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日本佛教學協會年報 第10号 005坂本幸男「智儼教学に於ける唯識説」

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(1)

知官僚数準に於げる唯識説

︵特に玄史所停の唯誠訟に封する批剣︶

① の 皐 問 的 系 統 を 蕊 憎 い だ 挿 論 警 の 法 一 常 ハ 五 六 七 ! 六 四 五 ︶ 及 び 拠 開 山 ︵ 一 丸 六 八 ! ム ハ ④ 四二︶から親しく皐んだ人々の中で最も有名なのは玄提︵六

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六六四﹀と智儲︵六

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六 六 八 ︶ と 固 測 ︵ 六 民諦三蔵︵四九九

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五 六 九 ︶ 一 三

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ハ 九 六 ︶ と で あ る 。 就中‘玄突は印度留単一・中、護法の弟子たる戒賢に師事して護法流の唯識誌を皐ぷに及んでは全くとれに感化せ られ、蹄朝後多くの瑞伽行抵の経論を鶴諾するに際しても.主として護法流の唯識設に随ってとれを詩出したと 考へられる所が多々ある。殊に護法の成唯識論を醗課して他の安慧等の設を合摂するに官つては‘特にそれが著 しいやうに思はれる。かくして玄突は民諦系の唯識設を全く放棄して護法流の唯識設を宣拐し、解深脳相経にょっ ⑤ て四諦・無相・了義の三法輸の敬判を立て、唯識設を以て了義法輪敬の中に撮したと倖へられてゐる。而してそ の衣鉢を糟いだのが法相宗の組師と仰がるる基︵六一三一

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六 八 二 ﹀ で あ っ た 。 弐に固測は玄堤防朝後、その門下に参じてその新しき皐設に接するに及び.会くとれに傾倒して迭に護法流の 智係数準に於ける眼識説 一 九 七

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日本併殺務協合年報ハ第十年 υ ﹂ 九 ヘ 2 唯識設に時向するに至った。乍併.矢張り過去に於ける重一替の然らしむる所か‘他方.基が真諦の唯識設を真正 面から反駁する態度に比ぶれば‘国測のそれは多少調和的態度に出た所があった錆.基の皐設と一致したい臨も あった。との急所を基の弟子慧滑に排斥ぜられ、法相宗側からは異端同せられたのである。 それは兎に角として.真諦系の唯識誌を奉中る法常・借捕に墜んだ三人の中、二人までが護法の新皐説に心酔 した時に営って、残る一人の智備がとの新語唯識設を如何に﹂交取ったであらうかといふととは.極めて接的興味 の存する問題であると思ふから、設に﹁智慨敬撃に於竹る唯識一北﹂なる表題を掲げた弐第である。 ① ① ① ① ① ① 綴高借徳島信第十五ハ大正競五十巻五四

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頁 下 ︶ 績高僧停巻第十五ハ大正威五十品位五四

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頁 上 ︶ 線 高 僧 係 品 位 第 四 ハ 大 正 威 五 十 巻 四 四 七 一 良 中 ﹀ 議 十 殿 縛 記 念 第 一 ニ ︵ 大 正 蔵 五 十 一 巻 一 六 一 一 一 一 丸 ︶ 栄 高 俊 博 巻 第 四 ハ 大 正 競 五 十 巻 七 二 七 一 九 ︶ 図 測 の 解 深 密 綬 一 酬 を ︵ 綴 識 経 第 一 輯 第 一 三 十 四 套 第 四 勝 ︶ 及 び 綬 事 股 終 疏 刊 定 詰 径 一 ハ 続 出 械 終 第 一 戦 第 五 套 第 一 開 放 入 b ﹀ 参 照 知 H 慨は玄撲の醜詩書に封して如何なる態度を取ったかを検討するに沿って、使︷凡上唯識説閥係の粧品の諜川年 代を表示してみよう。

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3 西 洋 紀 元 一 六

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一 玄 穂 役 る 六

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二 一

局 、

a a A 4 一 一ノ一亡﹄一 一 ① 六二八一長安を殺す 六 四 一 九 一 師 朝 . 顕 揚 論 ・ 悌 地 粧 を 謹 す 六四六顕揚論・雑集論 六 四 七 六 四 八 六四九 六 五

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六 五 六五四 -t ・ --" 提 五 H 制 論 ・ 解 深 ・ 留 経 ・ 同 明 入 正瑚論 職伽論・唯識三十論・百法 明門論 揖 大 一 来 論 ・ 世 親 緯 論 ・ 無 性 鰐 論 ・ 悌 地 経 論 ・ 因 明 理 門 論 職伽論鰐・庚百論緯 頴 ︷ 一 不 諭 ・ 集 論 順正理論・倶合論 智岬慨殺準に於ける唯識説 智蹴生る ② 捜立記を著す 此年以後 無 性 掃 論 琉 ︵ 銑 ︶ 国測生る 此年以後 四明理門論疏 一 九 九

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4 六 五 七 六 五 九 六 六

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ム ハ ム ハ ム ハ ム ハ 六 六 四 六 六 八 a 、 . , E U A 、 . J ノ 4JJ ノ 日 本 傍 数 民 平 協 合 年 報 ハ 第 十 年 ﹀ 翻所縁総論 大昆婆沙論・成唯識論 護 知 百 論 ・ 品 類 足 論 排中謹論・唯識二十論 大般若経 玄突入寂ハ六十五歳﹀ 二

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此年以後 槻 所 縁 縁 論 疏 ︵ 訣 ︶ 五此① 十~

要慰

問13<'. 答 解此⑦般ご此成此

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梁 年 若 十 年 唯 年 蜜以波金以議以

経後羅疏後疏後

疏 笠 ( ( 多 扶 依),、J ,心 経 賛 ①玄突の長安を殺せし年は・違例貞観三年全ハ一一九︶主購せられるが.今は思ふ所ありて‘宇井博 L L 著支那悌教奥︿二ハ 九頁︶の説に従って貞概二年説を採る。 ①華厳柑聞記第三巻智鍛の柑同誌を往見すペし。 ①五十要問答は.成眼識論を引用してゐるから‘五十要問答の製作は成唯議論謬出後でなけれはならぬ。然るに‘同論 は 六 五 九 年 十 二 月 一 一 一 十 日 に 謀 了 せ ら れ た か ら 、 管 一 際 は 六 六

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年以後の作と見るべきであらう。市も孔目章に五十要問 答が引用されてゐるから孔目章の製作以前に既に製作されてゐたことは明かである。 ⑦孔目章及び令剛経略疏には大般若絡が引用せらる h からこの一一番は此年以後の製作である。 ⑦同様に解深密終疏にも大般若絡が引用せらるるから比年以後の製作であるこ主は明かである。 右 の 表 に よ っ て も 明 か た 如 く ‘ 玄 提 蹄 朝 筏 に 草 せ ら れ た 智 僚 の 著 書 に し て 現 存 せ る も の は ‘ 五 十 要 問 答 二 巻 と ② 此年以後 孔目章及び金剛般若経時疏 智慌入寂︵六十七蔵﹀ 固測入寂ハ入十四歳︶

