九州大学学術情報リポジトリ

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九州大学学術情報リポジトリ

Kyushu University Institutional Repository

円滑な技術継承のための企業内マニュアルを活用し た暗黙知抽出に関する研究 : 鉄道車両メンテナンス マニュアルを中心に

甲斐, 尚人

http://hdl.handle.net/2324/4475206

出版情報:九州大学, 2020, 博士(ライブラリーサイエンス), 課程博士 バージョン:

権利関係:

(2)

1

円滑な技術継承のための企業内マニュアルを活用した 暗黙知抽出に関する研究

ー鉄道車両メンテナンスマニュアルを中心にー

甲斐 尚人

Kai Naoto

令和 2 年度 九州大学大学院統合新領域学府

(3)

2

目次

序論 はじめに ... 7

技術継承の抱える問題... 7

技術継承で使用されるマニュアルの重要性 ... 9

マニュアルによる技術継承に不足した暗黙知 ... 15

本論文の目的と構成 ... 18

第1章 鉄道車両の故障分析による暗黙知伝達要素の抽出 ... 22

1.1

研究の背景と目的... 22

1.2

鉄道事故の事例研究①~特急「北斗

20

号」車両床下からの発煙について~ .... 24

1.2.1

故障の背景... 24

1.2.2

暗黙知継承に重要な要素「気づき」 ... 27

1.2.3

マニュアル比較による「気づき」の特徴分析 ... 28

1.3

鉄道事故の事例研究②~特急「スーパーおおぞら」配電盤からの出火について~

... 31

1.3.1

故障背景及び原因分析 ... 31

1.3.2

誤った取扱いを誘発するマニュアルの説明文と図表の関係 ... 32

1.4

まとめ ... 37

第2章 マニュアル内の暗黙知と図表 ... 40

2.1

先行研究 ... 40

2.2

分析対象のマニュアル ... 41

2.3

曖昧文と図表の関係 ... 42

2.3.1

評定者の曖昧さの判断の信頼性 ... 42

2.3.2

図表による文の曖昧さの解消 ... 43

2.4

まとめ ... 45

第3章 暗黙知を補完するマニュアル内の図表の表現方法 ... 47

3.1

研究の背景と目的... 47

3.2

日本と米国の人材フローの特徴及び比較 ... 47

3.3

米国陸軍省技術マニュアルの特徴分析 ... 51

3.3.1

技術者の手の描写 ... 53

3.3.2

メンテナンス工具の描写 ... 54

3.3.3

分解図内の部品名称 ... 56

3.3.4

シグナルワード ... 57

(4)

3

3.3.5

基準データの詳細な記述 ... 59

3.3.6

抽象的な図の不使用 ... 60

3.4

まとめ ... 64

第4章 解釈に曖昧さが残る表現の文の抽出 ... 67

4.1

背景 ... 67

4.2

採炭作業手順書の詳細 ... 68

4.3

機械学習を活用した暗黙知を内包する文の抽出 ... 72

4.3.1

先行研究... 72

4.3.2 SVM

による曖昧文の識別 ... 73

4.3.3

実験結果... 74

4.4

内容に依存しない一文中の平仮名率に着目した機械学習 ... 76

4.4.1

先行研究... 76

4.4.2

平仮名率と平仮名率の定式化 ... 77

4.4.3

実験結果... 78

4.5 内容に依存しない単語の属性に着目した識別性能 ... 79

4.5.1

実験デザイン ... 79

4.5.2

実験結果... 81

4.6

まとめと今後の課題 ... 84

第5章 結論と課題 ... 88

5.1

各章のまとめ ... 89

5.2

今後の検討課題... 91

付表 ... 92

謝辞 ... 118

(5)

4

図・表・グラフ 目次

図 1 JR九州 安全創造館 ... 10

図 2 JR東海 安全本質学修館 ... 10

図 3 SECIモデル ... 16

図 4 内面化の達成に重要な表出化 ... 16

図 5 論文構成の概略 ... 19

図 6 機械ブレーキ及びユニットブレーキ構成図 ... 33

図 7 TD継手の組立間違いの事例 ... 34

図 8 TD継手の構造 ... 35

図 9 ブレーキライニング左右逆取付けの事例 ... 35

図 10 ブレーキライニング方式の構造 ... 36

図 11 ブレーキライニング ... 36

図 12 台車の各装置及び部品 ... 42

図 13 曖昧な文を補助するための図表 ... 44

図 14 採用慣行の違いの国際比較図 ... 49

図 15 人材フローの日米比較 ... 49

図 16 現在の仕事をするうえで有効な教育訓練方法の国際比較 ... 50

図 17 アメリカ軍陸軍省 技術マニュアル ... 52

図 18 発電機ブラシの検査 ... 54

図 19 ドライブシャフトの遊間計測 ... 54

図 20 ウォーターポンプインペラの取り外し ... 55

図 21 加速ポンプジェットの取り外し ... 55

図 22 アイドルオリフィス管とセットアップピストンの取り外し ... 56

図 23 TD継手の構造 ... 56

図 24 ウォーターポンプ分解図 ... 57

図 25 公差と隙間のデータ一覧 ... 60

図 26 『台車・輪軸(保守のポイント)』の絵表現 ... 60

図 27 『台車・輪軸(保守のポイント)』の絵表現 ... 61

図 28 写真のような忠実な描写 ... 61

図 29 キッチン内部に貼られたマニュアル(イリノイ州オークブルック) ... 62

図 30 マクドナルド店舗におけるキッチン内部 ... 63

図 31 炭鉱企業(北海道)の作業手順書 ... 68

図 32 採炭作業手順書の実例1 ... 69

図 33 採炭作業手順書の実例2 ... 69

図 34 作業手順書の作成例 ... 70

(6)

5

表 1 調査マニュアル一覧 ... 12

表 2 故障事例の一覧 ... 23

表 3 マニュアルの構成例 ... 29

表 4 車両検修及び台車検修経験 ... 41

表 5 評定者による評価 ... 42

表 6 図表によって解消された曖昧な文例 ... 43

表 7 日本企業(1980年代)とアメリカ企業の相違 ... 50

表 8 目次(『台車・輪軸(保守のポイント)』) ... 58

表 9 目次(TM 5-9483) ... 59

表 10 炭鉱労働者(全国)の年齢構成の推移 ... 67

表 11 「手順」・「要点」欄の不十分さを「説明」欄で補足した文例① ... 71

表 12 「手順」・「要点」欄の不十分さを「説明」欄で補足した文例② ... 72

表 13 実験データの概要 ... 74

表 14 品詞ごとの識別性能 ... 75

表 15 ひらがな率... 77

表 16 全単語数に対する平仮名を含む単語割合 ... 77

表 17 全単語数に対する平仮名だけを含む単語割合 ... 78

表 18 平仮名率の定式化 ... 78

表 19 平仮名文字割合によるベクトル化での識別性能 ... 78

表 20 平仮名単語割合によるベクトル化での識別性能 ... 79

表 21 第

4

章各節の装置の概要 ... 80

表 22 評定者によって曖昧であると判断された文例 ... 81

表 23 各手法による識別性能 ... 81

表 24 各節を学習データとした属性選択なしの識別性能 ... 82

表 25 最適属性選択での識別性能 ... 82

グラフ 1 JR北海道の車両故障推移 ... 25

グラフ 2 JR北海道の車両故障推移 ※24 歳以下データなし ... 26

グラフ 3 JR北海道の車両故障推移 ... 26

グラフ 4 品詞ごとの識別性能 ... 76

付表 1 米国議会図書館:エンジニアシリーズにあるテクニカルマニュアル(TM)の一 覧 ... 92

(7)

6

初出一覧

第1章 甲斐尚人(2020).「鉄道車両の故障分析による暗黙知の抽出に関する研究」.レコ ードマネジメント, No.79, 19-33 , 2020年

12

月掲載.

