日本のアジア外交戦略:安保,通商,金融における 多国間主義の進展と展望
寺田 貴*
戦後の安全保障,通商,金融の分野におけるアジアの協力枠組みは基本的に 2 国間を中心に 展開されてきたが,2010 年あたりから多国間地域協力枠組みの進展も顕著になりつつある。
安全保障では東アジアサミットが南シナ海などの領海域問題について法の遵守を進める枠組み として,自由化の動きに関しては環太平洋経済連携協定や東アジアの地域統合枠組みである包 括的地域経済連携協定などで地域統合交渉が進んでいる。金融協力では,2 国間通貨スワップ 協定のネットワークでしかなかったCMIが 2010 年に多国間化されてCMIMと称される一方,
域内国のマクロ経済監視・分析を行うためASEAN+3 マクロ経済リサーチ・オフィスも設置さ れるなど,多国間機能の充実が目覚ましい。本論では,2 国間主義中心のアジア協力が多国間 主義を包含するようになった最大の要因を米国のアジア戦略,特に多国間主義への傾斜に求め,
さらにそれは中国の台頭により生じているととらえる。つまり米中の大国間競争が安保,通商,
金融の分野で展開され,そのため米国が他国の協力を得て中国の台頭に対応する意思を強めて いることが,アジアの多国間協力の推進に寄与していると結論付ける。最後に日本のアジア外 交における多国間主義の追及はその構造転換への呼応行動であることを論じながら,その戦略 として多数派形成行動が重要であることを示す。
キーワード:多国間主義,地域統合,金融協力,地域安保対話 JEL Classification:F52,F53,F55
Ⅰ.はじめに
要 約
“The era of bilateralism is over”(2 国間主義の時 代は終わった)と当時の通商産業省が喧伝した のは,マーケットシェアの確約などの数値目標 を巡って交渉が難航した日米自動車交渉や日米 半導体交渉など,1970 年代から続く日米貿易 摩擦を乗り越えた 1990 年代後半にさしかかる 時期であった(坂本 2000)。しかし日本の外交,
特にアジア太平洋においては,2 国間主義は必 ずしも終焉を迎えたわけではなく,現実はむし ろそれを中心に展開されてきた。 安全保障に 関しては,アメリカを中心とした「ハブ・アン ド・スポークス」体制の中で,日米安保条約は 日本の防衛のみならず,アジア太平洋地域の安 定に不可欠な機能を果たしているとの評価を得
* 同志社大学法学部教授
ている。通産省(現経済産業省)や外務省の管 轄である通商外交においても,2000 年以来 2 国間自由貿易協定(Free Trade Agreement: FTA)
を積極的に推進してきた。またアジア通貨危機 の後,大蔵省(現財務省)はアジア通貨基金
(Asian Monetary Fund: AMF)を提唱するものの,
アメリカの反対に遭い実現できなかったが,
2000 年にチェンマイ・イニシアチブ(Chiang Mai Initiative: CMI)の設立において中心的な役 割を担い,2 国間通貨スワップ協定が東アジア 諸国間で多数締結されるに至っている。このよ うに,安全保障,通商,金融の分野におけるア ジアの協力枠組みは基本的に 2 国間を中心に展 開され,日本はむしろその構造を推し進めてき た中心国であった。
しかしながら最近は,このような 2 国間中心 のアジア協力枠組みにおいて,多国間外交も本 格的に追及される環境が整いつつある。安全保 障 で は, オ バ マ 政 権 に な っ て ア メ リ カ は ASEAN地 域 フ ォ ー ラ ム(ASEAN Regional Forum: ARF) や 東 ア ジ ア サ ミ ッ ト(East Asia Summit: EAS)に積極的に関与するようになり,
中国の攻撃的な行動が目立つ南シナ海の領海域 問題について,法の遵守をいう観点から他の 国々と圧力をかけるようになってきた。FTA に 関 し て も 環 太 平 洋 経 済 連 携 協 定(Trans Pacific Partnership: TPP)や東アジアの地域統合 枠 組 み で あ る 包 括 的 地 域 経 済 連 携 協 定
(Regional Comprehensive Economic Partnership:
RCEP)など,多国間の地域統合交渉がなされ ている。金融協力では,2 国間通貨スワップ協 定のネットワークでしかなかったCMIが 2010 年 に 多 国 間 化 さ れ(CMIM), 同 年 5 月 の ASEAN+3 財務大臣会議では,リスクを早期に 発 見 地 域 経 済 の 監 視・ 分 析 を 行 う た め,
ASEAN+3 マ ク ロ 経 済 リ サ ー チ・ オ フ ィ ス
(ASEAN Macroeconomic Research Office:
AMRO)に関する詳細事項にも合意,地域金融 協力を効率よく機能させるための基盤整備が進 んでいる。
本論では,2 国間主義中心のアジア協力が多
国間主義を包含するようになった最大の要因を アメリカのアジア多国間主義への傾斜に求め,
さらにそれは中国の台頭により生じているとと らえる。つまり,米中の大国間競争が安保,通 商,金融の分野で展開され,そのためアメリカ が他国の協力を得て中国の台頭に対応する意思 を強めていることが,アジアの多国間協力の推 進に寄与していると結論付け,日本のアジア外 交における多国間主義の追及はその構造転換へ の呼応に拠る。多国間主義の主要な特徴として 1)超大国といえども,利益を分かち合う諸国 との連合形成が必要であり,そのため力が分散 されて超大国以外の国々の利益も反映されやす くなり,2)特に力が拮抗する 2 つの超大国が 存在するとき,その次に力を持つ国がキャステ ィングボートを握ることが可能となる点であ る。日本のアジア多国間主義での戦略は,この 連合形成に必ず関与し,キャスティングボート を握る国となることが,自らの利益を実現する 上で最善の方策である。ただし分野によっては 米国の関与の度合いも異なるため,日本の政策 もおのずとその影響を受ける点は考慮すべきで あろう。例えば安保分野ではアメリカとの同盟 関係を鑑み,中国との尖閣諸島をめぐる対立か らEASでもアメリカの立場を支持するべきで はあるが,通商ではできるだけ多くの市場を獲 得する必要性から,TPPに加えてRCEPや日中 韓FTAなどアメリカが参加しない枠組みにも 積極的に参加すべきである。アメリカが参加し ない多国間金融協力では,かつては拠出額など をめぐり中国とは競争関係にはあったものの,
ドル依存からの脱却など両国の共通する利益か ら日中間の 2 国間協力も進んでおり,AMRO の充実など両国で協力して進めていくべき分野 も多いことから,その範囲を 2 国間から域内協 力へと進めるべきである。つまり,アジア外交 において自らの利益を実現するためには,安保,
通商,金融と米中との距離の取り方が異なるア ジア多国間外交の展開が必要であると結論付け られよう。
2008 年に発生したリーマン・ショック以降 の中国の国際政治経済での行動はもはや台頭で はなく超大国化とみなすべきである。国連常任 理事国のステータスや核保有等に見られるよう な,従来中国が保持してきた政治的,軍事的影 響力に加え,継続的な高い経済成長率を誇る経 済大国としての地位も享受するようになり,そ の行動が政治と経済の両面においてグローバル 規模で影響を与える国となった。そのような超 大国化する中国が近年,特に重視してきたのが 東アジア外交である。2000 年代,東アジアに おける中国の善隣または安堵外交(Kurlantzick 2006)の成果は,ASEAN+1 のFTAや東南アジ ア友好修好条約(Treaty of Amity of Cooperation:
