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2019年度博士学位申請論文
成人自閉症スペクトラム者のまなざし―
当事者の言語使用に関する言語人類学的考察
合﨑 京子
立教大学大学院
異文化コミュニケーション研究科
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目次 論文要旨
目次 表目次 図目次 宣誓
第1章 導入 1.1 研究背景 1.2 研究目的と意義 1.3 論文構成
1.4 自閉症スペクトラムの定義
第2章 自閉症スペクトラム概念をめぐる出来事 2.1 自閉症の歴史
2.2 診断基準と原因論
2.2.1 自閉症の診断基準
2.2.2 臨床現場における診断の現状
2.2.3 自閉症の原因論
2.3 個体発生的アプローチによるASD者の認知形式の評価
2.3.1 ASD者の社会的コミュニケーション研究の潮流
2.3.2 言語実験による認知形式の評価
第3章 言語と社会化:相互主観性理論とパース記号論との理論的接点 3.1 言語と社会化:自閉症スペクトラム者と情動的コミュニケーション 3.2 言語人類学における社会的コミュニケーションの考え方
3.3 社会記号論的言語人類学における指標性
3.3.1 指標の言及指示 vs. 社会指標(非言及指示)的局面
3.3.2 指標の前提的 vs. 創出的局面
3.3.3 指標の語用レヴェル vs. メタ語用レヴェルの局面
3.3.4 自閉症スペクトラム者の語用論研究で捨象されてきた側面
第4章 成人自閉症スペクトラム者のコミュニケーション・イデオロギーの諸相 4.1 日本における成人自閉症スペクトラム者の現状
4.2 コミュニケーション・イデオロギー
4.3 ソーシャルスキル・トレーニングのコミュニケーション・イデオロギー
4.3.1 ソーシャルスキル・トレーニングの概要
4.3.2 分析
4.4 成人自閉症スペクトラム者のコミュニケーション・イデオロギー:当事者の語り
3 から
4.4.1 データ 4.4.2 分析 4.5 考察
第5章 自己紹介のプロセス 5.1 データについて
5.1.1 データの種類
5.1.2 データの収集方法・場面設定 5.1.3 初対面会話・分析の記述 5.2 会話参与者
5.2.1 Cについて
5.2.2 対話者について 5.3 分析と考察
第6章 他者の視点の取り込み方:コミュニケーション・イデオロギーの反映 6.1 オリゴと指標する出来事の関係性
6.1.1 データ 6.1.2 分析
6.2 ASDに対峙するまなざし:前景化するコミュニケーション・イデオロギーの変容
6.2.1 データ 6.2.2 分析 6.3 考察
第7章 会話の方略:生きづらさの語りに見られる詩的機能と不確定なアイデンティテ ィ
7.1 分析 7.2 考察
第8章 状況の取り込みと局所的共通基盤の構築
8.1 データ
8.2 分析 8.3 考察
8.3.1 第8章の考察
8.3.2 会話事例の分析についての総括
第9章 結論 9.1 本稿のまとめ
9.2 ASDの症状と社会文化的背景との関係性
9.2.1 ASDの症状とASD当事者のコミュニケーション能力の関係性
9.2.2 成人ASD者と彼らを取り巻く社会的状況との関係性
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9.2.3 今後の課題
補遺 参考文献 謝辞
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論文の要約
本稿は、ASD の診断を受けた成人(以下、成人 ASD 者)がコミュニケーションに対し て前提的・意識的に抱いている「まなざし」と、そのコミュニケーションの対話者及び、
彼らを取り巻く社会が成人 ASD 者に対して抱いている「まなざし」との間のずれの様相、
そして日常会話が進行していく中での各参与者の「まなざし」の変化のプロセスについて、
記号論系言語人類学のコミュニケーション理論を用い、考究するものである。
本稿は大別して2つの部分から構成されている。前半では、自閉症スペクトラム(以下、
ASD)という症状に関する学術的先行研究や彼らを取り巻く社会環境といったことについ て文献研究を中心に論述する。後半では、成人ASD者のインタビューデータと彼らの参与 する日常会話データを用いた談話分析を行う。
