全保障理事会における中国代表権 問題が決着69」し、国連の代表権が中華民国から中華人民共和国に変更され、米国が中国と国交を正常化しよ

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うとしていたことである。

 筆者も、米国による「中立政策」は「窮余の一策」であって、意図的なものではなかったと考えるに至って いる。一方で、尖閣問題が日中間の火種になる中で、結果的に米国を「中立」「調停者」というベスト・ポジ ションに置く効果を発揮した。今から130年前、琉球処分をめぐり前米国大統領のユリシーズ・S・グラント

Ulysses S. Grant)将軍が日清両国の調停役を果たしたことがきっかけとなり、日清間の交渉が続けられ、

18803月、竹添進一郎は李鴻章と会談し、いわゆる分島改約案を提議した。同案は、大日本国大清国修好 条規(日清修好条規)の追加条約の形式で最恵国待遇を得られるならば(改約)、宮古と八重山を清国に譲渡 する(分島)というものである70。結果的に、清朝側が最終調印を拒否し、宮古と八重山が清国領になること はなかったが、尖閣諸島を含む沖縄の一部が中国領となる可能性があったことはあまり知られていない。グラ ントが仲裁をした71ように、米国は「中立政策」のおかげで今も調停者としてフリーハンドを握り続けている。

第 3 章 「国有化」後の尖閣情勢と安保条約第 5 条

3.1 尖閣「国有化」で変化した「現状」 

 近年の尖閣諸島をめぐる大きな事件としては、民主党政権下の20109月に発生した尖閣諸島沖漁船衝突 事件と20129月の野田佳彦内閣による尖閣諸島「国有化」が挙げられよう。

2012910日、内閣官房長官、総務副大臣(総務大臣(代理))、外務大臣、財務大臣、国土交通大臣の 関係5閣僚による「尖閣諸島の取得・保有に関する関係閣僚会合」が開催され、「尖閣諸島の長期にわたる平 穏かつ安定的な維持・管理を図るため」に「可及的速やかに尖閣三島の所有権を取得する」こと等を申し合わ せた72。それを受けた翌911日の閣議において、「尖閣諸島の平穏かつ安定的な維持・管理に必要な経費と して、尖閣諸島の魚釣島、北小島、南小島の購入に要する経費に充てるため、一般会計予備費205000万円 を使用することとし、その旨を決定し」た73

 これが、尖閣「国有化」の閣議決定と呼ばれる内容である。首相官邸のホームページには、それぞれの閣議 案件の記録があるが、「平成24911日(火)定例閣議案件」を見ると、「一般案件」の3件目に「平成 24年度一般会計予備費使用について(財務省)」とだけ書かれていて74、「尖閣」や「国有化」という文言は なく、「購入」とも「所有権取得」とも書かれていない。前日の5閣僚による関係閣僚会合で申し合わせた「尖 閣三島の所有権を取得する」ための経費205000万円を予備費から使用することだけを閣議決定したのであ る。

 そして、同日のうちに埼玉県在住の私人が所有する魚釣島、北小島、南小島の三島を日本政府が購入した。

この一連の動きが、尖閣「国有化」と呼ばれ、中国側による激しい反発を引き起こし、中国全土100カ所以上 で反日デモが繰り広げられ、また日系企業やスーパーなどに対する焼き討ちや略奪なども含む大規模な「反日 暴動」が発生した。他方、日本国内においても、多くの日本人の反中・嫌中感情が高まりをみせるなど、日中 国交正常化以降で最も厳しい対立局面が生まれることとなった。

 日本政府が尖閣三島の購入を決定した2012910日、中国政府は、「日本の『釣魚島購入』宣言につい ての中国外交部の声明」を発表した。声明の要点は「我 要求日方立即停止一切侵犯中国 土主权的行 ,不 折不扣地回到中日双方 成的共 和 解上来,回到 判解决 的 道上来75(筆者訳:われわれは日 本側に対し、中国の領土主権を侵害する一切の行為をただちにやめ、中日双方の合意した共通認識と了解に正 真正銘立ち戻り、交渉による釣魚島問題の解決のレールに戻るよう求める)」である。この中国側の主張にあ る「双方の合意した共通認識と了解」とは、「1972 年の中日国交正常化と 1978 年の平和友好条約締結交渉の 過程で、両国の一世代上の指導者は大局に着眼し、『釣魚島問題は棚上げにし、後の解決に持ち越す』との重 要な了解と共通認識にいたった76」ことをいう。一般に、尖閣諸島問題における「棚上げ」とは、主張の違い を棚上げして、現状を維持し、中国側は日本の実効支配を黙認するかわりに、日本側は実効支配を強めること はしないとする「暗黙の了解」を指す7719729月の日中国交正常化交渉に参加し、「日本国政府と中華人 民共和国政府の共同声明」(以下、日中共同声明)草案を作成した当時の外務省条約課長であり、後に外務事 務次官、駐米大使等を歴任する栗山尚一は、「国交正常化に際し日中間において、尖閣問題は『棚上げ』する

