アカデミックな場における対話型口頭表現能力の Can‑do Statements を用いた枠組作成の試み
著者 西島 順子
雑誌名 同志社大学日本語・日本文化研究
号 11
ページ 69‑90
発行年 2013‑02
権利 同志社大学日本語・日本文化教育センター
URL http://doi.org/10.14988/pa.2017.0000012992
要 旨
本稿では、大学・大学院などのアカデミックな場における対話型の口頭表現能 力の重要性を明らかにし、Can-do Statementsを用い、そこで求められる能力の 記述による可視化を行った。
まず、過去の調査とアカデミック・ジャパニーズの視点から、大学における対 話型の口頭表現能力の重要性を述べ、「内面的な論理的思考能力」「相手に伝える ための表現力」「互いに結び付くためのコミュニケーション能力」が必要であるこ とを明らかにした。これらに「トピック」を加えた四つの観点から、既存のCan-
do Statementsを分析対象とし、アカデミックな場において身につけるべき対話
型口頭表現能力を示す記述を抽出し、新たな一つのスケールを作成した。最後に、
このスケール作成の過程から、四つの観点の中でも「内面的な論理的思考能力」
が肝要であることがわかり、この能力をもつことで、はじめてアカデミックな場 での対話型コミュニケーションが成立しえることを述べた。また、新たなスケー ルによる到達目標を試作したことで、学習者の各能力に焦点を当てた教育的支援 の可能性を示した。
キーワード
アカデミック・ジャパニーズ 対話型口頭表現能力 Can-do Statements
1 はじめに
日本学生支援機構(2010)の調査によると 2010 年、日本への外国人留学生総数が過 去最高となり 14 万人を超え、その内の高等教育機関への留学生数は 11 万人をしめて いる。その後、震災の影響や中国・韓国との領土問題などで留学生数は一時的に減少 傾向にあるが、これが急激に落ち込むとは考えられず、今後も大学への留学生の増加 が見込まれる。このように、大学で学ぶ留学生が増加する中、アカデミックな日本語 の必要性がますます高まると考えられる。
同志社大学においても、文部科学省が進める大学国際化のためのネットワーク形成
アカデミックな場における対話型口頭表現能力の Can-do Statements を用いた枠組作成の試み
Developing a Can-do Statements Scale to Reveal the Ability of Interactive Oral Expression in Academic Situation
西島 順子
推進事業である「国際化拠点整備事業(グローバル 30)」の拠点大学として採択されて おり、留学生数はこの数年で確実に増加している。日本語・日本文化教育センターでも、
別科生・日文センター生(交換留学生・協定受入留学生)・学部生・大学院生・予備教 育生(国費留学生)に向けた授業を行い、レベルは現在Ⅰ〜Ⅸの 9 レベル、科目は総 合クラス他、技能別クラス(読解・口頭表現(独話型・対話型)・文章表現)など多様 なクラスがあり、レベルや目的、各学生に合ったクラスを備えている。筆者はその中で、
「口頭表現B」Ⅵレベルを複数担当しており、その中の一つに、学部・研究科生履修科 目がある。この「口頭表現B」とはスピーチや発表などの「独話型」ではなくディスカッ ションや討論などの「対話型」の授業を指し、Ⅵレベルとは、中上級レベルにあたる。
また、学部・研究科生履修科目とは学部・大学院生に向けたクラスである。日本語レ ベルとしては中上級に位置していながら、このクラスを受講する学生は学部生・大学 院生、また大学院進学を控えた特別学生として、日本人学生に交じり講義を受けてい る立場にある。その彼らから、専門分野について話す時や、授業やゼミで話す時にう まく話すことができないという声が聞かれる。このことから、彼らの日本語における 口頭能力を必要に応じて、早急に、また適切に伸ばす必要がある。
本稿では、この授業を改めて考えるために、アカデミックな場で必要とされる対話 型口頭表現能力の重要性を明らかにし、必要とされる能力を、Can-do Statements(以 下Can-do)を用いて具体的に示し、到達目標を明示化することを試みる。
2 大学・大学院で必要な能力と対話型口頭表現能力
ここでは過去の調査研究とアカデミック・ジャパニーズの視点から、大学・大学院 留学生にとっての口頭表現能力の重要性を明らかにしたうえで、同志社大学の大学・
大学院留学生の場合と照らし合わせる。
2.1 過去の調査からみた大学・大学院で求められる能力
アカデミックな教育現場では留学生にどのような能力が求められているのだろうか。
学部や大学院に在籍する留学生に求められる能力に関して調査を行った例は散見され るが、その中でも本論の口頭表現の重要性を示す調査は以下の 3 点である。まず、大 学院生を対象とした調査は 2 点あげられる。
因他(1998)では、九州大学留学生センターで日本語研修を受けていた元学習者で、
大学院に所属する留学生、またその指導教官に①ゼミに出る、②参考書や論文を読む、
③論文を書く、④口頭発表する、の四つの活動を日本語で行う必要性の認識を聞いた ところ、教員、学生ともに「ゼミに出る」(教官 95%、学生 94%)が最も高く、他の 三つの活動の数値を上回っていた1。
村上(1998)では、名古屋大学日本語研修コース修了生で大学院に所属する留学生 に関する質問紙調査で、大学教員に対して研究生活上不可欠な日本語運用能力として
10 項目提示したところ、特に「講義や発表を聞く」「質疑・応答をする」「ディスカッショ ンする」「ゼミなどで発表する」の 4 項目に回答が多かったと述べている。また、大学 院留学生対象の調査では、16 の場面別自己評価として「友達との専門に関する会話」「先 生との専門に関する会話」「ディスカッションする」に関して約 7 割以上が「非常に困難」
もしくは「少し困難」と答えている2。
これらからいえることは、まず、教員側も留学生側も主に口頭表現能力の必要性を 感じているということである。特に留学生の多くは対話型の口頭表現能力に関する困 難を抱えていることがわかる。
次に、学部留学生を対象に行った調査としては村上(2002)があげられる。ここでは、
2001・2002 年に名古屋大学に入学した学部留学生に対してニーズ調査が縦断的に行わ れ、1 年時 1 ヶ月目と 2 年時 1 ヶ月目で 9 場面の困難度を比較した結果、その中の多く は 1 年時より 2 年時の困難度が下がっている中で、「発表する」や「ゼミで意見を言う」
の困難度は 2 年時になっても高い値を示していた3。また被験者との個別の面接での具 体的な回答としては、「発表後の質疑や先生からの質問には答えられない。自分の理解 が不十分なこともあるが、その場で考えながら説明することは難しい」という意見が 多かったと述べている。このことから、公式な学術的場や教師とのやり取り場面にお ける、対話型コミュニケーションは時間を経てもなかなか克服できず、困難を抱え続 けるという状況が見受けられる。