TAC)の迅速な締結など,日本が当初行わなか った政策を推し進めた点で異彩を放っていた。
その重要な目的は,地域に展開する軍事および 外交活動に対する懸念や脅威感を取り除き,そ の 台 頭 そ の も の を 脱 安 全 保 障 化(de- securitization)することにあった(Goh 2007)。
そこには「ASEANデバィド」と称され,発展 の遅れたインドシナ諸国と元来のメンバー間と の 経 済 格 差 是 正 が 最 重 要 課 題 と な っ て い た
ASEANの経済開発に対する,中国の積極的な
関与も含まれていた。1997 年のアジア通貨危 機以降,中国(雲南省と広西チワン族自治区)
はインドシナ 4 カ国にタイを加えた「大メコン 圏開発協力プログラム」を立ち上げ,特に交通 や通信などの分野への開発援助を活発に行って いる。その結果,2001 年から 09 年の間に,中 国の両省とミャンマーの貿易量は 5 倍,ラオス で 11 倍,タイで 6.5 倍など,その経済相互依 存関係は深まり(Su 2012),後述のように,こ れらの国での中国の影響力を強める結果をもた らしている。
このような中国の東アジア積極外交の重要な 目的の一つは,東アジアを自らにとって好まし い地域へと進展させ,アメリカのような大国か らの圧力に対する盾としての機能を持たせるこ とにある(Zhang and Tang 2005)。その重要な 方策の一つは上に述べた経済外交の推進であ る。元国務次官補代理のフロストはあえて商業 外交(commercial diplomacy)との呼称を用い,
その目的を市場へのアクセスといった経済力の 使用を通じて安全保障を含む非経済分野での影 響力拡大にあるとしている(Frost 2007)。実際,
東アジアに位置するアメリカの同盟国の対中貿 易依存度は劇的に高まっており,日本の対米貿 易依存度が,同期間中 27.1%から 13.7%に下が っている一方,対中貿易依存度は 1999 年の 9.1
%から 2009 年には 20.5%と急上昇している。
同期間の韓国では,対中依存度が 8.6%から 20.2%,対米依存度が 20.7%から 9.6%であり,
オーストラリアでも対中が 5.7%から 19.7%,
対米は 15.8%から 8.1%と,主要同盟国貿易に おける米中の比重は 2000 年代の 10 年間で逆転 している(山本 2012)。李肇星外相(当時)は「与 隣為善,以隣為伴(隣国との良好で隣国をパー トナーとする)方針」と「睦隣,安隣,富隣(隣 国と睦み,隣国と安全に,隣国とともに豊かに なる)政策」の基づく善隣外交の推進を 2005 年に発表しているが(『人民日報』2005 年 8 月 23 日),これは石(2003)の論じる「経済発展 に有利な国際環境」の確保,とりわけ周辺諸国 との安定した友好関係の構築が,中国外交の重 要な目的として設定されたことを意味する。つ まり改革開放以降の中国は「経済発展を最優先 する」ため,「平和的な周辺環境の確保は喫緊 の課題」であった(青山 2011)。
しかしながら,2006 年以降,経済発展を中
Ⅱ.中国の東アジア戦略と地域安保
心に論じられてきた中国の国益の概念に,国家 主権や安全と言う概念が加わるようになった。
同年 8 月の中央外事工作会議において胡主席は
「中国の外交は国家の主権,安全,発展利益の 擁護のための役割を果たすべきだ」と発言した が,これが翌年の共産党第 17 回党大会で採択 される「国家の主権,安全,発展利益の擁護」
という新たなスローガンにつながっていると,
青山(2011)は指摘する。しかし,その「擁護」
に必要な軍事力を備えるための国防費は,それ 以前から増加し続けており,公表されている部 分だけでも過去 20 年間で二桁の伸び率を示し,
非公開部分ではそれをさらに上回ると言われて いる。結果,2012 年予算案では,国防費が前 年比 11.2%増の 6,702 億元(約 8.7 兆億円)で,
2 年連続で 2 桁の伸びとなることが明らかにな る な ど(『 日 本 経 済 新 聞 』2012 年 3 月 5 日 ),
この傾向に歯止めがかかっていない。さらに中 国の軍事的台頭の象徴的な出来事としてロス
(Ross 2009)は空母建造を挙げ,それが東アジ ア海域における攻撃戦力投下能力の増強に中国 が関心を持っている証拠だとし,アメリカの安 全保障や地域のパワーバランスに影響を与えて いることを論じている。またク―(Khoo 2011)
は,日本,韓国,台湾で収集した世論データに 基づき,北東アジアにおいて中国の台頭に対す る警戒がすでに既成事実として非常に高いレベ ルで存在するとし,中国が拡大する自らの軍事 能力をどのように使用するのかという懸念こそ が,域内諸国がアメリカの地域プレゼンスを望 む主要因だと分析している。
このような域内諸国の懸念をさらに高める要 因となったのが南シナ海問題であった。同海域 は中国,フィリピン,ベトナム,台湾,マレー シア,ブルネイが,各々の領有権を主張してい るが,特に中国は「9 点線(9-dashed line)」と 称される同海の約 9 割を占める広範な領有権を 歴史的根拠によって主張している。これらは各 国の主張する領海や排他的経済水域(Exclusive Economic Zone: EEZ)と広範囲で重なっている
が,中国は主権に関する領海域問題は交渉の余 地はないと宣言し,国連海洋法条約(United Nations Convention on the Law of the Sea:
UNCLOS)に従う意思を示していない。
2011 年に出された第 12 次 5 カ年計画におい て,中国は「海洋発展戦略を策定・実施し,海 洋開発,コントロール,総合的な管理能力を向 上させる」という方針を打ち出したが,その背 景として,経済の持続的発展にとって海洋が重 要であるとの認識が強まっていることが挙げら れる。たとえば中国の対外原油依存度は 2009 年には 50%を超えており,持続的な経済発展 に不可欠である資源を自力で確保することを重 視する中国は,この状況を懸念している(増田 2012)。天然資源の埋蔵量については諸説ある ものの ,中国国土資源省の内部資料では南シ ナ海の石油埋蔵量は推定 230 億から 300 億トン とされており,それでも「中国の全埋蔵量の 3 分の 1」に当たることから,「世界 4 大海洋油 田の一つであり,積極的な開発に乗り出すべき だ」との意見が中国国内で聞かれる。2001 年 からの 10 年間で,中国の第一次エネルギー消 費量の年平均伸び率は 10%を超え(『日本経済 新聞』2012 年 1 月 1 日),それだけに南シナ海 の豊富な資源は重要とみなされていた。そのた め 2011 年 5 月,中国国家海洋局所属の「海監」
船がベトナムの資源探査船の調査用ケーブルを 切断し,翌月にもベトナムの資源調査船に対し 中国船が妨害行為を行う(防衛省 2012)など,
他国との関係を悪化させてもその権益を守ろう としている。また,世界の商品貿易の約 9 割を 占める海上貿易中,重量ベースで約半分が南シ ナ海を通過していることから,沿岸国以外で領 有権問題を有しないアメリカ,日本,韓国,オ ーストラリア,インドにとってもこの海域の安 定や航行の自由は,貿易やエネルギー安全保障 の 観 点 か ら 重 要 視 さ れ て お り,(Cronin et al.
