事案解明義務の法的根拠とその適用範囲
著者 安井 英俊
雑誌名 同志社法學
巻 58
号 7
ページ 505‑574
発行年 2007‑03‑31
権利 同志社法學會
URL http://doi.org/10.14988/pa.2017.0000011114
事案解明義務の法的根拠とその適用範囲 五〇五同志社法学 五八巻七号
事案解明義務の法的根拠とその適用範囲
安 井 英 俊
目 次 第一章 はじめに第二章 ドイツにおける事案解明義務理論の展開
第一節 訴訟上の事案解明義務理論 第二節 訴訟上の事案解明義務理論に対する学説・判例の反応第三章 日本における事案解明義務理論の展開 第一節 学説の状況 第二節 判例の状況第四章 事案解明義務の法的根拠とその適用範囲についての試論
︵二八七三︶
事案解明義務の法的根拠とその適用範囲 五〇六同志社法学 五八巻七号 ︵二八七四︶
第一節 事案解明義務の法的根拠 第二節 事案解明義務の適用範囲第五章 おわりに
第一章 はじめに 現代社会においては︑私人間に様々な紛争が発生することは避けられない︒紛争の増加にともない︑私人間の紛争解決手段である民事訴訟が扱う領域も多様なものとなっており︑いわゆる現代型訴訟と呼ばれる特殊な背景をもった訴訟
が増加してきている︒公害訴訟︑環境訴訟︑医療過誤訴訟︑製造物責任訴訟といったものである︒
一般的にこれらの現代型訴訟では︑原告となる者︵公害訴訟における周辺住民︑医療過誤訴訟における患者等︶にと って訴訟活動は困難なものとなる ︵
︒すなわち︑現代型訴訟は不法行為訴訟の形態をとる場合が多いため 1︶︵
お乏に医療過誤訴訟︑加害企業おけるに公害訴訟︵被告︑しいにもかかわらずが専門知識は原告︑うことになり負が告 ︑原は証明責任 2︶
ける医師・病院等︶の過失を証明しなければならない︒また︑証拠は被告側に偏在していることが多いため︑原告はいっそう不利な立場に置かれることになる︒
そこで︑手続的正義 ︵
しの当事者﹁である理念の民事訴訟法︑軽減実質的平等を証明困難の当事者︑から観点の 3︶︵
軽減証明困難︑としては方法する一応を︒︑められる求することが保の推定事案解明義務 ︵ ﹂確を 4︶
︑証明妨害法理 5︶︵
といったもの 6︶
がある︒それらのなかでも︑ドイツにおいて発展してきた事案解明義務︵Aufklärungspflicht︶が︑より有効な法理として︑近年わが国でも注目されている ︵
に要素効果的より︑み込り取をの証明妨害法理や推定の一応︑は事案解明義務︒ 7︶
事案解明義務の法的根拠とその適用範囲 五〇七同志社法学 五八巻七号 当事者の証明困難を軽減しようとするものであり︑証拠提出の場面だけでなく︑事実主張の場面においても機能しうるという柔軟性をもつからである︒具体的には︑証明責任を負わない当事者の側に証拠が偏在するなどして︑証明責任を
負う当事者が証明困難な状況に置かれている場合に︑証明責任を負わない側の当事者に事実関係を解明する義務︵事案解明義務︶を課し︑証明責任を負う当事者の負担を軽減させるというものである︒証明責任を負わない当事者が事案解
明義務に従わない場合は︑サンクションとして証明責任を負う当事者の主張する事実の真実擬制や証明責任の転換がなされる︒すなわち︑事案解明義務は︑証明責任の分配原則に修正を加えることなく︑裁判官の自由心証の枠内で︑証明
責任を負う当事者の証明困難を軽減するものである︒
事案解明義務をめぐっては︑すでに多くの論稿 ︵
目議論という軽減の証明困難︑ではの従来︑しかし︒している存在が 8︶
的だけが先行し︑要件・効果論については詳細な検討が行われたが︑根拠論についての考察が十分になされてこなかった︒事案解明義務のような明文規定のない強力な訴訟上の義務を課すためには︑義務を導き出すための磐石な根拠が必
要不可欠である︒それにもかかわらず︑従来の学説は単純に根拠を導き出してしまっているように思われる︒
本稿の目的は︑事案解明義務の法的根拠を何に求めるべきかについて検討することである︒まず︑ドイツと日本にお
ける事案解明義務理論の学説・判例の動向について整理したうえで︑法的根拠について検討し︑さらに適用範囲につい
ても検討を加えることとする︒本稿では︑Stürner ︵
証明・︑﹁事案解明﹂を﹁証明責任を負わない当事者にも事実主張証拠提出を要求する﹂という広い意味で捉え︑﹁なく とこの狭提唱による事案解明義務︵義るの事案解明義務︶にとどま 9︶
責任を負わない当事者にも事実主張・証拠提出を要求する義務︵広義の事案解明義務︶﹂全般を検討対象とする︒なお︑検討にあたっては︑事案解明義務の理論は判例よりも学説が先行していることから︑先に学説を整理し︑次に判例を整
理するという手法をとる︒
︵二八七五︶
事案解明義務の法的根拠とその適用範囲 五〇八同志社法学 五八巻七号
次章以下では︑まずドイツにおける学説・判例の状況を︵第二章︶︑次に日本における学説・判例の状況を整理・検
討したうえで︵第三章︶︑法的根拠および適用範囲についての試論を述べる︵第四章︶︒
第二章 ドイツにおける事案解明義務理論の展開 第一節 訴訟上の事案解明義務理論一 法定の事案解明義務
⑴ 法定の事案解明義務の内容 Stürnerの提唱する事案解明義務は︑特定の条文に拠らない一般的な法理である︒ただし︑Stürnerはその一般的事案 解明義務を︑ZPOの法文中に存在する当事者の協力義務の規定︵ZPO一三八条一項︹真実義務・完全義務 ︵
述義務 ︵ ︺・二項︹陳 10︶
︺︑同三七二条a︹血統確定の検査 11︶︵
︺︑同四二二条および同四二三条︹文書提出義務 12︶︵
︺等︶から︑類推によって導 13︶
き出している︒Stürnerは︑これらの規定を法律によって定められた事案解明義務であると位置づけており︑独自の解釈を行っている︒ここでは︑Stürnerが法定の事案解明義務と位置づけている各規定をみていくことにする︒
まず︑ZPO一三八条一項は︑当事者は﹁完全かつ真実にかなって﹂事実の陳述をしなければならないと規定している︒Stürnerは︑本項を一般的事案解明義務を導き出すための最も根本的な条文と位置づけている ︵
︒すなわち︑本項に 14︶
おける完全義務︵完全な事実陳述を行う義務︶を突き詰めると︑各当事者は自己に有利な事実のみならず︑相手方に有利な事実も主張しなければならないことになる︒Stürnerは︑この完全義務を︑事実関係の解明に際しての当事者の協
力義務として捉えているのである︒具体的には︑証明責任を負う当事者は自己の認識の範囲内にある事実・証拠を提出 ︵二八七六︶
