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Vol.67 , No.2(2019)056曺 勢仁「『華厳略記』第六における引用文の検討」

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印度學佛敎學硏究第67巻第2号 平成31年3月 (191) ― 852 ―

『華厳略記』第六における引用文の検討

曺   勢 仁

1

.問題の所在

『華厳略記』とは,成立年代及び作者不明の写本であるが,養鸕徹定(1814–1891) の『古経捜索録』に「華厳略記三巻」との記録が唯一であり1),その他の諸目録に 一致する書名はまだ見当たらないのが状況である.現在では第五・第六の二本が 発見されており,そのうち『華厳略記』第五については,かつて横超1941によっ て論じられている2).本稿で取り上げる養鸕徹定旧蔵『華厳略記』第六は,その書 名において外題である『華厳略記』のみが確認される写本である.筆者は横超氏 の研究に着目し,本書と根津美術館蔵『華厳略記』第五との関係について指摘し た3).すなわち,『華厳略記』第五・第六は書誌学的な特徴が一致しており,本文 の構成においても共通性が一目瞭然である.このことから,本書は『華厳略記』 第五に連なる写本であることは言うまでもない.その他にも,『華厳略記』第五に 記されている内題と尾題の記録より,本書のもとの書名が「華厳略記指事」であ ることがわかる.しかしながら前述のように,本書にはその成立事情を知らせる 情報が記されていない.従って本稿ではこのような問題を解明するために,その 第一歩として本書の本文中に見られる引用文について検討を加えることにする. 2

.全体構成と注釈上の特徴

まず,本書の構成について確認しておきたい.本書では唐の実 難陀訳『大方 広仏華厳経』(以下,『八十華厳』)第三十四巻の十地品の第一地から,第三十五巻 の第四地(の途中)までが注釈されている.さらには,その内容は静法寺慧苑 (673?–743?)の『続華厳略疏刊定記』(以下,『刊定記』)第九・第十の二巻に相当し ている.全30紙・935行からなり,そのうち第一地に対する部分は1–781行と なっており,全体の8割以上を占めている. 【表1】に示したとおり,冒頭に「経本第三十四巻十地品第二十六」と科段を提

(2)

