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頚性めまいの重要性

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 めまいは,日常遭遇する症候でありながらそ の原因は多岐にわたり,治療に難渋することも 多く,またその確定診断に苦慮することも少な くない。めまいを訴える患者において,頭蓋内 疾患が認められず,また明らかな内耳疾患や全 身疾患さえも認められない症例を日々経験する。  当院にも相当数のめまいを有する患者が受診 し,その中には複数の医療機関での治療が奏功 せず,原因不明,難治性とされた症例も少なく ない。  今回,めまいを主訴に当院を受診した症例を retrospective に解析し,その原因疾患として 最多であった頚性めまいについて主に検討した。  対象は,2013年 6 月から2014年 9 月までの 1 年 3 か月の期間に当院を受診した1,000例(男 性299例,女性701例)のめまいを主訴とする症 例である。年齢は, 9 ∼91歳で平均年齢は62.0 歳であった。めまい患者全体の年齢構成では, 男性では70代が突出して多く,女性では70代ま では高齢になるに従い増加傾向を示した(図 1 , 2 )。  頚性めまいの診断に関しては,日本平衡神経 学会(1987)の「頚部に原因があり,多くの場 合,頚の回転,伸展により誘発されるめまい, 平衡感覚の異常」,「一定の頚部運動により反復 性に起こるめまい」,「頚部の症状,特に頚部神 経痛,交感神経圧痛,自律神経症状を伴うめま い」,「頚部からの異常な求心性 input で惹起さ れる dizziness, imbalance で,前庭の器質的機 能障害の認められないもの」,「頚部以外にめま いの原因となる障害がない」とする定義を参考

原著:

頚性めまいの重要性

髙 橋   祥

*  “めまい”の原因疾患を検討するため,15か月で1,000例のめまい患者を集め ret ro-spec tive に解析した。めまい患者で最多の診断は,頚性めまいで89%を占めた。頚性めま いと診断し,頚部 MRI を施行し得た症例の中で最も多い頚椎・頚髄病変は脊柱管狭窄症 であり,脊柱管前後径の正確な測定とその診断基準に沿った判定が重要であると考えられ た。また頚椎・頚髄病変が根底にあり,さらにめまいを誘発した頚の姿勢への負荷では, その原因が性別や年代により異なっていた。特に,高齢女性の場合,農作業や草取りなど の庭仕事で長時間の前傾姿勢を取ることが誘因となっていたことは特徴的であった。頚性 めまいの患者において,頚・肩筋群の過緊張や緊張型頭痛を伴う場合には,筋弛緩薬によ る是正が最も重要であり,治療により 1 週間以内にめまいが消失あるいは明らかに改善し た症例は90%であった。本研究では,頚椎・頚髄病変が根底にあり,さらに頚に過度の負 荷をかけることでめまいが誘発される頚性めまいの重要性について述べた。 ────────────────────   ①めまい ②頚性 ③脊柱管狭窄症 ④筋弛緩剤 ────────────── * 〒957 0061 新潟県新発田市住吉町2 3 17 医療法人たかはし脳外科皮フ科医院脳神経外科 (受付:2015年 9 月 4 日)

