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R マルクス恐慌論研究序説(後編)

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(1)

研究ノ!卜

マルクス恐慌論研究序説(後編)

1マ

ル ク ス と リ カ

l

ド︑

な ら び に

J

・ ミ ル の 恐 慌 把 握 の 検

1

l

シス

モン

︺ア

目次

まえ

がき

第一章ブルジョア経済学者の恐慌観

第二郎リカlドの恐慌観

第二節シスモγディの恐慌把握

第三

J・ミルの恐慌観(以上︑第二十八巻第二号所載)

第二章マルクスの恐慌把握

第一節唯物史観の﹁公式﹂と恐慌

第二節経済学の﹁区分﹂と恐慌

第三節産業循環と労働者階級

マルクス恐慌論研究序説(後編)

簡単

な総

括・

:j

i‑

‑:

(以

上・

木号

所載

第二章マルクスの恐慌把揖

)11

R

/3 

前章においては︑マルクスに先行するブルジョア経済学者た

ちが過剰生産あるいは恐慌をHとのように把握しているかを簡単

に検討したのであり︑彼等は︑この経済現象を正しく資本主義

的生産の本質から説明することはとうていなしえやす︑恐慌が資

本主義的生産の発展にとっていかなる意味をもっているのであ

るか︑すなわち︑恐慌のもつ歴史的な意義については︑これを

一一

(2)

マルクス恐慌論研究序説(後編)

把握することは不可能なことであった︒一七六

0

年代にはじま

ったイギリスの産業革命は︑イギリス資本主義の急速な発展を

もたらし︑一八二五年にはすでに過剰生産による恐慌をひき起

し︑これ以降周期的に︑イギリスはこの経済恐慌に襲われるこ

とに

なる

D

・リ

l

ド や

J・ミルによる過剰生産否定は︑こ

の現実の歴史的事実によって破産せしめられたのである︒マル

クスによる経済学研究あるいは恐慌研究は︑このような辰史的

前提をもつものである︒

われわれは︑まず︑マルクスの経済学研究にとっての﹁導さ

の糸﹂といわれるいわゆる唯物史観の﹁公式﹂において︑恐慌

の問題がどのようにとりあっかわれているかを検討してみるこ

とに

しよ

う︒

第一節唯物史観の﹁公式﹂と恐慌

同経済学批判﹄の﹁序言﹂に述べられているこの﹁公式﹂

は︑われわれの当面の問題において︑決定的に重要な文章であ

るので︑煩をいとわず関連箇所をすべて引用することにしよ

︑ 寸 ノ ︒

﹁人間は︑彼らの生活の社会的生産において︑一定の︑必

然的な︑彼らの意志から独立した諸関係に︑すなわち︑彼ら

の物質的生産諸力の一定の発展段階に対応する生産諸関係に

はいる︒これらの生産諸関係の総体は︑社会の経済的構造を

形成する︒これが実在的土台であり︑そのよに一つの法律的

一 二

O

および政治的上部構造がそびえ立ち︑そしてそれに一定の社

会的諾意識形態が対応する︒物質内宝活の生産様式が︑社会

的︑政治的および精神的生活過樫一般を制約する︒人間の意

識が彼らのふ仔在を規定するのではなく︑彼らの社会的存在が

彼らの意識を規定するのである︒社会の物質的生産諸力は︑

その発展のある段階で︑それらがそれまでその内部で運動し

てきた既存の生産諸関係と︑あるいはそれの法律的表現にす

ぎないものである所有諸関係と矛盾するようになる︒これら

の諸関係は︑生産詰力の発展諸形態からその極措に一変す

る︒その左さに社会革命の時期が始まる︒経済的基礎の変化

とともに︑巨大な上部構造会体が︑あるいは徐々に︑あるい

は急激にくつがえる︒このような諸変革の考祭にあたって

は︑経済的生産諸条件における物質的な︑自然科学的に正確

に確認できる変革と︑それで人間がこの衝突を意識するよう

になり︑これとたなかって決着をつけるところの法律的な︑

政治的な︑宗教的な︑芸術的または哲学的な諸形態︑簡単に

いえばイデオロギー諸形態とをつねに区別しなければならな

い︒ある個人がなんであるかをその個人が自分自身をなんと

考えているかによって判断しないのと同様に︑このような変

革の時期をその時期の意識から判断することはできないので

あって︑むしろこの意識を物質的生活の諸矛盾から︑社会的

生産諸力と生援諸関係とのあいだに現存する衝突から説明し

なければならない︒一つの社会構成は︑それが生産諸カにと

(3)

って十分の余地をもち︑この生産諸力がすべて発展しきるま

では︑けっして没落するものではなく︑新しい︑さらに高度

の生産諸関係は︑その物質的存在条件が古い社会自体の胎内

で解化されてしまうまでは︑けっして古いものにとって代わ

ることはない︒それだから︑人聞はつねに︑自分が解決しう

る課題だけを自分に提起する︒なぜならば︑もっと詳しく考

察してみると︑課題そのものは︑その解決の物質的諸条件が

すでに存在しているか︑またはすくなくとも生まれつつある

場合にだけ発生することが︑つねに見られるであろうから

だ﹂

容葉

︑第

十三

巻︑

八│

九頁

︑邦

訳︑

大月

版・

六!

七頁

)︒

みられるように︑マルクスは︑人間社会の発展法則をきわめ

て簡潔に提示している︒彼は︑人聞社会の歴史的発展の原動力

を﹁物質的生産諸力﹂に求め︑人聞は必ずこの﹁物質的生産諸

力﹂の高さに対応した﹁生産諸関係﹂を結ばざるをえないこ

と︑﹁生産諸力﹂はこの対応した﹁生産諸関係﹂のもとで必然

的に高まること︑だがしかし︑この﹁生産諸力﹂の高まりは今

までそれに対応しその発展U

上昇を促進していた﹁生産諸関

係﹂と必然的に﹁衝突﹂せざるをえないこと︑この衝突は﹁社

会革命の時期﹂の﹁はじまり﹂であること︑さらに︑こういっ

た﹁経済的基礎﹂の変化は﹁上部構造﹂の﹁変革﹂をもたらす

こと︑かかる社会の発展法則を一般的に︑すなわち︑人商社会

の歴史的発展に一般的に妥当する法則として︑換言すれば︑社

会の一般的発展法則として︑提示しているのである︒さらに注

マルクス恐慌論研究序説(後編) 意しなければならぬ重要なことは︑マルクスが︑このような﹁変革﹂に際し﹁経済的生産諸条件﹂における物質的な・それ故人間の意思から独立した変革︑いいかえれば﹁経済的整礎一における変革と︑人間がこの﹁経済的基礎一の変革を意識し︑ζの﹁基礎﹂の変革をさらに押しすすめるための︑したがって