2012),アメリカの多国間安保推進を後押しす ることとなる。
戦後のアジア太平洋地域における安全保障秩 序は,アメリカを中心とした「ハブ・アンド・
スポークス」型の同盟体制で維持されてきてお り,多国間制度が重要な役割を果たしてきたと は言い難い。さらにアメリカの役割はアジア太 平洋における 2 国間同盟システムの設計者とし てだけではなく,市場への特恵的なアクセスを 通じて経済的相互依存関係を構築しながら,南 北朝鮮間,中台間と同様に,日中間のパワーバ ランサーとしての機能をも有していた(Beeson 2007)。しかしオバマ政権になり,アジア多国 間 主 義 へ の 関 与 を 強 め て い く。 そ の 意 思 は 2010 年 2 月に出された 4 年ごとの国防政策見 直 し(Quadrennial Defense Review: QDR) に お いて明確に示されている。そこでは,アジアに おけるアメリカの目的の一つは,多国間制度と 地域情勢に対する統合的アプローチの継続的発 展 を 促 す こ と に あ る と 述 べ ら れ て お り
(Department of Defence 2010),アジアの多国間 アプローチにアメリカの政策的優先順位が置か れたのは 1996 年にQDRが出版されてから初 めてのことであった。ギャノン(Gannon 2011)
によると,2010 年度のQDRには「multilateral (多 国間)」という単語が 17 回も使用されており,
それ以前に 3 度出版されたQDRでは合計して も 3 回であることを考えると,国防総省がアジ ア多国間安保制度に寄せる関心の高さが読み取 れる。また 2004 年以来 7 年ぶりに本格的に改 定された「国家軍事戦略」では,中国の軍拡を 意識したアジア太平洋地域の安全保障環境重視 の方針が前面に出され,アジアの同盟国との軍 事演習等を進めることで米軍のプレゼンスの拡 大を図り,展開能力を強化することを訴え,
「ASEANとの関係を強化する安全保障の機会 を 追 求 す る 」 と 明 示 し た(Department of
Defense 2011)。この方針はさらに,アメリカの 外交政策を「アジア基軸(Asia Pivot)」へと転 換し,アジア太平洋地域の安定においてアメリ カが積極的な役割を果たしていくことを明確に した,オバマ大統領の 2011 年 11 月のキャンベ ラでの演説へとつながっていく。
アメリカの南シナ海問題への直接的な関心が 喚起されたのは 2009 年 3 月,米海軍調査船イ ンペッカブルが南シナ海の公海上で中国艦船に 包囲された上に,中国の管轄海域であるとの警 告を受け,同海域から退去するよう要求される など,中国の強硬な態度に接したときであった
(Marciel 2009)。アメリカの関心は,黄海,東 シナ海同様,南シナ海でも海軍の海洋活動に支 障がでないよう,航行の自由を確保することで あったが(Bader 2012),アメリカが公式に南 シナ海における航行の自由を唱えだすのは,中 国が「核心的利益」を発言したとされる 2010 年 3 月以降であり,それ以前にアメリカ国務省 長官・高官による公式会見において,南シナ海 に関する言及した例はない。当時ホワイトハウ スのアジア上級部長であったベイダー(Bader 2012)も,中国がこれまで押しの強い(assertive)
対外行動をとったことはしばしばあったが,こ の年の中国の行動はそれまで何十年もアメリカ が扱ってきたものとは,明白にその性質が異な ることをアメリカが強く認識していたことを明 らかにしている。
2011 年のアメリカのEAS正式参加がもたら した最も重要な帰結は,EASの性格がより結 果志向の強い機構へと変化したことである。こ のことは,2010 年 1 月での演説にてクリント ン国務長官はEASを「結果志向の協議(results- oriented forum)」に育てる意向を示していたが,
それは,アメリカが東アジアで最も懸念を抱く
Ⅲ.アメリカの対応:多国間安保への傾斜
問題である南シナ海における中国の行動に圧力 をかけるため,議題そのものとして取り上げら れるようになったこと,そして公式声明にもそ の問題の所在が明記されたことに見てとれる。
さらに 2011 年のEASでは,ミャンマーとカン ボジア以外の全てのEAS参加首脳が,南シナ 海問題に触れるなど(Straits Times, 27 November 27 2011),対話を通じた中国包囲網が敷かれ,
「互恵関係に向けた原則に関する東アジアサミ ッ ト 宣 言 」(ASEAN Secretariat 2011) で は,
EASの規範としてアメリカが主張してきた国 際法重視の姿勢が明記されている。その結果,
中国は 2002 年に締結した法的拘束力のない「南 シナ海行動宣言」に代わり,ASEANが要求し ている法的拘束力を有する「南シナ海行動規範」
を作成することを考慮せざるを得ない状況に追
い込まれている(『日本経済新聞』2011 年 11 月 20 日)。
ただし,このようなアメリカによるEASの
変革もASEAN自体が係争当事者でないため,
アメリカの意向を支える体制を整えていない。
例 え ば 2012 年 7 月,ASEANで 合 意 し た「 南 シナ海の 6 原則」1)も争いを解決することには つながっておらず,あくまで 2 カ国間でのみ問 題は扱われるものとする中国の姿勢に影響を与 えていない。さらに,同海の領有権問題に対す る係争国以外の関与に反対する中国の立場を,
中国から支援を得ているラオスやカンボジアな どASEAN加盟国も支持しており2),ASEAN が一枚岩ではない事こそが,中国がこの問題で 何ら妥協を示さない要因となっている。
表1に示したように,南シナ海においては中 国の強硬な行動とそれへのアメリカの対応がよ り顕著になる中,アジアにおける安保多国間主 義の役割は高まってきた。日本は南シナ海問題 には直接は関与していないが,法的根拠が明確 でない南シナ海を自国領と主張し強硬な態度を 取る中国が,このまま何の制限も課されなかっ た場合,尖閣諸島などの東シナ海の問題にもそ の影響が及ぶのではないかとの懸念を抱いてい る。そのため防衛省幹部は「自衛隊は…南シナ 海でも航行の自由を重視する米軍と共同歩調を
とる」と発言したり(『朝日新聞』2011 年 7 月 8 日),外務省が専門家間で海洋安保を協議す るための「東アジア海洋フォーラム」の開催を 提案したりしている。また,2011 年のEASの 共同文書に,アメリカが唱える 1)航行の自由,
2)国際法の遵守,3)紛争の平和的解決を明記 するようにも強く働きかけ(『朝日新聞』2011 年 11 月 6 日 ),2012 年 10 月 に 開 催 さ れ た
「ASEAN海洋フォーラム」での基調演説にお いても鶴岡公二外務審議官が「『力は正義』を 正当化すべきではない」と中国をけん制する姿
Ⅳ.日本の選択肢
1 )その内容は,1)南シナ海に関する行動宣言(2002 年)の完全実行;2)南シナ海に関する行動宣言(2011 年)のガイドライン;3)南シナ海に関する地域の行動規範の早期採決;4)1982 年国連海洋法条約(UNCLOS)
を含む,普遍的に承認された国際法原則の遵守;5)全当事国の継続した自粛及び武力不行使;6)UNCLOS を含む,普遍的に承認された国際法原則に基づく,問題の平和的解決,である。
2 )例えば 2012 年 7 月の ASEAN 外相会議において,議長国カンボジアが同会議で南シナ海問題について一切
