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Vol.66 , No.1(2017)073鮫島 有理「次第説法とはどのような説法か――施論,戒論,生天論は誰に説かれるのか?――」

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Academic year: 2021

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印度學佛敎學硏究第66巻第1号 平成29年12月 (78) ― 415 ―

次第説法とはどのような説法か

―施論,戒論,生天論は誰に説かれるのか?―

 島 有 理

0. はじめに 施論(dāna-kathā),戒論(sīla-kathā),生天論(sagga-kathā)の三論に始

まる説法は,次第説法(anupubbi-kathā/ānupubbi-kathā)と呼ばれ,南伝資料,北伝資料 に散見される.先行研究において次第説法は,「三論(施論・戒論・生天論)は在家 信者に説く教え」とか,「未信者に説いており,まず常識的な通俗説から始めて, 次第に仏教的な教えに導き,最後に仏教独自の四諦によって,初歩の悟りに向かわ せるものである」とか種々に定義され,一定していない.特にその対告衆は,在家 信者とするものと未信者とするものとが見られる1).そこで本論では,①次第説法 の定型句の特徴,特に三論から始まり,どこまでが定型句を形成しているか,加え て②施論,戒論,生天論の三論にはじまる次第説法は誰に説かれる説法か,すな わち対告衆の特定と,③今までの研究においてなぜ在家信者とするものと未信者 とするものとの2つの見解が生じたのか,その原因の一端を探ることを目的とする. 1. 南伝資料およびアッタカターにおける次第説法 五ニカーヤとヴィナヤに おいて,施論,戒論,生天論の三論に続く次第説法の用例が24例2)見られる.そ の半数以上はVinに存し,SNには用例がない3).経中の形式はほぼ一致しており, 次第説法を説くとの宣言に始まり,帰依もしくは出家を申し出るところまでが一連 の流れとなっている4).これら一連の流れはすべての経に共通しており,語句にも 違いは見られないため,次第説法を説くとの宣言に始まり,帰依もしくは出家を申 し出るところまでを南伝資料における次第説法の定型句と考えてよいであろう. 南伝資料における次第説法には,以下の特徴を見ることができる. (1) 説法者は,すべて釈尊である5) (2) 対告衆は,帰依(もしくは出家)していない者である. (3) 対告衆は,次第説法の際に,帰依もしくは出家する. (4) 対告衆は,次第説法の後,全員が法眼を得て6),聖果を得る7) (5) 施論・戒論・生天論の三論に始まる次第説法が説かれた際はすべて,苦集

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(79) 次第説法とはどのような説法か(  島) ― 414 ― 滅道の四諦までがセットで説かれている(三論のみで終わる説法は見られない). アッタカターでは,「次第の説とは,布施に続いて戒を,戒に続いて天を,天 に続いて道をというかくのごとき次第の説である.なぜなら世尊ははじめに因と 共に楽味を示して,その後,有情たちを遠離させるために種々の方法で危難を明 らかにして,危難を聞くことで心が動いた者たちに出離の徳をはっきりと示すこ とを通じて解脱を示す8).」とある.他のアッタカターにおいても,ほぼ同様の 説明がなされている.対告衆については触れられていないが,「布施に続いて戒 を(dānānantaraṃ sīlaṃ), 戒 に 続 い て 天 を(sīlānantaraṃ saggaṃ), 天 に 続 い て 道 を

(saggānantaraṃ maggan)というかくのごとき次第の説である」としており,ニカー ヤ,ヴィナヤで見たとおり,施論・戒論・生天論の三論だけではなく,天に続い て道(四諦)までを次第の説とし,心が動いた者たちに出離の徳をはっきりと示 すことを通じて解脱を示すとしている. 2. 北伝資料における次第説法と『毘尼母経』 四阿含においては次第説法の 用例は23例9)見られる.SNに用例は皆無であったが,その対応経である『雑阿 含』には5例ある.律については,広律である『五分律』,『摩訶僧 律』,『四分 律』,『十誦律』,『根本説一切有部毘奈耶』のすべてに次第説法の定型句が見られ る.四阿含,律ともに,説法者のほとんどは南伝資料同様,釈尊であり10),対 告衆もすべて未信者に説かれている11) ここで『毘尼母経』の記述に触れておきたい.『毘尼母経』では三論について の説明がなされている.三論の前に,大衆が何の法を説いたら受解することがで きるか,衆が深い法を聞くべきであれば,深法を説くべきであり,浅い法を聞く べきであれば,浅法を説く.益しないことを説くのは悪説であるとの説明がなさ れ,その少し後に「また,次に説法者は,法を説かんと欲するの時,応当にまず 四衆たる比丘・比丘尼・優婆塞・優婆夷衆を観ずべし.もし比丘・比丘尼なら ば,まさに為に持戒・定・慧・涅槃を説くべし.もし優婆塞・優婆夷ならば,ま さに為に持戒・布施・生天,乃至清浄法を説くべし12).」とあり,在家信者に三 論等を説くべきであると記述されている.これは,これまで見てきた南伝資料, 北伝資料に見られた三論のどの記述にも当てはまらないものである.北伝資料に おいても,優婆塞・優婆夷に三論が説かれた例は一例もなく,どのような背景で この記述が書かれたのかはわからない.また,この記述のみをもって,先行研究 において「在家信者には三論を説く」「在家信者には次第説法を説く」とされた か否かはいまだ定かではない.