第2章 書きおろし

Naoto Kai, Analysis of The Relationship between Ambiguous Sentences and Diagrams in Technical Manuals. Proceedings of 5th International Conference on Business Management of Technology, 2020.

第3章 甲斐尚人(2020).「米国のマニュアル分析による技術継承に必要な暗黙知に関する 研究」.レコードマネジメント, No.80, 2021年

3

月掲載予定.

第4章 ・Naoto Kai, Kota Sakasegawa, Tsunenori Mine, Sachio Hirokawa. Machine Learning of

Ambiguous Sentences in Technical Manual for Tacit Knowledge Acquisition. Congress book of 2019 International Congress on Applied Information Technology, 57-61, 2019.

・Naoto Kai, Kota Sakasegawa, Tsunenori Mine, Sachio Hirokawa. Machine Learning of

Ambiguous Sentence Factors in Technical Manuals for Tacit Knowledge. Proceedings of The Twenty-Fifth International Symposium on Artificial Life and Robotics, 299-304, 2019.

※いずれの論文も、章立て、用語、訳語の統一を図るための加筆・修正を行っている。

(8)

7

序論 はじめに

技術継承の抱える問題

日本社会は昨今、団塊世代の大量退職による急激な世代交代に直面し、熟練技術者の技術 継承が大きな問題となった。「団塊世代」とは、一般に

1947

(昭和

22

)年から

1949

年の

3

年間に生まれた世代を指し、その世代が

60

歳で定年退職を迎える時期を「

2007

年問題」と 呼んだ。この問題は定年延長等の措置により

5

年ほど退職時期がずれたことで、結果とし て予想された企業経営や社会保障などへの影響などは最小限に留められたが、

2012

年に再 度この影響が「

2012

年問題」として取り沙汰された。「

2012

年問題」も嘱託雇用などの雇用 制度の充実で大きな問題は生じなかった。しかし、団塊ジュニアと呼ばれる団塊世代を親に 持つ子どもたちの人口は団塊世代に次いで多く、まもなく大量退職を迎える。これによって、

先に述べた技術継承の問題の再燃が懸念される。また、特に公共性の高い電力会社や鉄道会 社など、安全を基盤として成り立つ業種はメンテナンス領域も広く、業種によっては熟練技 術者の人数に比べて技術を継承される側の技術者が圧倒的に少ないなど、歪な人員構成で 事態をさらに悪化させている。この歪な人員構成は公共組織の民営化などが実施された際 に、社員低減を目的に新規採用を行っていなかった時期があったためである。自治体などで も事業の再編や整理、民間委託等の推進などの行政改革による職員削減や公共工事の減少 などによって、全体に占める中堅や若手の職員が少ない。中堅や若手の職員は退職を迎える ベテランの職員より圧倒的に作業経験が少なく、ベテラン職員の技術を継承する機会が十 分でない。筆者は現在、民間鉄道会社に所属し、出向先のグループ会社で鉄道車両の台車・

輪軸の保守作業・管理を経験した。保守の実作業を経験する中で若手技術者と熟練技術者と の差(現状把握力、作業完了までの時間、仕上がり等)を痛切に感じた。また現場管理を経 験し、熟練技術者の相次ぐ定年退職によって生じる技術継承の欠落や現場負担の軽減を図 るため、効率的な訓練方法や教育方法(机上教育や実地訓練等)を模索した。その中で、通 常の作業手順にない判断や課題の解決の場面に遭遇したとき、現場で滅多に使用されずに 保管されたままの多くの書物の存在を知った。それら大量の技術解説書やマニュアル、作業 手順書を有効活用することは、喫緊の課題である熟練技術者の大量退職による技術継承の 断絶を解決する糸口になると期待を持った。

その一方で、機械化や自動化が急速に進み、熟練技術者の大量退職によって生じる問題点 をそれらが解決するように錯覚されやすいが、マイケル

J.

ピオリ(

Michael J. Piore

)やチャ ールズ

F.

セーブル(

Charles F. Sabel

)の『第二の産業分水嶺(

The Second Industrial Divide-

Possibilities for Prosperity

)』(筑摩書房,

2002

1)や、猪木武徳の『新しい産業社会の条件』(岩 波書店,

1993

2)ではそれらの希望的観測を否定している。

Piore

Sabel

は「一九世紀の中 頃、多くのイギリスの観察者は、スライド台旋盤機(

slide-rest lathe

)が頻繁に使われるよう

(9)

8

になると、あらゆるレベルの熟練金属労働者はおはらいばこになる、と確信していた。が、

しかし、結局彼らが見出したのは、新しい機械はたしかになんらかの労働をオートメーショ ン化することができるが、それがもっとも成果を発揮するのは、熟練工の手によってだとい うことであった。」と表現している。また猪木は、「マイクロエレクトロニクスを中心とする 生産技術の進歩によって、今後人間の労働がどのように様変わりするかを推測する場合、一 般に主張されることは 『人間の労働の単純化と技能の消滅』というシナリオである。しか しこれは筆者の生産現場における観察とも一致しないし、本章で述べた技能の性質とも相 容れない主張と考えられる。先に見たように高度の自動機械が導入された職場で働くオペ レーターの仕事は、実は一見するよりもはるかに技能を必要とする複雑さが要求されてい るのである。」と述べている。さらに、機械化や自動化には莫大な費用がかかり会社に大き な負担が強いられることによって、目標到達までかなりの時間を要する。したがって、技術 者養成の負担軽減や経費負担の平準化を達成するために、企業が真っ先に現場業務のマニ ュアル化に注目するのはごく自然な流れである。多くの企業が期待するのはマニュアル内 に明文化した業務内容を新人技術者や若手技術者が読むことによって企業の技術が継承さ れることである。さらに、電力自由化の流れや完全民営化などによって、これまで以上に経 営者はステークホルダーから効率的な経営が求められ多くの業務のマニュアル化が推進さ れているのが現状である。マニュアル化と一概に言っても作業手順書やノウハウ本といっ たように様々な形態が存在する。作業手順書とは、一般的に作業の手順を記載し作業の遂行 に不可欠な注意点を記載したような形態の本を指すことが多い。しかし、その作業手順書に は基本的に技術継承の要素はない。一方、ノウハウ本と呼ばれるものは技術継承に主眼を置 き、判断が必要な業務に重宝されるものである。多くの場合、上記の二つを明確に分離する ことは難しく、特にこれからの急激な世代交代を迎える時代においては、作業手順とともに ノウハウを記載したマニュアルが求められる。