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にした1∼3)  具体的には,難聴などの蝸牛症状を伴わず, 脳疾患や全身性疾患の影響を除外できた症例の 中で,頚部以外にめまいの原因となる障害が認 められない症例を頚性めまいの診断の検討対象 とした。その中で,下記に該当する症例を頚性 めまいと定義し,診断した。  ア) 頚部 MRI で異常所見あり+頚の姿勢へ の負荷  イ) 頚部 MRI 未施行+頭部 MRI 異常なし +頚の姿勢への負荷  なお,頚椎・頚髄疾患の診断においては,頚 部脊柱管狭窄症(脊柱管前後径が多椎体レベル で12mm 未満の場合と定義),変形性頚椎症, 頚椎椎間板ヘルニア,後縦靱帯骨化症,脊髄空 洞症などの存在を頚部 MRI で確認した。  また,頭部 MRI でめまいの原因疾患が存在 せず,また蝸牛症状もなく,さらには高血圧, 糖尿病や貧血などの全身症状が無いか,または それらは良くコントロールされているのにもか かわらずめまいを発症する症例も多数存在し た。このうち,頚・肩筋群の過緊張などの頚由 来の症状を伴い,かつ,めまいに先行する頚の 姿勢への負荷のエピソードが明らかに存在した 場合の症例がイ)に相当している。  以下,当院でのめまい症例について,原因疾 患,頚性めまいの画像診断,誘因,治療方法と 予後について retrospective に検討した。 1 .めまいの原因疾患  最 多 であったのは 頚 性 めまいであり,延 べ 1,000例中899例を占め(90%),次に薬剤性27 例(プレガバリン 8 例,降 圧 剤 9 例 など),脳 梗塞13例,起立性低血圧10例,脳震盪 5 例,過 労 5 例,良性発作性頭位めまい 3 例,血管迷走 神 経 反 射 3 例,貧 血 3 例,心 因 性 2 例,脳 出 血・小脳萎縮・高血圧緊急症・風邪が各 1 例, その他 3 例,原因不明は23例( 2 %)であった。 2 .頚性めまいの症状と画像所見  頚性めまいと診断し得た症例では,浮動性め まいは744 例(83%),回 転 性 めまいは155 例 (17%)だった。またその随伴症状としては, 肩こり706例(79%),頭重感・頭痛(緊張型頭 痛)416 例(46%), 手・ 上 肢 のしびれ198 例 (22%),肩甲骨部痛104例(12%),耳鳴46例 ( 5 %)だった。なお,この耳鳴は,頚・肩筋 群の過緊張が耳小骨筋にも及んだものと考えら れ,蝸牛症状とは判断しなかった(実際に筋弛 緩剤による治療で,その後全例で消失してい る)。頚性めまいの症例においては,浮動性め まいであれ回転性めまいであれ,頚の前屈・後 屈などで眼振が誘発されることは稀ではない。 しかし,頚性めまいの診断時に一定の傾向は示 さず,診断の確定に有用とは考えられなかっ た。また,肩こりを自覚していない193例中で も,緊張型頭痛と考えられる頭痛・頭重感を訴 図 1 .男性における各年代のめまい患者数 0 10 20 30 40 50 60 70 80 90 100 0 10 20 30 40 50 60 70 80 90 人 代 図 2 .女性における各年代のめまい患者数 0 20 40 60 80 100 120 140 160 180 200 0 10 20 30 40 50 60 70 80 90 代 人

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いを生じる症例の790例(88%)で,頚・肩筋 群あるいは側頭筋の過緊張を有していたと考え られた。  頚 性 めまいと 診 断 した899例 のうち,頚 部 MRI 施行例は600例(67%)であり,その内訳 は頚部脊柱管狭窄症が544例(91%),変形性頚 椎症40例,頚椎椎間板ヘルニア11例,後縦靱帯 骨化症 3 例,頚椎側湾症 1 例,脊髄空洞症 1 例 であった。なお,脊柱管狭窄症が根底にあり頚 性めまいと診断した症例での脊柱管の前後径 は,最小4.0mm から最大11.6mm で平均9.0mm であった。頚 部 MRI 未 施 行 例 の299例 では, 全例頭部 MRI を施行し,頭蓋内にめまいの原 因疾患が存在しないことを確認している。  問診から推測された誘因は,男・女,及び年 代により異なっていた。全ての頚性めまいの症 例中,頚の姿勢への負荷のエピソードの特定が 可能であった712症例(79%)で,めまいの誘 因について検討した。また同様に,2013年 6 月 から2014年 5 月までの 1 年間に当院を受診した 男性186症例,女性489症例で,季節による頚性 めまいの発症率を検討した。  10代から50代までの男性では,普段の仕事が 影響する場合が多く,具体的には事務職や長時 間のパソコン操作などが誘因であることが多 かった(図 3 A,B)。高齢男性の場合の誘因は, 庭木や果樹の剪定作業などを含む農作業が最も 多かったが,側臥位のまま無理な姿勢でテレビ を長時間視聴していることが多いのも特徴的で 図 3 A. 10歳から29歳の男性患者におけるめま いの誘因(19例) スポーツ デスクワーク TVゲーム スポーツ デスクワーク TVゲーム その他 A 図 3 B. 30歳から59歳の男性患者におけるめま いの誘因(68例) デスクワーク 流れ作業 デスクワーク 流れ作業 親の介護・介護職 その他 B 図 3 C. 60歳以上の男性患者におけるめまいの 誘因(115例) 草取り 庭仕事 農作業 側臥位での テレビ視聴 デスクワーク 大工仕事 草取り 庭仕事 農作業 側臥位での テレビ視聴 デスクワーク 大工仕事 その他 C

