理学療法科学 23(5): ,2008 原著 一側下肢への荷重量変化に伴う股関節周囲筋の筋活動変化 Activity of Hip Muscle in Change of Load on One Side of the Lower Limbs 兵頭甲子太郎 1) KASHITARO HY
全文
(2) 672. 理学療法科学. 第23巻5号. I. はじめに 歩行中,下肢へ急速に身体重量を移動する際,股関 節上での骨盤の側方の安定性が必要となる。一側下肢 への身体重量の移動に伴い内転モーメントが発生し, 骨盤を安定させるために外転筋(中殿筋,大殿筋上部 線維および大腿筋膜張筋)の活動が必要となる 1-3)。こ の外転筋に筋力低下が起こった先天性股関節脱臼や変 形性股関節症などの股関節疾患を有する患者では,患 側立脚期に大腿骨を骨盤に固定できず遊脚側に骨盤が 傾くTrendelenburg徴候が起こることが知られている 4)。 このような観点から,健常人や股関節疾患を有する 患者を対象とした歩行や階段昇降,股関節外転運動時 における外転筋活動等に関する多くの報告がなされて いる 5-11)。. 図1. 運動課題. 変形性股関節症患者を対象とした歩行時立脚期にお ける股関節外転筋(中殿筋)に関する研究では,健常. II. 対象と方法. 群と比べ立脚期の前期(踵接地から足底接地)におい て十分な筋活動が起こらず,その筋活動が後期まで残 存していると報告している 12)。歩行の立脚期は,3つの. 1. 対象. 期に分けられ,立脚期の始まりと終わりは,両下肢が. 対象は,本研究の目的,方法を説明し同意を得た整. 接地している同時定着期を含んでいる 12)。初期の同時. 形外科的疾患の既住のない健常男子19 名で,平均年齢:. 定着期より歩行が開始され,その後一側支持となるた. 20.4 ±1.2歳,平均身長:171.8±4.7 cm,平均体重:63.3. めに一側下肢へと荷重の受け継ぎがなされる。変形性. ±10.3 kg であった。. 股関節症患者では,立脚期前期にあたる踵接地から足 底接地において外転筋の十分な活動が起こらないとい. 2. 方法. う報告から考えると,この同時定着期から一側支持と. 開始肢位は体重計の高さと合わせるため10 cm台の上. なるまでの間の荷重の受け継ぎにおける評価・治療が. に立位を取らせ,前方を注視した肩幅程度の開脚位と. 重要になると考えられる。体重移動に伴う一側下肢へ. した(図 1)。運動課題は,開始の合図をもとに,体重. の荷重量の変化に伴い,股関節外転筋の活動も変化し. 計の上に一側下肢を載せさせ,まず体重の 20%まで荷. ていくことが予想され,筋の活動量やタイミングを評. 重をかけさせた。課題施行ごとのばらつきを少なくす. 価するためにもどの程度の荷重にてどのような筋活動. るため,あらかじめ股関節屈曲 25°,内外転0°,外旋 4°. が起こるのかを把握しておくことは重要だと考える。. となるよう体重計の上に第1 趾,第5 趾の先端部,踵の. しかし,歩行という一連の動作の中での股関節外転筋. 位置にテープでマーカーを入れ体重計を設置した 14)。. の筋活動についての報告はみられるが 1-3),同時定着期. 股関節の屈曲,内外転角度の確認は日本整形外科学会,. から一側支持となるまでの間の動きを想定した,一側. 日本リハビリテーション医学会による「関節可動域表. 下肢への荷重量変化に伴う筋活動に関する報告はみら. 示ならびに測定法」15) を参考に行い,外旋角度の確認. れない。. は足部の内外転が入らないよう注意しながら,矢状面. そこで今回は歩行時の同時定着期から一側支持とな. から見た両側の上前腸骨棘を結ぶ線の垂直線を基本軸. るまでの動きを想定し,臨床においても用いることが. とし,移動軸を第2中足骨として測定した。その後,そ. 容易な体重計を使用して一側下肢へ体重の20%,40%,. の位置に合わせて荷重を行わせ,検査者1 名が体重計の. 60%,80%,100%と徐々に体重を掛けさせたとき,股. メモリから±1.0 kgに静止した時点で合図を出しフット. 関節周囲筋(中殿筋,大殿筋上部線維,大腿筋膜張筋,. スイッチにてマーカーを入れ,そこから5秒間の姿勢保. 内転筋)にどのような筋活動の変化が表れるのかを明. 持を行わせ筋電図にて筋活動を測定した。被験者にこ. らかにすることを目的として実験を行った。. れら動作の十分な練習を行わせ,その後同様の方法に.
