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日本型人事システムの再検討

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著者 樋口 純平

雑誌名 同志社政策科学研究

巻 3

ページ 233‑256

発行年 2002‑02‑28

権利 同志社大学大学院総合政策科学会

URL http://doi.org/10.14988/pa.2017.0000004741

(2)

日本型人事システムの再検討

樋 口  純 平

あらまし

 バブル崩壊以降、日本的雇用慣行のもたらす コスト圧力やその非効率性を問題として、日本 型の人事・雇用システムにおける抜本的な改革 の必要性が提起されてきた。長期継続的雇用を 前提とした年功的処遇を、雇用の流動化・多様化 を射程に入れて成果主義的に再編すること、そ れが近年の改革における支配的な論調である。

こうした改革の趨勢に対して、本稿では日本企 業における人事・雇用システムの再評価を行い、

漸進的な改革の必要性を主張する。

 日本企業はこれまで、製造業を中心に抜群の 国際競争力を発揮するとともに、高い成長と生 産性を達成してきた。それを可能としたのは、日 本的雇用慣行のもたらす硬直性を修正的に克服 しながら労使関係を人事諸制度へと安定的に構 造化しえた人事労務管理上の成功によるところ がおおきい。また、従来のシステムが効率的な技 能形成を実現するものであったとして積極的な 評価を与える論者も少なくないが、本稿では上 記のような人事労務管理施策がこれを可能にし たものと捉える立場から、その仕組みをより立 ち入って検討する。その上でシステムに内在す る今日的な問題点を明らかにし、その補完可能 性について検討を加えている。

1.はじめに

 近年の日本企業は、人事・賃金制度の刷新をそ の根幹として雇用の流動化・多様化をうながす 方向にある。周知のように、バブル崩壊以降、日 本型の人事・雇用システムにおける包括的な見 直し論が再燃した。改革論の多くは、年功制と終 身雇用に代表される、いわゆる「日本的雇用慣 行」の限界に注目し、構造的な改革の必要性を提 起している1。しかし、日本企業がこれまで「日 本的雇用慣行」を大枠として維持しながらも高 い成長と生産性を達成してきたという歴史的事 実に鑑みれば、従来のシステムには労務費の下 方硬直性と自動増大の圧力を補って余りあるコ ストベネフィットが存在していたとみるのが妥 当であろう。したがって、「日本的雇用慣行の限 界→構造改革」という文脈から抜本的な制度改 革を推進することは早急に過ぎるように思われ る。むしろいま必要とされているのは、「日本的 雇用慣行」という抽象的なキーワードによって は表現されえない従来の人事・雇用システムに おけるメリットと問題点を、できる限り正確に 把握することにあるのではないだろうか2。  オイルショック以降、国際的な注目を集めた

  1  人事・雇用システム改革における問題の焦点は、さしあたり「日本的雇用慣行」に深く根差した過剰雇用や高賃金を始めとする 近時のコスト圧力に置かれているものと見るのが妥当であろう。実際、最近時に至っても、景気が緩やかな回復に向かう中で、雇 用過剰感と労働分配率はかつてない高まりを見せていることが確認されている[労働省00]。これらは、①経済の長期的な成熟化傾 向、②円高による企業の対外的な高コスト体質の助長、③人口と労働力の急速な高齢化、④技術パラダイムの変化(情報化)と いった「メガトレンド」[島田 94]と「日本的雇用慣行」との齟齬が、バブル崩壊を契機として先鋭化したものといえる。こうした 問題認識に立てば、日本企業にとってありうべき人事・雇用管理上の政策は、(イ)雇用を流動化・多様化することにより企業の 高額かつ固定的な人件費を、総額人件費管理の視点から収益に見合った柔軟なものに変えてゆくこと、より穏当には(ロ)年功 的な昇進・昇格管理や賃金の分配方式の変更を通じて、賃金と生産性の均衡、ひいては企業収益との連関を確立してゆく必要が ある、という二点に集約されざるをえないであろう。

  2  ラディカルな改革を提唱する議論には、しばしば日本の人事処遇制度を平等主義的なものとする誤解が散見される。たとえば、「成

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日本的経営の強みについて、かつては「日本的雇 用慣行」それ自体に合理性を求める文化論的な 説明がなされていた3。しかし近年では、小池和 男による内部労働市場論にもとづいた解釈が支 配的となっている4

 [富永・宮本 98-1]はこれを基礎に置きながら、

近年の人事・雇用システム改革を「構造−機能−

変動理論」にもとづいて次のように説明する。

 従来の「雇用システム(=構造)」は、それを 一方で規定する「労使・従業員関係(=内部環 境)」を、雇用保障や年功的処遇を中心とした複 合的諸制度によって安定的に構造化してきた。

それを通じた協調的労使関係が、「技能形成→労 働生産性」というシステムの高機能連関を可能 にし、日本企業を成功に導いてきたのである。し かし、「雇用システム」をもう一方において規定 する「技術・市場・社会・国際環境(=外部環境)」 の変化によって、従来の機能連関に問題が生じ ている。したがって、その均衡を回復する必要に 迫られているのが現在の状態である、としてい る。

  しかしここでは、人事制度の仕組みが経営管 理の視点を伴って記述されていないため、従来 のシステムにおける機能連関のあり方が十分に 明らかではない。また近年の問題点についても、

内部環境におけるコスト圧力が外部環境の変化 に卒然と対置されるにとどまっており、システ ムに内在的な問題点については言及されていな い [富永・宮本 98-2]。

 [八代(尚)97]も、小池理論に依拠したより多角 的な視点から、従来の雇用システムを「技能形成 を効率的に行うためのきわめて合理的なシステ ム」として積極的な評価を与え、漸進的な改革の

可能性を指摘している。しかし氏の議論におい ては、システムと外部環境との適合性に比重が 置かれており、漸進的な変化の態様を規定する 内部環境要因については捨象されている。その ために、改革論としては、企業収益の変動に見 合った適正な雇用ポートフォリオ選択が示唆さ れるにとどまっている5

 以上の議論を踏まえて、本稿では日本企業の 成功を支えてきた「内部環境」のあり方と、それ がシステムの高機能連関へと帰結する仕組みを より立ち入って検討する。「労使関係−技能形成

−労働生産性」という高機能連関はあくまで一 つの結果であり、他方ではこれを可能としたコ ンテクストとして「制度」や「管理」の内実が問 われなければならない。ここにおける再検討の 作業は、理論的には小池和男氏の所説をめぐる 批判的検討を含意することとなる。また政策的 な視点からいえば、労使関係における人事諸制 度への規定性とこれを背景とした人事労務管理 の具体的展開を明らかにし、あわせてそれが機 能不全に陥った制度的要因とその補完可能性に ついても検討をくわえる。こうした作業を通じ て、従来のシステムの積極的な再評価をおこな うとともに、人事システム改革が漸進的に展開 されるための方法的な視点を示したい。