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孔日草川谷と金剛般若経路疏二巻との三部のみであるが.就中、金剛般若粧時疏中には唯識に開設した所がない から.これは暫く別として、五十要問答と孔目章とのこ警に就いて攻究することにしよう。智慨は玄突の醜課書 中の唯識に闘する主たるものは殆どとれを説破したもののゃうである c 印ち五十一安問答及び孔目章を検討してみ る−ならば.経にありては僻地経と大般若経.識にありでは瑞伽論・顕揚論・雑集論・百法明門論・無性拙論・成 唯識論・庚百論耕・因明正理門諭・因明入正珂諭等が引用せられ、共他玄提の西域の相侍まや﹄も引用せられてゐ る程であるが.中でも雑集諭の如きはその引用数同が二十三回以上に及び.時にその引用文が数貞に渉ることす らも多々あるのみならや.殊に無性の嬬論陣に就いては無性持論疏四谷を蒋はしてその註轄を試みた程である。 叉玄嘆の詩語に劃しでも.努めてとれを採用する方針を取ったのであって、例へば孔目章︵一巻二五友︶に 0 0 0 0 梁 本 論 一 五 ﹁ 復 市 町 一 止 法 内 入 。 雌

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願 ニ 業 無 我 一 連 申 一 辺 身 見 ω 於 ニ 阿 碩 耶 識 中 一 亦 有 二 a H H 愛 ↓ 0 0 0 0 韓 日 。 : ; t 言 コ 謀 遁 身 見 ↓ 於 ニ 阿 絹 耶 識 中 一 長 時 数 剤 回 二 我 愛 ↓ : : : ﹂ と て 、 貫 一 諦 諜 一 僻 大 乗 論 煙 第 二 巻 の 文 を 引 用 す る に 古 っ て も 、 原 文 に 阿 一 札 耶 識 と あ る も の を 殊 更 に 玄 実 現 時 の 阿 船 耶 ⑦ ① 識に改めて引用し、或は叉﹁有情衆生﹂ーとか﹁分別遍計﹂とかいふが如く新奮雨謹話を並記し、或は挺に﹁若論ニ @ 共惜叩表無表性。或言 z 無 作 一 ﹂ と か ﹁ 六 因 者 一 能 作 悶 亦 一 子 所 作 閃 叩 二 供 有 国 亦 一 五 ニ 共 有 閑 刊 一 二 相 臨 因 。 四 同 類 図 亦 一 五 ユ 自 分 間 刊 五 遍 行 国 亦 一 五 ニ 遍 囚 づ 六 異 熟 因 亦 一 五 一 一 報 因 一 ﹂ と か 一 五 へ る が 如 く 、 玄 嘆 の 詩 富 山 を 先 に 出 し て そ れ に 封醸する奮諜諾を以てとれを註轄するといふ態度に出でてゐるのである。 5 ⑦ ① 大 正 厳 一 ニ 十 一 巻 二 ハ ニ 真 上 参 照 五 十 要 問 答 上 巻 二 左 蜘 判 保 秋 風 干 に 於 け る 唯 識 説

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日 本 仰 救 山 m 協 九 日 け 年 報 ハ 第 十 年 ︶

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6 @ ① ① 五十要問答上巻一本及び孔白章一巻二右等 孔目章一巻十五右 孔目章一念入左 以上、玄英語の諸論者を盛んに引用し・或はその詫制作者を作り・叉は玄英の語誌を努めて採用する等の賠より みれば、智慨は玄奨詳の唯識に封しては一詑の研究をたし‘且、ある意味からすれば、好感をさへも持ってゐた ものと推測されるのである。 乍併、それはいづれかと一五へば、外形的或は郁式的方面に闘するととであって.その一皐設内容に就いては白ら 叉別仰の立場を取ってゐると考へられる。印ち押搬は玄英に依って停へられた唯識説をば、大来初教或は大乗始 教 と の 判 定 を 下 し た の で あ る 。 抑 々 も 華 ” 駐 車 一 ・ に 於 て 小 乗 敬 ・ 大 乗 始 教 ︵ 或 は 初 教 ︶ ・ 大 乗 終 敬 ︵ 或 は 熟 敬 ︶ 大 乗 頓 教・一乗同教の所謂、小始終頓固の五教の教判が創設されたのは定に智慨に於てであるが、併し、それも玄突に 上って唯識詑が侍へられてから後のととに鴎する。印ち智憾の二十七歳の時の著作と侍へらる k 捜玄記に於ては 持一一品光の漸頓凶の三教判が悶ひられ.未だ五教判は現れて居らや‘成唯識論の醜課後に箸はされた五十要同容に於 て始め℃大要初敬等の言葉が現れ、異に五教判としてその確立を見るに至ったのは、とれよりも吏に数年後.印 ち紀一五六六三年以後の作たる孔日平に来ってからのととである o 従って.一面から考へると華院の五教判がその 成立を見るに支った主たる珂山は、玄突によって停へられた唯識説に封して‘金帥川教閣常時系中に於ける如何なる

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地仕を興ふべきかといふ問題を解決ぜんたした結果であると見倣すととが出来ようと忠ム。面白いことには.大 乗初敬とは大乗への入門の教といふ意味であるから.五提所停の唯識一説を大乗初敬と判定したことは‘彼の玄突 及び闘測が四諦・無相・了義の二一法輸の敬判を立て‘唯識説を以て最上了義法輪中に掃取せしめたに比較すれば‘ そ の 問 雲 泥 の 相 遣 が あ る と 一 五 ふ べ き で あ る 。 五 敬 判 の 根 本 規 準 に 就 い て は 孔 目 立 ︵ 一 巻 一 一 ︶ に 依 レ 敬 有 二 五 位 差 別 不 同 叩 一 一 伏 ニ 小 一 末 有 名 之 教 詑 コ 有 名 之 義 叩 此 在 ニ 分 別 偏 計 位 巾 刊 二 有 名 之 教 詮 二 有 名 之 義 一 有 名 之 教 詑 ニ 無 名 之 義 叩 此 営 ニ 廻 心 初 教 位 巾 刊 義 岱 ユ 印 名 義 即 空 敬 一 也 。 三 有 名 之 数 日 二 有 名 之 義 − 有 名 之 数 日 コ 純 一 名 之 義 − 無 名 之 教 目 ニ 無 名 之 義 ↓ 此 官 ニ 熟 教 位 中 づ 印 性 賓 成 有 之 義 非 ニ 是 所 謂 有 一 也 。 四 無 名 之 教 顕 ユ 無 名 之 義 づ 義 山 口 同 レ 在 二 頓 敦 位 中 叩 一 貫 三 味 説 也 。 五 有 名 之 教 詑 コ 有 名 之 義 − 無 名 之 教 額 二 無 名 之 義 平 日 向 在 二 回 数 位 中 見 聞 虎 一 説 。 有 名 之 教 額 二 有 名 之 義 一 有 名 之 教 頴 ユ 無 名 之 義 − 無 名 之 教 額 二 無 名 之 義 叩 此 約 二 回 教 底 司 説 。 得 ニ 掃 レ 義 無 意 一 故 分 一 両 通 − 一 聾 聞 及 凡 夫 世 間 所 知 異 質 法 一 也 。 と述べられてゐるが如く・智慨にありては.小乗とは人空の道理を設けども未だ法定に建せやして有嬬無慌の一 切法の賓有を主張する教であり、大一来初教とは人法二塁を知りて染浮の一切法は空なりと主張する教であり‘大 乗格教とは一相孤門の毘如如来減を説く教であり.大一来頓教とは離言結想不可設の理を額はず教であり・一乗国 教とは霊童無量を説く教である L し解訓押せられてゐる。従って玄実所停の唯識説に到して大乗初敬たりとの判定を 下した知官僚の考へ方からすれば.玄奨所偉の唯識設は高々小乗の入室より進んで法空を設︿ととを最高の目標と 7 したもので、而もとの初教に説く法空たるや未だ定全たるものではたく‘法定は終教以後に至って究覚すと智儲 智 級 数 四 四 千 に 於 け る 唯 識 説 二