しかし、このような両者の違いに対する認識がないまま作成された安易なマニュアルは ノウハウの抜け落ちた単なる作業手順書となることが多い。その弊害で形骸化したマニュ アルが氾濫し、また技術者の経験によって培った細やかな判断力が欠落し始めているのが 実情である。このような安易な技術継承は、必然的に安全率に負の作用を生じ、コストの増 加など非効率的な経営の温床になり、中長期的に経営に悪影響を与える可能性は高い。安全 率とは一般に、あるシステムが故障または動作不良を生じさせる最小の負荷と、予測される システムへの最大の負荷との比のことである。検修作業において、若手技術者の経験不足か ら生じる作業の大まかさを最小の負荷としたとき、安全率は高ければ高いほど若手技術者 のおおまかさを許容できるということである。安全率を高めることで熟練技術者のみが有 するきめ細やかな作業判断は必要なくなるが、おおまかさの許容範囲が広がることは先述 したコスト増加などの悪影響を生み出す。ひいては、技術者の位置付けを低下させ、若者の 技術離れを助長してしまう。経験によって培われる高度な判断力を必要とする場合つまり 基準やマニュアルにはないグレーゾーンの判断が必要な場合、そのとき技術者が下した判

(10)

9

断をどのように尊重していくのか、どのように記録し継承していくのかを考えなければな らない。

本論文では、大量退職による熟練技術者の不足を補い、若手技術者の経験不足を補填する に足るマニュアルの実現に向けて、既存マニュアルの技術継承の視点が抜け落ちた記述を 捉えることが最も重要な課題である。その記述とは、大量に残されている過去のマニュアル 内の熟練技術者が経験で得た知識いわゆる「暗黙知」(

15

頁以下参照)が抜け落ちている場 所であり、その所在を知ることで既存マニュアルの更新を可能にし、今後の鉄道事業など社 会資本の確実な維持、継承に繋がると考える。この問題は、技術者ばかりでなく、昨今頻繁 に問題となる食品の品質管理など、幅広い分野に共通する課題である。

技術継承で使用されるマニュアルの重要性

(1)マニュアルの起源

企業等における教育や技術継承の方法は、職種の特徴によってそれぞれの企業独自のも のが多く、それぞれ独自の観点で過去の事例に学び、最新の設備や体験を通して安全や技術 を継承しようとしている。例えば、筆者が従事する鉄道事業に着目すると、図1に示す九州 旅客鉄道株式会社(以下、

JR

九州)の社員研修センターに併設されている安全創造館3)や図 2の東海旅客鉄道株式会社(以下、

JR

東海)の名古屋工場内にある安全本質学修館4)などが ある。

JR

九州の安全創造館は、過去の事故を風化させないために作られた研修のための施 設である。過去の列車事故について映像や展示を通して学び、指差確認の重要性を体験でき る設備などを設置し、全社員を対象に教育を実施している。

JR

東海の安全本質学修館は、

仮想現実を使った列車との衝突体感や車両機器の構造や過去の事故事例などが学べる施設 となっている。その他の業種では、

JAL

(日本航空)の安全啓発センターやマクドナルド社 のハンバーガー大学などの例がある。

出典:(株)トータルメディア開発研究所(課題別実績,安全防災『プロジェクトレポート2011』

(11)

10

図 1 JR九州 安全創造館

出典:草町、『JR東海「安全本質学修館」に潜入』(乗り物ニュース,2019.7.7)

図 2 JR東海 安全本質学修館

現在の技術継承の場の中心は日々の作業現場であり、上で例示したような施設のみです べてを継承することは不可能であることから、

OJT

on the job training

5)が今なお技術継 承の要として重要である。

OJT

による熟練技術者の若手技術者への直接教育は、自学によ って習得可能な知識だけでなく、経験によって身に付けられた技術も伝承してきた。しか し、昨今の団塊世代の大量退職の時代を迎え、上記のような

OJT

のような技術指導ができ る者が少なくなってきたということもあり、現場教育による綿々とした継承だけに頼るこ とは不可能になってきており、期待する効果を得ることは難しくなってきている。このよ うな指導者不足を補うものとして、先述したとおり、多くの企業が技術書、特にマニュア ルや手順書に着目し、作業の標準化やマニュアル化に力を注いできた。

マニュアルは様々な業種で活用されており、「手順書」、「取扱説明書」、「手引書」など その形態も呼称も様々である。これらはフレデリック

W.

テイラー(

Frederick W. Taylor

) が提唱した科学的管理法6)の重要な要素を含んでいる。それまで、マニュアル製作の明確 な手法を定めたものはなかった。この科学的管理法は、熟練技術者と若手技術者の力量の 差を埋めることが目的で、産業革命以後のアメリカにおいて、鉄鋼生産が盛んで企業規模 が巨大化し、作業能率向上やコスト・ダウンが喫緊の課題として捉えられた時代に誕生し た。この科学的管理法は経験と勘に基づいて管理されていた

1

日の作業量に対して、熟練 技術者が

1

日にこなすべき作業量(課業またはタスク)を適切に定め、管理者の下で最適 な組織形態において能率・生産性を最大化しようという管理手法である。具体的には、ま ず作業の客観的な分析による作業工程の細分化を行い、ストップウォッチを使用した各作 業の時間測定(時間動作研究)による課業管理及び作業の標準化を行った。さらに、これ まで熟練工が担っていた指揮・監督を「計画」と「執行」に分離する職能的職長制を導入 した。科学的管理法では、このような課業管理、作業の標準化、作業管理のために最適な

(12)

11

組織形態の

3

つの原理によって作業の指図票が作成され、これを現在の標準書や作業マニ ュアルとして捉えることができる。

しかし、マニュアルによる業務管理は、熟練技術者の長年の経験で培った技術と若手技術 者の未熟な技術の差を取り払うことが目的であったため、熟練技術者の存在意義を脅かす との批判や「マニュアル人間」といった融通の利かない技術者を生み出すことへの批判を生 んだ。

OJT

などの長期的な技術者養成を核とした伝統的な技術継承による企業経営と比べ、

マニュアルによる管理は社員教育の経費軽減や人件費の削減に繋がるなど、経営の自由度 を高め、マクドナルドやユニクロなどの巨大企業を生み、世界で展開される多くの産業やビ ジネスの労務管理の要となり、成長に必要なものとなっている。

(2)本論文で調査を行うマニュアル

先に技術継承の抱える問題で述べたとおり、「

2007

年問題」及び「

2012

年問題」は再雇用 制度の活用等により結果的には大きな問題にはならなかったが、技術を継承する技術者の 数が技術を継承される技術者の数を大きく上回るという問題を解決するために多くの企業 は社内の技術を知識として文書に残し、熟練技術者の大量退職に備えようとしてきた。その ため、企業には多くの社内独自のノウハウが書かれた技術書、マニュアルが多数存在してい る。

他方で暗黙知の形式知化が十分に行われず、読み手の作業に支障をきたし非効率的な作 業に繋がる未熟なマニュアルは、本来のマニュアルの目的を阻害している。熟練技術者の核 となるコツやノウハウが詰め込まれず、企業内には使用されないマニュアルが氾濫してい る。マニュアルの質よりも位置付けに関わる問題とも考えられるが、団塊ジュニア世代の大 量退職が目前に控える中、位置付けによる線引きはせず、多く既存のマニュアルからノウハ ウを抽出することが求められる。マニュアルを一から作成し直すのではなく既存のマニュ アルを改善することを目的とするのは、マニュアルの作成は大きな労働力を伴い本来の目 的を達成する前に作成自体が頓挫する可能性があるとともに、知識という企業の重要な財 産をマニュアルの体系見直しを背景に捨ててしまうことが懸念されるためである。

本論文では、事例研究とともに鉄道車両メンテナンスのマニュアルの一つとして鉄道事 業者において広く使用されている『台車・輪軸(保守のポイント)』を中心に、表1にまと めたマニュアルを考察し、それぞれのマニュアルの特徴や違いから技術継承に必要な暗黙 知の言語、図による表現や抽出方法を明らかにする。