又︑それ自身をも変革すべき﹁上部構造﹂における変革とを︑

明確に区別して把握しているということである︒総じて﹁経済

法則﹂は︑一定の﹁生産関係﹂のもとで︑この﹁生産関係﹂に

規定されて︑必然的に︑すなわち︑人間の意怠から独立してお

のれを貫徹きせるものであり︑人間の願望や善意とは無関係

に︑あたかも﹁家が頭上にくずれ落ちるばあいの重力の法則一

︿﹃

資本

論﹄

︑第

一巻

︑八

一一

良︑

長谷

部訳

︑青

木書

底版

川︑

一七

六頁

)

のように︑自己を主張するものである︒この必然的に貫徹する

法則に対して︑人聞は︑これを変更したり消滅させたりするこ

とはできず︑この法則を認識し︑これを自己のために利用しう

るのみである︒マルクスが︑円生産諸カ﹂の高まりが今までこ

の高まりを侭進していた﹁生産諸関係しと必然的に衝突ぜさる

をえなくなると述べるとき︑この衝突は当然︑必然的な法則と

して貫かざるをえないものとしてとらえられているのである︒

さて︑以上の説明は︑マルクスによって﹁一般的結論﹂とし

て述べられた人間社会の歴史的発展にとっての一般的発展法剣

ともいうべ品きものであるが︑われわれは︑この一般的発展法則

をわれわれの考察対象たる資本主義社会にあてはめて考察して

(4)

マルクス恐慌論研究序説(後編)

みなければならない︒資本主義社会において︑この二般的結

論﹂がいかなる形態で貫徹しているか︑﹁生産諸力﹂と﹁生産諸

関係﹂との対立H矛盾がいかに発展・深化・拡大しているか︑

を研究しなければならず︑又︑﹁経済的生産諸条件における物

質的な︑自然科学的に主確に確認できる変革﹂とは一体どのよ

うなものをきすものであるか︑を検討してみなければならな

い︒それでは︑この﹁自然科学的に正確に確認できる変革﹂︑そ

して﹁社会革命の時期﹂の﹁はじまり﹂たるべきものほ︑資本主

義社会においてはどのようなことをさすのであろうか︒いうま

でもなく︑この﹁変革﹂は︑マルクスの時代においては︑﹁過剰

生産恐慌﹂を意味するものである︒資本主義社会においては︑

生産力は機械制大工業による大量生産として︑又︑工場内にお

ける計画的生産として︑すなわち︑﹁社会的生産﹂として︑飛

躍的に増大するが︑この大量主産された商品はすべて各資本家

の﹁私的

1

資本主義的領右﹂に帰すべきものである︒つまり︑

この社会においては︑﹁生産諸力﹂と﹁生産諸関係﹂との対立

U矛盾は︑﹁社会的生産﹂と﹁私的日資本主義的領有)との対

E

矛盾となってあらわれるのであり︑この対立

1 7

才田

川に

よっ

てはじめて資本主義は資本主義として維持され発展させられる

のであり︑又︑この矛盾が爆発となって顕在化したものが過剰

生産恐慌なのである︒したがって︑以上の点から︑われわれは

さわめて重要ないくつかの結論をひき出すことがで雪る︒

第一に︑マルクスは︑過剰生産恐慌を﹁経済的生産諸条件に

おける物質的な変革﹂としてきわめて重視していたのであるが︑

それは︑この﹁変革﹂が﹁社会的生産諸力しと﹁生産諸関係﹂と

の間の矛盾の爆発を意味するものだからであり︑したがって︑

資本主義社会の発展という観点において恐慌が決定的な意味を

もつものである︑という判断からにほかならないQさらにいえ

ば︑過剰生産恐慌は︑資本主義社会における﹁社会革命の時期

のはじまり﹂としてマルクスに重視されていた︑ということで

ある︒この﹁社会革命の時期のはじまり﹂たる過剰生産恐慌を

生み出す資本主義社会の経済法則を﹁一般的結論﹂の適用とし

て解明すること︑いいかえれば︑﹁一般的結論﹂が資本主義社

会においていかなる形態において貫徹しているか︑﹁生産諸力﹂

と﹁生産諸関係﹂との対立H矛盾がいかに発展・深化・拡大し

ているか︑そして︑この矛盾がいかに必然的に過剰生産恐慌と

して爆発せざるをえないか︑これらの解明こそ︑マルクスが自注8己に課した使ム別であったというととができるのである︒そして

このことは又︑見方をかえていうならば︑﹁近代的社会の経済

的運動法則の暴露﹂包

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2

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こそ彼にとっての最大

の課題であった︑ということでもある︒﹃資本論﹄の﹁最後め

窮極

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長庄

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四円

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田)

たる

この

題は︑周知のように︑﹁ブルジョア社会﹂の﹁生成・発展・消

1

交替﹂の必然性の暴露たる意味をもつものであるが︑この

必然性の暴露は︑右にみたように︑過剰生産恐慌の解明と密接

(5)