2.2 アカデミック・ジャパニーズで求められる能力
次に、アカデミック・ジャパニーズの視点に鑑みる。アカデミック・ジャパニーズとは、
私費留学生統一試験に代わるものとして 2000 年に打ち出された「新たな試験」(現在 の日本留学試験)の評価対象として示された日本語能力である。「日本留学のための新 たな試験」調査研究協力者会議(2000)によると、その日本語能力とは「大学での講 義や論文、学術書等を理解し、学術的な情報を収集・伝達できる日本語能力を有する とともに、日本語により、教員等とコミュニケーションを図ることができる能力等を 試験により測ることとする」としている。しかし、この記述に関しては多くの研究者 がその曖昧さを指摘し、その議論の中から、本当の意味でのアカデミック・ジャパニー ズとは何かがこれまで問われてきた。
例えば門倉(2006)は、アカデミック・ジャパニーズとは<教養教育>であると述 べている。その意味として、一つは受動的な学びから主体的な学びへの「転換教育」
であり、もう一つは「市民教育」であるとしている。また、「市民教育」には二つの側 面があり、一つは現代社会において市民として生きていくために必要な「教養」であり、
もう一つは市民として「自分を表現し、他者と出会い、他者とつながる」コミュニケー ション力であると述べている。ひいては、<教養教育>としてのアカデミック・ジャ パニーズとは<学びとコミュニケーション>の日本語力を指すとしている。
また、三宅(2003)は、大学において日本人学生が抱える問題点や各大学が日本人 学生を対象として行ってきた初年度教育を振り返る中で、留学生の問題点との共通性 を見出し、そこから導き出せるアカデミック・ジャパニーズに必要な日本語能力として、
①物事を論理的に考え、相手に伝えられる能力、②自分を自分らしく表現でき、相手 に理解してもらい、互いに結びつけていける能力の 2 点をあげている。また、②に関 しては「大学での授業やレポートに対応することだけでなく、根本的な、自分自身を どのように表現できるかが重要になってくる。そしてこのような力が結果的にはアカ デミックな表現能力を育てる基礎となると考える」とし、彼らの表現能力の必要性を 説いている。
これら双方に共通する点は、自分を表現し、発信し、それにより他者や社会とつな がる力が必要であると考えていることである。そして、この自身を表現するというの は、能動的に学び、論理的に考え得た思考を表現することである。ここから見えてく ることは、アカデミック・ジャパニーズの教育とは単なるスキル面の育成だけではなく、
考えを持った一人の人間として自己表現をするための、「内面的な論理的思考能力」の 育成、また「相手に伝えるための表現力」「相手と互いに結びつくためのコミュニケー ション力」の育成であると考えられる。
これらの能力は例えば、レポートを書く、口頭発表するといった場合にも必要とさ れる。しかし、日々の学術的な活動をするうえで、これらの能力が頻繁に必要とされ るのは友人や教員となされるコミュニケーション場面であると考えられる。つまり、
これらは対話型口頭表現能力で求められる重要な能力であるといえる。
2.3 対話型口頭表現能力の重要性と同志社大学留学生
2.1 で述べた過去の調査結果により、教員側の多くは発表したり聞いたりする能力だ けではなく、ゼミに参加するための日本語能力や、ディスカッション能力、質疑応答 能力など、対話型コミュニケーション能力を留学生に求めていることや、また、留学 生側の多くもその能力が必要であるということを認識しつつも、困難を感じ伸び悩ん でいることがわかった。つまり、さまざまな技能の中でも、特に対話型口頭表現に関 わる要望や問題点があるといえる。また 2.2 のアカデミック・ジャパニーズの視点から は「内面的な論理的思考能力」「相手に伝えるための表現能力」「相手と互いに結び付 くためのコミュニケーション能力」といった能力の育成が必要であり、これらは対話 型口頭表現においても重要な能力であるといえる。
そして、これは同志社大学に所属する学部生や大学院生・特別学生の現状とも一致 している。筆者が担当する学部・研究科生履修科目の「口頭表現B」Ⅵレベルの学習 者たちから聞かれる意見として、ゼミでの発言が難しいことや、教師との対話の中で 自分の考え、また専門に関する知識を述べることが難しいというものがある。つまり、
上に述べた点と同様の問題を抱え、同様の能力を必要としているといえる。
これらのことから、学術的に充実した留学生活を送るためには、対話型口頭表現能 力を身につけることが特に重要であるといえる。彼らに必要とされる能力を改めて考 え、適切に能力を伸ばすために、2.2 で述べた「内面的な論理的思考能力」「相手に伝 えるための表現能力」「相手と互いに結び付くためのコミュニケーション能力」の視点 から、なにができるようになるべきかを以下の章より明らかにする。そのプロセスは 既存のCan-doスケールを用いて行う。
3 Can-do による対話型口頭表現能力の明示化 3.1 Can-do で示す意義
Can-doとは、言語能力の熟達度を「〜ができる」という具体的な文章で示した能力
記述文のことである。本稿の対話型口頭表現能力を考えるうえで、Can-doを参考とす る理由は、後述するCEFRの理念を用いて説明する。
Council of Europe(2001)によると、Can-doを共通参照レベルとするCEFRが生 まれた背景として、「一般的な意味での行動中心主義」の理念がある。この行動中心主 義とは、「言語の使用者と学習者をまず基本的に「社会に行動する者・社会的存在(social agents)」、つまり一定の与えられた条件、特定の環境、また特殊な行動領域の中で、(言 語行動とは限定されない)課題(task)を遂行・完成することを要求されている社会 の成員とみなす(吉島訳 2005)」ことである。これをアカデミックな場における留学生 にあてはめた場合、彼らは大学という社会で行動する者であり、ゼミに参加し、教員 や友人と専門的なやり取りやディスカッションを行うなどの特殊な行動領域の中で課 題を遂行・完成することを要求されている。つまり、Can-doには、その言語使用者の 現状に即してその能力を見ようとする姿勢が根底にある。
この理由から、行動中心主義を理念に持つCan-doが学術的な社会で行動する大学・
大学院留学生の言語による課題遂行能力を明示できると考え、今回の対話型口頭表現 能力の到達目標作成のよりどころとする。
3.2 既存の主な Can-do スケール
本節では、アカデミックな場における対話型口頭表現に特化したCan-doに応用でき るものを選びとるために日本語教育において現在活用されているCan-doを概観する。
こ こ で はACTFL(The American Council on Teaching of Foreign Languages)4の OPI、Council of Europe5のCEFR、国際交流基金のJF日本語スタンダード、東京外 国語大学のJLC日本語スタンダーズの分析を行う。