まず、前半の第1章「導入」では、本稿が調査対象とするASDという症状と、その診断 を受けた人々を取り巻く現状を概説したうえで、本稿の研究背景及び、社会的・学術的意 義を示す。
第2章「自閉症スペクトラム概念をめぐる出来事」では、ASDの社会的な位置付けや、
その診断基準の歴史的変遷を追っていく。ASDの概念と近代精神医学の発展との関連性に 注目しつつASDの症状の捉えられ方が変容していく過程を呈示し、そのような変容ゆえに、
ASDという症状が、例え最先端の知識を備えた医師であっても万人が認める診断は下せな いものであることを確認する。併せて「ASD 者の認知形式の特異性が ASD の主症状であ る『社会的コミュニケーションの障害』をもたらす」という仮説のもと試みられている、
ASD者のコミュニケーション能力を評価するための調査のプロセス、並びに、その結果を 検討し、それらの調査手法の課題について、記号論に依拠したコミュニケーション論の視 座から批判的に考察する。
第3章「言語と社会化:相互主観性理論とパース記号論との理論的接点」では、第2 章に見たASDの社会的コミュニケーションの障害にアプローチする実験的研究がASD 当事者のコミュニケーションを捉えるうえでおざなりにしてきた部分、すなわち、「対 人コミュニケーションにおける言語使用とコンテクストとの関連性」について描写し得 る研究方法を述べる。具体的にはまず、本稿後半部の分析において重要なテーマとなる
「言語と人間の社会化」が社会学・言語学・発達心理学など、言語人類学の近接学術領 域においてこれまでどのように論じられてきたかを記述し、ASD 者のコミュニケーシ ョン研究と言語人類学の知見を接合する理論説明を行う。第3章後半では、ここまでの 議論で浮き彫りになった課題を乗り越える視座の1つとして、「(非)言語コミュニケー ション」と「社会化」という両側面を表裏一体のものとして位置付ける学である記号論 系言語人類学を呈示し、その学の概要と本稿の分析において重要な役割を果たす諸概念 について概説する。
以上で示した理論枠組みに基づき、本稿の後半部、第4章から第9章までは現代日本
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に生きる成人ASD者のコミュニケーションに関与する社会的諸相の特徴について記述 し、そのうえで、彼らに対するインタビューの分析と日常会話の事例分析を行う。
まず第 4 章「成人自閉症スペクトラム者のコミュニケーション・イデオロギーの諸相」
では、成人ASD者を取り囲む現代日本特有の社会的状況がその診断を受けた人々の立場に 与えるインパクトについて論じる。その論考から、国や自治体の支援制度といった成人ASD 者を取り囲むマクロなコンテクストが、当事者のアイデンティティにいかに作用している か描出する。続いて、第 3 章で論じてきた記号論系言語人類学のコミュニケーション理論 に基づき、現在ASD者に広く実施されているコミュニケーション・トレーニング法に見ら れるコミュニケーション・イデオロギーと、ASD当事者たち自身が抱いているコミュニケ ーション・イデオロギーの 2 つに焦点を当て、両者の差異について分析を試みる。以上の 分析をとおし、ASDのコミュニケーション障害を外部から捉える社会のまなざしと、成人 ASD当事者が自らのコミュニケーションを捉えるまなざしとのずれを明らかにする。
第5章以下は、成人ASD者であるCの参与する初対面もしくは、ほぼ初対面の二者 間会話を用い、成人ASD者のまなざしとその対話者のまなざしとの間に生起した意 識・無意識的なずれの様相を詳述することを目的とした談話分析を行う。談話分析部の 序章となる第5章「自己紹介のプロセス」では、本章以降の談話分析で用いるデータの 種類、談話分析においてその中心的な存在となる成人ASD者Cの略歴、また収録の状 況や会話の書き起こし方法について記す。併せて、初対面会話の冒頭部分という最も会 話参与者の前提的な(会話に対する)期待や予測が反映しやすいと想定される箇所のや りとりの分析も行う。この記述により、同じ<初対面>という性格を持つ会話であって も、対話者や会話の行われる場所によって、Cが自らの言語使用を変化させていること を示唆する。この結果も踏まえ、続く第6章以降では、互いの名前、職業といったこと の確認が終わった後の話題展開や相手とのやりとりから得られる情報内容や表情を、C を含む会話参与者たちがいかに取り込み、自分の行為を変容させていくか分析を行う。