の言及を許さなかったことに不満を募らせたフィリピンは,「中国の同盟国である」カンボジアの責任を追
及している( BBC News, 1 August 2012)。これに対し中国政府は「中国が ASEAN と良好な協力関係を維持す
るためにカンボジアが担った ASEAN 議長国としての役割にも謝意」を示している(『ロイター』2012 年 9
月 4 日)。
年 月 出来事
1958 9 『中華人民共和国政府の領海に関する声明』において東沙,西沙,中沙,南沙各諸島の領有を中国 が主張
1974 1 当時ベトナムが領有していた西沙諸島のいくつかを中国が攻略
1988 中国とベトナムの海軍がスプラトリー諸島のサウスジョンソン礁をめぐり,武力衝突。ベトナムに 80 名に上る死者が出た。
1992 中国が領海法制定
ASEAN諸国は南シナ海に関するASEAN宣言を採択。東南アジア平和友好条約の原則に則り南シ
ナ海における行動原則を策定する方針を定める
1995 中国はミスチーフ礁における建造物構築。1998 年から 1999 年にかけて鉄筋コンクリート製の恒久 的軍事施設へと改修。
銭其琛外交部長がASEAN外相に以下の点を語る(平松 2002)。
(1)中国は南沙諸島とその周辺海域で争われるべき主権問題を有していない。
(2)中国は,平和的な話し合いを通じて,関連する係争点を解決する。
(3)「擱置争議,共同開発」の方針は南沙諸島で係争を処理する現実的な方法である。
(4)中国は係争を有する国家との 2 国間協議を望んでおり,多国間協議は不適切である。
(5)中国は南シナ海の航行の安全と自由通航を重視しており何らの問題も生じないと信じている。
(6)アメリカは南沙諸島との根本的に関係がなく,介入する何らの理由もない。
2002 11 ASEANと中国の首脳会議で,領有権問題の平和的解決へ向けた「南シナ海における関係国の行動
宣言」署名
2004 中国海洋石油とフィリピン国家石油の共同調査
2005 中国海洋石油とフィリピン国家石油の共同調査にベトナム石油ガス公社も加わって,南シナ海の海 底石油・ガス資源の探索が行われた(2008 年に頓挫)
2007 スプラトリー諸島でベトナム議会議員を選出する選挙を実施。
11 中国は西沙諸島で軍事演習
12 中国は南沙諸島を含む「三沙市」の設立を承認。反発した民衆によるデモがベトナムで発生 2008 陳水扁台湾総統(当時)が南沙諸島の太平島を視察
2009 2 フィリピンの「諸島基線画定法」の制定。中国,台湾,ベトナムが抗議
3 米海軍調査船インペッカブルが南シナ海公海上で中国艦船に包囲され,進路妨害を受けた。中国は 自国管轄海域であると警告し,同海域から退去するよう要求。
3 マレーシアのアブドゥッラ首相がスワロー礁を訪問。マレーシアの領域主権を宣言。
5 ベトナムはマレーシアと共同で国連海洋法条約附属書Ⅱ第 1 条に基づいて設置された大陸棚限界委 員会に,南シナ海中部南方域について 200 カイリを越える大陸棚の限界設定を申請
11 中国海南省政府が西沙諸島内の一部の島に村民委員会を設立すると決定。ベトナムが「領有権を侵 害する行為である」と非難
11 中国が西沙諸島に漁業監視船を派遣。ベトナムは重大な主権侵害であると抗議
2010 3 スタインバーグ米国務副長官らが訪中した際,中国政府高官が南シナ海を「核心的利益」と位置づ ける中国の方針を米側に伝達したとされる。
4 マレーシア海軍艦艇と航空機が中国の漁業監視船を追跡する事件が発生
7 ハノイで開催された第 17 回ARF閣僚会合で,クリントン国務長官は,南シナ海における航行の自 由はアメリカの国益であることを強調し,「アメリカは「南シナ海行動宣言」に則したイニシアテ ィブや信頼醸成措置を促進する用意がある」と述べた
9 南シナ海でベトナム漁船が中国当局によって拿捕,乗組員 9 人が拘束される。
10 拡大ASEAN国防相会議(ADMM+ 8)において,各国から南シナ海問題の平和的な解決を望む旨
の言及
表1 南シナ海を巡る主な出来事
年 月 出来事
10 ASEAN関連首脳会議の場で温家宝首相が南シナ海を「友好と協力の海」と呼び,対話による問題
解決を定めた南シナ海行動宣言の「履行に真剣に取り組む」と表明
10 ASEANと中国の首脳会議で,「南シナ海行動宣言」(2002 年)の履行に向けた努力のほか,「南シ
ナ海における地域行動規範」の策定に向け,合意を基本として作業を行う方針を確認
2011 1 ベトナム共産党第 11 回党大会の政治報告は安全保障上の未解決問題として「経済発展と国防・治 安維持力の強化,特に領海,島嶼といった戦略的地域の防衛との結合」をあげ,今後の国防強化策 の一つとして「領海,国境,領空の主権の防衛」に言及。
2 中国海軍が西沙諸島内で軍事演習を行う。ベトナム政府は「ベトナムの主権侵害であり,南シナ海 行動宣言に違反する」と中国に抗議
3 リード・バンク付近で石油資源探査を行っていたフィリピンの調査船が中国当局船によって退去命 令などを受ける。フィリピンは自国の排他的経済水域における活動を妨害されたとして中国に対し て抗議
4 マレーシア紙「スター」のインタビューで,温首相は領土問題は二国間の問題である事を強調,多 国間枠組みにおいて 2 国間の問題を扱う事に反対する姿勢を示した。
5 第 5 回ASEAN国防相会議の共同宣言が南シナ海問題に初めて言及,「南シナ海における関係国の 行動宣言」の完全な履行や「南シナ海における地域行動規範」の策定作業の推進,航行の自由の重 要性などを盛り込む
5 南沙諸島におけるベトナム国会議員選挙をめぐって,中国が「南沙諸島に対する一方的な行動は中 国の主権を侵害し非合法かつ無効であり,南シナ海における行動宣言の精神に反する」と非難。ベ トナムは「内政問題である」として反発
5 南沙諸島の周辺海域西方において中国が標柱などの新たな建造物を設置する動き。フィリピンは中 国に対して重大な懸念を表明
5 南沙諸島周辺海域で操業中のベトナム漁船が中国当局船から威嚇射撃を受けた。調査用に敷設して いたケーブルを切断。ベトナム国内では反中感情が高まり,市民による抗議デモが発生
5 梁光烈国防部長がフィリピンを訪問してガズミン国防相・アキノ大統領と会談。両国は南シナ海問 題の平和的解決を目指すことで合意
6 シャングリラ・ダイアログにて,ゲーツ国防長官が米海軍最新鋭艦である沿海域戦闘艦(LCS)を シンガポールに配備することを宣言
6 ベトナムは同国沖で大規模な軍事演習を実施,中国を牽制する姿勢を示す。
6 日米外務・防衛担当閣僚会合(2 プラス 2)にて航行の自由と海洋の安全保障の維持を共通戦略目 標とし,日米豪,日米韓,日米印,日米ASEANの多国間協力強化を明記
7 ASEANと中国の次官級高級事務レベル協議で,「南シナ海行動宣言」(2002 年)の履行へ向け協力
の在り方を定めるガイドラインで合意 7 日米豪による初の南シナ海における共同訓練
11 第 3 回米・ASEAN首脳会合では海洋の安全保障に関して国際法の順守及び航行の自由に関する共 通利益を確認する共同声明を発表
11 EASでは,中国が事前に消極的な姿勢を示していたにも関わらず,海洋の安全保障が,不拡散,人 道支援・災害救援と共に議題に加え,南シナ海問題に対するアメリカの立場を支持する意見が多く 示された。
2012 4 スカボロー礁(中国名・黄岩島)で中国とフィリピンの艦船のにらみ合い始まる(10 日)フォー ムの終わり
6 ベトナム国会が海洋法可決(21 日)フォームの終わり
7 ASEAN外相会議,南シナ海をめぐる文言で合意できず,共同声明をまとめられないまま閉幕(13 日)