(1)OPI(ACTFL Oral Proficiency Interview)
OPIとはアメリカの外国語教育、特に大学での外国語教育の統一を図るために、
1986 年に設定したインタビューテストの基準である(1999 年改定)。この基準がCan-
doで示されており、このCan-doを用いてプロフィシェンシー、つまり到達度を測る ことになる。主要レベルは「超級」「上級」「中級」「初級」の 4 レベルに分かれており、
「上級」「中級」「初級」に関しては、さらに「上」「中」「下」の三つの下位レベルに分 かれている。そして、そのレベル判定は「機能・タスク」「場面/話題」「テキストの型」
「正確さ」の四つの評価基準から成り立っている(牧野(2001))。
(2)CEFRの共通参照レベル
CEFRとは、2001 年に発表されたヨーロッパ域内の言語教育スタンダードであり、
これに言語能力の判断基準となる「共通参照レベル(Common Reference Level)」が ある。このレベルの判定方法として「学習者が対象言語によって適切なコミュニケー ションを行うために最低限何ができればよいか」という能力を「〜ができる」とい うCan-doで示された能力記述文を用いている。この共通参照レベルは主にA1・A2・
B1・B2・C1・C2 の 6 段階から成り「聞く」「読む」「話す(やり取りする)」「話す(表 現する)」「書く」の五つの技能別に分けてそれぞれ判定が可能である。さらにコミュ ニケーション活動としての「受容的行為」「相互行為」「産出的行為」、コミュニケー ション方略、テクスト作業、コミュニケーション言語能力としての「言語構造的能力」
「社会言語能力」「言語運用能力」などのさまざまな角度からCan-doは示されている
(Council of Europe(2001))。
(3)JF日本語スタンダード
JF日本語スタンダードはCEFRを参考として研究が進められ、2010 年よりCan-do をデータベース化した「能力記述文データベース」、言語学習過程の自己評価などを行 うための「ポートフォリオ」、教育現場での実践例を示すための「事例集」がホームペー ジ上で見られ、活用できるようになっている6。
このCan-doスケールは大きく分けて二つある。まず一つはCEFRのCan-doその ものである。上記に述べたCEFRのCan-doの翻訳を整理した形で示している。もう 一つは国際交流基金によって独自に作成されたCan-doである。こちらは社会生活に おけるさまざまなコミュニケーション場面(買い物する、ニュースを聞いて理解する、
人と知り合う、商談するなど)を具体的に示し、教育現場で応用しやすい形で提示し ている(国際交流基金(2009))。
(4)JLC日本語スタンダーズ
JLC日本語スタンダーズ(以下JLC)とは 2006 年 3 月(2011 年改定)に作成され たCan-doを用いた日本語能力達成基準である。坂本(2007)によると、この基準は「大 学での勉学を目的とした日本語」、つまり「アカデミック・ジャパニーズ」であり、そ の中でも特に、授業や研究活動の中で使われる日本語を中心として考えられていると
のことである。
このスタンダーズは目標や学習項目を「聞く」「話す」「聞く話す」「読む」「書く」
の 5 技能に分け示しており、レベルは初級前期、初級後期、中級前期、中級後期、上 級の 5 段階で示している。ただし、「聞く話す」には初級の設定がない(東京外国語大 学留学生日本語教育センター(2009))。
3.3 対話型口頭表現への応用可能な Can-do スケール
以上が現在、日本語教育で活用されている主なCan-doであるが、ここでは 2 で述べ たゼミの場面や、教員や友人とのやり取り・ディスカッションといったアカデミック な場面に関わり、また同志社大学における学部・研究科生に必要と思われるCan-doを 考える。
まずOPIについては、インタビューテストであるため、対話型という点においては 今回のCan-doを試作する上で、一致する。しかし、そのCan-doによる記述は大学・
大学院での学びとは直接的な結びつきはない。場面の設定も日常的な状況や、フォー マル、インフォーマルな状況という記述にとどまっている。OPIは大学での外国語教 育の統一を図るために作られたものであるが、それらは教養としての言語教育である ため、より汎用的、一般的記述になっている。
次にCEFRであるが、「話す(やり取りする)」技能の記述は対話型に一致する。また、
相互行為活動(Interactive Activities)として 9 項目のCan-doスケールを示しているが、
この中で特にアカデミックな場面に関係が深いと考えられるものは議論(「非公式の議 論(友人との)」「公式の議論とミーティング」)に関する 2 項目である7。
そしてJF日本語スタンダードではCan-doによる記述文は 342 あるが、この中で アカデミックな場面における対話型の口頭表現に応用できると考えられるものは、そ のうちの四つのみといえる8。また、レベルもA1 〜B2 レベルにとどまっているため、
アカデミックな場面に対応できるレベルのC1・C2 まで提供がなされていない。
最後にJLCでは、対話型の口頭表現を示しているのは「聞く話す」である。今回の 対話型口頭表現のCan-doスケールに近いと考えられるが、この項目は研究発表などで の質疑応答ができる・ディスカッションができる・司会ができる能力を示しているため、
対話型口頭表現に特化したCan-doとはいえない。そのため、これだけで今回求める対 話型口頭表現能力を言いきることはできない。
これらのことから、アカデミックな対話型口頭表現能力と重なる部分を持ち、今回 新たに作成するスケールの参考となるものは、一般的な対話型の能力に不可欠な能力 記述があると考えられるOPI・CEFRの議論に関する 2 項目・JLC日本語スタンダー ズの「聞く話す」項目にあると考え、これらのCan-doスケールを巻末資料 1 にまとめ た。OPI・CEFR・JLCはそれぞれのレベル分けがあるため、厳密にレベルの線引き をすることはできない。しかしここではCEFRの基準に従い、それを便宜上、A1 ⇔初
級前半・A2 ⇔初級後半・B1 ⇔中級前半・B2 ⇔中級後半・C1 ⇔上級前半・C2 ⇔上級 後半として用いることにする。OPIに関しては牧野(2008)のCEFRとOPIのレベル 対応の解釈に従った9。また、大学・大学院レベルは対象が中級以上と考えられるため、
初級レベルは分析の対象外とした。
この資料 1 を参考に、アカデミックな場での対話型口頭表現能力を表すCan-doによ る記述を分析・考察する。
4 大学・大学院における対話型口頭表現に適した Can-do の分析・考察
資料 1 をもとに、2.3 で述べた大学・大学院の対話型口頭表現で必要と思われる「内 面的な論理的思考能力」「相手に伝えるための表現力」「相手と互いに結びつくための コミュニケーション力」の視点から、その要素を含む記述部分を抽出した表が、表 1
