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出原政雄編『戦後日本思想と知識人の役割』(法律 文化社, 2015年)

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文化社, 2015年)

著者 大園 誠

雑誌名 社会科学

巻 45

号 3

ページ 223‑231

発行年 2015‑11‑26

権利 同志社大学人文科学研究所

URL http://doi.org/10.14988/pa.2017.0000014283

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《書評》

出原政雄編『戦後日本思想と知識人の役割』

(法律文化社,2015 年)

大 園   誠

本稿は,2015 年 3 月 27 日に同志社大学人文科学研究所が開催した研究会において筆者 が行った「書評報告」を文章化したものである。以下では,書評対象である上記著作を

「本書」と呼び,筆者を「評者」と呼ぶ。

まず,本書の編者(出原政雄)による「序論」における本書の企図・特徴を確認した うえで書評に入る。第一に本書の独自性をどこに求めるか,第二に知識人研究のあり方 について,第三に本書で取り上げた「戦後知識人」の基準とは何か,について順に論じ,

最後に,本書収録の諸論文のなかから,全 5 部から一つずつ論文を取り上げ連続して論 じることを試み,本書の特徴と可能性について考察したい。

はじめに,編者が執筆した「序論」において指摘された本書の企図・特徴は次のよう に要約できる。①「戦後日本思想の総合的研究」という研究プロジェクトの成果論文集 であり,②「戦後日本思想」研究の系譜としては「一九九〇年代以降の『戦後知識人』研 究に連なる」ものであり,③編集方針として,個々の知識人において以下の二点を要請 したこと(戦前・戦中と戦後との相互関係を念頭におくこと,一九五〇年代の言論活動 に着目すること),④全章を大きく五部に区分したこと(第一部は第三部とともに戦前・

戦後を貫通するテーマ,第二部は第四部を含めて戦後的価値として装いも新たに浮上し てきたテーマに検討を加えたもの,第五部は敗戦後直面することになった戦後的諸課題 に取り組んだ行動する知識人に関する探究),以上四点を最初に確認しておきたい。

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1 本書の独自性をどこに求めるべきか

第一に,序章の「一」で展開されているように,戦後日本の思想家を対象として取り 上げた研究(「思想史としての戦後研究」)には,膨大な研究蓄積が存在すると評者は考 える1)。海外の日本研究者(ハリー・ハルトゥーニアンやアンドリュー・ゴードンら)が 指摘するように,いまなお「戦後」という枠組み・概念が根強く通用しているのは,日 本のひとつの特徴であり,本書のようにいまなお「戦後」日本思想という言葉を含むタ イトルの著書が出版されていること自体,そのことを裏づけているように思える。その 意味で,本書は「戦後日本思想史」というひとつの学問領域(ジャンル)の中に明確に 位置づけられるであろう。

ただしその際に,これまでの「戦後日本思想」研究と比べた場合の本書の独自性とは 何かが問われなければならない。そこで注目したいのは,編集方針として二つのことを 要請している点である。すなわち,①戦前・戦中と戦後との相互関係を念頭におくこと,

②一九五〇年代の言論活動への着目,という二点である。本書を構成する全 16 章で取り 上げられている「知識人」のほとんどは,戦前に生まれているため,第 14 章や第 15 章 のように「戦後の運動」を扱った一部の章を除外すれば,「戦前・戦中と戦後」の関係(そ の連続面や断絶面)を見ることは可能である。しかし,「戦前と戦後の関係」を問うとい う視角自体は,日本の社会科学・思想の研究分野においては「伝統的」論点である。し たがって,本書の独自性が示せるとすれば,丸山眞男が指摘するように敗戦を経験した 1945 年以前以後という「8.15」を基準とする変化ではなく,あえて 1950 年代という日本 が「占領から独立へ」さらには「高度経済成長」へと向かった時期に着目することで,新 しく何が見えてきたのか否かという点に求められる。1950 年代への注目という着眼点こ そ,本書の独自性であろう。

2 知識人研究のあり方

第二に,本書のタイトルのもうひとつの構成要素である「知識人の役割」について論 じよう。序章において明確に,本書は「戦後知識人研究」に連なるものであると指摘さ れ,さらには「二〇一一年の東日本大震災・福島原発事故が,日本近現代史において明 治維新,敗戦後の日本に匹敵する第三の転換期と位置付けることが可能であるとすれば,

『現代の変革』を志向し新しい政治社会を構想するにあたって『知識人の役割』は今こそ

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必要とされる時代ではないだろうか」(10)との言及がある。