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(80) 次第説法とはどのような説法か(  島) ― 413 ― 3. まとめ 結論として導かれるのは以下のことがらである. (1)南伝資料,北伝資料共に,施論,戒論,生天論の三論に始まる次第説法 は,婆羅門や王,長者などの仏法を聞いたことがない未信者にのみ説かれてお り,すでに仏弟子である七衆に説かれることはない. (2)次第説法の定型句は,三論のみが説かれて終わるものは皆無であり,必ず 四諦説法に接続する. (3)次第説法の対告衆を在家信者とする見解の根拠の一つに目されるものとし て,『毘尼母経』にある「若比丘比丘尼,應爲説持戒,定,慧,涅槃.若優婆塞 優婆夷,應爲説持戒布施生天乃至清淨法」という記述を見出すことができる. 先行研究において,次第説法の対告衆を「在家信者」とする例が多くみられる が,南伝資料,北伝資料共に優婆塞,優婆夷に次第説法が説かれる例は見られな いため,今後改められていく必要があろう. 1)在家信者,在俗信者に次第説法を説くとしている例は枚挙にいとまがないが数例あげる (下線筆者).「原始仏教における生天思想といえば,まず在家信者に対する「次第説法」 (ānupubbi-kathā)の中の施論・戒論・生天論(sagga-kathā)の三論があげられるであろ う.」(藤田,1971, p. 412).「仏教では一般の在家信者に対しては,まず,施論・戒論・生 天論が説かれた.」(渡辺,1982, pp. 194–195).「ヤサを教化して以後には,在俗信者を教 化するためには,右の三論を説くのが通例となった」(中村,2008, pp. 662–663).反して, 仏法を知らない未信者に次第説法を説くとしているものとしては,「まず次第説法とは, 原始経典の随処に説かれている定型的な教化の方法である.それは仏教について何も知ら ない初歩の者に対して,まず常識的な通俗説から始めて,次第に仏教的な教えに導き,最 後に仏教独自の四諦によって,仏教の正しい世界観を得させて,初歩の悟りに向かわせる ものである.そこには次第説法として三段階の教えが説かれている」(水野,1986, p. 89).

2)DN. I, pp. 87–111, pp. 150–159, II, pp. 1–55; MN. I, pp. 371–387, II, pp. 133–145; AN. IV, pp. 179, 209, 213; Ud p. 49; Vin. I, pp. 15–20, 23, 35, 179, 224, 233, 240, 247, II, pp. 154, 188. 3)Sacca-saṃyutta(SN. V, pp. 414–478)に,四諦説についての詳しい記述があるが,施 論・戒論・生天論の三論から始まる定型句は見られない. 4)①次第説法(anupubbikathā)の宣言.②施論・戒論・生天論,③諸欲の危難,下卑, 雑染と,出離における功徳,④健全な心,柔和な心,無障な心,歓喜の心,明浄な心に なった,ことを知ると,⑤勝れた説法,すなわち「苦・集・滅・道」を説き示す.⑥清 浄な布が染料を受けとるように,という布の喩えが示され,⑦およそ生じるものは,す べて滅するものであるという,塵を離れ,垢を離れた法の眼が対告衆に生じる.⑧対告 衆が法を見,法を得,法を知り,法を深く解し,疑いを渡り,疑惑を離れ,〔師の教え において〕自信を得,他に依ることのない状態になり,⑨倒れたものを起こすかのよう に云々,⑩帰依もしくは出家を申し出る,という①∼⑩の要素はすべての経に共通して いる.ニカーヤとヴィナヤにおいては,次第説法の直前に帰依を願い出る例が4例(DN. II, pp. 1–55; MN. I, pp. 371–387; AN IV, p. 179; Vin. I, p. 233)みられるが,次第説法の前に 出家を申し出る例は見られない.

