九州大学学術情報リポジトリ
Kyushu University Institutional Repository
学部生のための「ミクロ・マクロ双対性」とその周 辺の物理学講義 補講A:Lie微分
成清, 修
九州大学大学院理学研究院
http://hdl.handle.net/2324/4479708
出版情報:2021-06-25 バージョン:
権利関係:
学部生のための
「ミクロ・マクロ双対性」
とその周辺の物理学講義
九州大学理学部物理学科 成清 修
補講 A : Lie 微分
多様体
一連の講義では、eventの集合としての時空多様体1を考えることにな ります。
多様体2に関しては多くの優れた教科書があるので、それらによって入 門3してもらうことにして、ここでは、多様体における微分であるLie微 分のミニマムを論じてみます。
講義のどこかでKillingベクトルのお世話になるでしょうから、そのた めの準備となります。
一般相対論の変分原理においてもLie微分に出会うことになります。
共変微分との関係を論じる必要もあるでしょうが、それは共変微分を 導入してから後に行います。
ベクトル場と積分曲線
1[HE]では、3.1 The space-time manifoldの冒頭に、the collection of all eventsと あるとおりです。
2暫定的に、[GP]の言い方を借りておくと、位相的な集合で、n次元ユークリッド空 間Rnへの写像が可能なものということになります。前半は、要素の近傍が定義でき、
その極限をとることができるような集合、後半は、要素を指定するための座標が設定で きるような集合であることを意味します。「プリンストン数学大全」のように短く言う と、「d次元多様体は“局所的に”d次元ユークリッド空間のように見える幾何学的対象 である」となります。
3とりあえず、以下のようなことが理解されていれば十分です:多様体のひとつの点 pに注目し、pを基点とする任意のベクトルを考えます。パウリの「相対論理論」では、
「pを基点として栗のイガ状に突き出ているすべてのベクトル」(74頁)と書いてありま す。p近傍の局所座標に関する微分が、このベクトルの基底となります。
多様体4にベクトル場を導入します。これは、このベクトル場を接ベク トルとする積分曲線群で多様体を埋め尽くす(図1)5ことと等価です6。
図 1: 曲線群とベクトル場
以下では、このようなベクトル場のLie微分について考えます。
Push-forward とか Pull-back とか
多様体Mから多様体Nへのなめらかな写像ϕを考えます。この写像ϕ によって、M上の点pがN 上の点qに、積分曲線x(t)が積分曲線y(t)と 対応づけられるとします(図2)。ただし、始点をp=x(0)およびq=y(0) としました。また、y(t)はϕ(x(t))のこと7です。MとN で同じパラメタ tが使えるという点は重要です。
以下では、接ベクトル場に話を限ります8。
ベクトルを移動させる手続きについて、まとめて9おくと:
4可微分多様体を考えます。松島「多様体入門」のⅡ章の冒頭をそのまま引用します
(パラメーターの存在が重要です):可微分多様体というのは大ざっぱにいえば、各点の 近傍にパラメーターの導入されるような位相空間であって、相ことなる二つのパラメー ターの間の変換が微分可能な関数になっているものである。この様な位相空間の上の関 数は局所的にはこれらのパラメーターの関数と考えられる。ゆえに関数や写像の微分可 能性を論じることができる。微分の概念をもちいることによって、多様体の一点のごく 小さい近傍を“線形化”して、接ベクトル空間を考えることができる。
5図は手描きとして、Penroseスタイルと呼ぶことにします。もちろんPenroseのよ うな妖しい絵は描けませんが。
6なめらかな状況では、接ベクトル場と積分曲線群が1対1に対応することを確かめ ておいてください。
7M上のすべての点が、なめらかにN上の点と対応づけられるので、結果として、曲 線と曲線の対応(共通のパラメタによる表示)が発生します。