〜 3 である。
また、今回、Can-doスケールの試作をするにあたって「トピック」の視点も含める。
その理由として、Can-doは到達目標を示すが、その目標を達成できるかどうかは、扱 うトピックによって大きく左右されると考えられるからである。特にアカデミックな 場面では、日常の会話に支障がない学習者でも、専門的・抽象的な話題になると、対 話成立の困難度は増すと考えられる。よって、これについても分析対象とし、資料 1 から「トピック」にかかわる部分を抽出し、表 4 に示した。
なお、表 1 〜 4 の記述は原文からの引用である。ただし、(省略)は筆者が省略した 部分、また、括弧内の文については、省略した場合、意味が理解しにくいと筆者が判 断し、原文を括弧に入れて残した部分である。
4.1 分類別分析
4.1.1 内面的な論理的思考能力(話者自身の内的思考)
まず、論理的思考能力の記述を抽出し、その傾向を見ていく。
表 1 からも明らかなように、OPIの上級(本稿では中級前半)では「詳しい説明・叙 述ができる」とあり、自身の考えを抜きに事柄を整理する力を求めている。超級(本稿 における中級後半〜上級)においては「裏付けのある意見」「仮説が立てられる」とあ るため、このレベルになり、説得力のある意見や、論理的な意見を持つことを求めている。
次に、CEFRであるが、「理解」という言葉がどのレベルにも共通してみられる。こ れは、単に議論を聞き取るという意味ではなく、聞き取ったことを理解し、内省し、
客観化して物事を見る行為を指すと考えられる。これをもとに、それぞれのレベルを 見ていくと、B1(中級前半)で求める能力は、第一に、考えや信念、賛成か反対かな ど自身の意見を持つことであるといえる。それをもって対話を行い、理解したことから、
「問題の在処」「代替案を比較」といったような基本的なことに気がつくことや考える ことを求めている。また「合意点の要約」「話の焦点を整える」という記述もあり、話
し合いの内容をとらえ、整理する力を求めている。次に、B2(中級後半)で求めるのは、
理解したうえで、一歩踏み込んで相手の仮説や代替案を評価することである。さらに 自分自身で仮説、代替案を立てることも求めている。また、B2(中級後半)からC1(上 級前半)にかけて「説得力」というキーワードが見られる。「説得力」というのは自身 の意見を単なる意見で終わらせるのではなく論拠や関連説明などを用いることで相手 を納得させることであろう。C1(上級前半)・C2(上級後半)では、そのような対話 がどのような場面やテーマでも行えるようになることを問うている。
【表 1】 内面的な論理的思考能力に関する記述
OPI CEFR JLC
上級後半
超級 裏 付 け の あ る 意 見
(が述べられる)
仮 説( が 立 て ら れ る)
C2 明確で説得力のある(議論ができる)
超級
上級前半
C1
(省略)(グループ討議では)第三者 間の複雑な対話を容易に理解し、(そ こに加わることができる)
説得力を持って(公式に主張を展開 でき、)(省略)
上級 論点を整理してまとめ られる
反論に対する反駁がで きる
中級後半
B2
説得力を持って議論の複雑な道筋(を 提示し)(省略)
(省略)代替案を評価すること、仮説 を立て、また他の仮説に対応するこ とができる
関連説明、論拠、コメント(を述べ ることによって、)(省略)
(省略)支持側と反対側の論理を的確 に把握できる
(複雑な筋立ての議論に対し)説得力 を持って(見解を提示し、対応できる)
(自分の専門分野に関連した事柄な ら、)議論を理解し、話し手が強調し た点を詳しく理解できる
代替案を評価し、仮説を立て、また、
他人が立てた仮説に対応できる
中級後期
疑問点(を指摘するこ とができる)
中級前半 上級
詳 し い 説 明・ 叙 述 ができる B1
(一般的な話題について)自分の周り で言われていることのほとんどを理 解できる
(音楽や映画などの抽象的または文化 的話題についての)自分の考え(が 表現できる)
問題の在処(を説明できる)
(省略)代替案を比較対照できる
(省略)友人との非公式の議論の要点 をおおかた理解できる
問いの解決に関して自分の意見や反 応(を理解させることができる)
信念、意見、賛成、反対(を丁寧に 表現できる)
(自分の専門分野に関連した話の)概 略を理解できる
議論の中で合意点を要約し、話の焦 点を整えることができる
(自分の意見を述べ説明し)維持する ことができる
中級前期
不明な点や具体的に知 りたい点(について質 問したり、説明を求め たりすることができる)
自分とは異なる意見を 一度受け止めた上で(自 分の意見や考えを述べ ることができる)
またJLCは、中級前半では、理解したことから単に分からない点を見つけ出すとい うこと、また自分と相手との意見の違いを見つけることを求めている。それが中級後 半になると、相手の発言に対して疑問点を見つけるようなより積極的な聞き方を求め ている。さらに上級になると、相手の反論に対して反駁をするという記述があること から、相手の意見を覆し説得力を持って自身の意見を通す必要があり、より高い論理 的な思考能力を求めていると考えられる。
このように比べると、三者とも同じような段階を踏んで論理的思考能力を高度化さ せている。すなわち、中級の始めの段階では、自身の意見を持つこと、また対話の中 で理解したことに対し不明点または問題点を認識することを求めている。中級後半か ら上級にかけては認識したことを客観化し、とらえた上で、指摘したり、自身の代替 案や仮説を考えたりする能力、また論拠や関連説明を用いて説得力ある考えを持つこ とを求めている。上級後半になると、反論をされた場合であっても明確で説得力のあ る考えを持つことを求めているといえる。
4.1.2 相手に伝えるための表現能力(話者→相手)
「相手に伝えるための表現力」について、ここでは、話者から相手に何をどのように 発信するかということを分析する。
表 2 からも明らかなように、まず、OPIは上級で「詳しい説明・叙述ができる」とあり、
物事を詳しく描写し伝える力を求めている。そして、超級で意見表明に関する記述が あり、それに関しては「裏付けある意見」といった記述があるため、上級になり初め て論理的に筋が通った意見表明ができることを目標としている。これを今回のレベル とあてはめると、OPIでは自身の意見を述べるのは中級後半に入ってからととらえる ことができる。
次にCEFRの場合、B1 から自分の考えや意見を表現する能力が求められており、こ の点でOPIとは異なる。そして、意見の伝え方はレベルによって違いが見られる。まず、