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一 一 一

(8)

日本悌数県協合年報ハ第十年 υ

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四 8 は見てゐる o 郎 ち 孔 日 本 ハ 一 巻 十 ﹀ に は

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小 乗 困 則 前 数 少 未 レ 建 二 法 宰 − 不 レ 章 二 大 理 一 故 不 ニ 具 説 叩 一 二 一 東 一 初 教 分 達 ニ 法 昼 一 知 レ 法 弐 細 約 レ 事 委 設 。 熟 教 巴 去 究 ﹃ 一 党 法 空 目 合 レ 事 従 レ 理 故 。 L ι 述べてゐるが.蓋し玄英所停の唯識設は外境の空を説くととにカを注いで内境の有を認め.その結果として内 外倶空の所謂倶分唯識を高調することを怠ったが錆に.斯る判定を下されるに至ったものであらう。印ち同じ唯 識説と一足っても.由民諦所停の唯識詑は倶分唯識を説いて法皇を究立し‘玄提所停の唯識設は一分唯識を説いて未 だ法空を究寛せざるものなれば.雨者の聞に自ら差別が存するのである。人 7 と れ を 三 性 三 位 ⋮ 性 の 問 題 に 開 連 せ し ① めて考察するならば.国測は仁王経疏各上に於て‘ 民 諦 慈 恩 三 蔵 各 依 二 宗 叩 虞 諦 − 一 一 般 如 ユ 共 次 第 一 共 建 三 二 性 二 A − 一 三 無 性 ↓ 一 語 ニ 分 別 性 − 立 = 分 別 無 相 性 叩 二 建 −

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他 − 立 二 依 他 無 生 性 ↓ 三 遺 = 良 質 性 − 立 ニ 異 質 無 性 性 ↓ 於 二 員 如 − 誼 ニ 一 二 性 日 故 立 二 三 無 性 ↓ 兵 如 ニ コ 一 無 性 論 ↓ 是 故 国 民 諦 犬 同 三 清 排 叩 而 差 別 者 。 清 排 窓 口 一 陸 立 而 無 レ 営 。 民 諦 師 意 存 同 一 二 一 無 性 一 非 安 立 諦 。 二 慈 思 三 蔵 但 讃 ニ 所 執 − 不 ・ レ 遺 − 三 性 ↓ 情 有 理 無 現 有 情 無 二 義 別 故 。 叉 三 無 性 如 ニ 共 共 第 − 副 読 ニ 三 性 − 筋 二 三 無 性 叩 故 三 十 唯 識 一 官 邸 依 一 一 此 三 性 − 立 ニ 彼 三 無 性 叩 具 如 ニ 成 唯 識 深 密 粧 等 吋 ② と述べ、且、解深密粧疏第四巻には真諦詫の三無性論を以て詩家の謬たりと評し.慈恩三減印ち玄提の則論を中 道の正詑と判じてゐるのであるが、固測のとの批評の官否は兎に角として‘同県諦所停の唯識設と玄提所停の唯識 設との問に大いたる相遣の存するととは、玄突の系統の人々もとれを認めてゐる所である。更に玄提の系統の人 々が真諦所侍の唯識設を以て了義法輸に掃し乍も時に無相法輸に引き下げんとする態度に出でたるに劃して.智

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僚は謹に玄英所偉の唯識説を以て大来初敬、と庇し民出向所停の唯識訟を以て大乗格教に嬬せしめんとした。 ① ① 大 正 蔵 三 十 一 一 一 容 三 六

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頁中 線 識 経 第 一 一 軒 第 三 十 四 委 第 四 加 三 入 二 了 左 下

進んで‘法相皐上よりみて玄提所停の唯識設が大来初教であると断定した文献を一不すであらう。 五十要問答は八識と心所との相際関係を論ヤるに際して 約 二 諸 識 − 分 別 者 。 頼 耶 識 起 ニ 偏 行 五 叩 末 那 識 超 レ 九 。 循 行 五 及 我 見 我 愛 我 慢 無 明 。 意 識 起 ニ 偏 行 等 六 位 所 有 法 サ 五識則不定。或初五或一切。由 τ 一 一 意 識 − 或 同 時 或 異 惜 よ 故 。 故 経 一 五 有 二 意 識 一 興 二 五 識 一 共 縁 レ 境 故 。 此 約 ニ コ 一 一 来 始 教 愈 相 一 詑 也 。 若 約 − 三 一 一 来 格 敬 − 論 。 則 頼 耶 六 識 等 皆 具 起 ニ 一 切 所 有 法 づ 巾 − 一 唯 一 識 − 成 ニ 十 一 一 識 一 故 ︿ 五 十 要 問 答 上 巻 二 四 ︶ 左越ペてゐるが、とれは要するに、識惜別を詑くものは三乗始敬であり‘識健一を明すものは三乗終教であるこ とを主張したものであって、従って八識別瞳を主張する護法の皐説室倖へた玄突の唯識説は始敬となる理である。 叉同じく五十要問答には議伽論・雑集諭・百法門論等に依って心所法を種々説明した後に於て 始 教 心 数 印 如 − 一 此 職 伽 封 法 等 叩 ︵ 上 容 二 二 右 ︶ L ι 就き.叉 9 此 之 心 数 唯 在 二 小 乗 − 義 通 ニ 大 乗 ↓ 若 入 ニ 大 乗 日 則 於 ニ 三 乗 前 方 便 鹿 方 便 数 一 掃 。 慢 用 相 貌 並 非 二 乗 三 乗 叩 ︵ 五 十 妥 智鍛教撃に於ける唯識説 二

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日 本 例 数 際 協 合 年 抑 制 ︵ 第 十 年 ﹀ ご

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六 10 問 答 上 巻 二 七 左 ︶ ’F − 一 説 き . 更 に 叉 孔 日 章 に は 若 立 ニ 心 数 一 印 有 一 一 所 妨 弘 u 、 レ 道 無 レ 益 。 ︵ 孔 目 章 一 審 ニ 入 右 υ とまで極言してゐるのであるが‘つまりとれは心所を五十五或は五十七にも分類して心的現象を飴りに分析的に 論究するととは小乗教徒をして大乗に誘引する方便としては役立つが、誕口提を成就するといふ大局的立場より見 るたらば.却て邪魔にたるものであり・従って心所を蹟設する伽識論・雑集論・百法明門論等は大乗へ入る方使 の敬.印ち大来初教に過ぎぬと断定したのである。 叉孔日章に 経論中。約二見修及九地十一地等一明ニ断惑不同及危納一持。持初教所掃。如二十巻百論判寸分別我見見道断。 供 生 我 見 修 道 断 。 如 ニ 無 性 梯 論 叩 特 ニ 染 訪 米 那 − 符 二 千 等 性 智 一 初 現 制 時 先 口 誰 得 於 ニ 修 道 位 一 特 復 清 浮 。 如 ν 是等文 並 属 吋 一 初 数 日 端 。 ︵ 孔 目 章 一 一 一 径 二 入 左 ︶ と言へるは.煩悩論及び断惑識の問題よりして誰訟の庚百論料の説及び護法事設の源泉をたす無性の一揖大衆論特 の設が大来初教たるととを論じたの寸ある。 児に叉.五十要問容に於℃は聡伽論が一間民地の不成怖を説くを詳して 若 依 ニ 三 来 的 教 ↓ 則 牛 成 悌 午 不 成 例 。 流 出 匙 及 回 心 二 人 修 行 満 二 十 千 劫 一 位 一 一 堪 住 地 一 者 。 議 皆 成 例 。 苅 未 レ 至 ニ 此 位 − 則 興 二 問 底 迦 位 一 向 。 如 レ 此 人 等 地 H 骨 不 ニ 成 仰 ↓ 此 擁 レ 伏 。 持 依 レ 此 判 ニ 問 何 分 別 一 準 亦 可 レ 知 。 此 如 ニ 職 伽 苔 陸 地 一 北 日 ︵ 五 十 張 問 答 上 巻 二 布 U