フォームの終わり
7 中国,三沙市への警備区設置を決定(19 日),同市発足(24 日)フォームの終わり
7 ASEAN,加盟 10 カ国で合意した「南シナ海の 6 原則」の外相声明発表(20 日)フォームの終わり
8 中国,南シナ海での禁漁を解く(1 日)フォームの終わり
勢を明確にしている(『日本経済新聞』2012 年 10 月 6 日)。しかし,中国は日本の提案する海 洋ルール策定について「南進戦略」だとし,「中 国が竹島問題に関与して,国際会議で韓国を支 持したら日本は嫌だろう。当事国以外は黙って おくべきだ」(『朝日新聞』2011 年 11 月 6 日)
と反発している。ASEANもまた同海域での自 らの主導性が失われることへの懸念を強めたた め,日本の提案が既存の「ASEAN海洋フォー ラム」にとって代わることを支持しなかった。
つまり,日本自身が南シナ海問題に関する多国 間主義において重要な役割を担えているわけで はない。
先に述べたようにEASなどのアジア多国間 安保制度において,アメリカの意向どおり南シ ナ海問題という議題は導入されたものの,中国 の行動を規定する法的規範の導入は実現してい ない。中国とカンボジアには援助国と受け入れ 国という経済相互関係が存在し,2015 年,同
様 に 中 国 よ り 多 く の 支 援 を 受 け る ラ オ ス が
ASEAN議長国となるため,中国の意向を汲ん
で会議を運営すれば,今後も中国がASEAN会 議において自らの主張を崩さない状況を招くこ とは予想できる。それを防ぐには,アメリカが 2014 年度ASEAN議長国であるミャンマーに 対して行ったように,翌 2015 年の議長国であ るラオスとの戦略的関係をアメリカと共に日本 も築き,ラオスが中国よりのスタンスを取って
ASEANが割れないようにする努力を継続する
ことが肝要であろう。また,中国は主権に関す る同問題は交渉の余地はないとしUNCLOSの 規定に従う意思を示していない。アメリカも
UNCLOSに未加盟であるため,中国に対して
国際法遵守を訴えるものの,説得力を欠く状況 である。日本はアメリカに対して,できるだけ 早く議会批准を得るよう働きかけ,領海域問題 に関して両国が共同歩調を取れる道筋を作るこ とが重要である。
アジア多国間協力が進む 2 つ目の分野は地域 統合である。アメリカのTPP参加による正式 交渉が開始する 2010 年までのアジア太平洋の 地域統合の動きは,2 国間FTAの拡散によっ て特徴づけられる。それは 1)日本を中心とし た東南アジア各国との 2 国間FTA,2)ASEAN を中心としたASEAN+1FTA(日本,中国,韓国,
インド,オーストラリア・ニュージーランドの 5 つ),3)中国を中心とした北東アジアでの FTA,4)韓国が引き起こす東アジアを超えた
欧米とのFTA,と 4 つのタイプに分けること
が可能である。その一方でこうした 2 国間FTA が拡散する状況下では,これらFTAの間で関 税撤廃品目の範囲や自由化期限にずれが生じ,
FTA利 用 者 で あ る 多 国 籍 企 業 が ど の 2 国 間 FTAが最も費用削減に効果的かを判断するこ
とを難しくしている。特に東南アジアでは,同 一品目に異なるルールが適用される「スパゲテ ィボウル」現象(Bhagwati 2008)が最も顕著 に見られる地域の 1 つであり,この 2 国間FTA の「線」を地域統合の「面」へと変化させるこ とがこれらの問題解決に有効なアプローチであ った。
その中,2010 年以降アジア太平洋地域は地 域統合枠組みが複数創設されるものの,それぞ れの統合枠組みの内容やルール,参加国数は異 なるといった,地域統合の錯綜時代を迎えてい る。2015 年に経済共同体形成を目指すASEAN に加え,日中韓FTAとASEAN+6 の 16 カ国で 形成されるRCEPが 2013 年より交渉が開始さ れており,2010 年にアメリカ主導で交渉が開 始されたTPPと共に,4 つの地域統合枠組みが
Ⅴ.アジア地域統合
アジア太平洋において交渉を進める状況が生じ ようとしている。このような地域統合の錯綜時 代をもたらした最大の要因は,先の安保多国間 主義同様,米中という世界第 1 位と第 2 位の経 済大国がお互いの影響力拡大を意識し,競争す る形で自らが望む地域統合構想を進めている点 である。つまり米中は通商構造の変化をもたら す国としての役割を担ってきたことになる。さ らに世界第 3 位の経済大国である日本がどちら に加わるのか,あるいはどちらに先に加わるの かといった問題はその統合の規模の拡大につな がることから,錯綜する地域統合の行方に影響 を与えるキャスティングボードを握る国とみな すことができる。つまり,世界の経済大国達が 自らの国益をぶつけ合い,互いの望む地域統合 を進めようとしていることが,アジア太平洋地 域の地域統合の錯綜を招いた要因である。
ここで図1を参照しながら,この大国間競争 による地域統合枠組みの錯綜をより詳しく見て みたい。これまではASEANを中心にした同心 円的統合枠組みの拡大,すなわちASEANから
ASEAN+3,そしてASEAN+6 へと参加国を拡
大 さ せ な が ら, そ れ ぞ れ 首 脳 会 合 を 頂 く
(ASEAN+6 の場合はEAS)別個の地域制度を
設立してきたことの特徴は,ASEANがその中 心に位置付けられていることである。ただ,こ の中心と言う言葉は誤解を招きやすい。なぜな ら,これはASEANが貿易や投資の自由化を積 極的に推進し地域統合を推進していることを意 味しているのではなく,ましてや日中韓など域 外大国を含んだ地域統合構想や工程表を作って いるわけでもない。首脳会合の主催など,会合 の機会を提供するのがASEAN中心性の主要な 機能となっている。特に 2011 年以降,EASに 参加をするためアメリカ大統領は東南アジアを 年に一度は確実に訪れることとなったことで,
米中両国の首脳トップが多国間の場に参加する 機会を提供する機能をASEANは維持してい る。
こ の 地 域 統 合 構 想 の 同 心 円 の 問 題 は,
ASEANが 動 か な い と 域 外 大 国 を 含 ん だ ASEAN+3 もASEAN+6 の統合も動かない点で ある。かつてシンガポールのゴー ・チョクトン 首相(当時)はWTOやAPECなどで自由化を 進めようとしても,それは「最小公約数(lowest common denominator)」ベースとなり,自由化 を望まない国々のために自由化志向の国々の行 動が縛られることになると述べている。それは 図1 アジア太平洋の地域統合の枠組み(2013 年 1 月段階)
(資料)筆者作成。
最も消極的な国が貿易自由化のペースを抑える こととなり,地域統合推進の大きな障害となる
(Terada 2005)。一方的に自由化をしてしまうと,
輸入品の参入に対するハードルを高くしておき ながら,輸出品はハードルを下げた他国の市場 にほぼ自由に出せるという,フリーライダー問 題を生じさせる。特に輸出競合品が多数存在す る場合は,雇用を脅かすため国内政治問題化す る 可 能 性 を 秘 め る。 こ の 点 か ら,5 つ の
ASEAN+1 のFTAが発効されながら,それを収
斂する形で東アジア統合の交渉がこれまで開始 されなかったのは,ハブとしての役割が減じら れることを懸念するめASEANが消極的である ところが大きかった。2011 年 8 月,それまで 東 ア ジ ア 統 合 の 枠 組 み はASEAN+3 か ASEAN+6 で競い合っていた日中が互いに矛を 収 め る 形 で,EAFTA(ASEAN+3),CEPEA