事案解明義務の法的根拠とその適用範囲 五〇九同志社法学 五八巻七号 するが︑認識しうる事実・証拠が尽きた場合には︑相手方当事者に事案解明義務が生じ︑相手方当事者は自己の認識の範囲内で事実関係を解明しなければならないことになる︒以上のように︑Stürnerは︑本項を一般的事案解明義務と法
定の事案解明義務との連結点と捉えている︒
続いて︑ZPO一三八条二項は︑﹁各当事者は相手方によって主張された事実について陳述しなければならない︒﹂と 規定する︒Stürnerは︑本項における陳述義務を︑証明責任を負わない当事者による事実関係解明への協力について法的にルール化された例として位置づけている ︵
主はから当事者う負を証明責任︑当事者わない負を証明責任︑すなわち︒ 15︶
張された事実について単純否認することはできず︑むしろ主張された事実関係の解明のために︑証明責任を負う当事者に自己の知っていることを自由に使わせなければならないという︒証明責任を負わない当事者が陳述義務を拒む場合
は︑サンクションとして︑裁判官の心証が証明責任を負わない当事者にとって不利に形成される︒そして︑単純否認が許されるのは︑証明責任を負わない当事者が事実関係について何も知らない場合に限られる︵ZPO一三八条四項︶︒
次に︑ZPO三七二条aは︑血統確認の検査についての規定である︒職権探知主義の手続において︑証明責任を負わない当事者も身体検査に召喚され︑事実関係の解明について協力を強いられる場合がある︒このような強制力を伴う協 力義務は︑民事訴訟法の体系において例外的な規定である︒Stürnerは︑本条も法定された事案解明義務の一形態とし て捉えている ︵
︒ 16︶
そして︑ZPO四二二条︑同四二三条は︑ともに文書提出義務についての規定である︒提出義務のある文書は︑民法 上の規定により引渡しまたは提出しなければならない文書︵ZPO四二二条︶︑および相手方当事者が自ら立証のために引用した文書︵ZPO四二三条︶である︒Stürnerは︑これら文書提出義務の規定についても︑事案解明義務の法的
に整えられた例として位置づけている ︵
Stürnerに務実体法上義けづ務られた文書を出義︑︒ただし︑はZPOが文書提 17︶
︵二八七七︶
事案解明義務の法的根拠とその適用範囲 五一〇同志社法学 五八巻七号
制限し︑一般的な文書提出義務を否定していることについて批判的である︒
⑵ 法定の事案解明義務の問題点 Stürnerは︑法定の事案解明義務について二つの問題点を指摘している ︵
解の当事者︵証明責任を負う当事者︶主張具体化責任求について言及していないという点である︒すなわち︑めるを明 解一に︑法定の事案明︒義務の規定は︑解第 18︶
明を求める当事者が自らの主張について何ら具体化することなく相手方に事案解明義務を要求しうるとすれば︑相手方当事者に過度の負担を強いることになり︑公平さを欠くことになる︒それゆえ︑事案解明義務の前提として︑解明を求
める当事者が自己の主張を具体化することが必要不可欠であるという︒
第二の問題点として︑法定の事案解明義務は隙間だらけであるという︒すなわち︑ZPOの立法者は︑証明責任を負
わない当事者の一般的で包括的な事案解明義務および協力義務を創出することを怠っているのである︒例えば︑知られていない事実関係あるいは証拠方法についての訴訟上の情報提供義務︑検証対象の提示義務といったものは明文化され
ていない ︵
︒ 19︶
二 一般的事案解明義務
⑴ 訴訟法からのアプローチ︵実体法からの峻別︶ ドイツでは︑事実関係を解明するための手段として実体法上の情報請求権が発達している︒例えば︑BGB八〇九条︵物の閲覧請求権︶︑同八一〇条︵文書の閲覧請求権︶などがあり︑さらに︑BGB二四二条における信義則を根拠とし
て多くの情報請求権が認められている︒Stürnerは︑これらの実体法上の情報請求権は訴訟における事実関係解明の際 ︵二八七八︶
事案解明義務の法的根拠とその適用範囲 五一一同志社法学 五八巻七号 に不十分であると批判し︑訴訟上の事案解明義務︵特に一般的事案解明義務︶の必要性を主張する ︵
︑︑ばえ例︒しているわけではない対応に問題れるあらゆる現に訴訟中をおくがゆえに根拠に実体法︑は情報請求権の上 実体法︑すなわち︒ 20︶
身体検査受忍のための実体法上の義務︑あるいは証人を守秘義務から解放するための実体法上の義務というものは想像しにくい︒このように︑実体法上の情報請求権は︑訴訟の場面で適用しようとすると非常に中途半端なものとなる︒
また︑訴訟前の利害状況と訴訟中の利害状況が異なっていることも考慮されねばならない︒訴訟中においては︑原告の主張が正当か否かについての最終的な判断が重要である︒一方︑訴訟前においては︑事実関係の解明に最終的な重要
さはなく︑単に将来における訴訟の準備の役に立つにすぎない︒それゆえ︑訴訟上の事案解明義務は︑実体法上の情報請求権よりも包括的で広範囲なものである︒つまり︑訴訟上の事案解明義務は︑訴訟前および訴訟中という異なった利
害状況をともに包摂するものといえる︒
総じて︑個々の手続における事案解明が全体の事案解明に繋がる可能性があるならば︑この可能性は存分に利用され
るべきである︒そのためには実体法上の情報請求権では迂遠であり︑それゆえ︑実体法に依存しない固有の訴訟上の事案解明義務が必要となるのである︒
⑵ 一般的事案解明義務の内容 一般的事案解明義務は︑事案の類型を問わず︑幅広い適用範囲をもつ︒また︑一般的事案解明義務は︑事実陳述義務・ 証拠提出義務をはじめとして︑検証︵土地の検査︑身体の検査等︶受忍義務︑訴訟前の証拠保全義務 ︵
Stürnerののる個別の事案解明義務規て定を︑一般的事案解明義務いされうものである︒こよのにO定規︑にPZ︑は な包括的む含をも 21︶
現れとして捉えている︒そして︑事案解明義務についての法の間隙を︑現行の規定の解釈によって埋めることが可能で
︵二八七九︶
事案解明義務の法的根拠とその適用範囲 五一二同志社法学 五八巻七号
あるとする︒以下では︑一般的事案解明義務の内容︵根拠︑要件︑効果等︶について概観する︒① 一般的事案解明義務の根拠
一般的事案解明義務は︑証明責任を負わない当事者に事実主張および証拠提出を求める強力な義務であるから︑当然 しかるべき根拠が必要となる︒Stürnerは︑ドイツにおける憲法である連邦共和国基本法を一般的事案解明義務の根拠としている︒すなわち︑基本法が真実発見による国民の権利保護のための手続を保障していることは︑一般的事案解明 義務の問題を考えるにあたって決して無関係なものとはなりえず︑むしろ基本法は事案解明義務に親和的な影響をもたらすのである ︵