(13)

12 表 1 調査マニュアル一覧

それぞれのマニュアルを調査対象とした経緯について述べる。『台車・輪軸(保守のポイ ント)』7)は、筆者が

2

年間

JR

九州において現場作業者及び現場グループ長としてメンテナ ンス作業を経験・管理し、その経験をもとに国内の主要な鉄道企業の現場監督者・主任作業 者とともに制作に携わった。現場用の手順書と技術的な専門書の両方の性質を兼ね備え、初 心者、さらに指導者向けの教本としての役割があるとともに、過去にまとめられた企業で使 用される解説書に比べ、より現場の作業者向けに製作された書籍である。台車・輪軸分野は 鉄道車両整備において、安全の要となる分野であり、さらに自らが実作業に携わった経験、

また制作を行った経験から、本論文において問題点である暗黙知の所在を洗い出す中心的 な研究対象のマニュアルとした。

Tips on Magic

8)は『台車・輪軸(保守のポイント)』のような技術的なメンテナンスの

解説を目的としたマニュアルと異なり、東京ディズニーランドのスタッフの教育を目的と したマニュアルである。ディズニー大学 9)が作成したもので一般には公開されていないが、

「ディズニーの最強マニュアル 10)」、「9割がバイトでも最高のスタッフに育つ ディズニ ーの教え方 11)」など数多くの本でディズニーのマニュアルの秀逸さが語られている。ディ ズニーのマニュアルを比較の対象としたのは、以前から上記で挙げた書籍を始め多くの書 籍でディズニーのマニュアルの他社と異なる役割や教育姿勢が注目されてきたことに加え、

2011

年に発生した東日本大震災時にその真価が発揮され、マニュアルの読み手を最適な行 動に導くという本論文の目指すマニュアルの役割を既に担っているからである。

War Department Technical Manual TM 5-9483

12)(以下、

TM 5-9483)

は、『台車・輪軸(保 守のポイント)』と同様にメンテナンスを対象としたマニュアルであり、具体的には戦時中 に使用されたクライスラーのガソリンエンジンメンテナンスを対象としている。国によっ て人材教育の考え方は異なり、その教育の中心的役割を果たすマニュアルは日本国内のマ ニュアルとは特徴が異なっている。人材育成についての考え方の異なる国のマニュアルの 特徴と相違点を明らかにするために選んだ。また、科学的管理法が生まれた米国のマニュア ルであるため分析の対象とした。

調査したマニュアル 使用箇所 発行箇所 本論文中の該当箇所

1 台車・輪軸(保守のポイント) 鉄道事業者(主にJRグループ) 日本鉄道車両機械技術協会 第1~4章

2 Tips on Magic 東京ディズニーランド ディズニー大学 第1章

3 War Department Technical Manual

TM 5-9483(以下、TM5-9483) 米軍車両メンテナンス現場 アメリカ合衆国陸軍省 第3章 4 ハンバーガーマニュアル マクドナルド各店舗(アメリカ) マクドナルド各店舗 第3章

5 採炭作業手順表 北海道炭礦汽船株式会社 幌内礦業所

北海道炭礦汽船株式会社

幌内礦業所 第4章

(14)

13

「ハンバーガーマニュアル」13)は、マクドナルドのハンバーガーの調理手順を示したマニ ュアルである。マクドナルド社は、世界におけるチェーン店展開で成功を収めており、様々 なバックグラウンドを持ったスタッフを多数有している。共通言語や共通した考えを持た ない地域つまり多様性のある地域において、成功の要となっているマニュアルは、初学者用 のマニュアルとして優れた特徴があると考えた。

最後の『採炭作業手順表』14)は、北海道炭礦汽船株式会社の幌内礦業所で作成され使用さ れたマニュアルである。見習い社員が作成した手順表であり、初学者が必要とする重要な表 現が含まれていると考えた。マニュアルを有効に活用するためには、形式知化されたと思わ れている暗黙知の所在を明らかにし、適切に修正することが必要になる。修正のための手が かりは、若手技術者が作業を理解する上でどのような表現を難解と感じるかである。マニュ アルの多くは科学的管理法の行動研究や時間研究など、管理者側が作成を行うことがほと んどである。もちろん、現場作業者への確認や協力は必要不可欠だが、効率的な作業のため には管理者やベテラン作業者が冗長であると考える表現は省かれる。その一方で、未熟な作 業者が作成したマニュアルは冗長な表現がふんだんに含まれている可能性が高く、そこに 暗黙知の所在を確認することができると考える。

(3)マニュアル分析に関する先行研究

これまで多くの研究者がマニュアルを対象にして研究を行っている。例として、高齢者の 身体的・心理的特性に対応するためのマニュアルの構成要素について分析した三波千穂美 らの「マニュアルの構成要素から見た高齢者向け携帯電話マニュアルの現状と課題

:

-高齢 者の身体・心理的特性から想定される問題への対応に関して-」15)や、学校における防災教 育マニュアルについて分析した村田翔の「学校における防災教育マニュアルに関する分析」

16)、情報検索技術を活用したコールセンターの業務改善に有効なマニュアル運営について分 析した山下遼真らの「コールセンターの業務改善に向けた応答マニュアルの分析と検索手 法の検討」17)が挙げられる。また、原田悦子らの「動画マニュアルはわかりやすいか?

(

組立 課題における動画優位性の検討

)

18)では、昨今注目されている動画を活用したマニュアル について研究が行われている。それらの研究の一部を以下に紹介する。

三波らは高齢者向け携帯電話のマニュアルに着目し、高齢者でも理解できるマニュアル に重要な要素について研究を行った。高齢者向け携帯電話のマニュアルを分析したところ、

老化による視力低下や認識力低下に対するマニュアル上の対策はほぼ行われていた。しか し、それらマニュアルにおいて、同じく老化による色覚への対応力の低下、集中力や注意力 の持続性低下、記憶力低下への対策は未完成であり、マニュアルを作成するメーカーによっ て対応状況が異なっていることがわかった。対策を実際に行うためには、高齢者の特性を整 理し、それに対応するマニュアルの構成要素の組み合わせと状況を想定することがマニュ アル作成において有効であることを示唆した。

(15)

14

原田らは、動画を活用したマニュアルが学習ツールとして有益かどうかの試験を行った。

3次元組立パズルの課題において、静止画によるマニュアルと比較し、動画を活用したマニ ュアルは学習者に対して効果が高かった。しかし

2

次元のシルエット組立パズルは空間的 な操作がなく、動画を活用することによる優位性はみられなかった。

このような研究がある一方で、業種の異なるマニュアル同士を比較した論文は少なく、さ らに他国のマニュアルと比較したものはさらに少ない。他業種のマニュアルとの比較につ いては、松丸英治の「大学における業務のマニュアル化と運用(東京ディズニーリゾートを 事例とした研究)」19)が挙げられる。松丸は大学事務のマニュアルと東京ディズニーランド のマニュアルの比較を行っている。大学事務の多くはルーティンワークであり、部署あるい は個人単位では様々なマニュアルが作成されているが、組織として体系的にマニュアルを 整備しているところはあまり見受けられないことを問題点として捉えている。東京ディズ ニーランドのマニュアルを解析した結果、一般的なマニュアルの目的は業務の効率化であ るが、東京ディズニーランドのマニュアルは単純な基本作業の標準化ではなく、顧客の期待 を超えるためのサービスをキャストが自分で考え提供できる状態を作り出すためのもので あると指摘している。ディズニーランドの事例を大学事務のマニュアル化と運用に活かす ために必要なことを以下のように言及している。一つは、建学の理念や部署の目的を実現す るという視点でマニュアルを作成することであり、次に、マニュアルの作成によって、部署 の必要な任務を明らかにし、構成員に理解させる研修を行うことであることを示した。