B1 では、身近な状況の下で自分の考えを表明することや、「ディベートへ参加するの は難しいが」といったような制限付きの条件下で自身の意見を発信できることを求め ている。それがB2 になると、身近な状況下ではあるが、「正確に」表現することや「議 論の複雑な道筋を提示する」とあること、また「関連説明、論拠、コメント」を含み ながら考えや意見を示すことを求めている。つまり、正確・明確であり、かつ論理的 な意見表明を求めている。一方、C1・C2 ではB2 のように表現能力に当たる詳しい記 述は見られない。しかしB2 で求められる意見表明ができた上で、どのような条件下で も確固たる主張ができることを求めていると考えられる。このように、CEFRではど のレベルであっても自分の意見を発信していくことが求められており、レベルによっ てその精度や論理性を上げていくことを求めている。
次にJLCであるが、「聞く話す」における話者の表現能力に関する記述はない。これは、
話者から相手に発信するCan-doは「話す(独話)」という項目に集約されているため である。こちらには「相手に伝えるための表現能力」に関わると思われる記述もあるが、
準備されたスピーチや発表の到達目標を表すCan-doスケールであるため今回の分析対 象にしないこととした。
これらをまとめると、OPIの上級では物事を詳しく説明する力、そして、超級では 意見を論理的に述べる力となっている。一方、CEFRに関しては早い段階から考えを 述べることに重きをおき、その論理性を揺るぎないものにしていくことを求めている。
つまり、OPIとCEFRのいずれも明確な論理展開、また論理性を伴う自己表現の実現 を目標としているといえる。
【表 2】 相手に伝えるための表現能力に関する記述
OPI CEFR JLC
上 級 後 半
超 級
裏付けある意見が 述べられる 仮説が立てられる
C2(複雑な論題についての議論で)自 己主張できる
超 級 上
級 前 半
C1(説得力を持って)公式に主張を展 開でき、(省略)
上 級
中 級 後 半
B2
正確に自分の考えや意見を表現でき る。
(説得力を持って)議論の複雑な道筋 を提示し、(省略)
身近な状況での非公式の議論に(省略)
視点をはっきり示すこと、(省略)
関連説明、論拠、コメントを述べるこ とによって、議論で自分の意見を説明 したり、維持したりできる
自分の考えや意見を正確に表現できる
(説得力を持って)見解を提示し、(対 応できる)
中 級 後 期
中 級 前 半
上 級
詳 し い 説 明・ 叙 述 ができる B1
(ディベートに参加するのは難しいが)
視点ははっきり示すことができる
(音楽や映画などの抽象的または文化 的話題についての)自分の考えが表現 できる
問題の在処を説明できる
(興味ある話題について議論する際 に、)自分の個人的見解や意見を示し たり、(省略)
(問いの解決に関して)自分の意見や 反応を相手に理解させることができる 信念、意見、賛成、反対を丁寧に表現 できる
中 級 前 期
4.1.3 互いに結びつくためのコミュニケーション能力(話者⇔相手)
続いて、「互いに結び付くためのコミュニケーション能力」として他者とのやり取り の中でどう対応するかという点を分析する。
表 3 からも明らかなように、まず、OPIにおいては、上級では「予期していなかっ た複雑な状況に対応できる」、超級では「言語的に不慣れな状況に対応できる」として おり、どのような状況下でやり取りを遂行できるかが注目されている。しかしながら この記述は、OPI全体の記述を見る限り、日常的な場面に限られており、したがって、
アカデミックな場面ではこれは高度な能力と言え、今回のアカデミック場面に対応し た記述ではないと考えられる。
次にCEFRでは、二つのことにポイントがおかれている。まず、議論との関わり方、
また、相手に対してどのように反応するかという点である。まず、議論との関わり方 であるが、B1 ではなじみのある議論や興味のある議論には参加できること、B2 では 活発な議論であっても一歩踏み込んで、身近な話題、またそうでない話題にも「積極 的に」参加できること、C1 では複雑な対話やディベートでも加わってゆくことができ ることが目標となっている。次に、相手に対する反応では、B1 では相手に「簡単にコ メント」を述べたり、「尋ね」たりするという基本的なやり取りができること、B2 で は相手の「仮説」に対応できること、また「説得力」を持って対応できること、C1 で は相手から質問を受けたり、「複雑な筋立ての対抗意見」にも適切に見解を提示し、応 えられることを求めている。C2 ではこの両者とも問題なくできる能力を求めていると 考えられる。相手に対する反応に関しては特に、「論理的思考能力」や「伝えるための 表現力」と重なる部分が多く、これらの能力を身につけてはじめて、やり取りも可能 になるといえる。
次に、JLCでも二つのポイントが見られる。一つは論点を外さずに議論が進められ るか、もう一つは相手にどう対応できるかである。論点を外さないために、中級前期 では分からない点を明らかにする行動が取れるか、中級後期では誤解が生じそうな場 合、もしくは生じてしまった場合、確認ができるか、上級においては相手の誤解を解 くための説明ができるかを問うている。また、相手への対応に関しては、中級前期で は相手の異なる意見を一度受け止めた上で、自分の意見を述べること、中級後期では それに対して、反論や疑問点を投げかけることができること、上級では相手の反論に 対してさらに反駁することができることである。JLCでは、この二つについて段階的 に到達してゆくことを求めており、議論の論理展開から外れず、的確に相手に対して 反応することを求めている。
以上をまとめると、相手と結び付くためには、OPIではどのような状況下でコミュ ニケーションを遂行できるか(但し日常場面において)、また、CEFRでは議論との関 わり方と、相手に対してどのように反応するか、そしてJLCでは論点を外さず議論が 進められるか、相手に論理的に対応できるか、という五つのポイントが浮かび上がる。
いずれも重要であるが、ここで注目すべきは、CEFRとJLC双方が述べている相手 に対する論理的な対応である。アカデミックな場でいうコミュニケーション能力とは 単に社交的なやりとりをすることではない。CEFRもJLCも表 1 の「内面的な論理的 思考能力」の記述とも重なる部分が多いことから、特にアカデミックな場面においては、
相手の意見を聞き、客観的に考え、それを踏まえたうえでのコミュニケーション能力 が必要とされる。そして論理的思考能力をコミュニケーション能力につなげるのが表 現能力である。つまり、「内面的な論理的思考能力」を持つことが大前提となり、「相 手に伝えるための表現力」を駆使することにより、はじめてアカデミックなコミュニ ケーションが成立するといえる。
【表 3】 互いに結び付くためのコミュニケーション能力に関する記述
OPI CEFR JLC
上 級 後 半
超 級
言語的に不慣れな 状況に対応できる
C2(省略)(明確で説得力ある)議論が できる
超 級
上 級 前 半
C1
(省略)(グループ討議では第三者間 の複雑な対話を容易に理解し、)そ こに加わることができる
(省略)ディベートに容易について いくことができる
(省略)質問やコメントに応じ、複 雑な筋立ての対抗意見にも流暢に自 然に適切に応えることができる
上 級