るたしており守を権利の自己は国民それによって︑保障を司法請求権のために権利保護の国民は基本法︒ 22︶
めに司法を利用できることは疑うべくもないが︑重要なのは︑基本法上の司法による権利保護の保障が︑真実発見を求める権利までをも含むのかどうかという点である︒この点についてStürnerは︑基本法一〇三条一項を挙げて︑基本法
は真実発見を求める権利を保障しているとする︒基本法一〇三条一項は︑﹁裁判所においては︑何人も法的審尋を請求する権利を有する﹂と規定しており︑国民に審尋請求権を保障する規定である︒一〇三条一項は︑真実発見および権利
実現のために協力を求める権利を保障していると理解される︒また︑連邦憲法裁判所も︑法治国家における訴訟手続の充実という点から︑徹底的な真実発見の重要性を強調している︒
さらにStürnerは︑民事訴訟法の目的も一般的事案解明義務の根拠として挙げている︒すなわち︑基本法の保障する真実発見による個人の権利保護は︑民事訴訟の目的に他ならず︑その目的を達成するためには証明責任を負わない当事
者の事案解明義務が不可欠であるという︒② 一般的事案解明義務の要件
証明責任を負わない当事者に一般的事案解明義務を課すための要件は︑証明責任を負う当事者が自己の主張について ︵二八八〇︶
事案解明義務の法的根拠とその適用範囲 五一三同志社法学 五八巻七号 具体化︵Substantiierung︶することである ︵
が自己ず自己の権利主張が納得しうるものであることを示︑しの権利主張に合理的な基礎があることを明らかにする手 るま︑ばらなめ当求なわち︑証明責任を負う事︒者が相手方に事案解明をす 23︶
かり︵Anhaltspunkt︶を示さなければならない︒つまり︑証明責任を負う当事者が︑自己の権利主張について何ら具体的な手がかりを示すことなく相手方に事案解明を求めることは︑当事者間の公平の観点から妥当ではないからである︒
それゆえ︑事案解明義務という強力な義務を相手方当事者に課すためには︑解明を求める当事者にも一定の行為︑すなわち主張の具体化が要求されるのである︒
ただ︑ここで問題となるのは︑要求される具体化の程度である︒すなわち︑事案解明を求める当事者の主張はどの程度まで具体化されればよいのか︑また︑いかなる場合であれば具体化の要求は縮減されるのかということが問題となる︒ この問題について︑Stürnerは次のように答えている︒証明責任を負う当事者が事実関係について不知である場合には︑詳細な事実が提出される必要はなく︑一般的な権利主張についての推定の基礎としての﹁手がかり﹂を提示することで
十分である︒反対に︑確たる根拠もなくでっち上げられた事実を主張するのでは不十分である︒
また︑主張の具体化を要件とすることには︑事案解明義務の濫用を防止するという意味もある︒つまり︑事案解明を
求める当事者に主張の具体化すなわち﹁手がかり﹂を提示させることにより︑解明を求める当事者が自身では何もせず
に相手方から情報を得るといったような︑事案解明義務の濫用的な利用を防いでいるのである︒③ 一般的事案解明義務の効果
事案解明義務の効果 ︵
裁判したZPO一三八条等の法定の事案解明義務に違反場合であるの効果について︑判例・通説は︑︒効果︶場合のの へのの証明責任を負わない当事者が事実関係協力解明とはを拒否した場合︵事案解明義務違反︑ 24︶
官の自由な証拠評価に委ねるとしている︒しかし︑Stürnerは︑義務違反の法的評価と自由な証拠評価を区別しない判例・
︵二八八一︶
事案解明義務の法的根拠とその適用範囲 五一四同志社法学 五八巻七号
通説の立場を批判し︑義務違反に対する制裁という面を強調すべきであるとする︒また︑事案解明義務違反の効果を証
明責任の転換とする説もあるが︑Stürnerはこの説に対しても︑証明責任の転換は違反者への制裁としてはあまりにも酷であるとして批判する︒
それゆえ︑Stürnerは︑解明義務の違反者にとって不利な事実の真実擬制を︑義務違反の効果とする︒なぜなら︑解明義務違反によって事実関係の解明がなされなかったのであれば︑解明されなかったことの代償が当然に必要となるわ
けであり︑その代償が違反者に対する制裁なのである︒この意味において︑違反者にとって不利な事実の真実擬制︵換言すれば︑解明を求める当事者にとって有利な事実の真実擬制︶が最も妥当な効果であるといえる︒ただし︑その擬制
は反証によって覆すことが可能である︒
また︑証明責任を負わない当事者が事実を知っているか︑あるいは証拠方法を隠しているか不明確な場合には︑事案
解明義務違反の存否について証拠調べが行われる︒ただし︑事案解明できないことについて帰責性がない場合には︑制裁が課されることはない︒
第二節 訴訟上の事案解明義務理論に対する学説・判例の反応一 学説の状況
⑴ 訴訟上の事案解明義務に肯定的な見解 訴訟上の事案解明義務を支持する論者として︑Schlosser ︵
実権報情の上法体は求で法ツイド︑は請 25︶︵
が多く認められて 26︶
いるのに対し︑訴訟法上の事案解明義務の規定があまりにも少ないと指摘する︒そのうえで︑実体法上の情報請求権を次のように批判する︒すなわち︑実体法上の情報請求権は︑当事者間に特定の法的関係︵契約関係など︶がある場合に ︵二八八二︶
事案解明義務の法的根拠とその適用範囲 五一五同志社法学 五八巻七号 限られており︑柔軟性を欠いている︒また︑多くの情報請求権の根拠とされているBGB二四二条の信義則の規定にしても︑被請求権者の陳述のみを情報源とするにとどまり︑証拠の提出まで要求することはできず︑有効性に欠けている︒ Schlosserは︑このように実体法上の情報請求権には限界があるとして︑訴訟法上の事案解明義務による補充が必要であると主張する︒すなわち︑事案解明義務を一般的かつ原則的な法理として認めるべきであるとする︒
また︑Stadlerは︑当事者の協力義務として事案解明義務を捉えている ︵
︒実に明解の係関事献にめたの方手相貢すているす摘指とるてるけづ務義をとこはっのよ法律上規定を超えて︑場合に 明証︑判はでこ害妨例を例にあげて︑︒がそ 27︶
すなわち︑検証の目的物を提出すること︑土地の検分を許容すること︑銀行あるいは医師を職務上の守秘義務から解放するといったことを拒否する場合は︑ZPO四二七条︑四四四条あるいは信義則によって︑証明を妨害した当事者にと
って否定的な証拠評価がなされるか︑証明責任の転換がなされる︒これらの訴訟上の制裁によって︑判例は当事者の協力義務を想定しているという︒というのも︑証明妨害に対する制裁は︑当事者が訴訟において受身でいる権利はないと