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L L 述 べ て ゐ る の は 、 成 併 の 問 題 よ り 眺 め て 喰 伽 九 州 を 一 一 一 来 初 教 と 断 定 し た の で あ る 。

・ 右 の 如 く し て 瑞 伽 九 州 ・ 雑 集 論 ・ ロ 法 明 門 論 ・ 加 川 ⋮ 朴 山 川 叫 九 州 制 作 ・ 成 唯 識 論 ・ 民 百 論 特 等 の 如 き 唯 識 に 閥 ず る 玄 英 所 停 の主なる論書は‘智般に依って大来初敬なりと断定せられたのであるが、その初教止は科般に依れば一切法の昼 を説く教であり、而もその症を−必く教の巾に旺ちに空を明す教と極々方便を設けて空を明す教との二冊がある。 孔目京はとれに就いて‘遺品を解耕する際に説明して戎の如く述べてゐる。 小莱道品名興コ辿心初敬一同。何以故。二底見修 f 小 レ 別 故 。 名 制 抑 レ ﹁ ナ 川 英 義 即 金 別 c 小 乗 辺 円 川 唯 在 コ 槻 巾 刊 大 干 架 道 口 開 通 コ 共 税 外 ↓ 理 智 亦 別 。 小 乗 道 日 間 借 ニ 人 無 我 智 づ 遡 心 道 日 川 均 一 一 法 無 我 符 ↓ 問 何 故 直 匙 主 n 臨 道 口 川 不 Y パ ニ 旭 心 一 同 ω 符 遡 心 道 円 山 活 レ 引 一 一 愚 法 小 来 − 故 名 同 ニ 小 乗 叩 直 進 菩 薩 荒 同 二 小 采 − 分 別 一 史 増 於 レ 理 不 レ 便 故 省 レ 之 # 。 : : : 直 進 興 ユ 旭 心 一 倶 呉 ニ 於 聾 聞 吋 何 以 故 。 道 品 印 空 故 。 ︵ 孔 目 章 一 − 一 山 積 三

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一 一 一 ︶ L ﹂ 。 従 っ て 大 一 来 初 教 に は 直 進 敬 L L 遡心教との二種があるととになる刊である。然らば‘今智僚が玄世へ所侍の唯識 設を以て初教たりと判定したその初教とは‘廻心教初教か直進数初教かといふ問題が起るが.これに封して智倣 は概ね遡心初教なりとの見解を有し.瑞伽論及び無性揖識鰐の文を援用してとれが論設に力めてゐる。例へば孔 目 掌 一 巻 に 、 11 如 − 一 議 伽 論 説 叩 庚 排 ニ 頼 耶 葉 剤 目 成 極 − 判 ニ 定 異 熟 生 滅 報 分 叩 後 論 判 言 。 上 来 所 レ 説 我 鵠 ニ 岡 田 鹿 無 智 者 − 説 。 義 言 ニ 愚 擁 無 知 百 一 印 是 聾 間 ︵ 孔 目 章 一 働 省 三 十 右 υ 智岬概数療に於ける唯識説

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日 本 悌 叙 血 宇 協 品 百 年 報 ハ 第 十 年 ﹀ 二

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入 12 と述べてゐるが如きである。との文の意味は.異熟識としての阿頼耶識及び種子葉習の阿頼耶識を論やる教は愚 擁者の鵠に詑︿教であると職伽論自身が主張してゐるととに依っても明かな如く瑞伽論等の所設は愚療者印ち聾 聞の侍に説く所謂遡心教であるといふ意味である。乍併.訟に引用されてゐる瑞伽論の文は現存の聡伽論中にそ の遁確なる相営文を看出しかねるのであるが.華股孔日章曾録︵四巻九九︶は、とれを以て︵現存の︶職伽論五 十一巻の取意の文たりと詫縛してゐる。定に議伽論五十一容には阿頼耶識の流時還減の相を論述する所があるか ら.大雑把にその意を把握すれば、五十一巻の取意の丈と見倣すととも可能であらうが‘併し・五十一巻には阿 頼耶識の論設を経った後に‘ 如 レ 是 巴 依 ニ 勝 義 道 理 叩 建 ニ 立 心 意 識 名 義 若 別 プ 町 一 一 此 道 理 叩 於 二 三 界 等 諸 心 意 識 一 切 雑 染 清 浮 遊 珂 叩 底 二 随 決 了 叩 、、、、、、。 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 儀 鹿 所 願 心 意 識 理 。 但 随 二 所 化 有 情 差 別 叩 活 ユ 嬰 児 悪 所 化 一 樺 説 コ 方 便 一 令 ユ 彼 易 下 得 レ 入 故 。 ︵ 稔 伽 論 五 十 一 血 管 大 正 蔵 = 一 十 巻 五 入 一 頁 G ︶ L ι 述ペてゐるので、との中の ﹁ 得 ニ 嬰 児 時 一 品 所 化 一 概 説 ユ 方 便 − 令 ニ 彼 易 r レ 入 故 ﹂ の何だけ取れば、孔目宰の﹁上来 ム ム 所設我筋二回廊擁無智者−詑﹂の何と一致するやうにも考へられる。けれども‘とれを前何の﹁飴所所レ顕心意識理。 但随=所化有情差別乙と合議すれば‘孔目本の解耕と反封の意味にも解訓相されるやうに岡山ム o 乍併.一方に於℃ 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 瑞 伽 諭 七 十 六 容 の ﹁ 若 諸 説 口 薩 於 レ 内 各 別 如 質 不 レ 見 ニ 阿 陀 那 − f 小 レ 見 ニ 阿 陀 那 識 ↓ 不 レ 見 ニ 阿 輯 耶 示 ー レ 見 ユ 阿 頼 耶 識 − : ・ 0 0 0 0 0 0 0 0 同 一 比 名 二 勝 義 普 巧 菩 薩 − ﹂ の 文 と ん 1 の五十一容の文との聞に矛盾なからしめんとすれば、或は孔目章の如くに解緯せ ざるを得ないかも知れないが、それは少し無理であらうと忠ム c ① 叉 ‘ 績 い て 孔 目 辛 は ﹁ 門 職 伽 ︺ 講 一 五 ﹂ と し て 、

(13)