 議論を明快にするために、本論において用い る「人事システム」という概念についてふれてお きたい。本稿でいうところの「人事システム」と は、[佐藤・藤村・八代 99]によって提示されてい る「人事労務管理システム」モデルにもとづいて いる。先述した富永・宮本の「雇用システム」モ デルと基本的な違いはないが、佐藤・藤村・八代 のモデルにおいては「構造−機能」の連関がやや

果を出しても出さなくても報酬に差がなく、企業業績へ貢献することへの動機づけが減ってしまった」[北原95] とする年功制批判 は、近時の論調における一つの典型である。しかし本論において明らかにされるように、実態的には、日本企業の処遇制度はイ ンセンティブに富んだ競争的なものであり、上記のような問題認識からは的確な問題解決策も導きえないように思われる。

  3  その代表的なものとして、[OECD77]があげられる。しかし、それは一つの結果論であり、ここに政策的な意義を求めることは困 難であろう。

  4  小池理論の詳細については本論において言及するが、その枠組みはおおよそ次のようである。すなわち、内部昇進方式による技 能形成と熟練の企業特殊的性格が定着すると、使用者にとっては労働者の離職コストが拡大し、また労働者にとっては退出コス トが拡大するので、雇用は長期化する。また、技能は勤続が長期化するにつれて高まるので、賃金は年功カーブとなる。大枠と しての小池理論のポイントは、①国際比較的な視点から「日本的雇用慣行」を、内部昇進制が確立されている「程度の差」に還 元したこと、②こうした理論枠組みの中心に OJT を通じた技能形成を位置づけており、これを経済合理的なモデルとして提示し たこと、という二つの点に求められよう。以上のような内部労働市場論の理解については、さしあたり[小池91a]を参照されたい。

  5  八代(尚)の議論はまことに網羅的であるが、その骨子はさしあたり次の点に求められる。技術革新や市場の需要構造における急 激な変化が、熟練を陳腐化させるリスクを拡大させる。これに経済成長率の低下が加わることによって、物的資本と同様に企業 特殊的人的資本への期待収益率を低下させることとなる。したがって、固定的な人的資本と流動的な人的資本からなる雇用ポー トフォリオの適正な選択を通じて、長期的には内部労働市場の縮小均衡が展望される、というものである(同書、pp.132 − 135)

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具体的に示されているものといえる。これを、概 念図とともに整理しておこう。

(i) 人事システムとは、内外環境による一定の 制約条件のもとで、人事戦略にもとづいて 経営が戦略的に選択した人事諸制度の体系 である。内部環境とは労使・従業員関係を、

また外部環境とは市場的条件を指す。

(iii)人事システムの中心的な機能は、従業員を 動機づけるための誘因(=報酬)を開発・提 供し、人的資源の開発意欲と活用意欲を向 上させることにある。これを通じた人的資 源・労働サービスの維持・向上がはかられ る。したがって、機能への連関は誘因の有効 性にかかわる従業員の価値観や就業ニーズ という内部環境要因に強く規定されること となる。

本論の構成は、以下の通りである。

 2節では、国際比較的な視点から日本型人事 システムの優位性を概観し、再評価のための視 座を与える。

 3節では、日本企業の中心的な人事戦略であ る能力主義管理に注目し、労使関係が人事諸制 度へと安定的に構造化されるプロセス(「労使関 係→人事戦略→人事システム」連関)を歴史的な 視点から明らかにする。

 4節では、能力主義管理の普及・定着によって

成立した職能資格制度、および評価制度と昇進 管理を通じたインセンティブの仕組み(「人事シ ステム→機能」連関)を立ち入って検討する。ま た第3節との連続性を踏まえて、それが機能不全 に陥ったシステム内在的な要因を明らかにし、

その補完可能性について検討を加える。

2.人事システムの国際比較 2.1 組織の比較モデル

 日本型人事システムに固有の特性とそのメ リットを明らかにするためには、国際比較的な 分析視角が不可欠である。それを概括的に把握 するための枠組みとして、まずは[石田(英)85-1]

によって提示された企業組織の国際比較モデル を紹介しておきたい。氏は企業組織の広範な国 際比較調査にもとづいて、①職務概念と組織編 成、②労働市場の内部化と指向性、③組織的・人 的資源の平等配分、という三つの視点から日本 と欧米の企業組織を特徴づけている。このモデ ルは、序章でふれた小池の内部労働市場論や [Dore87]による国際比較モデル6に、①の要素を 加えたより包括的な枠組みであるといえる。そ して、いうまでもなく処遇制度はこうした組織

内部環境

(=労使・従業員関係)

人事戦略

外部環境

(=市場的条件)

人事システム

(=人事諸制度)

人的資源の 開発・活用意欲向上

(=労働サービス)

    図1 人事システム・モデル

出所)上掲書、図 1-3、1-4、および本書の記述をもとに作成。

  6  [Dore87]は、人事・雇用管理の態様を中心とした日本企業とイギリス企業の比較観察を通じて、「組織志向型」「市場志向型」と いう古典的モデルを析出した。それによれば、企業内での昇進と教育訓練、組織への高いコミットメントを特徴とする前者に対 し、後者は職能的・階級的な帰属意識が濃厚であり、流動的なキャリアを志向するものとされる。また、両者のモデルをもっと も明確に分かつ基準として、イギリスでは中間層の職員しか享受できない処遇を、日本では現場労働者にも与えているという特 徴が指摘されている(同書、pp.292 − 309)。Dore の主張は、上記のような「組織志向型」の特性が「後発的効果」(…後進的工業 国のゆえに、先進諸国の生み出した近代的な技術や制度を、伝統的制度や慣行の妨げなしに導入しうるというメリット…同書、

pp.450−466)に由来するものであるとし、イギリスにおける日本モデルへの収斂を先見的に示唆するものであった(同書、pp.373

− 408)

(5)

特性を正確に反映している。これを通じて、日本 型人事システムに存在する機能的優位性もより 正確に捕捉されよう。モデルの内容は、以下の通 りである7

①欧米では個人の職務内容・責任・権限が明確に 規定され、組織は個人の職務をピラミッド型 に積み上げたものとして存在する。これに対 し、日本では職務の明確な分担は限られ、状況 即応的な自発的、弾力的役割行動が期待され るアミーバ状の組織形態をとる。