に結びついていた︑というよりも︑ヨリ厳密にいうならば︑過

剰生産恐慌の必然たることの解明によってはじめて﹁ブルジョ

ア社会一の﹁生成・発展・消滅H

交替一の必然性が暴露され

る︑というべきものである︒

注8

︑し

たが

って

明ら

かな

よう

に︑

恐慌

の研

究は

︑産

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ある

第二に︑マルクスは︑資本主義社会における﹁生研諸力L

﹁生産諮問係﹂との間の矛席の爆発H衝突したがって恐慌を︑

﹁自然科学的に正確に確認できる変革﹂(ロ民民主

8 3 R E E

F

R E E r o B S

四円

巾昆

g d B

N E

巴ととらえているとい

うことである︒同じような主張は他の箇所においてもみること

ができる︒たとえば︑一八五八年十月四日付の円ニューヨーク

・デイリ・トリピュン﹄への寄稿文﹁イギリスの商業と金融﹂

において次のように述べている︒

﹁われわれは︑ひとり最近のこの議会報告書ぽかりでな

く︑﹃一八四七年の商業的窮境についての報告書﹄にも︑ま

たそれ以前の同種のその他すべての報告書にもつうじる本質

的な欠陥は︑次の点にあると考える︒

li

これらの報告書は︑

新たな恐慌を︑そのたびに︑社会の地平線上にはじめて現わ

れてきた孤立した現象︑したがって︑このまえの逆転とこん

どの逆転との中聞の︑たったいま経過してきた一時期だけに

マルクス恐慌論研究序説(後編) 特有な︑ないし特有であると想定とれている出来事︑動き︑作用因によって説明されるべき現象として︑取り扱っていることである︒もし自然科学者たちがこれと同じ子供じみた方法で事を扱ったとしたら︑琴堅一くらいのものが再出現しても︑世間は驚天動地ということになるであろう︒世界市場の恐慌を支配している法則をあばきだそうと試みる場合には︑それらの恐慌の周期的性格ばかりでなく︑その周期性の正確な日取りをも明らかにしなければならない︒かつまた︑それぞれの新たな商業恐慌に特有な︑他と区別される諸特徴によって︑これらの恐慌のすべてに共通な面がおおいかくされてはならない﹂(全集︑第十二巻︑五七一頁︑邦訳︑大月版︑五回三

頁︑

傍点

││

高橋

﹀︒

このように︑マルクスは︑過剰生産恐慌を﹁自然科学的に

E

確に確認できる変革﹂といい︑﹁その周期怯の正確な日取り﹂

g E S

ロ 主 自 己

g q

宮口

注目

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巧目

白白

身宮

町与

をも

明らかにしうるもの︑といっている︒勿論︑これらのことか

ら︑恐慌は誰によってもとらえられるものであるとか︑その

﹁周期性﹂も簡単に認識しうるものであるとかいった結論を下

すことはできない︒恐慌は﹁資本主義的生産の最も複雑な現

象 ﹂

2242

豆 島 喜 ∞ 芯

B U 5 5 3 b

H

E R S ‑ 5 2 n u g H U H ‑ E

己 宮山

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説史

﹄︑

全集

︑第

一一

六巻

︑第

二分

冊︑

O一

一頁

︑大

版︑六七七頁﹀たるものであり︑こ一れの解明はきわめて困難な

作業である︒とはいうものの︑資本主義的生定における﹁生産

(6)

マルクス恐慌論研究序説(後続)

諸力﹂と﹁生産諸関係﹂との対抗

1

矛盾

︑換

一一

一目

すれ

ば︑

﹁社

的生産﹂と﹁私的日資本主義的領有﹂という資本主義的生産の

基本的矛盾の発展が︑他の諸関連との結びつきにおいて正しく

とらえられるならば︑この基本的矛盾の爆発の必然性は︑した

がってその﹁周期性﹂も︑まさに﹁自然科学的に﹂正確な把握注9をなしうるものということができるのである︒そしてこの点に

こそ︑リカ

l

ド以降恐慌を単なる偶然的出来事として説明して

しまう経済学者達に対するマルクスの強い批判の一矢がある︒

彼等は︑過剰生産恐慌を偶然的なもの︑つまり︑外的諸条件に

よって左右される一時的偶然的な︑混乱にすぎないもの︑として

とらえていたのであるが︑マルクスはこれを資本主義的生嵯の

本質と結びつけ︑﹁生産諸力﹂の増大の結呆必然的に生み出さ

れざるをえない衝突として︑したがって又︑資本主義的生産の

もとではとうてい避けることのでさない資本主義的生産それ自

身の矛盾の爆発として︑とらえていたのである︒さらに又彼

は︑この矛盾は恐慌となって爆発することによって一時的に解

決しうるとはいうものの︑資本主義的生産の発展は再びまたこ

の爆発を生み出さざるをえないこと︑それ故︑運動は必然的に

周期性をおびること︑として塑握しているのである︒

注9

︑こ

こで

の﹁

恐慌

の周

期性

の正

確な

日取

り﹂

とい

うこ

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︑一

そう

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恐慌

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意味

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の訳

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第九

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論説

の訳

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語訳

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︑意

味は

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らく

適期

E確な進行プロセスといったほど

の意

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(論

文二

八七

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教経

済学

研究

同第

十巻

第二

号︑

一八

九頁

﹀︒

第三に︑恐慌による矛盾の爆発はブルジョア的生産の発展の

特定の段階をさししめすものであり︑資本主義的生産関係のも

とでの生産力の発展がこの生産関係をすでに桂桔となずにいた

ったことのあらわれであり︑換言すれば︑資本主義的生庵の成

熟さらには燭熟をも示す一つのいわば指標としての意義をもつ

ものである︒それ放︑人類史の発展という観点においては︑こ

の恐慌によるブルゾョア社会の震擦はすぐれて進歩的な現象と

みなされることになるわけである︒このことはまた︑シスモン

ディに代表される経済学者に対する批判となる︒恐慌による労

働者の失業と貧困︑資本家の破産と没落︑社会の混乱と富の荒

廃︑これらの悲惨な歴史的現実に直面した彼等は︑ここに資本

主義的生医の欄熟とその歴史的過渡的性格をみることなく︑し

たがって︑この恐慌のもつ歴史的意義を到底理解しえず︑シス

モンディにみたように︑ただただこの﹁悲しむべき﹂現実にと

まどうのみで︑生産を消費と均衡させるべく歴史の車輪を逆転

させ中世に逃避してしまうのであるが︑このことは︑彼等の視

(7)

野のブルジョア的(正確にはプチブルジョア的)限界を示して あまりあるものであり︑彼等の﹁理論﹂の反動性を知りうるわ けであるが︑同時にわれわれは︑彼等に対してマルクスととも に﹁歴史的必然についての愁歎が何の役に