(11)

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との暗黙の了解4 4 4 4 4が首脳レベルで成立した(中国側が『棚上げ』を主張し、日本側は敢えてこれに反対しなかっ た)と理解している78」と述べている。

 では、中国側が「維持」しようとしている「現状」とはいかなるものなのか。

20129月の尖閣「国有化」以前までは、200812月の例外を除いて、中国の公船は尖閣諸島から12 イリの領海には侵入せず、日本が実効支配している「現状」であった。ところが、今、中国側が「棚上げ」す るという「現状」は、「国有化」以前のように日本の実効支配を黙認するのではなく、中国側も自己が領海と 主張する海域でパトロールを行い、中国も実効支配をしつつあるという「現状」である。さらにいえば、「日 中が共に実効支配79」しているという「現状」である。「中国政府は『尖閣諸島で日本政府がある手段をとれば、

少なくとも同等の手段をとる』という方向に切り替えた。『決して座視しない』という表現も使い始めた80」と、

孫崎享も指摘している。「国有化」によって「パンドラの箱」は開かれ、「現状」も大きく変容したのである。

それまで、日本側が都合よく「拡大解釈」してきた「現状維持」=「日本の実効支配を認めた」ではなく、今 まさに中国側が強く主張している「領有権問題の存在を認めろ」=「係争状態の現状維持」という「玉虫色の 解釈」ではない本音が明らかになったことで、問題の解決はますます困難になっている。

3.2 尖閣諸島への安保条約第 5 条の適用

20154月、新ガイドラインと同時に公表された「共同発表」でも再確認された「尖閣諸島は安保条約第5 条の適用対象」という米国の方針は、2010年の漁船衝突事件以降、ヒラリー・R・クリントン(Hillary R.

Clinton)国務長官などが明確に表明していたし、それ以前のジョージ・W・ブッシュ(George W. Bush)政権

時代の20043月にも、当時の国務省副報道官が記者会見で尖閣諸島政策として明確に示していた81。エル ドリッヂによれば、19969月には米国務省のニコラス・バーンズ(R.Nicholas Burns)報道官兼臨時代理国 務次官補は、尖閣をめぐる軍事紛争の際に日本に対する支援義務を負っているか尋ねられ、明確に答えなかっ たが、その後、「国防総省が主導する形で(中略)アメリカ政府は、尖閣諸島は日米安保条約の範囲であると 宣言することになる82」。

 安保条約第5条は、日本の施政の下にある領域への武力攻撃に対して、自国の憲法上の規定、および手続に したがって共通の危機に対処するように行動することを宣言するという内容である。したがって、現在、大韓 民国が占領・実効支配している竹島は対象外である。

2030年には、中国のGDPは米国を抜いて、世界最大の経済大国になると米国の国家情報会議は予測してい ると報道されている83。当然、経済的にも軍事的にも、日本をはるかにしのぐ大国になると思われる。そのと きに、万が一、中国側が武力を行使して尖閣諸島のどこかの島を一時的に制圧した場合、一時的ではあるが施 政権は中国に移ることになる。その場合でも、安保条約第5条を適用して、米軍が反撃をするかは疑問である といえよう。

 中国の軍事力分析に明るい平松茂雄は、「尖閣列島の問題にはアメリカは関与しないという前提で考えなけ ればダメだろうと思います84」と述べている。

 一方、米国の側でも、リチャード・L・アーミテージ(Richard L. Armitage)元国務副長官も、「尖閣諸島を 想定した日米合同軍事演習」を否定した菅首相を批判して、「日米安保条約第5条に基づく、米国の責任を彼 は理解しているとは思えないのです。いいですか、日本が自ら尖閣を守らなければ(日本の施政下でなくなり)

我々も尖閣を守ることはできなくなるのですよ85」と発言している。このように、「日米同盟の守護神と見ら れている86」アーミテージにして、尖閣が一時的にでも日本の施政下でなくなった場合は、安保条約第5条の 対象外であるとの認識を示しているのである。

 「尖閣諸島へ中国が攻めてきた時は日本の自衛隊が対処する。ここで自衛隊が守れば問題ない。しかし守り きれなければ、管轄地は中国に渡る。その時にはもう安保条約の対象でなくなる。つまり米軍には尖閣諸島で 戦う条約上の義務はない87」と孫崎も警告している。そもそも、1951年の旧日米安保条約作成の米側責任者 のジョン・F・ダレス(John F. Dulles)は、『フォーリン・アフェアーズ』に掲載されている論文において「日 本国内の駐留米軍は、『日本政府による明示的な要請』が行われた場合、こうした間接的な侵略に対抗するた め援助を行う権利をもっているが、それは必ずしも義務的なものではない88」と述べている。