②欧米ではホワイトカラー、ブルーカラーの階 層的障壁が高く、それを超えた昇進は容易で はない。また、各階層ごとに企業外への移動が 比較的多い。これに対し、日本では階層を超え た昇進機会が開かれており、企業外の雇用機 会ではなく企業内昇進を志向する。

③欧米では、権力や報酬といった組織の資源、お よびモチベーションや組織目標への一体感と いった人的資源が、組織階層の上層に大きく 下層には小さく配分されている。これに対し、

日本企業における階層差は欧米ほど明確では なく、比較的平等な資源配分がおこなわれて いる。

 上記の枠組みをふまえて、次に人事システム の構造をなす諸制度、およびこれを規定する労 使関係の態様について概観したい。

2.2 制度と労使関係

 周知のように日本企業は、「長期的視野に立っ

た経営」と「人間中心(尊重)の経営」を、その 経営理念として掲げてきた[日経連 95-1]。それ は、これまで「正規従業員については…定年まで の「終身」雇用機会と必要生計費の上昇に見合っ た賃金保障を行いながら、配置(転換)と内部昇 進、さらに OJT を中心とする教育訓練(投資)を 通じてその人的資源の質的向上と開発に努める」

という「「伝統的」雇用慣行」のあり方において 表現されてきたものといえよう[稲上 89]。

 そこで人事諸制度の中心となってきたのは、

職務遂行能力を基準として設計される職能資格 制度であった。職能資格制度とは、長期的に開発 される職務遂行能力の伸長に応じて従業員を格 付け・序列化するものであり、各人の賃金や仕事 配分をはじめとした人事処遇全般は、これを基 準として展開される。前節で提示したモデルに 即していえば、

①人を組織の中心に据えた制度設計であり、こ れによって柔軟な職務・組織の編成がおこな われる。

②能力の長期的蓄積に応じた格付け、処遇に よって内部昇進制が担保される。

③こうした制度は正規従業員を対象とするかぎ りにおいて、上級管理職から工場の直接労働 者までを包含して一元的に適用される。

 すなわち上記③の要因によって処遇の階層的 平等化がおこなわれ、①〜②を前提とした内部 労働市場が強力に一元化されてきたわけである。

 これに対して、欧米のとりわけ労使関係が日 本と対照的であるアメリカとイギリスでは制度 のあり方が顕著に異なっている。まずは株主退

  7  石田(英)(上掲書)は、必ずしもこのモデルを通じて日本企業の優位性を主張するものではない。氏の関心事は、日本企業の海外 進出を背景としたマネジメントの現地化と関わって、日本的経営のトランスファー可能性を論ずることにあったからである。

図2 組織の比較モデル 出所)石田(英)(上掲)、図 1 − 2 〜 4 をもとに作成

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出型の影響力を背景とした、英米におけるいわ ゆるアングロ・サクソン的経営方式とのスタン スの相違に注目しよう。

 [稲上 97]は伝統的なイギリス型経営のあり方 を、端的に「人的資本投資に消極的な短期的経 営」と定義づけている。すなわち、経営者にとっ て従業員教育は削減すべきコストの一項目にす ぎず、労働者は必要に応じて買い入れ、必要がな くなれば市場に吐き出すレディ−メードな商品 にすぎない。それゆえに、ここではコスト管理を 重視した仕事基準の制度設計がなされ、労働力 は現にある職務に応じてアド・ホックに要請さ れることとなる。そこに示唆されるのは、人的資 本の頻繁な企業間移動や熟練度の高い人的資本 の不足であり、従業員のコミットメントも期待 できないものとされる。

 企業経営におけるこのようなスタンスの相違 は、その表裏の関係から制度に影響を及ぼす組 織労働者の存在形態と相互規定的なものである。

[熊沢93-1]は労働組合における英米との国際比較 分析を通じて、各々の組織労働者の性格を次の ように規定している。すなわち「欧米型の組織労 働者」とは、「階層上昇の可能性が確信され、成 功的な地位を求めてヒエラルキーを経上がる競 争に投企する…上層ホワイトカラー、職長と いった未組織上層から自己を区分している」存 在である(同書、p.48)。これに対し日本の組織 労働者とは、「競争→能力発揮→成功(階層上 昇)」を追求する存在であり(同書、p.74)、「「労 働者」であるよりも「従業員」であること、労働 者の価値観が経営者…の価値観から未分化であ ること、労働者間競争がはげしく「労働者階級」

からの脱出志向がなお濃厚であること」(同書、

p.127)をその特徴としてきたとする8。こうした イデオロギー上の相違は、職業別組合の伝統を 背景とした欧米と、ホワイトカラーを包摂する 企業別組合という日本特殊的な労働組合の存立 形態と相俟って、各々の制度的相違に反映され ているものといえよう。

 それではこうした労使関係の表出である英米 の制度実態とは、いかなる特徴を帯びているの か。概括的に言えば、そこではブルーカラーとホ ワイトカラーとでそれぞれに異なったルールが 適用されており、これによる処遇格差を伴って 内部労働市場が分断されている。その例を、さし あたりアメリカの典型的なモデルに求めてみよ う。

 [Osterman88]は、アメリカ企業に見られる支配 的なモデルとして、ブルーカラーを中心とする

「工業型」(industrial model)とホワイトカラーを 中心とする「サラリー型」(salaried model)とい う類型から、制度的区分の具体的なあり方を提 示している。それによれば、前者は次のような ルールによって特徴づけられている。

①細分化された職務が労使協定において厳格に 定義され、賃金はこれに対して支払われる。

②職階についても同様に厳格な設定がなされて おり、昇進(=上位職務への移動)や配転は、

主として勤続年数にもとづいた先任権による ことを原則としている。

③雇用調整は経営によって比較的自由になされ るけれども、その際には先任権にしたがって 勤続年数の短い者からレイオフされる。

 ブルーカラーにおけるこうした制度設計上の 特徴は、欧米においておおむね共通した傾向に あり、それは組織労働者のイデオロギーや労働 慣行のあり方と深くかかわっている9 。すなわち 欧米の組織労働者にとって、仕事範囲や処遇の あり方は、「すべての構成員にたいする《平等A

(equality)を通じての保障(security)A A A A A A A A A A A A A A 》」という組 合政策として意識化されているためである[熊沢 76]。こうした視点から、上記のような制度的特 徴が意味する事柄について若干の説明を加えて おこう。

 第一に、報酬は「一つの職務(労働力銘柄)」に

「一つの賃率(価格)」(a-rate-for-the-job)を原則 とした平等主義を原則としている。第二に、昇進 や配転も勤続順の平等な昇給を担保するための

  8  イギリス労働者階級におけるアイデンティティのあり方については、たとえばイギリスの中等学校において長期的な参与観察を おこなった[Willis96]によって鮮やかに描写されている。また、これとは対象的な日本の組織労働者における階層的上昇志向や競 争主義については、[栗田 94]を参照されたい。