他国のマニュアルとの比較に関しては、マニュアルはその国の歴史や制度にも大きく関 係しており、比較を行うと特徴に大きな違いがある。根岸司らの「日中の技術伝承の差異の 考察」20)は日本と中国の技術文化差に着目し、技術伝承の特徴について考察した。文化形成 に大きく影響を与える小学校の教科書を対象に比較を行った。この結果、日中において、図 と文章の比率に違いがあり、中国では文字を多用し、日本では図・挿絵を多用していること が明らかになった。中国の場合、秦朝時代(約

2200

年前)から書き言葉が統一されてきた のに対して、話し言葉は

1957

(昭和

32

)年になって統一されたため、書き言葉での伝達に 対して話し言葉では伝わりにくいことが推測される。さらに、

2004

年時点でも標準語でコ ミュニケーションが取れる人口は全体の

50

%程度に留まっている。しかし、日本の場合、

1900

年代の初めには現在の

6

年間の義務教育は整備され、教育水準は比較的一定であり、

話し言葉、文章のどちらの表現においても同じ解釈やイメージを共有できる。したがって、

日本人が中国人に対して技術伝承を行う際、話し言葉、図だけでは一人一人が異なるイメー ジや意味解釈を持ち、文字を使っての理解の確認を逐次行う必要があると結論付けている。

また、高山亮介らの研究「チェーンソー伐倒作業を中心においた技術マニュアルの制作

:

海 外とのルール比較について」21)は日本と海外のマニュアルを比較した数少ない例である。高 山らの所属する長野県林業大学校では、海外の優れた部分を取り入れた初学者向けのマニ ュアルの作成を目的に、オーストラリアやスウェーデンといった林業の盛んな国と研修や 教育協定連携を通じて、学生が引き継ぎながら独自のチェーンソー技術マニュアルの更新

(16)

15

を行っている。オーストリアは木材貿易が観光に次ぐ産業であり、優れたチェーンソー技術 を持っている。また、スウェーデンのハスクバーナ社は世界で有数のチェーンソーメーカー である。高山らは、日本の林業・木材製造業労働災害防止協会の特別教育用テキストとスウ ェーデンのハスクバーナ社の林業技術マニュアルとを比較検討を行った。その結果、作業服 の色など安全装備の違いや怪我などが発生した時の初動、伐採時の受け口の開口部角度な どに違いがあることを明らかにした。

マニュアルによる技術継承に不足した暗黙知

科学的管理法の重要な要素として整備されたマニュアルの背景からわかるように、マニ ュアルの整備・活用には効率的な経営を実現し、熟練技術者と若手技術者の経験の差を埋め る役割が期待されている。しかし、若手技術者がマニュアルに忠実に従い作業を行っている にも関わらず、二者の間には埋まらない差が存在し、未だに技術継承の課題解決には至って いない。その差は熟練技術者が長年の経験で身に付けた知識による差であり、その知識は工 場などの技術系職場で

OJT

などの日常業務を通じた教育によって脈々と受け継がれてきた。

マイケル・ポラニー(

Michael Polanyi

)の『暗黙知の次元』(紀伊国屋書店

, 1980

)はこの ような知識を「私たちは言葉にできるより多くのことを知ることができる」22)として考察し、

暗黙知と命名した。その後、野中郁二郎ら 23)は著書の『知識創造企業』(東洋経済新報社,

1996

)の中でこの暗黙知を「非常に個人的なものであり、形式化しにくいので、他人に伝達 して共有することが難しい知識」、形式知を「言葉や数字で表すことができ、厳密なデータ、

ドキュメント、科学方程式、明示化された手続き、普遍的原則などの形でたやすく伝達・共 有することができる知識」と表現し、経営学分野に導入した。具体的には、図3で示す

SECI

モデルにおいて、暗黙知と形式知は相互循環作用を通じて量的・質的な広がりを可能にして いくとした。

(1)SECIモデル

野中は知識変換プロセスを図

3

で示すとおり

4

つの段階に分類し、「共同化」、「表出化」、

「内面化」、「連結化」で表現した。「共同化」とは個人の暗黙知からグループの暗黙知を創 造するプロセスを示し、「表出化」は暗黙知から形式知を創造するプロセスを示す。そして

「連結化」は個別の形式知から体系的な形式知を創造するプロセスであり、「内面化」は形 式知化から暗黙知を創造することである。この

4

つの段階において、技術やノウハウである 暗黙知を言語つまり形式知に変換する過程は

SECI

モデルの「表出化」に該当する。

SECI

モ デルの「内面化」は、暗黙知から形式知への遷移が達成されたことを前提に、暗黙知への体 得に繋がる。つまり、形式知を暗黙知として内面に記憶するためには、事前にマニュアルや 技術書などで文字や図式として表現させなければならない。したがって、暗黙知の習得に重

(17)

16

要なことは、図4で示すとおり暗黙知を形式知である言語や図として表現する「表出化」の 段階であることが言える。

出典:野中・竹内『知識創造企業』(東洋経済新報社, 1996, p.93)

図 3 SECIモデル

図 4 内面化の達成に重要な表出化

(2)先行研究

暗黙知に関する事例研究として、柴田俊和の「新学習指導要領で求められる暗黙知の指導 に関する事例研究

保健体育科教育法

と器械運動

における指導内容から

24)は実践的指 導力を持った体育・保健体育の教員養成に対応するために、実技授業における暗黙知の具体 化とその理解を深めるための内容と方法を明らかにした。具体的には、言葉だけでは伝える ことのできない身体知(暗黙知)について、「運動観察法」(自己観察と他者観察の方法)や

「動感25)の言語化と図式化」、「アナロゴン26と迂回路学習」などの運動学的な基本認識を

(18)

17

器械運動の学習、体験、確認を通して、学習者が動感を文章で表現できるようになる過程を 確認した。

また、村上成明の「看護実践の知識伝授プロセスにみられる 暗黙知伝授の有用性の検討

看護管理者の知識伝授体験より-」27)は中間管理職の看護師への知識伝授経験に関するイ ンタビューを考究し、看護実践における知識伝授プロセスと暗黙知による伝授の有用性を 明らかにした。形式知への変換によって、決まりきった知識の形式化が進む一方、暗黙知と してしか伝授できない部分も存在することを確認した。看護師の成長など知識の認知的側 面の重視という特徴が見られたことから、過度の「知識の定型化」を避け、暗黙知と形式知 の組み合わせることが理解を促進させることを明らかにした。

柴田や村上の二つの先行研究と本論文の異なる点は、事例研究とともに既存のマニュア ルに焦点を当て、暗黙知継承に必要なマニュアル上の表現方法を検討することである。

(3)本論文で分析する暗黙知

暗黙知には分析対象となる暗黙知が二つあると考える。一つ目は、そもそも文書として表 現されていない、つまり暗黙知のまま熟練技術者の中に埋もれ文章にされていないもので ある。二つ目は知識や技能が既に形式知として表現されたものである。本来であればこの時 点で暗黙知ではないが、暗黙知から形式知への移行が達成できていない場合がある。例えば、