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あった(図 3 C)。  女性では,10代から50代の場合,PC 操作を 含めた長時間のデスクワークや,おんぶや抱っ こを含む育児,あるいは孫の世話が最も多い誘 因 であった(図 4 A,B)。若 年 女 性 では,ス マートフォンの操作,TV ゲーム,勉強などに より長時間前傾姿勢を取り続けることも誘因と なっていた(図 4 A)。60代 以 上 では,畑 仕 事 などの農作業,草取りやガーデニングが圧倒的 に多い誘因であり,春(2014年 3 月から 5 月) や秋(2013年 9 月から11月)に増加しているの が特徴的だった(図 4 C,図 5 B)。さらに,横 になって不自然な姿勢でテレビを視聴したり, 裁縫や読書など,長時間にわたって頚の前傾姿 勢をとることがめまいの誘因となっている時期 は冬(2013年12月から2014年 2 月)に多かった (図 4 C)。  男性のめまい患者数は,農家の収穫期の仕事 を迎える秋にわずかに増加したものの, 1 年を 通じてあまり大きな変化はなかった(図 5 A)。 一方,女性のめまい患者数は,農作業や庭仕事 を急に長時間始める春に増加する傾向があった (図 5 B)。また,男女とも屋外での作業が減 る真夏(2013年 6 月から 8 月)は少し減少して いたのに対し,冬期においては,男性では微増 し,女性では減少する傾向があった(図 5 A, B)。 4 .頚性めまいの薬物治療  頚・肩筋群の過緊張を伴っている場合や緊張 図 4 A. 10歳から29歳の女性患者におけるめま いの誘因(36例) デスクワーク 育児 スマートフォンの 長時間操作 TV ゲーム その他 デスクワーク 育児 スマートフォンの 長時間操作 TV ゲーム その他 A 図 4 B. 30歳から59歳の女性患者におけるめま いの誘因(185例) デスクワーク 育児 孫の世話 流れ作業 親の介護 介護職 その他 デスクワーク 育児 孫の世話 流れ作業 親の介護 介護職 その他 B 図 4 C. 60歳以上の女性患者におけるめまいの 誘因(289例) 趣味 針仕事・ 編み物 草取り 庭仕事 農作業 側臥位での TV視聴 草取り 庭仕事 農作業 側臥位での TV視聴 趣味 その他 針仕事・ 編み物 C