  9  正確にいえば、欧米ではブルーカラー内にも熟練工と半熟練あるいは不熟練という厳格な区分が存在する。日本のブルーカラー には、働き方と処遇の双方において必ずしもそうした制度的区分が存在しないため、技能特性を比較する際にもこのことは重要 な論点となる。またホワイトカラーにおいても、non-exempt にはホワイトカラーでかつ労働組合員である層が存在している。し かし、本章では制度を概括的に把握するために、Osterman のモデルにのっとって組織労働者=ブルーカラー、未組織労働者=ホ ワイトカラーという議論の単純化をはかっている。

(7)

厳格なものとなる。ここで留意すべきは、この二 つの理由から職務内容が厳格に定義されざるを えず、労働者各人はジョブ・ホルダーとしての明 確な職務意識を持つに至るということである。

すなわち、それは「自らの作業範囲には他者の介 入を許さないと同時に、自らの作業範囲に属さ ないことには手を出さないという態度が定着す ることとなり、作業範囲の弾力性は著しく制約 される」ことを意味するのである10。第三点目と して、レイオフされた後に再び先任権に従った 再雇用がなされることを制度化している場合が 少なくない。したがって、ここでは労働組合の手 による事実上の雇用保障がなされており、これ によって年功的な内部昇進がある程度は確保さ れる仕組みになっている11

 次に、ホワイトカラー層を中心とする「サラ リー型」とは、以下のような特徴において整理さ れている。

① 細分化された職務には厳密な定義がなされる ものの、その責任や範囲は上司の裁量によっ て比較的柔軟に変更される。また、同一職務内 でも業績次第で賃金に格差が生じる。

② 昇進は一様な職階によって決定づけられるも のではなく、適時の配置換えの帰結である。

③ 一定の期間を経過すれば終身的な雇用機会が 提供される。

 ここに示されているのは、相対的に柔軟な働 き方、業績に応じた処遇、内部昇進に代表され る、日本を含めた各国ホワイトカラーの一般的 なあり方であるといいうる。しかし、欧米的特徴 として(イ)内部昇進者層と流動的雇用層が併存 していること、(ロ)制度設計においても仕事が あくまでその中心的な基準であること、という二 つの相違については留意しておく必要がある12。 そして注目すべきは、階層的包括性を有する日 本の人事諸制度が国際比較的には後者の類型に 属するということである。ここに、日本型人事シ ステムにおける階層的包括性という前提の重要

性が改めて示唆されよう。次節では、以上のよう な諸制度の相違がシステムとしてどのような優 劣をもたらすことになるのかを明らかにする。

2.3 日本型人事システムの優位性 2.3.1 機能上のアドバンテージ

 先述したように、日本企業は職能資格制度に よって処遇の階層的平等化を実現し、内部労働 市場を一元的に管理してきた。ここに内部昇進 制が確立されていることは、小池和男氏によっ てつとに強調されてきたように、欧米と比べよ り多くの従業員における長期的かつ効率的な技 能形成を促す重要な機能要件となろう。この点 は明らかに、第一に指摘されるべきメリットで あるといえる。

 しかし内部昇進制が確立され、昇進にさいし ての階層的な障壁が存在しないことは、それ自 体としてただちに技能形成を担保するものでは ない。ここで管理上の文脈からシステムの優劣 を分かつより重要な要因として、[石田(光)96a]は 査定の重要性を指摘している。これまでの記述 から明らかなように、イギリスやアメリカにも 階層的に断絶したかたちではあれ、職務の異動 を通じた内部昇進自体は存在している。しかし 氏は、英米のブルーカラーの場合、内部昇進がた だちに技能形成へと帰結しえないことに注目す る。すなわち、そこでは昇進機会が限定されてい る上に、昇給をもたらす職務間の異動も先任権 によって決定されるため、個人的な努力で賃金 を上げようとする行動が想定されえないからで ある。それは、個々人における能力開発の差にか かわらない処遇のあり方を意味しよう。これに 対して日本では、全従業員が昇進機会を提供さ れているとともに、定期昇給には能力の伸長に 報いるための査定が含まれている。したがって

10  この点については、イギリスの製造業を調査した[戸塚・兵藤・菊池・石田 87(上)]に詳しい(引用部文は本書による)。また、同 書ではイギリスにおける先任権の適用形態についても立ち入った観察がなされている。

11  アメリカの製造業を観察した[小池 77]においては、これらがキャリアの仕組みとして把握されている。また、そこでは内部昇進 制が確立されている程度を「日本→米国→欧州」と順序づけており、ドーアによる「後発的効果」と類似した観点から日本企業

A A A A A

の先進性が説明される(同書、pp.239 − 240)A A A A A A A A A A 。しかし、欧米における一般的な労使のスタンスに鑑みれば、これらがキャリアと して意識化されているとは想定し難いのではないか。また、その論拠については日本型人事システムとの重要な相違点として後 述する。

12 (イ)の点については、アメリカを[小池 93-1]が、またイギリスを[日本労働研究機構 97-2]、[Roomkin89]が、キャリアの連続性を 踏まえて明らかにしている。また、(ロ)の点については後にふれることとする。

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日本型人事システムは、ホワイトカラーとブ ルーカラーを問わず、より多くの従業員が能力 の開発意欲を持続的に向上させる仕組みを備え ているものといえる。

 人事システムの機能的優劣を分かついま一つ の重要な特徴として、欧米における仕事基準の 制度設計に起因する問題があげられる。Marsden は、人間基準の制度設計に対して職務主義がは らむ問題点を次のように指摘している。

 技術はたえず変化し、現実の仕事も常に多様 性をはらんでいるため、経営の職務調査による

「標準化」はこの変化と多様性を捕捉することが できない。これを捕捉しうるのは、変化や多様性 への適応によって蓄積されてゆく個々人の技能 である。しかし、それは従業員の暗黙知として獲 得されるため、職務基準の処遇はそれを常に最 小限の労力によって得ようとする従業員の機会 主義的行動へと帰結する。したがって、厳格な職 務規定にもとづいた明示的な取り引きは、労働 者の義務=職責と経営者の権限=裁量を制限し、

労 働 力 の 十 全 な 活 用 を 阻 害 す る の で あ る [Marsden99-1]。

 ホワイトカラーについては、職務範囲や査定 の機能をめぐって議論の余地が残されよう13。し かしこの問題は、内部昇進制の議論と同様ブ ルーカラーにおいて先鋭化する。それは、前節で 述べたような職務の硬直性をもたらす制限的労 働慣行が、ここで示されている機会主義と不可 分の関係にあるためである[Marsden99-2]。そこ では、適時の必要に応じた柔軟な働き方を要求 する経営者の裁量権が制約されるのみならず、