ι

とうか?﹂

Q資本

論句第一巻︑六二五頁︑長谷部訳︑青木喜底版凶︑九二六頁﹀と批判注

m

しなければならないのである︒

注刊︑一九七

0

年代いわゆる﹁高度経済成長﹂の矛盾が社会のあらゆ

る部面に顕在化してきた日本資本主義において︑さまざまな色あい

を帯びたシスモンディ主義者がなんと数多く出現したことであろう

か︒一例をあげよう︒たとえば一九七四年八月三一回付朝日新聞夕

刊の京都大学助教授吉田光邦氏の論文﹁入閣の都市と物量の都市﹂

をみよ︒﹁白木の都市はいまみるもむざんな様相を呈しはじめてい

るじという文章ではじまるこの論文は︑日本という現実の資本主

義社会における生産関係日階級関係を完全に無視︿あるいはヨリ正

穏には没却﹀した典型的シスモγディ主義者の働突のエレジイであ

る︒かつて﹁都市民が安定した個人の居住性と定着性をもっていた

時代︑それらの空間(一都市民を収容する空間﹂

i

│高橋)はいつ

も人聞に対応したサイメをもってデザインされ﹂ていたが︑﹁現代

都市のデザインは︑人聞を巨大な集団としてとらえ︑巨大な流れと

してとらえ︑それをいかに能率的に処理し︑管理するかをもってデ

ザインされる﹂のだという︒文︑﹁かつての都市は人間が集まり︑

たがいに情報と物を交換するための場所であった﹂が︑﹁今日の都

市は機械を中心とした管理組織が︑きわめて濃い密度で集積L

た空

間となっている﹂のであり︑﹁よくいわれる人問機械系︑すなわ

マルクス恐慌論研究序説(後編) ち人間と機械の共存生活が︑最も濃密に展開されるセンター﹂でゐるという︒かかる﹁荒廃した都市﹂のもとで人々は﹁人間の間尺に適合した空間と時聞を求めて﹂﹁遊牧化﹂せざるをえないというわけである︒資本主義社会においては︑一切を支配する経済力は資本である︒この資本による生産力の寓まりの結果生み出される資本主義的生産関係との対立・矛盾の激化こそ資木主義社会におけるすべての動揺・混乱・荒廃等の唯一の根源として把握されねばならない︒したがって︑この社会における動揺・混乱・荒廃等の現象は︑そこに資本主義社会の成熟と同時に瑚熟が一不されていること︑と同時に︑新しい社会実現の諸条件がとの社会において着々と形作られつつあること︑それ故︑﹁歴史的必然についての愁歎﹂ではなく﹁歴史的必然についての科学的認識﹂をますますわれわれに急務たらしめていること︑かかることをわれわれはこれらの現象を通して把握しなければならないのである︒しかるに︑この際︑階級的観点したがって科学的観点の一切を放携し︑ただたんに﹁組織﹂一般︑﹁機械﹂

一般をいくら議論したところで問題の解決にとって一歩も前進した

ことにはならない︒したがって︑かかる議論の末にこの﹁都市の荒

廃﹂を救うべく論者によって引き出される結論はまさに噴飯もので

ある︒いわく︑↑では人間のための都市と︑物と量のための都市

と︑この両極端に位置する都市の像は︑どんな哲学をもって結合す

ることができるのか︒それはマFロな物と量の都市(?)のなかに︑

できる限りミクロな二次的な都市(?)を生みだすことであろう︒

たとえばこのミクロな二次都市は歩行者を中心の文化が形成される

小世界ハ刊)である︒そしてこれに対するマFロな都市は︑大量交

通機関を軸として形成される時空(円﹀であるQそれはさらにいえ

(8)

マルクス恐慌論研究序説(後編)

ぽ︑都市におけるパトスとロゴスの共存(打)であろう︒マタロな

ロゴ

スと

ミク

ロな

パト

スと

の共

存(

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橋﹀︒かかる議論を前にして︑かつてツスモγディが﹁荒廃﹂した

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さて︑このように︑唯物史観の﹁公式﹂の簡単な検討を遇し

て︑われわれはマルクスの想慌ぷ対する考えの概観を知ること

ができたように忠われる︒要するに︑彼は恐慌をブルジョア社

会の発展という見地から重視していたのであり︑ブルジョア的

生産の矛盾の必然的・不可避的な爆発として︑したがって︑社

会の発展からみて進歩的な要因として︑これをとらえていたと

いうことができるのである︒そして又このことは︑河時に︑マ

ルクス以前におけるこの問題を取りあつかった経済学者に対す

る根本的批判をなすものである︒

それでは︑このような恐慌に対する考え方をもって︑マルク

スはこれをいわゆる経済学の﹁区分﹂

G S H o

‑ ‑ E

巴 の 中 で ど

のように取りあつかっているであろうか︒この点を検討してみ

ることにしよう︒

第二節経済学の﹁区分﹂と恐慌

マルクスのいわゆる経済学の﹁区分﹂(あるいは﹁篇別﹂﹀と

一一

一六

いわれるものを︑われわれは︑﹃経済学批判﹄の﹁序言﹂(く

2 1

毛足︒および﹃経済学批判要綱﹄(以下﹃要綱﹄と略記し︑引

用はすべてデ

fl

ツ版による)の出の﹁序説↑(巴色色

E

口巴

注U等において見いだすことができる︒次にそれらをかかげてみよ

注口︑いわゆる﹁区分﹂についてのマルクスの叙述は︑この二者のほ

かに︑たとえば︑一八五人年二月二二日付のラサl

ルへ

の手

紙︑

年四月二日付のエγゲルスへの手紙︑一八五九年二月一日付のずア

ルデマイアーへの手紙︑におい?もみられ︑さらに︑﹃要綱﹄の中

にも

同様

の記

述が

みら

れる

︒た

とえ

ば︑

﹃要

綱﹄

iト

E

の一

一二

九頁︑高木訳︑大月書庖版印︑一四六瓦︑および一七五頁︑同訳

凶︑

一八

五頁

にお

いて

であ

る︒

a

︑﹃経済学批判﹄の﹁序言L

﹁私はブルジョア経済の体制をこういう順序で︑すなわ

ち︑資本・土地所有・賃労働︑国家・外国貿易・世界市場と

いう順序で考察する︒はじめの一二項目では︑私は近代ブルジ

ョア社会が分かれている三つの大さな階級の経済的諸生活条

件を研究する︒その他の三項目のあいだの関連は一見して明

らか

であ

る﹂

(全

集︑

第十

三巻

︑七

頁︑

大月

版︑

五頁

)︒

b︑﹃要綱﹄の﹁序説﹂

﹁篇別は明らかに次のようにされるべきである︒

ω

一般

・抽象的諸規定︑したがってそれらは多かれ少なかれすべて

の社会話形態に通じるが︑それも右に説明した意味でであ

(9)