(12)

 柳沢協二は、新ガイドラインについて、「自衛隊は『作戦を主体的に実施』すると書いてあるが、米軍は『支 援および補完』だけ。日本を防衛するためのシナリオとして、本当に評価していいものなのか」とし、尖閣諸 島の防衛に関しても「米軍は(自衛隊を)支援するとしか書いていない。沖縄の海兵隊は出ないということだ。

(中略)尖閣に出ないなら沖縄に置く必要はない」と明言している89

 第1章で述べたように、新ガイドラインに「島嶼防衛」は盛り込まれたが、自衛隊が「作戦を主体的に実施」

し、米軍は「自衛隊の作戦を支援し及び補完するための作戦を実施する」という役割分担は変わっていない。

そうである限り、あらゆる状況に切れ目のない形で実効的に対処するために「同盟調整メカニズム(ACM)」

が設置され90、また島嶼防衛を想定した日米共同訓練を実施する安保新時代であっても、実際に米軍が安保条 約第5条に従って行動するか否かは疑問であると言わざるを得ない。

3.3 カイロ会談における沖縄をめぐるやりとり

 米国は、尖閣が安保条約の適用範囲だと述べる一方で、なぜ日本の主権を認めないのだろうか。

 五百旗頭真は、194311月のカイロ会談におけるルーズベルト大統領と蒋介石国民政府主席とのやりとり について、「『一度ならず、中国が琉球を欲するかどうか』、大統領が好意をもって訊ねたのに対し、蒋の方が、

米中両国による共同占領や信託統治なら同意する、と答えて、琉球の領有を辞退した91」と述べている。

 カイロ会談の内容が記録された米国の公文書「Foreign relations of the United States Diplomatic papers, The

Conferences at Cairo and Tehran, 1943」には、二人のやりとりが、「大統領は琉球群島に関して言及した。そし

て中国が琉球群島を所有するか否かを一度以上聞いた。(引用者注:蒋介石)大元帥は、中国は米中両国によ る共同占領に参加することに関しては賛同し、やがては、国際組織による信託統治の下で両国の共同統治に参 加することに賛同すると答えた92」と書かれている。カイロ会談におけるこの内容は、尖閣問題のみならず、

沖縄の帰属問題にも影響を与えた重要な歴史的事実である。

 ハーバード大学で博士号を取得した台湾籍の国際法学者である丘宏達は、当時、中華民国が琉球の回収を要 求せず、共同管理を提案したことは誤りではなかったとしたが、「カイロ宣言」の中に、琉球問題に対する自 国の合理的な主張を書き込まなかったことは一大失策であったと指摘している93。カイロ会談の内容は、尖閣 諸島のみならず、沖縄の帰属に関しても、戦勝国である中華民国にも発言権があると主張する根拠となった94 さらに、「中華民国」は現在に至るまで「琉球」の主権帰属権に関し日本に異議を唱える唯一の「国家」とな ったといわれている95。ちなみに、中国国内では、沖縄の帰属は未定であるとの趣旨の論文は多く発表されて いるが96、中華人民共和国政府が沖縄の領有を主張したこともなければ、日本の領有に対して異議を唱えたこ ともない97

 カイロ会談において、蒋介石が沖縄の領有は辞退したものの、米国との共同管理を提起したことは、米国が 後に「中立政策」を決定する遠因ともなりえたと筆者は考える。

第 4 章 結論 政策的解決への一視座

4.1 「新たな棚上げ」から海上事故防止協定の締結の可能性 

 尖閣諸島に関する日本政府の「基本見解」は、「尖閣諸島が日本固有の領土であることは、歴史的にも国際 法上も疑いのないところであり、現にわが国はこれを有効に支配しています。したがって、尖閣諸島をめぐり 解決すべき領有権の問題はそもそも存在していません98」である。

 これを見れば、明治政府が1895年に尖閣諸島を編入する閣議決定を行って以来、一貫して政府がそのよう に主張していたものと考えがちである。しかし、筆者は国会会議録等を精査し、「尖閣諸島の領有権をめぐっ て解決すべき問題はそもそも存在しない」と最初に政府が明言したのは19854月の安倍晋太郎外相の答弁 であることを2014年の論文で既に明らかにした99。しかも、その安倍外相の答弁には、尖閣「問題」を解決 するためのヒントとなりえる現実的な視点も含まれている。

 漁船衝突事件における不透明な対応と「国有化」に対する「反日暴動」のイメージが強烈であったこともあ り、民主党政権になってから尖閣「問題」は先鋭化したとされる。また、尖閣をめぐる民主党政権に対する批