常に労働組合の交渉圧力を背景とした労働分配 率の上昇がもたらされることとなる14。  これに対して日本では、賃金が属人的要素に

応じて支払われるために、労働サービスと報酬 との明示的な取り引きが事実上存在しない。そ れゆえに、あらかじめ定められた職域に制約さ れることなく、一率の報酬に対して労働力の柔 軟な活用が可能である。とりわけブルーカラー においては、欧米と対照的な多能工的で柔軟な 働き方こそが、かのリーン生産方式を可能とし た重要な前提でもあった。

 さらに従業員の働きぶりは、勤務態度や労働 意欲を十全に加味したかたちで評価されるため、

ここでも査定の果たす機能がきわめて重要なも のとなる。すなわち、限定された職務の達成度と いうよりも、むしろ適時割り当てられる職務を 不断に遂行してゆくための努力こそが問われる ためである。以上のような仕掛けによって、日本 型人事システムの下では全従業員における労働 力の活用意欲向上がはかられているわけである。

2.3.2 Japanization の動向

 これまでの議論を支持する事実として、最後 に欧米における Japanization(=日本化)の動向 についてふれておきたい。オイルショック以降、

日本企業の競争力に対する国際的な注目を背景 として、欧米の制度や労使関係が日本のモデル へと接近する傾向がこれまでに幅広く観察され てきた15。それらは、労使関係の成熟化(企業横 断的な対抗・交渉型→企業内的な協調・参加型)

を背景として、内部昇進・企業内教育の制度化に とどまらず、総じて先述のような日本型人事シ ステムの機能的優位性を跡付けるかたちで展開 されている。しかし各国における変化の動向を 立入って検討するゆとりはないので、ここでは

13  [小池 93-2]や[日本労働研究機構 97-2]は、欧米ホワイトカラーの賃金形態を日本の職能給に近いものとして把握している。すなわ ち、同一レベルの職務によって構成される資格(job-grade)と、同一資格内の変動部分(range‐rate‐system)が、それぞれ従業 員の技能とその伸長に対応して決まるものと解されるためである。それゆえに、この問題はストックである技能ではなく、フロー である成果=パフォーマンスがいかにして捕捉され処遇に反映されているのかという、より一層立ち入った経営管理上の問題に 帰結しよう。しかし、少なくとも欧米に広く普及しているヘイ・システムの仕組みを立ち入って見れば、それが技能(人)に応 じて柔軟に職務や組織を編成する日本的な制度設計となお隔たりを残していることは確かである。そこでは、組織を職務評価に よって合理的に設計し、それに要請される一つの要素として技能(人)の水準が措定されているためである(ヘイ・システムに ついては、[賃金実務 92・1/15 〜 5/1]を参照)。後述のように、近時の欧米における人事管理改革において人間基準の制度設計が志 向されていることは、ホワイトカラーにおいても職務主義の硬直性が困難に逢着したことの証左であろう。

14  [戸塚・兵藤・菊池・石田 87(下)]では、基準職務の標準時間設定をめぐって労働組合の交渉圧力がもたらす実際的な問題が描写さ れている。

15  [Bratton92]や[稲上 90-1]において指摘されるように、Japanization(=日本化)とは①日本による直接投資の増大とその影響の高ま り、② JIT や TQC に象徴される日本的な生産・品質管理技術、③人事・雇用・組織慣行、といった多様な文脈で用いられ観察を 与えられてきた。とりわけ②と③の論点は不可分の関係にあるといえるが、ここでは本稿の文脈上③の動向のみに焦点をあてる。

(9)

さしあたり①[賃金実務 94・11/15 〜 1995・2/1]、

②[稲上94]、③[稲上90-2]、④[Brown et al.98-1]を 参考として、その概観をごく簡潔に確認してお くにとどめたい16

 ①においては、各国に共通して「仕事基準」の 組織を「人間基準」のそれへと変革する動きが確 認されており、効率的な組織運営をめぐる認識 上の変化が指摘されている。それは、仕事の分割 と組み合わせをいかに行うかではなく、人の能 力をいかに開発し、能力を最大限に有効活用で きるよう仕事をいかに人に配分するのか、とい う人事管理思想の転換を意味している。また改 革の実際的な動向として、ホワイトカラーとブ ルーカラー双方における職務給から技能給への 変化と、これに対応した職務の統合化への動き が確認されている17

 ②ではネオ・コーポラティズム的な中央集権 的賃金交渉が、企業レベルのそれへと分権化し てゆく過程が追われる。ここに見られるのは、労 使関係の成熟化→賃金決定における個別企業の フレキシビリティの増大→ブルーカラーにおけ る同一労働同一賃金原則の限界→賃金の個別化・

業績主義化への移行、という西欧各国に共通し た構図である。また、これとあわせて職務給から 技能給への移行、これに伴う職務の統合化が観 察されている。

 ③〜④についてはブルーカラーを対象として、

労使関係の成熟化→人的資源管理の具体的展開 という共通した文脈での調査が行われている。

欧米では 8 0 年代以降、人事管理(p e r s o n n e l management)にかわって人的資源管理(human resource management)という表現が用いられるよ うになった。これについての理解は決して一様

ではないが、経営実践としては次のような一連 の制度改革として展開されている。すなわち、

「ハーモナイゼーション」による処遇格差の撤廃

(=シングル・ステータス化)、賃金の技能給化と 職務の統合、内部昇進と企業内教育、これに伴う 査定である。[稲上 90-3]が指摘するように、こう した制度改革の実態は、「日本化」の構図をもっ とも端的に表現するものであるといえよう18

2.4 小括

  本章では国際比較的な視点から、

(i) 人事システムの構造と機能を概括的に把握 するための企業組織モデル

(ii)人事諸制度の概要とこれを規定する労使関 係

(iii)日本型人事システムにおける機能上のアド バンテージと、欧米における「日本化」の構 図

という三つの点について検討してきた。以上の 議論をふまえて、日本型人事システムの強みを まとめておこう。

 第一に、日本の労使関係は職能資格制度に よって安定的に構造化されている。それは、国際 比較的には処遇の階層的平等化を通じたブルー カラーのホワイトカラー的統合を意味するもの であった。

 第二に、職能資格制度はシステムの機能連関 を達成する要件として、内部昇進、人間基準の仕 組みを確立している。これらは査定を梃子とし て、①能力開発意欲の向上→技能形成、②能力活 用意欲の向上→柔軟な働き方、という機能連関