日本の「戦後政治史」におけるいくつかの「転換点」と評者が考える年(1945 年,1952 年,1955 年,1960 年,1973 年,1980 年,1993 年,2001 年,2009 年)と比べても,2011 年 3 月 11 日(3.11)以後に明らかとなった一連の事態は,1945 年 8 月 15 日(8.15)に匹 敵する「時代の転換点」であるとの判断にはまったく異論はない。しかし,本書が扱う

「戦後知識人たち」が生きた時代と現在とでは,その政治的・経済的・文化的・国際的環 境等がかなり異なっており,「知識人の果たす役割」が当時と今とを比べてもなお「不変

/普遍」的であるかどうかは,今日あらためて問い直す必要があるのではないか。より 明確に指摘すれば,本書が取り上げた知識人たちが活躍した時代状況と,現代における

「知識人」を取り巻く時代状況がかなり変化しているとすれば,「知識人」研究のあり方 自体を再考しなければならないのではないだろうか。知識人の役割の「変化」(その連続 性と断絶面)については,本書ではほとんど意識されていないように思える。本書が「い ま」知識人の役割を問うというのならば,少なくとも,本書が取り上げた知識人たちが それぞれ果たしてきた「役割」が,時代状況によって何らかの形で変化をしている側面 を本書全体としてつかめることができれば,「知識人研究」としてもより「現在的な」問 題提起をなしえたのではないかと考えられる。

3 本書で取り上げた「戦後知識人/集団/運動」の基準とは何か

第三に,最大の疑問は,本書で取り上げた各テーマの選択基準である。なぜこの「知 識人」は取り上げたのに,あの「知識人」は取り上げなかったのかという問いは,あり ふれたものであると同時に,テーマ設定(章設定)の適切さを問うものでもあり,本書 全体のコンセプトにも関わる。前述したように,編者は,第一部と第三部/第二部と第 四部/第五部に三分割した上でその差異を説明してはいるが,各部のタイトルを見る限 り,率直に言えば,各部に含まれる論者の主要なテーマをただ羅列したような印象を受 ける。この点については「あとがき」において以下のような言及がある。「『戦後知識人』

として取り上げるべき人物は数多く残されているし,また国内の思想動向としては反体 制や左翼の思想が手薄になり,あるいは『冷戦としての戦後』を取り上げる研究,つま り世界やアジアの中で戦後日本思想を考える研究がもっとあってよかったかもしれな い」と指摘され,「できうれば第二の成果論文集」を目指したいとも書かれている。「戦 後知識人」のラインナップについて指摘するならば,今回取り上げた「革新的」知識人

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だけでなく,「保守的」な論者も対比的に取り上げることで,時代の思想状況はより明確 に浮かび上がるのではないか2)

そもそもなぜこの 5 章構成になったのか,その狙いは明確には書かれていない。当初 の構想と関連づけながらその狙いを伺いたいものである。例えば,本書では当初扱う予 定だったが実際には収録できなかった「知識人/テーマ」はどのくらい残されているの だろうか。具体的に言えば,自ら「近代日本の知識人」という論文を執筆し,「戦後知識 人」の代名詞的存在ともいえる丸山眞男などはなぜ含まれていないのか,素朴な疑問と して最も気になった点である。

テーマの区分としても,例えば「アジア」への視点に着目するのであれば,第 1 部の 第 3 章の竹内好の議論と,第 5 部第 15 章のべ兵連こうべの議論とでは,どのような違い

/発展性があったのかを問うこともできるし,「ナショナリズム」を問題化するのであれ ば(明確に正面から取り扱っているのは第 1 部第 2 章の橋川文三論,第 1 部第 3 章の竹 内好論,第 1 部第 4 章の石橋湛山論などだが),植民地政策にも関わった,第 2 部第 5 章 の矢内原忠雄をはじめ,第 2 部第 6 章の鶴見俊輔,第 3 部第 10 章の吉本隆明らや,第 4 部第 12 章の司馬遼太郎らの文学者,さらには第 5 部第 16 章の沖縄独立論から浮かび上 がる問題なども関連づけられる。つまり,各部のテーマによる区分とは異なる次元で,「戦 後知識人」たちの思想的営為は互いに交錯しており,継承している面,あるいは批判や 乗り越えを目指している面などが存在し,それらの連関については,まったくもって読 者に開かれている状態である(序章などでも言及はない)。そのような「知識人個々の活 動ではなく,知識人同士の思想や主張の相互関係や影響関係」については,今回は個々 の章によっては全く言及がないものもあり,あまり重要視されていないように思える。