る︒川ブルジョア社会の内部的仕組みをなし︑また基本的諸

階級が存立する基礎となっている諸範時︒資本︑賃労働︑土

地所有︒それら相互の関係︒都市と農村︒一二大社会階級︒これ

ら諸階級聞の交換︒流通︒信用制度(私的)︒同国家の形態で

のブルジョア社会の総括︒それ自体との関係での考察︒﹁不

生産的﹂諸階級︒租税︒国債︒公信用︒人口︒椋民地︒移住︒

凶生産の国際的関係︒国際的分業︒国際的交換︒輸出入︒為

替相場︒川世界市場と恐慌﹂︿二八│九頁︑大月版川︑三O

頁 ﹀ ︒

﹁序言﹂は一八五九年一月に︑﹁序説﹂は一八五七年の八月

から允月にかけてQ

要綱

﹄大

月版

川の

マル

クス

日エ

γゲ

ルス

Hレl

ユγ

研究

所の

﹁序

L八頁参照てそれぞれ書かれている︒又︑

問要綱﹄自体一八五七年から一八五八年に書かれた労作であ

る︒つまり︑一八五

0

年代の後半の数年において︑マルクスは

自己の経済学の構想を右のようなものとして書一きしるしてい

るのである︒これによって分かるように︑彼はその構想の最

終の部分に﹁世界市場﹂(巧冊目

H S

知安門)に関する研究を予定し

ているのであり︑ここでは﹁すべての矛盾が過程に登場する﹂

(曲

目ぽ

当日

仏母

35

g

N S

H U B N

} S S S E ‑

司婆

綱同

一三

頁︑大月版川︑一四六頁﹀ものとして彼によってとらえられてい

るのであるu資本主義的生産の矛盾にみちた運動は︑﹁世界市

場﹂においてそのすべての矛盾をあらわすことになるのであ

り︑資本主義的生産の本質がここでもっとも鋭く又強烈に暴露

されるのである︒さらにマルクスは︑この﹁世界市場﹂との関

マルクス恐慌論研究序説(後編) 連において﹁恐慌﹂をとらえているのであり︑資本主義的生産の矛盾は﹁世界市場﹂において﹁世界市場恐慌﹂となって爆発するものである︒ちなみに︑マルクスは︑﹁ブルジョア的生産のすべての矛盾は︑一般的世界市場恐慌において集合的に爆発し︑特殊な恐慌(内容と範囲から見て特殊な)においてはただ散発的︑孤立的二面的に爆発するにすぎない﹂(と日目当

5 2 1 4 2 n V

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円四

四円

ロロ

宮口

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長江

口口

付白

58

山口

品自

由口

問冊

目色

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口町

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2 5

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7 2 0

日 目

2 ?

巾山

口由

自由

民間

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学説

史﹄

会集

︑第

二六

巻︑

第二

分冊

︑五

三五

頁︑

大月

版︑

七二

二頁

﹀と

いい

︑さ

らに︑﹁世界市場恐慌において︑ブルジョア的生産の諸矛盾と詰

対立は一挙に暴露される﹂(宮山

g

毛色

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目号

待片

山田

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白岡

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冊目

品目

4﹃ 円

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出品

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開注

目門

・前

掲妻

︑五

OO

頁︑

前掲

訳︑

六七

五頁

﹀と

もいっている︒このよ︑7にみてくろと︑世界市場恐慌はマルク

スにとって殺の経済学の中のすべてを総括する最終的な研究対

象であった︑ということをうかがい知ることができる︒とはい

うものの︑この﹁最終的﹂という意味は︑ブルジョア社会の

﹁生成・発展・消滅U

交替﹂の必然性を解明する上で﹁最終

的﹂ということである︒前節にも述べたとうり︑ブルジョア社

会における生産力の上昇は︑恐慌という形態で資本主義的生度

関係と衝突することになるのであり︑生産力がこの生産関係の

(10)

マルクス恐慌論研究序説︿後編﹀

もとでさらにそれ以上に飛躍的に上昇しえないことが︑恐慌に よって如実に示されることになるのである︒ここに︑資本主義 的生産の︑したがって︑資本主義社会の歴史的・過渡的性格が

一不されることになる︒したがって︑﹁最終的﹂という意味は︑

いいかえると︑この恐慌の研究を通して資本主義社会のかかる 過渡的性格が論証されるという意味において﹁最終的﹂なので ふ の ヲ

Q

しかしながら︑我国における恐慌の理論的研究に携わってい る先学諸氏の多くは︑恐慌が世界市場恐慌としてマルクスの経 済学の﹁区分﹂において最終的地位を占めていることを拠所と

して

1

1そして又︑マルクスは彼の﹁区分﹂を未完成のまま残

してしまったという判断に基づいて

! i

︑この﹁最終篇﹂たる 世 界 市 場 恐 慌 が 寸 ブ ル ジ ョ ア 経 済 学 の 批 判 の 全 事 業

﹂ の

﹁ 完

了﹂ハ高木幸二郎氏著﹃恐慌議体系序説同大月書府版︑八回頁﹀を意

味するものとして︑さらに︑﹁動学体系としてまた批判体系と

して完結さるべき性格をもっ﹂(富塚良三氏著﹃恐慌論研究﹄︑未来

社版︑﹁はしがきじものとして︑この戸冗精﹂を忘すべく︑﹁恐

慌論の体系の構築と展開﹂ハ前掲書)に道巡することになるので注U

ある

注位︑さらに︑多少ニュアンスの違いはあるが︑藤塚知義氏は﹁完結 ︒

の体系﹂についてその著書﹃恐慌論体系の研究﹄(日本評論社版)

の﹁序文﹂で次の如く述べておられる︒﹁このこと(古典学派の継

承と批判││高橋﹀は︑この新らしい体系(﹃資本論﹄のこと││

一二

高橋)が・周時に資本主義的生産の矛盾の発現としての恐慌の論理

の体系でもあることによって・古典学派の真の批判者たることがで

きた︑ということを合意している︒しかし周知のように︑恐慌の論

理にかんするその体系は︑明白かつ完結した形でしめされることが

なく︑そのためにその理解と解釈をめぐって種々の論議をよんでい

る︒それにもかかわらず︑あるいはそれゆえにこそかえって︑﹃資

本論﹄における恐慌の論理体系を追跡することは︑その経済学の全

体系の理解にとっての核心をなすものといってよいであろう︒﹂同資

本論﹄が﹁恐慌の論濃の体系﹂であることによって︑はじめてこの

著作が﹁古典学派の真の批判者Lとなりえたのであるが︑この体系

が﹁明白かつ完結した形でしめされLなかったために論議が起って

いるという︒だが一体︑﹁明白に﹂示されないものがどうして﹁真

の批判者﹂となることができようか︒問題は二つに一つである︒マ

ルクスは﹃資本論﹄の中で恐慌の﹁論理体系﹂を﹁明白に﹂提示せ

ず︑それ故︑古典学派に対する﹁真の批判者﹂となりえなかった

か︑あるいは︑彼はそこで恐慌の理論的説明を﹁明白に﹂なし︑こ

れを資本主義的生産における基本的矛盾の爆発として位置づけ︑更

にこれをこの社会における必然的なものとして説明し︑そうするこ

とによって︑恐慌を説明できずなんらかの偶然事としたり究極的に

はありえないと主張してしまう上うな古典学派等の迷論を︑完全

に︑美事に︑﹁明白に﹂︑打ちくだいているか︑この両者のうちの一

つであろう︒更に︑一言葉の問題をみてみよう︒著者においては﹃資

本論﹄は﹁恐慌の論理の体系﹂でもある︒とすると︑﹁﹃資本論﹄に

おける恐慌の論理体系を追跡すること﹂は﹁恐慌の論理の体糸にお

ける恐慌の論理体系の追跡﹂ということになってしまうであろう︒

(11)