(192) ― 851 ― 『華厳略記』第六における引用文の検討(曺) 示しており,次に『刊定記』の文章を挙げている.この際には「苑云」(126行外 11箇所)「苑引」(782行外1箇所)「苑師云」(24行)「述曰」(730行外8箇所)等の用例 が確認される.『刊定記』の文章に続いて「蔵云」(5行)「蔵師云」(55行外7箇所) として法蔵(643–712)の『華厳経探玄記』(以下,『探玄記』)の文章を配置している. 最後には「具如疏第九巻見之」(113行)「蔵師広釈如疏見之」(176行)などの用例 があり,その出典と巻数を明記しているのが特徴である. つまり,本書は『刊定記』の科段に従い慧苑の文章を抄略している点から,間 【表1】 『刊定記』第九・第十(卍続新纂本) 『華厳略記』第六(養鸕徹定旧蔵) 第一地 將釈此品,四門同前.初釈名中,二□□ □辨品□□前中他化自在天会.元言他化 □樂具,具得受用.□任同一法 相遇, 故名会等,於此天宮.説十地者,表真智 証如,自他存泯,非即離故.…(『刊定 記』第九の後半散逸)(X03, 725a) 経本第三十四巻,十地品第二十六.将釈 此品,四門同前.初釈名中,初会名者, 約処云■天会者,謂他化作樂具,自得受 用.主伴同一法 ■会等,於此天宮.説 十地者,表真智証真,自他存泯■.蔵云, 表入地所証真如,非由縁造故名也.…後 二頌結説,経本一巻,疏第九巻一巻,釈 初地畢.(1–781行) 第二地 第二地中二,先略料簡,後正釈文.前中 二門,一釈名,二来意.前中,成唯識第 九云,具浄尸羅遠離微細犯戒垢故,名離 垢地.…摂大乗云,由極遠離犯戒垢故. 世親釈云,性戒成就,非如初地思惟護戒 故. … 結 所 説, 第 二 地 竟.(X03, 744b15–751c13) 経本第三十五巻,十地品之二.第二地中, 先略料簡,後正釈文.前中二門,一釈名 中苑引,三論釈其地名.今□□,一摂大 乗云,由極遠離犯戒垢故.世親釈云,性 戒成就,非如初地思釈護戒故.…結 所 説,第二地竟.(781–805行) 第三地 第三地中二,先略料簡,後正釈文.前中 二門,一辨名,二来意.初中,成唯識第 九云,成就勝定大法総持,能発無辺妙慧 光故,名発光地.釈曰,(以下352字省 略)前位能持微細戒.然未円満世間等持 等至及未円満聞法総持,為得此故.故説 此地令勧修学.…五末後一頌頌結説,第 三地了.(X03, 751c14–760c3) 経本第三地二,先略料簡,後正釈文.前 中,釈名苑引,一経四論釈地名.然今具 述,一謂成就勝定大法総持,能発無辺妙 慧光故,名発光地.言来意者,疏三述釈. 且述,一説謂前依能微細戒.然未円満世 間等特等至及未円満特総持,為得此故. 説此地勧修学.…五末後一頌結説,第三 地竟.(805–886行) 第四地 第四地中二,先料簡,後釈文.前中二 門,一辨名,二来意.前中,成唯識第九 云,安住最勝菩提分法,燒煩惱薪慧焰増 故,名焰慧地.摂論云,(以下260字省 略)前地雖得世間定及総持,而未能得菩 提分法捨定愛法愛故来也.…第三重頌分 中,一十七頌分六.(X03, 760c4–765c5) 経本第三十六巻,十地品之三.第四地中, 安住最勝菩提分法,燒煩惱薪慧焰増故, 名焰慧地.前地雖得世間定及総持,而未 得菩提分捨定処法愛故.…第三重頌分中, 一十七頌分六.細釈如疏.(886–935行) (※『華厳略記』…推定判読: □/難読・墨消: ■/下線・太字は筆者による)

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(193) ― 850 ― 『華厳略記』第六における引用文の検討(曺) 違いなく『刊定記』の注釈書であり,さらに現存しない『刊定記』の逸文を伝え る極めて貴重な資料であると考えられる.また『探玄記』を積極的に参照し,よ り充実した注釈を試みている文献である.ただし,慧苑と法蔵の説が異なる場合 には「二徳言稍殊而大意同矣」(616行)との作者の注釈の態度がうかがわれる. 3

.引用文の検討

本書の引用文献については,11種の経典と13種の章疏類の文献が挙げられてい る.経典には,当然ながら『八十華厳』からの引用が最も多く,その他に鳩摩羅 什訳『十住経』『仏説仁王護国般若波羅蜜経』・尸羅達摩訳『仏説十地経』・竺法護 訳『漸備一切智徳経』・仏駄跋陀羅訳『大方広仏華厳経』・闍那耶舎訳『大乗同性 経』・竺仏念訳とされる『菩 瓔珞本業経』・地婆訶羅訳『大乗密厳経』・曇無讖訳 『大般涅槃経』・鳩摩羅什訳とされる『梵網経』が見られる.また章疏類には,世 親の『十地経論』が最も引用頻度が高く,その他に菩提流支訳『弥勒菩 所問経 論』・世親の『仏性論』『摂大乗論釈』『金剛仙論』・無着の『摂大乗論』『摂大乗論 釈』『大乗荘厳経論』・鳩摩羅什訳『大智度論』『成実論』・玄奘訳『成唯識論』慧 遠の『十地経論義記』・慧苑の『一切経音義』の文献が確認できる.一方,人師の 名を提示している場合には「遠法師」(151行外2箇所)「遠師」(237行)とあり,これ らは浄影寺慧遠(523–592)を指している.以上が本書における引用文献の大要で ある.しかし,ほぼ『刊定記』と『探玄記』からの再引用であるため,引用文献か らは特筆すべきことはないが,唯一『梵網経』からのもののみが本書独自の引用 例である. 然第三説云,A又准『大乗同性経』此他化此処有報仏浄土.B又准『密厳経』此他化天摩 尼宝展是十地菩 常正遊履等.准此師意,此方古徳云,C『梵網経』三階仏一時成道者, 那舎仏色究竟天主成仏,大釈 欲界頂成道仏,小釈 菩提樹下成道者,亦在所依.(『華厳 略記』第六44–48行,記号と下線は筆者による) ここでは,『探玄記』からの引用文AとBに対して「准此師意,此方古徳云」の 言を付しながら文章Cを引いている.少なくとも,この「此方古徳」の用例は, 本書の成立を考察する上で注目すべき記述であると考えられる.文章Cについて は当該文が見出されないが,敦煌本P.2286『梵網経述記』巻第一に「二有両句一 時成道.…盧舍那仏是自受用身,千釈 是他受用身,百億仏是変化身.」(T85, 734c11–15)とある.この敦煌本は7∼8世紀前半に中国で活躍したという新羅出身 の勝莊の『梵網経述記』以後に成立した文献であろうと思われる4).ちなみに,管