(ASEAN+6)ともに貿易・投資自由化を議論す る作業部会の設置を共同で提案したのも,TPP の交渉は進むものの,ASEANに任していては 東アジアの統合枠組みが進まないことを日中両 国が懸念したことに起因している(筆者インタ ビュー,経済産業省担当官,2011 年 12 月 26 日,
東京)。
しかし,日中韓がASEAN+3 から独立した形 でFTA交渉開始に合意したのは,排他された
ASEANにとって懸念する動きとなった。3 カ国
間でGDPの合計が 7,540 億ドル(2011 年)の 大規模な市場の統一化への交渉が動き出したこ とは,直接投資をひきつける巨大マグネットが
ASEANの近くに出現することを意味し,これに
よりASEANに集まっていた海外からの投資に
陰りが見え,辺境化する可能性も出てきた。こ
れがASEAN統合を急ぎ,直接投資のマグネッ
トの威力を強める意思をASEANが強める要因 であった(Ministry of Foreign Affairs(Singapore),
2012)。その方策はASEAN+1 を結んだ 6 カ国
との間にあるFTAという「線」を解消し,16 か国という東アジア地域統合という「面」によ る自由貿易協定,すなわちRCEPという東アジ ア地域統合を目指す決定をおこなったことであ る。ただ日中韓はこのようなASEANの日中韓 FTAに対する懸念をよく理解しており,中国 の陳徳銘商務部長はFTA交渉開始の発表の場
をASEANが開催するEASにするとし,日中
韓FTA は開かれたものとして交渉する点を強 調,韓国の朴泰鎬通商交渉本部長もその内容な
どをASEAN 側と情報共有することを示してい
る3)。このような「線」から「面」への変化に よって重要な点は,「面」となる広域統合では,
「線」によってそれぞれ異なる原産地規則が統 一されることである。これは累積原産対象国の 拡大を意味し,無関税が適用される製品の数が 増え,そのためのルールが簡素化され,最終的 に輸出拡大に貢献するという利点があり,日本 の経済産業省もこの利点を強調している4)。 ASEANにとって市場を 1 つにする必要性を より強く駆り立てられることになった他方の要 因は,現実に交渉が進むTPPである。図1が 示すようにTPPはASEANを中心とした同心 円を串刺す形でASEANを分断している状況を もたらしている。タイが 2012 年のオバマ大統 領の訪問を受けた際に参加の意向を示したてお り,ASEANからの参加国はシンガポール,ブ ルネイ,ベトナム,マレーシアの 4 カ国から 5 カ国になる可能性が高まっている。これにより 東南アジアで最も開発が遅れるインドシナ 3 カ 国(ミャンマー,ラオス,カンボジア),保護 主義への動きを強めるインドネシアやフィリピ ンが参加しない中,TPPに参加する国々は自由 化の果実とアメリカとの関係発展といった問題 を,ASEAN中心性の維持より優先させたこと となり,ASEANの分裂の印象を強める結果と なった。インドネシアのギタ貿易相は「TPPは
3 )http://www.jetro.go.jp/jfile/report/07001118/asean_economics_minister_meeting.pdf
4 )経済産業省 2012 年。ベトナムは繊維製品の原料となる生糸などのほとんどを中国から輸入しているが,
これでは,例えば ASEAN インド FTA における原産地ルールを満たすことができなかった。しかし,RCEP
が発効すれば,この問題を解決できであろうとの観測がなされている。
Ⅵ.地域統合の錯綜時代における日本の対応
この地域統合錯綜時代において,現在のとこ ろ日本だけがTPPとRCEPそして日中韓FTA のいずれにも参加が決定し,さらにアメリカと のFTAを発表したEUともFTA交渉を 2013 年 に開始している。コメや粗糖など高関税を課す 農産品への打撃を懸念する政治勢力の抵抗が,
これまで日本のFTA進展の大きな足かせであ った。しかし高付加価値品目に特化しつつある 輸出品,サービスや投資の自由化への高い関心 を寄せる企業群,アジア太平洋地域の広範に展 開される生産ネットワーク拠点,平均関税率 3%以下に示される競争力の高い鉱工業品と開 かれた国内市場など,中国や多くのASEANメ ンバーとは,その市場や輸出品の性質において 大きく異なる。しかしながら,例えばサービス 分野の自由化などは,RCEPや日中韓FTAで は進まない可能性が高い。その意味で,不参加 であることのコストが高くなり,結果としてさ らに参加国が増える「クリティカル・マス」を 形成しつつあるTPPへの参加決定は,自らの 貿易と投資に最も大きな利益をもたらすという 意味で重要であった。
その反面,中韓印,インドネシアなどの主要 なアジア諸国はTPPに参加していない。日本 はこれらの国々との貿易量が多く,多くの日系 企業も進出しており,さらに保護指向も強い(例 えば中国は自動車に 25%関税を課している)
ことから,日中韓FTAやRCEPの進展も日本 にとっては重要である。日本にとってこの地域
統合の錯綜時代は,まさに日本経済とビジネス にとって好機であり,それを活かすためにも,
これら 3 つの統合枠組みを別々にとらえるので はなく,一つの大きな通商戦略としてくくり,
それぞれ扱う内容をできるだけ連携させなが ら,RCEPや日中韓FTAの質を高める方策を 考えることである。例えばTPPでの自由化の 交渉を踏まえて,RCEPと日中韓FTAの 3 つ の交渉内容と進捗状況を把握することができる ようになるため,国営企業の扱い,地的財産権,
政府調達,競争政策,環境・労働などTPPで 進む「WTOプラス」項目の中で,何が後の 2 つのFTAにおいて交渉可能なのかを精査し,
両FTAが高い質の統合内容に持っていく上で イニシアティブを取ることが重要である。その 意味で 3 つの統合枠組みの交渉担当者の密な連 絡と 3 つの交渉を統括できる司令塔の存在も必 要となるため,現在進む国家安全保障会議設置 の議論に加え,経済外交の効果的推進のため,
縦割り行政組織に基づく交渉体制の見直しも急 務と言える。その意味で,一貫した交渉体制を 整える意味で日本版通商代表部の設立を,また は首相や官邸が指導性をより発揮しやすくなる 国家経済会議の設置の可能性も意義があること かもしれない。
さらに高い質の地域統合を東アジアで達成す る に は,ASEANの 統 合 支 援 が 急 務 で あ る。
ASEANの統合の度合いはRCEPのそれを決め
る。従って高い質の統合をRCEPが目指すので
ASEANにとって脅威ではない。双方が発展す
るのは良いことで各国がどの枠組みを選ぶかは 国情によって違う」と述べるものの,TPPは「自 由化品目の割合が非常に高く,対象になった品 目の関税撤廃を一気に進める」ため,インドネ シアにとっては「課題が多く…参加予定はない」
と述べている(『日本経済新聞』2011 年 11 月 20 日 )。 こ の 発 言 はTPPの 出 現 に よ り,
ASEAN内で高度な自由化と国内制度改革を進
める意思のある国だけが参加することを示し,
自由化の最小公約数アプローチがもはや適応さ れないことを示している。
あれば,ASEAN統合もそうなる必要がある。
ASEANの特徴は国際経済法上では途上国の集