まさにタウトロギ!というほかあるまい︒ だが︑このように﹁経済学の体一系﹂を﹁完結﹂ないし﹁完

了しすべきものと考えること自体大きな問題をなすものである

といわなければならない︒なぜなら︑このように経済学を﹁完

了﹂ないし﹁完結﹂すべき﹁体系﹂と考えたのは︑マルクスで

はなく︑彼が最大の批判の対象とした

A

・ス

ミス

D

・リカー

ドといった古典派経済学を主とするブルジョア経済学であった

からである︒ブルジョア社会を永遠不変の社会と見誤り︑ブル

ジョア的生産をもっともすくれた生産め社会的形態と見なす彼

等は︑この社会において人々の幸福と福祉とがいかに実現され

うるかを模索し︑そのための完結した体系たる経済学のつ構築﹂

をめざすのである︒ところが︑マルクスの経済学はこれらのブ

ルジョア経済学とは根本的に呉なるものである︒というより

も︑ヨリ適切には︑これらのブルジョア経済学の根木的批判の

上に立つものである︒彼が経済学の﹁区分﹂を考える場合に︑

スミス︑リカ

l

ドのごとき﹁体系の完結﹂などを念頭においた

のでは毛頭ない︒この場合の彼の考察の中心にあったものは︑

前引用の﹁序一戸一こでも明らかなように︑﹁ブルジョア経済の体

制の考察﹂であり︑さらに︑﹁序説﹂の﹁

3

経済学の方法﹂

の冒頭に明記されているように︑﹁あるあたえられた国の経済

学的な考察﹂(﹃要綱同一一一頁︑大月版川︑二一一良)であり︑そのた

めの﹁区分﹂あるいは﹁篇別﹂であるということである︒した

がって︑この﹁あるあたえられた国の経済学的な考察﹂という

マルクス恐慌論研究序説(後編) ことと﹁体系の完結Lということよは本質的な相違をもつもの

注目

であるといえよう︒

注口︑我国において︑かかる﹁体系の完結﹂を唱える恐慌理論の研究

者とならんで︑同様に︑﹁原理論の体系的純化的完成﹂という形で

﹁体系の完結﹂をめざして時代錯誤的議論を展開しているのが宇野

弘蔵氏である︒氏は著書﹃経済学方法論﹄(東京大学出版会)の中

の﹁

E

経済学研究の分化﹂の﹁一原理論の体系的純化と段階論

の必然性﹂において次の如︿主張される︒﹁マルクスにとっては︑

資本主義は発達すればする程︑理論的に想定せられる純粋の資本主

義社会に近似するものとして︑その経済学の原理論に客観的根拠を

与えることになったのであるが︑しかしこの資本主義の傾向が︑十

九世紀末には稜々なる事情によって︑必ずしもそういうよラに一面

的には展開されなくなるということが明らかとなってこないと︑経

済学の原理論の体系的純化ば決して完成しえないのであった︒そし

てまた十九世紀末以来の金融資本の時代が解明されないと︑資本主

義の発生期・発展期も︑その発展段階として明確に規定されえない

のであった﹂(三七頁﹀︒つまり︑氏によると︑マルクスは﹃資本

論﹄において﹁原市理論の体系的純化﹂の﹁完成﹂を行いえなかった

のであるが︑それは︑マルクスの時代が﹁純粋の資本主義社会に近

似﹂しつつあったからである︒この﹁完成﹂のためには﹁十九世紀

末の種々なる事情﹂や﹁金融資本の時代﹂を考慮に入れなくてはな

らぬのである︒かくして︑かかる歴史的発田肢を経験した宇野氏自身

の双

一肩

一に

﹁経

済学

の原

理論

の体

系的

純化

﹂左

いう

﹁偉

業﹂

がか

かっ

ているというわけである︒だが︑残念ながら︑マルFスにとって

一二

(12)

マルクス恐慌論研究序説(後編﹀

﹁純

粋の

資本

主義

社会

﹂ハ

つま

り︑

﹁資

本家

と労

働者

と土

地所

有者

の三階級からなる﹂社会︒宇野氏著﹃経済原論﹄︑表波全書板︑一

二頁参照)などは問題ではない︒彼杷とって問題となる社会は︑歴

史的に与えられ︑それ故︑複雑な諸関係を内包した︑現実の資本主

義社会なのである︒その現実の資本主義社会とは︑資本主義的生産

関係がもっとも支配的で︑他の諸関係はこの生産関係によってその

社会における存在形態が規定されているような社会である︒﹃資本

諮問

=の

冒頭

の周

知の

パラ

グラ

フ︑

﹁資

本制

的生

産様

式が

支配

的な

社会の富﹂という場合の﹁社会﹂とは︑それ故﹁純粋資本主義﹂の

﹁社会﹂ではありえない︒又︑資本主義の発展は︑﹁資本家と労働

者と土地所有者﹂のみからなる﹁純粋資本主義﹂への﹁接近﹂の過

程でもきらきらありえないし︑一八六0年代までも(古い封建的生産関係が解体され新たに資本にもとづく生産関係がますます徹底的

にっくりだされるとはいえ)かかる過程でなかったことは当然のこ

とである︒むしろ︑資本主義的生産関係が支配的になっても︑他の

諸関係はこれに支配され従属された形で存続しうるのであり︑その

ことが資本にとって有利となる場合には資本は積極的にそう行動す

るのである︒これに関して︑マルFスは﹃資本論﹄第三巻第五二章

﹁階級﹂においてこう述べている︒﹁イギリスでは︑経済的編成か

らみた近代的社会が最も広汎・最も典型的に発展していることは争

うべくもない︒とはいえ︑この国ですら︑この階級的編成は純粋に

は現われない﹂(第三巻︑九四一頁︑長谷部訳︑青木書居版

ω

︑ 一

二四

五頁

﹀︒

それでは︑﹁あるあとえられた国の経済学的考察﹂守山口問︒宮l

一 一 ニ

O

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下回

口品

目)