評者としては,現在いわゆる「知識人」の地位はかつてと比べて(残念ながら)「低下」

しており,その影響力も例えば 1950 年代と比べればはるかに「縮小」していると判断し ている。この点では本書も同様の認識であろう。では,「知識人研究」の存在意義はない のかと問われれば,評者は全くそうは思わない。「戦後知識人/戦後思想家」たちの蓄積 してきた「思想的営為」の成果を,今こそ「再評価」すべきであり,その「戦後思想の 遺産」について早急にリストアップする時期にいま来ていると考える。しかしそのため には,個々の知識人・思想家を単独で取り扱うだけでは不十分であり,例えば,第 2 章 のように橋川文三と竹内好を対比的に比較する視点を入れたり,第 9 章のように長谷川 如是閑と中野重治とを取り上げて論じるといった「工夫」をすれば,読者には思想の相 互関係の理解が深まるであろう。

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戦後知識人たちはみな,異なる時代の「思想的遺産」はいうまでもなく,それぞれの 同時代のさまざまな知識人や思想にお互いに影響を受けつつ,独特の思想的磁場のなか で思想形成していることはいまさら言うまでもない。したがって,いま「戦後知識人研 究」に取り組む研究者に求められるのは,先行研究に対する批判的言及と独自な視点・主 張はもちろんのこと,戦後 70 年を経た現代に生きる読者に対して,戦後知識人たちの「思 想的遺産」の現代的意義や,思想相互の交錯や対抗関係などが「ある種の地図」として 浮かび上がってくるような作業が必要なのではないだろうか。

あえて注文をつけるとすれば,本書の全 16 章のなかから引き出しうる「戦後日本思想 の遺産」や「戦後日本思想の見取り図」について,最後に「終章」という形であらため て「叙述」して頂けたらより望ましかった。「思想研究」や「歴史研究」はともすれば,

個々の思想家に関する厳密な資料探索や短いタイムスパンに限定した厳密な実証研究な どに陥りがちである。それらの作業の積み重ねが必要不可欠であることはいうまでもな いが,個々の「実証的」研究の蓄積と同時に,それらの地道な思想・歴史研究の成果と してどのような「総合」が見出せるのかについても言及する必要があったのではないか と考える。「戦後 70 年」という時間は,歴史的記憶の問題を考えても,「戦後」を語る際 の語り口の工夫や,「戦後(思想)」を総体として捉えることの難しさを促しており,「共 同作業/共同研究」の重要性,「研究成果の総合」の作業の重要性はあらためて強調され るべきではないかと思われる。

4 本書の特徴と可能性の検証

最後に,全 5 部構成のなかで,それぞれに配置・分類されている諸論文のなかから,1 部につき 1 論文を選択し,各論文で論じられていることが,それ以降の論文と関連付け た「読み」を試みた場合に,どのような「戦後思想」の問題や課題が見えてくるのかを 検証してみたい。各部から取り上げるのは,以下の 5 論文である。以下の 5 論文を採用 した理由は,それぞれが各部のテーマを直接的に扱っているという意味で,評者が各部 の代表的論文であるとみなしたからである。なお,検証作業をする上で,ひとつの比較 対象として,評者が専門的に研究している「丸山眞男」の思想を念頭におきながらコメ ントしていきたい。

①第 2 章 橋川文三のナショナリズム論(平野敬和)

②第 6 章 矢内原忠雄の戦後平和思想(出原政雄)

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③第 9 章 「悔恨共同体」の断層―長谷川如是閑と中野重治―(織田健志)

④第 11 章 出発点としての「政治と文学」論争―中野重治の「近代の超克」―(岩本真一)

⑤第 16 章 沖縄独立論の検討―大宜味朝徳を中心に―(櫻澤 誠)

①の特徴は,橋川を中心的に論じながらも,その特徴を明らかにするために,つねに 媒介項として,丸山眞男と竹内好を活用している点である。著者・平野は別に,『丸山眞 男と橋川文三』(教育評論社,2014 年)を著しており,その内容をもふまえると,その特 徴はより明確となっている。戦後日本思想研究の嚆矢ともいえる,久野収・鶴見俊輔・藤 田省三『戦後日本の思想』(中央公論社,1959 年)および,小熊英二『〈民主〉と〈愛国〉』

(新曜社,2002 年)の刊行以来,「戦後思想」の担い手たちにとって重要なのは「それぞ れの戦争体験」であることは,ひとつの「テーゼ」と化しているようだが,この①でも,