8この節は[N]を見ながら書いています。
9[GP]の「微分同相写像は、多様体上の点を動かすだけでなく、それらに付随するす べてのものを動かす」ことの一例がこのまとめです。
・点を点に移す
・点の集合として、曲線が曲線に移る(同じパラメタtで表示できる)
・曲線の接ベクトルとして、ベクトルがベクトルに移る ということになります。
図 2: 多様体から多様体への写像
M 上の点を引数とする実関数をf、N 上の点を引数とする実関数をg とします。このとき、g◦ϕはM上の点を引数とする実関数となります。
このg◦ϕをgのpull-backとしてϕ∗gと名付けます。
点pにおける接ベクトルuは uf =
d
dtf(x(t))
t=0
(1)
により定義され、同様に、点qにおける接ベクトルvは vg =
d
dtg(y(t))
t=0
(2)
により定義されます10。このvをuのpush-forwardとして、ϕ∗uと名付 けます。すなわち、
ϕ∗ : d dt
p
7−→ d dt
ϕ(p)
(3)
10可微分多様体に関する脚注で述べたように、多様体上の関数はパラメタtの関数と なります。パラメタについて関数を微分する作用素(演算子)として、接ベクトルが導 入されます。結果、接ベクトルは関数の方向微分を与える作用素(演算子)となります。
座標系を用いた方向微分の表現は、式(5)および式(6)となります。
とすることに相当し、ϕ∗は、d/dtの作用する点をpからϕ(p)に移す写像 となっています。
uもϕ∗uも作用(演算)としては同じ11パラメタtに関する微分なので、
引数が等しい同一の関数12に作用(演算)させると微分した結果は等しく
u(ϕ∗g)
p
= (ϕ∗u)g
ϕ(p)
(4)
となります13。
上記の内容を局所座標系を用いて考えてみます。pの近傍の座標系を {x1, x2,· · ·, xm}、qの近傍の座標系を{y1, y2,· · ·, yn}とします。式(1)の 右辺は、ui ≡dxi/dtとして14、(∂f /∂xi)uiなので
u=ui ∂
∂xi (5)
となり、接ベクトルの基底が{∂/∂x1, ∂/∂x2,· · ·, ∂/∂xm} となります。同 様に、vj ≡dyj/dtとして
v =vj ∂
∂yj (6)
となります。これらを短く書くと、pの近傍ではu=d/dt|p、qの近傍で はv = d/dt|qとなります。関数をパラメタtで微分することは、関数の 方向微分となっています。
yjはϕによって(x1, x2,· · ·, xm)を引数にもつ関数となり、
vj = dyj
dt = ∂yj
∂xiui (7)
のように、ベクトルvとベクトルuは変数変換のJacobi行列∂yj/∂xiに よって関係づけられます。よって
ϕ∗u=v =ui∂yj
∂xi
∂
∂yj (8)
11M とNは別世界であるけれども、同じパラメタが使えるので、式(4)の等号を成 り立たせたりできます。このように、パラメタが同じということは重要です。
12ϕ∗g
pとg
ϕ(p)は同じ引数を持つ同一の関数です。関数のpull-backは、(ϕ∗g)x(t) = (g◦ϕ)x(t) =g(ϕ(x(t)) =g(y(t))となります。[HE]では(2.5)に当たります。
13[HE]では(2.6)に当たります。
14これはパラメタtを時間としてxiを質点の運動の軌道と見たときに、速度がuiで あることの表現になっています。tが1次の範囲で、xi(t) =xi(0) +uitとなることを後 で用います。
であり、基底の変換としては
ϕ∗ ∂
∂xi = ∂yj
∂xi
∂
∂yj (9)
となっています。
式(4)の左辺を成分で書くと
ui ∂
∂xig(y) (10)
となり、右辺を成分で書くと vj ∂
∂yjg(y) (11)
となりますが、vj = (∂yj/∂xi)uiなので、等号が成立します。
まとめると15、ベクトルの移動の効果は、変数変換の行列で表現され ます。