口富

山田

F

l u

‑ 8 5

山田

口町

ず旦

吋田

F

S

と は ど の よ う

なことを意味するものであろうか︒それは︑まず歴史的に与え

られた現実の社会

1 1

紅民本主義社会ーーを考察の対象としてと

りあげ︑この社会のもとでの生産と交換の法則を追求するこ

と︑そして︑この法則の貫徹の結果この社会と人間の維持と再

生産がいかに行われるかを究明すること︑さらに︑この法則の

貫徹によっていかにこの社会が発展し︑いかにこの発展に伴っ

て諸矛盾が高まり︑いかに新しいヨリ高次の社会への移行の諸

条件がこの社会肉部に形成されるか︑その努力と方向を解明す

注 川

ること︑これである︒そして︑この場合マルクスの思想の根本

にあったものは︑歴史の原動力は英雄でも政治家でも哲人でも

ない日々額に汗し手を泥にまみれて働いている人民大衆であ

り︑彼等こそ唯一の歴史の推進者である︑という鉄のごとき確

信である︒さらに︑この資本主義社会を打倒し新しいヨリ発展

した社会(社会主義社会)を実現する勢力は近代の賃銀労働者

階級(プロレタリアート)であり︑これのみであること︑彼等

乙そ旧い社会の基掘人であると同時に新しい社会の主人公であ

ること︑これこそ彼の経済学体系の根幹をなす思想であるとい

えるのである︒マルクスの﹁区分﹂ないしは﹁篇別﹂はこのた

めに書きとめられたのであって︑﹁完結した体系﹂としての経

済学をめざしたものではありえないということである︒そし

て︑かかる観点において﹁世界市場恐慌﹂は最終的な研究対象

であったということである︒

(13)

u

︑複

雑な

事柄

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点に

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経済

科学

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﹁経

済科

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任務

は︑

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社会

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生産

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運動

形態

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う弊

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よび

交換

の組

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諸要

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とで

ある

(﹃

反デ

lリγグ論句会集︑第二O巻︑一三九頁︑大月版︑一五

五 頁 ) ︒

さて︑なるほどマルクスは﹃資本論﹄や﹃学説史﹄の多くの

箇所において︑恐慌の立入った説明は後に述べるべきことをい

い︑さらに︑﹃資本論﹄の取りあつかう理論的領域についての

限定をこの労作それ自身の中で与えている︒たとえば︑﹃資本

論﹄では︑﹁近代的産業がそのうちで運動する回転循環││静

止状態︑活気の増大︑繁栄︑過剰生産︑破局︑沈滞︑静止状態︑

など

とい

7︑その詳しい分析は吾々の考察箇外に属する徳環

i l

﹂ハ

第三

巻︑

第二

二章

︑一

ニ九

四頁

︑長

谷部

訳︑

青木

版川

︑五

一一

頁﹀

といい︑﹃学説史﹄では︑﹁現実の恐慌は︑資本主義的生産の現

実の運動︑競争正信用からのみ説明することができる﹂︿全集︑

第二

六巻

︑第

二分

冊︑

五一

一ニ

頁︑

大月

版︑

六九

三貰

)と

いっ

てい

る︒

さらに︑﹃資本論﹄の理論的領域の限定については次のように

述べている︒﹁生産諮闘係の物象化・および生産当事者たちに

マルクス恐慌論研究序説ハ後編﹀ 対する生産諸関係の自立化・の叙述においては︑吾々は︑世界市場・その状況・市場価格の運動・信用の期間・産業および商業の循環・繁栄と恐慌の交替・による諸関連が彼等にたいし優勢で彼等を無意志的に支配する白然諸法則として現象し︑彼等にたいし吉目的な必然性として作用する︑その仕方様式には立入らない︒というのは︑競争の現実的運動は五口々の計画の範囲外に横たわり︑五回々はただ︑資本制的生産様式の内的構造のみを︑いわばその観念的平均において叙述すべきだからである﹂(

第三

巻︑

第四

八章

︑八

八五

賞︑

長谷

部訳

︑青

木版

問︑

一一

七一

一員

﹀︒

ここから︑﹁あるあたえられた国の経済学的考察﹂における彼

の﹁区分﹂は彼によって完成をみずに終ったものである︑とい

う判断を下すことは可能であろう︒﹃資本論﹄は文字通り﹁資

本﹂ハヨリ厳密にいえば﹁資本一般﹂﹀に関する﹁理論﹂であ

り︑それ以外の理論ではありえない︒したがって︑﹁観念的平

均﹂

(日

﹁理

想的

平均

Z 5 3 B 5 8 M g H ) 日 円 E n g

宮 ) に お

いて叙述されたこの著作においては︑それ以外の諸要素は︑あ

るものは捨象されうるし︑又あるものはこの﹁資本﹂の解明に

必要な限りにおいて煎り入れらるべき性質をもつものである︒

とはいえ︑いずれにしても﹃資本論﹄は﹁資本﹂の法則を解明

した﹁理論﹂であるということにはかわりない︒したがって︑

﹁区分﹂はマルクスにとって完成をみずに終ったものであると

いう判断は︑一定の論拠をもつものである︒しかしながら︑

﹁資本制的生産様式の内的構造﹂包

5 E 5 3 0 H

宮巴

∞田

氏自

一 一

一 一

(14)

マルクス恐慌論研究序説ハ後編)

