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モダリティの調査研究

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Academic year: 2021

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FIELDPLUS 2019 07 no.22

散歩道でのひらめき

中国・新疆ウイグル自治区での少数民族の 言語のフィールドワーク。フィールドワー ク中に訪れたその一瞬は、ことばがいかに それを話す人々の生活と密接に繋がってい るかを理解した瞬間だった。

フィールドワークでことばを調べる

 私が研究しているシベ語(錫伯語、シボ語と も)は中国の新疆ウイグル自治区チャプチャル・

シベ(察布査爾錫伯)自治県やイーニン(伊寧)

市を中心に話されているツングース系の少数言 語である。私は毎年、主に大学の休みを利用 し、一か月程度イーニン市に滞在してシベ語の フィールドワークを行っている。フィールドワー クに行くと、毎日話者のおじさんのお宅に通い、

二時間程度、単語の発音を記録したり、簡単な 例文を使って文法を調べ、民話を録画して書き 起こし、用例を集めたりといったことをする。こ ういった作業はフィールドワーク=野外調査と いう語のイメージからはやや離れているかもし

れないが、しかしことばの研究はこのような地 味な作業なくしては進まないのも事実である。

モダリティの調査研究

 大学院生のころ、私は博士論文のテーマと して、日本語で既に相手から聞いたことを確 認するときの「この本、もう買ったんだよね?」

や、思い出そうとするときの「この本どこで買っ たっけ?」のような認識や情報のやりとり(モダ リティと呼ばれる)にかかわる要素を選び研究 していた。シベ語では例えば gyaXei、gyaXeŋe はどちらも gya-「取る、買う」という動詞の過去 を表す形で、モダリティで区別されている。モ ダリティは、話し手が事態をどう認識している か、またどのような文脈・状況で使われるかと いった複雑な要素が絡むため、調査・分析が難 しい。特に直観のない非母語話者にとってはな おさらだ。試しに例文を作って調査してみたが、

私が作った例も悪く、おじさんは「意味は同じだ」

「うーん...文脈によるな...」となかなか直観を言 葉にできずもどかしいようだった。結局、それ らの違いが何なのか、その文脈というのが何な のか、尻尾を掴めないまま帰国の日が一日また 一日と近づいていく。次にここに来ることができ るのは早くて一年後だ。この調子ではいつまで 経っても博士論文はまとまらない…焦る日々が 続いた。

ナン売りの屋台で

 そんなある日、おじさんのお宅で夕食をご馳 走になった後、おじさんと散歩に出かけていた。

小一時間ぶらぶらしておじさんのお宅に戻る途 中、道ばたにナン(パンの一種)の屋台を見か

けた。私が何とはなしに「ナン買いますか?」と 聞くと、おじさんは“gyaXeŋe(買った)”という。

私が、はいそうですか、ではナンは買わずに帰 りましょう、と言って、屋台を通り過ぎようとし たその時。ふとおじさんの言ったことが引っか かった。おじさんはただ「(ナンを)買った」と言っ ただけでナンが要らないとは言っていない。で は私はなぜそれでナンを買わずに帰ろうと思っ たのだろうか。などと考えているうちに頭の中に 垂れ込めていた霧が晴れていくような感覚に襲 われた。分析ができたのだ。gyaXeŋeは聞き手 に推論の材料を与える形であって、聞き手は「ナ ンを買った」という情報から「もうナンを買う必 要がない」と推論することで「ナンを買わない」と いう情報にたどり着いているのではないか。改 めて調査するとやはりgyaXeŋeはgyaXeiと推論 するかしないかで区別されていて、買ったこと を直接的に伝えるだけで推論が必要ない場合に

はgyaXeiを使うことが分かった。この一件以来、

毎日の調査もトントン拍子に進むようになり、私 はなんとか博士論文を完成させることができた。

生活体験という文脈

 しかしそもそもなぜ私はこのような推論ができ たのだろうか。それは私がよくおじさんの家で朝 ご飯をご馳走になり、朝、ナンを齧りながらスン チャイ(ミルクティー)を啜るという生活体験が あったからだろう。私はフィールドで単に調査だ けをしている気になっていたが、何のことはない、

ことばを理解するのに大切なのは文脈としての フィールドでの生活と、そこから得られる経験的 知識だったというわけだ。ナンの一件以降、私 とおじさんは互いに日常生活でどう話しているか ということに注意するようになった。一緒にテレ ビを見ながら話をしていても、「あれ? 今こう 言いましたよね?」「そういえばそうだな」と、そ こから研究モードに入る。傍から見るとさぞかし 異様な光景だろうが、積極的に付き合って下さ るおじさんには感謝しかない。

こぐら

児倉徳和

のりかず / AA

話者のおじさん(シェトゥケンさん)

とその奥さん(郭瑪麗さん)。

朝ご飯。ナン(右)、スンチャイ

(左手前)と小皿料理が並ぶ。

ナン売りの屋台。トヌルという窯でナ ンを焼いている。

イーニンの街。

*写真はすべて筆者撮影。

新 疆 ウ イ グ ル 自 治 区

中 国 イーニン チャプチャル イリ川

参照

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