いうことを前提としているからである︒したがって︑Stadlerは︑訴訟法上に証明責任を負わない当事者の広範な協力義務が存在すると主張し︑この協力義務はStürner の一般的事案解明義務説によって基礎づけられるという︒
Stadlerは︑事案解明義務と証明責任の関係︑および事案解明義務と弁論主義の関係について次のように述べている︒
事案解明義務は事案解明のリスクを負う当事者の証明の負担を軽減するが︑客観的証明責任の機能する余地を無くすわけではない︒換言すれば︑徹底的に事案解明がなされたとしてもノン・リケットとなるリスクは残されている︒また︑
証明責任を負わない当事者の事案解明によってノン・リケット判決が回避されうるならば︑証明責任分配の基礎をなしている実体法上の公平感情にも矛盾しないであろう︒また︑広範な事案解明義務は︑弁論主義とも調和しうるのであり︑
一部で危惧されているような裁判官による事実の探知︵Inquisition︶を自動的にもたらすものではない︒というのも︑
︵二八八三︶
事案解明義務の法的根拠とその適用範囲 五一六同志社法学 五八巻七号
弁論主義の下においても︑当事者は真実発見のために協力を促されるからである︒その協力とは︑証明責任の割当て︑
あるいは純粋な訴訟上の義務に基づくものである︒
また︑Petersも協力義務の観点から事案解明義務説を支持している ︵
務般義力協の上訟訴な的一の者事当︑ちわなす︒ 28︶
の根拠は︑ZPO一三八条一項・二項︑同三二七条a︑同四二三条︑同四四五条等に求められ︑協力義務はこれらの規定からの類推によって導かれるとしている︒Petersは協力義務と弁論主義の関係︑協力義務と証明責任の関係について
次のように指摘している︒すなわち︑多くの論者が︑明確に規範化された個々の協力義務が存在するにもかかわらず︑証明責任を負う者のみが自己に有利な主張および証明をする義務があると誤解しているという︒つまり︑実際は︑協力
義務は訴訟経過を様々な方法で貫徹しており︑証明責任を負わない当事者にも事実主張および証拠提出の義務が生じうるという︒
具体的には︑事実主張のレベルにおいて︑証明責任を負わない当事者が協力するのであれば︑陳述が十分な具体化を欠くために失敗に終わるという訴訟の数は減少することになる︒また︑証明のレベルにおいても︑証明責任を負わない
当事者の応訴が協力義務に適ったものであれば︑証明責任を負う当事者の主張を完全なものにして︑かつ争う余地のないものにしうるということが期待できる︒反論がなされた主張については証拠調べをすることになり︑証拠調べにおけ
る相手方の協力義務は︑手元にある証拠方法を自由に利用させるというものである︒それによってノン・リケット判決の数は減少する︒相手方が協力を拒否した場合には︑ZPO二八六条一項に応じた評価がなされる︒その限りでは証明
責任を負う当事者は主観的証明責任から解放されるのである︒しかし︑その他の場合では︑換言すれば原則としては︑主観的証明責任は存続する︒また︑客観的証明責任については何ら変更するものではない︒それゆえ︑主張責任および
証明責任が一般的な訴訟上の協力義務によって変更されると評価すべきではないという︒ ︵二八八四︶
事案解明義務の法的根拠とその適用範囲 五一七同志社法学 五八巻七号 以上のように︑事案解明義務=協力義務は弁論主義ならびに客観的証明責任に変更を加えるものではないというのが StadlerおよびPetersの見解であり︑Stürner説と共通している︒総じて︑訴訟上の事案解明義務=協力義務を認める学
説は︑証明責任を負わない当事者は訴訟において完全な受身で良いのかという点から出発しており︑いずれの当事者も傍観者となることは許されず︑事実関係の解明に協力する義務を負うという点に帰結している︒
⑵ 訴訟上の事案解明義務に否定的な見解 ドイツの学説において︑事案解明義務は︑主に実体法上の情報請求権との関係︑および証明責任との関係という観点から批判されている︒端的に言えば︑前者は︑実体法上の情報請求権がある以上︑あえて訴訟上の事案解明義務を認め
る必要はないという批判であり︑後者は︑証明責任を負わない当事者に主張・立証を要求する事案解明義務は︑規範説による証明責任分配に影響を与えるのではないかという批判である︒
では︑まず実体法上の情報請求権の観点から批判を加えている見解について概観する︒実体法を重視する立場から︑訴訟上の事案解明義務について全面的な批判を展開しているのがArens である ︵
Arens 事実を請要の見発真︑ずま︑は︒ 29︶
案解明義務の根拠とすることに疑問を投げかける︒すなわち︑真実発見の要請は弁論主義と緊張関係に立つものである
から︑真実発見のみを訴訟の目的とすることは︑弁論主義の理念である﹁当事者による訴訟追行﹂に制限を加えることになるからである︒
また︑Arensは事案解明義務の要件および効果についても問題点を指摘する ︵
合することを当事者の権利主張が合理的な基礎を有示負す﹁手がかり﹂を要求されるが︑うを証明責任︑のためには立 事ず要件について案︑︒解明義務の成ま 30︶
理的な基礎を有するか否かについての判断は非常に困難であるという︒例えば︑ある契約違反があったことを手がかり
︵二八八五︶
事案解明義務の法的根拠とその適用範囲 五一八同志社法学 五八巻七号
に他の契約違反を推論できるかどうか︑ある違法な行為があったことを手がかりに他の違法な行為が推論できるかどう
かは︑極めて微妙な問題であり︑容易に判断することはできない︒すなわち︑いかなる事案においていかなる﹁手がかり﹂を示せば主張に合理的基礎があるといえるのか︑ということについて明確な類型と準則を立てることは不可能であ
るという︒それゆえ︑要件に不明確さが残る以上︑結局はすべて裁判官の裁量に委ねられることになる︒
次に︑Arensは事案解明義務違反の効果について︑相手方当事者が事案解明義務を果たしたかどうかについての判断
は極めて困難であると指摘する︒例えば︑相手方当事者が故意に︵真実を知っているにもかかわらず︶虚偽の陳述をしたり︑部分的に沈黙したり︑あるいは十分に調査をしなかったような場合︑それらの事情は解明義務者自身にしか知り
得ない主観的事情であるため︑義務違反の有無について客観的に判断することは不可能である︒ゆえに︑効果についても裁判官の裁量に委ねざるをえない︒
Arensは以上のことから︑事案解明義務は裁判官の裁量に依るところが大きいため︑裁判所の地位と権能を極端に強化し︑当事者権︵Parteirechte︶を不当に害することになると結論づけている︒しかしながら︑思うに︑事案解明義務