まりとみなされ,政治,文化上でも一体感を欠 いていることから,「アセアンウェイ」と呼ば れる緩やかなルールを適用し,法的拘束力をで きるだけ避けた自主性を重んじる形で地域協力 を運営してきたことにあった。従って関税撤廃 といった地域の決めごとにも,不履行に対して 罰則が実際に適用されたことはないし,そのた め例外措置を各々が求める素地が確立されてい る。これはTPPなどの例外措置を極力省き,
製造に関する労働や環境基準の設定を含む,極 めて高いレベルでの協力,統合プログラムへの 参加が難しいことを示す。このため「アセアン ウェイ」からの脱却の必要性を訴える声も聞こ え始めており,例えば 2012 年末に 5 年間の任 期を終えたスリン事務総長は「強力な中央集権 メカニズムがなければ,重大事に成り得る問題 のすべてを調整し,調査することは極めて困難 だ 」 と し て(『 ロ イ タ ー』2012 年 8 月 1 日 ),
欧州のような事務局の権限を強め,参加メンバ ーへの縛りを強化する必要性を訴えている。
さらに関税ではなく,例えばインドネシアに 見られる輸入制限,国産品販売の義務付けとい った非関税障壁の問題の多くがASEANでは手 つかずで,各国が維持する貿易と投資に対する 規制ルールの撤廃・緩和に対する統一的なメカ ニズムを欠く状態にある。このためビジネス界 では,ASEANとは,10 カ国が 10 通りの違っ
た経済ルールを持つ緩やかな集まりとの認識も 存在する(Hutagalung 2010)。例えばRCEPの 内容に関してもシンガポールやマレーシアは物 品だけでなくサービス・投資も含めた広範囲の 自由化を要求する一方,自国に安価な中国製品 が流入し対中貿易赤字が膨らむことを懸念する インドネシアは高い自由化率のFTAには反対 の立場をとるなど,その大枠を決めるにおいて も,ASEANはまとまっていない。このように
ASEANが単体の経済アクターをして域外大国
と交渉等で伍する状況をつくるには様々なハー ドルを乗り越えなければならないが,最近は政 治・安全保障上の問題も浮上している。その例 は中国の南シナ海の領域問題に関し,ベトナム やフィリピンなどとの政治的関係が悪化してい ることである。このような政治・安保問題の存 在は,先述の日中韓FTAの問題同様,会議開 催の延期など交渉進展に悪影響を及ぼす可能性 は否定できない。日本の取りうる政策は,メコ ン河流域の流通システムの構築など,ODAを 使いながら,どれを統合により明確にリンクさ せるといった,統合目的のための包括的開発援 助政策が必要となろう。それは先の南シナ海問 題の際にも述べたように,中国が援助を重点的 に強めたラオス等のインドシナ諸国との関係強 化にもつながり,そこにはASEANが中国の意 向を汲んだ形の議会運営を避ける戦略的意味合 いも含む。
Ⅶ.アジアの金融協力と多国間化
アジア協力の多国間化の進展は金融協力にも 見られる。CMIはアメリカやIMFの反対によ り頓挫したAMFの代替制度とみなされるが
(Bowles 2002),大きな相違点は地域ではなく あくまで 2 国間スワップ協定のネットワークで ある点である。さらにAMFで想定していた独
立した監視機能を持つのではなく,借りるとし てもその 9 割(後に 8 割,さらに 6 割)がIMF のコンディショナリティに基づくため,完全に アジア独自の金融協力枠組みとはいえない。加 えて 2 国間ベースであるため,その利用額に限 度があり,危機発生後にはそのパートナー毎に
利用の要請を行わなければならないなど,実用 的ではなかった面もある。
このCMIの多国間化には,アメリカの経済 的失墜を招いたリーマン・ショック,そして 2009 年 10 月にはギリシャが財政赤字と政府債 務の金額を粉飾していたことをきっかけに生じ た欧州財務危機など,欧米経済の失墜が一つの 要因として挙げられる。まず,東アジアでは 1997 年の通貨危機の際,ASEAN諸国はシンガ ポール以外ほとんど外貨準備を持っておらず,
下落する自国通貨を買い支えることができずに 通貨危機を招いたが,現在では東アジア各国は 外貨準備高を十分に保持している。これは,輸 出競争力を高めるため為替市場への介入を通じ て自国通貨の価値を下げるために生じた結果で あって戦略的に増やしてきたわけではないが
(Sussankarn 2011),2011 年 3 月 に お い て ASEAN主要 6 カ国(ベトナムは 2010 年 10 月)
の合計外貨準備高は 7,153 億(約 60 兆円)ド ルで,1997 年のアジア通貨時に比して 4.8 倍と なり,タイが月間平均輸入額の 12 カ月分,イ ンドネシアが 8 カ月と適切な水準とされる 3 カ 月 を 大 き く 上 回 っ て い る(『 日 本 経 済 新 聞 』 2011 年 6 月 6 日)。さらに日中両国を加えると,
アジアは外貨全世界の 3 分の 2 の外貨準備高を 有するなど,ヘッジファンドから自国通貨を守 る意思と国内基盤が整いつつある。
それにもかかわらずIMFの分担金に関して は,欧州 30%,アメリカ 17%に対し,アジア は日本の 6.28%を含めても 20%に過ぎず,IMF での影響力に反映されないことへの不満を抱く アジアの国は多い。IMFがアジアの比重を大き くしないのであれば,アジアは別の選択肢とし てAMF設立を再考すべきとする考えも存在し
(Lim and Tay 2011),アジア通貨危機の際,ア メリカやIMFの意向や処方箋に従わざるを得 なかった東アジアが持つ不満は,リーマン・シ ョックを勃発させた原因がアメリカにあること から一気に噴出した。例えばタイのスッサンカ ーン元財務相は,AMF設立をモラルハザード 論で妨げたアメリカが,リーマン・ショックの
際に大手金融機関や自動車メーカーを救済せざ るを得なかったことを考えれば,そのことがす でに重要な問題ではないことは明らかだとした 上で,「西側諸国やIMFがこの議論を利用して,
(アジアでの)そのような組織の設立を再度妨 げようとするのは…偽善的だ」と批判している
(Sussangkarn 2009)。このような不満が東アジ アの意向をより強く反映した東アジアのための 多国間通貨協力制度であるCMIM設立の機運 を高めることに貢献したと言えよう。
AMF設立にはスワップ協定の拡大と監視制 度の機能は不可欠であった。例えばCMIMは,
基金総額の拡大,複数の交渉から一括交渉への 取りまとめ等から成り,これにより域内の貸し 手として通貨危機の際に多国間支援で対応する ことが可能となる。さらにアジア通貨危機の際 にIMFの支援を受けたことで,緊縮財政を強 いられ倒産や失業率の上昇を招いた経緯から,
CMIMの借り入れの際には,IMFの枠外での 融資の割合(デリンク)を増やすことを含めた 3 点が,CMIの多国間化,すなわち実質上の AMF設立に向けて重要であった。
表 2 はCMIの 多 国 間 の 動 き を 中 心 に ASEAN+3 財務相会合での決定事項を示してい るが,初めてCMIの多国間化が明確な目標と して掲げられたのは,2006 年のハイデラバー ドでの会合であった。同年のASEAN+3 財務相 会議の共同声明に「CMIの多国間化」という 言葉が初めて盛り込まれたが,翌年の京都での 同会議ではさらに,外貨準備高の一部を共同管 理の別勘定にプールし,参加国で通貨危機が発 生した際には迅速にこの勘定から拠出,通貨を 買い支える資金を提供する仕組みとすることが 決定されている。この措置によりCMIMの実 効性が高まるとともに,ヘッジファンドなどの 投機に対し,けん制効果があるとの評価もなさ れた(『読売新聞』2007 年 5 月 6 日)。さらに この京都会議では,総額が従来の 365 億ドルか ら 800 億ドルへと拡充され,またそれまで 2 カ 国 間 協 定 を 結 ん で い な か っ た 国 を 含 む ASEAN+3 の全 13 か国が参加する見通しとな