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型頭痛を伴う場合にはその是正が最も重要であ る。頚・肩筋群の過緊張あるいは側頭筋の過緊 張(緊張型頭痛)を有していると考えられた 790例全例に対し,筋弛緩薬と鎮暈剤を併用し た。筋弛緩薬の種類の選択については,基本的 には,筋緊張が強くまた高齢者でない場合には チザニジンを 1 ∼ 6 錠/日,そして筋緊張が軽 度であったり高齢者の場合にはトルペリゾンや アフロクァロンを 2 ∼ 3 錠/日,それ以外の一 般的な症例ではエペリゾンを 2 ∼ 3 錠/日で処 方した。実際の処方においては,前述を基本に して,頚・肩筋群の過緊張が必要かつ十分に軽 減するように,筋弛緩薬の選択とその投与量を 患者毎に検討した。また,通常の筋弛緩薬で効 果が不十分な場合には,筋緊張緩和作用を有す るチエノジアゼピン系やベンゾジアゼピン系の 抗不安薬,同様に筋緊張緩和作用を有する芍薬 甘草湯などの漢方薬を併用した。上半身の疼痛 を有する場合,これが頚・肩筋群の緊張を増悪 させる悪循環を引き起こすため,頭痛を含めた 疼 痛 に 対 しては 適 宜 NSAIDs も 併 用 した。 頚・肩筋群の緊張を認めない症例では,下行性 疼痛抑制系賦活型疼痛治療薬であるノイロトロ ピンや上半身の血液循環の改善を目的としてト コフェロールニコチン酸及び鎮暈剤を併用し た。また全例で頚に過度の負担をかけないよう にするための生活指導を徹底した。 5 .頚性めまいの予後  選択した治療薬が適切で,まためまいの誘因 となる行為・行動を改善できれば,短期間で確 実にめまいは改善した。 1 週間以内にめまいが 消 失 あるいは 明 らかに 改 善 した 症 例 は806例 (90%), 2 週間以内は33例( 4 %),改善に 1 か月を要したものは18例( 2 %), 2 か月を要 したものは 3 例(0.3%)であった。また,再 来 がなくその 後 の 経 過 が 不 明 な 症 例 は39例 ( 4 %)であった。めまいが改善し,原因を理 解して頚への負荷を減らした症例では,最短 3 か月の観察期間では再発はなかった。めまいが 再発して再来する症例は,再び頚に負荷がかか る行為を繰り返した場合のみであった。  実際の症例:  症例 1 :54歳,女性。  主訴:繰り返す浮動性めまいと回転性めまい。  現病歴:調理師で,数年前から浮動性めまい や回転性めまいを繰り返し, 1 ∼ 2 日続くこと もあった。時々,後頭部痛も伴い,頭位変換時 に悪化することが多かった。受診 2 日前に回転 性めまいが 1 日続き仕事を休んだが,翌日も浮 動性めまいが改善しないため,当院を受診。こ れまで,めまいに関して医療機関を受診したこ とはなかった。  診断と経過:問診で,肩こりがひどく,右上 肢のシビレも時々出現しており,また右前腕痛 もある,との情報が得られたため頚性めまいを 疑った。頚部 MRI にて脊柱管狭窄症と軽度の 図 5 A.各季節のめまい患者数(男性) 0 10 20 30 40 50 60 人 A 夏 秋 冬 春 図 5 B.各季節のめまい患者数(女性) 0 20 40 60 80 100 120 140 160 人 B 夏 秋 冬 春

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頚椎症性変化を認めた(図 6 )。薬物治療(チ ザニジン,ジフェニドール,ロキソプロフェン ナトリウム)に加え,仕事でなるべく頚の姿勢 に負担を加えないように,そして適宜休憩を取 るように助言した。 1 週間後の再来時には,め まいと頭痛はほぼ消失し,その後も薬物治療を 継続しているが 1 年以上めまいの再燃は認めて いない。  症例 2 :83歳,女性。  主訴:繰り返す回転性めまい。  現病歴: 2 年前から回転性めまいを繰り返し ていたが,複数の医療機関での治療は奏功せず “原因不明”と言われていた。  診断と経過:普段草取りをしていることが多 く,めまい以外の自覚症状として瞬間的な後頭 部痛“ツーン”(大後頭神経痛)を繰り返し, 軽度の肩こり,右手のしびれ,右肩甲骨部痛が あった。頚 MRI にて脊柱管狭窄症,変形性頚 椎症を認めた(図 7 )。薬物治療(エペリゾン, ベタヒスチンメシル酸塩,セレコキシブ)と, 長時間の草取りを控えるように生活指導を行な い, 1 週間でめまいは軽快しその後の経過も良 好。  症例 3 :89歳,女性。  主訴:繰り返す回転性めまいと浮動性めまい。  現病歴: 4 , 5 年前から回転性めまいや浮動 性めまいを繰り返しており,さまざまな医療機 関を受診してきたが改善しなかった。  診断と経過:普段,畑仕事をしており,顔を 上に向けたりするとめまいが誘発されることが 多く,頭重感,肩こりも訴えた。頚 MRI にて 脊柱管狭窄症,変形性頚椎症を認めた(図 8 )。 薬物治療(アフロクァロン,ジフェニドール, 苓桂朮甘湯)を開始し,長時間の畑仕事を控え, 時々休憩するように生活指導を行ない, 1 週間 後にはめまいは軽快した。  症例 4 :78歳,女性。  主訴:繰り返す回転性めまいと浮動性めまい。  現病歴:50代から,回転性めまいと浮動性め まいを繰り返しているが,これまでさまざまな 医療機関を受診したものの,原因不明でめまい の出現は改善されなかった。  診断と経過:普段から草取りなどの庭仕事を 図 6 . 症例 1 :頚部 MRI(0.3T)矢状断 像,T 2 強調画像 図 7 . 症例 2 :頚部 MRI(0.3T)矢状断 像,T 2 強調画像 図 8 . 症例 3 :頚部 MRI(0.3T)矢状断 像,T 2 強調画像