門同

四円

宵印

刷品

窓口

由民

間口

何回

目白

可円

︒白

c r

門 戸

OH

M回 巧

O

与を︑あるいは︑﹁ブU

ルジョア社会の内部編成﹂宮町宮口

5

2

a o

B

四号

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吋問

i

江戸

口宮

口の

冊目

︒ロ

田口

F

前掲﹃要綱同﹁序説宮

L

)を考察する場合忘れ

てならぬととは︑この﹁資本﹂が﹁ブルジョア社会のいっさい

を支配する経済力﹂Q要綱同二七頁︑大月版川︑二九頁﹀であると

いう認識である︒ブルジョア社会において︑一切の諸関係はこ

の﹁資本﹂あるいは﹁資本関係﹂によって規定され︑色づけら

れ︑位置づけられているのである︒したがって︑﹁あるあたえ

られた国の経済学的考察しにおいては︑まずなによりも︑この

資本主義社会における基本的生産関係たる﹁資本﹂をとりあげ︑

この﹁資本﹂の本質の究明を行うことが決定的な重要性をもつ

ことになるのである︒そして︑この﹁資本﹂の正しい把握によ

ってはじめて︑この社会におけるこれと有機的関連をもっ他の

諸関係が明らかドいされうるものである︒又︑この把握によって

のみ︑この社会の諸矛盾が恋慌となって爆発する必然性も解明

されることになるのである︒マルクスが︑﹁資本概念の厳密な

展開が必要であるのは︑資本自体

!i

ぞれの抽象的模写がその

概念であろーーがブルジョア社会の基礎であると同様に︑資本

概念が近代の経済学の基本概念であるからである︒関係の基本

前提のするとい把握から︑ブルジョア的生産のいっさいの矛盾

が明らかにならなければならないし︑資本が自分自身をのりこ

えてすすみでるその限界も明らかにならなければならない﹂

ハ﹃

要綱

同二

三七

頁︑

大月

ω

︑二

五二

頁︑

傍点

l l l

高橋)とのべると

→ 

→ 

き︑右にみたような資本についての考察︑あるいは又過剰生産

出 正

恐慌についての考察を知ることができるのである︒したがっ

て︑世界市場恐慌は彼の﹁区分﹂において最終的な位置を与え

られているとはいうものの︑この本質に関する基本的説明はす

でに﹁資本﹂の説明において与えられているし︑又与えられな注時ければならなかったということができるであろう︒

注市︑伺じ円要綱﹄の中でさらに次のようにものべている︒﹁資本は

やすみなく普遍性をもとめているが︑この普遍性は︑資本自身の本

牲に制限を見いだす︒この制限は︑資本の発展のある一定の段階で

資本自体がこの傾向の最大の制限となることを認識させ︑そしてそ

のた

めに

資本

自体

によ

る資

本の

止揚

に向

って

おし

すす

める

こと

にな

る﹂

(一

一二

三四

頁︑

前掲

訳︑

三三

八頁

)︒

注目

山︑

さら

に周

知の

よう

に︑

マル

Pス

は一

八六

二年

十一

一月

二八

日付

クlゲルマンへの子紙において次のようにのべている︒﹁これ竺経

済学

批判

﹄に

続く

つ第

二の

部分

1i

高橋

﹀は

第一

分冊

の続

雪で

が︑

﹃資

本﹄

とい

う題

で独

立に

でま

す︒

そし

て︑

﹃経

済学

批判

﹄と

うのはただ副題としてつくだけです︒それは︑実際はただ︑第一篇

の第

三章

をな

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った

もの

︑す

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資本

一般

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制度

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れていません︒イギリス人が﹁経済学の原理﹂

Q E

耳 目 白

2120

3 5 w

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呼ぶ

もの

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巻の

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に含

まれ

てい

す︒それは核心です(第一の部分とともに)︒そして︑それに続く

ものの展開は(社会のさまざまな経済的構造にたいするさまぎまな

国家形態の関係などを別とすればてすでに提供されているものを

(15)

基礎

にし

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々に

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容易

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関係

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易に

理解

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ると

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てい

るの

であ

る︒

だが一歩譲って︑マルクスは一世界市場恐慌てをもってこの

﹁区分﹂を﹁完結﹂日﹁完了)させるはずであったと考えて︑

この﹁区分﹂の最終に位置づけられてある﹁山界市場恐慌﹂に

よる﹁完結﹂をめざし﹁恐慌論の体系の構築と展開﹂を試みる

ことは︑現在のわれわれにとって果して問題なきものであろう

か︒なるほどマルクスは︑すでにみたように︑彼の寸区分﹂の

最終項目たる﹁世界市場﹂あるいは﹁世界市場と恐慌﹂につい

て︑あるいははそれ以前の諸項目についても︑一定の留保を

﹃資本論﹄等において与えている︒ぞれ故︑ここから︑彼の﹁区

分﹂は未完成であったという判断は下しうることであるし︑

又︑この最終項目たる﹁世界市場と恐慌﹂の叙述によってはじ

めて彼の経済学の研究││いいかえれば︑それは﹁あるあたえ

られた国の経済学的考察﹂ともいえるーーは︑したがってまた

彼の﹁区分﹂も︑ブルジョア経済学の立場とは異なるとはいう

ものの︑﹁完結﹂ないしは﹁完了﹂をみるべきものであった︑

ということは主張しうることである︒しかしながら︑注意しな

ければならないことは︑エンゲルスが主張するごとく︑﹁経済

学は︑本質上一つの歴史的科学である﹂(﹃反デュlリγ

グ 論﹄ ︑

マルクス恐慌論研究序説︿後編) 全集︑第二O巻二三六頁︑大月版︑一豆二頁﹀ということである︒

それはその性質上﹁歴史的な素材︑すなわち︑たえず変化して

ゆく素材を取り扱う﹂(同右)ものである︒歴史的に与えられた

現実の社会を考察対象とし︑ここでの﹁相争う諸事実とそれら

の隠された背景をなしてい一る現実の諸対立一つ八六八年十月十

日付

マル

クス

のエ

γゲルスへの手紙)とを考究寸〆ることこそ︑経済

科学を経済科学たらしめるものともいうべきものである︒した

がって︑マルクスの経済学は当然歴史的に与え︑りずれた現実の社

会︑資本主義社会を考察対象とするのである︒﹃資本論﹄の﹁第

一版への序言﹂で述べられた次の文卒はまさに重要な文章で

あり︑したがって又︑しばしば引用される箇所である︒﹁私が

この著作で研究せねばならぬものは資本制的生俸綴式︑および︑

これに照応する生産ーならびに交易諸関係である︒これらの行

われている典型的な場所は︑今日まではイギリスである︒こ

れ︑イギリスが私の理論的展開の主要な例証として役立つ所

以で

ある

﹂(

第一

巻︑

六頁

︑長

谷部

訳︑

青木

書居

版川

︑七

一頁

0

ルクスは﹁あるあたえられた国の経済学的考察了としてイギリ

スを取りあげている︒それは︑イギリスがマルクスの生活した

歴史的時代においてもっとも﹁典型的﹂に資本主義的生産の発

展をみげよいるところだからである︒﹃要綱﹄は一八五七│八年

に書かれ︑﹃資本論﹄第一巻は一八六七年に出版されている︒

したがって︑ほぼ一九世紀中葉においてイギリスではもっとも

﹁純粋な経過﹂(問右)が保証されるような資本主義的生産の発

一 一

一 一 一

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