丸山・橋川・竹内の「敗戦体験」ないしは「戦争体験」の違いやズレが,各論者の思想 内容の差異につながっていくことが繰り返し強調される。そのことには,一定の「実証 的な」説得力を持っていると評価できる。戦前にすでにある程度の思想形成をなした竹 内や丸山と,「戦中派」の橋川とでは,当然「その体験」の違いから,日本社会に対する 批判的スタンスが異なることはみやすいところであろう。ただその一方で,それぞれの 独自性を分析する場合には,「超国家主義」分析の差異が,普遍的視点からみる外在的視 点(丸山)か,自らの体験に根ざした内在的視点(橋川)かという側面だけでは還元で きない要素もあると考える。丸山の場合には,あくまでも「政治学(社会科学)」的分析 として「超国家主義」の総体を批判的に捉えようとする一方,橋川の場合には,そこに 徹しきれていない面があるように思える。自身の体験に内在するということのメリット だけでなく,デメリットも考えるべきではないだろうか。①では,戦前・戦中と戦後と の断絶/連続という視点は一貫して保持されており,三者の思想的変遷も丁寧に描かれ ている点は評価できる。ただし,1950 年代への着目が,橋川評価において先行研究と決 定的に異なる面をどのように浮かび上がらせることができたのかについては,明確では ない。

②の矢内原論であるが,矢内原という人物の世代を考えた場合,本書で扱っている他 の論者と比べてもやや年長世代に位置付けられ,そのため,戦前においてすでに実践的 にも思想的にも影響力のある地位にいたことを押さえておかねばならないだろう。その うえで,①の橋川に対して,竹内や丸山の思想形成が比較的早期であったことと関連し て,「小熊テーゼ」(「戦争体験の思想化」)は修正されるべきだと思われる。なぜならば,

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橋川の思想において「戦争体験」が決定的だったとすれば,竹内の場合は,戦前の「中 国体験」,丸山の場合にも,戦前においてすでに思想的スタンスが確立している面がかな りあり,その意味では,矢内原と同じく,「戦前」からの「一貫性」が強い(あるいは本 人がそうありたいと強く意識している)点が共通していると思われる。つまり,矢内原・

竹内・丸山にとっては,「戦争体験」以前の「戦前体験」において,思想的な出発がすで になされていると理解すべきであろう。そのことは,1990 年代以降隆盛を誇る「ポスト コロニアル派」からの批判を受ける可能性が高くなることにつながっている。「問題意識」

の形成時期のある意味での「古さ」を指摘することができる。

③と④は,中野重治を間にはさんで,長谷川如是閑,「政治と文学」論争の論客たちの 問題意識を見事に対比させている。この 2 つの論文を連続して読むことで,「戦後思想」

が持つ相反する矛盾した要素が明らかになるだけでなく,何より「戦後思想」の「未発 の可能性」(ありえたもう一つの対話の可能性)を浮かび上がらせている。長谷川如是閑 は,南原繁とともに,丸山眞男の「二人の師」(アンドリュー・バーシェイ)と位置付け られる論者であり,「戦前知識人」の一人であろう。その如是閑が「悔恨共同体」(丸山 の造語)に対して抱かざるを得なかった「違和感」を,③は描き出すことに成功してい る。戦前の知識人のなかでも,「アングロ・サクソン系」の思想から大きな影響を受けた 論者(如是閑はこちらに入る)にとって,「ドイツ系」の思想の影響を強く受けている論 者(丸山はどちらかといえばこちらに入る)との共通点と差異の問題は,非常に重要な

「分岐点」をなしており,戦前から戦後にかけての「思想継受/思想受容」のあり方とし て,重要な論点となっている。その意味において,本書は「戦後的価値」とされる「自 由」「民主主義」「平和」にとどまらず,「現実主義」理解などにおいても,興味深い示唆 を与えている。

最後に⑤であるが,石田雄『安保と原発』(唯学書房,2012 年)などにおける指摘を待 つまでもなく,現時点において,安全保障の最前線基地として日本に設置されている米 軍基地の約 7 割を引き受けている「沖縄/オキナワ」の問題と,東日本大震災および原 発事故によって白日のもとにさらされた「福島/フクシマ」の問題が,戦後日本思想に 突きつけている問いは,いまなお「戦後思想」を論じる場合には避けて通れないもので ある。丸山の場合,木下順二の演劇への評価をめぐって書かれた「点の軌跡」など,ご くわずかしか「沖縄」への言及はないが,当時存在した「沖縄ナショナリズム」への評 価はかなり低く,ある種の「普遍性」が担保されない「ナショナリズム」については総 じて厳しい評価を下している。そのこと自体が丸山の「限界」なのか,あるいは丸山の