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長時間続けており,頭重感と肩こりを伴ってい た。頚 MRI にて脊柱管狭窄症,変形性頚椎症 を認め(図 9 ),薬物治療(アフロクァロン, スルピリド)に加え,長時間の庭仕事を控える ように生活指導を行ない, 1 週間後にはめまい は消失した。その後,初診から 2 年経過してい るが,めまいは全く出現していない。  日常診療においてごく当たり前に遭遇する “めまい”であるが,その正確な診断は現代医 学においてもまだ容易ではないし,議論百出の 場合も多い。  当地区においては,突発する激しい回転性め まいの症例や蝸牛症状を合併しているめまいの 症例は,近隣の市中病院の救急外来や耳鼻科開 業医を初診している場合が多いと推察される。 従って,当院を受診しためまい患者の場合,典 型的な耳鼻科的疾患等は既に除外されている可 能性が高い。当院を受診するめまい患者の場 合,他医にて原因が不明,難治性,あるいは何 度も繰り返すために最終的に頭蓋内疾患等を心 配して受診してくる者の割合が多いと推察して いる。当院を受診するめまい患者の母集団は, 耳鼻科,神経内科,一般内科を受診するそれと は異なっている可能性が高い。しかし,そのよ うな状況下ではあるが,当院を受診した少なか らぬめまい患者に対する今回の検討では,典型 は,その多くが頚性めまいであり,誘発する原 因は年代あるいは性別により異なることが確認 された。  以下,頚性めまいの原因,発症機序,治療に ついての考察を加える。 1 .良性発作性頭位めまいとの鑑別の重要性  良性発作性頭位めまい(Benign paroxysmal positioning vertigo,以下 BPPV と略す)は, 近年,本邦において,めまいの原因として最も 頻度が高いと言われている疾患であり,末梢性 めまいの約40%を占めるという報告もある4) BPPV は,卵形嚢内の平衡斑から偶然剥がれ落 ちた耳石が,ある一定方向に頭位を傾けた時に 半規管内を刺激して,回転性めまいを生じる良 性疾患である。実際の臨床現場では,頭部や頚 部を動かした時,回転性めまいが一切出現しな いにもかかわらず,眼振あるいは浮動性めまい が出現しただけでも,広義の診断基準で BPPV と診断される場合も多いのではないだろうか。 また,ある特定の頭位を取った時にめまいある いは眼振が出現しただけでも,良性発作性頭位 めまいの診断が下されていることが多いように 思われるが,頚性めまいでも同様の事は稀では ない。当院では耳鼻科的検査による詳細な評価 は行なっていないが,今回の1,000例の検討に おいて,厳密な診断基準の下で BPPV と診断 し得た症例はわずか0.3%に過ぎなかった。治 療方法が全く異なるため,頚性めまいと BPPV との鑑別は臨床上非常に重要と考える。 2 .頚性めまいに対する認知度  頚 性 めまいは,1926 年,Barre が cervical arthritis によって 誘 発 されためまいとして 発 表 したものが 最 初 で,今 日 Barre-Lieou 症 候 群 とも 呼 ばれている5)。 その 後,1955 年 に