② 我 不 ニ 持 レ 如 レ 是 説 − 一 阿 頼 耶 叩 若 知 二 親 耶 及 陀 那 識 等 一 於 、 レ 内 於 レ 外 不 レ 見 ニ 減 住 づ 能 如 レ 是 知 者 H 一 ん 名 目 一 強 口 薩 強 口 薩 一 ︵ 孔 目 章 一 巻 三 一 ︶ を 引 用 し ‘ 且 、 註 解 を 加 へ て ﹁ 営 レ 知 得 ユ 無 智 − 読 者 郎 是 共 妄 。 得 一 一 菩 薩 − 読 者 印 是 共 民 ﹂ と 述 べ て ゐ る が 、 と れ は 異 熟生減の頼耶妄識を泣くは.不生不滅の良識に情入せしめんが岱に無知、印ち遡心の聾聞に封して設かれた方便 設に過ぎないことを、瑞伽論自身が明言してゐるといふ意味モある。 更に叉、五十要問答︵上巻十一ニ︶には 問 於 ユ 諸 敬 内 日 建 ニ 立 心 意 識 ↓ 差 別 一 五 何 。 作 Q ・ : : ・ 依 ニ 一 二 乗 数 プ 荷 数 文 中 立 有 ニ 異 熟 抑 制 耶 一 交 レ 薫 成 レ 叫 問 。 所 以 知 ν J ③ 0 0 故 無 性 掃 論 云 。 今 立 ニ 同 時 熟 頼 耶 ↓ 此 亦 無 レ 傷 。 既 知 レ 無 レ 傷 。 故 知 植 立 。 得 ヨ 迦 心 聾 聞 未 ニ レ 連 法 空 − 植 奉 ニ 異 熟 相 − 漸 引 − 1 乗 捷 易 生 死 一 漸 向 − 一 削 減 − 賓 則 不 レ 然 。 と述べてゐる。印ち無性捕論が異熟頼耶を立てた後にとれを許して﹁此れも亦傷くるとと無し﹂といへるは.異 熟識としての阿輯耶識を立てるは迦心の聾閣の未だ法空に通達せざるものの震に、樫りに異熟相を一不し‘以て漸 共にこれを誘引せしめんとするの方便としてのみ許さるべきであるといふととを示したものであると智僚は解緯 してゐるのである o ① 孔目章には唯﹁論一五﹂とのみあるが‘この丈と相似するものを五十婆問答︵上巻十一ニ︶は秘伽論の文として引用せる が故に‘論とは諭伽論を指す。 五十要問答︵上巻十三﹀には菩薩摩一時薩とあり。 現存の無性属大乗論蒋にはこの交を者出し難し.或は取志の文か‘倫可尋。 ① ① 13 智 係 数 準 に 於 け る 唯 識 一 副 二

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日 本 働 教 接 協 合 年 報 ハ 第 十 年 ﹀ 二 一

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以上を要約すれば.玄提所俸の唯識設は大睦に於て大乗初教の地位に置かれ、茜しきに至つては愚法の聾聞を して迦心向大せしむる偽の方便の敬、即ち三一来週心敬たりと見倣されてゐるのである。乍併、それかと言って決 して共等の皐設を直接に非難攻撃した所は殆どたいのであるが、唯一つ護法の成唯識論の墜設に到してのみは﹁有 解者﹂とか﹁人言﹂とか・等の不定名詞を用ひて暗にとれを反駁し、或は成唯識論の名を描げてその畢設を批判す る等の態度に出てゐる。との態度は、動もすれば護法流の唯識設のみを以て唯識設の五流たりと考へる玄英一一蹴 の接誌に封する批判ともなり得るから.その貼で詑意すペきものがあるであらう。例之.孔ロ章︵二山智大﹀には 有 = 解

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2

性種性者是本有性。習種性者是修生一位。此

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一 仲

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帯 。 何 以 故 夫 論 ニ 種 性 一 者 順 ニ 凶 総 門 一 設 Q 宜 容 下 不 レ 釘 エ 因 紘 一 而 設 中 極 性 白 故 今 性 種 性 不 レ 得 レ 話 ニ 本 有 ↓ 叉 習 極 性 不 レ 得 ユ 修 生 叩 何 以 故 。 若 法 性 外 有 エ 修 生 一 者 縁 起 可 レ 増 。 目 正 故 不 レ 得 レ 設 ニ 修 生 叩 とあって、とれを孔目章品目録︵五巻二四︶に依って見れば.護法が本有新訪問の雨種子を立て種牲を明かしたのを破 したものであると説明されてゐるから.恐らくとれは成唯識論ハ第二巻 γ 大 ﹀ の 有義︵護法︶種子各有ニ二類叩一者本有。謂無始来呉熟識中法繭而有生ニ組鹿界一功能差別・:?此印名錆ニ本性 佐観吋二者始起。謂無始来敷敷現行禁習而有。・::此印名詩ニ習所成和叩 宏破したものであらう。査し智慌の主張する所に依れば.有も榔敬たる限り因縁即ち縁起を離れて設くべきでは ゑ︿、従って‘種性を論 4 7 るに首っても必や株起に順じて説くべき佐官のものであるに拘らや‘護法所設の無始よ

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り来た法.闘として存ずる本有程子、或は法性縁起を離れたる始起の新薫種子等は‘智倣の見解よりすれば、何れ も縁起詑より離れたる所詑と見倣され‘拾に破斥を蒙ったのである。乍併.一面から考へると、護法の種性論は 職 伽 論 ︵ 一 二 十 五 巻 ︶ の 栂 性 論 た る ﹁ 本 性 住 種 姓 者 。 謂 諸 控 口 薩 六 蕗 殊 勝 有 2 如 レ 是 相 ↓ 従 ニ 無 始 世 − 展 特 倖 来 法 爾 所 得 。 是 名 目 一 本 性 住 種 姓 叩 習 所 成 種 姓 者 。 謂 先 串 二 習 韮 円 根 一 所 レ 得 。 是 名 コ 習 所 成 穂 姓 こ に も 基 づ く 所 が あ る か ら ‘ 護 法 を 破 するととは同時に職伽論をも破するととにたる恐れはないかといふ疑問が生守るであらう。訟に於て智慨は孔目 章中.先に護法の本有新薫設を破した後、それに引縫いて 今 種 性 義 者 。 是 其 悌 因 共 義 庚 大 。 非 ユ 偏 在 官 解 。 ニ 非 偏 在 F 。 非 − − 偏 在 下 位 。 非 ニ 偏 在 u 比 。 非 ニ 偏 在 ち 詮 。 非 ニ 偏 因 果 寸 非 − h 川 本 有 修 生 叩 故 今 立 二 性 習 二 種 − 者 。 約 レ 綿 詑 レ 之 。 性 極 性 約 ユ 本 性 4説 。 位 在 − 一 種 子 刊 習 種 性 者 約 ニ 修 生 − 設 。 。。。。。 義 郎 庚 犬 。 此 依 − 地 持 文 − L し連ペて.護法の所設と瑞伽論等の所設とを判然と匝別し.聡伽論の所設は却でとれを認容する態度に出てゐる J 設に﹁此依ユ地持文一﹂と言へるは、地持論第一巻の性種性と習極性とに関する文を指すのであるが.既に地持論 の所設を認容せることは.直ちにその異語たる璃伽論第三十五巻の所設を認容するととにもなるであらう。勿論. 巌密に言へば智慨は何故に﹁依ニ議伽文