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(194) ― 849 ― 『華厳略記』第六における引用文の検討(曺) 見の限り「此方古徳」という用例は,基辨(1718–1791) 『大乗法苑義林章師子吼 鈔』・湛慧(1676–1747) 『成唯識論述記集成編』・凝然(1240–1321)述『五教章通 路記』の日本 述文献でのみ確認される. 4

.小結

以上の検討により,本書は『刊定記』の注釈書ということが明らかになった. また本文における引用文については,『刊定記』と『探玄記』から孫引きしたも のが多い中,「此方古徳云」(46行)をはじめ「安云」(771行)「安小云」(778行) の用例は『梵網経』や『大乗起信論』との関連性が想定されるが,今回の検討で は触れることができなかった.とりわけ,「安云」については『華厳略記』第五 にも7箇所が確認されている.今後,より詳細な検討が求められる.最後に, 『八十華厳』に対して膨大な注釈書を残している澄観(738–839)との関連につい て言及しておきたい.すでに横超氏(1941, 82)は『華厳略記』第五において「空 海により平安の初に伝わった澄観の華厳疏に全く言及していないこと」と指摘し ているが,本書にもまた澄観の文章が引用された形跡は見当たらない. 1)落合(2017, 185)参照. 2)横超(1941, 76–84)参照. 3)曺2017参照. 4)勝荘の伝記は知られていないものの,『宋高僧伝』(T50.728C07)や「大周西明寺故大 徳円測法師舎利塔銘(并序)」(X88.384C07)等の記述より703–713年を中心に活躍した 新羅出身の僧侶であり,さらには円則(613–696)の弟子であったことが確認される.現 存する著述は『梵網経述記』4巻[あるいは2巻か3巻](『卍続蔵』第一編六十套二册・ 『韓国仏教全書』第二册所収)が唯一であるが,散佚した著作としては『金光明最勝王経 疏』8巻・『因明正理門論述記』1巻・『成唯識論決』3巻等が伝えられている. 〈参考文献〉 横超慧日1941「華厳略指事について」『日本仏教史学』2: 76–84. 落合俊典2017「日本の章疏の現状と課題」宗林編『東アジア仏教章疏と大覚国師義天の諸 宗教蔵―韓国高麗教蔵学術会議資料集―』高麗大蔵経研究所,185. 曺勢仁2017「新出資料『華厳略記』第五・第六について」『印仏研』66(1): (215)–(218). 〈キーワード〉 慧苑,法蔵,此方古徳,『華厳略記』,『華厳略記指事』,『続華厳略疏刊定 記』,『華厳経探玄記』 (国際仏教学大学院大学附置日本古写経研究所研究員)

参照

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