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(81) 次第説法とはどのような説法か(  島) ― 412 ― 5)ただしDN. II, pp. 1–55においてはヴィパッシー(Vipassī)仏が説法者である. 6)「法眼を得る」という表現は,一般に預流道の獲得のみを指すように理解されるが, アッタカター(MN-a V, p. 98)によれば多くは下三道(預流道・一来道・不還道)の獲 得を意味するが,四道(預流道・一来道・不還道・阿羅漢道)のいずれの獲得をも指し 得る(参照: 片山,2002, p. 384 7).

7)PTS Vin. I, p. 247のRoja Mallaへの説法のみ,法眼は得ているものの,帰依,出家につ いては確認ができない.

8)ānupubbi-kathan ti, dānānantaraṃ sīlaṃ sīlānantaraṃ saggaṃ saggānantaraṃ maggan ti evaṃ anupaṭipāṭikathaṃ. bhagavā hi paṭhamaṃ hetunā saddhiṃ assādaṃ dassetvā, tato satte vivecetuṃ nānā-nayehi ādīnavaṃ pakāsetvā, ādīnava-vanena saṃvigga-hadayānaṃ nekkhamma-guṇavibhāvana-mukhena ca vivaṭṭaṃ dasseti. (Ud-a, p. 281)

9)『長阿含』は,T1. 9a7, 9a 8, 14b27, 19b13, 88a15, 101a15, 136a22, 136b10, 136b26, 136c12, 『中 阿含』は,T1, 460b23, 479c25, 498a14, 630c2, 689b16, 『雑阿含』はT2, 24a29, 25b12, 158b4, 308c22, 363b20, 『増一阿含』はT2, 589b14, 589b26, 610a4, b14, 616a3, 616c16, 623c7, 648b16, 649a28, 664c23, 672c15, 678b28, 683c28, 693a1, 694c5, 705c10, 708b16, 717a1, 753b22, 775a23, 788b20, 788c2, 800a26, 821a17. 10)四阿含では,釈尊以外の説法者は,『長阿含』の地の神,水の神,火の神(T1, 136b10, b26, c12),『増一阿含』の 葉(T2, 589b14),燈光如来(T2, 610a4, b14),目連(T2, 648b16),弥勒菩 (T2, 788b20)であり,『中阿含』,『雑阿含』における説法者はすべて 釈尊である.また,過去仏の毘婆尸佛が説法者となる例は,DNでも見られており,釈 尊の説法とした.律では『四分律』(T22, 637c13)の一例だけ,比丘(阿那律)が婬女に 次第説法を説いている. 11)四阿含の対告衆として,『増一阿含』(T2, 672c15)では比丘たちへの説法の挿話で,天 人に次第説法を説いているものが見られる.律においては『四分律』(T22, 788c18, 788c28)に,後の五比丘のうち阿若憍陳如を除く四人に次第説法が説かれている.この 部分は初転法輪の際の記述であり,「五比丘」の語や個々の比丘の名が出てくるが,法 が説かれる前には外道であってまだ比丘ではないため,未信者として扱った.阿若憍陳 如は他の四人に先立ち,釈尊の説法(八正道と四聖諦)によってすでに法眼浄を得,善 「来比丘」により出家している.その後,阿若憍陳如は乞食に行き,阿濕卑と摩訶摩男 が釈尊から三論,欲の不浄・出離の讃嘆,諸塵垢尽きて法眼浄を得て,見法得果,出家 を願い出て善来比丘により出家している(婆提と婆敷も阿濕卑と摩訶摩男と同様,阿濕 卑と摩訶摩男が乞食に行った後,釈尊の同様の説法を聞き,出家している). 12)『毘尼母経』T24. 832a25–832a29(下線部筆者):「復次説法者,欲説法時,應當先觀四 衆比丘比丘尼優婆塞優婆夷衆,若比丘比丘尼,應爲説持戒定慧涅槃,若優婆塞優婆夷, 應爲説持戒布施生天乃至清淨法」 〈参考文献〉 片山一良 2002 『中部 後分五十経 II』パーリ仏典6,大蔵出版. 中村元 2008 『原始仏教の生活倫理』中村元選集〔決定版〕第17巻,春秋社. 藤田宏達 1971 「原始仏教における生天思想」『印仏研』19(2): 412–420. 水野弘元 1986 『仏教の真髄』春秋社. 渡辺照宏 1982 『日本仏教のこころ』渡辺照宏著作集第四巻,筑摩書房. 〈キーワード〉 anupubbi-kathā,次第説法,施論戒論生天論 (東洋大学大学院)

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