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と言はやして﹁依ニ地持文 7 一 と 一 去 っ た か が 問 題 と な る で あ ら う o 恐 ら くは.瑞伽論は玄英語たるが故にとれを援用したかったのであるといふ見方も成り立つのではなからうか.併し とれには必中しも明白た根擦がある語ではたい。 15 孔目章二容ニ入﹀に 0 0 0 0 0 0 人 言 。 在 = 修 道 中 − 減 ニ 供 生 我 ↓ 末 那 倶 生 並 無 明 心 煩 悩 修 道 断 者 。 此 義 不 レ 然 。 末 那 一 起 相 績 縁 レ 我 不 レ 療 。 因 レ 何 智鵬概数撃に於ける惟裁候

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日 本 併 殺 犠 協 合 住 ・ 報 ハ 第 十 年 ︶

16 得 当 一 改 ν境起=其法執叩若起ユ法執−何名縁二類我塵↓ 曹 と あ る 中 の ﹁ 人 一 吉 ﹂ と は 護 法 を 指 す と 思 は れ る 。 即 ち 孔 目 章 人 三 巻 二 入 ︶ に は ﹁ 如 ニ 十 巻 百 論 判 叩 分 別 我 見 見 道 断 。 倶生我見修道断﹂とて.倶生我見修道断の所設を十巻百論の所判とたしてゐるが、とれは今の﹁在ユ修道中−減二倶 ① 生我乙と同趣旨であり、而も十巻百論一広一五とは護法の蹟百論第二巻の﹁倶生我見微細難レ断。教教修二習勝無我 観叩方能除滅。:::分別我見食重易レ断。聖諦現観初現行時印便除減﹂の取意であるからである。のみたらや庚百 論の文と全く同趣旨の文が成唯識論第一巻︵七︶にも看出し得るから‘﹁人言﹂は護法を指すものであるととは確質 ① な乙とであらうと思ふ。叉﹁末那倶生並無明心煩悩修道断﹂を瓦教章通路記ハ四十入品住︶は鰐し℃﹁末那倶生 H E 煩 悩陣。一百二並無明心煩悩−者是法執所知陣。是故末那具有ニ倶生二障二執叩彼明ニポ那煩悩断位ことす H っ て ゐ る が 、 とれは第七末那識に人法の二執あるととを許し、而も修道位中に於て倶生の二執を断やると主張する設である。 然るにとの設は成唯識論第五巻︵同︶に安慧が末那識には唯煩悩障のみありと一一一日へるを破して‘米那識には煩悩 障と所知障印ち人法の二執ありと主張した護法の皐説と一致するものである。従って、孔口幸が裁に﹁此義不レ然﹂ と評したのは、護法の串設中.末那識の倶生の我見が修見断たりといふ設と、末那識に法執ありといふ誌との二 設を破したことにたるのである。 先づ末那識の倶生の我見は修道断なりと説く護法の墜読を献する智僚の教勝一・の立場を検討してみよう。智慨は 末那識に分別の我見を認めない。何とならば、末那識は外を縁中るととなく唯内に向って一類に相続する第八識 との我見は謂はば似生の我見であつで分別の我見に非守、叉末 のみを縁じて住謹に我見を起すものであるから. 那 識 は 唯 識 の み を 紘 じ て 名 一 守 口 を 縁 ぜ ぎ る を 以 て 邪 師 邪 教 唯 一 ザ の 名 一 言 を 総 や る こ と 能 は ざ る が 故 に 分 別 の 我 見 を 起 す

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ととを得ざるが翁である。而してその末那識の我見はこれを初地入見道の時に減すと主張するのである。何とな ら ば 鮒 性 揖 大 乗 論 騨 第 九 巻 に ﹁ 特 ユ 染 ⋮ 店 主 ヂ 故 符 − 一 平 等 性 智 叩 初 現 槻 時 先 巳 誰 得 。 於 ニ 修 道 位 一 輔 復 清 浄 ﹂ と 一 甘 え る 中の﹁締復清浮﹂たりとは印ち我見の習試を滅するの意味であって、杭子を滅するの意味ではなく、従って我見 の種子は既に入見道の時にとれを減してゐたければならぬからである。斯るが故に護法の如く・分別の我見を入 見道に断ヒ.倶生の我見を修道位に断やといふことは不可能であると主張するのである。併し又分別の我見は見 道断にして倶生の我見は修道断たりといふのは、煩悩の質断の意味ではたく見修の位を寄顧するものであると見 るならば.説法の説も可能寸あると見て 供 生 修 道 断 者 。 是 寄 レ 位 語 。 如 一 一 初 併 紙 断 レ 皮 。 第 二 併 祇 断 レ 肉 。 第 三 幣 紙 断 レ 心 。 愈 制 之 相 叩 寄 二 額 見 修 − 非 レ 言 ニ 賓 断 叩 ︵ 孔 目 章 一 巻 二 九 ︶ 此可レ爾也。今持ユ分別倶生 と 述 ペ て ゐ る 。 +叫に末那識に法執ありとする護法の墜設を破して弐の如く述べてゐる。 末 那 一 起 相 積 縁 レ 我 不 レ 鹿 。 囚 レ 何 得 主 改 レ 境 起 二 共 法 執 ↓ 若 起 ニ 彼 執 司 何 名 レ 縁 二 類 我 塵 叩 ハ 孔 目 章 一 巻 二 入 ︶ と。印ち末那識は無始以来住蓮に一類に内を総じて我を執し.縛易するととなきものであるから.所縁の境を改 費して法執を起すととは不可能である。若しも末那識が法執を起すとすれば、末那識は一類に我塵を縁やること 能は守.その結果として末那識の本来の特質に反するとととたる。故に末那識は法執を起すととは不可能である ④ と主張してゐるが.との知官僚の主張は安慧が封法・穎揚・揖論を聖敬量として﹁末那は唯煩悩障とのみ倶たると ム﹂有り﹂と言ったのと、その論詮方法とそ異るけれども、その結論が同一であるととは桂意すべき事柄である。 17 蜘 下 川 惚 数 単 に 於 行 る 唯 裁 就

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日 本 岬 開 放 血 中 協 合 年 報 ハ 第 十 年 υ 二 一 四 18 即ち安慧は﹁聖歌に皆三の位に無しと言へるが故にと.叉四の惑と恒に相障すと設けるが故にと.叉識の雑染の 依たりと設けるが故にとなり﹂とて、米那識は唯煩惜のみと相醸し所知障と相臆ぜ・?と主張したのであるが.こ れは要するに‘出世の末那識を認めたい立場である。とれに封して護法は﹁彼の設は教と理とに相違せり。出世 の 末 那 を ば 経 に 有 り と 設 け る が 故 な り 。 : ・ : 門 職 伽 ︺ 論 に 蔵 識 は 決 定 し ℃ 恒 に 一 一 識 と 倶 崎 押 す 。 謂 ふ 所 は 末 那 た り 。 意識の起る時には則ちごと倶轄す。謂ム所は意識と及び末那となり:::﹂とて、出世の末那の存在を許し・以℃ 宋那に法執ありと主張した。然るに智慨は護法が瑞伽論を援用して出世の末那を許さんとしたととに封して 椴 使 瑞 伽 後 分 普 ︼ 一 頼 耶 識 起 必 二 識 相 臨 − 者 此 操 コ 初 起 時 − 不 レ 擦 コ 後 相 績 4 とて.瑞伽諭に阿朝耶識が末那及び意識の二識と供轄すと言へるは‘初めて起る時は二識と偶起するといふ意味 で‘後相績する時にまで二識と倶起するといふ意味ではないと解離し.以て護法が瑞伽論を敬謹として末那識に 法執ありと主張するを破したのである。 ① 復 . 智 慨 は 五 十 要 問 答 の 時 四 識 成 川 智 義 に 於 て . 成 唯 識 論 が ﹁ 此 時 三 有 耐 八 七 六 五 識 相 躍 口 問 − 如 レ 共 而 得 ﹂ と て . 第八第七第六前五識を特じて大国鏡智子等性智妙観察知百成所作智の四智を件と設けるを指して、とれ寄顧の方便 設に過ぎ 4 ?と許し.良質には四智は意識に従って成やと主張した。印ち智慌の説く所によれば、先づ第一に頼耶・ 末那・意識・瓦識 bt 特じて順次に大闘銃智・平等性智・妙概察智・成所作知 n b 1 3得といふ読に到する積極的教設は ⑦ ないのであって‘例へば‘僻地粧の如く 山