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「思想的スタンス」からは譲れない一線なのか,についてはいまだ議論の余地があると思 われる。しかしいずれにせよ,「戦後日本」が「独立」した後もなお 20 年もの長い間,事 実上の植民地的状態が継続した「沖縄」という存在は,「戦後日本思想」を相対化する上 で不可欠な視点である。1990 年代以降を生きる我々は,「ポストコロニアル派」からの重 要な問題提起(植民地,帝国主義,戦時動員など)を避けて通ることはできない。その 観点からすれば,「戦前」の大日本帝国の時代だけでなく,「戦後」の日本国の時代にお いてもなお継続する問題を象徴的に示す「沖縄」という存在を,どのように思想史的に 解明するかという課題は,やはり依然として未解決なまま残されており,われわれに重 い問いを投げかけ続けている。そのような現状を考えるとき,⑤のような「沖縄」の内 部からの多様な議論を紹介し,一定の批判的分析を加えることは,今後ますます重要に なってくると思われる。その意味で,⑤は日本の「戦後思想」研究に対して,きわめて 貴重な貢献をなしていると考えられる。

以上,各部の代表的論文であると評者がみなした 5 論文をリレー式に読んでみただけ でも,「戦争体験」の違いの重要性,それよりも時代的に先立つ「戦前体験」の重要性,

戦後思想の「未発の可能性」,そして「戦後思想」を批判的に問い直すための重要な視点 など,「戦後日本思想」研究における多くの論点と今後の多様な可能性が浮かび上がって きたことが確認できる。

本書の各章を検証すれば,本書の最大の特徴であるはずの,「戦前・戦中と戦後の相互 関係」と「1950 年代に対する着目」という 2 つの点へのこだわりについて,各章ごとに かなりのバラツキがあることを問題点として指摘はできる。しかし,これまで見てきた ように,本書全体としては「共同研究」の成果として,多くの貴重な問題提起を提出す ることに成功しており,いままさに発展途上といえる「戦後日本思想」研究という学問 領域において,本書が重要な貢献をなしていることは確かである。なお,本書の「あと がき」において表明された「激動する現代日本において『行動する知識人』の復権を」

(401)という呼びかけにどう応答するかは,むしろ本書の読者,および評者を含めた「戦 後日本思想」に関心を持つ多くの研究者の方に問われている課題であると考えている。

1 )戦後日本の思想家を対象とした研究に「膨大な研究蓄積」が存在するという評者の判断に

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対して,研究会ではただちに反論が出された。編者出原は,「序論」で指摘しているように,

「いわゆる「思想史としての戦後研究」はいまだ始まったばかり」という認識を示した。た だし,その直後に「それでも先駆的な業績はないわけではない」という叙述がなされてい るように,「戦後思想家」を取り上げた作品や著作はこれまでにも数多く出版されているこ とは事実である。そのことをもって評者は「膨大な研究蓄積」と判断したが,本格的な「思 想史研究」によって,現時点で「戦後日本」がどれほど対象化され相対化されているかと いう観点からみれば,まだまだ「発展途上」であることは認めたいと思う。

2 )本稿の「再校」脱稿後,本書に対する以下の書評に接したため,一言しておきたい。黒川 みどり「知識人とは何か―出原政雄編『戦後日本思想と知識人の役割』評」『日本思想史 学』第 47 号(ぺりかん社,2015 年)。そこでは,「従来,研究対象にされることの少なかっ た「保守」の立場をも含む多様な知識人をとりあげていることが,本書の大きな特徴とい えよう」と指摘されている。確かに,黒川が指摘するように,石橋湛山(第 4 章),多田道 太郎(第 8 章),長谷川如是閑(第 9 章),司馬遼太郎(第 12 章)は「保守」の立場の論者 と見なすことはできる。その意味で,本書が「保守的」な論者を取り上げていないわけで はない。しかしいずれにせよ,本書において,「革新的」知識人と「保守的」知識人の両者 を対比する形で戦後日本思想におけるそれらの役割や機能が論じられているか,さらには そのような作業を経ることによって「時代の思想状況」を浮かび上がらせることができて いるか,という点については依然として不十分であると評者は判断している。戦後思想に おける「保守」的思想と「革新」的思想の緊張関係・相互作用については,戦後日本思想 研究においては特に,今後究明すべき重要な課題であると考える。

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参照

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