の目的は︑当事者を解明困難な状況から救済することであるから︑むしろ事案解明義務は弁論主義ないし当事者権を補充する役割を持つものであり︑当事者権を害することにはつながらないと解する︒裁判官の裁量に依る部分が多いとい
う点についても︑自由心証主義の下では多かれ少なかれ裁判官の裁量に依ることになるため︑Arensが事案解明義務の要件・効果について指摘する問題は許容の範囲内であろう︒
そして︑Arensは︑Stürnerのいう事案解明が必要とされる場合においては︑訴訟上の事案解明義務を持ち出すまでもなく︑実体法上の情報請求権によって解決できるという︒すなわち︑BGB二四二条の信義則の規定を根拠として︑当
事者間に特別な法的関係がある場合には︑権利者は義務者に対して情報の提供を求めることができる︒そのための要件 ︵二八八六︶
事案解明義務の法的根拠とその適用範囲 五一九同志社法学 五八巻七号 は︑権利者は自己の権利の存在と範囲について解明することが困難であるのに対し︑義務者は容易に情報を与えることができ︑かつ義務者に情報提供の期待可能性があること︑というものである︒そして︑義務者が情報提供を行わない場 合は︑情報提供義務違反の効果として︑義務者にとって不利な証拠評価あるいは証明責任の転換がなされる ︵
︒ 31︶
また︑Leipoldも︑当事者の情報提供義務の根拠を実体法に求める立場から︑訴訟上の事案解明義務について次のよ うに否定的な見解を述べている ︵
一三八条二しなけれ義務について︑自己に不利な事実開示までをもばをOZPならないという︑事案解明義務での意味 Stürner八述陳の項二条一三務︒すなわち︑が事案解明義の条文上の根拠とするZPO 32︶
項から導き出すことはできない︒一方の当事者が相手方に情報提供を求めうるかどうかは実体法の問題であり︑訴訟上の一般的事案解明義務を正当化することはできない︒
Leipoldはこのように事案解明義務を批判するが︑訴訟上の一般的事案解明義務を否定しても︑主張責任・証明責任の評価の際に︑当事者の事実・証拠への近さや情報獲得の可能性を考慮することを排除されるわけではないという ︵
︒す 33︶
なわち︑裁判官の自由心証の枠内においても︑訴訟前と訴訟中の当事者の行為が考慮されうるのであり︑証明責任を負う当事者の事実主張の際に︑相手方は二次的主張責任として︑一定の要件の元で反対主張について詳細に具体化するこ
とを要求されるというのである︒
次に︑証明責任の観点から︑事案解明義務が規範説による証明責任分配に影響を与えるという批判も存在する ︵
証明が︑にはなりえず状態の真偽不明もはや︑場合たされた果事案解明義務によって当事者わない負を証明責任︑わち すな︒ 34︶
責任の機能する余地がなくなるという︒そして︑事案解明義務の影響は客観的証明責任だけにとどまらず︑主観的証明責任にも及ぶとする︒すなわち︑事案解明義務を認めると︑客観的証明責任とパラレルに存在するはずの主観的証明責
任が︑証明責任を負う当事者から切り離されるというのである︒
︵二八八七︶
事案解明義務の法的根拠とその適用範囲 五二〇同志社法学 五八巻七号
しかし︑事案解明義務が果たされてもなお真偽不明である場合には︑証明責任によって判決がなされることになるた
め︑証明責任の機能する余地がなくなることにはならない︒また︑主観的証明責任が証明責任を負う当事者から分離されるという指摘は正しいが︑事案解明義務は規範説による証明責任分配の枠内で作用するものであり︑客観的証明責任
そのものは動かないのであるから︑特に問題は生じないと解する︒
⑶ 小括 ドイツにおいて︑訴訟上の一般的事案解明義務理論は以前から注目を集めていたが︑まだ一般に承認されるには至っ
ていない︒やはり︑実体法上の情報請求権との棲み分けの問題や︑証明責任を負わない当事者にも事実主張および証拠提出の義務を負わせることへの抵抗感が︑事案解明義務の浸透を妨げている理由であろう︒しかし︑そのような事案解
明義務を取り巻く状況に変化が生じ始めている︒すなわち︑一九九一年四月一日施行の司法簡素化法によって︑証拠保全手続が拡張され︑訴訟前・訴訟外において﹁保全目的﹂以外の証拠開示的機能を有する独立証拠手続が導入されたこ
とにより︑訴訟前・訴訟外における事案解明が一気に促進されることとなったのである ︵
事案解おけるしうる適用もに訴訟前︑とするものであるから可能を証拠開示・証拠収集に訴訟外・訴訟前せずに依存に 実体法︑は独立証拠手続この︒ 35︶
明義務の理念と合致するものであるといえよう︒それゆえ︑実体法だけが訴訟外の義務を創出できるとする立場からの︑訴訟上の義務たる事案解明義務は訴訟外・訴訟前において想定しえないという批判は︑もはや成り立たなくなっている ︵
︒ 36︶
したがって︑規範説や︑実体法と訴訟法の峻別といった永年の伝統を変容させる性質をもつ事案解明義務に対する抵抗感が︑まだドイツ学説において根強いものの︑独立証拠手続の導入は事案解明義務の理念に通じるものがあり︑少し
ずつではあるが︑事案解明義務が認知される方向にあるといえる︒ ︵二八八八︶
事案解明義務の法的根拠とその適用範囲 五二一同志社法学 五八巻七号 二 判例の状況⑴ 判例の個別的検討 ドイツの判例実務では︑事実関係の解明に際して実体法上の情報請求権が幅広く認められているため︑訴訟上の一般的事案解明義務は承認されていない︒しかし︑真実義務のような法定の事案解明義務を扱った判例は存在しており︑そ
れらの中には一般的事案解明義務により近い性質の判例も存在する︒以下では︑実質的に一般的事案解明義務を扱ったとみなされる判例について︑代表的な事例をいくつかとり上げて検討する︒
判例における事案解明義務の兆表は︑医療過誤訴訟の判例において確認することができる︒まず︑医療過誤訴訟で事案解明義務を扱ったと解される代表的な判例について見ていきたい︒武器対等の原則から医師側に事実主張・証拠提出 の義務があるとした事例として︑①︻連邦通常裁判所一九七八年三月一四日判決︵NJW 1978, 1681 ︵
つ特に期待可能性の事案解明よるに相手方当事者わない負を証明責任︑に︑であり判例ついてのに要件の事案解明義務 ︑は本件︒がある︶︼ 37︶
いて判示している︒事実の概要は以下の通りである︒
一九七二年六月四日︑X︵原告・控訴人・上告人︶は︑出産の負担を軽くするために︑医師Y︵被告・被控訴人・被
上告人︶から会陰切開手術を受けた︵出産は成功した︶︒Yは︑手術の際に︑肛門括約筋も切ってしまっていたが︑そ
のことを看過していた︒出産から四日後︑Xは会陰部に痛みを覚え︑失禁が起こった︒検査の結果︑肛門部に創傷があり︑創傷の周りの括約筋が軟化していることがわかった︒手術によって創傷部位は切除されたが︑括約筋の機能に障害