(3) 673. 一側下肢への荷重量変化に伴う股関節周囲筋の筋活動変化. 表1. III. 結. 電極位置. 中殿筋 大殿筋上部線維 大腿筋膜張筋 内転筋. 腸骨稜の中点より 2.5 cm ほど遠位 仙骨外側面より 2.5 cm 外側 大転子より 2 横指前方 大腿骨内側上顆と恥骨結節の中間部位. 果. 各荷重時動作における 4 筋の%MVC の結果と統計学 的処理の結果を表2に示した。 中殿筋は静止立位と荷重60%間,荷重20%と80%間, 荷重80%と荷重100%間にてp<0.05にて有意差が認めら れ,静止立位と荷重 80%間,静止立位と荷重 100%間, 荷重 20%と 100%間,荷重 40%と 100%間,荷重 60%と. て 40%,60%,80%,100%と合計 5 つの荷重量での動 作を行わせ,各荷重量にて連続3回の施行を行った。 筋電図の測定には NORAXON 社製 TELEMYO2400T2 筋電計を用い,被験筋は右の中殿筋,大殿筋上部線維,. 100%間にてp<0.01にて有意差が認められた。 大殿筋上部線維では,静止立位と荷重 80%間,荷重 20%と100%間にてp<0.05にて有意差が認められ,静止 立位と荷重100%間ではp<0.01にて有意差が認められた。. 大腿筋膜張筋,内転筋の4 筋とした。電極は表1 に示す. 大腿筋膜張筋では荷重100%と静止立位およびその他. 部位に双極性表面電極2 個を電極中心間隔3 cm で貼付. 4つの荷重時との間にてp<0.01にて有意差が認められた。. した16)。得られたデータはサンプリング周波数1,000 Hz. 内転筋では各動作とも有意差が認められなかった。. にて A/D 変換し,パーソナルコンピューター(PC)に. 中殿筋,大殿筋上部線維では荷重量の増加に伴う筋. 保存した。3 回施行した5 秒間の課題施行時の波形から. 活動の増加が起こる傾向がみられたが,大腿筋膜張筋で. 最も安定した箇所を採用し,各筋の10 秒間の最大等尺. は荷重100%でのみ有意な筋活動が起こる結果となった。. 性収縮時の最大値を 100%として正規化し,%MVC と. IV. 考. して表した。各筋の最大等尺性収縮は Daniel らの徒手. 察. 筋力法に従い行った 17)。 通常,歩行の荷重応答期において前額面では,下肢 3. 統計学的処理. へ身体重量を移動していくため骨盤の側方の安定性が. 中殿筋,大殿筋上部線維,大腿筋膜張筋,内転筋の4. 必要となる。身体重量の移動によって骨盤の反対側の. 筋での5つの各荷重時における%MVCの比較を1元配置. 支持が低下することにより大きな内転モーメントが発. の分散分析, Tukey-Kramerの多重比較検定を用いて行っ. 生し,骨盤を安定させるために外転筋の活動が必要と. た。なお,有意水準は5%未満とした。. なる。中殿筋の活動は遊脚終期の終わりから始まり, 初期接地の後に急激に活動を増強し,立脚中期をとお してその活動は維持される。また大殿筋上部線維も同 様なパターンで活動し,遊脚終期に活動を開始し,荷. 表2. 各動作における各筋の%MVCの平均値と標準偏差. 静止立位 荷重 20% 荷重 40% 荷重 60% 荷重 80% 荷重 100%. 中殿筋. 大腿筋膜張筋. 大殿筋. 内転筋. 3.2 ± 1.8 5.4 ± 4.1 6.4 ± 4.1 8.5 ± 5.0 10.3 ± 4.4 15.7 ± 7.9 **2)3)5)6)7) *1)4)8). 3.1 ± 2.3 3.6 ± 2.6 3.2 ± 2.1 3.3 ± 2.3 4.1 ± 2.9 11.2 ± 9.5 **3)5)6)7)8). 2.3 ± 1.8 3.0 ± 2.0 4.2 ± 2.9 5.8 ± 4.2 7.1 ± 5.3 8.0 ± 7.3 **3) *2)5). 2.8 ± 1.7 3.3 ± 2.3 3.2 ± 2.1 3.1 ± 2.0 3.1 ± 2.0 3.0 ± 2.0. 1) 静止立位と荷重 60%,2) 静止立位と荷重 80%,3) 静止立位と荷重 100%, 4) 荷重 20%と荷重 80%,5) 荷重 20%と荷重 100%,6) 荷重 40%と荷重 100 %,7) 荷重 60%と荷重 100%,8) 荷重 80%と荷重 100% **p<0.01,*p<0.05.