部品の交換基準を部品の摩耗量によって把握するなど、安全率を大きく取った閾値によっ て形式知への変換を実現したものである。暗黙知を十分に表現できれば必要以上に大きな 安全率を取る必要がなくなり、部品交換率が高くなることを避け、部品の交換にかかる費用 を抑えることができる。結果として中長期的な企業の健全な経営にも寄与できる。このよう な暗黙知から形式知への移行が十分に達成できていないものは、暗黙知を曖昧な表現で代 用せざるを得なかったもの、である。言語で表現することは不可能ではないが豊かな内容を 伝えることはできないため、曖昧な表現になってしまう。

暗黙知を分析する方法の一つは、先行研究と同様に熟練技術者に実際の作業の聞き取り を行うことであるが、分析作業や対象が膨大で効率的ではない。そこで注目したのが技術継 承の中心的役割を担うマニュアルである。鉄道車両のメンテナンス分野では、暗黙知を形式 知に変換する明確なノウハウがないまま大量の知識や技術がマニュアルや技術本にまとめ られ、現場・作業場等に保管されている。本論文では熟練技術者への聞き取りや作業トレー スではなく、既存のマニュアルの調査や比較を詳細に調べることで、暗黙知の文字としての 表出のために重要な要素を明らかにする。

(19)

18

本論文の目的と構成

本論文は、全章を通じて、技術継承に必要な暗黙知を題材としている。人口減少による働 き手不足や大量退職による熟練技術者の不足を念頭に、自動化や機械化の技術開発だけで はなく、いかに蓄えられた暗黙知を含む技術を継承するかを焦点に様々な学問分野で横断 的に研究されている。本論文では、過去の故障事例や既存のマニュアルを比較・考察するこ とによって、マニュアルで表現すべき暗黙知の伝達要素や暗黙知の所在、それら暗黙知が潜 む可能性のある曖昧な文を機械的に抽出する手法(機械学習)の提案を目指す。以下に各章 の本研究における位置づけ及び目的を示す。

1

章は、既存マニュアルでは暗黙知が継承されなかった問題点を明らかにするために、

過去に暗黙知継承の不足によって起きた鉄道車両の故障に着目し、既存のマニュアルのど こに問題があったのか、またどのように表現されていれば事故を防げたのか、熟練技術者か ら若手技術者に継承されなかった暗黙知の観点から考察し、暗黙知の継承に重要な要素を 明らかにする。既に成果を挙げている他業種のマニュアルとの間で比較を行い、鉄道分野の メンテナンスマニュアルにどのような表現方法が必要であったのかつまりマニュアル内の 暗黙知の伝達に必要な表現方法を明らかにする。具体的には、東京ディズニーランドのキャ ストの教育マニュアルと鉄道車両のメンテナンスマニュアルを分析し比較を行う。さらに ヒューマンエラーに起因する鉄道車両の故障の検証を行い、作業の人為的ミスの原因にな りうるマニュアル内の記述のされ方の問題点を明らかにする。

2

章ではマニュアル内の文章と図表との関係性について論じる。第

1

章でマニュアル 内の説明文とそれに関連する図表において、技術者に誤解を与えかねない表現及び図と表 の相互関係が明らかになり、説明文と図表の関係性を解き明かすことが本章の目的である。

具体的には、『台車・輪軸(保守のポイント)』内の文を対象に、経験の浅い作業者二人を評 定者として、一文のみを読んで作業に対して曖昧さの残る文を抽出した。抽出されたそれら の文と対応する図表の関係を明らかにし、図表が果たす役割や改善すべき点を確認する。

3

章では、第

2

章で明らかになった図表の曖昧文を補完する役目が期待される中、十 分に曖昧さを補完するためにはどのような図表の表現方法が考えられるのか、その表現方 法の手がかりを得るために、米国のマニュアルに着目する。研究対象とした米国陸軍省の軍 事技術マニュアルは

20

世紀初頭の科学的管理法による作業管理が色濃く反映されており、

短期雇用が主流である米国の技術継承の困難さを解消するマニュアルとして重要である。

第4章は曖昧な文の抽出を機械学習によって試みる。まず、暗黙知を内包する文の特徴を 調べるために、たまたま残されていた北海道の炭鉱企業で見習い社員が作成した作業手順 書に着目する。これらは解釈に曖昧さの残る記述に対して、さらに追加の欄を設け、その曖 昧さを解消するような追記を行っている。初学者でしか着目できないような観点から不慣 れな作業を効率的かつ漏れなく行うための重要な要素を含んでおり、暗黙知を内包する可 能性がある曖昧な文を抽出する手がかりが得られると考えた。一般的に曖昧な文章の特徴

(20)

19

は、文章に冗長性があることと、表現が曖昧であること等が挙げられるが、第

2

章で経験年 数の浅い技術者がマニュアルを読んで曖昧である、もしくは判断が難しいと感じると判定 した文と共通した表現がみられ、それらを手がかりとして機械学習における属性選択とし て実験を行う。この章の成果によって、『台車・輪軸(保守のポイント)』の第

4

章の曖昧な 文の判別を可能にし、かつ内容の異なる別のマニュアルに対しても適用できるような機械 学習のモデルを提案することを目指す。

本論文の第

1

章から第

4

章の成果から期待されることは、暗黙知の伝達に必要なマニュ アル上の表層、表現上必要な表記方法を明らかにし、さらに様々なマニュアルに対して機械 学習によって曖昧な文が特定され、それらを図表の補足効果によって暗黙知を内包する曖 昧な文の曖昧さの解消に繋げることである。

上記の構成概略を図5に示す。

図 5 論文構成の概略

(21)

20 注・参考文献

1)

山之内靖・永易浩一・石田あつみ(訳)『第二の産業分水嶺』(筑摩書房,

2002

, 61-62

Michael J. Piore, Charles F. Sabel

.『

The Second Industrial Divide-Possibilities for Prosperity

(Basic Books Inc, 1984), 45-46

2)

猪木武徳『新しい産業社会の条件』(岩波書店,

1993

),

121-122

3)

株式会社トータルメディア開発研究所「プロジェクトレポート

2011.

過去の事故を振 り返り、今後の教訓を見いだす。人を育み、安全を創造する社員研修施」

https://www.to talmedia.co.jp/task/works2011-jrkyushu-anzensouzou/.

最終アクセス日

2020.12.8.

4)

草町義和「

JR

東海「安全本質学修館」に潜入 事故再現

VR

、宙づり・ドア挟み体験な どで安全学ぶ」

https://trafficnews.jp/post/87622.

最終アクセス日

2020.12.8.

5) On-the-job-training

の頭文字を取ったもので、職場において熟練技術者等のもとで実務を

させて訓練を行う従業員の職業教育であり、企業内の教育方法の一つである。

6)

課業管理、作業の標準化、作業管理のために最適な組織形態の

3

つの原理を基盤に構成 される。

7)

日本鉄道車両機械技術協会『台車・輪軸(保守のポイント)』(日本鉄道車両機械技術協 会,

2019

),

25-104

8) Disney University

Tips on Magic

(Disney University, 2009

, 13-25

.非売品

.

9)

ディズニー・リゾートの創立者であるウォルト・ディズニーが人材育成の場として設立 した。ウォルト・ディズニー・ワールド・リゾートで勤務する従業員が入社式や研修を 受ける場所として使用される。

10)

大住力『ディズニーの最強マニュアル』(かんき出版,

2014

.

11)

福 島 文 二 郎 『 9 割 が バ イ ト で も 最 高 の ス タ ッ フ に 育 つ デ ィ ズ ニ ー の 教 え 方 』

KADOKAWA/

中経出版,

2010

.