時期・場所 主な決議事項 第 2 回(2000.5)
チェンマイ
チェンマイ・イニシアチブに合意
資本フローのモニタリングにASEAN+3 の枠組みを利用合意
サーベイランス促進の連絡網作り合意
研究・研修機関ネット作り合意 第 4 回(2001.5)
ホノルル
3 年以内にCMIの 2 国間スワップ取り極め(BSA)の基本原則見直し合意
2 国間資本フローに関する自発的情報交換に合意
経済レビュー・政策対話に関する検討部会設置に合意
早期警戒システム(EWS)取り組み合意 第 5 回(2002.5)
上海
経済レビュー・政策対話(ERPD)検討部会を 2 回開催。財務省・中銀総裁代理が今後毎年 会合(第 1 回 02 年 4 月開催)
2 国間資本フロー監視に 7 カ国合意
域内EWS開発のためアジア開発銀行(ADB)技術支援 第 6 回(2003.8)
マニラ
CMIのBSAが年末までに完成見込み
ASEAN+3 の政策対話強化に合意
経済レビュー・政策対話のための金融協力基金設立に合意
域内債券市場育成(ABMI)強化に合意
域内の金融安定促進のため研究グループ設置,2 つの研究テーマに合意
EWSとABMI実施にADB技術支援 第 7 回(2004.5)
済州島
CMIのBSAは 16 件,365 億ドルへ。有効性強化のため見直しに合意
ABMIに 6 作業グループ(WG)とWG調整のためのABMIフォーカル・グループ設立
ADBが「信用保証と決済メカニズムに関する調査」実施を支援
情報発信のためアジア・ボンド・ウェブサイト(ABW)立ち上げ
第 1 回研究グループ会合(04 年 3 月)に続き,4 つの研究テーマに合意 第 8 回(2005.5)
イスタンブール
CMI:経済サーベイランスとの統合,集団的意思決定メカニズム確立,規模の拡大など強 化策 4 項目に合意
ABMI:バスケット通貨建て債券の研究などに合意。「ロードマップ」合意
研究グループ:3 テーマに合意 第 9 回(2006.5)
ハイデラバード
CMI:集団的意思決定手続きの導入,経済サーベイランス能力強化,スワップ総額 750 億 ドルへ拡大。CMIの将来像検討のため「タスク・フォース」設置
ABMI:現地通貨建て債券発行など多様化と規模の拡大
研究グループ:2 テーマに合意
IMFでの過小代表是正を要請 第 10 回(2007.5)
京都
CMIのBSAは 16 件,800 億ドルへ拡大
CMIを発展させ,多国間で外貨準備の一定額をプールする新しい枠組み(CMIM)で合意 第 11 回(2008.5)
マドリード
CMI:800 億ドル
資金貢献割合をASEAN20%,日中韓は 80%に合意。
第 12 回(2009.5)
バリ
CMI:1,200 億ドルへ拡大
CMIMの全ての項目に合意(各国の資金貢献,借入含む)
早期の独立地域的サーベイランスユニットの設立に合意 第 13 回(2010.5)
タシケント
CMIM:ASEAN+3 マクロ経済リサーチ・オフィス(AMRO)の全ての主要項目に合意
ABMI:ASEAN+3 債券市場フォーラム(ABMF)設置を承認
ASEAN+3 金融協力の将来の優先課題に関するタスク・フォースの設置に合意 第 14 回(2011.5)
ハノイ
CMIM:「CMIM有効性向上のための実務ガイドライン」を承認,AMROの国際機関への 法的地位向上の研究開始
2012 年から「ASEAN+3 財務大臣・中央銀行総裁会議」へと名称変更 第 15 回(2012.5)
マニラ
CMIM外貨融通網の資金枠を 2,400 億ドルに倍増
IMFのデリンク割合を従来の 20%から 2014 年に 40%まで引き上げ
危機の発生前に,予防的に資金注入できる仕組みの導入 表2 ASEAN+3 財務大臣会議
(資料)村瀬(2007)を基にアップデート
った。2009 年のバリ会議では 1,200 億ドル,そ して 2012 年のマニラ会議では 2,400 億ドルと,
利用可能な総額は増加の一途をたどっている。
アジア通貨危機の際,IMFがまとめた 3 つの国 への支援パッケージの総額が 1,167 億ドルであ ったことから,CMIでの総額が小さすぎると の批判が長く続いていたが(村瀬 2007),額面 から言えばこの批判を避け得るところまで伸ば してきたと言えよう。その背景には先述のよう に,欧米での危機が通貨の下落を起こし,1997
年アジア通貨危機の再燃ともなりかねない事態 が出てきたため,CMIMの増額に対するコンセ ンサスが形成されるに至ったことが重要な要因 として存在した。さらに 2012 年からは同会議 に中央銀行総裁も参加し,東アジア地域協力が 為替政策を取り扱うこととなったことは,東ア ジア地域概念が金融協力を中心に強固に定着す る上で重要な役割を果たす象徴的な動きであっ た。
Ⅷ.日中金融競争
このCMIの多国間化が進む構造的要因とし て欧米での通貨・財務危機があったことは述べ たが,さらにそれを進めたミクロ的要因は日中 の競争であった。中国は東アジア金融地域協力 の発展を,アメリカ主導のグローバルガバナン スを変革していくための圧力措置として利用し ようとする意志を持っている。この点について AMRO初代局長の魏氏は,就任演説において
「IMFはその改革案において,アジアの新興国 がより発言力を有したいという希望を持ってい る現実に対応する必要がある。これは新しい現 実である。IMFはこれがたとえ不都合であった としても受け入れなければならない。地域機構 は近隣諸国が何を必要としているのか,IMFよ りもより明確に理解することが出来る。」と述 べ て い る(Australia Financial Review, 30 March 2012)。このような東アジアの金融メカニズム は,IMFのようなグローバルな機関において地 域集団的な発言力を形成するのに,あるいはそ の影響力を高めるのに有効であるという見方 は,中国の首脳部にも共有されている。例えば 温家宝首相は,ASEANとの関係強化をこの文 脈で利用する意思を示しており,「安定かつ成
熟した地域の資本市場を形成し,国際的に広が る金融危機に対抗できる地域的な能力を増強す ることができる」(Xinhua, 21 October 2011)と 述べている。ASEAN+3 は既に 2005 年の財務 相会合声明で示したように,「通貨の現状と世 界経済における自らの相対的位置を適切に反映 する為にIMF内におけるアジア諸国の配分を 早急に見直しするよう求めて」おり5),東アジ アは欧米に蔓延する金融危機への反応として地 域機構強化の重要性を強調し,CMIMを制度化 する東アジアの「IMFにおけるさらなる議決権 と出資配分の拡大を求める[要請への]梃子」
(Ciorciari 2011)として,金融協力を一層強め る意向で一致している。
これらの動きの中で,日本は中国の影響力を 抑制する方向で動いていたと言える。特に多国 間化の過程で「どちらがより多く拠出するか」
を巡る競争は,2009 年 5 月のCMIM開始時に 繰り広げられている。この際,両国とも交渉時 間を大幅に延長し,ASEANの調停を受け入れ る形で(『朝日新聞』2009 年 5 月 4 日),最終 的に 384 億ドルずつ負担することで合意し(中 国の負担額には香港を含む),資金総額 1,200