Ryan & Cope が 頚 椎 異 常,特 に spondylosis に起因するめまいを報告し,その中で“cer vi-cal vertigo”なる名称を使い,それ以後この名 称が使われるようになったとされる6,7)。欧米で の頚性めまいに関しての論文は非常に多く,現 図 9 . 症例 4 :頚部 MRI(0.3T)矢状断 像,T 2 強調画像

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在 はより 臨 床 に 即 した“cervicogenic diz zi-ness(vertigo, imbalance)”の 名 称 が 用 いら れ,欧米では重要視されているが1,4,8∼13),本邦 での認知度の低さは意外な程である3,14)。頚椎・ 頚髄疾患が根底にある場合,頚の姿勢への負荷 により,かなりの頻度でめまいが誘発されるこ とを認識することは重要である。頚性めまいで あれば,頚部 MRI で根底にある頚椎,頚髄疾 患の存在を証明できるし,めまいが出現する前 に頚に負担をかけるような仕事や動作を行なっ たかどうかを問診だけで容易に情報を得ること ができる。今回の検討では,頚部 MRI を施行 した症例の90%で脊柱管狭窄症を合併していた ことが明らかになった。また,めまいの誘因に ついても,年代,性別で異なるものの,全例で 頚の姿勢に負担がかかる動作を行なっていたこ とが確認できた。 3 .頚椎・頚髄疾患からめまいを生じる機序  今回の検討ではめまいの性質として,浮動性 めまいが 8 割を占めていたが,回転性めまいと 浮動性めまいの違いだけから,めまいの病巣あ るいは障害部位を推定することは実際には困難 である。  頚性めまいに関与する経路として,まず前庭 系の神経路が挙げられる。下行性神経路として 末梢前庭系があり,中枢前庭系としては脳幹と 小脳が関与している。頚髄には,前庭脊髄路が 存在し,外側前庭脊髄路は耳石器入力(直線加 速度,重力)を伝え,頚髄,胸髄,腰髄の全て に投射し,また内側前庭脊髄路は,半規管入力 (角加速度)を伝え,頚髄に投射している。ま た,下半身や体幹からの感覚情報を小脳虫部に 送る上行性神経路である脊髄小脳路も頚部で障 害された場合,めまいの原因となる。  さらに,頚椎・頚髄疾患により肩こりが持続 していると,頚部交感神経が緊張し,自律神経 失調症としてめまいを生じ得る。むち打ち事故 の後や頚椎症などにより,頭痛,めまい,耳鳴, 頚・肩筋群の凝り,眼球後部痛,全身倦怠,動 悸などを呈する Barre-Lieou 症候群5,16)もこの 範疇に入る疾患であり,比較的よく遭遇する。  症例数は少ないかも知れないが,頚椎症に見 られる骨棘による椎骨動脈の圧迫による小脳, 脳幹への循環不全がめまいを引き起こす可能性 があると言われている。頚椎や横突孔の変形な どに伴って椎骨動脈や椎骨神経の物理学的圧迫 があれば,頚部の運動時に椎骨動脈の屈曲や狭 窄 が 起 こり,いわゆる 椎 骨 脳 底 動 脈 循 環 不 全によるめまいを発症してくる(Powers 症候 群15))。今回の研究では MRA による椎骨脳底 動脈系の評価は行なっていないが,このような 原因を除外するには必要な検査であると思われ る。 4 .脊柱管狭窄症と頚性めまい  頚部脊柱管狭窄症の診断基準は存在している ものの,脊柱管の前後径が10∼12mm 程度の軽 症例の場合,実際の臨床例では手術適応になる ような重大な症状は出現しないことが多い。し かし,長時間にわたり頚の不自然な姿勢を取り 続ける場合,軽度の脊柱管狭窄症であってもめ まいを誘発するのには十分な狭さであることを 認識することは重要であると考えている。 5 .頚性めまいの治療と予後  頸・肩筋群の過緊張が存在したまま,頚の姿 勢への過度の負荷を継続すると,めまいを含め た頚部由来の症状が遷延したり悪化しやすい。 今回の検討では,頚性めまい症例の 9 割が適切 な治療により 1 週間以内に症状が軽快した。短 期間で頚性めまいを改善させるためには,頚・ 肩筋群や側頭筋の過緊張が存在していれば,そ れを 是 正 することが 治 療 上 最 も 重 要 であ る3,11,17)。我々の症例では,アフロクアロンやト ルペリゾンなどの弱い筋弛緩効果のものでも十 分な効果を示す症例がある一方,チザニジンの ような強力な効果を持つ薬剤でも極量の 6 錠/ 日が必要な症例や,数種類の筋弛緩薬の併用が 必要な場合も多い。これらの筋弛緩剤の効果が 不十分の場合には,精神安定剤や芍薬甘草湯な どの漢方薬の併用も行なった。筋弛緩薬および その他の薬剤の選択やその投与量の決定には症 例毎に検討する必要があり,各薬剤の特徴を把