第6章「他者の視点の取り込み方:コミュニケーション・イデオロギーの反映」では、
分析事例として2つの会話、すなわち、成人ASD者としてのコミュニケーション・イ デオロギーを共有する2 人の会話とそれを異にする2 人の会話の2 事例を取り上げ、
それらについて分析したうえで、次の点を指摘する。まず1つ目は、事前情報や会話の コンテクストによって、対話者がASD当事者であろうという前提を構築していた場合、
成人ASD特有のコミュニケーション・イデオロギーを前景化する傾向がCには見られ る点、2 つ目は、成人ASD者としてのコミュニケーション・イデオロギーを持ち合わ せない対話者との会話の場合、その対話者が(各会話参与者個々人に内在する複数のコ ミュニケーション・イデオロギーのうち)前景化するコミュニケーション・イデオロギ ーを切り替えることで、Cは、共感的な会話へと導くきっかけを提供する能力を発揮で きる点、以上である。
続く第7章「会話の方略:生きづらさの語りに見られる詩的機能と不確定なアイデン
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ティティ」では、第6 章で Cが自分の心情の描写に利用した独特な表現を多分に含む 語りが、コミュニケーション継続に対する資源となっていたことに注目して、その語り の構造と機能を詳細に分析する。その分析により、Cが用いていた定型句や比喩とも解 釈可能な表現には脚韻などの音の反復・句の反復といった詩的機能(もしくは、類像性)
の基盤を成す形式が顕著に見られること、また、Cが自らの言語使用を円滑にするため に(意識・無意識的に)メタ語用的機能である詩的機能を利用していたことを浮き彫り にする。
談話分析の最終章となる第8章「状況の取り込みと局所的共通基盤の構築」では、発 達障害とは直接的な関連性のない状況、かつ、Cが対話者の属性をASDとは関係のな い人と認識した会話で、Cが対話者の視点をいかに取り込み、自己呈示を展開していく か検討する。会話の前半部では C も協働して、遊び的要素も含むレヴェルの層を相互 行為上に創り出しており、それが両者の連帯的な関係性の構築に寄与していることを詳 述する。さらに、Cが固有名詞という、その意味決定がコンテクストに深く依存する語 彙を用いて相互行為で展開する話題を焦点化したことが、この会話内における両者の共 通基盤の構築に貢献していたことも併せて示唆する。
終章となる第9章「結論」では、本稿の前半で記述したASDという症状をめぐる歴 史的背景やその症状の社会的な捉えられ方といったマクロな構造と、後半第4章から第 6章で行なったミクロな相互行為の談話分析との結果を融合することにより、本稿全体 としての結論を導出する。そこで示唆することは以下のとおりである。まず、ASD と いう診断を受けることと実際に彼らが相互行為で呈する行為との間には、普遍的な相関 性がないこと、しかし同時に、現代日本でASDと診断される人の多くがこのような事 情を経ている、つまり、ある程度共通したマクロな社会的構造・経験を潜り抜け、そこ で直面した経験を背負っていることは、彼ら成人ASD者たちに同類かつ、特有な成人 ASD者としてのコミュニケーション・イデオロギーを植え付けるであろうことである。
また、おそらく特に記号論系言語人類学という理論枠組みによってしか明らかにし得 なかった成人ASD者のコミュニケーションの特徴として、次のことを示す。まず、イ ンタビュー事例に参加した成人ASD当事者たちは、我々の想像を凌駕するほどにコミ ュニケーションの適切性に敏感であること、また初対面会話の参与者である C は、言 語使用(語用)には顕著な支障が見られるとされるASDの症状を保持しながらも、語 用を統制する語用、すなわち、メタ語用行為上で自分なりの型を構築し、その型を用い て自らの言語使用に対する相手の理解を促がす行為に従事していたことである。これら の結果から、コミュニケーションスキルの欠如が一概にASDの普遍的症状と位置付け られないこと、そして相互行為上で産出される行為の頻度や話題の性格といった点にお いて、ある程度の行為や認知的な傾向はあり得るものの、それも(本研究の談話事例で 見られたような)不規則的な出来事が繰り返されることにより十分覆されうる程度の傾 向でしかないこと、以上を考察する。