反論に対する反駁がで きる
相手の誤解を解くため の説明ができる
中 級 後 半
B2
母語話者同士の活発な議論について いくことができる
(身近な状況での非公式の議論に)
積極的に参加し、(省略)
(省略)他の仮説に対応することが できる
活発な議論についていき、(省略)
(複雑な筋立ての議論に対し、)説得 力を持って見解を提示し、対応できる
(日常・非日常的な公式の議論に)
積極的に参加できる
(代替案を評価し、仮説を立て、また、)
他人が立てた仮説に対応できる 中 級 後 期
疑問点を指摘すること ができる
相手の発話についての 自分の理解が適切かど うかを確認できる 反論できる
相手が誤解していると きに確認したり、言い なおしたりすることが できる
中 級 前 半
上 級
予期していなかった 複雑な場面に対応
できる B1
(省略)事実に関連した情報をやり 取りしたり、指示を受けたり実際的 な問題の解決策を論じたりする、定 例の公式の議論に参加することがで きる。
他人の意見に関して簡単なコメント ができる
何をしたいか、どこへ行きたいか、
誰を選べばよいか、またはどちらを 選べばよいか、などを議論し、(省略)
(興味のある話題について議論する 際に)(省略)尋ねたりすることが できる
中 級 前 期
(不明点や具体的に知り たい点について)質問 したり、説明を求めた りすることができる 相手の言った内容を必 要 な 時 に 繰 り 返 す か、
短く簡単に質問して確 認できる
自分とは異なる意見を 一 度 受 け 止 め た 上 で、
自分の意見や考えを述 べることができる
4.1.4 トピック
最後に、それぞれのレベルで扱うトピックを分析する。
トピックについては、中級前半を見ると、三者ともなじみのあるトピックをあげて いる。例えば、具体的な話題(職場・学校・余暇・社会での出来事など)(牧野 2001)
や個人的興味のある話題や、自国の文化・習慣、日本国内で話題になっていること、
日常的なことなど、それに当てはまるであろう。それに加えて、CEFRではこのレベ ルから自分の専門分野に関してのトピックも含めている。中級後半においては、やや 専門性のあるテーマ、また社会的、文化的な事柄が含まれてくる。上級に入ると、時 事的なテーマ、抽象的な話題(専門的内容、社会、政治問題)(牧野 2001)など、より 複雑で身近でないテーマへと移行してゆく。
この比較より、三者ともテーマ内容の易から難への移行はほぼ一致している。一つ 違う点は、どのレベルで専門的なテーマを扱うかということである。CEFRの場合は 中級前半より扱っており、OPI・JLCは中級後半からといえる。しかしながら、アカ デミックな場に身をおいている学習者にとって、自身の専門について話し合えるとい うことは重要なことである。そのため、なるべく早い段階で専門についてのトピック を扱う必要があると考えられる。
【表 4】 トピックに関する記述
OPI CEFR JLC
上 級 後 半
超 級
フ ォ ー マ ル/イ ン フォーマルな場面 で、抽象的な話題、
専門的な話題
C2 複雑な議題 超
級 上
級 前 半
C1 抽象的かつ複雑で身近でない話題 上
級
専門的、時事的なテーマ、
事の是非を問う 中
級 後 半
B2
日常・非日常的な議論
自分の専門分野に関連した事柄 身近な範囲の議論
中 級 後 期
多少専門性のあるテーマ、
社会的、文化的な事柄
(教育問題・環境問題)
中 級 前 半
上
級 具体的な話題 B1
自分の専門分野に関連した話 定例の公式の議論
なじみのある話題についての議論 なじみのある話題
個人的興味のある話題
中 級 前 期
よく知っている事柄(自 国の文化・習慣など)
日本国内で話題になっ ている事柄
5 大学・大学院における対話型口頭表現に適した Can-do スケールの試作 5.1 スケールの項目・レベル・記述方法
4 の分析を踏まえ、大学・大学院における対話型口頭表現能力のCan-doスケールを 考える。項目は、4 で分類した「内面的な論理的思考能力」「相手に伝えるための表現 能力」「互いに結び付くためのコミュニケーション能力」「トピック」の 4 項目に分けた。
またレベルも 4 で扱った中級前半・中級後半・上級前半・上級後半の四つのレベル で表示する。加えて日本語・日本文化教育センターが設けている九つのレベルの内、
中級レベル以降のⅣ〜Ⅸも並列表示する10。
記述の方法は、4.1.1 〜 4.1.4 の分析から導き出された結果を整理し、簡潔な言葉で まとめた。OPI・CEFR・JLCで共通する内容は一文にまとめ、共通項がない場合は それぞれのポイントでまとめた。
5.2 試作 Can-do スケール
5.1 の手順でまとめたものは表 5 のとおりである。
分類別に見ていくと、「内面的な論理的思考能力」については、まず自身の考えを持 ち、認識すること、また対話を理解し考えるという基本的な思考行為から出発し、徐々 に疑問を持って積極的に考えるようになること、またその対話の中で説得力を持ちな がら自身の考えを明確なものにしてゆくという段階を踏むことになる。
次に「相手に伝えるための表現能力」では、物事を詳しく描写するのはもちろんの こと、自身の意見を発信することが重要である。その伝える力は、まず、身近な状況 下で自身の考えを述べることからはじまり、徐々にどのような状況下でも正確さ、説 得力を保ちながらそれができるようになり、最終的にどのような状況でも、揺るぎな い主張ができることを求める。
また、「相手と結びつくためのコミュニケーション能力」では三つのポイントを設け た。【相手への対応】【議論との関わり方】【論点を外さないための行為】である。まず、
【相手への対応】では論理的な思考能力を伴うやり取りを求める。相手の言ったことを 受け止め自身の考えを返す行為から、最終的には反論・対抗意見にも適切に対応しな がら自分の考えを通すということができるようになる力をつけてゆくということを求 める。次に、【議論との関わり方】では、身近な議論に参加することから、複雑な対話 やディベートにおいても積極的に参加できるように力をつけてゆくことが必要である。
もう一つの【論点を外さないための行為】では、対話をコントロールする力である。
相手の言った内容を確認する行為から始まり、相手が誤解した場合でも修正できる力 を求める。
最後に「トピック」であるが、身近な話題から徐々に難しい話題へと移行する。また、
アカデミックな場面を考えた場合、早い段階から専門的な話題について対話すること が必要である。上級後半では空欄になっているが、これはどのようなトピックも扱え ることを意味する。
以上が、今回の分析結果から導き出した、対話型口頭表現能力のCan-doスケールで ある。4 の結果から導き出され、整然と分けられたようなスケールに見えるが、それぞ れのレベルの境界線は三つの違ったCan-doスケールを合わせたものであるため、曖昧 さが残ることは否めない。実際、上下間のレベルは微妙な違いで成立しており、特に