16  ①はアメリカ、ドイツ、スウェーデンにおける賃金決定システムを中心に、組織や労使関係を含めた包括的な変化の動向を簡潔 に跡付けたものである。②は、ドイツ、スウェーデン、オーストリアにおけるネオ・コーポラティズム的協調行動の行方を主軸 とし、その副軸として①と同様の変化を跡付けている。③〜④はともにイギリスを対象として、制度と労使関係における具体的 な変化の様相に立入った丹念な調査報告書である。

17  とりわけホワイトカラーにおける職務統合と技能給化の展開については、近年の米国における人事管理改革で急速に普及した Broadbandingという概念に象徴されている。詳しくは、Broadbanding導入の実務とその成果および問題点について包括的に論じた [ACA98]を参照されたい。

18  Brown et al. はこうした観察とともに、改革がもたらした成果についての興味深い調査報告を残している。それによれば、改革以 前と以降における企業収益の改善はわずかにしか認められず、諸施策を導入した企業群と従来通りの企業群との差も殆ど確認さ れていない[Brown et al.99-2]。これについての解釈は与えられていないが、欧米の人的資源管理における経営実践上の未成熟を想 起すれば、それは必ずしも不自然な結果ではないであろう。たとえばイギリス大企業を対象として同様の調査を行っている [Marginson et al.88]は、人的資源管理の諸施策が、本社レベルにおける一貫した人事戦略の下で有機的に統合されていないことを 報告している。また理論的な側面からは、ハーバード・ビジネススクールの Beer らによって、人的資源管理の包括的な枠組みが 提示されている[Beer et al.90]。しかしここでも、諸施策の一貫性が状況に応じた各企業におけるゼネラル・マネージャーの判断 に委ねられており、経営実践としての戦略的な展開について充分に明らかにされていない。

(10)

を全ての従業員において達成するものであった。

以下に、この概念図を示しておく。

3.日本型人事システムと能力主義管理  前節では、「労使関係→人事システム→機能」

連関に表現される日本型人事システムの国際比 較的な優位性を概観した。本節では冒頭で提示 した人事システム・モデルにもとづいて、上記の 連関に「能力主義管理(=人事戦略)」という媒 介項を挿入し、労使関係が人事諸制度へと安定 的に構造化されるプロセス(「労使関係→人事シ ステム」連関)を、「労働者の要求」と「経営者 の戦略的譲歩」という歴史的な文脈から把握す る。これを通じて日本企業の人事戦略が成功を 収めるに至った背景と、その過程における内部 環境からの規定性を明らかにしておきたい。

3.1 能力主義管理の位置づけ

  日本型人事システムは、人事労務管理の合理化 を企図して 1960 年代後半以降に確立・展開され た能力主義管理によってその骨格を与えられた ものである。周知のように、そのインフラストラ クチャーである職能資格制度は今日大企業を中 心として広く普及するに至っている。また能力 主義管理の成立は、戦後における人事労務管理 史上の重要な画期をなしており、オイルショッ ク、バブル崩壊を契機としたさらなる合理化の 過程も、その深化・洗練という文脈において把握 されることが少なくない19。しかし、ひとまずこ

こでは能力主義管理の成立までを概観すること によって、処遇の階層的平等、内部昇進制、人間 基準、査定という日本型人事システムの根幹が 成立した過程をトレースする。

 能力主義管理の基本的なコンセプトは、[日経連 69-1]による以下の定義に集約されている。少々 長いが、そのままのかたちで引用しておこう。

 能力主義管理とは、「労働力不足・賃金水 準の大幅上昇・技術革新・開放経済・労働者 の意識の変化など、経済発展段階の高度化 にともなうわが国企業経営をめぐるきびし い環境条件の変化に積極的に対応して、従 業員の職務遂行能力を発見し、より一層開 発し、さらにより一層有効に活用すること によって労働効率を高める、いわゆる少数 精鋭主義を追求する人事労務管理諸施策の 総称である。とくに現在の段階では、従来の 年功・学歴を主な基準とする人事労務管理 から可能な限り客観的に適正・能力を把握 し、それにもとづく採用・配置・教育訓練・

異動・昇進・賃金処遇・その他の人事労務管 理への移行をすすめることである。それは いわゆる画一的年功制からの脱皮である。

 上記の定義から、近年の改革にまで通底する 日本型の人事労務管理における問題意識の連続 性がうかがわれよう。歴史的なパースペクティ ブからバブル崩壊以降の画期に明確な位置付け を与えるためにも、ここにおける人事管理改革 が当時の労使間でどのようにして決着され、以 降の堅固な制度構造を獲得しえたのかを明らか にしておくことが必要である。

 ここに至るまでの日本企業は、50 年代半ばに はじまる高度成長の過程において、生活給思想

労使関係 職能資格制度

(処遇の階層的平等)

人的資源の 開発・活用意欲向上

(=技能形成・柔軟な働き方)

人間基準 内部昇進

査定

  図3 日本型人事システムの構造と機能

19  [木元 91]は、能力主義管理の成立までを「構築」期、能力主義管理が日本企業に浸透してゆくオイルショックまでの過程を「定 着」期、それ以降を「再編」期としている。また、[熊沢 97-1]は上記の「定着」期、「再編」期に該当する時期を「第一期」「第二 期」とし、バブル崩壊以降を「第三期」として人事労務管理合理化の過程を分析している。

(11)

にもとづいた年功的な賃金制度の再編とそれを 通じた人事労務管理の刷新をはかっていた。と りわけ 60 年代に入り、日本が開放経済体制の下 で厳しい国際競争に直面することが必至となり、

同時に高度成長にともなう労働力不足の激化に よって賃金上昇が加速化しはじめたことが日本 企業に強い危機感を与えていたのである。「画一 的年功制」を克服してゆくためには、インセン ティブを組み込んだうえで賃金総額を安定的に 管理することのできる新しい人事・賃金体系が 必要であった。また「賃金の上昇が進み、今迄の ような人手依存のやり方では人件費負担に堪え られない」という状況下にあって、「少数精鋭主 義」にもとづいた適正な要員管理をはかってゆ くことが要求されたのである[日経連 69-2]。

 しかし、人事システムが労働意欲の向上を中 心的な機能として担っている以上、改革はそこ に働く従業員の心性に内在的な論理を汲み取っ たものとして展開されねばならなかった。端的 にいえば、従業員の納得を得られないようなか たちでの人事処遇における格差拡大や要員の合 理化が、システムの機能不全をもたらすことは 明白である。また他方において、日本企業はこの 時期に人事労務管理合理化と平行して、重化学 工業を中心に先進諸国からの新技術の移植によ る技術革新を梃子とした生産性向上をはかって いた。すなわち、その過程において技術革新が生 産性向上として結実するためには、生産の担い 手たる労働者を企業活動のなかに統合してゆく に足る安定的な労使関係の構築が不可欠だった のである [兵藤 97-1]。