が残り︑それ以降︑Xは排便作用に支障をきたすようになった︒そこで︑Xは︑障害が残ったのは会陰切開手術の際にYが適切な処置をとらなかったことに起因するとして︑Yに対して損害賠償を求める訴えを提起した︒第一審︑控訴審
ともXの敗訴︒Xは上告した︒
︵二八八九︶
事案解明義務の法的根拠とその適用範囲 五二二同志社法学 五八巻七号
上告審は︑﹁医療過誤訴訟における﹃武器対等︵Waffengleichheit ︵
たち告原で囲範な能可に直︑が師医︑は則原の︶﹄ 38︶
る患者に対して自己の処置についての説明を行うことを要請するほか︑またその範囲で︑期待可能な証拠を提出することをも要請する︒この証明義務︵Beweispflicht︶を︑医師は手術報告書︑病状報告書︑患者のカルテからなる正規の診
療録を︑良き医師の慣行に合致するとおりに作成して提出することによって果たす︒﹂としたうえで︑﹁﹃武器対等﹄は︑手術報告書の提出と同時に︑被告が︑期待可能な範囲でその記録の一般的信憑性を明らかにする事実を主張し︑証明す
ることを要請する︒本件の場合︑Yによってなされた報告が手術との直接的な関係において記載されたということ︑とりわけ例えば︑偶発事故が認識可能となった時点以後に報告書が改竄された事実はないということの証明が︑これに属
する︒病院が規則正しい組織を整えている場合︑Yの側でこの立証をすることは不可能でなく︑したがってこの立証はYに要求される︒﹂と判示して︑原判決を破棄し︑差戻した︒
本判決は︑﹁武器対等﹂の原則を持ち出すことによって︑本来は証明責任を負わない被告医師の側に︑医師の処置について説明し︑証拠を提出するという義務を課した︒判決理由中では︑この義務は証明義務︵Beweispflicht ︵
︶と呼称さ 39︶
れているが︑期待可能性の要件に触れている点からも︑実質的には事案解明義務と同一のものとみることができる︒
次に︑医師が手術報告書の適切な作成を怠ったことについて証拠法上の評価が問題となった事例として︑②︻連邦通 常裁判所一九七八年六月二七日判決︵BGHZ 72, 132 ︵
︶︼がある︒事実の概要は以下の通りである︒ 40︶
一九六九年六月二九日︑Aは激しい腹痛を起こしたため︑外科医師Bの診察を受け︑盲腸手術を受けた︒Bは︑手術
前に行うべき尿検査を︑手術後に初めて行った︒同年七月八日︑Aの循環系統の破壊が起こり︑翌九日︑Aは死亡した︒Bは︑Aの死亡原因として︑﹁急性心臓衰弱および循環衰弱﹂︑ならびに﹁急性虫垂炎︵盲腸︶︑腎臓炎︑肺寒栓の疑い﹂
とカルテに記入した︒そして︑Aの死亡診断書には︑直接の死亡原因として﹁急性心臓衰弱および循環衰弱﹂と記入し︑ ︵二八九〇︶
事案解明義務の法的根拠とその適用範囲 五二三同志社法学 五八巻七号 その他死亡当時の病状として﹁腎臓炎︑肺寒詮の疑い﹂と記入した︒しかし︑BからAの家庭医に宛てた書簡では︑Bは﹁腎臓炎﹂について触れておらず︑尿所見について﹁要注意﹂であったと記載していた︒
Aが死亡したのはBの処置に問題があったためであるとして︑Aの遺族であるXら︵原告・控訴人・上告人︶は︑Bの相続人Y︵Bが死亡したため︶︵被告・被控訴人・被上告人︶に対して損害賠償を求める訴えを提起した︒第一審︑
控訴審とも請求棄却︒Xらは上告した︒
上告審は︑医師には診療録を適正に作成する義務があることを確認したうえで︑次のように判示した︒ ﹁医師の記録が明らかに不適切だとされる場合については︑特別な証拠法上の効果が生ずる︒この効果は︑故意の証明妨害に限定されるわけではない︒したがって︑医師が︑訴訟において自己の処置を詳しく証明するよう求められてい
ることを斟酌していなければならなかったか否かも問題とならない︒こうした訴訟法上の効果は︑判例が治療上の重大な過誤と損害との因果関係の証明に関して発展させた原則のもとに立たず︑独自の原則に帰結しなければならない︒も
ちろん本件においても︑硬直な規則に従って証明責任の転換が採用されることは許されず︑むしろ︑証明責任の転換にまで進むことのできる証明軽減︵Beweiserleichterung, die bis zur Umkehr gehen kann ︶が命じられる︒それは︑医師
が過失によって事案解明を阻害したという点からみて︑医師の過誤についての証明責任を原告に強制することが︑事実
審裁判官の裁量に従い公平上是認できない場合に限って命じられる ︵
︒﹂ 41︶
本判決は︑医師による記録が明らかに不適切であるような事案解明義務違反の場合には︑﹁証明責任の転換にまで進 むことができる証明軽減﹂という効果を認めた ︵
であの意味をもたせるという柔軟性に効果の事案解明義務違反︑であり証明軽減あくまで︑そのものではなく転換責任 証明︑とは﹂証明軽減むことができる進にまで転換の証明責任﹁この︒ 42︶
ると解される︒
︵二八九一︶
事案解明義務の法的根拠とその適用範囲 五二四同志社法学 五八巻七号
医療過誤訴訟以外の事例においても︑事案解明義務を扱ったと解される判例がみられるようになった︒例えば︑事案 解明義務の要件に関する判例として︑③︻連邦通常裁判所一九八二年一二月一日判決︵BGHZ 86, 23︶︼は︑判決理由において︑解明を求める当事者による﹁手がかり﹂の提示について言及している ︵
︒事実の概要は以下の通りである︒ 43︶
消費貸借契約の債権者X︵原告・控訴人・上告人︶は︑債務者Aに対する一二九万一三四〇マルクの貸金債権に基づき︑AがY銀行に対して有する債権を差押さえた︒AのYに対する債権の内容は︑交互計算 ︵
Kontokorrent︵︶の口座と 44︶
して登録されていた振替口座である︒Xは︑Yに対して当該債権の支払いを求める訴えを提起した︒第一審︑控訴審ともXの請求は棄却されたため︑Xは上告した︒
上告審は︑﹁被告が原告の陳述に対して反論する場合には︑被告は具体的に反論しなければならない︵ZPO一三八条二項︶︒説明義務を負う原告は事件経過の外にあり︑それに対して被告は全ての重要な事実を知っている場合には︑ 被告によって詳しい陳述が期待可能︵zumutbar︶である限り︑単なる否認をすることはできない︒﹂と判示したうえで︑﹁YがZPO八四〇条 ︵
提供をによってYがX︑たしたとしても果情報提供義務における︶規定の陳述義務の第三債務者︵ 45︶
された情報の不正確さについての手がかりを示した場合は︑Yはさらなる説明責任︵Darlegungslast︶を負う︒本件において︑Xは︑Yの情報の不正確さを示す手がかり―Aにとって有利な払込の存在―を提示した︒それゆえ︑Yは