ベクトルの Lie 微分(座標なし)
座標系を用いずにベクトルのLie微分を考えてみます16。先の議論では 異なる多様体MとNの間の写像ϕを考えましたが、以下では、ひとつの Mにおいて、積分曲線群のパラメタを進める写像17を考えます。ベクト ル場Xを接ベクトルとする積分曲線群(図3では横向きの曲線群)のパ ラメタをt進める写像をϕtX とします。
後に、ベクトルの共変微分について議論しますが、そこでは“平行移 動”したベクトルとの差がベクトルの変化として認知されます。ここでは
“平行移動”の役割をpush-forwardに行ってもらうことにします。点p近 傍でのY の積分曲線(図3ではp, p′, p′′を通る実線)をϕtX によって点 ϕtX(p)近傍の曲線(図3ではq, q′, q′′を通る点線)に移します。移された 曲線の接ベクトルとしてpush-forwardされたベクトルϕtX∗Y が決まりま す。ϕtX∗Y をY を“平行移動”したものと見做すことにします。
点q=ϕtX(p)において、Y(図3では点qを通る縦向きの実線がY の 積分曲線)とϕtX∗Y(図3では点qを通る点線の接ベクトル)を比べる ことで、ベクトル場Y の変化を知ることができます。
15[GP]の3.5節:微分同相写像に、push-forwardとpull-backについて物理の学部生 向けのまとめがあります。
16この節は[HE]を見ながら書いています。
17[HE]ではFig.7に図示されています。
図 3: ベクトルの“平行移動”
Xで“平行移動”を定義したときの、Y のLie微分を
LXY = lim
t→0
1 t h
Y −ϕtX∗Y i
q
(12)
のように導入します。
式(12)の関数gへの作用を考えてみます18。右辺のgへの作用は、式 (4)により
limt→0
1 t h
Yg
ϕ(p)−Y(g◦ϕ)
p
i
(13) となります。ただし、ϕtXをϕと略記しました。t= 0において、dg/dt= Xgより、tの1次までで、g◦ϕ=g+Xgtなので、式(13)は
limt→0
1 t h
Yg
ϕ(p)−Yg
p
i−Y Xg (14)
となり、さらに、tの1次までで、関数Ygについて、Yg(q)−Yg(p) = XYg(p)tなので、式(14)はXYg−Y Xgとなります。よって、
LXY =XY −Y X ≡[X,Y] (15) となります。
18ここは[F]を見ながら書いています。[F]の説明は[KN]と同じです。ここでは、細
部(Hadamardの補題)は省略して、これらの概略を述べます。
ベクトルの Lie 微分(座標あり)
前節の内容を座標系を導入して書いてみます。ひとつのMを考え、座標 系を{x1, x2,···, xm}とし、接ベクトルの基底を{∂/∂x1, ∂/∂x2,···, ∂/∂xm} とします。点pにおけるベクトル場Y をYp =ui(p)(∂/∂xi)|pとします。
点qの位置と点pの位置の差Xitが小さいときを考え、なめらかなuiがあ るとして、Yq =ui(q)(∂/∂xi)|qにおいて、ui(q) = ui(p) + (∂ui(p)/∂xk)Xkt とできます。(ϕtX∗Y)q =ϕtX∗(Yp) = vi(q)(∂/∂xi)|qですが、位置19に関 して、xi = xi(p)およびyi = xi(q) = xi(p) +Xitとして、式(7)を用い てvi(q) = [δki + (∂Xi/∂xk)t]uk(p) なので、tの1次で[Y −ϕtX∗Y]q = t[(∂ui(p)/∂xk)Xk−(∂Xi/∂xk)uk(p)](∂/∂xi)|q となります。よって、極限 では
limt→0
1 t h
Y −ϕtX∗Y i
q = h
Xk∂ui(p)
∂xk −uk(p)∂Xi
∂xk i ∂
∂xi
p
(16)
となります。