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知 有 二 五 種 法 − 掃 ニ 大 境 地 叩 何 等 得 レ 五 。 所 謂 清 浄 法 界 大 凶 鏡 智 子 等 性 智 妙 視 察 智 成 所 作 制 UG : ・ 大 国 鏡 智 者 如 込 山 三 国 鏡 司 衆 像 影 現 ω 如 ν 是 依 ユ 止 如 来 智 鏡 − 諸 底 境 識 衆 像 影 現 。 : : ・ 千 等 性 智 者 ︶ 山 ニ 十 組 相 同 漏 成 就 一 − : ・ 妙

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観察智者。誓如 s 世 界 持 二 衆 生 界 叩 如 レ 是 如 来 妙 槻 察 智 住 ニ 持 一 切 陀 羅 尼 門 三 摩 地 門 無 磁 購 読 諸 悌 妙 法 叩 : : ・ 成 所 作 智 者 。 如 下 請 衆 生 勤 二 働 身 業 − 由 レ 是 衆 生 趣 申 求 積 極 殉 利 務 農 勤 ヱ 等 事 却 如 レ 是 如 来 成 所 作 相 官 勤 − − 身 化 業 叩 尚 レ 是 如 来 一 子 一 現 種 種 ヱ 巧 等 慮 − 擢 ニ 伏 諸 伏 徴 慢 衆 生 ↓ 以 ニ 是 善 巧 方 便 力 − 故 o s − − − とて四智に関しては詳説してゐるにも拘ら守相耶・末那・意識・五識が陣依を成ピて四極の知刊を得るといふとと ③ は説いてゐない。更に叉、無性揖論にも 0 0 0 0 山 レ 時 ニ 阿 頼 耶 識 等 八 一 事 識 維 − 得 二 大 同 鏡 如 百 世 一 寸 同 種 妙 智 叩 如 − 一 致 共 第 一 或 随 ↓ 耐 癒 叩 尚 レ 知 此 中 制 時 二 阿 頼 耶 識 − 故 得 二 大 間 鏡 智 一 雄 司 引 所 識 境 子 一 現 在 前 日 而 能 不 レ 忘 不 レ 限 二 時 慮 叩 於 二 切 境 − A M 不 唱 団 凶 問 迷 一 無 分 別 行 能 超 ニ 琵 用 悌 智 影 像 詰 時 二 染 汚 末 那 − 故 得 = 一 や 等 性 智 で 初 現 凱 時 先 巳 誰 得 . 於 ニ 修 道 位 − 時 後 清 浮 。 山 レ 此 安 ニ 住 仙 ⋮ 位 但 帥 栄 一 大 惑 大 悲 恒 興 相 臨 。 能 随 二 所 業 ﹃ 現 ニ 怖 影 像 叩 時 ニ . 7 九 現 識 ” 故 件 二 妙 矧 察 知 百 − 且 ︵ 二 見 一 切 陀 羅 尼 三 摩 地 門 ↓ 山 レ 如 下 費 減 於 二 大 ん 背 中 − 能 現 二 切 自 在 作 用 − 能 断 ニ 諸 疑 − 能 雨 中 法 雨 却 時 ニ 意 識 − 故 得 二 成 所 作 知 瓦 普 於 ニ 十 方 一 切 世 界 寸 能 現 二 鑓 化 − 従 コ 都 市 況 多 天 宮 − 而 浪乃至担襲能現住ユ持一切有情利禁事一故 と 一 ー っ て . 一 一 臆 は 同 種 の 妙 智 を 以 て 同 種 の 識 に 配 賞 し て ゐ る け れ ど も . 既 に ﹁ 随 ニ 所 臆

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と 一 五 へ る 所 を 以 て す れ ば、無性嬬論にありても各別に配して四識の依を轄じて四種の智を成守るといふととは決定してゐる語ではなく・ 唯.文の意は義に随って法を額はさんが岱にその一つの場合を額示したに過ぎない。例へば‘惑に寄ぜて位を顕 はすが如く・四種智を四種識に別配せるは頼耶識・末那識があるととを顕はさんが儒に他ならぬのである。第二 に四種識を輔じて四種智を得るといふととは.叉理論上からも成立し得たい。即ち 19 四 相 官 並 従 ニ 意 識 日 成 。 何 以 故 。 矯 こ 切 果 報 及 末 那 識 得 レ 起 ニ 現 行 − 並 従 ニ 意 識 位 − 連 総 成 ム 故 。 若 異 熟 額 耶 親 従 レ 種 智倣教事に於ける唯識競

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(20)

日 本 併 数 鼠 平 協 合 年 報 ハ 第 十 年 ﹂ 一 一 一 六 Z) 護 積 子 同 類 即 従 二 上 心 意 識 − 而 生 。 況 復 琵 レ 智 従 ニ 本 識 樟 類 − 等 共 第 護 者 此 義 不 可 。 但 悌 菩 薩 将 二 四 知 日 名 − 寄 コ 顧 問 識 叩 額ニ共本識及末那識是有↓決定非=親四識自類生下智。何以故。末那本識及五識等不レ成ユ組報思業−及聞忠簡揮不 レ 得 レ 有 故 若 有 レ 護 ニ 思 業 団 則 須 = 別 者 受 E 生 有 ニ 此 過 − 也 ハ 五 十 要 問 答 上 品 位 ・ 九 ︶

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との文は難解である常に必宇しも明了ではないが‘その意味は大韓弐の如くであらう。印ち果報識としての阿 頼耶識と末那識とが現行を起し得るのはその種子より現行するのであるが.然るにその阿頼耶識及び末那識の種 子は元来上心の意識によりて生ぜられたものである。剖ち阿頼耶識末那識には組報を感やる忠業はなく.唯意識 にのみ組報を感十る思業があり得るからである。叉前五識は無分別なるが故に聞思による簡捧はあるととを得・? とれの有るは意識に於てである。故に阿智は皆意識に上り成やると言はねばたらぬ。然るに倫四種智を四種識に 別配したのは、阿頼耶識及び末那識等の存するととを小乗教徒に封して一不さんが掲の方便に過ぎない。と智慨は ⑦ 解剖押してゐるやうに忠ふ。如斯、意識左中心として論中るのは恐らく意識唯識の立場よりとの四智問題を諭ぜん L し し た が 鵠 勺 あ ら う 。 更 に 叉 知 官 僚 が 外 疑 一 五 。 若 末 那 識 自 類 不 レ 護 レ 智 者 。 聖 人 位 中 印 有 レ 所 レ 少 潟 レ 俳 人 H ニ 此 疑 叩 有 ニ 共 四 何 叩 或 有 法 凡 聖 共 有 。 或 有 法 凡 有泉無。或有法虫有凡無。或有法凡聖倶無。凡聖倶有者謂如来蹴五義。凡聖倶無者謂備計性。凡無聖有者謂常 身 。 出 現 無 凡 有 者 間 無 常 身 。 師 有 ニ 此 伺 叩 末 那 凡 有 型 無 有 コ 何 過 − 也 ハ 五 十 婆 問 答 上 . 十 一 υ といへるは‘恐らく成唯識識の 諸 論 言 特 ニ 第 七 識