さらなる説明責任を負う︒この説明責任は︑証明を必要とする事実関係の明確化のために役立ち︑ZPO八四〇条によって提供される情報の範囲を超えるものである︒﹂として︑YはXに対して︑Xの支払請求権の前提となる情報︵差押
債権の限度︑支払をする用意の有無およびその限度︶について説明しなければならないとする判断を示した︒
本判決は︑ZPO一三八条二項︵相手方主張の事実についての陳述義務︶を根拠に︑証明責任を負う当事者が事実経
過の外に置かれているときは︑事実についてよく知っている相手方に対して︑より詳細な説明を求めることができると ︵二八九二︶
事案解明義務の法的根拠とその適用範囲 五二五同志社法学 五八巻七号 判示した︒ZPO一三八条二項は︑﹁各当事者は相手方によって主張された事実について陳述しなければならない︒﹂と規定するのみであるが︑本判決は本項の法意を積極的に解釈し︑相手方は期待可能である限り詳細な陳述をしなければ
ならないとした︒この点において︑本判決における事案解明義務は︑個別の規定から拡張された︑一般的な事案解明義務に近い性質を有するものであるといえる︒
また︑事案解明義務の内容についての判例として︑④︻連邦通常裁判所一九八〇年九月三〇日判決︵NJW 1981,113︶︼は︑被告保険会社の被保険者に対して事案解明義務を認めている ︵
︒事実の概要は以下の通りである︒ 46︶
一九七三年九月二七日︑訴外Aは︑Y保険会社︵被告・被控訴人・被上告人︶の責任保険に加入している訴外Bの車を窃盗した︒Aは︑Bがハンブルグの公道に鍵をかけて止めておいた車のドアをこじ開け︑車内で発見したスペアキー
を用いて窃盗に及んだのである︒Aはそのまま車を運転してケルンへ向かった︒同年十月二日の夜︑ケルンで︑Aは速度を出しすぎて運転していたため警察のパトロールカーに制止を命じられたが︑Aは制止を振り切って逃走した︒その
ため︑警察はAの運転する車を追跡した︒Aの追跡の途中︑ある交差点で︑パトロールカーは左折してきたCの車と衝突し︑Cおよびパトロールカーに乗っていた警察官DとEは重傷を負った︒X︵州︑原告・控訴人・上告人︶は︑警察
官DとEの所属行政庁としてCに損害を賠償した︒
Xは︑Aとは別に︑Yに対して︑Cへの賠償金および負傷したDとEへの生活保障金等の支払いによってXが被った損害のうち︑六〇パーセントの賠償を求める訴えを提起した︒一審︑二審ともXの請求は棄却され︑Xは上告した︒
上告審は︑乗用車の無断使用がなされた場合の保証に関する規則には︑無断使用者が逮捕を免れるために引き起こした事故による損害についても含まれるとしたうえで︑﹁BやBの妻が︑運転者つまり車の所有者としての性質上その過 失について責められる場合には︑StVG︵道路交通法︶七条三項 ︵
し管償補ていつに果結の理の車な分十不はY︑りよに 47︶
︵二八九三︶
事案解明義務の法的根拠とその適用範囲 五二六同志社法学 五八巻七号
なければならない﹂と判示した︒そして︑過失の証明については︑スペアキーが車内に残されていたことの立証によっ
て可能になると述べ︑﹁証明責任に関しては︑なぜ無断運転がなされたかの原因の解明のために︑車の所有者の協力を求めることが考慮される﹂と判示し︑Bに対して事案の解明を求めうることを示唆した︒
本件は︑被告本人に対してではなく︑被告と密接な関係をもつ第三者に対して事案の解明を求めた特殊な事例であるといえる ︵
事によってせられた課にB︑されるため推認が過失立証されていたことの残に車内スペアキーが︑では本件︒ 48︶
案解明義務の内容は︑車が窃盗された日におけるスペアキーの所在を説明することである︒このように︑本判決における事案解明義務は︑個別の規定から離れ︑一般的な事案解明義務により近い性質を有していると評価できる︒
同様に︑⑤︻連邦通常裁判所一九九四年一〇月一〇日判決︵NJW 1995, 129︶︼も︑事案解明義務の内容について判示した判例である ︵
︒事実の概要は以下の通りである︒ 49︶
Y︵被告・被控訴人・被上告人︶は︑信託有限責任社員としてA合資会社に参加していた︒Yは一九七一年九月二四日に建築商Bと共に︑共同出資者としてA合資会社を設立した︒会社の目的は︑建物付き土地および更地の購入︑住居
用建物および会社用建物の建築︑建物の賃貸である︒X︵原告・控訴人・上告人︶は︑二五万マルクを出資することについて署名した︒しかし︑その後︑Yが発行した出資案内書の記載が偽りであり︑出資すれば損失を伴うことが判明し
た︒そのためXは︑Yに対して︑出資額の償還を求める訴えを提起した︒訴訟において︑Xは︑出資案内書には補償に関することが明記されておらず︑建設費についての記述が不正確であり︑達成不可能な投下資本の利回りが基礎にされ
ていると主張した︒一審︑二審ともXの請求は棄却された︒そのためXは上告した︒
上告審は︑﹁当事者は︑原則として︑ZPO一三八条四項 ︵
象よ対の識認の身自者事当びお為行の身自者事当︑りよに 50︶
であった事実について否認することはできない︒﹂と述べたうえで︑﹁Yは︑出資案内書等の文書を︑保存期間の終了の ︵二八九四︶
事案解明義務の法的根拠とその適用範囲 五二七同志社法学 五八巻七号 ため処分したと主張するが︑これまで明確な陳述を行っておらず︑出資案内書の内容について不知による否認を認めることはできない︒﹂とした︒そして︑出資案内書における建設費の記載について︑Yに事案解明義務があると指摘した
うえで︑﹁Yが︑賃貸料の入らない場合の保証のために︑建設費を故意に水増しして記載したという事実について説明しなければ︑Yは事案解明義務に違反する﹂という判断を示した︒
本判決は︑ZPO一三八条四項の文言をより積極的に解釈し︑当事者が認識しえた事実について不知の陳述は許されず︑詳細な説明が必要であるとして︑Yに対して建設費の不正な記載についての事案解明義務を課した︒本判決も︑個
別的な事案解明義務の規定に基づきながら︑一般的な事案解明義務に近い性質を有しているといえる︒
最後に︑連邦通常裁判所が訴訟上の一般的事案解明義務を明確に否定した事例が︑⑥︻連邦通常裁判所一九九〇年六 月一一日判決︵NJW 1990, 3151 ︵
︶︼である︒事実の概要は以下の通りである︒ 51︶
Xら︵原告・控訴人・被上告人︶は︑共同相続人であり︑合名会社社員であった被相続人Aの権利承継人である︒Y
︵被告・被控訴人・上告人︶は合名会社に入社した新社員であり︑Yの入社後︑Aは破産し︑破産手続が開始された︒Yは︑破産管財人との間で破産財団へ持分を払い戻す一方︑破産管財人がAの合名会社からの退社を承認宣言するとい