(4) 674. 理学療法科学. 第23巻5号. 重応答期に急速に増強し,立脚中期を通して持続する。. 屈曲度合いにより骨盤を支持する外転筋が異なり,大. 大腿筋膜張筋の活動は,後部線維の活動は中等度であ. 腿筋膜張筋は股関節伸転位において活動するとされて. り荷重応答期の開始時に起こり,前部線維は立脚終期. いる 19)。これらのことから考えると,大腿筋膜張筋の. まで活動せず,強度も低いとされている。内転筋では. 歩行時における作用としては立脚下肢において股関節. 長内転筋が立脚終期の後半から遊脚初期まで活動を続. が屈曲位から中間位を取る初期接地から立脚中期に比. け,大内転筋は遊脚終期の終わり頃に活動を開始し,. べ,股関節伸展の動きのみられてくる立脚中期以降に. 初期接地において強度を増大し,荷重応答期まで中等. おいて重要となると考えられる。今回の実験課題にお. 度の活動が持続すると言われている 13)。. いても,立脚下肢は股関節屈曲位から中間位までの肢. 今回の実験では歩行時の同時定着期から一側支持と. 位となっているため,荷重量増大に伴う大腿筋膜張筋. なるまでの動きを想定し,その中で立脚下肢への荷重. の活動増加がみられず,内転モーメントが最大となる. 量を徐々に増加させていくことにより,どのような筋. 荷重量 100%の位置でのみ有意な筋活動が起こったも. 活動変化がみられるか実験を行った。実験結果では,. のと考えられる。内転筋においては,立脚後期から遊. 中殿筋では荷重量増加に伴い段階的に筋活動の増加が. 脚期,荷重応答期において活動すると言われているが,. みられる傾向にあり,静止立位と比べ体重のおよそ 60. 動的な動作である歩行と異なり,今回の実験課題が静. %の荷重量が加わったときに有意な筋活動が起こるこ. 的な動作であったため,荷重応答期でみられるような. とが明らかとなった。大殿筋上部線維においても中殿. 床接地での安定性に関与するような大きな筋活動の変. 筋と比べ大きな筋活動変化は起こらなかったものの,. 化はみられなかったと考えられる。. 荷重量増大により徐々に筋活動が増加していく傾向が. 今回の実験結果から立脚下肢へ身体重量を移動して. みられ,体重のおよそ 80%程度の荷重量により有意な. いく際,静止立位と比べ中殿筋は荷重量 60%,大殿筋. 筋活動がみられた。これに対して大腿筋膜張筋では荷. 上部線維は 80%にて有意な筋活動を示し,その間段階. 重量の段階的増加に伴った筋活動の増加はみられず,. 的に筋活動が増加していくことが明らかとなった。全. 体重の100%の負荷が加わったときでのみ,有意な筋活. 体重がかかる以前の両側支持期においては,大腿筋膜. 動がみられる結果となった。内転筋においては荷重量. 張筋に比べ中殿筋や大殿筋上部線維の活動が重要であ. 増大による筋活動の変化はみられなかった。. り,これら筋群の活動によって骨盤の側方の安定性を. 今回の実験課題である,一側下肢への荷重動作の際,. 図りながら一側支持へと移行していくものと考えられ. 制御する身体重心は身体の中心線上にあり,支持基底. る。また,今回の静的な課題である一側下肢への荷重. 面は荷重を掛けていく右足底面へと移動していく。荷. 運動時の筋活動と,一般的に言われている歩行時の筋. 重に伴う身体重量の移動によって,反対側である左側. 活動が類似した傾向を示したことから,歩行の立脚期. の骨盤の支持が低下する。この結果,内転モーメント. 前期に問題を抱える患者の評価,治療に今回の結果が. が発生し,荷重を掛けていく右側の中殿筋や,大殿筋. 役立つものと考えている。歩行時における筋活動の評. 上部線維の筋活動が増加していったものと考えられる。. 価と合わせ,静的な動作の中での筋活動を評価するこ. 今回の実験結果からだけでは,動的な動きである歩行. とにより,立脚期前期に必要となる股関節外転筋の詳. と今回の静的な姿勢保持の結果を比較するには限界が. 細な評価ができるものと思われる。. ある。しかし,前述し たような通常歩 行でみられる, 内転モーメントに対して骨盤を安定させるために働く 中殿筋や大殿筋上部線維の初期接地から立脚中期にか けての筋活動と今回の実験結果である段階的な筋活動. 引用文献 1) Lyons K, Perry J, Gronley JK, et al.: Timing and relative intensity of hip extensor and abductor muscle activity during level and stair. の増加は類似した傾向を示していると考えている。ま. ambulation. An EMG study. Phys Ther, 1983, 63(10): 1597-1605.. た,大腿筋膜張筋は通常歩行の際,荷重応答期から中. 2) Anderson FC, Pandy MG: Individual muscle contribution to sup-. 等度の活動が起こり,前部線維は立脚終期まで活動す るもののその強度は低いとされている。大腿筋膜張筋 は歩行の際,立脚中期以降から外転運動を行い,その 筋収縮を持続するのに有利なポジションを取り,その ポジションにおいて最も強い筋活動を示すとの報告も なされている 18)。また片脚立位を取った際,股関節の. port in normal walking. Gait Posture, 2003, 17: 159-169. 3) Liu MQ, Anderson FC, Pandy MG, et al.: Muscles that support the body also modulate forward progression during walking. J Biomech, 2006, 39: 2623-2630. 4) 中村隆一,斉藤 宏:基礎運動学. 第4 版.医歯薬出版,東. 京,1998, pp218-219. 5) Hattori T, Shimono T, Hasegawa H, et al.: Gait analysis after total.
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