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 また,めまいの早期改善,再発防止のために は,正確な診断に基づく患者への必要かつ十分 な説明がなされ,自身の頚の状態を患者本人に 納得させる必要がある。その上で,無理な頚の 姿勢を長時間継続させないようにすることな ど,頚に過度の負担がかからないようにするた めの生活指導が重要である。本研究でのめまい 症例において,治療により高い寛解率を示した ことは,適切な薬物治療だけではなく徹底した 生活指導も寄与していると思われた。  頚椎・頚髄疾患を根底にして,頚に過度の負 担がかかる現代の生活パターンの繰り返しでめ まいが誘発される。頚・肩筋群,側頭筋の過緊 張があれば,それを治療することで, 1 週間以 内 にめまいを 改 善 することが 可 能 である。ま た,患者に自身の頚椎・頚髄の状態を納得させ て,頚の姿勢に長時間に渡って過度の負担をか けている日常生活上の習慣を改めるように助言 することも極めて重要である。この頚性めまい こそが,重要な現代病であり,かつ治療可能な 疾患であることを強調したい。 謝     辞  本研究に関し,貴重なご助言を頂いた新潟大学脳研 究所脳神経外科,福多真史先生に深謝申し上げます。 著者の COI 開示  本論文発表内容に関連して特に申告なし。 文     献 1 ) 小松崎篤.頚性めまい.めまい診断基準化のため の資料─1987年めまい診断基準化委員会答申書. Equilibrium Res. 1995;11:54. 2 ) 近藤明直.頚性めまい─診断と治療.脳神経外科 速報 2009;19(2):203─207. 3 ) 二木 隆.めまいの診かた・考えかた.医学書院,

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Importance of Cervicogenic Dizziness

Sho TAKAHASHI*

  To determine the exact cause of dizziness and/or vertigo, 1000 outpatients were retrospec-tively studied. The most common diagnosis in all of the analyzed cases was cervicogenic dizzi-ness (89%). Among these cases, 600 (67%) underwent magnetic resonance imaging of the cervi-cal spine, and 542 of these (90%) showed presence of a narrow spinal canal. It was important to measure the anteroposterior diameter of the spinal canal in each case and to have an accurate diagnosis based on diagnostic criteria. Dizziness and/or vertigo develop because of long-term, inappropriate neck posture in the presence of some kind of cervical disease. Triggers of dizzi-ness and/or vertigo were different in men and women and in each generation. In elderly wom-en, the characteristic trigger was long-term farming, gardening, weeding. About 79% of the cases were accompanied by stiff neck and shoulder; therefore, selection of appropriate muscle relaxants at appropriate doses as well as proper advice to patients regarding neck posture and lifestyle are very important in the treatment of cervicogenic dizziness. The results of this study emphasize the importance of cervicogenic dizziness as a cause of dizziness and/or vertigo that are difficult to cure.

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参照

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