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一 中 等 智 吋 彼 如 ニ 飴 知 子 定 有 ニ 所 依 相 臆 浮 識 叩 此 識 無 者 彼 智 臨 レ 無 。 非

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ニ 所 依 一 有 申 能 依 上 故 。

(21)

不 レ 可 レ 説 本 似 依 ニ 六 時 識 叩 許 宝 仙 怖 相 一 行 如 二 鏡 智 − 故 ︵ 第 五 容 五 ︶ の・文を念頭に泣いてとの難に封せんとして如上の同容を設けたのであらう。元来、成唯識論のとの文は安慧が第 七識には法執なしと主張したととに封して、諜法は第七識には法執あり L L 主張し.若し第七識に法執がたければ 既に我執を減せしとき第七識は滅するを以て平等智を伴るの所伏たく・似令第六識を所依とたすといふも.第六 識には特異有りて恒たらざるが故に平等性智の所依となすととを得者?と破したものであるが.今回智を意識より 成中と説く’ときは.とれを護法流に解剖押すれば千等性智には所依がなきとととなるので、智慨は斯る問題を念頭 に置いて自ら凝難を起し.且、それを品開通したものと考へられる。 最後に阿頼耶識の減の問題に関して智慨は ⑪ ⑪ 問 。 頼 耶 相 減 在 二 何 位 一 輩 。 答 。 在 コ 初 地 − 輩 。 何 以 故 。 地 論 一 五 ︹ 十 地 ︺ 特 ニ 依 止 ↓ 依 ニ ・ 止 常 身 一 故 。 非 レ 如 吉 永 常 意 識 智 依 ニ 止 無 常 因 縁 法 叩 擦 ニ 此 文 読 叩 初 地 印 抗 日 ↓ 一 阿 抑 制 耶 ↓ 若 操 弓 初 教 一 十 地 経 心 的 コ 阿 頼 耶 寸 何 以 故 。 在 ニ 第 十 地 − 頓 減 二 諸 障 − 故 ︵ 孔 目 章 一 巻 三 十 ︶ と一五ってゐるが、との文の表面的解耀からすれば、阿頼耶識を第十地の柊心に拾すといふ皐説を破してゐる語で はなく・但、斯る皐詑は初教に属すと判定したものに他ならない。併し.第十地の格心に阿頼耶識を減すといふ 皐設を初教と判定したか T 面には‘初地に阿頼耶識を減すといふ患で説を絡教に配してゐるととは一宮ロムまでもないと ⑫ とである。練って成唯識論を見ると、護法は 21 此識無始恒輔如レ流。乃至。何位嘗究克捨。阿羅漢位方究党拾。謂諸聖者断=煩悩障−究・党壷時名二阿羅漢叩雨 時 此 識 煩 情 段 重 永 遠 離 故 説 レ 之 得 レ 拾 。 此 中 所 レ 詑 阿 羅 漢 者 通 揖 ニ 三 乗 無 風 一 臭 位 − 云 一 五 相判俄敏感に於ける唯識設

一 二

(22)

日 本 悌 晶 執 務 協 合 年 報 ︵ 第 十 年 ︶

ニ ゴ

22 とて.菩薩は第十地の絵心に阿頼耶識を拾すと主張し、難陀は 初 地 以 上 菩 薩 巳 設 − 三 室 所 額 理 − 故 。 巳 得 − 一 二 種 殊 勝 智 一 故 。 巳 断 − 一 分 別 二 重 障 − 故 。 能 一 行 中 起 二 諸 行 − 故 。 雄 官 篤 = 利 益 一 起 申 諸 煩 悩 ム 而 彼 不 レ 作 − 一 煩 悩 過 失 一 故 。 此 亦 名 − 一 不 退 菩 薩 叩 然 此 菩 薩 雌 レ 未 レ 断 − 一 虫 宜 供 生 煩 悩 − 而 縁 − 一 此 識 一 所 有 分 別 我 見 愛 等 不 せ 一 復 執 賊 話 ニ 白 内 我 − 由 レ 斯 亦 拾 ニ 阿 頼 耶 名 ↓ 故 説 レ 不 レ 成 二 阿 頼 耶 識 叩 此 亦 設 レ 彼 名 ユ 阿 羅 漢 一 とて、初地以上の菩薩は阿頼識を拾すと主張してゐる。智儲が十地経論の文を援用して、初地に阿頼耶識を減す み︶主張したととと、難陀の主張とを比較してみれば、その論詮は異るけれども・初地に阿頼耶識を減すといふ結 論は同一である。護法はとの難陀の準設を非理たりと評破して自己の第十地の終心に拾すとの準設を正義とたし てゐるが、智催よりとれを見れぱ護法の皐設とそ大乗初教の分持を出でないものであり.難陀の単一 e説乙そ却て大 一飛終教と一致する所があるといふととにたり、従って智慨は時黙裡に、自ら正義たりと主張した護法の畢設を抑 へ護法に依って非理たりと許せられた難陀の島一訟を宣揚した結果にたるのである。先には第七識に於ける法執の 有無の問題及び修道位に於ける抗生の二障の断不断の問題に就いては、護法を破して護法よりは不五義と評せら れた安慧の皐設に組し.今叉阿頼耶識の誠の問題に閲しては、護法と反針の立場にある難陀の皐詑左上拐する立 場を取ったととは特に控目ずべき事柄であると川山ム。 「~) ②①①① 大 正 蔵 三 十 巻 一 九 六 頁 下 大 正 威 七 十 二 巻 五 入 九 頁 上 大 正 磁 三 十 一 巻 四 三 入 一 良 上 成 唯 議 論 第 五 巻 凶 論 伽 論 五 十 一 巻 . 大 正 競 コ 一 十 巻 五 入

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頁 下

(23)

@ ⑪ ⑬ ① ③ ⑦ ⑤ 成喰議論第十拳十四 大 正 蔵 十 六 巻 七 二 一 一 良 大正蔵三十一谷四三入頁 意識唯識に関しては捜玄記三巻末、二入.及び孔目章一巻三一等を往見すべし。 十地総論第二巻.大正蔵二十六巻二ニ三瓦 十 地 の 一 一 宇 は 十 地 論 に は な し 。 成唯識論第三巻十一参照 以上によって玄提所俸の唯識就に封する智憾の批判の概要を一瞥し得たと思ふ。失に進んで玄提所偉の唯識誌 と買諦所停の唯識設とを如何に調和せんとしたか、所謂性相融合の方法如何の問題に O いて論究すべき順序とな ったのであるが.とれは他日に譲るとととしよう。 23

︵昭和十二年十月︶ 智俄数種に於ける唯識説 一 二 九

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