トピックにおいては、明瞭に境界線は引けるのか、またそれぞれの間に難易度の逆転 がないかなど課題が残る。よって、さらに検討する必要がある。しかしながら、現時 点でのスケールで、レベル別、分類別で対話型口頭表現能力に必要とされる能力を少 なからず理解することができるのではないか。
例えば、レベル関係を示す縦のつながりだけではなく、四つのカテゴリーを示す横 のつながりは密接に関わり合いながら、それぞれの達成すべき能力を示している。そ のどれもが大切な能力ではあるが、実は、これらは対等な並列関係にはない。4.1.2 で 述べたとおり、「相手に伝えるための表現能力」では、明確な論理展開、また論理性を 伴う自己表現の実現を目標においている。つまりそこでは「内面的な論理的思考能力」
が必要である。また、4.1.3 で述べたとおり「互いに結び付くためのコミュニケーショ ン能力」では、相手の意見を整理し、客観的に考え、それを踏まえた上でのコミュニケー ション能力が必要とされるため、「内面的な論理的思考能力」を持つことが前提となり、
「相手に伝えるための表現力」を駆使し、コミュニケーションを成立させていくことに なる。つまり、三つの分類の中でも特に「内面的な論理思考能力」が肝要であるといえる。
これがなければ、相手に自身を表現することも、相手とコミュニケーションすること もアカデミックな場では達成できたとはいえない。
学習者を観察する中で、この「論理的思考能力」をもちえている者もいれば、そう ではない者もいることに気づかされる。もちえている者であっても、日本語という外 国語で考え、表現することやコミュニケーションすることに困難を感じている者も多 いため、その場合は「相手に伝えるための表現能力」や「相手とつながるためのコミュ ニケーション能力」に重きをおくべきであろう。逆に、日本語能力があるにもかかわ らず、この論理的思考能力の不十分さから、コミュニケーションに困難を感じている 者もいる。その場合は、「内面的な論理的思考能力」を強化する必要がある。アカデミッ クな場における対話型口頭表現の授業においては、このように各自の能力を見極め、
彼らの不足している能力を伸ばしてゆくことが必要であると考える。それらを客観視 するためにも、このスケールが能力評価の基準ともなるのではないか。
今回、中級以上の四つのレベル、また四つのカテゴリーに分けたスケールを作成し た。これが完成形ではないが、そのスケールによって、アカデミックな場での口頭表 現能力で求められる到達目標、また評価基準をある程度示すことができたのではない か。これを目安とすることによって、段階を追って、彼らがアカデミックな場で必要 とする能力に焦点を当て、その能力を伸ばす教育的支援が可能になると考える。
【表 5】
アカデミックな場面における対話型口頭表現能力の Can-do スケール 内面的な
論理的思考能力
相手に伝えるため の表現能力
相手と結びつくための
コミュニケーション能力 トピック 上
級 後 半
Ⅶ
Ⅷ
Ⅸ レ ベ ル
明確で説得力のある 考えを持つことがで きる
複雑な議題の中で も確固たる主張が できる
明確で説得力のある議論ができる
上 級 前 半
Ⅵ
Ⅶ
Ⅷ レ ベ ル
裏付けされた説得力 のある考えを持つこ とができる
相手の意見に反論でき る説得力のある考えを 持つことができる
身近な条件下では なくても考えを述 べ、主張ができる
【相手への対応】
相手の反論に対して反駁ができる 複雑な対抗意見にも適切に対応 できる
【議論との関わり方】
複雑な対話やディベートでも参 加できる
【論点を外さないための行為】
相手の誤解を解くための説明が できる
社会・政治問題 時事的な話題 事 の 是 非 を 問 う話題 専門的な話題
中 級 後 半
Ⅴ
Ⅵ レ ベ ル
相手の考えを客観的 にとらえ、指摘すべ き点を見つけること ができる
自身で代替案や仮説を 考えることができる 説得力ある意見を持 つことができる
身近な状況の下で、
正確に、また関連 説明や論拠を示し ながら考えを述べ ることができる
【相手への対応】
相手に対して反論や疑問点を投 げかけることができる
相手の考えに説得力を持って対 応できる
【議論との関わり方】
活発な議論や、身近でない議論 でも積極的に参加できる
【論点を外さないための行為】
誤解が生じそうな場合、もしく は生じてしまった場合、確認で きる
社会的・文化的 な話題 専門的な話題
中 級 前 半
Ⅳ
Ⅴ レ ベ ル
話し合いの内容、事柄 を整理することがで きる
自 身 の 考 え を 持 ち、
それを認識すること ができる
対話の中で理解した ことに対し、不明点 や問題点を認識する ことができる
物事を詳しく描写 することができる 身 近 な 状 況 の 下 で、まず考えを述 べることができる
【相手への対応】
相手の意見を受け止めた上で、
自分の意見を述べることができ る
相手にコメントを述べたり尋ね たりすることができる
【議論との関わり方】
身近な議論に参加できる
【論点を外さないための行為】
相手の言った内容を確認できる
身近な話題 専門的な話題
6 まとめと今後の課題
本稿では、大学・大学院などのアカデミックな場における対話型口頭表現の重要性 を指摘し、「内面的な論理的思考能力」「相手に伝えるための表現能力」「互いに結び付 くためのコミュニケーション能力」が必要であることを述べた。また「トピック」によっ て対話の難易度が左右されることから、これを加味し、四つの視点から、既存のCan- doを分析・考察し、アカデミックな場における対話型口頭表現能力で求められる到達 目標・評価基準を示すCan-doスケールを試作した。このスケールにより、中級レベル
以降で求められる能力を記述により可視化したが、その過程の中で、アカデミックな 場では特に「内面的な論理的思考能力」が重要であることがわかった。
ただ、注意すべき点は、5.2 でも述べたとおり、これがまだ、レベルやトピックの点 で曖昧な側面を持っていることである。また、今回試作したCan-doスケールには自 身の考えを通す能力の記述が多くみられることも問題点としてあげられる。なぜなら、
実際の研究活動などでは、他者の意見を受け入れながら考えは変容してゆくものであ る。その柔軟性ある対話に関する記述がこのスケールに含まれていない。また、相手 と結びつくためのコミュニケーション能力という点では、対話の中で良好な人間関係 を築いてゆくことが重要であるが、それに関しての記述も今回の分析では現れなかっ た。つまり、言語が使用されている社会的コンテクストの中で円滑に表現するための 社会言語能力に関する記述が不足しているといえる。
今後は、これら課題の残るこのCan-doスケールのレベル、トピックを見直し、社 会言語能力の面での不足部分を補った上で、学部・研究科生履修科目の「口頭表現B」
Ⅵレベルの授業に生かし、教育内容の見直しにつなげる実践研究を行いたい。
注
1 因(1998)の認識調査のそれぞれの数値は①ゼミに出る(教官 95%、学生 94%)、②参考書 や論文を読む(教官 80%、学生 65%)、③論文を書く(教官 62%、学生 18%)④口頭発表 する(教官 77%、学生 61%)である。