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102 

判として、前原誠司外相が「棚上げ」を否定する国会答弁を行った100ことが問題視された101。しかし、1975 年から「棚上げ合意はない」というのが、日本政府の一貫した公式見解であった102

 日本政府は、一貫して「棚上げ」を否定しているが、2009年以前の自民党政権下における外交実務上の対 応は、2004年に発生した中国人活動家による尖閣上陸事件への小泉内閣の姿勢などを見ても、「棚上げ」方式 に基づいた実務対応だと考えられる。上陸した活動家らは逮捕されたものの、起訴されることなく、強制送還 という形で中国へ戻ったのである。つまり、公式には「棚上げ」を否定し、「領有権問題は存在しない」と宣 言していても、公式見解と現実対応を使い分け、政権交代以前の自民党政権は決定的な対立を回避してきた。

 一方、20109月の漁船衝突事件時の民主党政権は、その 知恵 を踏襲せずに、公式見解に合わせた 現実対応を行った。それにより、政府見解は変更していないにもかかわらず、中国側に「これまでの 暗黙 の了解 を変更するのではないか」との疑心を抱かせ、強硬な対応を誘発し、解決を困難にしてしまった103  第3章で述べたように、20129月の尖閣「国有化」以降、それまで「暗黙の了解」で維持されてきた尖 閣諸島をめぐる「現状」は、日本の実効支配を黙認することではなく、中国も実効支配しつつある「現状」に 変容している。それでもまだ、中国が一方的に実効支配している訳ではなく、日本の実効支配の度合いの方が 強い「現状」である。しかし、10年後か20年後に、中国が経済のみならず軍事的にも日本以上の強国になっ たとき、「領有権の問題は存在しない」という対応で、果たして日本は尖閣諸島の実効支配を続けることがで きるのであろうか。

 火器管制レーダーの照射や防空識別圏の設定などの「現状を力によって変更しようとする挑発行為104」や 現在の南シナ海をめぐる情勢をみれば、中国が力による一方的な実効支配を目指すのではないかとの不安を持 つ日本人も多いだろう。

 しかしながら、2013730日、習近平・中国共産党中央委員会総書記兼国家主席は中国共産党中央政治 局の第8回集団学習会で、「『主権はわが国に属するが、争いは棚上げし、共同開発する(主权属我、 置争 共同 )』との方針を堅持し、相互友好協力を推進し、共通利益の一致点を探し求め、拡大しなければなら ない105」と述べたと報道されている。同時に、国家の核心的利益は犠牲にできないとも言及し、海洋権益を 断固として守るよう指示したという。尖閣と明示的に指しているわけではないが、尖閣や南沙諸島をめぐる領 有権争いに対する中国の基本姿勢と考えられる106。つまり、力による一方的な実効支配を目指すのではなく、「棚 上げ」と「共同開発」を、長引く問題解決の 落とし所 とすべく探っているものと思われる。

 日中双方の主張の隔たりは大きく、尖閣諸島問題の解決は容易ではない。それでも、短期的には、中国側が これ以上の実効支配を強めることのないよう「現状」を凍結し、軍事衝突を避けるために防衛当局による協議 を進め、問題を顕在化させないことが重要である。さらに長期的は、資源の共同開発の可能性を協議すること などにより107、安定化した日中関係を構築することが日中双方にとって有益であると考える。

 そのためには、自民党が201212月の総選挙での公約に掲げた「公務員の常駐化」や「周辺漁業環境の整 備」等108、現状を変更する行為は行わないことをまずは水面下で約束し、「現状」を維持し凍結することを確 認する。これは、両国の国民感情が相当程度改善されるまで公表する必要はない。同時に、経済や環境・文化・ 学術・スポーツ・青年・子ども等、あらゆる分野の交流を拡大して、国民感情を改善することに両国が努力す ることも必要となるだろう。

20141110日、習近平国家主席と安倍総理との日中首脳会談が実現した。尖閣諸島をめぐる艦船およ び航空機の対峙が「不測事態」を招きかねない現状を緩和するには、双方の主張の違いは棚上げにし、まず防 衛当局間による「不測の事態の回避・防止のための取組109」をさらに進展させるべきである。特に、不測事 態を防ぐためには、日中防衛当局間の海上連絡メカニズムを構築し、1993年に日本がロシア連邦との間に締 結した「領海の外側に位置する水域及びその上空における事故の予防に関する日本国政府とロシア連邦政府と の間の協定110」(以下、海上事故防止協定Incident at Sea Agreement)のような協定を中国との間に締結すべき だと考える。

 海上事故防止協定に関しては、海上自衛隊幹部学校教官の石原敬浩 2等海佐も1972年に調印された「米ソ 海上事故防止協定」の意義を高く評価している1111998年には米国と中国の間でも、米中海上安全協議協定 が調印されている。

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