 こうした理解を踏まえれば、能力主義管理と その具体化たる職能資格制度は、「労使関係戦 略」を通じた労使による妥協と納得の均衡点と して成立したものであったことがうかがわれよ う20。[熊沢93-2]は、人事労務管理合理化の過程に 影響を与えた「労働者の要求」を代表するものと して、戦後日本の労働組合が追求した要求を「従

業員としての平等」と呼び、次の事項をあげてい る。すなわち、

①ホワイトカラー(職員)とブルーカラー(工員)

における身分制の打破

②全従業員における自動的な昇給の保障

③戦前は建前にすぎなかった終身雇用の現実化 という三つの点である。ここでいう「従業員」と は、「企業別組合に所属するところの正規従業 員」というニュアンスがこめられたものである。

また前節でもふれたように、これらの要求は総 じて日本の労働運動、あるいは日本の労働者の 価値規範において特徴的なものであった。そう であればこそ、それを汲み上げた人事システム も日本独自の性格を付与されることとなったの である。上記の論点は相互に密接な関連をもっ ているが、便宜上、各論点ごとになされた労使間 の相克をスケッチしてゆくことで、先程から示 してきた人事諸制度成立の必然性を明らかにす ることができよう。

3.2 能力主義管理成立の過程

3.2.1 「従業員としての平等」化要求− 1  第一の論点は、「経営民主化」運動の一環とし てなされた「工職身分格差の撤廃要求」を端源と している。戦前は企業の職務編成が学歴に照応 した明確な身分階層を形成し、階層ごとにその 処遇に大きな格差が存在していた。とりわけ低 学歴者で占められているブルーカラーは日給あ るいは出来高賃金であり、昇進には上限が存在 する上に長期間を必要とするものであった[氏原 61]。

 労働市場が階層的に分断されている構造は、

欧米においてこんにちでも残存している。しか し日本の労働組合は、それを「封建的な身分差A A A A A A A A 別」であるとし、「自分たちも企業の一人前の構

20 「労使関係戦略」とは、[仁田 96]によって提示されたパースペクティヴである。後述のように、仁田自身は日本企業の中心的なそ れに「終身雇用」戦略を位置づけているが、ここではその基本的な観点のみを確認しておく。

①ある環境のもとで労使のとり得る政策(目的に照らして合理性をもつ)には一定の幅があり、経済的環境や文化的環境によっ て、一義的に当事者の政策選択が決定されるわけではない。

②労使関係上の各当事者がとる戦略の間には、少なくともある時期には重大な齟齬が存在しうる。逆に、各当事者の戦略が相互 に矛盾なくフィットしている場合に、労使関係の安定が実現される。

③各当事者の戦略は、他の当事者の戦略いかんによって有効性が変わる性格のものである。

また[鈴木 94-1]も、「能力主義管理」の理解において、「企業の論理と労働者の論理の二つの要請」という基本的な分析視角が不 可欠であることを強調している。本節の記述は、上記のような認識に即するものである。

(12)

A A A A A A A A A A A A A A A A A A A A A

成員として認め、能力や努力を正当に評価せよ」

という要求をおこなったのである21 [二村 94-1…

傍点部筆者]。こうした要求に対する企業の対応 は、形式的な部分(通用門の区別や差別感を伴う 呼称など)を順次撤廃しながらも、労働の実態的 な差別を留保しようとする点において共通する ものであった。とりわけ生産能率に深く関係せ ざるをえない賃金制度については、その後も工 員と職員との給与形態統一が組合による主要求 の一つとしてたえず提起され続けている[二村94- 2]。

 しかし高度成長期における人事労務管理合理 化の時期に至って、これらは経営側の要請と必 ずしも相反するものではなくなる。高校進学率の 上昇からブルーカラーを中卒のみでまかないき れなくなった企業は、学歴による工職差別を問 題とせざるをえなくなるからである。その結果、

①ブルーカラーにも統一的な月給制が採用され るとともに、②「青空の見える人事」をうたって、

ブルーカラーとホワイトカラーにおける昇進経 路の一本化が進み、③昇進の上限を撤廃する企 業が増えてゆくこととなったのである[二村 94- 3]。

 この過程において注目されるのは、それが鉄 鋼業を先駆けとして現場に職員と同等の処遇を 享受することのできる「作業長」を置き、これを ブルーカラーから登用するというかたちで推進 されたという点である[熊沢82]。ここには作業長 に広範な権限・責任とともに経営サイドの一員 にふさわしい処遇を与えることによって、労働 組合の根元となっている職場に経営権を樹立し ようとする経営サイドの戦略的な意図が含意さ れていた。能力主義管理の前提であり、日本型人 事システムの重要な機能要件となる「処遇の階 層的平等」はこうした経緯をへて実現されてい る。それが以下の論点と同様、外部環境の変化を 背景としながらも労使の政策的意図を多分に反

映したものであったことをまずはここに確認し ておきたい。

3.2.2 「従業員としての平等」化要求− 2  第二の論点は能力主義管理の制度成立と直接 的に関連しており、ここでも「経営民主化」運動 にその端緒が確認される。敗戦後間もなく日本 の電気産業は、生活保障給にもとづいた「電産型 賃金体系」と呼ばれる画期的な賃金体系を確立 している。それは本工であるかぎりにおいて全 従業員に実質的な自動昇給を含意する、純粋な かたちに近い年功的賃金体系であった。「電産型 賃金体系」は生活給思想にもとづいた算定基準 の合理性から、成立以来約 10 年間、殆どの企業、

産業で採用されるに至っている22

 「電産型賃金体系」の広範な普及にもかかわら ず、その後も基本給を中心とする工職の身分差 別は根強く残されることとなった[兵藤97-2]。し かしこれ以降にベースアップが慣行化され、50 年代に春闘体制が構築されるに及び、全従業員 一律の自動昇給は日本の勤労者一般の要求とし て広く定着することになる。以来、能力主義管理 の導入からオイルショック、バブル崩壊におけ る三度の合理化をへてなお自動昇給が存在し続 け、経営者による「脱年功」がくり返されている という事実はそれを証明するに余りあるものと いえよう。[熊沢 93-3]が述べるように、「初期の

「電産型賃金体系」にはじまり…ライフサイクル の段階別に一定額の柱をたてる近年の「個人別 賃金」に至る戦後労働組合の賃金体系要求はす べて、その純度をさておけば、基本的に自動昇給 要求のヴァリエーション」に他ならないのであ る。