2 村上(1998)の教員側への質問紙調査 10 項目は「入学試験で、日本語で書く能力」「入学試 験で、日本語で読む能力」「日本語で専門書・論文を読む」「日本語で論文・レポートを書く」「ゼ ミなどで、日本語で発表する」「日本語で講義や発表を聞く」「日本語で質疑・応答をする」「日 本語でディスカッションをする」「学位論文を日本語で書く」「学会なので日本語で発表する」
である。また、留学生側への自己評価 16 項目とは「友達との日常会話」「先生との日常会話」
「友達との専門に関する会話」「先生との専門に関する会話」「ゼミで日本語で発表する」「日 本語でディスカッションする」「日本語で電話する」「日本語で講義を聞く」「日本語でTVや VTRを見る」「日本語の新聞・雑誌を読む」「日本語の手紙や書類を読む」「ゼミでレジュメ を読む」「日本語の専門書を読む」「日本語で手紙を書く」「日本語でレジュメを書く」「日本 語で論文やレポートを書く」であり、最も値の高かったものは「講義を聞く」であったが、
その次に専門についての対話に関する項目が高い値であった。
3 村上(2002)の留学生へのニーズ調査 9 場面とは「友達と雑談する」「先生の部屋でていね いに話す」「日本語で手紙を書く」「事務に行って話す」「基本主題科目などの講義を聞く」「基 礎セミナーなどで意見を言う」「レポートを日本語で書く」「レジュメを書く・読む」「教科 書を読む」「レポーターで発表をする」である。ただし 1 年生は「レポートを日本語で書く」「レ ポーターで発表する」活動がまだ行われていないため集計からは除かれている。
4 ACTFLは 1967 年に設立された主にアメリカにおける外国語教師によって形成されている学 会。
5 Council of Europeは 1949 年にフランス・ストラスブールに設立された国際機関。2012 年現 在ヨーロッパ 47 国が加盟。拘束力を持たない協議機関として人権擁護、民主主義制度の建 設強化を始め、司法・行政・文化・スポーツ・教育・マスコミ・社会政策等の活動を行う。
CEFRの開発・普及もその一環である。
6 国際交流基金は 2009 年に『JF日本語教育スタンダード試行版』、翌 2010 年に『JF日本語教 育スタンダード 2010』を公表した。また、それに伴いデータベースとして「みんなの『Can-do サイト』(http://jfstandard.jp/cando/top/ja/render.do)」を開設し、そこでは「能力記述文デー タベース」「ポートフォリオ」「事例集」の利用が可能となっている。
7 CEFRの相互行為活動(Interactive Activities)としての 9 項目とは「一般的な話し言葉の やり取り」「母語話者との対話を理解すること」「会話」「非公式の議論(友人との)」「公式 の議論とミーティング」「目的達成のための共同作業(例:車を修理する・文書を作成する・
イベントを準備する)」「製品やサービスを得るための取引」「情報交換」「インタビューする こと、インタビューを受けること」である。
8 JF日本語スタンダードのアカデミックな場面における対話型の口頭表現に応用できると考 えられる四つとは、カテゴリーごとの分類番号で 184(B1)・186(A2)・200(B1)・294(A2)・ 313(B2)である。(http://jfstandard.jp/pdf/JF_Cando_Category_list.pdf)
9 牧野(2008)のCEFRとOPIのレベル対応の解釈では「C2 ⇔超級、C1 ⇔超級、B2 ⇔超級、
B1 ⇔上級、A2 ⇔中級、A1 ⇔初級」となる。
10 日本語・日本文化教育センターのレベル表示は、教師の認識を統一するために本センター内 で用いられているCEFRのレベルと照らし合わせた表をもとにした。そのレベル表示はⅨ−
C2・Ⅷ−C1(〜C2)・Ⅶ−C1(〜C2)・Ⅵ−B2 〜C1・Ⅴ−B1 〜B2・Ⅳ−B1 である。
参考文献
門倉正美(2006)「<学びとコミュニケーション>の日本語力 アカデミック・ジャパニーズか らの発信」門倉正美編『アカデミック・ジャパニーズの挑戦』ひつじ書房 pp.3-20.
国際交流基金編(2009)『JF日本語教育スタンダード試行版』国際交流基金.
坂本惠(2007)「『アカデミック・ジャパニーズ』での教育項目について考える―JLC日本語スタ ンダーズの作成に向けて―」『東京外国語大学留学生日本語教育センター論集』33, 東京外国語 大学留学生日本語教育センター pp.99-110.
因京子他(1998)「大学院レベルの日本語予備教育に求められるもの―日本語の達成度は何を示 すのか―」『日本語教育』99 号 日本語教育学会 pp.120-130.
東京外国語大学留学生日本語教育センター編(2009)『JLC 日本語スタンダーズ 2011 改訂版』東 京外国語大学留学生日本語教育センター.
日本学生支援機構編(2010)『平成 22 年度外国人留学生在籍状況調査結果』日本学生支援機構
「日本留学のための新たな試験」調査研究協力者会議編(2000)「日本留学のための新たな試験に ついて中間報告」『日本語教育政策の新しい動き―日本語教員養成と留学生受入れ―資料 1』日 本語教育学会 pp.19-33.
牧野成一他(2001)『ACTFL-OPI入門―日本語学習者の「話す力」を客観的に測る―』アルク pp.16-27.
牧野成一(2008)「OPI、米国スタンダード、CEFRとプロフィシェンシー」鎌田修他編『プロフィ シェンシーを育てる〜真の日本語能力を目指して〜』凡人社 p.32.
三宅和子(2003)「留学生・日本人大学生のアカデミック・ジャパニーズとは」門倉正美『日本 留学試験が日本語教育に及ぼす影響に関する調査・研究―国内外の大学入学前日本語予備教育 の連携のもとに』平成 14-16 年度科学研究助成金(基盤研究A)研究成果中間報告書 pp.101- 112.
村上京子(1998)「質問紙調査による結果の概要」尾崎明人『研究留学生に見られる日本語発話
能力の変化と日本語使用環境に関する基礎的研究 日本語研修コース修了生追跡調査報告書 3』
平成 7 年度−平成 9 年度科学研究費補助金研究成果報告書 pp.7-21.
―(2003)「大学教育と日本留学試験(1)―学部留学生の大学生活における日本語運用 上の困難」門倉正美『日本留学試験が日本語教育に及ぼす影響に関する調査・研究―国内外の 大学入学前日本語予備教育の連携のもとに』平成 14-16 年度科学研究助成金(基盤研究A)研 究成果中間報告書 pp.47-62.
Council of Europe(2001) Common European Framework of Reference for Languages:
Learning, teaching, assessments Cambridge University Press(吉島茂他訳・編(2004)『外 国語の学習、教授、評価のためのヨーロッパ共通参照枠』朝日出版社).