12) United States Army Technical Manuals, Series 5: Engineers, Engine Gasoline 95 to 100-HP Chrysler Model T-118-502. War Department. 1945.

13) Kate Taylor. McDonald's reveals a behind-the-scenes look at how it makes its new fresh-beef burgers. Business Insider Australia. 2018.

14)

伊藤一二『採炭作業手順表』当時三笠市博物館所蔵 北炭資料(北海道炭礦汽船株式会 社幌内礦業所,

1960

)非売品.

15)

三波千穂美・射場翔平・中山伸一「マニュアルの構成要素から見た高齢者向け携帯電 話マニュアルの現状と課題

:

-高齢者の身体・心理的特性から想定される問題への対応 に関して-」『情報メディア研究』

2013

12(1)

14-27

16)

村田翔「学校における防災教育マニュアルに関する分析」『広島大学大学院教育学研究 科紀要』

2018

,第二部,文化教育開発関連領域

67

67-74

17)

山下遼真・原謙介・田村哲嗣・速水悟「コールセンターの業務改善に向けた応答マニ ュアルの分析と検索手法の検討」『人工知能学会全国大会論文集』

2020

,第

34

回全国

(22)

21 大会,

1E4GS905

18)

原田悦子・遠藤祐輝「動画マニュアルはわかりやすいか?

(

組立課題における動画優位 性の検討

)

」『日本認知心理学会第

15

回大会』

2017

15

19)

松丸英治「大学における業務のマニュアル化と運用(東京ディズニーリゾートを事例 とした研究)」『現代ビジネス研究所紀要』,

2016

vol.2

1-4

20)

根岸司・鶴田曉史・李杰・羨民・村尾俊幸・橋本洋志「日中の技術伝承の差異の考察」

『産業技術大学院大学紀要』

2013

No.7

53-58

21)

高山亮介・藤原涼太・堀井拓人「チェーンソー伐倒作業を中心においた技術マニュア ルの制作

:

海外とのルール比較について」『中部森林技術交流発表集』

2017

67-70

22) Michael Polanyi

・訳者

:

高橋勇夫『暗黙知の次元』(ちくま学芸文庫,

2003

, 18

23)

野中郁二郎・竹内弘高『知識創造企業』(東洋経済新報社,

1996

, 90-105

24)

柴田俊和「新学習指導要領で求められる暗黙知の指導に関する事例研究

保健体育科 教育法

と器械運動

における指導内容から

」『びわこ成蹊スポーツ大学研究紀要』

2013

10

61-76

25)

動感は運動内観によって捉えられた「私はこのように動くことが出来る」という動き の感じ。

26)

アナロゴンはスポーツや体育の運動場面において、動きの発生や構造から似た「コツ」

をもつ、あるまとまりをもった動きのかたち「類似の動き例」のこと。

27)

村上成明「看護実践の知識伝授プロセスにみられる 暗黙知伝授の有用性の検討

看護 管理者の知識伝授体験より-」『日本看護管理学会誌』

2006

Vol 9

No 2

50-57

(23)

22

第1章 鉄道車両の故障分析による暗黙知伝達要素の抽出

序章にて、最近の技術継承の問題点を浮き彫りにし、本論文の目的を設定した。本章では 技術継承において重要な暗黙知の中で、鉄道車両のメンテナンスにおいてマニュアルや技 術書等で形式知化されていない暗黙知に焦点を当てる。具体的には、過去の鉄道車両の故障 事例を分析し、暗黙知の継承に重要な要素の抽出を目指す。

そして、明らかになった技術継承の要となる暗黙知の伝達要素の具体的な表現方法につ いて、メンテナンスとは対象領域の異なる東京ディズニーランドの教育マニュアルと比較 することで、鉄道車両メンテナンスのマニュアルでみられなかった表現方法の獲得を目指 す。

1.1 研究の背景と目的

昨今多発する技術継承の不足に起因する事故は、社内の管理体制、人員構成の偏りによる 継承者不足、作業の失念、技量不足などが原因として挙げられる。鉄道分野では、

2017

(平 成

29

)年に博多駅から名古屋駅間で発生した川崎重工業株式会社(以下、川崎重工業)製 造の新幹線台車亀裂が記憶に新しい。作業責任者の思い込みにより、マニュアルで禁止され ている鋼材を削る指示を誤って出したことが原因である。川崎重工業の作業指導票では、溶 接に近い部位のみ鋼材を最大

0.5

ミリ削ることが認められていたが、責任者は全体に対して

0.5

ミリ削ることができると勘違いしていた。また、建築分野では、

2014

年の横浜のマンシ ョン杭うちデータ改竄が記憶に新しい。複数の杭が強固な地盤に届いていない状態だった ため、建物が傾くという事態が発生した。データ改竄が行われた背景には、重層請負構造に よって不適切な工期の設定や極端な予算削減などある。これらは結果として、管理者側のデ ータの形式的な検査や施工者側のデータの辻褄合わせに繋がっている。

上記で挙げたような例に限らず、昨今多くの企業で業務移管や業務委託が積極的に行わ れているため、二重チェック機能などの管理体制が注目されがちである。しかし、新幹線台 車亀裂では責任者の作業に関する認識不足もしくは資料の読み取りの間違い、マンション 杭打ちデータ改竄では作業の役割を軽視した場合の結果に対する想定力の不足など、管理 体制よりも技術者個々の能力やノウハウの不足が強く考えられ、過去に類例が存在しない ような大きな事象が発生している。このように、これらの問題の一つは、暗黙知が十分に継 承されなかったことにあるとの考えから、本章では新聞などで取り上げられた社会的影響 の大きかった鉄道車両の故障事例の原因や対策に焦点を当て、表面化していない暗黙知の 伝達について、どこに問題があったのか明らかにする。暗黙知の伝達に必要なマニュアル上 の要素を抽出することで、今後のマニュアルの記録管理への貢献が期待できる。

社会的に影響の大きかった鉄道車両の故障事例では、特に北海道旅客鉄道株式会社(以下、

(24)

23

JR

北海道)の事例を取り上げる。

JR

北海道は、

2011

5

月に石勝線トンネル内で特急列車 を全焼させる脱線火災事故、

2013

4

7

月には特急列車のエンジンや配電盤等からの発煙 や出火、さらに同年

9

月には軌道検査データ改竄による函館本線大沼駅におけるコンテナ 貨物列車の脱線事故を受け、国土交通省から二度の事業改善命令と

JR

会社法に基づく初の 監督命令が出されている。本章では、上記に示した事例のうち、以下の表2で示す二つの故 障事例を対象とする。

表 2 故障事例の一覧

本章では

JR

北海道の事例を取り上げるが、社内管理体制以外の視点から暗黙知を考察す る。社内管理体制も問題視されている

JR

北海道の事故事例を取り上げるのは、鉄道事業法 に基づく行政処分(業務改善の命令)において、マニュアルの不備が重大事象に繋がってい るという明確な見解があるためである。管理体制等による故障や事故等の未然防止は必要 であるが、技術継承において最終的な歯止めとなるのは、技術者個人である。当時の

JR

北 海道社長も「ノウハウの継承が進まず、検査結果に個人差が生じ、修理が必要な車輪を見落 とした」と言及し、検査結果の個人差は管理体制によって解決できない問題である。また、