 先述のように、能力主義管理の提唱はこうし た「労働者の論理」に対する賃金制度合理化を直

21  ただし、この要求についてはブルーカラー層を中心として行われており、ホワイトカラー層の関心事は経営参加要求にあったこ とが指摘されている。またこの平等化要求には、身分階層上の平等にとどまらず、「能力にもとづいた平等」への志向が内在して いたことに留意しておく必要がある。二村によって紹介されている富士電機労働組合による「差別撤廃」決議の文言は、これを 裏付けるものとしてたいへん興味深い。氏は、そこにおける「《われわれの差別は人格と能力との厳正な算定によってのみなされ なくてはならない》」という文言に、「後の能力主義的な労働者間競争の制度化へつながる契機」を見出している。

22 「電産型賃金体系」は、産業レベルでの激しい統一交渉を通じて組合要求に沿ったかたちでの協定化を実現したものであった。そ の過程は、[河西 99-1]に詳しい。また第一の論点でもふれたように、戦前の賃金体系は身分・学歴にもとづいて総合的に決定され ていた。これに対して「電産型賃金体系」は、工職の区別なく、算定基礎をみな月あたり計算で行うところにその先進性があっ た。とりわけ 2 割の勤続、能力要素は含まれるものの、年齢及び家族構成を中心とした生活保障部分は実に 8 割以上を占めている [河西 99-2]。

(13)

接の契機としたものであった。くり返しになる が、純粋なかたちに近い年功賃金は、企業の発展 が続いて賃金の低い若年層の雇用が不断に増え てゆくのでないかぎり平均賃金をいくらでも上 昇させてゆく。わけても、そのように平等主義的 な賃金体系では労働意欲の向上をはかることが できない。こうした問題を克服するために日本 の経営者が見出したものが「職務遂行能力」にも とづく能力主義管理であり、その制度が職能資 格制度であった23

 賃金制度の再編を梃子とした人事労務管理合 理化に踏み切った経営側は、その前段階として いわば自動昇給要求への折衷案である定期昇給 制度と資格制度の導入を提唱している。そこに は、以下のような政策的意図が含意されていた。

すなわちこれが、

①第一の論点で示した「処遇の階層的平等」を実 質化する提案であったこと

②人事考課とセットでの導入をはかられたこと

③当初は欧米に範をとった職務主義にもとって 展開されたこと

という三つの点である。上記の論点は、能力主義 管理の成立を理解する上できわめて重要な位置 付けにあるため、少々立ち入った検討をくわえ ておきたい。

 まず第一の点について、ここで身分階層ごと の年齢・勤続基準ではなく、「労働の質」の差異 にもとづく統一的な昇給基準線(=賃金体系)を 確立することが目指された。換言すれば、自動昇 給という形式を維持しながらも、それを経営上 の要請に見合った新たな差別化が可能となる合 理的な昇給に改定してゆくことが志向されたの

である。「労働の質」に対応した「資格」とこれ にもとづく「定期昇給」は、その具体化であった。

つまり経営サイドにとって人事処遇上の身分差A A A A A A A A A A A A A 別撤廃は、年齢・勤続の平等ではなく能力の平等 において決着されねばならなかったのである24。  第二に、ここでは「定期昇給の基本的機能であ る査定替えは、人事考課によるべきものであり、

その意味で「定期昇給即人事考課昇給」でなけれ ばならない」とされた。それは経営側によって提 示された改革案の要諦であり、これによって経 営による人事権の掌握がはかられたわけである [兵藤 97-3]。具体的にいえば、そこには(イ)人 事処遇に競争へのインセンティブを組み込むこ とによって従業員の労働意欲向上をはかること、

(ロ)年齢別人員構成のかたちにかかわらず賃金 総額を低位・安定的に管理すること、という二つ の戦略的意図が含意されていた25 。

 第三に、ここでは身分・学歴に変わって人事・

賃金体系の基軸となる新たな序列化・格付けの 基準として、「労働の質」の内容を明確に定義し ておく必要があった。上記の記述からも明らか なように、それは人事考課によって企業への貢 献度を尺度するための基準でもある。そこで当 初、合理的・客観的な尺度として日経連により推 進されたものが、「労働の質」を「職務の質」に 求めた職務給化政策であった。ここには、(イ)労 働者の公平観に対し「同一労働同一賃金」(a-rate- for-the-job)という欧米的な規範をもって応えよ うとしたこと[石田(光)90-1]、(ロ)これが職務に もとづく序列であるゆえに、昇進(上位職務への 異動)なくして昇給はないという状況を必然化 させること[熊沢 93-4]、(ハ)職務分析を梃子と

23  年功賃金の修正が要請されたその他の理由として[白井 91]は、①高度成長期に熟練労働者の中途採用が不可欠となり、賃金体系 の勤続要素が問題とされたこと、②企業内労働力の高齢化と、定年制延長の動向が賃金コスト上昇を必然化させたこと、③技術 変化によって熟練のあり方も変化し、企業内における年齢・勤続の階層序列が技能・熟練の序列と一致しなくなったこと、とい う三つの事由をあげている。

24  [津田 68]はここに、日本企業の労務管理思想における「年功主義から能力主義へのイデオロギー転換」として重要な位置付けを

A A A A A A

与えている。また、それは年功・平等主義から能力・競争主義への転換ではなく、能力観の転換として把握される。すなわちそ れまでの身分・学歴にともなう年功制は、経験の蓄積が能力格差に、また上級教育(学歴)が能力の伸長格差へと帰結するもの であった。したがって、「学歴主義と経験主義との統合が年功主義における能力主義であった」というわけである(同書、pp.232

− 233)。しかし津田は、年功主義的人事管理の下での能力観に言及しながらも、「能力主義的人事管理が積極的に主張する能力主 義」(同書、p.237)について文字どおりの積極的な規定を与えることなく、むしろ人事管理一般の問題に解消してしまっている

(これについては同書、pp.239 − 241 を参照されたい)。したがってここでは、いかなる「イデオロギー転換」がなされたのかとい う問題が曖昧なかたちに残されることとなった。

25  この二点について、若干の補足的な説明を加えておきたい。まず(イ)の提案は、労働組合のインターナショナルな論理である

「処遇の平等」に反するものであり、競争的な職場秩序の是認を要求することと同義であった。また(ロ)については、自動昇給 を毎年の査定替えによって行うことにより、当時慣行化されつつあった賃金原資の増大をともなうベースアップに歯止めをかけ ようという方法意識にもとづくものである[兵藤 97-4]。後述するように、「定期昇給即人事考課」は能力主義管理において貫徹さ れる。しかしベースアップに歯止めをかけるという狙いは、以降春闘の展開のなかで妥協を余儀なくされることとなる。

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