ここで、X = Xi∂/∂xi およびY = Yk∂/∂xk とすると、[X,Y]は (Xk∂/∂xk)(Yi∂/∂xi)−(Yk∂/∂xk)(Xi∂/∂xi)ですが、これは{Xk(∂Yi/∂xk)− Yk(∂Xi/∂xk)}∂/∂xi となり、式(16)は式(15)の座標を用いた表現となっ ています。
ベクトルの Lie 微分(成分のみ)
前節の内容を成分のみ20で書いてみます。
まず、なめらかなuiがあるとすると、ui(q) =ui(p) + (∂ui(p)/∂xk)Xkt となります。次に、式(7)より、push-forwardの“成分”について21、vi(q) = (∂xi(q)/∂xk(p))uk(p)となります。ここで、位置に関して、xi(q) = xi(p) + Xitより、∂xi(q)/∂xk(p) = δki + (∂Xi/∂xk)tを用いて
ui(q)−vi(q) = h
Xk∂ui(p)
∂xk −uk(p)∂Xi
∂xk i
t (17)
となるので、式(16)の成分と一致します22。
19ベクトル場XによるLie微分では位置の間の関係がXiによって与えられます。
20物理の教科書では、基底を伏せて成分のみで議論するものが多いようです。
21内山「一般相対性理論」の§24では、pull-backの“成分”を用いて、この節と(た ぶん)同じ議論が行われています。
22[HE]の(2.11)と同じ結果ですが、結果に至る途中で、push-forwardとpull-backの 役割が逆になっているかもしれません。
世界線
今回の範囲で重要だったのは、多様体が曲線群で埋め尽くされ、その 曲線がパラメタ表示されるということでした。情報はこれですべてでし た。ベクトル場の情報は、パラメタ微分で取り出されました。
最初に戻って、時空多様体を考えれば、“粒子”の世界線で埋め尽くさ れた多様体ということになります。ここで、Ehlers-Pirani-Schildの時空 記述23について述べたくなるところですが、将来の課題としたいと思い ます。
演習
ベクトル場のLie微分が、式(15)のように交換関係であらわされるこ とが予想できたでしょうか。次に、交換関係のあらわす意味24について考 えてみてください。
図 4: ϕsY(ϕtX(p)) vs ϕtX(ϕsY(p))
23Misner, Thorne, Wheeler「Gravitation」などに説明があります。
24[HE]では、Fig.7の説明のあたりです。Baez, Muniain「Gauge Fields, Knots and
Gravity」では、Fig.10の説明のあたりです。意味を説明する際に必要な材料をここに
書いてみます。図4 の状況を考えます。各点の関係は、q = ϕtX(p)、p′ = ϕsY(p)、
q′ =ϕtX(p′)、r=ϕsY(q)で、tとsは微小とします。式(1)の内容を差分で書くと、
tXf(p) =f(ϕtX(p))−f(p)およびsYf(p) =f(ϕsY(p))−f(p)となります。これらを 用いて、ts[X,Y]f(p) =f(ϕsY(ϕtX(p)))−f(ϕtX(ϕsY(p))) =f(r)−f(q′)となります が、これは、f(r)−f(q′) ={f(r)−f(q)} − {f(q′)−f(q)}=sYf(q)−sϕtX∗Yf(q) と書け、式(12)の右辺のY −ϕtX∗Y があらわれます。
参考文献
[ F ]
Frankel「The Geometry of Physics -3rd-」(Cambridge, 2012) [ GP ]
ガムビーニ, プリン「初級講座ループ量子重力」(丸善, 2014)
[ HE ]
Hawking, Ellis「The Large Scale Structure of Space-Time」(Cam- bridge, 1973)
[ KN ]
Kobayashi, Nomizu「Foundations of Differential Geometry -Vol. I-」
(Interscience, 1963)
[ N ]
野水「現代微分幾何入門」(裳華房, 1981)
(2021-06-25)