国土交通省は

JR

北海道が鉄道事業法に基づく行政処分(業務改善の命令)を出した際に、

「監査の結果、貴社においては、異常時における運転士、車掌及び指令員の対応マニュアル 等が多数作成されており、これらについて、旅客の避難誘導の手順、車掌による非常ブレー キ操作等に関し、齟齬や不適切なところが認められた。このような状況は、異常時における 対応に混乱を生ずる等により、旅客の安全を脅かす危険性があり、輸送の安全を阻害してい る」と指摘している。齟齬や不適切な部分については、代表的なものとしてトンネル内にお ける列車火災時の処置手順に関するマニュアル内の記述が挙げられる。車内に煙が発生し 危険と判断した場合に火災時の取り扱いとして行動することが明記されていなかった。ま た、現地の乗務員が乗客の生命身体への危険性があると判断した場合は、列車外への避難誘 導を実行し、連絡を受けた指令は乗務員の判断を優先し避難誘導への支援を実施すること が明記されていなかった。

このように、

JR

北海道におけるマニュアルの改善すべき点は鉄道車両メンテナンスに限 らず広い範囲で指摘されており、

JR

北海道の事故や故障の分析は本研究の対象とするマニ ュアル上に示すべき暗黙知の抽出に大きく貢献すると考えた。

さらに、鉄道事故の事例研究①で東京ディズニーランドのマニュアルと台車輪軸マニュ アルの比較を行う。国土交通省鉄道局をはじめ、各鉄道事業者鉄道事業本部長等が出席した

内 容 発 生 日 影 響 度 原 因

事例① 特急「北斗20号」車両床下からの発煙 2013年7月6日 重大インシデント 対策の誤り

(直近に同事象2回あり)

事例② 特急スーパーおおぞら3号配電盤から出火 2013年7月15日 ヒューマンエラー

(25)

24

「第2回 鉄道の輸送トラブルに関する対策のあり方検討会」において、

JR

北海道は「安全 に関する考え方を社員全員で共有し具体的行動に移すための取り組み

~

安全の基本方針

JR

北海道 安全の再生」の策定

~

」と題し報告を行っている。その一つである「安全研修」

の社員へのメッセージ(教訓)として次のように述べている。

安全な鉄道を維持するには、「絶対に守るべき安全の基準」を満たすよう、日頃のメン テナンスを確実に行なければならない。「絶対に守るべき安全の基準」を満たしてい ない場合は、列車に運休が出ても、列車の運転を行ってはならない。このように、安 全の大前提である「絶対に守るべき安全の基準」を維持するという「安全のルールを 守るコンプライアンスの意識」の醸成を行っている。

多くの事故から学んだ教訓を活かし

JR

北海道が取り組み始めた教育は、東京ディズニー

ランドの

SESC

The Four Keys

4

つの鍵~)のように守るべき基準を明確にした教育方針

と非常に似通っている。

1.2 鉄道事故の事例研究①~特急「北斗 20 号」車両床下からの発煙について~

2013

(平成

25

)年

7

6

日、札幌発函館行き特急「北斗

20

号」において車両床下から煙 が上がった。調査の結果、

2012

9

月と

2013

4

月の同形式車両においても同じ事象が起 きていたことが判明した。当初、本事象の原因も過去の故障と同様に部品の金属疲労と考え られていたが、今回の事象は過去

2

回の対策後に発生した。この件について、

JR

北海道の 野島誠社長は「(燃料ポンプ内の部品で

3

度壊れた)スライジングブロックも

1988

年から 使っていて壊れたことはなく、部品の不良と思っていた。原因究明が不足していた。技術屋 の執念が足りなかった」1)と言及しており、執念の不足を原因の一つとして挙げたことに着 目したい。自身が一人前の技術者であると自覚したとき初めて生まれる責任感が技術者の 執念であり、経験が浅い若手技術者はそもそも深く考察する知識も技術も持ち合わせてい ない。このため、

JR

北海道の社長が言及した技術者の執念は、業務に対する「やる気」と いった類のものではなく、技術継承の不足によるものであり、これが本事象に繋がったと解 釈することができる。まず今回の故障の背景について述べる。

1.2.1 故障の背景

まず、本節で取り上げる故障事例の原因調査から対策決定に至るまでの流れについて、鉄 道車両の品質管理を担当する

JR

グループの総合車両センターを一例として説明する。総合 車両センター及び本社などの企画計画部門では、日々発生する車両故障の対策の立案から 決議に至るまでに会議が

3

回から

4

回程度行われる。そこでは車両故障の原因究明及び対

(26)

25

策について意見交換が行われる。故障調査の流れとして、まず車両故障が発生した際に現地 調査を行い、必要に応じて、総合車両センターなどの検修現場で故障原因と推定した部品の 分解調査などを行う。そこで究明された原因について、まず現場担当者間で情報を共有する 会議を行い、対策の方向性を決めていく。その後、総合車両センター内の管理者(所長、課 長など)や各現場長(エンジン検修場管理者など)、品質管理担当者が出席する原因・対策 の会議が開かれる。さらに、本社などの企画計画部門を含め、再度原因究明・対策の会議が 開かれ、それらの論証をもとに、最終的に決裁権限者・予算責任者である会社幹部が承認し、

対策及び予算執行が認められる。対策は、緊急対策、恒久対策などに分かれ、各現場機関(車 両運用現場、車両検修現場など)で実施される。

JR

九州を例に挙げると、これら対策決議 までのサイクルは

2

3

か月内で行われることが多い。

ここでいう品質管理担当者もしくは現場管理者が

JR

北海道社長の言及した「技術屋」に 該当し、限られた時間の中、「執念」で車両故障の原因を見つけ出し、対策を立案していく ことになる。当然のことながら、対策を実施するためには予算が必要になる。鉄道事業者に よっては多数存在する同形式の車両に対して、同時並行で対策を進めていくため、故障原因 によっては多額の費用が発生する。会議を重ね、さらに限られた予算の中で、間違った対策 を決議し不必要な支出を会社側が容認することは考えにくい。では、技術者の執念ではなく 根本的な問題は何だったのだろうか。

ここで、

JR

北海道の

2008

(平成

20

)年度から

2012

年度までの車両原因による輸送障害 件数2)の推移をグラフ1に示す。

グラフ 1 JR北海道の車両故障推移

(JR北海道安全報告書を基に作成3)

(27)

26

2008

年度は

69

件、

2009

年度は

49

件、

2010

年度は

55

件、

2011

年度は

83

件、

2012

年度は

133

件であり、輸送障害となった車両故障件数は上昇傾向にある。老朽化した車両の増加や 淘汰計画などの影響もあり一概に技術者の技術力低下とは言えないが、

2012

年問題とよば れる団塊世代の大量退職と時期が一致する。以下のグラフ2及びグラフ3は

JR

北海道、

JR

東日本、

JR

西日本の各社の公表資料をもとに作成した各社の社員年齢構成である。グラフ からもわかるように、各社

55

歳以上の社員がその他の年齢と比較しても突出しており、技 術を継承すべき次の世代である

40

歳代の社員が極端に少ない。本章の技術者の大量退職に 伴う技術継承の課題は

JR

北海道に留まる話ではなく、

JR

各社、私鉄、製造業などの社会全 体に共通する課題である。

グラフ 2 JR北海道の車両故障推移 ※24歳以下データなし

(2011年度JR北海道安全報告書を基に2019年度を想定し作成4)

グラフ 3 JR北海道の車両故障推移

(2020年度JR東日本会社要覧5)、データで見るJR西日本20196)を基に作成)

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