う契約を破産管財人と締結した︒Yは︑実質上︑単独で合名会社の業務執行を継続した︒
Xらは︑忠実義務違反を根拠として︑Yの他会社への利益移転によって生じた損害の賠償を請求した︒第一審はXらの請求を棄却︒原審は利益移転についてYに事案解明義務を課し︑Yがそれを果たさなかったため︑Xらの請求を認容
した︒Yは上告︒
上告審は以下のように判示して︑原判決破棄・差戻しとした︒ ﹁控訴審は︑損害賠償請求の理由および金額について︑次のように評価している︒確かにXらは︑詳細に申し立てて
︵二八九五︶
事案解明義務の法的根拠とその適用範囲 五二八同志社法学 五八巻七号
いる主張を証明しうる具体的な事実を陳述できなかった︒しかし︑Xらは具体的かつ重大なYの会社利益移転の事実の
存在可能性を︑蓋然性のある状況証拠と手がかりによって証明した︒この主張具体化の補充によって︑Xらは主張責任を十分に果たした︒本件のような事案は︑請求権者が重要な事実の知識を有していないため︑広範囲にわたって主張具
体化の事実を陳述する枠の外にいる典型例だからである︒このような事例で︑被告に事案解明義務が期待できる場合︑訴えを提起した当事者の主張具体化義務︵Substantiierungspflicht︶は︑被告の事案解明義務の強化によって軽減される︒
しかし︑Yは期待された事案解明義務を果たさなかった︒﹂
﹁控訴審は︑訴訟上の一般的事案解明義務説に基づいている︒最近︑この学説はStürnerによって広く議論された︒し
かし︑この学説は支持できない︒民事訴訟で真実発見が本質的に重要だということは︑当事者が真実発見に奉仕する行為を一般的に義務づけられるということではない︒真実発見義務も︑法治国家原則も︑立法者が民事裁判を弁論主義の
下に置くことを妨げることはできず︑必要な事実主張や証拠方法を決めるのは︑第一に当事者に委ねられている︒その上に民事訴訟では主張責任や証明責任の法則が成り立っている︒一方当事者が相手方当事者に対して情報︑収支決算書︑
資料の引渡等の請求権を持つかどうかは実体法上の問題であり︑これらの請求権は条文上に明記されている︒
さらに︑法律関係の内容次第で︑そして信義誠実原則における利益状態の内容次第で︑これらの事案解明義務は正当
化される︒しかし︑一般的な事案解明義務を実体法は認めていない︒そして︑この事案解明義務を導入することも訴訟法の義務ではない︒誰も︑訴訟の相手方を勝たせるために︑資料を相手方に与える必要はない︑という原則に留まる︒
以上の理由から︑控訴審の訴訟上の一般的事案解明義務についての判旨は破棄をまぬがれない︒
しかし︑特定の場合のみ︑第一次的に主張責任・証明責任を負う当事者の相手方当事者に対して︵第二次的な
︹sekundäre︺︶主張責任を義務づけることができる︒つまり︑主張責任を負う当事者が︑事件経過の枠外にあり︑基準 ︵二八九六︶
事案解明義務の法的根拠とその適用範囲 五二九同志社法学 五八巻七号 となる事実の詳しい知識を持っておらず︑他方︑相手方当事者はその知識を持っており︑それについて詳しく報告する期待可能性がある場合である︒しかし︑このような法的観点から︑控訴審は当事者の主張を審理しなかった︒﹂
以上のように︑上告審は︑控訴審の判断がStürnerの一般的事案解明義務説に基づいていると指摘したうえで︑一般的事案解明義務説は支持できないとした ︵
当事第一次的う負を証明責任・主張責任に﹁については事例の特定︑しかし︒ 52︶
者の相手方当事者に対して︵第二次的な︶主張責任 ︵
︒︑される解していると残を余地める認を事案解明義務によって事例の個別したわけではなく否定に完全を務 事案解明義︑していることから判示と﹂づけることができる義務を 53︶
⑵ 小括 当初︑訴訟上の一般的事案解明義務は︑医療過誤訴訟の分野において発展してきた︵①︑②判決︶︒医療過誤訴訟では︑原告たる患者対被告たる医師︵あるいは病院︶という構図になるため︑証拠は医師・病院側に偏在し︑必然的に原告は
立証困難を強いられることになる︒そこで︑医療過誤訴訟における武器対等の原則から導き出された医師の証明義務︵医師が︑手術報告書やカルテなどの診療録を適切に作成して提出する義務︶によって︑立証困難の軽減を図ったのである︒
一方︑法定の事案解明義務については︑主にZPO一三八条二項および四項を根拠とする判例が見られる︒ZPO一
三八条二項を扱った③判決は︑事実関係をよく知っている相手方に対して︑単なる陳述にとどまらず︑より詳細な説明を求めうることを認めた︒また︑ZPO一三八条四項を扱った⑤判決は︑当事者が認識しえた事実については不知の陳
述をすることはできず︑具体的に陳述しなければならないとした︒そして︑④判決にいたっては︑被告たる保険会社の被保険者に解明義務を課しており︑ZPO一三八条二項を根拠としているものの︑かなり一般的事案解明義務の色合い
が濃くなっている︒これらの判例︵③︑④︑⑤︶は︑個別的な法定の事案解明義務を︑より一般的な方向へ向かわせる
︵二八九七︶
事案解明義務の法的根拠とその適用範囲 五三〇同志社法学 五八巻七号
ものとして評価できる︒
しかし︑判例は︑事案解明義務を無制限に拡張する方向へは向かわず︑⑥判決において︑連邦通常裁判所はStürnerの一般的事案解明義務説を明確に否定したのである︒すなわち︑判例実務はStürnerの唱える広範な事案解明義務理論
を採用しないことを明らかにした︒⑥判決は︑事案解明義務の扱いをめぐって混乱していた実務の状況を収束させるものであり︑事例的な意義は非常に大きい︒しかしながら︑⑥判決は︑特定の事例については︑証明責任を負わない当事
者に第二次的な主張責任を義務づけることができるとしており︑一般的事案解明義務の考え方を完全に否定したわけではないと解される︒ただ︑Stürner説との明確な違いは︑連邦通常裁判所の見解が︑解明を求める当事者による﹁手が かり﹂の提示の要件を必要としない点である︒学説においても批判の多い﹁手がかり﹂の要件の不明確さが︑連邦通常裁判所がStürner説を否定した最大の理由であると解される︒しかし︑証明責任を負わない当事者による事案解明が必
要な場合があるという点については︑連邦通常裁判所もStürnerも共通の認識をもっており︑結論において両者の違いはそれほどない︒
第三章 日本における事案解明義務理論の展開 第一節 学説の状況一 学説の個別的検討
本節では︑日本における事案解明義務の学説について検討する︒ここでは︑Stürnerに端を発する狭義の事案解明義
務説にとどまることなく︑﹁証明責任を負わない当事者にも事実主張・証拠提出を要求する﹂学説について︑幅広くと ︵二八九八︶